真剣で念狼<NERO>に恋しなさい!   作:常磐

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第三話 『霧幻』

―――数年前―――

 

 

多馬大橋の下に、少年と少女がいた。

小学生のころの大和と百代だ。

当時の風間ファミリーの遊び場である空き地を奪った上級生に対抗するため、大和は百代を用心棒にした。百代は大和が舎弟になることを条件にそれを引き受け、上級生を完膚なきまでに叩きのめし、その後、ファミリーの一員となった。

以来、百代はこうして頻繁に大和を引き連れていた。

 

 

「舎弟とはいいものだな~!」

 

 

百代は舎弟となった大和のことを、いたく気に入っていた。

満面の笑みで、百代は大和に言った。

 

 

「大和。私にどこまでもついてこい!」

 

 

そして、差し出された百代の手を、大和は握り返したのだった。

 

 

 

―――現代 川神院―――

 

 

今、川神が世界に誇る武の総本山では、他の流派との合同稽古が行われている。

その中で、百代と他の流派の弟子の一人による試合が行われようとしていた。

 

 

「東方!準備はよいか!」

 

「おう!」

 

 

審判役の鉄心に名を呼ばれ、気合に満ちた声で応える百代。

 

 

「西方!覚悟はできておるか!」

 

「はい!」

 

 

一方、百代と対峙するのは、15歳ほどの少年だ。

胸の前で右の拳を左の掌に当て、鉄心の声に応える彼の体からは、激しい気の力が炎のように溢れ出ている。

 

 

(いい気を感じる…これは期待できそうだ!)

 

 

久しぶりに満足のいく勝負が出来そうな相手に、百代は期待せざるを得ない。

 

 

「いざ、尋常に…始めぇ!」

 

 

開始の合図とともに仕掛けたのは、百代だった。

手始めに相手の力量を測るため、程々に手加減したスピードで突きを放つ。

 

 

「はっ!」

 

 

その突きを、少年は身を翻してかわす。すかさず体勢を立て直した彼は、百代に連打を仕掛ける。

 

 

「はっ!はぁ!はいぃ!」

 

(おお、やる!)

 

 

両腕で連打をガードする百代は、期待通りの力を見せる少年に喜ぶ。

連打から逃れるため、素早く後退したが――

 

 

「逃がすか!」

 

「おお!?」

 

 

しかし、少年は百代に追従した。

百代を捉える彼の目は、さながら獲物を狙うオセロットのようだ。

 

少年は百代の腹に向けて、渾身の気を込めた拳を叩き込む。

 

 

「はあ!」

 

「ぐぅ!」

 

 

拳が腹にめり込み、百代の顔を歪ませる。

勝てる、と少年が思ったその直後、彼は異変に気づいた。

百夜の腹にめり込んだ自分の拳が、抜けなくなっていることに。

 

 

「うっ…!」

 

「ふふ…なかなか効いたぞ!お礼だ!」

 

 

「川神流!無双正拳突きぃい!」

 

「うわぁあああ!」

 

 

単純でありながらも必殺の威力を誇る百代の突きを食らい、少年は壁に叩きつけられた。

大きなダメージを受けた少年は、そのまま地面に崩れ落ちる。

 

 

「そこまで!勝者、川神百代!」

 

 

「ありがとうございました」

 

 

勝負を終え、倒れる少年に一礼する百代。

そのそばでは、試合を観戦していたルーと、少年の師匠である青年が会話していた。

 

 

「負けてしまいましたか。さすがは川神ですね」

 

「君の弟子もなかなかだったヨ。今後に期待が持てるネ」

 

 

二人がお互いの相手を称賛しあっていると、倒れていた少年が起き上がった。

まだダメージが抜けきっていないのか、ヨロヨロと青年のもとへ向かう。

 

 

「最後に油断したな」

 

「申し訳ありません…」

 

「そう落ち込むな。試合での敗北は、いい経験になる。これから精進すればいいんだ」

 

「はい!マスター・レツ!」

 

 

試合を始める時と同じポーズを取りながら、少年は師である青年――レツに一礼した。

 

 

「弟子との試合を受けてくれてありがとう。百代さん」

 

「…私としては、レツさんとも戦ってみたいなぁ」

 

 

少年との戦いでかなり上機嫌な百代は、レツの体から溢れる気の力を感じ取っていた。

この男は強い。少年よりも遥かに高みにいる。

そう確信した百代は、挑戦的な視線を向ける。しかし、対するレツは首を横に振った。

 

 

「残念だけど、僕はやらないよ。今日は弟子たちの稽古のために来たんだ」

 

「いいじゃないですかー。一戦くらい…」

 

「これモモ!やめんか!」

 

「むぅ…」

 

 

鉄心から注意され、百代は渋々下がる。

他の門下生と共に稽古している一子の方へ向かう百代を見ながら、鉄心たちが話していた。

 

 

「どうじゃ?お前さんから見て、モモは」

 

「武神と呼ばれるのも納得の力ですね。しかし、さっきの様子ですと…」

 

「うむ。百代は強すぎるがゆえに、自分と対等に戦える者が周りにおらん。そのせいで強者との戦いに飢えとるんじゃ」

 

「君の弟子との戦いで少しは治まると思ったんだけどネ…」

 

「むしろ、火をつけてしまいましたか…」

 

 

元々、今回の合同稽古には、互いの流派の修行以外にも百代の戦闘欲求を緩和させようという目的もあった。だが、強者との戦いを求める百代の欲求は想定以上だった。

 

 

「ですが、彼女なら大丈夫でしょう」

 

「そう思うかの?」

 

「ええ。僕の修行仲間にもいるんですよ。力や体の頑丈さは人並み外れているのに、心はまるで子供のように未熟だった男が…」

 

「ほう。だった、と言うことは…」

 

「ええ。彼の心は過酷な修行や戦いの中で成長しました。今頃は僕と同じようにマスターとして、誰かに拳法を教えているでしょう」

 

 

レツは心の中に、今は旅に出ている兄弟弟子の姿を思い描いていた。

初めて会った時は駄々をこねる子供のようだった彼は、修行していく中で心身ともに驚くべき成長を遂げた。レツにとって、彼を含む仲間たちとの修行と戦いの日々は、何物にも代えがたく、忘れられない思い出である。

 

 

「きっと百代さんも、いずれは心の強さの大切さに気づくでしょう」

 

 

屈託のない笑顔で、レツは鉄心たちにそう言った。

 

 

 

 

 

 

「はあ…」

 

 

合同稽古が終了した後、道着から私服に着替えた百代は、一人で溜め息をついていた。

 

 

「結構強かったが、足りないなぁ…」

 

 

今回の対戦相手は、久々に楽しい勝負のできる相手だった。

しかし、下手に気持ちが高ぶってしまったため、もっと戦いたいという欲求が余計に強まってしまっていた。

不満たらたらといった風な表情を浮かべる百代のもとに、鉄心とルーがやってきた。

 

 

「何を不貞腐れとるんじゃ、モモ」

 

「なあジジイ。誰か私に挑戦者はいないのか?欲求不満で死にそうだ」

 

「今のところ、話は来とらんのう。ストレスが溜まっとるなら、修行で発散したらどうじゃ」

 

「修行なら毎日やってるが、それだけじゃつまらん!私は強いやつと戦いたいんだ!」

 

「駄々をこねてはいけないヨ百代。というか、最近やたらと不機嫌そうに見えるけれど、何かあったのかイ?」

 

「う…」

 

 

ルーからの指摘に、百代は思わず黙ってしまった。

彼の言う通り、今の百代には戦闘欲求以外にも不機嫌にある理由があった。

しかしそれは、とても目の前にいる二人に言えることではなかった。

 

 

「もういい!ちょっと出かけてくる!」

 

「これモモ!」

 

 

これ以上話していても苛立つだけだと思い、百代は外へと飛び出していった。

鉄心とルーは、百代がストレスのせいで何か問題を起こさないかと不安になっていた。

 

 

「総代。私が追いかけてきます」

 

「頼むぞい。さすがに心配じゃ」

 

 

ルーは既に姿の見えなくなった百代を追って、川神院を出た。

鉄心は顎鬚を手で撫でながら、昼間にレツの言った言葉を思い出しながら、どうすれば百代の心を強くできるかを考える。

 

 

「百代にも何か、心の強さを意識するきっかけがあればよいのじゃがな。無理に精神修行をさせても意味がないしのう」

 

 

 

 

 

 

―――夕方 多馬川―――

 

 

川神院から逃げるように飛び出した百代は、多馬川の土手に座っていた。

 

 

「まったくジジイもルー師範代も、悩める乙女にズカズカと…」

 

 

百代にとっては二人とも武道の師だが、だからと言って個人的な悩みにまで口出しされようものなら、不機嫌にもなるというものだ。

それだけ、今の百代には大きな悩み、と言うよりは不服なことがあった。

それは彼女にとって、ある種特別な人物のことだった。

 

 

「それもこれも、あいつが…」

 

「あいつって?」

 

「は!?」

 

 

突然背後から声をかけられた百代が驚きながら振り向くと、土手の上に声の主が立っていた。

五年前に海外へ旅立ち、最近になって帰って来た百代の舎弟兼仲間、直江大和である。

そして彼は、今まさに百代が不満を漏らそうとしていた人物だった。

 

 

「大和…なんでここに?」

 

「街を回ってたら、姉さんがこっちに飛んでくのを見かけてさ。懐かしいなここも。ファミリーでよく遊んだよな」

 

 

昔の日々を懐かしみながら、大和は土手を降りて百代の隣に座った。

 

 

「飛んでる時、結構怖い顔してたけど、何かあった?」

 

「べ…別に何もないぞ」

 

「そう?姉さんって気に入らないことがあると俺でストレス解消してたから、ちょっと心配だったんだよ。何があったんだろうってさ」

 

「…お前こそ、どうしたんだ。大和」

 

「俺?」

 

「夢のために海外へ行ったんだろ。なのに今のお前は、学校行かずに何をしてるんだ」

 

 

百代の大和に対する不満はまさにそれだった。

小さいころに百代の舎弟になった大和は、五年前、川神市から離れると言い出した。

百代は姉である自分をおいて行こうとする大和に不満を漏らしたが、夢のために頑張ろうとする彼の姿を見て、渋々ではあるが送り出した。

なのに、戻ってきた今の大和は、かつての夢を捨ててしまっているようだった。

彼が帰ってきてから一週間以上経ったが、彼は学校には通わないと言い、またファミリーの輪の中にも完全に戻ろうとせず、一定の距離をとっているようにも見える。

弟なのに、仲間なのに、大和が自分の傍にいないことに、百代は苛立っていたのだ。

 

 

「言ったろ?事情が複雑なんだって」

 

「事情ってなんだ?」

 

「詳しく聞かないでほしい…とも言ったよ」

 

「姉の私にも言えないことか?」

 

「ああ。言えない」

 

「……」

 

 

突き放すような大和の答えを聞き、百代の不機嫌さに拍車がかかる。

 

 

「なんで…」

 

「え?」

 

「私が姉で、お前は舎弟なのに、なんでお前は私の近くにいないんだ…」

 

「姉さん…?」

 

「もう知らん!」

 

 

苛立つ口調でそう言って、その場から去ろうとする百代を大和は引き止めようとした。

 

 

「ちょっ…どうしたんだよ?」

 

「どんな事情だろうと、夢をほったらかしにしている男など、弟でも何でもない!」

 

「あっ…姉さん!?」

 

 

最後、吐き捨てるようにそう言って、百代は多馬川を一気に跳び越えた。

百代が反対側に着地し、街の方へかけていくのを、残された大和はただ呆然と見ていた。

 

 

「どうしたってんだよ、本当に」

 

「おーい、君!ちょっといいかイ?」

 

「ん?」

 

 

声をかけられ、後ろを振り返ってみると、緑のジャージを着た男性が駆け寄ってきた。

 

 

「こっちに川神百代が来なかったかイ?気配を感じたんだガ…」

 

「ああ、姉さんなら、川の反対側の方へ…」

 

「ン?姉さんとハ?」

 

「姉さん…川神百代の幼馴染なんですよ、俺。舎弟みたいなものです」

 

「おお、ということは、君が直江大和君だネ。君のことは百代や一子からよく聞いてるヨ。私は川神院の師範代のルー。よろしくネ」

 

 

ルーは大和が旅立つ前から川神院にいるが、大和と直接会う機会はほぼなかった。

彼が川神院の人間であることを知った大和は、様子のおかしかった百代のことを聞くことにした。

 

 

「姉さん、随分と不機嫌なようでしたが…何かあったんですか?」

 

「満足に戦える相手がいなくて、フラストレーションが溜まっているんダ。あの娘はまだ“心”が未熟なんだヨ」

 

「心…」

 

「百代は持って生まれた強靭な“体”のおかげで、武神と呼ばれるほどの力を得タ。でも、そのせいで“技”は力任せなものになり、“心”が力の成長に追いついていないんだヨ。心・技・体の三つがそろってこその武道だというのニ…」

 

 

大和はルーからの説明を聞き、内心驚いていた。

心・技・体の重要性は、魔戒騎士として修行してきた大和にも理解できることだ。

しかし、幼いころから同年代の子供よりも強く、今では武神という異名で世界中に知られている百代にそんな欠点があったとは、思いもよらなかったのだ。

 

 

「何か、心を鍛えるための修行はしていないんですか?」

 

「昔からやらせようとしているんだガ、百代自身が心の強さは重要じゃないと考えているんダ。そんな状態で無理矢理やらせても、効果は薄いんだヨ」

 

 

ルーの言うことも尤もだった。

どんなに有効な修行も、本人にやる気がなければ意味もない。

 

 

「さて、私は百代を追わねバ…」

 

「いえ、やめておいた方がいいです」

 

「エ?」

 

「姉さんは不機嫌な時に口出しされると余計に機嫌を損ねますから、今行ってもきっと逆効果です」

 

「むう、確か二。しかし放っておくわけには…」

 

「ひとまず、俺に任せてもらえませんか?昔、姉さんのご機嫌取りは舎弟である俺の役目でしたから」

 

「…そうだネ。百代も、昔からの友人の方がいいだろうしネ。すまないが、頼むヨ」

 

「はい」

 

 

ルーから百代を追う役目を引き継ぎ、大和は駆け出した。

百代の精神のことも心配だったが、大和にはもう一つ懸念があった。

 

大和は今夜、番犬所からの指令に従い、フォグレアというホラーと戦うのだ。

街に向かった百代が、ホラーに狙われないとも限らない。

 

日が完全に没するまで、あとわずか。大和は急ぎ百代を探した。

 

 

 

 

―――数時間後―――

 

 

「ふー♪大分スッキリしたな!」

 

 

日のすっかり沈んだ街を、百代は一人で歩いていた。

大和と別れた後、百代は街行く女性たちに声をかけて遊び、ストレスを発散した。

百代の周りには彼女の眼鏡にかなった男がいないため、彼女はカワイイ女子を侍らせて楽しむことがある。ちなみにレズではなく、完全に遊びだと本人は主張している。

 

 

「しかし大和のヤツ…。私の気も知らずに…」

 

 

多少はストレスが解消されたとはいえ、大和に対する不満は消えたわけではない。

思い出すとまたムシャクシャしてきた。

こうなればまた別の女子を連れて夜通し遊んでやろうかと、高校生らしからぬ考えに至ったところで、百代は周囲の異変に気付いた。

 

 

「ん…霧?」

 

 

霧がかかり、周囲の景色が白く濁り始めたのだ。

その日は特に湿度が高かったわけでもなく、霧が出るような気候ではなかったはずだ。

おまけに、周囲からは人の気配が感じられない。

不審に思った百代が警戒していると、前方に人影を見つけた。

霧のせいか姿ははっきりと見えないが、どうやら女性らしい。

百代が声をかけようと近づくと―――

 

 

「…え?」

 

 

そこで百代は、その女性の姿に驚愕した。

女性の姿がおぼろげに見えたのは、霧のせいだと思っていたが、実際には違った。

 

長髪で顔の一部が隠れているその女性の体は、本当に透けて見えた。

特に膝から下には、本来そこにあるはずの脚が存在していない。

まさか、と百代が思っていると――

 

―――オイデ

 

「…!?」

 

 

声が聞こえた。それも耳にではなく、百代の頭の中に直接響いたのだ。

女性が、青白く半透明な手を伸ばしながら、百代へと迫ってくる。

 

 

―――ワタシガ、アソンデアゲル

 

「う、うわああ!」

 

 

百代は女性の手を払おうと、とっさに自分の腕を振るう。

しかし、百代の腕は女性の手をすり抜け、空を切ってしまった。

そして、ついに目の前まで近づいた女性の顔は、

 

 

 

本来目があるはずの目蓋の奥が、どす黒い闇に染まっていた。

 

 

 

「あ…あぁあああ!!」

 

 

百代は、普段の彼女からは考えられない悲鳴を上げた。

武神として恐れられる百代にとって唯一の恐怖の対象が、幽霊の存在である。

小さいころから、大人さえ敵わないほどの力で相手を圧倒してきた百代にとって、その自信の根源たる拳が通じない相手は、脅威以外の何物でもない。

無論、百代は生まれてから一度も本物の幽霊に遭遇したことはなく、それが実在しているとも思っていなかった。

しかし今、百代はその幽霊と思しき存在に出くわし、実際に自分の腕で触れることもできなかった。

初めて目の当たりにした相手に、百代の心は容易く恐怖に支配された。

振り向き、駆け出す百代だったが、彼女の目の前に新たな女性の幽霊が現れる。

 

 

「ひっ…」

 

―――ニゲナイデ…アソビマショウ?

 

「やめろ!来るなっ、来るなあ!」

 

 

百代は逃げる方向を変えるが、女性の幽霊たちは数を増やし、悉く先回りして百代を追い詰めようとする。

 

その後も百代は必死に逃げ続けるが、幽霊たちの執拗な追跡は終わりを見せなかった。

 

 

「くっ…なんなんだ一体、どうしてこんな…あっ!」

 

 

走る百代の左足が、突然何かに掴まれ、百代はその場に倒れこんだ。

足元を見ると、地面から伸びる手が百代の左足首を掴んでいる。

百代は掴まれていない右足でその手を蹴ろうとするが、足は空しくその手をすり抜けた。

 

 

「な…なんなんだこれは…!」

 

 

向こうはこちらの体に触れることができるのに、こちらの攻撃は通じない。

理不尽な現象に百代が混乱していると、周囲の地面からさらに十数本の手が生え、倒れる百代の体を掴んで動きを封じていく。

百代は必死に振りほどこうとするが、地面から生える手はピクリとも動かない。

その間に、百代を追ってきた幽霊たちが百代を取り囲んだ。

 

 

―――ツカマエタ

 

―――モウニガサナイヨ

 

―――サア、アソビマショウ

 

「やめろ!いやだ!いやだ!」

 

 

恐怖のあまり、涙を流しながらもがく百代に、幽霊たちの手が伸びた。

その時――

 

 

『姉さん!』

 

 

その声が、百代の耳に届くと同時に、幽霊たちの姿が消えた。

周りの地面から生えていた手も消滅し、自由になった百代は声の聞こえた方向を見る。

 

 

そこには、百代に優しい笑顔を向ける大和が立っていた。

 

川神学園の男子用制服を着た姿で―――

 

 

 

 

 

 

 

百代が霧の中で幽霊たちに追われていた頃。

大和は外で霧の様子を見ていた。日が沈んだ後、ようやく百代の姿を見つけたが一足遅く、百代は突如現れた霧に包まれてしまった。

今、大和の目の前には濃霧が広がっており、その向こう側が完全に見えない状態だ。

 

 

「ゼルバ。ホラーの気配は?」

 

「感じる…が、位置まで絞り込めねえ。この霧、ホラーのトラップか?」

 

 

ホラーの中には、標的を異空間に閉じ込めて自分に有利な状況を作るものもいる。

この霧も、ホラー・フォグレアが人を喰うための罠だろうか。

 

 

「行くぞ。どのみち逃げるわけにもいかない」

 

「おう。気を付けろよ」

 

 

例え罠だとしても、大和は行かなければならない。

百代がホラーのテリトリーに入ったのは確かなのだ。

大和は意を決して、霧の中に飛び込んだ。

 

霧の中は白一色に染められ、視界は最悪だった。

百代の姿を探し、周囲を見渡す大和は、見覚えのある人物を見つけた。

頭にバンダナを巻き、タンクトップを着たその人物は――

 

 

「…キャップか?」

 

 

風間ファミリーのリーダー風間翔一、通称キャップだった。

しかし、大和はすぐに彼が本物ではないことに気づいた。

彼の肌は生気を感じさせないほどに青白く、その体から漂わせるホラーの邪気をゼルバが感じ取っていたからだ。

魔導火で確認するまでもない。それは、フォグレアのトラップだ。

 

翔一の姿をしたそれは、大和に殴り掛かった。大和は敵からのパンチをかわし、反撃の右拳を放つが、拳は敵の体をすり抜けてしまう。

 

 

「こいつ、実体がないのか?」

 

「ホラーの魔力で作られた幻影だ。魔戒剣で斬れ!」

 

 

ソウルメタル製の魔戒剣ならば、幻影を構成するホラーの魔力を斬り裂ける。

大和は魔戒剣を鞘から抜き、翔一の幻影を斬り裂く。

 

 

―――ウアアア!

 

「…!」

 

 

胴を斬り裂かれた翔一の幻影は、翔一本人と全く同じ声で断末魔を上げ、消滅した。

頭の中に響いたその声に、大和は例え幻影だとわかっていてもショックを隠せなかった。

 

大切な親友が苦しみながら消える姿など、誰が好き好んで見るというのか。

大和が苦渋に満ちた顔を浮かべると、彼の周りに新たな幻影が現れた。

 

一子、京、由紀江、クリス、岳人、卓也。

風間ファミリーのメンバーの幻影たちが、一斉に大和へ襲い掛かる。

 

 

「ちぃっ!」

 

 

舌打ちしながら、大和は迫りくる幻影を迎撃する。

そして、魔戒剣が幻影を斬り裂く度、幻影は仲間たちの声で悲鳴を上げながら消滅していく。

 

 

―――ヤ…大和ォ…

 

 

時には、苦しげな表情で大和に手を伸ばしながら。

歯を食いしばって心の痛みに耐えながら、大和は幻影を迎え撃つ。

しかしいくら幻影を倒しても、同じ姿の幻影がすぐに現れて再び向かってくる。

このままでは、いつまで経っても百代のもとへ行けない。

幻影を作り出すホラー自体を倒さなければ。

 

 

「ゼルバ!ホラーの気配はまだ感じないのか?」

 

「…感じるぜ。前後左右、上に斜め、周りのあらゆる方向からな…」

 

「…何だと?」

 

 

大和は、ゼルバの言葉が一瞬理解できなかった。

周囲の全方向から感じる?それはつまり―――

 

 

「霧の中に入って、ようやく分かった。こいつはトラップなんかじゃねえ。

                   この霧が、ホラー・フォグレアそのものだ!」

 

 

自分たちが今、ホラーの体内にいるも同然と言うことに他ならない。

 

 

「どうする大和!?この霧がどれだけ広がっているかも分からねえ。念狼剣で斬ったって埒が明かねえぞ!」

 

 

ゼルバの言う通りだ。

相手の体が霧と言う不定形ならば、単純な斬撃では通じない。

そもそも外から見ただけでもかなりの広範囲に広がっていたのだ。

 

絶えず現れ続ける幻影たちを倒しながら、大和を思考を巡らす。

焦るな。問題点を洗い出せ。解決策を導け。

 

剣が通じないなら、別の攻撃手段をとればいい。

範囲が広いなら、それを狭めればいい。

やがて、大和の頭の中に、ある対抗策が浮かんだ。

 

 

(…『飛天』の力を借りれば…)

 

 

己の持つ力の一つを使えば、フォグレアを倒すことができる。

そのために、まずは百代を見つけ出さなければならない。

しかし、幻影たちの攻撃は休むことなく続いていて、一向に止む気配がない。

 

 

「ハァ…ハァ」

 

 

絶え間ない猛攻を迎え撃ち、聞きたくもない断末魔を聞いてしまう。

大和は心身ともに消耗していた。

疲労する体を剣で支え、俯きながら息を荒げていると、突然周囲から幻影の気配が消えた。

そして―――

 

 

『『大和…』』

 

「え…!」

 

 

聞こえないはずの声が、耳に届いた。

うそだ。ありえない。この声が聞こえるはずがない。

そう思いながら顔を上げた大和の目の前に、声の主である二人の人物がいた。

 

直江景清と直江咲、大和の両親が、並んで立っていたのだ。

 

 

「父さん…母さん…」

 

『大和、今までよく頑張ったな。お前は十分に戦ったよ』

 

『もういいんだよ大和。また三人で、一緒に暮らそう』

 

「あ…」

 

 

景清と咲が、優しい声で語りかけながら、大和を迎えるようにその手を伸ばす。

先ほどの幻影とは違い、その声は大和の耳に届いていた。

気が狂いそうな状況の中、心が安らぐような言葉をくれる二人に、大和はゆっくりと近づいていく。

 

 

そして、歩み寄ってきた大和を景清と咲が抱きしめようとした時―――

 

 

 

 

二人の口が、怪しげな微笑を浮かべ―――

 

 

 

 

「…それがお前の手口か」

 

 

 

 

大和の振るった魔戒剣が、二人の幻影を斬り裂いた。

 

 

―――アアアアア!!

 

 

苦しみの断末魔を上げる二人の幻影の手には、獣のように鋭い爪が生えていた。

やがて、先ほどの翔一たちのように、幻影は消滅した。

 

 

「徹底的に追い詰めて、最後に甘い幻を見せてから喰う…悪趣味この上ねえな」

 

 

仲間たちの声による叫びに苦しみはしたが、だからと言ってホラーの術中にハマるほど大和の心は弱くはなかった。

しかし今、百代も自分のように精神攻撃を受けているとすれば危険だ。

精神が未熟と言われている彼女が狙われれば、ホラーの思惑通りになりかねない。

大和は魔戒剣を振りかざし―――

 

 

「さあて、一瞬でもいいもの見させてもらった礼だ。残らず相手になってやる!」

 

 

再び現れた幻影群に向けて、立ち向かっていった。

 

 

 

 

 

大和が両親の幻影に打ち勝った時、百代は制服姿の『大和』と向かい合っていた。

 

 

「大和…なのか?」

 

『そうだよ。弟の顔を忘れたのかよ』

 

 

百代の目の前にいる『大和』の声は、先ほどまでの女性の幽霊たちとは違い、百代の耳にしっかりと聞こえていた。

 

 

「どうして、ここに…」

 

『どうしてって、姉さん昔から幽霊苦手でしょ?もう大丈夫だ。オレが一緒にいるからさ』

 

 

優しくかけられる『大和』の声に、百代は安堵の笑みを浮かべた。

 

百代にとって、大和は仲間の中でも特別な存在だった。

小学生のころ、百代と同年代の子供たちは彼女の力に恐怖し、距離をとっていた。

百代はそれに対して、特に何か思ったわけではなかった。

しかし、学校のない時は川神院で過ごす百代の周りは大人ばかりで、多少の寂しさは感じていた。

だからこそ百代は、自分より年下で、いつも自分と一緒にいてくれる弟や妹を欲しがった。

そんな時に百代の前に現れたのが、大和だった。

彼との出会いをきっかけに百代は風間ファミリーに入り、一子と言う可愛い義妹を得た。

百代にとって、大和は自分の人生を大きく変えたきっかけであり、自分の傍にいて当たり前の存在だった。

 

 

『ほら、さっさとこんなところから出て、また一緒に過ごそうぜ。今度は学園でもさ』

 

 

そう言って『大和』は手を差し伸べてきた。

きっと、大和が旅に出なければ、ファミリー全員の在籍する川神学園に一緒に通っていただろう。

今目の前にいる『大和』のように、学園の制服を着て。

その生活は、きっと今までよりも楽しくなるはずだ。

百代はそう思い、彼の手に自分の手を伸ばし―――

 

 

 

 

「…幻影倒して来てみれば、何やってんだよ」

 

「なっ…!?」

 

 

背後から聞こえた声に驚き、手を止めた。

振り向いた先にいたのは、夕方に会った時と同じロングコート姿の大和だった。

彼は右肩に細身の剣を担ぎながら、幻影の『大和』の前にしゃがみ込んでいる百代を見ていた。

 

 

「よりによって『俺』にすがるのかよ。みっともねえ」

 

 

突然現れたもう一人の大和に驚く百代だったが、舎弟にけなされて黙っていられなかった。

 

 

「う…うるさい!弟に文句を言う権利はないぞ!」

 

「今のアンタに弟なんて呼ばれたくねえよ」

 

「ア…アンタ!?」

 

 

敬意も親しさもない呼ばれ方に、百代は憤慨する。

 

 

「自分で言ったろ?『弟でも何でもない』って」

 

「た…確かに言ったが…」

 

「それに、俺は今のアンタを姉さんなんて呼びたくないしな」

 

「な…なんだと!?」

 

 

大和は初めて会って以来、舎弟らしく百代についていくこともあれば、仲間として彼女を注意したこともあった。

しかし、ここまで突き放した物言いは百代にとっても初めてだった。

 

 

「覚えてるか?夕方にアンタと会った多馬川の土手で、昔アンタは言った。『私にどこまでもついてこい』って」

 

「…ああ、言ったな」

 

「あの時、俺はアンタが差し出した手を取った。なぜだと思う?」

 

「…舎弟だから、か?」

 

 

確かめるように、百代は答えた。しかし、大和は首を横に振り―――

 

 

「違う。あの時のアンタが、俺の憧れだったからだ。揺るがない強さを持ってたアンタが、かっこいいと思えたからだ」

 

 

どんな相手にも臆することなく立ち向かい、どんな時でも堂々と構えていた。

当時の自分よりも圧倒的に強かった彼女だからこそ、大和はついて行きたいと思った。

だからこそ、舎弟の幻影にすがる姉貴分の姿が、情けなくて見ていられない。

 

 

「今のアンタはどうだ?満足できる戦いができない?俺が傍にいない?そんな理由で子供みたいに駄々こねて、挙げ句の果てには『ついてこい』と言った相手に頼るのかよ?」

 

「う…」

 

 

大和は先ほどまで、ホラーの精神攻撃を受けていた。

百代もきっと、幻影に翻弄され、限界まで追い詰められたのだろう。

しかし、そんなものに負けてほしくない。

 

だから、大和は告げる。百代を奮い立たせるための言葉を。

 

 

「俺は今のアンタなら、簡単に追い抜ける自信があるぞ」

 

「なっ…?」

 

「俺の“姉”を名乗るのなら、最後まで俺の前を走れ!武神の名が泣くぞ、川神百代!」

 

「!!」

 

 

幻影の『大和』とは違う、厳しい言葉だった。

しかしその言葉は、百代の記憶の中のある情景を呼び起こした。

それは、数年前の多馬川で大和が百代の手を取った後のことだ。

 

 

「でも姉さん、我が儘多いからなあ」

 

「な!?そこまででもないだろ!?」

 

「本当のことだよ。言うこと聞かないとすぐ殴るしさ」

 

「うう、うるさい!私はそんなに情けない人間じゃない!」

 

「じゃあ、姉さんが情けないことしてたら、俺が叱ってあげなきゃね」

 

「むー!弟のくせに生意気だ―!」

 

「だからそういうのがイッテー!!」

 

 

 

そうだ。確かに、大和はそう言っていた。

 

 

「は…ははは」

 

 

思わず笑ってしまった。まさか、かつての大和が言った通りのことになるとは。

 

 

「まったく、本当に情けないな…弟に叱咤されるなんて」

 

『姉さん…?』

 

「ふんっ!」

 

 

立ち上がった百代の拳が、大和の幻影の顔面を捉えた。

実体のない幻の頭に、彼女の拳が埋まっている。

感触がない。本当に幽霊のようではないか。

しかし、もう逃げない。なぜなら―――

 

 

「弟にあそこまで言われて、いつまでもビビッていられるかぁ!」

 

 

幻に埋まる百代の拳が燦然と輝き、

 

 

「川神流…星殺し!!」

 

 

放たれた気の奔流は、大和の幻影を飲み込み、霧に包まれた空に風穴を開けた。

 

 

(たーまやー!これが日本の伝統の花火ってやつか!)

 

(いや、違うが…しかし実際に見るとすげえな)

 

 

百代が強いのは昔から知っていたが、その人外のような力を大和が目の当たりにしたのは、これが初めてだった。

 

 

「ふう!どうだ大和!幽霊に勝ったぞ!」

 

「いや、姉さん。喜んでるところ悪いんだけど、それじゃダメだ」

 

「へ?」

 

 

幻影が消え去り、すっかり元気を取り戻した百代に、大和は否定の言葉を返す。

直後、百代が背後に冷たい気配を感じて振り向くと、星殺しに飲まれたはずの大和の幻影がそこにいた。

それも、目、口、鼻と、顔にある穴という穴が黒い闇に染まっている、不気味な顔で。

 

 

「…っ!なんでだ!?さっき消えただろう!?」

 

 

悲鳴こそ上げなかったが、消えたはずの相手に百代は動揺した。

確かに百代の放った星殺しは強力な技だが、それではホラーを倒すことはできない。

定まった形を持たない霧状の体を持つフォグレアは、星殺しによって穴を開けられてもダメージは全くなく、事実、先ほどの穴はとっくに塞がっていた。

 

 

―――ジャマヲ、スルナ

 

 

大和と百代の頭の中に声が響く。

獲物を喰らうのを邪魔されたフォグレアの声だ。

そして、大和の幻影の周りに、幻影の大群が現れた。

百代を襲った女性の幻影を始め、風間ファミリーなど数多くの人間を模した幻影群が、大和と百代に襲い掛かってくる。

大和は百代の前に回り込んだ。

 

 

「下がっててくれ。俺がやる」

 

「なに!?」

 

「任せてくれよ。『姉さん』」

 

 

そう言って、大和は幻影の群れに向けて駆け出し、流れるような剣捌きで斬り裂いていった。

もはや、断末魔に心を痛めることもない。

百代と合流できた以上、存分に戦うことができる。

大和は幻影を斬り倒しながら、左手の魔爪筆で空中に魔導文字を書き始めた。

いくつも書かれた文字列は一か所に集い、やがて地面に円形の魔導陣を形成した。

近くの幻影を薙ぎ払った大和は魔導陣の傍に片膝を立てて座り、ゼルバの宿る左手で魔導陣に触れる。

 

 

「ゼルバ!」

 

「おう!あいつの出番だぜ!」

 

 

大和の呼びかけに応じたゼルバが口を開くと、そこから小さな光が放たれた。

光が魔導陣の中心に達すると、陣全体が光り輝き始める。

 

 

「はばたけ!『飛天』!!」

 

 

大和の声と共に、輝く魔導陣から紅の光が飛び出した。

翼を広げ、流れる尾羽を持つその姿は、さながら火炎の中から蘇る不死鳥のようだった。

実体を持たず、霊体のようなその鳥を見た百代は恐怖を感じず、ただその美しさに目を奪われている。

紅の鳥が完全に魔導陣から離れると、大和は魔戒剣で空中に円を描く。

しかし、円から放たれた光は大和ではなく、紅の鳥へと注がれた。

円の中から、念狼とは異なる鎧が現れ、紅の鳥の霊体に装着され、確かなシルエットを与えていく。

大和の身の丈を超える鳥の体が、真紅の装甲に覆われ、装甲同士の隙間からは霊体の持つオーラが炎のように溢れている。

左右の翼には、長さ約ニmの羽状の刃『翼剣』が五本ずつ備わっている。

 

その名は、飛天。

大和の霊獣騎士の名の由来である『魔戒霊獣』の一体である。

 

 

「姉さん、行くよ!」

 

「え!?ちょっ!」

 

 

大和は百代を抱きかかえて飛天の背に乗った。

突然お姫様抱っこをされて百代は激しく動揺するが、大和は大して動じていない。

 

 

――キィイイイイ!!

 

 

甲高い声を上げながら、主を背負った飛天は真上に向かって飛び立った。

飛天が霧の空を貫くのにそう時間はかからず、百代が気づいた時には、飛天は月の輝く夜空の下で滞空していた。

大和たちの眼下には、フォグレアの霧が広範囲に広がっている。

 

 

「おい大和!訳も分からないまま空に来たが、どうする気だ?」

 

「ああ、あの霧が幻影を作り出してる怪物だから、今から倒すんだ」

 

「霧を倒す?いったいどうやって…」

 

「こうやってさ!」

 

 

戸惑う百代に答えるように、大和は左手で印を結ぶ。

すると、飛天の左右の翼から、計四本の翼剣が分離した。

翼剣は大和の意志に従い、フォグレアを取り囲むように四方に配置される。

そして隣り合う翼剣同士の間に魔力の線が結ばれ、それを軸としてドーム状の結界が形成され、フォグレアを包み込んだ。

 

飛天の力を借りた大和の法術『翼包陣』である。

さらに、大和の術は続いた。

結界を形成する四本の翼剣が、ドームの中心に向けて移動し、それに合わせて結界が収縮し始めた。やがて巨大だった結界は、フォグレアを内部に閉じ込めたまま、直径一m大のボール状になり、大和たちの目の前に浮かんだ。

 

 

「大和。仕上げと行こうぜ!」

 

「ああ!」

 

 

大和はさらに二本の翼剣を操り、空中に並べて足場を作った。

百代を飛天の背に乗せたまま足場へ乗り移り、魔戒剣で念狼の鎧を召喚する。

例によって百代が驚くのにも構わず、念狼は左手の指先に魔導火を着火させ、念狼剣の刀身をなぞる。

すると念狼剣に宿った魔導火が、腕を伝って念狼の全身に燃え移る。

 

 

「おい、大和!?燃えてるぞ!?」

 

「大丈夫だ。こういう技だから」

 

 

『烈火炎装』。

魔導火を剣と鎧に纏うことで己の能力を強化する、限られた魔戒騎士にしか扱えない高度な技である。

 

念狼は燃え盛る念狼剣を構え、捕らわれたフォグレアへ向けて咆える。

 

 

「人の心を惑わす貴様の陰我…俺が焼き払う!」

 

 

咆哮と共に、振るわれた念狼剣から炎の斬撃が放たれた。

炎は翼包陣に命中すると、内部のフォグレアを結界ごと燃やす。

声帯すら持たないフォグレアは、断末魔を上げることもなく、魔戒の炎に焼き尽くされるのだった。

 

 

 

ホラー殲滅を完了し、念狼は百代と共に地上に降りた。

飛天は念狼と共に鎧を解除すると、その霊体を小さな光に変え、ゼルバの口の中へと吸い込まれていった。

 

 

「ご苦労さん、飛天」

 

 

魂と魔力しか持たない魔戒霊獣は、非戦闘時にはゼルバの中に封印されている。

力を貸してくれた仲間に、大和は労いの言葉を送った。

そこで、大和の様子を見ていた百代は、彼に問いかけた。

 

 

「なあ、大和。あれが、お前の言う事情だったのか?」

 

「…そうだよ。今の俺には、昔の夢よりもやらなきゃいけないことがある」

 

 

左手を握りしめ、大和は百代に答えた。

その時の大和の眼差しは、かつて夢のために旅立った時の彼と同じだった。

その眼差しを受けて、百代はようやく納得した。

彼は確かに、かつての夢を捨てたのだろう。

しかし、やるべきことに全力を尽くそうとする彼の心には、一切の揺らぎがなかった。

 

 

「…お前、強くなったよ。大和」

 

「そう?」

 

「ああ、強いさ。今の私よりもずっとな…」

 

 

百代は、ホラーの見せた幻影に完全に恐怖していた。

もしも大和に叱咤されなければ、どうなっていたことか。

 

 

「姉さんだって、十分強いさ。力だけじゃなくて、心の方も」

 

「けど私は、あの幽霊モドキに何もできなくて…」

 

「確かに姉さんの力じゃ、ホラーは倒せない。でも、姉さんはホラーの恐怖に打ち勝った。重要なのはそれだよ」

 

 

普通の人間がホラーに狙われればまず助からない。

ホラーの邪気に中れば、心を恐怖に支配され、逃げることすらできなくなる。

しかし、百代は最後には恐怖を振り払うことができた。

百代の心には、ホラーの邪気に勝てるだけの強さが眠っていたということだ。

 

 

「姉さんは昔から修行してたんだしさ。もっと心を鍛えれば、まだまだ強くできる」

 

「心を、鍛える…」

 

 

大和の言葉を復唱し、百代は自分の両手を見た。

今まで、力こそが全てだと思っていた。

しかし、自分にはそれだけでは足りない。

自分に足りないもの、『心の強さ』が欲しいと、初めてそう思った。

両手を強く握り、百代は決意した。

 

 

「よし!見ていろ大和!私は自分を鍛え上げて、必ずまたお前の前を走るからな!覚悟してろ!」

 

「ああ。こっちも追い抜かれないように、全力で走り続けるさ」

 

 

百代からの挑戦を、大和は笑顔で受けて立つのだった。

 

 

 

 

 

―――翌日―――

 

 

「おいジジイ。心を鍛えるにはどうすればいいんだ?」

 

 

フォグレアに狙われたことで、自分の精神的な弱さを自覚した百代は、鉄心に質問した。

それを聞いた鉄心は、口をあんぐりと開いて硬直してしまった。

今まで散々、精神力の重要性を説いてきたのを無視していた孫娘が、いきなり真逆の行動に出たのだから当然と言えよう。

一体どんな心境の変化があったのかと、鉄心が百代に尋ねてみると――

 

 

「舎弟に大口叩かれたからな!見返してやらんと気が済まないんだ!」

 

 

言葉とは裏腹に、実に楽しそうな笑顔でそう答えられた。

以来、百代は鉄心やルーの指導を素直に聞き、真面目に精神修行に励むようになった。

 

自分の前を走る弟を追い抜くために。

 

 

 

 

 

 

そして、その弟分は―――

 

 

「なあ大和ー。一回くらい…」

 

「断る」

 

「いいじゃないかよー!手合わせしてくれよー!」

 

「ホラーと関係ない人間とは戦わない」

 

(よく言うぜ。自分がやりたくないだけなくせに)

 

(うるせ)

 

「むー!姉の言うことが聞けないのかー!」

 

「だからってチョークスリーパーはヤバぐええええ!!」

 

 

街で百代と出くわす度に手合せを申し込まれ、毎回断ってはヒドイ目に遭っているそうな。

 




最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
何気なく牙狼以外の特撮ネタも使ってみた常磐です。

今回のテーマは、百代の弱さです。
百代は確かにチート級の強さですが、それはあくまで対人戦の話。
ホラーなんて得体の知れないものから精神攻撃を仕掛けられたら流石に危ないだろうと思いました。原作でも精神の弱さを結構指摘されてましたしね。

また今回、実は序章の時点で登場していた飛天が本格的に出てきました。
『魔戒霊獣』は私の独自設定であり、牙狼の原作に登場する魔導馬や霊獣とは異なる存在です。
『仮面ライダー龍騎』のミラーモンスターや、『魔弾戦記リュウケンドー』の獣王といったサポート系のモンスターが好きなので、取り入れてみました。
フォームチェンジもやろうかと思ってた時期もありますが、設定を増やしすぎると自分が処理しきれなくなりそうなのでそっちはやめました。


ところで、現在放送中の『魔戒ノ花』に第二の魔戒騎士の吼狼が登場しましたが、超かっこいいです。
耳でフェイスオープンとかタイムリミットを削って翼を展開するとか。
創造の幅が広がりますね。
反面、自分の考えてる設定や話が今後のTVシリーズとかぶらないか不安で仕方ないです(汗)。

今回もありがとうございました。
では次回、第四話『仲間』にて、またお会いしましょう。
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