「フェンリルのヤロウ、鳴りを潜めやがったな」
「ああ。流石に慎重になったか…」
ゼルバと話しながら、大和はビルの屋上で夜の川神市を見渡していた。
無論、夜景を楽しんでいるわけではない。
街に潜んでいるであろうフェンリルを捜索しているのだ。
九鬼極東本部の襲撃から既に数日。大和は川神市中を探しているが、未だに発見出来ずにいた。
「あるいはあの時の疲労が抜けていないのかもしれないな」
「相当力を使ったみてぇだったからな。それだけあの
手すりに寄りかかって街を見下ろしながら、大和は数日前の記憶を掘り起こす。
フェンリルとの戦闘後、大和は忠勝や彦一と共に風の番犬所に赴いた。
「フェンリルですって…!?」
「知っているんですか?」
大和からフェンリルと狼悪についての報告を受けたイスマは驚愕の声を上げた。
彼女は険しい表情で三人に問う。
「あなたたちは、『暗黒騎士』を知っていますか?」
イスマの告げた名の意味を、大和たちは知っていた。
大和たち魔戒騎士が纏う鎧には99.9秒の装着制限時間が存在し、それは騎士が鎧を制御出来る限界時間でもある。
制限時間を過ぎても鎧を纏い続けた場合、騎士は鎧の魔力に喰われ野獣のごとく暴走する。
これを『心滅獣身』と呼ぶ。
通常、心滅獣身を長時間続けているとその騎士は二度と人間に戻れなくなる。
暗黒騎士とは、あえて鎧に己を喰わせ、その力を逆に支配した騎士のことである。
さらに暗黒騎士にはある言い伝えがあった。
「1000体のホラーを取り込んだ暗黒騎士は、ホラーの始祖メシアと一体化し最強の存在になると言われている」
「その通りです。もっとも、過去にメシアとの融合を果たせた者は一人もいませんが」
「だが、奴は魔戒騎士を名乗ったことはないと言っていた。暗黒騎士とどんな関係が?」
その問いに答える様にイスマは語り始めた。
かつて一人の魔戒法師がいた。
その法師はホラーを倒すためならば手段を選ばない、危険な思想の持ち主だった。
法師は暗黒騎士の伝説をヒントにし、倒したホラーの邪気を吸収し己の力とする金属を創り出す。
邪気を封印するソウルメタルとは対極の性質を持つその金属に『デモンメタル』と名付けた法師は自らのために鎧と剣を作り、魔獣騎士狼悪となった。
戦うたびに増していく力に酔いしれながら、狼悪は何百ものホラーを討滅し続けた。
しかし、法師は鎧に溜まった邪気によって次第に正気を失い、やがて暴走を始めた。
ホラーの邪気だけでなく人間の陰我さえも取り込んで力にしようと、人間に対して刃を向け始めたのだ。
「その法師があのフェンリルということですか?」
フェンリルがホラーに近い邪気を持っていた原因が狼悪の鎧にあるとすれば納得がいく。
見た目が若いのは法術によるものか、あるいはホラーを取り込んだ影響か。
そう考えた大和だったが、イスマは首を横に振る。
「いいえ。狼悪の鎧を作った法師はもうこの世にはいません。ある一人の魔戒騎士の手で倒されたのです」
暴走する狼悪の前に立ちはだかったのは、『月閃騎士』の称号を持つ騎士だった。
法師の親友だった騎士は、変わり果てた友の姿に嘆きながらも、死闘の末に法師の命を絶った。
しかし自身もまた致命傷を負った騎士は、弟子に称号と鎧を継承させた後に息絶えた。
その後、残された狼悪の鎧は封印され、歴代の月閃騎士がその管理をしてきたのだ。
「ですが、フェンリルによって封印されていた鎧が奪われてしまいました。以来、月閃騎士を中心に騎士や法師たちが鎧の行方を追っていたのです」
「月閃騎士か…」
「どうした直江?」
「俺、多分その月閃騎士を見たことがある」
「ふむ。確かに君の屋敷で聞いた話に、それらしい騎士が登場していたな」
イスマの話を聞いた大和は、五年前にフェンリルに襲われた時のことを思い出していた。
あの時フラガやラミアと共に大和を助けたのは、胸に三日月の意匠を持つ蒼い鎧の騎士だった。
「話を聞く限り、その騎士は月閃騎士で間違いないでしょう。この件は、私から元老院へ伝えておきます。いずれ月閃騎士に指令が届き、この街へ来ることでしょう」
イスマの言う『元老院』とは、全ての番犬所を統括する上位機関である。
元老院直属の騎士や法師は優れた実力を持つ者ばかりであり、月閃騎士もその一人だと言う。
この日、イスマから狼悪に関する情報を得た大和たちであったが、フェンリルの正体については元老院でさえ掴めてはいないようだった。
「あれ以来ずっと探してるが、ここまで見つからねぇともうこの街にいない可能性もあるんじゃないか?」
「逃げるなら俺たちに見つかった時点でやってるさ。でも奴は俺たちに気づかれるのを分かった上で九鬼本部を狙った…」
「つまり、ヤツは目的を果たすために川神市に留まらなけりゃならねぇわけか」
「問題はその目的だな。奴が持っている9000人以上の人間の魂とホラーを呼ぶことにどんな関係があるのか…」
ビルの屋上で、大和はゼルバとフェンリルの目的について考えていた。
呼びよせたホラーを利用して狼悪の力を高めるつもりなら、自分の手でホラーを倒すはずだ。
しかし大和と忠勝がアルゼタスやゲワジャと戦っていた時も九鬼本部でも、フェンリルはホラーに手を出さず静観していた。
敵の狙いが分からず、もどかしく思う大和とゼルバ。
すると突然、眼下から激しい轟音が響いた。
手すりの外へと身を乗り出して見下ろせば、隣のビルの壁に一台の車が激突しており、周囲には歩行者たちがいる。
「事故か?」
「大和!微かだがホラーの気配だ!」
ゼルバの発言を受けて、大和は即座に手すりを跳び越えてビルの間を落下し始めた。
途中、左手の魔爪筆で書いた魔導陣の力で落下速度を緩めながら、人気のない路地裏に着地。
歩道へ出て事故現場へ向かい、野次馬をかき分けると、車体前部が大破した車が見えた。
車のすぐ近くには一人の女性が地面に座り込んでおり、大和は彼女に駆け寄った。
「どうしたんだ?」
「あ…私の友達が、轢かれた…はず、なんですけど…」
「はず?」
怯えながら話す女性の言い回しに疑問を感じ、車へ視線を向けた大和はあることに気づいた。
車の周囲にも激突したビルとの間にも、そして
(ゼルバ、ホラーの気配は?)
(もう近くにはない。逃げ足の速いヤツらしい)
大和が激突音を聞いてからここへ来るまでの間に、ホラーは運転手と轢かれた女性の友人を捕食して逃走していた。
すぐ近くにいながらホラーを取り逃がしてしまい、大和は悔しさから歯噛みする。
こうしてまた、川神市に新たなホラーが出現したのだった。
―――翌日 川神院―――
「じいちゃん、ルー師範代、行ってきます!」
「気をつけて行ってくるんだヨー」
「モモ、またギャルをナンパするでないぞ」
「最近は自重してるだろ~」
「我慢も精神修行の一環だもんね」
午前の稽古を終わらせた百代、一子、京の三人が出かけるところだった。
弓を得意とする京は川神流の門下生ではないが、格闘戦もこなせるように川神院へ稽古に訪れることが多々あった。
門をくぐって行く三人の後姿を、鉄心とルーの二人が見送る。
「最近の百代は良い傾向にありますネ」
「散々嫌がっておった精神修行にも力を入れるようになったからの。戦闘欲求も治まっておるようじゃし、もう心配はなさそうじゃの」
ホラー・フォグレアの一件で大和に喝を入れられて以来、百代は真剣に修行に取り組むようになっていた。
長らく頭を悩ませていた問題が解決し、鉄心とルーは安堵していた。
「直江大和に礼を言わんといかんな」
鉄心は幼いころの大和に会った時は、ませた子供という印象しかなかった。
しかし百代や一子から、今の大和はまるで別人になったかのように強くなったと聞いている。
百代からそれほどの評価を受けている孫の友人に、一人の武人として興味を抱く鉄心であった。
川神院を出た百代たちは、昼食をとるため梅屋に向かっていた。
喫茶店やレストランではなく丼物チェーン店を選ぶ辺りは流石武士娘と言うべきか。
「そう言えば、今日も燕は稽古に来なかったな」
「夏休みに入ってからは毎日のように来てたのに、何かあったのかしら?」
道中、彼女らの話題の中心になっていたのは松永燕であった。
川神学園の3-F、百代と同じクラスに転入して来た燕は、転入初日に百代と手合せした。
種類の異なる武器を器用に操る彼女の戦いは百代だけでなく観戦していた生徒たちも楽しませ、さらにその手合せを自家製の松永納豆の宣伝に利用していた。
関西で『納豆小町』と呼ばれる少女は、川神学園でも一躍有名人となった。
この時の対決をきっかけに、燕は頻繁に川神院に顔を出して稽古に参加していたのだが、ここ数日は全く姿を見せていないため、百代と一子は気にかけていたのだ。
ファミリー外の人間に対する関心の薄い京は二人の話に加わっていなかったが、ふと前方に見覚えのある人物を見つけた。
「二人共。あれ、松永先輩じゃない?」
「「え?」」
言われて、百代と一子は京の指す方向を見る。
金柳街へと続く道の先には、私服姿の燕が確かにいた。
彼女はA4サイズの紙を片手に、まるで何かを探しているかのように周囲を見回しながら歩いている。
まだ川神市の地理に慣れていないために、道に迷っているのだろうか。
百代たちはとりあえず声をかけることにした。
「おーい燕!」
「あ、モモちゃん。お友達も一緒だね」
「何か探してるんですか?」
「んー、まぁそんなとこかな」
「最近稽古に来てないが、何かあったのか?」
「あーちょっと問題が起きちゃってさ。そっちはひと段落したんだけど、別の用事が出来ちゃって」
質問に答えるも、詳しい内容までは話さない燕。
彼女の言う問題とは、数日前の九鬼極東本部襲撃事件のことだった。
当時建物内にいた九鬼財閥の従者・職員の大半がホラーによって喰い殺されてしまい、九鬼財閥はその対応に追われていた。
この一件で、紋白と燕による百代打倒計画に狂いが生じ、稽古どころではなかったのだ。
「黙ってサボっちゃってごめんね、モモちゃん」
「いや、謝るほどのことじゃないさ。ところで、その紙は何だ?」
「丁度いいや。ねぇねぇ、こういう人見たことない?」
「「「……!!?」」」
燕が持っていた紙には、写真と勘違いするほどに精巧な似顔絵が描かれていた。
それを見た三人は、驚愕の表情で固まってしまう。
何故ならその似顔絵が、ある人物の顔と瓜二つだったのだ。
彼女たちの幼馴染であり、舎弟であり、片思いの相手であり、ファミリーの仲間であるところの…大和の顔と。
「やま…むぐっ!?」
「ん?山?」
思わず大和の名を叫ぼうとした京の口は、百代の手によって塞がれた。
中途半端に聞こえた単語に首を傾げる燕。
「あの、モモちゃん?今、椎名さんなんて…」
「さぁな~。ちなみに私たちはそんなヤツ知らないぞ。なぁワン子?」
「え?でも…」
「知・ら・な・い・よ・な?」
「…はい」
姉から威圧感満載の笑顔を向けられ、妹は頷くことしか出来なかった。
明らかに常と異なる百代の態度に驚きつつ、燕はさらに尋ねようとしたが――
「モモちゃ…」
「おっと、私たちも用事があるんだった。じゃあまたな燕!」
「あ、ちょ、お姉様ぁああああ!?」
「モ、モモちゃん!?」
百代は一子と京の体を抱えて跳び去った。
空へ逃げられてしまっては、流石の燕でも追い切れない。
「…怪し過ぎるでしょ、モモちゃん」
燕でなくても、先ほどの百代の様子を見れば誰しもそう思うだろう。
―――直江邸―――
大和は書庫でホラーの記録書を読み漁っていた。
風の番犬所から、昨夜出現したホラーの討伐指令が正式に下ったのだ。
急ぎホラーの情報を集めようとしたのだが――
「しかし、番犬所でもホラーの正体を特定出来ねぇとはなぁ」
「昨日の状況から推測するしかないけど、いかんせん情報が少ないな」
ホラーに喰われたのは車の運転手と轢かれた女性の友人。
偶然起きた事故の被害者をホラーが狙うとは考え難い。
もしもあの事故がホラーによって起きたものなら、どんな方法を使ったのか。
そして野次馬が集まっていた現場から、どうやって大和たちに気づかれることなく逃げたのか。
様々な疑問と可能性を思い浮かべながら書物を漁るが、有力な情報は未だ得られない。
読み終えた本をテーブル上に積まれた読破済みの山の頂上に置き、未読の山に手を伸ばしたタイミングで、書庫のドアの向こうから何やらドタドタと騒々しい足音が聞こえて来た。
「…何か外が騒がしいな」
シオンやアイシスがこんな足音を立てるとは思えない。
ならばファミリーの誰かが来たのか、と大和がのんびり考えていると――
「やぁぁぁまぁぁぁとぉおおおおお!!」
けたたましい大声と共に、京が書庫に突入して来た。
「京!?どうし…」
「一体いつ手を出したんだ!!年上がそんなに好きかぁあああ!?」
「キャラ変わり過ぎだろ!?というか待て!何の話だ!?」
「京、落ち着いてください」
「恋する乙女って恐ろしいですね~」
いつにない剣幕で胸倉を掴んでくる幼馴染の姿に大和が混乱していると、遅れて入って来たシオンとアイシスが京を大和から引きはがした。
二人が京を落ち着かせている内に、百代と一子も入って来た。
「姉さんとワン子も来てたのか…急にどうしたんだ?」
「ちょっと聞きたいことがあってな…」
そう言う百代は京ほどではないにせよ若干目つきが悪い。機嫌が悪そうなのは確かだ。
百代の傍らに立つ一子は苦笑しながら大和に問う。
「ね、ねぇ大和。松永燕先輩に会ったことあるの?」
「松永燕…誰?」
「こいつだ」
初めて聞く名に首を傾げる大和に、百代は自分の携帯を見せた。
その画面には、百代と川神学園の制服を着た少女のツーショット写真が映っている。
カメラに向かってウインクしている少女の笑顔を凝視する大和。
名前は初耳だったが、その顔にはわずかに見覚えがあった。
「ああ、あの時の…」
「会ったんだな?」
「会ったって言っても数秒顔を合わせただけで、すぐに眠らせたし…」
「眠らせてナニをしたんだぁあああ!?」
「ホラーが寄らないようにしたんだよ!」
「「………」」
「何だよ二人のその沈黙は!?疑惑の目で俺を見るな!」
不用意な発言で微妙に信頼を失ってしまったようなので、弁明のために大和は九鬼極東本部で燕に会った時の状況を説明した。
「燕が九鬼財閥に?なんでそんな所に…」
「しかも九鬼くんたちと一緒にいたなんて、どんな関係なのかしら?」
「さぁな。俺は戦闘があったし、終わった後はすぐに帰ったから何も知らないぞ」
「ホントに?寝てるのをいいことに襲ってない?」
「お前と一緒にするな」
余談だが、京は大和の家を知って以来、幾度か夜這いをかけるために屋敷へ忍び込もうとしたことがあった。
今のところ、全てシオンとアイシスにより阻まれている。
「ところで、なんで俺がその松永さんに会ったこと知ってるんだ?」
「燕先輩が大和のこと探してたのよ。すっごいリアルな似顔絵描いて」
「俺を探してた?なんでまた…」
「それが分からんから聞きに来たんだ。本当に何もないんだろうな?」
「しつこいなぁ、少しは弟の言うこと信じてくれよ」
「むぅ…」
「とにかく、俺は今忙しいんだ。ほら出てった出てった」
百代はどこか納得していなさそうだったが、話がひと段落したところで大和は三人を廊下へ追い出した。
シオンとアイシスに三人の相手を任せ、ドアを閉める。
「モテモテだなぁ、大和」
「勘弁してくれよ。ただでさえホラーとフェンリルで手一杯だってのに」
ゼルバにからかわれ、溜め息をつく大和。
ようやく静かになった書庫の中、ふと先ほどの三人の少女たちの様子を思い出す。
「…改めて考えると、なんで姉さんはあんなに疑ってたんだ?」
一子は純粋に燕が大和を探している理由を知りたかったのだろう。
京が嫉妬に燃えていたのも分かりやすい。
が、百代があそこまでしつこく燕との関係を確かめようとしていたのは、意外だった。
少なくとも昔は、大和が誰と知り合いになろうと特に気にしていなかったはずなのだが――
「…冗談半分でからかったが、案外本当に脈ありか?」
「いや、姉さんのことだ。舎弟が勝手に美少女と関わってるのが気に食わないとか、そんなところだろ」
「自分に言い聞かせてねぇか?」
「いいから、仕事だ仕事」
他人の心の機微に聡い大和だが、百代が自分に好意を抱いているというのは早計だと考えた。
五年間の空白があるとは言え、幼馴染にして姉貴分と舎弟という関係が長く続いているのに、そのような心情の変化が起こるとは考えにくいからだ。
頭を切り替えて、大和は情報収集に戻ることにする。
書庫の床には何冊もの本が落ちていた。京が大和に突撃した弾みで、テーブル上に積まれていた本の山が崩れたのだ。
大和は未読の本の中から、見開き状態で落ちている一冊を拾い上げようと身をかがめる。
そのページに記されたホラーの情報が大和の目に入った。
「…あ」
「どうした…ああ、なるほど」
完全に偶然ではあるが、百代たちの来訪は結果的に良い方向に働いたようだ。
一方、百代たち三人は直江邸を後にしていた。
無駄に長居しても大和の邪魔になると考えたからだ。
「とりあえず、大和と燕先輩には何もなさそうだったわね」
「でも油断出来ない…松永先輩、あんな似顔絵書いてまで大和を探してたし」
「シオンやアイシスみたいなメイドもいるし…大和って実はモテるのかしら?」
「だって大和だもん」
「むー…」
珍しく恋愛話を展開する一子と京とは対照的に、百代は面白くなさそうに唸っていた。
そんな百代の表情を見た京は――
「モモ先輩も、大和が好きなの?」
「んなっ!?」
「ええ!?ホントお姉様!?」
単刀直入に問われ、百代は思わず変な声を上げた。
真に受けた一子はやや興奮気味だ。
「な、何を言ってるんだ。この私が舎弟に恋するなんて…」
「でもすごく不機嫌そうだったし、私が松永先輩の前で大和の名前を言いそうになった時、必死に隠そうとしてたし」
「誰が必死だ!そういうのじゃなくて…アレだ!舎弟が勝手に美少女と関わっているのが気に食わないんだ!そんなところだ!」
「お姉様、何か自分に言い聞かせてるみたい…」
よもや姉弟揃って全く同じことを言っているとはだれも思うまい。
妹にまで指摘され、百代は焦ったように言葉を作る。
「と、とにかく私は大和をそういう対象には見ていないぞ!私の好みは強くて男らしい奴で…」
「今の大和、すっごく強くなってるよ?」
「う…」
「そうよね!騎士の決まりがあるから手合せ出来ないけど、アタシよりもずっとずっと強いわ!」
「敵を余裕の表情で見下ろす姿がもう…知的な大和も好きだけど、強くて不敵な大和も最高♡」
「う、うぅ…」
ホラーと戦っている大和の姿を思い出しているのか、一子は眼をキラキラさせながら熱く語り、京は恍惚とした顔で身をくねらせる。
徐々に気圧されていく百代に、京が振り向く。
「で、ホントはどうなのモモ先輩。大和のこと、好き?」
再度投げかけられたその問いに、百代は答えられなかった。
―――日没後 川神市内―――
車やバイクが
仕事を終えた彼は帰宅のため、駐車場の中央あたりにある自身の車へ向かっている。
男性はドアを開錠しようとキーのボタンを押す。
本来なら車のライトが点灯し、ロックが解除される音が鳴るはずだが、車は全く反応しない。
「あれ、故障か?」
面倒だな、と愚痴りながら男性は車に近づく。
すると、突然車からエンジン音が鳴り響いた。
無人のまま始動した車は、男性へ向かって急発進する。
「う、うわあああ!?」
男性はすんでのところで横へと飛び退き、車を回避した。
車は荒々しく方向転換し、再び男性へ向かって来る。
「ど、どうなってんだよぉ!?」
男性はパニックになりながらも、車から逃げようと必死に走る。
しかし車は徐々に加速し、男性へ肉薄する。
だが男性が車に轢かれる寸前、一人の青年が飛び込んで来た。
ダークグレーのコートを纏った青年――大和は、男性の体を掴んで車から逃がす。
「早く逃げろ!」
「は!?は、はい!!」
大和に助けられた男性は未だに混乱していたが、大和に言われるがまま全力で走り去って行った。
回避された車は180°反転し、標的を逃げた男性から大和に変えて走って来た。
大和はそれを避けようとせず、真っ向から突っ込んで来る車へと駆け出した。
接触の直前に脚を振り上げて車のボンネットを踏み台にし、そのまま直進する車の上を跳び越えた。
宙返りしてから着地すると、背後では車が停まっていた別の車に激突していた。
大和が車を注視していると、ゼルバが声を上げる。
「大和、右だ!」
その方向を見れば、オフロードタイプのバイクがウィリー走行で迫っていた。
さきほどの車と同様、無人で走っている。
大和はわずかに体の位置をずらし、最低限の動作でバイクの突進をかわす。
そしてすれ違う一瞬に、魔戒剣でバイクの後輪を斬り裂いた。
駆動輪を失ったバイクは横転し、慣性の法則に従って地面を滑るが、大和はすぐさま追いつき、車体を踏みつけて強引に止める。
バイクのメーターの上には、一匹の蜘蛛が張り付いていた。
大和はその蜘蛛目がけて魔戒剣を突き出すが、蜘蛛はメーターから跳び出して突きを避けた。
蜘蛛は腹の先から糸を噴出して、近くに停められている十人乗りのバンに付着させると、弾丸のような速さで糸を手繰り寄せ、車体へ着地した。
「情報は当たりだったな」
「ああ、間違いねぇ。ホラー・グレムリンだ」
通常の蜘蛛ではあり得ない挙動を見た大和とゼルバは、書庫で見つけた情報が正しかったことを確信した。
グレムリンと呼ばれるホラーは触れた機械を操る能力を持ち、その力で車を操り殺した人間を捕食していた。
そして自身は虫や小動物などの小さな生物に憑依し、身を隠しながら移動するのだ。
何の対策もなく発見するのは困難な個体だが、ゼルバが一度気配を覚え、さらに書庫で情報を得たため、今回は昨夜とは違い難なく位置を特定することが出来た。
グレムリンが宿った蜘蛛は、まるで水面に沈むようにバンの車体へと入り込んだ。
制御下に置かれたバンは、大和ではなく駐車場の外へ向かって発進した。
「今度は逃がさない!」
駆け出した大和はバンに追いつくと、逃走する車体の上に跳び乗った。
グレムリンが沈んだ位置に向かって魔戒剣を構えるが、背後からバキバキと鈍い音が聞こえて来た。
振り向くと、バンのボディの一部が剥がれて変形し、先端に鋭い爪を持つ二本のマニピュレーターとなっていた。
グレムリンの能力は機械を動かすだけではなく、形状を変化させることも出来る。
バンは蛇行運転で大和のバランスを崩し、マニピュレーターで叩き落とそうとする。
大和は姿勢を変えて振り落とされないようにしながら、襲い掛かって来る爪を剣で弾く。
大和とグレムリンの攻防が続く中、バンは夜の道を走っていく。
大和がグレムリンと戦っている頃、百代は一人、夜の街中を歩いていた。
『モモ先輩も、大和が好きなの?』
「…うーん」
腕を組み、うんうんと唸りながら歩む彼女の頭に、昼間の京からの問いが蘇る。
この問いに対して、結局明確な答えを出せなかった百代は、一人になって改めて考えていた。
自分は大和のことをどう思っているのか、と。
初めて会った時の大和の印象は、『腰が低いヤツ』だった。
昔の風間ファミリーの遊び場を奪った上級生を追い払ってもらうため、当時百代がハマっていたカードを手土産にして交渉に来たのだ。
その後、用心棒となった百代は上級生を撃退。風間ファミリーの一員となり、舎弟になった大和のことを時に可愛がり、時にこき使った。
当時から武神としての才能を芽生えさせていた百代は同年代の子供よりも圧倒的に強く、大和やファミリーのメンバーである翔一、岳人、卓也以外の男子は百代を恐れて近寄ろうとすらしなかった。
翔一たちもいたが、百代の最も身近にいた異性は、間違いなく大和だっただろう。
その後、大和が川神市から旅立ち五年間離れて過ごした。
そして帰って来た大和は、昔とは何もかも変わっていた。
ホラー・フォグレアが生み出した幽霊の幻に恐れをなしていた自分に、武神の名が泣くぞ、と喝を入れる大和。
襲い掛かる幻影群を斬り伏せ、堅牢な鎧を纏い、ホラーを討滅する大和。
未熟な心を鍛える決意を固めた自分に、笑顔を向ける大和。
再会以来見て来た、魔戒騎士として成長した彼の姿を思い出すと、百代の胸が高鳴っていき――
「ああああ!!何なんだこれは!?これじゃ本当に大和に惚れてるみたいじゃないか!!」
イメージの中の大和の姿を掻き消すように頭をかきむしる百代の頬は少し紅潮している。
明らかに、恋する乙女状態に陥っていた。
「あ、あり得ないだろう…大和は友達で、舎弟で…」
しかし百代は、中々自分の心情を認めようとしない。
異性を思い浮かべてドキドキするなど生まれて初めてで、混乱しているのかもしれない。
「ええい、なんでこんなに悩まなきゃならないんだ!それもこれも大和が…」
「へぇ~、大和くんっていうの?」
「うわ!?」
遂には責任転嫁に走ろうとした百代は唐突に聞こえた声に仰天する。
振り向けば、昼間にも会った燕がすぐ背後にいた。
「燕!?なんでここに!?」
「モモちゃんが彼のこと知ってそうだったからさ。そっかぁ大和くんっていうんだ」
「や、大和がお前の探してる奴の名前だって確証はないだろ!?」
「でも昼間、椎名さんが『やま』って言いかけてたし、モモちゃん誤魔化そうとしてたから確定かな~って」
燕は大和の似顔絵を笑顔で眺めながらそう言った。
昼間の時点で百代が大和を知っていることを察した燕は情報を聞き出そうと百代を探していた。
そして今しがた、顔を赤らめて髪がボサボサになった百代を発見したのである。
もはや、しらばくれても意味はないと考えた百代は、素直に疑問をぶつけることにした。
「燕は、どうして大和を探してるんだ?」
「う~ん、それはね…」
眼を逸らし、口元に人差し指を当てる燕。
燕が大和に出会ったのは九鬼本部だが、それを百代に話せば何故そこにいたのかという問いが返って来るだろう。
燕が百代打倒のために紋白に雇われたことはまだ機密事項であるため、正直に話すわけにはいかない。
どう答えたものかと考える燕の視線の向こう、一台の車が見えた。
車はその上に一人の青年を乗せ、薄暗い夜道を荒々しく走り抜けていく。
「…!!」
「あ、おい燕!?」
青年の顔を認めた燕は、百代の声も聞かずに車を追って駆け出した。
「くそっ、いい加減にしろよ!」
執拗に攻撃を仕掛けて来る二本の腕を斬り払った大和は、バンの進行方向へ左手の魔爪筆を向けた。
正面の空間に書き記すのは、魔戒霊獣の力を解放する魔導陣。
ゼルバの口から放たれた小さな光が魔導陣を通り抜け、大和が召喚した蒼の装甲を纏った。
猛牛の姿を持つ魔戒霊獣、
先行した剛戟はドリフトするように反転し、バンと向かい合わせに立つ。
大和はバンから跳び降り、バンはそのまま剛戟と正面衝突した。
大地を重く踏みしめる剛戟は難なくバンを受け止め、巨大な二本の角が車体に深く突き刺さる。
―――ヴオオオオオオ!!
剛戟が咆哮と共に、勢いよくバンを持ち上げた。
怪力によってバンは剛戟の背後へと投げ飛ばされ、裏返しの状態で地面へ叩きつけられた。
変形していた車体が落下の衝撃によって潰れ、車輪は力を失ったように回転を止める。
「よくやった、剛戟」
主から声をかけられて、剛戟は得意げに鼻息を吹かした。
大和は魔戒剣を手に、沈黙しているバンへ歩を進める。
「さぁ、夜のドライブはもう…」
「見っつけたぁ!!」
「おわっ!?」
終わりだ、と続けて言おうとした大和に、燕が飛びついて来た。
「いやぁ~探したよ大和くん!九鬼本部では助けてくれたみたいで、ありがとね!」
「ま、松永燕!なんでここに!?」
「おっ、私の名前知ってるの?光栄だな~」
「おい燕!何を大和にくっついてるんだ!」
「ね、姉さんまで!?」
燕に遅れて、百代も追いついて来た。
ホラーとの戦闘中に思わぬ二人が現れ、焦る大和。
彼の頭の中に、相棒の声が響く。
(大和!グレムリンの気配が移動した!その女の腰だ!)
直後、大和は自分の左腕を掴んでいる燕の腰に目を向ける。
彼女が腰に巻いているベルトに装着されたポーチの中に、小さな蜘蛛が入り込むのが見えた。
「そこか!」
「え!?」
「大和!?」
大和はグレムリンが行動を起こす前に、ポーチごと貫こうと魔戒剣を構える。
突然の行動に戸惑いの声を上げる燕と百代。
しかし大和の行動は一歩遅く、燕の体が閃光に包まれた。
燕から距離を取る大和。
そして光が消えた時、そこには先ほどとは違う姿の燕がいた。
「燕、なんだそれは!?」
「な、何?なんで勝手に装着してるの!?」
身に纏う服は、黄色のフリルシャツと紺のジーンズから黒のボディスーツへ。
右腕には彼女の腕全体を隠すほどに大きな銅色の手甲。
腰には特撮ヒーローの変身ベルトを髣髴させる金属のベルトが巻かれ、手甲とチューブで繋がれている。
『平蜘蛛』と呼ばれる燕の秘密兵器だ。
それが勝手に起動したことに戸惑う燕。
手甲のセンサーが赤く発光し、燕の右腕が大和へ放たれた。
「わあ!?」
その攻撃は燕の意志によるものではなく、平蜘蛛内部に入り込んだグレムリンが起こしたものだった。
突き出される手甲に引っ張られ、驚く燕の声と表情がそれを物語っている。
大和は魔戒剣を鞘に納め、腕で手甲の一撃を防ぐ。
≪スタン≫
「くっ、電撃だと!?」
しかし攻撃を受け止めた直後、手甲から電撃が走った。
想定外の攻撃ではあったが、魔法衣の力によって大したダメージにはならない。
(ゼルバ!グレムリンの位置は?)
(バックルの中だ!)
ゼルバの気配探知により、グレムリンの居場所が分かった。
グレムリンをベルトごと燕から引き離すべく、大和は燕の腹へ手を伸ばす。
≪シールド≫
「何!?」
(今度は盾かよ!何だあの武器は!)
手甲から展開されたシールドが、大和の手を弾いた。
平蜘蛛は手甲とベルトを繋ぐチューブによって、様々な機能を発揮する。
今使用されたシールドは、百代の放つビームを反らすほどの防御力を持っていた。
大和は一旦、百代と剛戟がいる位置まで後退する。
「大和!燕はどうしたんだ!?」
「ホラーの仕業だよ」
「ま、まさか燕にホラーが憑りついて…?」
「いや。正確には松永さんが身に着けてるあの武器を操ってるんだ。松永さんが憑かれたわけじゃない」
「そうか…しかし、どの道まずい状況か…」
百代はホラーに憑かれた人間を見たことはないが、大和から話だけは聞いている。
ホラーに憑かれた人間はその時点で人としては死んでいる。
友人である燕が憑かれていないことに安堵する百代ではあったが、いずれにしても燕が危険な状況には変わりない。
だが、自分ではホラーと戦えないことはフォグレアの一件で理解している。
大和を頼る他ない現状を歯がゆく思う百代。
≪…ドウシタ魔戒騎士。サッキノヨウニ剣ヲ向ケテミロ≫
「ひ、平蜘蛛が人間みたいに…?」
会話機能などないはずの平蜘蛛が大和に向けて言葉を放った。
グレムリンが平蜘蛛の電子音声を操り発言したのだ。
≪ヤハリ魔戒騎士ハ愚カダ。人間ヲ盾二スルダケデ、何モ出来ナクナルノダカラナ≫
手甲のセンサーが、大和をあざ笑うように点滅する。
グレムリンの感情を表しているようだ。
百代は大和を侮辱したグレムリンに怒りを覚えるが、逆に大和は笑って返した。
「はっ、虫に宿ってコソコソ動いた挙げ句、人を盾にしないと強気になれない弱虫がよく言うな」
≪ナンダト!?≫
挑発的な言葉を受けて、逆に怒るグレムリン。
大和は一度納めた魔戒剣を再び抜いた。
「覚えておけ。俺はどんな状況だろうと、守ることを諦めるつもりはない!!」
かつての自分は、大切な両親が殺されるのを見ていることしか出来なかった。
しかし今は違う。ホラーと戦い、誰かを守るための力と術を身につけた。
燕のことはよく知らないが、昼間に百代に見せられた写真から、二人が友人同士であることは分かる。
燕がホラーの犠牲者となれば、百代は悲しむだろう。それだけは絶対に許すわけにはいかない。
確固たる決意を胸に、大和は燕に向かって駆け出した。
≪シールド≫
音声と共に、大和と燕の間に再びエネルギーの盾が現れた。
大和は魔戒剣を上段に構える。
そして振り下ろす瞬間、大和は魔戒剣の重量制御を中止した。
魔戒剣を構成するソウルメタルは、持ち主の意志によって重さが変わる。
時には羽毛よりも軽く、そして時にはどんな怪力を以てしても持ち上げることさえ叶わないほどに重くなる。
超重量の剣から繰り出された斬撃は、大和の前に立ちはだかる強固なシールドを容易く斬り砕いた。
再び軽くなった剣を手に、大和は燕の目前へ接近。
懐から一枚の札を取り出し、燕の額に貼り付けた。
「わっぷ!?」
顔面に札を押し付けられた燕が変な声を上げる。
その札は以前に九鬼本部でも使用した、貼り付けられた者を眠らせてホラーから守る界符だ。
「ち、ちょっと、また…」
界符の力に逆らえず、燕は眠りについた。
同時に界符から魔力が溢れ、グレムリンを襲う。
グレムリンを平蜘蛛から弾き出すことが出来れば、後は魔戒剣で斬り裂けば終わりだ。
しかしグレムリンは、自身が宿っている平蜘蛛ごと燕の体から離脱した。
手甲とベルトから解放され、倒れ込む燕を大和が受け止める。
「最後まで悪あがきか、グレムリン!」
大和は、裏返しになっているバンの上に落ちた平蜘蛛を睨んだ。
手甲とベルトだけになって何が出来ると言うのか。
≪フィニッシュ≫
センサーの発光と同時、平蜘蛛の電子音声がその一言を発した。
大和たちは知る由もないが、この時平蜘蛛からあるシグナルが放たれたのだ。
そのシグナルの送信先は遥か上空、衛星軌道上に浮かぶ九鬼財閥所有の人工衛星だ。
受信と共に大砲のような形に変わった衛星の中でシリンダーが回転。
『平蜘蛛』と書かれたコンテナから砲弾型のポッドが砲に装填され、地上へ向けて射出された。
大気圏を突破したポッドは空中分解し、内蔵されていた巨大な物体が露わになり、グレムリンが宿る平蜘蛛の上に落下した。
「な、何だ…?」
大和は夜空から飛来した物体に目を見開いた。
落下した巨大物体は円形のボディを中心に、蜘蛛のような八本の脚を備え、平蜘蛛の手甲を拡大したかのような頭部がある。
頭部の先端にグレムリンの宿る平蜘蛛が接続され、さらに落下の衝撃によって粉々になったバンの破片が巨大物体と同化し、その形を作り替えていく。
やがて、巨大な耳と口を備えた獣のような頭部と蜘蛛の八本脚を持った、機械の魔獣が姿を現した。
金属同士が擦れ合う不快音の咆哮を上げながら、魔獣グレムリンは大和と眠る燕に迫る。
「剛戟!」
―――ヴオオオ!
主の呼び声に応え、剛戟が大和の前に立ち、グレムリンの進撃を食い止める。
その間に大和は燕を抱え上げ、百代のいる場所まで後退した。
「姉さん、松永さんを頼む」
「あ、ああ。しかし何だ、あの空から降って来たデカいのは?」
「さぁね。後で持ち主に聞いてくれ!」
百代に燕を任せ、大和はグレムリンと拮抗する剛戟の下へ走る。
剛戟に喰らいつこうとするグレムリンの顔に大和の跳び蹴りが直撃し、怯んだ隙に剛戟の体当たりが機械の巨体を吹き飛ばした。
剛戟の傍らに着地した大和は、地面に伏したグレムリンの口を開き、平蜘蛛の頭部が突き出されるのを見た。
平蜘蛛頭部の先端部にある砲口に、膨大なエネルギーが収束されていく。
その砲は、人工衛星内で充電された全エネルギーを使用する平蜘蛛の最終武装である。
グレムリンは自身の魔力も上乗せすることで威力を強化し、大和を百代たちごと消し飛ばそうとしている。
「こりゃぁ、流石に喰らったらヤバそうだな」
「お、おい大和!?」
大和の弱気な発言に動揺する百代だったが、言葉とは裏腹に大和の顔は笑っていた。
「まぁ、生身だったらの話だけどな!」
大和は魔戒剣を天に掲げ、鎧召喚の円を描く。
降り注ぐ光の中、紫の鎧が大和の全身を包み、霊獣騎士
念狼は左手で印を結び、剛戟の角と尾を念狼剣に合体させ、剛角念狼剣を構える。
直後、グレムリンの収束砲が発射された。
念狼は法力によって正面に浮かべた剛角念狼剣を風車のように回転させ、押し寄せるエネルギー波を防ぐ。
さらに念狼が左手を前方へ向けると、それに合わせて回転する剛角念狼剣が砲撃を散らしながら前進した。
やがてグレムリンの砲口に接触し、出口を塞がれたエネルギーが砲身内で爆発。
平蜘蛛頭部は砕け散り、爆発の衝撃でグレムリンが横転する。
跳躍した念狼は剛角念狼剣を引き寄せて空中で掴み、倒れるグレムリンの巨体へと豪快に叩きつけた。
機械の魔獣は真っ二つに斬り裂かれ、爆炎と共に崩れ去る。
燕を抱える百代は大和の勝利を確信した。
だが、念狼は未だに鎧を解かない。
「ゼルバ!グレムリンはどこだ!?」
「気配が読めねぇ!ヤロウ、周りに魔力をばら撒きやがった!」
『木の葉を隠すなら森の中』という言葉がある。
ある物を隠したい時は、同じ物が大量にある場所に隠せば見つけ難い。
グレムリンは念狼の一撃を食らう寸前に自分の魔力を周囲に拡散させることで、自分自身の気配を隠したのだ。
昨夜のように逃がすわけにはいかないと、念狼は探査の法術を行使するべく再び印を結ぼうとした。
しかし、念狼が術を使うことはなかった。
念狼の周囲に転がる平蜘蛛の残骸の一つに、突如一振りの大剣が飛来したのだ。
残骸を貫き地面に突き刺さった大剣に、黒い邪気が吸い込まれていく。
その大剣が、残骸の陰に潜んでいたグレムリンを倒し、邪気を封印したのだ。
「この剣は…!」
鎧を解いた大和は、突き立つ大剣に見覚えがあった。
それは五年前、フェンリルに襲われかけた自分の目の前に現れたのと同じ剣だった。
以前と同じように、大和は大剣が飛来して来た方向を見上げる。
人気のないビルの屋上には、一人の魔戒騎士が立っていた。
コバルトブルーに輝く鎧は、大和の記憶に焼き付いた月閃騎士の姿と全く同じだ。
かつて自分の命を救ってくれた騎士が同じように現れ、ゼルバの気配探知が通用しない状況でグレムリンの位置を正確に見抜いた。
ビルの屋上からグレムリンの潜んでいた位置まで数百メートル離れているにも関わらず、あの大きな得物による一撃で仕留めたのだ。
恩人である騎士の出現とその能力の高さに大和が驚く中、月閃騎士は屋上から地上へと飛び降りた。
地面から己の大剣を引き抜くと、大和を一瞥した後に背を向ける。
「ま、待ってください!」
大和は立ち去ろうとする月閃騎士を呼び止めた。
足を止めはしたが振り向く素振りを見せない月閃騎士の背中に、大和は頭を下げた。
「俺は五年前、フェンリルに襲われたところをあなたに助けてもらった、直江大和です。あの時はありがとうございました」
大和は五年前の事件以来、ずっと目の前の騎士に礼を言いたいと考えていた。
ようやく念願を叶えることが出来た大和だったが、彼からの感謝の言葉を受けた月閃騎士は――
「…五年前?何の話をしている?」
「え…?」
疑問の声を上げながら鎧を解いた月閃騎士の姿を見て、大和は動きを止めてしまった。
五年前に会った月閃騎士はしわがれた声を発していたため、騎士としてはかなり高齢な人物だと思っていた。
しかし今、目の前にいるのは自分と同年代の青年だった。
灰色の髪が夜風になびき、同じ色を持つ鋭い眼光がこちらを捉えている。
青みを帯びた黒の魔法衣を纏う青年は、右手で顔を隠しつつ口を開く。
「訳の分からんことを言った挙げ句、人の顔をジロジロと見てんじゃねぇよ」
「あ、あんたは、一体…?」
青年の声は、明らかに五年前の月閃騎士とは違っていた。
戸惑いながらも問う大和に対し、青年は開いた指の間から瞳を覗かせながら答えた。
「俺の名は那須与一。またの名を…月閃騎士
「那須…与一?」
歴史上の武将と同じ名を持つ青年――与一は、やはり月閃騎士の継承者であった。
「なぁ…」
「言っておくが、てめぇと無駄話するつもりはねぇ。代わりに、一つ警告しておいてやる」
大和は五年前の月閃騎士のことを聞き出そうとしたが、与一は大和の言葉を一方的に遮った。
先ほどよりもさらに鋭い眼差しで大和を睨みながら続ける。
「奴を…フェンリルを倒すのはこの俺だ。邪魔をすれば容赦はしねぇぞ」
「何…?」
「俺が言いてぇのはそれだけだ。分かったら余計なことはするんじゃねぇ」
「あ、待て!」
取り付く島もないまま、与一はその場を立ち去って行った。
フェンリルを倒すのは自分。果たしてその宣言は、月閃騎士としての使命から来るものか、それとも別の何かからか。
そして、五年前の月閃騎士とどのような関係なのか。
様々な謎を残しながら、グレムリンとの戦いは終わった。
大和は剛戟をゼルバの中に戻し、百代に歩み寄る。
「終わったよ姉さん。もう大丈夫だ」
「ああ…今のヤツは誰だ?大和は会ったことがありそうだったが…」
「最初はそう思ってたけど、別人だった。まぁ、あっちはこれから何とかするよ」
恩人との再会が叶わなかったことを残念に思う大和。
与一については、明日にでもイスマに確認を取ることにし、百代の腕で眠る燕の額から界符を取り去った。
「九鬼本部でも、こうして燕を眠らせたわけか」
「そ。少し経てば目を覚ますよ。貼ったままだと効力が切れるまで起きないけど」
先ほどの戦闘で、界符がホラーから人を守る力を持つことは百代にも理解出来た。
数日前の九鬼本部で、大和は燕を守っただけでそれ以上は何もないというのは本当のことなのだろう。
それがはっきりして、百代は心の中で安堵している自分に気づく。
(やっぱり…私は…)
「…姉さん?」
どうやら無意識に大和の顔を見つめていたらしい。
呼ばれてハッとした百代は、やや赤面しつつ目を逸らす。
「な、何でもない!それより、燕が起きる前に行った方がいいんじゃないか?」
「え…ああ、そうだな。また絡まれても困るし」
大和は足早にその場から去って行き、それから間もなく燕は目を覚ました。
「ん~、あれモモちゃん?大和くんは?」
「あいつはもういないぞ」
「う~また眠らされ…ああ!あそこで粉々になってるのって、もしかして平蜘蛛!?何で!?」
眠っている間に探し人がいなくなっていたことを悔やむ間もなく、燕は平蜘蛛の残骸を発見し、絶叫した。
「あのデカいのが空から降って来て暴れ出してな。放っても置けないから大和がぶっ壊したぞ」
「う~勝手に動いて勝手に呼んだ上に起きたら壊されてるなんて…」
ホラーのことを話すわけにはいかないので、平蜘蛛が暴走したかのように説明する百代。
燕はただただ頭を抱えていた。
「で、燕。あの手甲やデカいのは一体何だったんだ?明らかに一般人が持てる物じゃないだろ」
「あ~…うん。もう隠しても無駄だねこりゃ」
観念したように燕は百代に語りだした。
自分が百代を倒す刺客として、九鬼紋白に雇われたこと。
百代に勝ち、松永の家名を世に広めれば、家を出た母親が帰って来てくれると思い、それを引き受けたこと。
平蜘蛛はそのために、燕の父、久信が九鬼財閥と共に開発した決戦兵器であることを。
「ヒュームさんが言ってた刺客は、お前のことだったのか。じゃあ、お前が川神院に稽古に来ていたのは…」
「モモちゃんの動きを研究するためだよ。それぐらいしなきゃ勝てない相手だからさ」
「…お前が大和を探していたのは、九鬼本部で助けてもらったからか」
「ありゃ、もう大和くんから聞いてたの?ふ~ん、結構親しい間柄と見た」
「どうなんだ?」
大和と百代が関係していることが明らかとなり、したり顔を見せる燕に対し、やや強い語調で百代が問う。
燕としては、大和を追う理由は複数あった。
命の恩人だからというのが一つ。
あのヒュームでさえ隠れることしか出来なかったホラーを一撃で倒した大和の力に、武闘家として興味を持ったからというのが一つ。
他にもいくつかあるのだが、燕が口にしたのは――
「もちろんそれもあるけど…女として興味を持ったっていうのも確かかな~」
「………」
「ほら、さっきの『守ることを諦めるつもりはない』とか、何か口先だけじゃないって感じがしてカッコ良かったなぁって…あれ、モモちゃん?」
「…ツバメ…」
「は、はひ!?」
憤怒のオーラを全身から湧き上げる百代の声に、本気でビビる燕。
騙して近づいたことに怒ったのか、あるいは大和に興味があると言ったことが気に食わないのか。いずれにせよ逆鱗に触れたことは確かなようだ。
そして百代が告げた言葉は――
「…大和は渡さんぞ!あれは私の幼馴染で、弟分だからな!」
「…あれ?」
燕にとって、予想外な内容だった。
主に、百代と大和の関係性について。
「ん?何だその間の抜けた声は?」
「えっと、ちょっと予想外なワードが出て来て…まず、私がモモちゃんを騙してたことは怒ってないの?」
「私は仮にも武神と呼ばれてるんだぞ?その私を本気で倒すためにお前が動いていたというなら、むしろ受けて立つさ。秘密なんて誰にでもあることだしな」
強者との戦闘に飢えていた頃の百代なら、素直に怒りをぶつけていただろう。
しかし精神的に成長し続けている今の百代には、燕を許すだけの心の余裕が生まれていた。
あくまで、騙されていたことに関してだが。
「じゃ、大和くんは弟分なの?恋人とかじゃなくて?」
恋人、という言葉に反応して若干赤くなる百代。
ゴホンッと咳払いを一つ。
「ああ。大和は弟だよ…
百代は、自分の中に眠っていた想いを自覚した。
しかしまだ、それを大和に伝えていない。
だからまだ、弟だ。
自分がその想いを伝えて、別の関係になるのか。
あるいは彼が別の誰かを選ぶのかも分からないが――
「とにかくそういうことだ!じゃあな!」
「あ、待って待って!『今は』発言についてもうちょっと詳しく!あと私が寝てる間に何があったかも!」
「敵に塩を送るほど私は甘くないぞ!」
少なくとも、ここにいる友人には負けないと固く決心する百代だった。
その頃、帰路についた大和はと言うと――
「…姉さんが、顔を赤らめただと…」
「今のお前も似たようなもんだぜ。つーか正に
世界から武神と恐れられ、男勝りな姉貴分が初めて見せた女の子らしい表情が目に焼き付いてしまっていた。
百代と同じように頬に熱を持ち始めた相棒をからかうゼルバ。
ゴホンッと咳払いが一つ。
「それはそうと、那須与一か」
「噂の月閃騎士が、まさかあんな不愛想な奴だったとはなぁ。お前が昔見た騎士とは別人なんだろ?」
「五年前ならあいつも子供だったんだ。鎧を纏えるわけがないし、声も違った。それに那須与一と言えば…」
「ああ、そういや最近見たな、その名前」
九鬼本部の一室で、大和が見つけた武士道プランの書類。
その中には、七年前に失踪したクローンの一人として、那須与一の名前が記されていた。
もしも彼が行方不明となった那須与一だとすれば、七年前に何が起きたというのだろう。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
獣身騎士戯牙のごつさとジンガの悪役っぷりにハマっている常磐です。
今回、燕をきっかけにして百代が恋に目覚めました。
小説タイトルが『真剣で念狼に恋しなさい!』ですし、恋愛があった方が
まじ恋らしくなると思い、恋愛描写などほとんど書いたことがない中で
色々考えながら書いた結果、文字数が過去最大となりました。
果たして百代の恋は今後どう転んでいくのやら。
最後に登場した月閃騎士こと与一についてはまた次回ということで。
では、次回もよろしくお願いいたします。