―――某日 川神山―――
その山は川神市民にとっては心霊スポットの一つとして有名で、夏には若者達による肝試し大会の会場となるのが通例である。
一年前に川神学園主催で行われた肝試しでは、百代が恐怖のあまり星殺しをぶちかまし、幽霊役をしていた教師陣が巻き込まれかけるという事件が起こったそうな。
そんな川神山の山奥には、人払いの結界が施された領域が存在する。
その中心部にある古びた寺のような建物の中に二人の人物がいた。
二人はどちらも大人びているが、実際はどちらも十代後半の青年だ。
一方の青年はやや浅黒い肌と鋭い目つきが特徴的で、今は上半身裸の状態で床に胡坐をかいている。彼の背中には右の肩甲骨から腰の辺りまで大きな傷痕が走っている。
その背後には、着物を身に纏ったもう一人の青年が立っており、座っている青年の傷痕を右手に持った扇子でなぞりながら、ブツブツと何かを唱えている。
やがて、背中の傷痕が完全に消え、着物の青年が扇子を引っ込めて言った。
「うむ。傷の浄化は完了した。後遺症が残ることもあるまい」
「そうっすか。ありがとうございます」
「なに、魔戒騎士を支えるのが魔戒法師の役目だ。気にすることはない」
傷を負っていた青年は、大和が来る以前に川神市を守っていた魔戒騎士だ。
ホラーとの絶え間ない戦いの中で負傷した彼は、人里から離れたこの場所で魔戒法師であるもう一人の青年による治療を受けていた。
そして、傷の治療を終えた騎士の青年に対して、法師の青年とは別の声がかけられた。
「完治おめでとうございます」
「ああ。心配かけたな、ラルヴァ」
その声は、騎士の青年の側に畳んで置かれている彼の上着から聞こえた。
コートの左胸の位置には、女性の顔の意匠を持つバッジがついている。
騎士の青年と契約を結ぶ魔導具・ラルヴァである。
相棒から祝いの言葉を受けながら騎士の青年が上着を着ていると、部屋の戸が開かれて新たな人物が入ってくる。
「ういーっす。調子はどうだ?」
入って来たのは、無造作に伸ばした髪や顎ヒゲが特徴の中年男性だった。
騎士の青年はその男性の顔を見ると、やや呆れ気味に言った。
「なんだ親父か」
「なんだはねえだろ?心配して来たんだからさ」
「これまでだって毎日のように顔出してたじゃねえか。もう回復してんのは分かってるだろ」
「それでもだよ。お前は俺の後継者で、義理とは言え息子なんだからな」
中年は自分の頭をボリボリとかきながらそう言った。
騎士の青年は中年が本当に青年のことを心配していたことを理解しており、それが嬉しいものの素直に表現出来ず、照れを隠すように自分も頭をガリガリとかく。
「血は繋がってなくとも親子か。面白いものだな」
そんな親子を興味深げに見ながら法師の青年が笑う。
騎士の青年は上着を着て立ち上がると、中年に聞いた。
「親父。俺の代理で来た騎士は?」
「ああ、新たにホラーが出たらしくてな。イスマから指令を受けてんじゃないか?」
「そうか。なら、手を貸しに行くか」
「おいおい、病み上がりでいきなり実戦かよ?少しは修練で慣らした方がいいんじゃないか?」
「この街は元々俺の管轄だ。いつまでも代理に任せてられるかよ」
そう言いながら騎士の青年は中年と共に建物を出た。
二人を見送るために一緒に外へ出た法師の青年は、歩み去る騎士の青年の背に向けて言った。
「武運を祈るぞ…烈風騎士よ」
―――直江邸―――
大和の住む屋敷には、魔戒騎士やホラーなどに関する様々な書物が集められた書庫がある。
ホラーが活動を始める夜まではまだ時間があるため、大和は今回殲滅指令の下ったホラーの情報を調べていた。
「グランテスカ…術で雑兵を作り、人を襲うホラーか」
「フォグレアみてぇな手口か?あいつのは幻だったが」
ホラーは憑依した人間やゲートに応じた姿を得るが、その性格や行動パターン、好んで喰う人間の傾向などは変わらない。
情報を集めながらゼルバと対策を立てていると、書庫の扉がノックされた。
大和が入室の許可を出すと、扉を開けてシオンが入って来る。
「大和。出発の前に休憩しませんか?一子様もいらっしゃっていますし」
「粗方調べ終えたし、そうするか。ワン子は応接間か?」
「はい。今はアイシスとお話しています」
先日の風間ファミリー来訪以来、ファミリーのメンバーは暇を見つけては直江邸に遊びに来ている。
今はランニング中だった一子が休憩がてら寄っていたが、大和は調べ物のためシオンとアイシスに相手を任せていた。
書庫から出て応接間に近づくと、中から一子とアイシスの話し声が聞こえて来た。
「…でね?その時大和が言ったの。『俺、自分は天才だと思う』って」
「あはははははは!や、大和がそんな…ぷははは!!」
「なに人の恥ずかしい過去話してんだゴラァ!?」
怒りの声を上げながら応接間に殴り込む大和と、彼の様子に驚くシオン。
大和には先ほど聞こえた一子の言葉だけで、どんな会話がされていたかすぐに理解することが出来た。
間違いなく、川神市を離れる前の大和の話だ。
それは、大和にとって思い出したくもない黒い歴史である。
「あ、大和。アイシスがちっちゃい頃の大和の話聞かせてって言うから…」
「『これは、何者かの悪意を感じるぜ』…ぷふぁ!!」
「アイシスてめぇ!!」
「ギャハハハハ!!」
「笑ってんじゃねぇゼルバ!!」
ちなみにアイシスが言ったセリフは大和が小学生の頃、上履きに石ころが入れられていた時に言ったもの。
昔の大和は重度の中二病であり、『誰かにイタズラされた』ということをわざわざカッコよく言い換えていたのである。
「あはは、なんかゴメンね大和」
「…いや、もういい。俺こそ悪いな。来てくれたってのに相手出来なくて」
「ううん。怪物退治の準備なら仕方ないわよ」
大和が席に着く頃にはアイシスとゼルバの笑いがようやくおさまった。
茶を入れるシオンは至って静かだが、アイシスはちょくちょく思い出しては小さく笑っていたので後で何かしらのお仕置きをすることにした。
内心そう決断しながら、大和は一子と話している。
「ワン子はこの後も修行か?」
「お昼まではね。その後は久しぶりに『白い家』の仲間と会うの」
『白い家』とは、幼少期の一子が暮らしていた孤児院である。
当時一緒に暮らしていた子供たちとは今でも連絡を取り合っているらしい。
「別の県の里親に引き取られた、沙羅っていう子なんだけどね?里親の仕事の都合で川神市に引っ越すことになったらしいの。それでせっかくだから久しぶりに会おうって話になって…」
久しぶりに仲間と会えるとあって、一子は嬉しそうに話していた。
しかし、白い家の話題になって何かを思い出したのか、その表情が少し曇り始める。
「そういえば、タッちゃん大丈夫かなぁ…」
「タッちゃん?」
「あ、そっか。大和は会ったことないわよね」
聞きなれない呼び名が出て、大和は思わず復唱した。
一子の言い方からして、大和の知らない人物のようだが――
「名前は源忠勝っていってね、白い家の仲間の一人であたしのお兄ちゃんみたいな人なの」
「へぇ。一子に兄貴分がいたのか」
「歳は一緒なんだけどね。川神市に住んでる人に引き取られて来たの。ファミリーのみんなも何度か会ってるわ」
一子からの説明を聞く大和。
その忠勝という人物は、見た目は不良のようだが他人に気を配る優しい人間で、ファミリーの一部からは苗字の読み方を変えた『ゲン』または『ゲンさん』というあだ名をつけられ、特にキャップはよく懐いているらしい。
学校には通っておらず、養父の経営する代行センターで働いているらしいのだが――
「最近全然会えてないのよ。引き取った人の話だと仕事先で怪我して、今療養中らしいんだけど、どこに入院してるか教えてくれないからお見舞いにも行けないの」
「なるほどな…」
しょんぼりと俯く一子。
親しい人が怪我をしているのに様子も見れないとあっては、心配にもなるだろう。
「気持ちは分かるけど、元気出せよ。そんな暗い顔してちゃ、今日会う仲間に心配されちまうぞ?」
「…うん、そうね!」
大和に励まされ、笑顔に戻る一子。
心配事があっても周囲に明るく振る舞えるのは彼女の長所である。
その後もしばらく雑談した後、一子はランニングを再開するべく玄関を出た。
「じゃ、あたしそろそろ行くわ。がんばってね大和!」
「ああ。ワン子も気をつけてな」
「うん!じゃあね! 勇・往・邁・進!勇・往・邁・進!」
一子は両手・両足に重りの入ったバンドを巻いて駆け出して行った。
走る時の掛け声はなんとも彼女らしい言葉だった。
「俺たちもそろそろ行くか」
「ああ。あの嬢ちゃん、また狙われなきゃいいがな」
「…その時は護るだけだ」
玄関先で一子を見送った大和は、支度を整えるために屋敷の中に戻った。
―――夜―――
「そっかぁ。忠勝さん入院してるんだね」
「うん。大したことないって聞いたんだけど、やっぱり心配なの」
その日の修行を全て終えた一子は、白い家での仲間である沙羅という少女と会っていた。
久々の再会を果たして一緒に街を回っていた二人だったが、沙羅は一子が時折暗い顔になっていることに気づき、事情を聞いた。
「まぁ当然よね。一子、いっつもタッちゃんタッちゃん言いながら彼に構ってもらってたもんね~」
「え?なにその目!?あたし別にそんなんじゃ…」
「でも白い家の子の中じゃ一番仲良しだったじゃない?怪しいな~」
「確かにタッちゃんは頼りになるけど、そういう風に見てたわけじゃないの!ホントよ!」
実際、昔の一子は忠勝によく懐いていたし、忠勝自身もやれやれと言いながらも一子に構っていた。
成長した二人がそのまま彼氏彼女の関係になったとしても、大して違和感はなかった。
二人が年頃の女子らしい会話をしていると――
~♪~♫
「え…なにこの音?」
「…尺八?」
静かな夜の街に、突然尺八の音色が響いた。
二人が音色の聞こえる方向を見ると、そこには一人の虚無僧が立っていた。
天蓋と呼ばれる深い編笠で頭部全体を覆っており、鼠色の服に身を包んで尺八を吹き鳴らしている。
「なんか…あの人こっちに近づいてるよ?」
「…沙羅、走って!」
尺八を吹きながら一子と沙羅に向かって歩み寄って来る虚無僧に、一子は異様な気配を感じた。
以前、ホラーに憑依された川神院門下生の佐山からも感じたことのある、身の毛もよだつような邪悪な気配。
一子が沙羅の手を握り、その場から駆け出そうとした瞬間――
―――ガァ!
「きゃあっ!?」
「うっ、カラス!?」
尺八の音に呼び寄せられるように十数羽のカラスが現れ、二人を取り囲んだ。
鳴き声を上げながら嘴や爪で二人を威嚇し、行く手を遮る。その間にも虚無僧は二人に近づいていた。
「うぅ…川神流、地の剣!」
一子は沙羅をしゃがませ、全力の回し蹴りを放った。
自分たちを包囲するカラスを振り払い、沙羅を背負って今度こそ走り出した。
「沙羅、しっかり捕まって!」
「わあ!なんなのよ一体!」
普段から修行のために走り込んでいる一子ならば、手を握るよりも背負って走った方が早く、一子たちは瞬く間に虚無僧から遠ざかっていく。
虚無僧はカラスに追跡させ、姿を消した。
―――川神市内 森林公園―――
一子たちは森林公園の森の中に逃げ込んだ。
木の陰に身を隠し、カラスの追跡を逃れることに成功する。
「…うん。逃げ切ったみたい」
「はぁ…一体なんだったのアレ?」
不気味な虚無僧に、操られるように襲い掛かって来たカラス。
沙羅は非常識な状況に戸惑うが、一子はあの虚無僧がホラーであることは見当がついていた。
(あたしじゃ対抗出来ない…大和と合流できれば…)
今頃は大和がホラー殲滅のために動いているはずである。
大和と連絡を取るために携帯を取り出そうとする。
しかし、その手はすぐに止まった。
一子たちの前方、森の中にさきほどの虚無僧が立っていた。
「うそ!?逃げ切ったんじゃ…」
沙羅が驚きの声を上げる。
カラスは撒いたはずなのに、なぜ虚無僧はここにいるのか。
虚無僧は一切喋らずに再び尺八を吹き鳴らす。
その音に呼ばれたのは、カラスではなかった。
森に生える木々から散った木の葉や、地面に落ちている枝、そして土くれが空中で寄り集まって人型を成していく。
そうして作り上げられた五体の人型は、悪魔のように醜悪な顔と鋭利な爪を持った雑兵と化した。
「ひっ」
「沙羅、逃げて!」
一子は沙羅を守りながら後退するが、雑兵たちは容赦なく二人に襲い掛かる。
振り下ろされる爪をなんとか避け、一子はなんとか反撃に出る。
「このぉ!!」
一子の振り上げた右足が、接近して来た雑兵の頭に命中した。
木の葉や土を固められて出来たその頭はあっさりと蹴り砕かれ、頭部を失った雑兵は動きを止める。
しかし、虚無僧の尺八の音が新たに葉や土を集めて頭部を再構成し、再び雑兵が動き始める。
(ダメだ、あの音を何とかしなきゃ…!)
「いやぁあ!!」
「っ!沙羅!」
尺八の音によって雑兵を操る虚無僧を倒さなければどうにもならない。
一子は沙羅を連れて逃げようとしたが、既に雑兵の一体が沙羅の体を地面に押さえ込み、その爪を突き立てようとしていた。
一子が渾身の蹴りを浴びせると、体の大半を砕かれた雑兵は沙羅から離れ、体を再構成し始める。
「沙羅しっかり!沙羅!」
倒れた沙羅を抱き起すが、沙羅は恐怖のあまり気を失っていた。
一子は沙羅の体を背負おうとするが、その隙に四体の雑兵が一斉に向かって来た。
回避が間に合わず、攻撃を受けることを覚悟する一子。
だが、四体の雑兵は突如現れた青年の剣によって横一閃に斬り裂かれた
「大和!」
「悪い、遅れた」
五体目の雑兵を斬りながら、大和は一子に言った。
街を回りながらホラーの気配を探知しなければならず、大和はどうしても後手に回ってしまうため、ホラーに接触する前に人が襲われる可能性がある。
今も大和が間に合わなければ、一子は傷を負って逃げられず、ホラーに喰われたかもしれない。
「ううん、また助けてくれたんだもの。ありがと!」
「…礼は、こいつを倒してからな」
自分を助けてくれた大和に、一子は素直に礼を言った。
大和は一子と沙羅を庇うように立ち、虚無僧に魔戒剣を向ける。
虚無僧は相変わらず無言だったが、尺八を握る手が震えており、邪魔に入った大和に対する怒りが感じられる。
再び尺八が吹かれ、今度は三十体もの雑兵が出現した。
「あの尺八で術を使うらしいな」
「ワン子は下がってろ!」
大和は雑兵たちに斬りかかった。
ホラーの邪気を断つ魔戒剣による斬撃は、雑兵の体を再構成させることなく崩壊させる。
しかし虚無僧は雑兵が倒される度に新たに作り上げるため、いくら斬ってもキリがなかった。
「魔導火で焼き払うって手もあるがなぁ…」
「森を焼け野原にするつもりはない!」
木の葉と枝を多く含む雑兵の体は魔導火で簡単に燃やせるだろうが、森に燃え移ったら火事どころではなくなる。触れたもの全てを焼き尽くす魔導火を下手に燃え広がらせるのは危険である。
大和は雑兵を蹴散らしながら虚無僧に一気に突撃しようとするが、虚無僧は新たな動きに出た。
虚無僧の尺八から耳をつんざくような怪音が響くと同時に、大和の眼前に大量の木の葉が舞い上がり壁を作った。
「ぐふっ!?」
「大和!左から来るわ!」
眼前の木の葉に視界を奪われ、動きの止まった大和の左から二体の雑兵が迫る。
後方から見ていた一子の声を聞き、大和はすぐに魔戒剣を振るい二体を迎撃した。
しかし、舞い上がる木の葉の壁を突き破って、さらに一体の雑兵が大和に追撃をかける。
大和は視界を遮る木の葉を振り払ったが迎撃は間に合わず、一子もその奇襲には反応出来なかった。
そして、雑兵の爪が大和の顔に迫った時。
雑兵の後頭部で、ドスッという何かが突き刺さる音がした。
雑兵の体がその場に倒れて崩壊し、頭部のあった位置には雑兵を倒した武器が突き立っていた。
「…
それは、古武術で用いられる武具の一種である釵に酷似していた。
『山』型の刃を持ち、本来は打撃や刺突用の武器として使用される物だが、今大和の目の前にあるそれは細身ながらも敵を斬り裂くための刀身を持った短剣である。
そして、魔戒騎士である大和はそれがソウルメタルで出来た魔戒剣であることに一目で気づいた。
大和はその魔戒剣が飛来してきた方向を見る。
夜の森の中、ダークグリーンのコートを纏った青年が立っていた。
青年の顔は浅黒い肌で、鋭い目つきでこちらを見ている。
より正確に言えば、その視線は大和ではなく気絶した沙羅を抱えている一子に向いていた。
一子は、現れた青年の顔を見て驚愕していた。
その場にいることが信じられないと言わんばかりだった。
一子はその青年を大声で呼んだ。
「タッちゃん!?」
「…!アイツが!?」
一子の言ったのその呼び名に、大和も驚いた。
魔戒剣を飛ばした彼が、最近負傷したという源忠勝であるなら、つまりは彼が――
「ちっ…なんで一子たちがこんな所に!」
青年――忠勝は舌打ちしながら大和たちに向かって駆け出した。
虚無僧は新たに現れた敵に対して雑兵を作り出して行く手を阻む。
忠勝は雑兵を迎撃するために右手にもう一本の釵型魔戒剣を握った。
刃の先端を肘側に向け、鍔と柄の交差点を握り込む形の逆手持ちは、釵の基本的な構えである。
手から突き出た柄による打撃で雑兵の頭を砕き、肘打ちの動きでもう一体の雑兵に刃を突き刺す。
顔に向かって迫る爪を順手に持ち替えた魔戒剣で弾き、素早く振るって敵を斬り裂く。
忠勝は大和以上に攻撃的な戦闘スタイルで次々に雑兵を蹴散らし、瞬く間に残り一体となった。
虚無僧は再び怪音を響かせ、忠勝の視界を木の葉で遮る。
忠勝の動きが一瞬止まった隙に残りの一体が攻撃しようとしたが、それは叶わなかった。
先ほど忠勝の投げた釵型魔戒剣を、今度は大和が投げて雑兵を倒したからだ。
木の葉を払った忠勝は大和の投げた釵型魔戒剣を左手で掴み、大和の横に並び立った。
「お前が俺の代理で来たヤツだな?」
「やっぱりアンタがこの街の…。怪我はもういいのか?」
「でなきゃ来てねえよ」
「え?え!?まさか、タッちゃんも魔戒騎士なの!?」
久しぶりに会った旧友が、なんと大和と同じ魔戒騎士だったことに驚く一子。
忠勝は一瞬目を見開くと、大和に聞いた。
「おい、なんで一子が魔戒騎士のこと知ってんだ!?まさかテメェ…!!」
「…ワン子がホラーに喰われそうになってたんだ。隠してる場合じゃなかったんだよ!」
以前一子がホラー・ヴェルドーに襲われた時、大和は無我夢中で彼女を助けた。
仲間が殺されそうになっている時に、騎士のことを隠して戦うなんて悠長なことを言っていられる状況ではなかった。
「ちっ…とにかく、話はヤツを倒してからだ」
忠勝は両手に魔戒剣を握り虚無僧に向き直った。
虚無僧は再び尺八の音で雑兵を作り出そうとする。
「忠勝。あの楽器で術を行使しているようです」
「なら、アレをぶっ壊す!」
ラルヴァの助言を受け、忠勝は虚無僧の尺八に狙いを定めて一気に駆け出した。
(速い!?)
大和は忠勝の速度に驚愕した。
大和たちと虚無僧の間の距離はおよそ八mほど。
その距離を一瞬で詰めたのだ。
新たな雑兵が作り終わる前に、既に忠勝は虚無僧に肉薄していた。
虚無僧は咄嗟に拳を突き出すが、忠勝はそれを簡単に避け、順手持ちにした魔戒剣で尺八を貫いた。
尺八の音が止まり、出来かけの雑兵たちは完成を待たずに崩れ去っていく。
「人形遊びは終わりだ」
魔戒剣で貫かれた尺八を放り捨て、忠勝は冷たく言い放った。
大和も忠勝の横に立ち、魔戒剣を構える。
虚無僧は声を出さないまま、怒りに震える両腕を左右に広げた。
すると虚無僧の頭部を覆っていた天蓋を突き破り、大きな一本角が生えた。
虚無僧の背中からはカラスのような黒い翼が四枚生え、その体に宙に飛ばす。
そして、天蓋が崩れ落ち、中からは額に嘴のような形状の角を生やした怪物の顔が現れた。
「ホラー・グランテスカ。間違いありませんね」
ラルヴァがその怪物の名を呼んだ。
大和はグランテスカに対抗するため鎧を召喚しようと魔戒剣を構えるが、忠勝が腕をかざして制止した。
「悪いが、ずっと寝てたせいで体がなまってんだ。肩慣らしのために俺に任せてくれるか?」
どうやら一人で相手取るつもりらしく、忠勝は空中のグランテスカから目を離さないまま言ってきた。
対して、大和は魔戒剣を鞘に納め一子たちの下へ後退しながら言った。
「じゃ、お手並み拝見させてもらおうか」
「ふんっ、好きにしろ」
大和が下がったのを確認し、忠勝は両手の魔戒剣を順手持ちに変える。
両腕を大きく回し、二本の剣の切っ先で頭上に光の円を描いた。
円からは大和の時と同様に神々しい輝きが放たれ、忠勝の全身を包み込む。
光が消えた時、そこにはエメラルドの如き緑色に輝く鎧を纏った騎士が立っていた。
両手に持っていた釵型の魔戒剣は『山』型の刀身が大型化したふた振りの剣、『烈風刃』となった。
頭部は念狼と同じく狼を模しており、黄色の瞳がグランテスカを睨んでいる。
そして、特徴的なのはその両肩である。
肩の鎧にも狼の顔を模した意匠があり、頭部と合わせて三つ首の魔犬を彷彿とさせる。
「さぁ、行きましょう。烈風騎士
「…
鎧の左胸にいるラルヴァに呼ばれ、緑の騎士――
参狼が両手の烈風刃を構えた直後、その姿が掻き消えた。
グランテスカが見失った敵を探そうとした瞬間、一陣の風と共にその翼が斬り裂かれた。
――――!??
突然の攻撃を受け、空中でバランスを崩して落下したグランテスカに対し、さらに風が襲い掛かった。
参狼は『烈風騎士』の名にふさわしい速度で駆け抜け、跳びながらグランテスカを斬り裂き徐々に追い詰めていく。
グランテスカは反撃に出ようとした。
魔力を収束させてカラスの形にし、四方八方に向けて放った。
どんなに高速で動く敵であろうと、直接こちらに接近して攻撃しなければならないのならば弾幕を張るように撃てば必ず命中する。
そう考えてのグランテスカの攻撃だったが、放たれたカラスは一斉に真っ二つとなって消えた。
参狼に命中したようには見えず、斬られたにしてはあまりにもタイミングが近すぎる。
全て別方向に放ったにも関わらず、その全てがほぼ同時に消滅したのだ。
状況を理解出来ず、グランテスカが混乱している間にも尚も参狼による斬撃は続く。
もはや逃走するしかないと、グランテスカは傷ついた翼でその場から飛び立とうとする。
しかし、グランテスカの体は、まるで金縛りにあったかのように動けなくなっていた。
ますます混乱するグランテスカの前に、参狼が姿を現す。
「気づかないか?」
グランテスカは、体を動かそうとする度にギシギシという音が聞こえることに気づく。
周囲をよく見渡すと、答えが見えた。
森の中に極細のワイヤーが縦横無尽に張り巡らされ、グランテスカの体を縛り付けていたのだ。
ワイヤーは参狼の両手に握られた烈風刃の柄の先端から伸びていた。
参狼はグランテスカを攻撃しながら、ワイヤーで拘束していたのである。
ソウルメタルを細く練り上げて作られたワイヤーはそれ自体が魔戒剣と同じ効力を持つ。
グランテスカの放ったカラスは、周囲に張られたこのワイヤーによって斬られたのだ。
「久しぶりなせいか随分時間をかけちまったが、まぁこんなものか」
体の調子を確かめるように腕を振りながら参狼は言った。
そして、自分の前に張られたワイヤーに指をかけ、ピンッと弾く。
直後、グランテスカの拘束が強まり、ワイヤーが体に食い込んだ。
――――!!?
「糸でも物は斬れる…覚えておくんだな」
ワイヤーはさらに食い込み、グランテスカの体をバラバラに引き裂いた。
ホラーを撃破した忠勝は鎧を解き、大和から話を聞いていた。
一子が魔戒騎士のことを知った経緯や、忠勝が休んでいる間に起きたことが簡潔に説明される。
沙羅は相変わらず気を失っているようで、未だ一子に抱きかかえられていた。
「…で?一子だけでなく風間たちまでホラーに狙われて、魔戒騎士のことを知ったってのか」
「…まぁ、そういうことだな」
「お前なぁ…俺がバレねぇように戦ってたってのに…!」
「いや、まずかったとは思ってるけどやむを得ない状況もあって…」
「それでもだ!」
「た、タッちゃん!大和はあたしたちを守ってくれたの!そんなに責めないで!」
関係ない人間、それも旧友である一子やその仲間に魔戒騎士のことを教えてしまった大和に怒鳴る忠勝。
一子がなんとか忠勝をなだめようとしていると、森の向こうから中年の男性が近づいてきた。
「おーい忠勝。大丈夫だったか?」
「親父?待ってろって言っただろうが」
「病み上がりでいきなり戦いに出りゃ気にもなるっての。ま、その様子じゃもう心配はいらんみたいだがな」
親父と呼ばれた中年は、負傷もなく堂々と立つ忠勝の姿を見て安心したらしい。
大和は新たに現れたその人物に問う。
「失礼ですが、あなたは?」
「おう、悪いな。俺は宇佐美巨人っていってな。そこの忠勝の義理の親父だ」
「補足するなら、巨人は先代の参狼であり、忠勝の師でもあります」
「「え゛えぇ!?」」
中年――宇佐美の自己紹介に、ラルヴァが補足した。
それを聞き、大和と一子が驚愕の声を上げる。
「宇佐美さんも魔戒騎士!?こんなにダメそうなのに!?」
「元、な?てか本人の前でよく堂々とそんなこと言えるな。つーか直江だっけ?なんでお前まで驚いてんの?」
「…いえ、失礼ながらワン子と同じこと考えまして」
「トホホ…自覚はあっても言われるとキツいなぁ」
「今更だろうが。ったく…もういい」
衝撃の真実に、夜の森は少々騒がしくなった。
気を取り直して、忠勝は大和に向き直る。
「知られたことはともかく、俺の穴を埋めてくれたわけだしな。ありがとよ」
「…いいさ。俺にとっても、この街は大事な場所だ」
「そうか…。改めて、源忠勝だ。よろしくな」
「直江大和。こちらこそよろしく」
二人の魔戒騎士が、互いの手を握り合った。
最後まで読んでいただきありがどうございます。
ガッツさんの演技が予想以上に上手くて驚いた常磐です。
ガッツさんに関してはOK牧場しか知らなかったもので…。
それはさておき、今回は二人目のオリジナル魔戒騎士、参狼<ZORO>の登場でした。(三刀流ではありませんよ)
『忠勝が二人目の騎士で、宇佐美がその師匠』という設定が妙に気に入ってしまいまして、早く登場させたいとずっと思っておりました。
武器はサイとワイヤーですが、ワイヤーってどちらかというと(九鬼家従者になった)大和の武器ですよね。書いてる途中で思い出しました。
では次回、第九話『双牙』でお会いしましょう。