真剣で念狼<NERO>に恋しなさい!   作:常磐

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第七話 『主従』

―――秘密基地 金曜集会―――

 

 

 

「なんだ。みんな大和が戦っていることを知っていたのか?教えてくれても良かっただろう」

 

「大和から言われてたのよ。他のメンバーには黙っててくれって」

 

「でもまさか、全員が怪物に狙われて、大和に助けられるなんてね」

 

 

先日の戦いで大和が魔戒騎士であることを知ったクリスは、既に知っていたにも関わらず教えてくれなかった他のメンバーに不満を漏らしていた。

一子たちからすれば、大和から口止めされていたので仕方ないことだ。

まあ卓也の言う通り、結果的には全員がホラーの存在を知り、彼が鎧を纏って戦うのを目の当たりにしてしまったわけだが。

 

 

「松風もホラーだったのか。まゆっちの腹話術だと思っていた」

 

「「「「「「右に同じ」」」」」」

 

「オイー!最初っから付喪神だって言ってたじゃねーかYO!友達の言葉は信じろYO!」

 

 

付喪神は長年大切にされた物に魂が宿ったもの。

松風の場合はホラーだが、あながち間違いというわけでもない。

ファミリーの面々は最初に松風の正体を聞いた時には驚いたが、松風が人を襲うことはないという由紀江の説明を受け、信じることにした。

 

 

「当の大和は今ごろ何してんだろうなー」

 

「確か、ホラーは夜の間に活動するって言ってたな。ということは…」

 

「今も…戦ってるのかな…」

 

 

京は心配そうに呟いた。

自分たちがこうしている今も、大和はホラーと戦っているかもしれない。

しかし、ホラーに対抗する術のない自分たちがいても、足を引っ張りかねない。

何とも言えないもどかしさに、全員が黙りこくってしまう。

 

 

「…よし!明日、大和の家に陣中見舞いに行くぞ!」

 

「「「「「「「え!?」」」」」」」

 

 

全体的に暗い空気になっていると、百代が突然提案してきた。

 

 

「私としても大和の力になれないのは悔しいが、だからって何もしないのも落ち着かないからな。サプライズも兼ねて労いに行こう」

 

「でも僕たち、大和がどこに住んでるのか知らないよ?」

 

 

卓也の言う通りだった。最初に再会してから話す機会は何度かあったのに、誰も今の大和の住所を知らない。

しかし、百代は自信ありげに答える。

 

 

「大丈夫だ。私がいるからな!」

 

 

 

 

―――翌日―――

 

 

午前中に千花の和菓子屋で土産のきなこ飴を買った風間ファミリーは、大和の家探しを始めた。

昨日の段階では、百代の気配探知を使えば簡単に見つかると思っていた。

大和は頻繁に街を回っているようなので、上手くいけば直接彼を見つけることもできる。

 

が、これが予想以上に難航してしまう。

百代の他に由紀江も加わって探知を行ったが、どうにも位置がはっきりしない。

川神市が広いというのもあるが、探知した二人が言うには地下などの閉鎖された場所にいる可能性もあり得るということだった。

結局、気配探知で範囲を絞り込み、大和の目撃情報の聞き込みなども行いつつ、午後三時過ぎになってようやく大和の家と思しき場所にたどり着いたのだ。

 

 

見つけたのは、都市部から割と離れた場所にある洋館だった。

予想していたよりも遥かに大きく、一階の面積が90坪以上はありそうなほどだ。

豪邸と言って差し支えない。

 

17歳の青年が一人で暮らすには、余りにも大きすぎやしないだろうか。

 

ファミリーの面々も信じ難かったが、表札にしっかりと『NAOE』と書かれてしまっていてはもう信じるしかない。

 

全員が意を決して玄関に向かうと―――

 

 

「おや?お客様でしょうか」

 

「おお、しかも大勢。珍しいこともあるものですねぇ」

 

「「「「「「「「え!?」」」」」」」」

 

 

ファミリーから見て右側にある庭の方から、声が聞こえてきた。

見ればそこには、メイド服を着た二人の少女がいた。

 

一方は、紫色の長髪をツインテールにしている物静かな雰囲気の少女で、両手で花の苗を持っている。

もう一方の少女は、緑色の髪をこちらも同じくツインテールにしており、来客があったことへの驚きが素直に表情に出ている。手には小さなシャベルが握られていて、花壇の土を掘っていた。

足元にはじょうろや他の苗が置いてあり、ガーデニングの最中だったことが伺える。

 

その光景を見て、風間ファミリーの心はひとつになった。

 

 

((((((((なんで大和(さん)の家にメイドが!!?))))))))

 

 

未だかつてないほどのシンクロ率だった。400%には達しないが。

全員が驚愕して固まっている中、二人のメイドはガーデニングの道具を手早く片付けて彼らに近づいていく。

 

 

「失礼ですが、こちらにどのようなご要件でしょうか?」

 

 

紫のメイドが問いかけると、ファミリー最大の常識人にしてツッコミ担当である卓也がいち早く反応する。

 

 

「ええと…ここに、直江大和って人が住んでませんか?僕たち、友人なんですが」

 

「大和の友人…もしや、あなた方が風間ファミリーの皆様ですか?」

 

「おお!確かに、全員大和の言ってた特徴と一致しますね!」

 

 

卓也の返事を聞いて、緑のメイドは合点がいったという顔をして、ファミリーの全員の顔を見渡す。

 

 

「アイシス、お客様に失礼ですよ。申し遅れました。私はこちらの屋敷で大和の身の周りのお世話をしています、シオンと申します」

 

「その妹のアイシスです。ご覧の通り、姉様と同じメイドです」

 

 

二人のメイド――シオンとアイシスは姿勢を正し、綺麗に一礼する。すると、固まっていたメンバーも徐々に復活し始めた。

 

 

「お…おう。私としたことが、思わぬ美少女の登場に固まってしまった。ごめんなカワイ子ちゃん達。私は川神百代。大和の姉貴分だ」

 

 

そう言って百代はシオンとアイシスにイケメン(?)スマイルを向ける。学園の女子たちが相手なら、黄色い歓声が周囲に響き渡るのだが…

 

 

「はい。大和から伺っています」

 

「うちの大和がお世話になっております。なんちゃって」

 

(あれー?反応なし?)

 

 

見事なまでのスルーに、百代の心は少々傷ついた。

最近は精神面の修行にも力を入れ始めているものの、やはり心のダメージは辛いものだ。

微妙にしょんぼりしている彼女は置いて、他のメンバーも自己紹介を始める。

 

 

「あたしは川神一子。よろしくね!」

 

「……椎名京」

 

 

持ち前の元気を前面に押し出して挨拶する一子に対し、京はやや鋭い目つきでメイド達を見る。

 

 

(…大和にメイドがいたなんて…警戒せずにはいられないんだ!)

 

 

恋敵(ライバル)になりかねない人物の登場に、警戒心を隠せなかったようだ。

 

 

「黛由紀江です。こちらは、お友達の松風です」

 

「オッス、オラ松風!まゆっちの相棒の付喪神だ。そこんとこ夜・露・死・苦!」

 

「自分はドイツの騎士、クリスティアーネ・フリードリヒだ!」

 

「俺は風間翔一!風間ファミリーのリーダーだぜ!」

 

「僕は師岡卓也だよ。よろしく」

 

「………」

 

「ん?おいガクト。なんでさっきから体プルプルさせてんだよ?」

 

 

一人だけ自己紹介をせずに震えている岳人に、翔一が話しかける。すると、俯いていた岳人の顔が素早く上げられ―――

 

 

「おのぉぉれぇぇ大和ぉぉぉ!!知らねえ間に怪物退治してるかと思えば、こんな美少女を二人もメイドにして侍らせてるだとぉぉ!?あんの裏切りもんがぁああ!!」

 

((((((ああ、やっぱり…))))))

 

 

わかりやすいほどに怒りと羨望の混じった絶叫をあげるのだった。

風間ファミリーの面々は予想通りの反応に呆れていたが、異性や恋愛に無関心な翔一だけは岳人がなぜそこまで憤慨しているのか理解できておらず、首を傾げていた。

絶叫後、岳人がやや落ち着いたあたりで、シオンが玄関のドアを開けて皆を招き入れる。

 

 

「どうぞお入りください。お話の続きは中でゆっくりと」

 

「おう。お邪魔しまーす」

 

 

一番に翔一が入り、残りのメンバーも続いて館の中へと入る。

館の内装は少々古い外見とは裏腹にモダンな造りになっていた。

天井のシャンデリアがいい味を出している。

 

 

「ところで、大和さんは今いらっしゃるのでしょうか?事前の連絡もなく来てしまったのですが…」

 

「大和なら、今は地下の武道場で修練の最中ですよ?」

 

「武道場!そんなのあるの!?」

 

 

由紀江の問いに対するアイシスの返答に、一子が激しく反応した。

修行大好きな一子ならば当然の反応だ。百代やクリスたちも、大和がどんな修行をしているのか気になっているようだ。

 

 

「アイシス。大和を呼んで来てください。私はお茶の用意をしますので」

 

「了解です姉様」

 

「ねえねえ!あたしたちも行っていい?」

 

「いいですよ?ただし静かにお願いしますね。大和の邪魔になりますから」

 

「ん?精神集中の修行とかか?」

 

 

アイシスからの注意に、百代が問うた。

百代は精神修行の一つとして坐禅をしているが、長時間座ったまま黙っているというのは彼女にとって中々辛いものだった。少しでも集中力が途切れればすかさず鉄心に叩かれるのが特に。

しかし、アイシスの返答は予想外のものだった。

 

 

「いえ、大和は普段からちょっとでも油断すると怪我どころじゃ済まなくなるような修練をやっていますから」

 

 

 

 

―――地下武道場―――

 

 

必要最低限の照明のみがつけられ、一部の空間だけが照らされる。

その中で、大和は迫り来る敵を魔戒剣で打ち払い、火花を散らしていた。

 

 

「くっ…!」

 

「ほれほれ、どんどん来るぜー?」

 

 

大和に襲いかかるのは、空中を旋回する刃だった。

刃渡り50cmほどで幅の広い四つの刃を持つ巨大な手裏剣状の物体。

中心に空いている穴には、野球ボール大の球形のコアが浮かんでいる。

コアを中心に高速回転しながら空中を舞うその刃は、『風の牙』と呼ばれる修練用の武具である。

 

大和は現在、ゼルバの念によって操られている風の牙と交戦している。

風の牙は中心部のコアを破壊することで操作不能となり、実際大和の周囲にはコアを失った三つの風の牙が落ちていた。

残る二つの風の牙はそれぞれ別方向から同時に大和を強襲している。

 

実はこの修練は、法術の修練も兼ねている。

風の牙を操作しているのはゼルバだが、実際に飛ばしているのは大和の法術だ。

TVゲームに例えるなら、ゼルバは大和からコントローラーを渡されただけ。

大和は今、敵と交戦しながら法術を行使するためのマルチタスクの訓練をしているのである。

 

魔戒剣と風の牙の弾き合いは何十回と続き、大和の額から汗が滴る。

呼吸が荒くなり、大和は動きを止めてしまう。

 

 

「隙だらけだぜ!」

 

 

明らかに疲労している大和に対しても、ゼルバは容赦なく風の牙を向かわせた。

二つの風の牙のうち一方が大和の首を斬ろうと迫る。

 

風の牙が命中する寸前、大和は素早くその場にかがんでこれを回避する。

直後に魔戒剣を真上に突き上げ、頭上を通過しようとする風の牙中央のコアを刺し貫いた。

コアは消滅し、遠隔操作は不可能になったが、風の牙は慣性によって魔戒剣を穴に通されたまま回転を続ける。

大和は魔戒剣を振り回し、空中を旋回している最後の風の牙に向けて今無力化した風の牙を投げつける。

激突し、最後の風の牙が動きを止めた瞬間、跳びかかった大和が最後のコアを貫き、破壊した。

 

無力化された二つの風の牙が床に落ちる音が響き、大和の修練の終わりを告げる。

 

 

「…ふう」

 

「お疲れ大和」

 

――ピィー

 

――ブルルッ

 

――キュー

 

 

息を吐きながら、大和は魔戒剣を鞘に納める。

すると、彼の足元へ三つの小さな光が鳴き声を上げながら近づいてきた。

光はそれぞれ鳥、牛、龍の姿をしており、実体を持っていない。

 

魔戒霊獣である飛天・剛戟・流咆の霊体である。

普段、この三体は魔力を封印された状態でゼルバの中に待機しており、大和が作る魔導陣によって魔力を解放することで、はじめて本来の姿になれる。

魔力が封印されたまま外に出ると、掌サイズの小さな霊体にしかなれないのだ。

 

 

「ははは。ヤドカリに次ぐ可愛さだなぁ」

 

「ヤドカリの方が上なのな…」

 

 

戦闘時には大和の強力な味方となってくれる勇猛な魔戒霊獣たちも、この状態ではペットのような愛らしさしか感じられない。

幼い頃、母から勧められてヤドカリを愛でていた大和も、修練を終えた主人を労う小さな霊獣たちに癒されるのだった。

ちなみに、大和はこの屋敷でヤドカリをしっかりと飼育している。

 

大和が霊獣たちを肩や手の上に乗せてしばらく戯れていると、出入口からコンコンとノックの音が響いた。

 

 

「大和ー、入ってもいいですかー?」

 

「アイシスか、いいぞ」

 

 

扉越しに問いかけてきたアイシスに許可を出すと、すぐに扉が開けられた。

しかし、入っていきたのはアイシスだけではなかった。

 

 

「わー!ここが大和が修行してる部屋ね!?」

 

「なんか暗いなぁ。照明少ないのに理由でもあるのか?」

 

「おお!なんだこのデッカイ手裏剣!カッケー!」

 

「む!なんだそのちっちゃいのは?か…可愛いぞ!」

 

「コラー!動物マスコットキャラはオラの専売特許だぜー!」

 

「ま、松風。そんなに対抗心を燃やさなくても」

 

「…は?」

 

 

風間ファミリーという予想外の団体が入ってきたことに言葉を失う大和。

そんな大和を置いて、ファミリーの一部のメンバーは騒いでいた。

一子と百代は武道場を見回しており、翔一は風の牙に夢中。

クリスは大和の肩や手に乗っている霊獣たちに目を輝かせ、松風は自分のライバルの出現に燃え、由紀江がそれをなだめる。

彼女らとは反対に京、卓也、岳人の三人は特に騒がず、静かだった。岳人だけは何やら様子がおかしいが。

 

 

「…なんで皆がここに?」

 

「ふふふ。どうやらサプライズ成功のようだな」

 

「モモ先輩が陣中見舞いに行こうって提案してね。ここ探すの大変だったよ」

 

 

大和の驚いた顔を見て、百代は満足そうに笑った。

卓也から説明を受けた大和は、次に気になっていたことについて聞く。

 

 

「ところで、ガクトはなんで殺意むき出しで俺を睨んでるんだ?」

 

「な・ん・で・だ・とぉおおお!?」

 

武道場に入ってから、岳人はずっと大和を睨んでいた。

それはもう、気の弱い人間なら視線だけで卒倒しそうな殺気を込めて。

 

 

「あー、大和が知らない間にメイドを雇ってたことに嫉妬してるんだよ…」

 

「ああ、納得」

 

「納得すんなぁあああ!!コノヤロー!!」

 

 

岳人は怒りに任せて拳をフルスイングするが、大和は身を逸らして軽々と避ける。

バランスを崩し、ガクトは思い切りズッコケた。

 

「修練が終わったなら、お茶にしませんか?姉様が準備してます」

 

「そうだな」

 

「俺様をシカトすんなー!」

 

 

激昂するガクトを無視して、一同はシオンの待つ一階へと戻っていった。

 

 

 

 

ファミリーは一階の応接間へと招かれた。

長方形のテーブルを挟むように配置されたソファーに、男子と女子に別れて対面するように座り、大和は屋敷の主らしく奥側の一人用のイスに座った。

ファミリーがかなり苦労してこの屋敷を探し当てたことを聞くと、大和は呆れ気味に言った。

 

 

「予め言ってくれれば場所も教えたし、招く準備もしたのに…」

 

「それじゃあサプライズにならないだろ?」

 

 

百代としては大和を驚かせることが重要だったらしい。

話していると、シオンとアイシスがカップや茶菓子などを運んできた。

 

 

「みなさん、お待たせいたしました」

 

「お茶と一緒にクッキーもどうぞ。丁度昨日、姉様と一緒に焼いたんです」

 

「おお!うまそー!」

 

 

キャップは自分の紅茶が来る前にクッキーに手を出していた。

それを気にせず、二人のメイドは全員のカップに紅茶を注いでいく。

紅茶を配る一連の動作は美しく、年齢は一子らと同じくらいに見えるのに、二人のメイドからは熟練者の風格が感じられた。

 

 

「しっかしカワイイなぁ二人共…。なあ、大和なんかじゃなくて私のメイドにならないか?毎日遊んだげるぞ?」

 

「いいや、俺様のメイドにならないか?大和なんかよりも立派なこの筋肉を毎日見れるぜ?」

 

「なんかって何だよ。特にガクト」

 

 

シオンとアイシスを自分のメイドにしようとする百代と岳人。

明らかに自分を下に見る発言をされた大和はすかさずツッコむ。

姉貴分である百代はまだしも、岳人に関してはその誘い文句も含めて見過ごせなかった。

そして、二人からの勧誘に対するメイドたちの答えは――

 

 

「せっかくのお誘いですが、妹共々お断りいたします」

 

「私達は末永く大和に仕えると心に誓いましたからね」

 

「なん…だと…」

 

「おお、素晴らしい忠誠心だ」

 

「ぐぬぬ…やはり油断できないんだッ!」

 

 

一切のためらいなく百代の誘いを断った二人のメイドに驚嘆するファミリー達。

京はさらに対抗心を燃やしていた。

その忠誠心の対象である大和は、特に取り乱すことも恥じることもなく、平然と紅茶を飲んでいる。

まるで、そう言われるのが当然だと言わんばかりに。

 

 

「チキショー、何なんだよ。俺様と大和の何が違うってんだよ…」

 

「嫉妬に負けて涙を流してる時点で大違いだよガクト」

 

 

滝のような涙を流す岳人の背を叩きながら卓也がツッコむ。

そこで、卓也がシオンとアイシスに聞いた。

 

 

「ところで、なんで大和のこと呼び捨てなの?メイドなら普通は『ご主人様』じゃない?」

 

「流石はモロボーイ。オタクとしてそこは外せねーんだな?」

 

「いや、単純に気になっただけでね!」

 

 

松風からの指摘に顔を赤くしながら取り繕う卓也。

その質問に答えたのは、アイシスだった。

 

 

「最初はご主人様と呼んでいたのですが、大和が『しっくりこないから名前でいい。様づけもいらん』って言うので」

 

「ふーん」

 

「『もったいないなー』とか思ってんじゃねーのかい?」

 

「思ってないよ!なんで松風さっきから僕を弄るの!?」

 

「や、なんとなく」

 

 

すかさず仕掛けてきた松風にツッコミを返す卓也。

それからしばらく、ファミリーとメイドたちによる雑談が続いた。

 

 

 

 

 

その雑談に変化が現れたのは、数十分後のことだった。

クッキーがなくなり、新しい茶菓子を取りに応接間を出たシオンが、真剣な面持ちで戻って来たのだ。アイシスはシオンが手に持っていた物を見ると、彼女と入れ違いになるように部屋を出ていった。

シオンの手にあったのは――

 

 

「赤い…封筒?手紙か?」

 

 

クリスが尋ねるが、シオンはそれに答えずに大和の方へ歩み寄る。

大和は静かにイスから立ち上がり、シオンから赤い封書を受け取り、左手の魔導火で封書を燃やした。

直後、火の中から魔導文字の文章が浮かび上がる。その光景を見てファミリーは驚くが、構わず大和はその文章を読み上げる。

 

 

「月さえ隠す闇夜の雲海。そこに潜みしホラー・ボティスの陰我を断ち斬れ…」

 

「えっと、どういうこと?」

 

 

一子が文章の意味を聞こうとした時、部屋を出ていたアイシスが戻って来た。

その腕には、大和が普段着ているダークグレーのロングコートがある。

アイシスが来たことを確認し、大和が答えた。

 

 

「仕事の時間ってことさ」

 

 

大和はアイシスの持って来たコートを身に纏う。

シオンとアイシスがコートのしわを伸ばし身なりを整えると、応接間の隅に置かれていた魔戒剣を手に取り、玄関へと向かった。

先を行くシオンとアイシスが扉を開け、大和を外へと通す。

そして、戦いへ赴く主の背に向けて、二人のメイドが優雅に一礼し――

 

 

「「いってらっしゃいませ」」

 

 

大和の姿が見えなくなるまで、二人は礼の姿勢を崩さなかった。

シオンが応接間に戻ってきてからの大和たちの一連の動きを、風間ファミリーは黙って見ているだけだった。

やがて、シオンとアイシスが礼をやめて扉を閉めると、ファミリーに振り向いた。

 

 

「さて、新しいお茶菓子を用意しますね」

 

「そういえば皆さん、夕飯はどうします?良ければ私たちが…」

 

「ち…ちょっと待って!」

 

 

何事もなかったように話し始める二人を卓也が止めた。

 

 

「どうされました?」

 

「えっと…大和、戦いに行ったんだよね?」

 

「ええ。指令が届きましたので」

 

「…心配だったりしないの?」

 

 

今、風間ファミリーの全員が大和の身を案じていた。

みんな大和の戦いを目の当たりにし、その危険性を身をもって実感しているからだ。

だが、目の前にいるメイドたちは大和を心配する素振りを一切見せない。

 

 

「全く心配していないわけではありません。ですが、私たちは大和のメイドです」

 

「主を信じて帰りを待つのは、当然なのですよ」

 

 

二人の表情には不安も迷いもなかった。

 

 

「…ねぇ、二人はどうして大和のメイドになったの?」

 

 

なぜそこまで大和を信じられるのか。なぜそこまで大和に尽くすのか。

ファミリー全員がその理由を知りたがり、京が代表して聞いた。

シオンとアイシスは場所を再び応接間に戻して、大和との出会いを語り始めた。

 

 

幼くして両親を亡くし、身寄りのなかったシオンとアイシスは、父親の友人である資産家に引き取られた。本当の娘のように扱ってくれたその資産家への恩返しとして、二人は見習いのメイドとして働き始め、現在のメイドとしての能力は資産家に仕えていた執事やメイドたちから教わり、培ったらしい。

 

しかし、彼女らの平和な日々は一夜で瓦解した。

彼女らの育ての親である資産家が、ホラーに憑依されてしまったのだ。

ホラーは執事や他のメイドたちを次々に捕食していった。

最後に残ったシオンとアイシスは資産家の屋敷から逃げようとしたが、既に屋敷の扉や窓はホラーの魔力によって閉ざされ、逃げられなかった。

 

目の前にホラーが迫る中、二人は抱き合って祈った。

助けて、と。

 

その時だ。

剛戟の力で屋敷の壁を強引に破壊し、大和がやって来たのは。

 

大和は魔導火でシオンとアイシスがホラーではないことを確かめると、剛戟に二人を任せてホラーと対峙する。

ホラーは資産家の体を破りその本性を晒すが、大和は念狼の鎧を纏い、一撃でホラーを撃破。

シオンとアイシスは、ホラーを瞬殺した念狼の姿と、その流麗な剣技に心を奪われていた。

 

 

二人は大和から資産家がホラーに乗っ取られ死んだことを聞かされ、絶望した。

生みの親だけでなく、育ての親もいなくなってしまった。

仕事を教えてくれた使用人たちも、みな喰い殺された。

親しかった存在を全て失い、生きる希望もなくしかけた二人に、大和が言った。

 

 

「行き場がないなら…俺のところに来ないか?」

 

「こいつホラー狩りやら修練やらで忙しいからって、ヤドカリの世話以外ろくにやらねぇからな。おかげで部屋がきたねぇのなんのって…」

 

「うるさい!こっちは真面目な話してんだ!」

 

「ああ!?ホントのことだろうが!」

 

 

茶化すゼルバを大和が小突き、そのまま舌戦が始まる。

呆気にとられるシオンとアイシスだったが、二人は確かに感じていた。

『俺のところに来ないか』と言った大和の瞳に宿っていた、深い悲しみを。

 

 

 

 

 

 

 

「それが、今から一年ほど前のことです。以来私たちは、こうして大和に仕えています」

 

 

シオンとアイシスの語りを、風間ファミリーは静かに聞いていた。

 

 

「大和さんの悲しい目とは…」

 

「んー。大和にも、背負っているものがあるんですよ。私たちから詳しくお話することはできませんが…」

 

 

アイシスは言葉を選ぶように答えた。

二人は大和の過去に何があったか知っているようだが、本人の許可なく勝手に話すつもりはないようだ。

風間ファミリーはその内容が気になったが、深くは追求しなかった。

いずれ、大和自身の口から聞くべきことだから。

 

 

「私たちは大和に救われました。そして、過酷な戦いに挑む大和の決意も知りました」

 

「だから私たちは大和の帰る場所を守ると決めたんです。戦いを終えて帰ってきた大和が安らげるように」

 

 

強い意志をその瞳に宿し、シオンとアイシスが言った。

その言葉を受け、風間ファミリーが全員で頷き合い、翔一が宣言する。

 

 

「おし!じゃあ俺たちも、大和の家を守るぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――日没後 川神市上空―――

 

 

雲に覆われた夜空の下で、激突するものがあった。

一方は、飛天の背に乗って飛行する大和。

しかし、もう一方は異様なまでに巨大だった。

 

全長約30mに及ぶムカデのような体に、コウモリのような十対の羽を持つ空の怪物。

今回大和へ殲滅指令が下ったホラー・ボティスである。

雲の中に潜み、テリトリーに接近してきた航空機を捕らえ、その乗員を捕食していたのだ。

 

 

「ヒュー!こんだけでけぇホラー、中々拝めねぇぜ!」

 

 

巨大なホラーとの戦闘に、興奮気味に叫ぶゼルバ。

一方の大和はここまで高空での戦闘経験は少ないため、いつも以上に戦闘に集中していた。

 

ボティスの体から噴き出した魔力がコウモリのようなシルエットとなり、大和に向けて突撃する。大和は魔戒剣で斬り落とすが、ボティスはさらに数を増やしてきた。

数十匹の魔力のコウモリに対して、大和は飛天の翼剣を使って迎撃した。

思念によって操られる四本の翼剣が空を駆け、迫り来るコウモリを次々に落としていく。

大和はさらに二本の翼剣を操り、ボティスの羽を斬りつけて動きを鈍らせる。

 

 

「仕掛ける!」

 

 

大和は念狼の鎧を召喚し、念狼剣を掲げた。

ボティスの羽を斬った翼剣を呼び寄せ、念狼剣に霊獣武装させる。

念狼剣は、柄の両端に翼剣を備えた『双翼念狼剣』へと変わった。

 

飛天の背から空中へ跳んだ念狼の背後に飛天が回り込み、両足で念狼の背中を掴む。

背に翼を得た念狼は、双翼念狼剣と空中を舞う四本の翼剣によって新たに放たれたコウモリを斬り裂きながらボティスに接近する。

やがてボティスの尾先に到達し、念狼が双翼念狼剣を突き刺す。

 

 

「おおおおお!!」

 

 

剣を突き刺したまま、念狼はボティスの体に沿うように飛行する。

念狼がボティスの頭部を通過した時、双翼念狼剣に斬られたボティスの巨体が真っ二つに裂け、耳をつんざくような断末魔と共に夜空の闇に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しっかしまた、とんでもねえホラーだったな。飛天がいなかったらどうやって戦うんだアレ」

 

「熟練の魔戒騎士なら、戦いようはあるだろうさ」

 

 

家に向かいながら大和はゼルバと話していた。

大和は自分の強さに自信があるが、それは魔戒霊獣の力があってこそだと考えていた。

実際、先ほどの戦いは飛天に頼りきりだった。

自分よりも高い実力を持つ騎士はいるし、そんな騎士であれば、きっと飛行能力がなくてもあのホラーを倒せるだろう。

 

もっとも魔戒霊獣を従えている時点で、大和の実力は騎士としても法師としてもかなり高いと言えるのだが…。

そうこうしていると、大和は直江邸に着いていた。

 

 

「みんなは…もう帰っただろうな」

 

 

既に日が沈んでからかなりの時間が経っている。

せっかくの仲間たちとのひと時が中断されてしまったことを残念に思いながら、大和は玄関のドアを開く。

 

 

「ただいま…」

 

「「「「「おかえりなさいませ、ご主人様!」」」」」

 

「…は?」

 

 

本日二度目のサプライズ。

五人のメイドに、出迎えられた。

正確に言えば、メイド服を着た百代、一子、京、由紀江、クリスの五人だ。

 

 

「…何してんの?」

 

「なんだよ、美少女メイド隊のお出迎えだぞ?もっと喜べ!」

 

「ホラー退治で頑張ってきた大和を労おうと思ったの!」

 

「シオンやアイシスの家事を手伝ってたんだ!どうだ凄いだろう!」

 

「クリ吉、はたきで危うく花ビン割りそうになってたよなー」

 

「こら松風、蒸し返してはいけません!クリスさんも反省しているのですから」

 

「ご主人様、婚約にします?挙式にします?それとも添い遂げます?」

 

「とりあえず京。それ結果的に全部同じ意味だから。お友達で」

 

 

ひとまず京へのツッコミだけは逃さなかった。

すると今度は、奥の扉から新たに三人出てきた。

 

 

「おう大和!家中ピッカピカにしてやったぜ!」

 

「そんなとこに立ってないで早く来いよ!シオンちゃんとアイシスちゃんが晩飯作って待ってんだぞ!」

 

「うう…おかえり」

 

 

翔一、岳人、卓也の三人だ。

翔一と岳人は私服のままだったが、なぜか卓也も女子たちと同じメイド服を着ている。

 

 

「モロ…か?なんか似合いすぎじゃないか?」

 

「言わないで…立ち直れなくなるから…」

 

 

赤面しながら俯く卓也。

本人には悪いが、細身な体格のせいもあってか完全に女子にしか見えない。

 

 

「大和、お帰りなさいませ。食事にしましょう」

 

「由紀江の料理、本当に美味しいですよ!」

 

 

さらに奥からシオンと、由紀江の料理を味見してテンションが上がっているアイシスが出てきた。

普段は大和とシオンとアイシスの三人だけで割と静かな屋敷が、風間ファミリーが加わることでとてつもなく騒がしくなっている。

大和にとって、懐かしい騒がしさだった。

 

 

「帰ってきたんだな…俺」

 

 

川神市に帰ってきてからも、大和の心から寂しさが消えることはなかった。

それは、仲間たちに本当のことを隠してきた後ろめたさのせいかもしれない。

しかし、今は違う。

今ここにいる仲間たちは、大和が魔戒騎士として戦うことを理解して、こうしてやってきてくれた。

未だ明かせないことはあるけれど。

昔と同じように、いや、昔以上に、大和と同じ場所で騒ぎ、笑っている。

 

 

「…お前の涙を見るの、久しぶりだな」

 

「え…?」

 

 

ゼルバに指摘されて、大和はようやく自分が泣いていることに気づいた。

 

 

「おいおい弟。泣くほど嬉しかったなら素直にそう言えよ」

 

「きっと厳しい戦いだったのね。よしよし」

 

「大丈夫ですよご主人様。私が朝まで慰めて…」

 

「なななな何をするつもりなんですか京さん!」

 

「ん?まゆっちは何を取り乱しているんだ?」

 

 

 

「…ぷっ、ははははは!」

 

 

 

尚も騒がしくなる五人のメイドを見て、大和は涙を流しながら大声で笑った。

 

 

「大和が大笑いしてますよ姉様。私初めて見ました」

 

「私もです。やはり、ご友人の方々がいらっしゃるのが嬉しいのでしょう」

 

 

出会ってからの一年間で最も幸せそうに笑う主を、二人のメイドは微笑みながら見ていた。

 

 

その夜、直江邸の明かりは日付が変わるまで消えることはなかった。

それからというもの、風間ファミリーの面々は頻繁に直江邸を訪れるようになるのだった。

 

 




最後まで読んでいただきありがとうございます。
実は今回の話を書きたくてしょうがなかった常磐です。

今回、第一話で名前だけ出てきたシオンとアイシスが登場しましたが、彼女らは完全なオリキャラではありません。
作中の説明だけでは分かりづらかったかもしれませんがシオンはクッキー4、アイシスはクッキー4ISの名前や設定を改変したキャラで、顔や声は基になったキャラと同じです。

なぜ設定を改変させてまでこのような形で登場させたのかと言うと、
・単純にクッキー4とアイエスが好きなヒロインだから
・牙狼に登場するゴンザのような『主人公の従者にして良き理解者』にしたかったから
以上が理由です。
どうしてもロボットのまま登場させる展開がうまくできなかったもので。

今後この二人が登場したら、メイド服姿のクッキー4とアイエスを想像していただければと思います。



では次回、第八話『烈風』にてまたお会いしましょう。


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