真剣で念狼<NERO>に恋しなさい!   作:常磐

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第四話 『仲間』

―――某日 川神学園―――

 

 

大和を除く風間ファミリー全員が通う川神学園には、他校にはない特徴がいくつもある。

成績に応じて、生徒たちを最上位のSクラスから最下位のFクラスまで振り分けるシステム(ちなみに、由紀江はCクラス。他は各学年のFクラスに在籍している)。

生徒間に問題が起きた時または双方の合意があった時、教師の立ち合いのもと何らかの競技で雌雄を決する『決闘』。

社会勉強の一環として、学園側から黙認されている生徒による賭場。

そして今、学園のある一室で行われようとしていることもまた、この学園の特色と言えよう。

 

 

「では、本日の依頼の競りを始める…の」

 

 

語尾の『の』を言うまで不自然なまでに間を置いたのは、川神学園の日本史教師、綾小路麻呂。

平安時代至上主義であり、顔面を白粉でこれでもかと言うほどに真っ白に染めた彼の前には数名の生徒たちが並んで座っている。

 

これから行われるのは、彼の言った通り依頼の競りである。

学園側が報酬(主に食券)を用意し、依頼を受けた生徒たちがその問題を解決する。

依頼を受けようとする生徒が複数名いる場合、学園の提示した報酬を引き下げ、最低レートを示した者が依頼を受けることができる。品物を買い取る額を徐々に上げていく通常の競りとは逆のシステムである。

 

 

「では、まずは食券100枚から始める…の!」

 

「90枚!」

 

「いきなり10引くのかよ…84枚!」

 

「じゃ、79枚!」

 

 

集まった生徒たちが次々にレートを下げていく。

あまり下げすぎれば、依頼に見合った報酬を得られなくなるため、徐々に慎重になっていく。

 

 

「32枚!」

 

「「「「はあ!?」」」」

 

 

そんな中、レートを一気に引き下げた者がいた。

 

 

「ふむ…他はいないようじゃ…の。では今回の依頼、風間翔一に任せる…の」

 

「おう!任されたぜ!」

 

 

風間ファミリーのリーダー、翔一だ。

彼にとっては、依頼を受けて日常に刺激を得るのが重要であり、報酬はファミリーのメンバー八人が平等に分けられる枚数を確保できればよかった。

教師側としても、風間ファミリーは過去に何度も依頼を解決してきた実績があるため、特に何もないままに任せるのだった。

 

 

 

―――同時刻 職員室―――

 

 

「今頃、例の依頼の競りが行われているか…」

 

 

2-Fの担任である小島梅子は時計を眺めながら険しい顔でつぶやいた。

すぐ近くで彼女の独り言を聞いたルーは、彼女に尋ねる。

 

 

「そうですネ。心配ですカ小島先生?」

 

「心配と言うよりは不甲斐ないのです。本来なら我々教員がやるべきことを、生徒に任せるというのが…」

 

 

今回出された以来の内容は、現在問題となっている一部の生徒たちに関することだった。

授業は厳しくとも生徒思いな梅子は、生徒たちの問題を解決できないことにひどく悔しがっており、ルーも苦い表情を浮かべている。

 

 

「気にすることはないと思いますがねえ」

 

「…どういうことです?有馬先生」

 

 

梅子とルーにそう話しかけたのは、有馬と言う中年の男性教師だった。

 

 

「件の生徒たちは授業にはしっかりと出ているのですし、教師が生徒の事情に深入りする必要はないかと…」

 

「生徒たちの問題を解決することも、教員の役目です!それを…」

 

「小島先生!落ち着いテ!」

 

 

思わず有馬に掴み掛ろうとする梅子を、ルーが押さえた。

梅子と有馬は教育に対する考え方の違いから、何かと口論になることが多かった。

 

 

「まあ、問題になっているのはあなたの受け持ちの生徒ではないのですし、あなたはFクラスの指導に専念した方がよろしいのではないですかね。では…」

 

 

そう言って、有馬は不敵な笑みを浮かべながら去っていった。

 

 

「生徒のことを思わずに、何が教師だ…!」

 

 

苦虫を噛み潰したような顔で、梅子は言った。

 

 

 

 

 

―――その夜 秘密基地―――

 

 

金曜日ではないが、依頼について話し合うためにファミリーが招集されていた。

 

 

「一人四枚か…また思い切って下げてきたなあ」

 

「依頼は…『家出学生の謎を追え』?クリハンのクエストみたいだね…」

 

 

翔一は報酬の食券を配りながら、今回の依頼の内容を説明した。

最近、学園の一部の生徒が家に帰っていないらしい。

にもかかわらず、学園には普通に通い、授業も真剣に受けているという。

カウンセラーが生徒やその家族に話を聞いても、特に家庭内で問題が起きたわけでもないようだ。

生徒に理由を聞いても、黙りこくるだけで何の情報も得られない。

今回の依頼は、問題の生徒たちが放課後にどこへ行き、何をしているのかの調査だった。

 

 

「非行学生たちの更生か。悪は正さねばならんな!」

 

「おう!てことで、今回は二人一組になって街を捜索してみようぜ」

 

 

正義を愛するクリスは、今回の依頼にノリノリだった。

そして話し合いの結果、各ペアは翔一と岳人、百代と卓也、一子と京、クリスと由紀江という編成となった。

百代・卓也ペアは、万が一の際に戦闘力の低い卓也をフォローするため。

一子・京ペアとクリス・由紀江ペアは、勢いで行動しがちな一子とクリスにストッパーとして冷静なメンバーを組ませた。

翔一・岳人ペアは、余りである。

 

 

「余りってなんだコラァ!」

 

「ガ…ガクトさん、誰に対して…」

 

「独り身が寂しくて幻聴でも聞いちまったんだなー。かわいそうに」

 

「友達いなくて腹話術してるヤツに言われたかねえ!」

 

「オラは付喪神だってばYO!」

 

 

岳人が何やら荒ぶっているが、置いておこう。

とにかく、ペア編成を終えた風間ファミリーは、さっそく家出学生の調査に出かけた。

 

 

「ったく。んでキャップ。俺たちはどこを捜す?」

 

「俺はな、学園が怪しいんじゃねえかと思うんだ」

 

「なんで?」

 

「勘!なんか夜の学園で隠れて何かしてそうじゃね?」

 

「勘かよ。あーでも、こういう時キャップは当たりを引くんだよなあ」

 

 

強運の持ち主である翔一は、ギャンブルで無謀な手を打っても必ずと言っていいほどに勝利し、大儲けする。

翔一について行けば早々に依頼を果たせるかもしれないと、岳人は彼の意見に賛成して学園に向かった。

 

 

 

 

―――同時刻 川神学園―――

 

 

教師も生徒も帰宅した夜の川神学園の廊下を、大和は静かに歩いていた。

ゼルバが学園の中にホラーの気配を感じ取ったのだ。

照明が消え、窓から差し込む月明かりのみに照らされた廊下を、大和は警戒しながら進む。

 

 

「学校を根城にしてるってことは、憑依されたのは教師か生徒か?」

 

「心に闇を抱えている人間なら誰でも陰我を持ち得るとは言え、この学園に出るとはな…」

 

 

ホラーを魔界から人間界に呼ぶ要因となる陰我は、主に人の持つ心の闇から生まれる。

強い欲望、他者への怒りや嫉妬、殺人を犯すほどの狂気など、その強弱に関わらず、それらの闇は全て陰我となり得る。

そうして生まれた陰我が宿ったオブジェが、ホラーを呼ぶゲートに変化する。

 

こうした心の闇は誰しも持ち得るものであり、つまるところ全ての人間がホラーに憑依される可能性を持っているということだ。

 

 

「どんな陰我かねぇ。不良生徒の社会への苛立ちか、はたまた思春期特有の悩みか…」

 

「なぜ学生限定で考える…喋ってないで真面目に探れよ」

 

「やってるさ。どんな時でもお喋り出来るだけの余裕は必要だぜ?」

 

「お前は喋りすぎなんだよ」

 

 

などと話しつつも、ゼルバの探知によって大和はある教室へとたどり着いた。

校舎三階の端にある空き教室のようで、扉の上にあるプレートには教室名が書かれていない。

その教室の中にはいくつかの人の気配に混じって、ホラーの邪気も感じ取れる。

大和は左手に鞘に納まった魔戒剣を持ちながら、教室の後ろ側の扉を開けた。

 

中に入ると、そこには一般的な教室のように机とイスが規則正しく並べられており、20人ほどの生徒たちが着席し、黙々と机に向かっていた。

机にはテスト問題と思われるプリントが置かれており、彼らは手元の解答用紙に問題の答えを書き込んでいる。

彼らの瞳には、光が宿っていなかった。

これと同じ瞳を、大和は最近見た覚えがある。

ホラー・ジャッカスの邪気を受けた卓也と同じ。つまり彼らも、ホラーの邪気の影響を受けているということか。大和が思考していると――

 

 

「こらこら君ぃ。テスト中に堂々と立つとはどういうことかね?」

 

 

教室の前側の扉が突然開かれ、教師と思しきやや小太りな男が入ってきた。

日中、梅子と口論した有馬である。

大和はすぐさま左手に着火させた魔導火を息で飛ばす。

魔導火は有馬の眼前で停止し、その瞳に魔導文字を浮かび上がらせた。

 

 

「違反行為の上に火遊びとは…とんでもない不良だな」

 

「生憎、俺はここの生徒じゃない」

 

「知っているよ魔戒騎士。私の仕事の邪魔をしないでくれないかね」

 

 

有馬は自分がホラーだと暴かれ、大和が魔戒騎士だと気付いているにもかかわらず戦おうとせず、鬱陶しそうにそう言った。

 

 

「仕事?そもそもここで何をしている?」

 

「見てわからんかね、補習だよ。今はその成果を見るための実力テスト中なのだ」

 

「補習ねぇ。この坊主どもはそんなに成績が危ういのか?」

 

「いいや、ここにいるのは私が選んだ、成長の見込みのある生徒たちだよ」

 

 

大和とゼルバの問いに、有馬は右手に持った指示棒を振り上げて答えた。

指示棒は先端から怪しげな赤い光を放っている。

 

 

(どうやらあの棒が、生徒たちを操ってる道具みたいだな)

 

 

ゼルバは指示棒から発せられる邪気から判断した。

授業に用いる道具で生徒を操るとは、なんとも教師らしい。

有馬は指示棒を振りながら嬉々として語り出した。

 

 

「いいかね?教師とは、優秀な若者を世に送り出すという偉大な使命を帯びた神聖な職業だ。私はこの仕事に誇りを持って勤めている。ここにいる生徒たちは、教育次第でSクラスにまで上り、ゆくゆくは社会に大いに貢献できるだろう可能性を秘めた未来の宝だ!ならば、彼らを正しく導くのは、教師たる私の義務なのだよ!」

 

「長~い演説ご苦労さん。ま、その未来の宝を好き勝手に操ってまで導こうとする執念には感心するぜ」

 

「許容できることじゃないがな」

 

 

有馬の言動に対し、ゼルバは皮肉を漏らし、大和は嫌悪に満ちた眼差しを向ける。

だが有馬はそれを跳ね除けるように続ける。

 

 

「何を言うのかね。生徒は教師の指導に従っていればいいのだよ。私はね、成績に応じてクラス分けし、優等生と劣等生をはっきりと分けるこの学園の方針は見事だと思うが、生徒の自主性を尊重するというのがどうにも理解できんのだ。子供の好きにさせていては伸びるものも伸びんというのに」

 

「…それが分からないなら、お前はここの教師に向いてねえよ」

 

 

川神学園が良くも悪くも実力主義であることは有名で、かつて川神市に住んでいた大和も知っていた。

しかしその教育方針は学長である川神鉄心の意向であり、生徒たちが互いに切磋琢磨し、競い合い、自由に成長して行くためのものだ。

成績が伸びればいいなどと言う有馬の思想とは、根本的に異なるものだ。

 

 

「んで?お前さんのありがたい指導を受けた未来の宝は、しっかり点数取れるのかい?」

 

「当然だろう。みな満点を取るに決まっている」

 

「…不合格者が出たら?」

 

 

大和の問いに、有馬は何を言っているのか分からないといった顔になり――

 

 

「私の補習を受けてもなお合格点に達しないクズなど、存在するだけ無駄だ。喰うしかあるまい?」

 

 

その発言の直後、大和は抜刀した。

 

 

「お前のような身勝手な野郎に、そもそも教師は務まらねえな」

 

「教師に刃を向けるか…教育せねばならんな」

 

 

有馬は右手の指示棒を大和の背後に向けた。

すると、教室の後ろ側にまとめて置かれていた未使用の机やイスが浮かび上がり、大和へ向けて突っ込んできた。

 

 

「どうやら、操れるのは人間だけじゃないらしいな!」

 

 

大和は魔戒剣で机とイスを弾き返し、生徒を巻き込まないよう廊下へ飛び出した。

 

 

「逃がさんぞ!」

 

 

有馬もまた廊下へ飛び出し、再び指示棒を振るう。

すると付近の教室の扉が外れ、その中から新たに飛び出した数十のイスと共に大和に襲いかかる。狭い廊下の中では不利と判断した大和は、迫ってくるものを弾きながら広い場所を目指して走り出し、有馬はそれに追従。二人は生徒たちのいる空き教室から離れていった。

 

 

 

 

 

大和が有馬と交戦し始めた頃、翔一と岳人は川神学園の校舎内を探索していた。

 

 

「んー。特に何もねえぞキャップ」

 

「っかしーな。絶対ここだと思ったんだけどなぁ」

 

 

玄関は鍵がかかっていたため、なぜか開いていた窓から侵入したまでは良かったものの、校舎の一、二階を見回っても特に目につくものはなかった。

当てが外れたか、と思いながら二人が残る三階への階段を上がっていると、突然三階の方から物音が響いた。それも一度や二度ではなく、ドン、ガタンッと何か大きなものがぶつかり合う音が何度も聞こえてくる。

 

 

「な…なんだってんだ?」

 

「行ってみようぜ!」

 

 

音の正体を確認するため、二人は急いで階段を駆け上がった。

そして三階の端にある例の教室にたどり着いた彼らは、廊下や教室内に無残に転がっている机やイス、ドアの残骸を見つけた。

どの残骸も、何かに切断されたかのように綺麗に真っ二つになっている。

教室の中で席についている生徒たちに声をかけても、全員机に向かったまま反応を示さない。

 

 

「こいつら、今回の依頼にあった連中だろ?何があったらこんな状況になるんだよ」

 

「なあ。さっきの音、まだ向こうの方から聞こえてくるぞ」

 

 

明らかに異常な状況に困惑する岳人。対して翔一は、先ほど聞いた物音がまだ遠くで聞こえていることに気づく。

音の聞こえる方向には、ドアやイスの残骸が廊下のそこかしこに落ちている。

 

 

「どうすんだよキャップ」

 

「決まってんだろ!事件の真相を暴いてやるんだよ!」

 

 

翔一は岳人を引き連れて、残骸の転がる廊下を駆け抜けていった。

 

 

 

 

一方、有馬の攻撃を防ぎながら、大和は体育館へとたどり着いた。

 

 

「鬼ごっこは終わりだ小僧」

 

「そうだな。じゃあ、ここからは鬼退治だ」

 

 

大和は魔戒剣を構えて有馬に向き直った。

有馬は指示棒で体育館倉庫の扉を外し、中から跳び箱や陸上部が用いる砲丸を操って大和へと飛ばす。

先程までは狭い廊下にいたせいで攻撃を弾くしかなかったが、体育館にいる今ならば回避も容易い。

大和は飛来する攻撃を回避しながら、有馬の指示棒を狙って魔戒剣を振り下ろす。

しかし、有馬はその場から大きく跳躍して、再び大和から距離をとった。

やや小太りなその体格からは想像もできない動作ではあるが、ホラーに憑依されていれば何も不思議ではない。

大和は再び距離を詰めようとするが――

 

 

「あれ!?大和じゃねーか!」

 

「マジだ!お前なんでここに?」

 

「なっ…!?」

 

 

体育館の出入り口から、覚えのある声が聞こえた。

そこには、驚いた表情でこちらを見る翔一と岳人がいた。

 

 

「おい、あれ化学の有馬じゃねえか?」

 

「ははーんなるほど。夜の学校に生徒集めてなんかしてたのはアンタか!」

 

 

大和と対峙している有馬に気づいて、二人は有馬が今回の騒動の犯人だと判断した。

 

 

「いかんなぁ。補習のない生徒がこんな時間に学園にいては!」

 

「ちぃっ!」

 

 

有馬は遠隔操作している砲丸の標的を翔一と岳人に切り替えた。

大和はすぐさま二人の前に回り込み、砲丸を弾き落とす。

だがその直後、大和の左側からバレーボールの詰まったカゴが飛来し、大和の体を突き飛ばした。

 

 

「ぐあ!」

 

「や、大和!?」

 

「ふん。指導の邪魔をするからだ」

 

「テメェ…!」

 

 

人の手も借りずにカゴが飛んできたことに驚く二人だったが、有馬の口ぶりから彼のせいだと分かり、敵意のこもった視線をぶつける。

 

 

「どんな手品か知らねえが、俺たちの仲間を傷つけやがって!」

 

「テメェ許さねえ!俺の筋肉の餌食になりやがれ!」

 

「くっ…よせ二人共!そいつは普通じゃ…」

 

 

大和の制止も聞かず、翔一と岳人は有馬に向かって走り出した。

有馬は残りの砲丸を二人に向けて飛ばすが――

 

 

「へっ!こんなんで俺のスピードについてこれるかよ!」

 

「モモ先輩の八つ当たり攻撃に比べりゃ、遅すぎるぜ!」

 

 

翔一は持ち前のスピードで、岳人は普段から百代のストレス発散のために殴られて鍛えた動体視力で砲丸をかわしていく。

そしてついに、速さで勝る翔一が有馬の目前まで迫る。

しかし、有馬は余裕の表情だった。

 

 

「指導から逃げるとは…やはりクズはどこまで行ってもクズか」

 

 

そのつぶやきと共に、有馬の右肩から長い腕が生えた。

三つの肘関節を持ち、骨の上に直接皮を被せたような細い腕で、その先には鋭い刃が備わっている。

 

突然起きた不可解な現象に、翔一は戸惑い、彼の背後に続く岳人も言葉を失った。

そして有馬の第三の腕は、並ぶ二人をまとめて貫くように刃を突き出す。

一瞬の戸惑いが原因で、二人は回避行動をとれなかった。

 

やられる、そう思った瞬間、二人の体が横からの衝撃によって突き飛ばされた。

二人が自分たちにぶつかったものを確かめるよりも前に、グサリ、と刃が肉を貫く音が聞こえた。

 

床に倒れた二人が急ぎ振り返ると、そこには――

 

 

「っ…ぐう…」

 

 

刃が腹に突き刺さっている大和の姿があった。

 

 

「またしても邪魔を!」

 

「ぐあっ!」

 

「「大和!!」」

 

 

有馬は大和の体から刃を抜き、第三の腕を振って大和を殴り飛ばした。

翔一と岳人はすぐに起き上がり、大和に駆け寄る。

 

 

「おい大和!大和!!」

 

「くっ…二人共、下がってろ。あいつは、俺が…」

 

「んなこと言ってる場合かよ!血が…」

 

「いいから下がれ!!」

 

 

自分の身を案じる翔一と岳人を出入り口側へと突き飛ばし、立ち上がった大和はすぐさま念狼の鎧を纏った。

 

 

「な…なんだよ今度は!」

 

「大和が…変わった?」

 

 

背後で二人の驚く声が聞こえるが、構ってはいられない。

腹の傷は深く、戦闘が長引けばこちらが不利と判断し、念狼は早急にケリをつけようと有馬に斬り掛かった。

 

しかし、振り下ろされようとした念狼剣は、新たに有馬の左肩から生えた第四の腕に止められた。

第四の腕の先はハサミのように二つに分かれており、剣を持つ念狼の右腕を挟み込んで動きを止めている。

そして有馬は、第三の腕で念狼の腹を殴りつけた。

 

 

「うっ!」

 

 

念狼の鎧には傷一つつかないが、衝撃は鎧を伝って腹の傷に届き、念狼の体に激痛が走る。

 

 

「いけないなぁ」

 

――ズガンッ!

 

「怪我したら、早く手当しないと…」

 

――ガギンッ!

 

「ぐっ…」

 

「ばい菌が入ってしまうぞぉ?」

 

――ガキィンッ!!

 

「ぐ…あああ!!」

 

 

有馬は容赦なく打撃を続ける。

執拗なまでの腹への集中攻撃に、念狼はたまらず悲鳴を上げた。

第四の腕が念狼の右腕を離すと同時に放たれた最後の打撃により念狼は大きく吹き飛ばされ、ダメージのせいか鎧も解除されてしまう。

 

 

「うぐ…」

 

「おい大和!しっかりしろって!」

 

「くそ、あのヤロー!」

 

「おいバンダナ!デカいのと一緒に大和に手を貸せ!逃げるぞ!」

 

 

腹を押さえながら立ち上がろうとする大和を岳人が支え、翔一は有馬にもう一度突っ込もうとする。しかし、それを止める声があった。

 

 

「え!?なんだこの声?」

 

「こ、このグローブ喋ってんぞ!?」

 

「さっさとしろ!大和を死なせてえのか!」

 

 

大和の左手についているゼルバが二人に指示した。

ただの装飾だと思っていた二人は最初こそ戸惑ったが、大和の身を案じてすぐに従った。

 

 

「逃がすか!指導は終わっておらんぞ!」

 

「うるせえ!」

 

 

有馬が三人に第三、四の腕を向けるが、ゼルバは有馬の視界を遮るように魔導火を撒き散らした。

有馬が腕で火を払った時には、三人は既に姿を消していた。

 

 

「あの状態ならそう遠くへは逃げられんだろう。しかし、無駄に時間をかけさせおって、これだからクズどもは…」

 

 

 

体育館から逃れてきた三人は、3-Fの教室に逃げ込んでいた。

翔一が負傷した大和を窓際に寄りかからせ、岳人は扉の前に机を積み上げてバリケードを作っていた。

 

 

「なあ、保健室から薬とか包帯持ってきた方が…」

 

「テメエらは外を警戒してろ。大和、術を使う気力はあるか?」

 

「あ…ああ」

 

 

大和を心配する翔一と岳人を一蹴するゼルバ。

大和は息を荒げながら、左手の魔爪筆で腹の傷の上に魔導文字を書いていく。

文字が傷に溶け込むように消えていくと、今度は指先から魔導火を出し、それを傷に燃え移らせた。

 

 

「お…おい、何してんだよ!?」

 

「消毒ってレベルじゃねーぞ!?」

 

 

翔一と岳人が声を上げた。突然傷を燃やし始めれば戸惑って当然だろう。

騒ぐ二人を無視して、大和は傷を焼き続ける。

やがて左手を離し、魔導火が消えると腹にあったはずの傷が綺麗になくなっていた。

 

魔導火は専用の薬や術と併用することで傷を癒すことができる。

傷の治癒こそ終えたが、それでも大和の顔色は優れなかった。

 

 

「大和、どうだ?」

 

「…血を出しすぎた」

 

「少しでも休んどけ。周りは警戒しておく」

 

「…ああ」

 

 

ゼルバにそう答え、大和は静かに寝息を立て始めた。

 

 

「なあ、グローブ」

 

「なんだその呼び名?オレにはゼルバって名前があんだよ」

 

「おお、ホントにグローブが喋ってやがる」

 

「じゃあ、ゼルバ。いったい何がどうなってんのか教えてくれよ」

 

 

先ほどは半信半疑だったが、改めてゼルバが話せることを確認した二人は、状況説明を求めた。大和の鎧召喚や有馬の肩から生えた腕など、非常識なことばかりで現状が全く整理できていない。

 

ゼルバは渋々といった風に二人に説明した。

有馬はホラーと言う怪物に憑依され、もはや人間ではなくなっていること。

空き教室にいる生徒たちは、有馬に操られていること。

そして大和が、ホラーを狩る魔戒騎士であること。

 

 

「じゃあ何か?大和は川神市に帰って来る前から、あんな怪物と戦ってたのかよ」

 

「総理大臣目指して旅立ったってのに、なんでそんなことに…」

 

「ま、詳しいことは本人に聞くんだな。オレが勝手に話すわけにはいかねえ」

 

 

大和やホラーのことをかいつまんで説明され、二人はようやく現状を理解し始めた。

とはいえ、大和が怪物と戦う立場にいることには驚きを隠せなかった。

五年前に旅立った後、大和にいったい何があったのだろうか。

そう疑問する二人に、ゼルバが切り出した。

 

 

「とにかく、テメエらはさっさとこの学園から逃げろ」

 

「なっ、何言ってんだよ?」

 

「大和を置いて行けってのかよ!俺様達はそんな薄情者じゃねえぞ!」

 

「お前らの頭の中で大和がどういうイメージかは知らんがな。そもそも大和はあの程度のホラーにやられるようなタマじゃねえぞ?お前らがしゃしゃり出てきたせいで、大和はいらん傷を負っちまったんだ」

 

「確かにそうだけどよ。だからって…!」

 

「はっきり言わなきゃ分かんねえか?大和が殺されかかったのは、お前らのせいだって言ってんだよ!」

 

「「…!!」」

 

 

ゼルバが怒りと共に突き付けた言葉に、翔一と岳人は口を閉じた。

 

 

「大和がやってんのはテメエらの遊びとはわけが違う!命を懸けた本当の『殺し合い』だ!ましてや相手はホラー!テメエらはいるだけ邪魔なんだよ!」

 

 

黙りこくった二人に、なおもゼルバは怒りをぶつける。

いくら大和の友人とはいえ、ホラーに勝つ術を持たない連中のせいで自分の相棒が危機に瀕したとあれば、怒るのも当然だった。

 

しばしの静寂の後、翔一と岳人は徐に立ち上がった。

 

 

「行くぞガクト」

 

「おう」

 

「逃げる気になったか?」

 

 

納得したか、とゼルバが思っていると――

 

 

「「いや、有馬に吠え面かかせに行くんだ!」」

 

「…は?」

 

 

声をそろえた二人の予想外の発言に、ゼルバは一瞬固まった。

 

 

「ちょっと待て!オレの話聞いてなかったのか!」

 

「さっき見て思ったんだけどよ、有馬のヤツ先っぽが光る棒持ってたろ?」

 

「あれ壊せば、物を飛ばせなくなって大分有利になるんじゃないか?」

 

「だったらなんだ?道具を壊したぐらいでテメエらが勝てる相手じゃ…」

 

「俺達が、じゃねえ。大和がだよ」

 

「あ!?」

 

 

二人の言ってる意味が分からず、ゼルバは声を荒げた。

 

 

「大和が目を覚ましたら、また戦うんだろ?その時に、少しでも大和が有利に戦えるようにするんだ」

 

「俺様達で有馬を引きつけとけば、大和が休む時間も稼げるしな」

 

「テメエらそんなに死に急ぎてえのか?」

 

「別に死にてえわけじゃねえよ。けどな、お前の言う通り大和は俺たちを庇って傷ついた。俺たちを守ってくれたんだぜ」

 

 

魔戒騎士だのホラーだの、説明を受けても完全に理解できたわけではない。

だが今の彼らにとって最も重要なのは、大和が自分たちを守ってくれたという事実。

ならば、今度は自分たちが大和のために動かなければならない。

何故なら――

 

 

「俺達は風間ファミリー!助け合ってこその『仲間』だろうが!」

 

「おうよ!ここで逃げたら、男がすたるぜ!」

 

「お、おい!待て!」

 

 

相手が人間でなかろうと関係ない。

仲間を見捨てて逃げるという選択肢など、端から二人の頭にはなかった。

翔一と岳人は扉の前のバリケードをどかし、廊下へと駆け出して行った。

 

 

「ったく…とんでもねえバカを仲間にしちまったなあ、大和よ」

 

 

眠りについている大和に、ゼルバは呆れながらそう言った。

 

 

 

 

有馬は一階の教室を捜し終え、二階へと上がっていた。

ホラーとは言え、ゼルバのような優れた探知能力を持たないためしらみ潰しに探すしかない。

無駄に時間を費やしていることに、有馬は目に見えて腹を立てていた。

階段を上がりきり、二階の廊下に出ると、その先に人影があった。

先ほど体育館に乱入した二人の片割れだ。

 

 

「ようやく見つけたぞ不良学生が」

 

「不良じゃねえ!俺様は島津岳人だ!」

 

 

岳人は腕を組み、仁王立ちで有馬を待ち構えていた。

有馬は彼の堂々とした態度に怪訝な顔を浮かべる。

 

 

「体育館で私の力を見てもなお、逆らおうと言うのかね?」

 

「テメエが得体の知れねえ怪物だってのは分かった。けどな、俺様はどんな相手だろうと仲間を見捨てて逃げたりしねえ!」

 

 

岳人は拳を構えて有馬と相対する。

対して、有馬は岳人を嘲るように笑いながら言う。

 

 

「よもやここまで愚かとは…。操ってしまうこともできるがそれでは生ぬるい。徹底的に思い知らせてから喰ってやろう!」

 

 

有馬は指示棒を振り、近くの教室から机やイスを飛ばす。

しかし、岳人は避けることもせずに待ちかまえ――

 

 

「自ら取ぉるっ!!」

 

 

飛んでくる机を両腕で掴み取った。

そのまま机を振り回し、次々と迫ってくるイスを叩き落としていく。

有馬は廊下に並ぶ掲示板も飛ばすが、それすらも岳人によって落とされていく。

 

 

「オラオラァ!もう終わりかよ!!」

 

「調子に乗るんじゃない!」

 

「ゴッ!?」

 

 

有馬の飛ばしてきたものを全て叩き落とした岳人だったが、彼の持つ机が突然彼の顔に叩きつけられた。

有馬は遠隔操作の対象を、岳人の持つ机に切り替えたのだ。

そのまま迫ってくる机を岳人は力ずくで押し返そうとする。

 

 

「ぬおおおお!!」

 

「さっさと潰れてしまえ!貴様のようなクズにこれ以上無駄な時間をかけていられんのだ!」

 

「ぐぐ…クズだとぉ!?」

 

「貴様、確か2-Fの生徒だろう?最初から学年最底辺と分かっている連中に時間を費やすことほど無駄なことはない!」

 

 

成績の悪い生徒に指導するくらいなら、最初から成績の良い者、成長の見込みがある者に教えた方がはるかに効率がいい。

そう考える有馬にとって、今も岳人が粘っていることが腹立たしくてならない。

 

 

「そういう意味では、小島先生には同情を禁じ得ないがね!学年最低のクズ共の担任など、この上なく無駄でつまらん人生だろうな!」

 

「…いい加減にしやがれぇえ!!」

 

 

有馬の暴言にブチ切れた岳人が、机を思い切り床に叩きつける。

 

 

「黙って聞いてりゃクズだの無駄だの好き勝手言いやがって!テメエが2-Fの何を知ってるってんだ!!」

 

「問題児共の巣窟だ!他に何がある?」

 

「確かに俺様は成績悪りぃし、頭も良くねえ。クラスメイトも似たようなもんだ。けどな、そんな連中でも一緒に騒いでりゃ楽しいし、ウメ先生も俺様達のために親身になってくれてるんだ!それを無駄とは言わせねえ!!」

 

「ほざくな劣等生がぁ!」

 

 

怒りの叫びを上げる岳人に追撃を仕掛けようと、有馬は右腕を正面に伸ばして指示棒を岳人へ向ける。

その瞬間――

 

 

「今だキャップ!!」

 

「おっしゃあ!!」

 

「な!?」

 

 

岳人の合図と共に、有馬のすぐ横の窓から翔一が飛び込んできた。

翔一は岳人が囮となっている間、校舎の外壁にへばりついてチャンスを窺っていたのだ。

二階の窓の外からという想定外の方向からの奇襲に驚く有馬の隙を見逃さず、翔一は有馬の右手を蹴り上げる。

すると指示棒は有馬の手を離れて宙を舞い、翔一によってキャッチされた。

 

 

「ゲットだぜ!ガクト、パス!」

 

「任せろぉ!」

 

 

翔一の投げた指示棒を受け取った岳人は、その両端を掴んでへし折ろうとする。

しかし、一般的な指示棒と大差ない太さにもかかわらずその強度は凄まじく、折れるどころか曲がる気配すらない。

 

 

「無駄だ!貴様のようなクズに壊せるようなものでは…」

 

「う・る・せえぇ~~!」

 

 

有馬の言葉を遮って、岳人はさらに力を込める。

すると、指示棒からミシミシという音が鳴り始め――

 

 

「俺様を…なめんなぁあああ!!」

 

 

その雄叫びと共に、指示棒が真っ二つにへし折れた。

折れた指示棒は床に落とされると、黒い霧状になって消滅した。

 

 

「バ…カな」

 

「よっしゃあ!やったぜガクト!」

 

「どうだぁ!これがテメエの言うクズの力だ!ざまあみやがれ!!」

 

 

見事に一矢報いることに成功し、ハイタッチをかます翔一と岳人。

それに対して、有馬は今目の前で起きたことが信じられずにいた。

 

 

「ふざけるな!!貴様らのようなクズ共が、私の力を破るだと!?ありえん!不可解だ!非現実的だ!こんなバカなことがあってたまるか!!」

 

「へっ。バカで結構だぜ」

 

 

クズと蔑んでいた相手に出し抜かれ憤慨する有馬に、翔一が言った。

 

 

「俺は別に成績のいい奴らを否定するわけじゃねえ。けどな、お前みたいなつまらねえ奴に無理矢理指導されるよりも、バカらしく騒いでた方が何倍も楽しいぜ!人の価値は成績だけじゃ決まらねえんだ!」

 

 

翔一は岳人と並び立ち、堂々とした態度で有馬を指さしながら言った。

有馬は彼の言葉にさらに激昂する。

 

 

「クズが教師に説教するなあ!!」

 

 

有馬は両肩から第三、第四の腕を生やし、二人に攻撃を仕掛けた。

しかし、二本の腕が二人に届くことはなかった。

 

 

「「大和!!」」

 

「何ぃ!?」

 

 

二人の側にある窓を突き破って、大和が現れたのだ。

大和は刃を備えた第三の腕の上に飛び乗って床に踏みつけ、はさみ状の第四の腕を魔戒剣で弾いた。

 

 

「よう二人とも。大丈夫か?」

 

「大和!そっちこそ大丈夫なのかよ!?」

 

「まあな。貧血でぶっ倒れそうだが動ける。休む時間稼いでくれたんだってな。サンキュ」

 

「守ってもらったんだ。当然だろ?」

 

 

礼を言う大和に、翔一が返した。

大和はそれに苦笑を浮かべながら言う。

 

 

「けど、もう無茶してくれるなよ?二人が殺されそうになった時、こっちは気が気じゃなかったんだ」

 

 

もしも大和が体育館で冷静でいられたら、翔一と岳人を庇いながら有馬の攻撃を防ぐことも出来ただろう。

しかし、仲間たちが死の危険に瀕したことへの焦りが、彼に深手を負わせてしまった。

翔一と岳人も、そのことを自覚している。

だからこそ、彼らは戦いに赴く仲間の背を押す言葉を贈るのだ。

 

 

「分かってるよ。守ってくれてありがとな、大和!」

 

「もう出しゃばったりしねえよ。だから俺様達の分まで、あの野郎をブッ飛ばしてくれ!」

 

「ああ!」

 

 

魔戒剣を構えながら、大和は力強く答えた。

 

 

「どいつもこいつも…私の邪魔をしおってぇえええ!!」

 

 

邪魔者が増え、怒りが頂点に達した有馬の体に変化が生じた。

小太りな彼の体が風船のように膨らみ始めた。

体が徐々に大きくなり、頭は天井にまで、肩は廊下の左右の壁にまで達したところで、

有馬の服や皮膚が破れ、中から新たに灰色の皮膚が現れ、その表面には化学式を思わせる模様が描かれている。

やがてそこには、巨体を持つホラーが現れた。

樹木のように太いその両腕は、振っただけで校舎を容易く破壊できそうだ。

これが、有馬の正体であるホラー・グ―シオンの姿である。

 

 

「うおお何だコレ!?」

 

「でけえ!廊下に納まりきれてないぞ?」

 

「さっきの教師からは想像もできない姿だな」

 

「ゴリラにでも憧れてたんじゃねえか?」

 

 

翔一と岳人は有馬の変異に驚いていたが、ホラーを見慣れている大和とゼルバは冷静だった。

ホラーは基本的に憑依したものに応じた姿や能力を持つため、ここまで憑依した者のイメージからかけ離れた姿になるのも珍しい。

 

 

「こう狭くちゃお互い戦いにくいしな。場所を変えさせてもらおうか」

 

 

大和は魔爪筆で空中に魔導文字を書き、自分とグ―シオンの間に魔導陣を作り出した。

そして、口を開いたゼルバを魔導陣に向け、その中に眠るものを呼び出す。

 

 

「駆けろ!『剛戟(ゴウゲキ)』!」

 

 

大和の声に応じて、ゼルバの口から小さな光が飛び出した。

光が魔導陣の中央に到達すると、蒼い輝きを放ちながら霊体へと姿を変える。

頭に巨大な二本角を持ち、四本の足で巨躯を支えるその姿は、神話に登場するべヒモスを髣髴とさせる。

その霊体に、大和が召喚した装甲が装着されていった。

蒼い装甲が全身を包み、頭部には戟の矛先を思わせる鋭い刃を有する角が装着され、尾には先端に六角形の石突きを備えた多節棍を持つ。

 

剛戟。

空の飛天に対し、陸を司る魔戒霊獣である。

 

 

―――ヴオオオオオオオ!!

 

 

猛々しい雄叫びと共に、剛戟はグ―シオンに激突した。

グ―シオンは剛戟の体を掴み一瞬踏みとどまるものの、剛戟の圧倒的な怪力に押し負けてしまう。

そのまま剛戟は自身を掴むグ―シオンごと前進し、校舎の壁をぶち破って外へと飛び出し、大和はそのあとを追った。

 

 

校舎の外へと出た剛戟は、グ―シオンをグラウンドに叩きつけた。

起き上がったグ―シオンは、肥大化した両肩から現在の両腕と同等の太さを持つ第三、第四の腕を伸ばして剛戟に向ける。

しかし、追いついた大和が剛戟の背を踏み台にして跳躍し腕を斬りつけ、ひるんだ隙に剛戟が突進して再びグ―シオンを突き飛ばす。

 

 

「『霊獣武装』でさっさと片付けようぜ大和」

 

「大いに賛成!」

 

 

着地した大和は鎧を召喚し、念狼へと変わる。

念狼剣を空中に放り投げ左手で印を結ぶと、剛戟の装甲から二本角と尾が分離した。

念狼剣と剛戟の角、尾は磁石のように空中の一点に集う。

角は念狼剣の鍔に左右から装着され、剣にさらに二つの刃を与える。

尾は節を固定して一直線となり、剣に接続されて槍のように長い柄を与える。

 

魔戒霊獣の装甲と念狼剣を合体させる術『霊獣武装』。

剛戟の角と尾が合わさったそれは、『剛角念狼剣』と呼ばれる形態だ。

 

念狼は空中から降りてきた剛角念狼剣を両手で構える。

グ―シオンは念狼に向かって巨大な拳を振り下ろすが、念狼は剛角念狼剣を巨拳に叩きつけ、そのままの勢いでグ―シオンを殴り飛ばした。

 

霊獣武装の真価は武器の強化ではなく、『魔戒霊獣からの魔力供給』にある。

現在、念狼の体には剛角念狼剣を介して剛戟の魔力が流れ込んでおり、通常時をはるかに超える怪力を発揮することができる。

 

体勢を立て直そうとするグ―シオンの懐に潜り込んだ念狼は、剛角念狼剣の石突きを振り上げ、巨体を空高く打ち上げる。

 

そして、自由落下してくるグ―シオンに向けて剛角念狼剣を突き上げ、その矛先でグ―シオンの腹を貫いた。

グ―シオンは苦しげな叫びを上げながら爆散し、消滅した。

 

 

―――ブオオオオ!!

 

 

主の勝利を称えるような剛戟の雄叫びが、夜の学園に響き渡った。

装甲を解除した剛戟が小さな光となってゼルバの中に戻ると共に、大和は鎧を解き、そのまま地面に座り込んでしまう。

 

 

「ふう…疲れた」

 

「だろうな。さっさと帰って寝ようぜ?」

 

「おーい大和―!」

 

 

いつも以上に疲労の溜まった大和に、遠くから声がかけられる。

大和の邪魔にならないよう、校舎の中から戦いを見ていた翔一と岳人が駆け寄ってきたのだ。

 

 

「超かっこよかったぜ!!スゲーなあの牛!!」

 

「あの怪物野郎きれいさっぱり消えちまったな。スッキリしたぜ!」

 

「…ははは」

 

 

大和が勝利したことに喜ぶ二人。

特に、幼いころからヒーロー好きな翔一は、大和に喜びと羨望の眼差しを向けていた。

大和は今まで、ホラーを目の当たりにした直後にここまでテンションを上げる人間を見たことがなく、思わず笑ってしまった。

 

 

「なあ、二人とも。今夜学園で起こったことは、誰にも言わないでくれ」

 

「ん?別にいいけど、なんでだよ?」

 

「バッカだなぁガクト。ヒーローが正体隠して戦うのは当然だろ?」

 

「まあ…そういうことにしておくよ」

 

 

二人が落ち着いたところで、大和が頼んだ。

現時点でファミリーの古参メンバーに魔戒騎士やホラーのことが知られたことになるが、だからと言って広めていい情報ではない。

翔一らしい解釈ではあったが、岳人も承諾してくれた。

 

 

「ところで、二人はなんで学園に?」

 

「え?そりゃあ…ああ!依頼忘れてた!!」

 

「依頼?」

 

「そういや、あの空き教室の連中どうなったんだ?見に行こうぜ!」

 

 

学園からの依頼で来たことを思い出した翔一と岳人は、有馬に操られていた生徒たちのいる空き教室へと向かった。

説明不足なせいで事情を理解できなかった大和は置いてけぼりである。

呆れた、とため息をつく大和に、ゼルバが言う。

 

 

「ホラーに対してあそこまで挑んでいけるとはな。とんでもなくバカな坊主どもだぜ。あいつら」

 

「…まあ、確かに危なっかしいけどな。でも、あいつららしいよ」

 

 

その後、翔一と岳人が空き教室に行くと、生徒達は机に突っ伏して気を失っていた。

目を覚ました者に話を聞いても、なぜ学園にいるのか覚えていないようで、そのまま家へと帰すことになった。

 

なるべく、今の学園の惨状を見せないようにしながら…

 

 

 

―――翌朝―――

 

 

川神学園は騒然としていた。

体育館は床や壁に砲丸が埋まっており、跳び箱のパーツやバレーボールが散乱していて、校舎の廊下には破壊された机やイス、ドアなどが山のようにあった。

極め付けに、二階廊下の床に蹄のような足跡、壁には巨人にでもぶち抜かれたのかと言わんばかりの大穴が開いていた。

 

いったい何があれば一夜の間にここまでの惨状が出来上がるというのか。

家出生徒達の問題が解決したにもかかわらず、教師陣は新たに起きた校舎破壊事件に頭を悩ませることとなった。

 

 

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。
話のしめ方に微妙に苦戦している常磐です。

今回のメインは、キャップとガクト。
この二人はただ守られるだけじゃなく、敵に一矢報いる展開にしたいと思っていました。
ヒロイン達が規格外なのであまり目立ちませんが、実際この二人も結構強いんですよね。

個人的にウメ先生の方ももう少し掘り下げたかったのですが、私にはこれが限界でした。


飛天に続く第二の魔戒霊獣・剛戟が登場。
モチーフとなっているべヒモスは場合によっては象やカバの姿で描かれることもあるようですが、今作では文中にある通り、牛の姿です。


では次回、第五話『疾駆』にて、またお会いしましょう。
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