『少女世界攻略記録』 作:100110110011(2)の民
「…言葉…」
アリスエル…じゃなかった。アリスがそんな呟きをもらす。
「ん?何か言った?」
「……言葉って万能…」
どういう発想でそうなったんだろう?
普通に気になる。
「どういうこと?」
「…言葉は何でも表現出来る。例えそれが未知の世界の歴史だろうと海底の奥深くに眠る財宝だろうと謎の力で稼働する魔法だったとしても…」
なるほど?
「…この世界に言葉で表せない物なんてない。異常なエネステラも偉大な神もその全てを言葉で解明し説明できる…」
ほうほう。
「…だから言葉は万能…って思っただけ…」
本来なら「そうだね」とか「確かに」とか言うべきなんだろうけど…
私はそうは思わない。
いや、つい最近まではそんなのどっちでもいいと思ってたよ。
でも…あれがあった。『神』との遭遇が有ったし『孤神の球体破片』の事件もあった。
あれを体験した私からするとその意見にはどうしても賛成できない。
まあ反論しても不和を生むだけだし……
「……反論があるならして…」
そう呟く様に言われた時────
私は何かの確信を抱いた。
ここは反論しなきゃ絶対にダメ。
それを反論しなかったら私が私でなくなる。
アリスとの見えない『何か』を失う事になると。
だから──
「私の意見は正反対」
「言葉は万能じゃない。何でって?」
「それは……アリスは知ってる?」
そういって私は思い出す。
それは私という存在を形づくるモノであり……
私という存在に欠けてはならないモノ。
親友であるからこそ、私の人生を全て曝け出して反論する。
「自然の『動き』を」
青々と拡がる山々を、ごつごつと聳え立つ大岩を、波を従えうねる海を。
「無生物の『呼吸』を」
煌々と輝く都会の建造物を、正確に動く科学の歯車を、宇宙に飛び立つ技術の結晶を。
「魔法の『摂理』を」
感覚に突き動かされる詠唱を、未知の塊である魔素を、言外の意図を汲み取る魔法を。
「そして…人々の『感情』を」
『神々』からもたらされる恐怖を、名作に出会った感動を、親友に出会えた歓喜を。
「今挙げたような物は比喩表現としての表現は出来るかもしれない…でもその本質は言葉じゃ説明できない」
「言葉で説明出来る範囲は限られてる。新しい言葉が出来てその範囲が広がった所でそれは有限から有限への増大」
「それに対するは無限の事実。どっちが広大かなんて一目瞭然だ…って私は思う」
私はこれまでの人生の体験を元に反論する。
だけれどもそれは感覚的なモノではなく論理的なモノ。
あくまで反論は論理的に。
内心では感情的でも感覚的でもいいがそれでは相手には伝わらない。
その感覚を、感情を、『有限の言葉』で出来るだけ伝える。
全ては伝わらなくてもいい。
それに伝わるわけがない。
「……ありがと…」
反論をしたらアリスから感謝された。
「え?」
「…私は反論を貰うのは初めて…」
「…いつもは皆私が『天才』だから『優秀』だからと私の意見を全肯定する。でもそれじゃあ自分が大きな勘違いをしても気づけない…」
「…だからハナ、ありがとう」
むう。でもそれは…
「親友として当たり前だよね。
親友は何も全肯定しあう仲じゃないからね。時には反論や口論があってもいいと思う」
少なくとも私はそう思うけどね、ともちろん付け足す。
「……そうだね…」
アリスは。
とある国の賢者は。
世界が誇る天才は────
その生涯全てが常に孤独で有ったんだろう。
周りに天才である事を、賢者である事を強制され自我を─『アリス』という一人の少女の個性を─閉ざした。
天才には凡人の悩みが判らないという。
一方で凡人には天才の悩みも判らない。
全てが見え、全てを把握出来るからこそ生じる悩みや葛藤がある。
お互いがお互いの悩みを理解出来ない関係。
それが天才と凡人なのであろう。
しかし、世界を見渡せば上には上がいる。
そして世間には下にも下がいる。
頭脳に秀でる天才も世界を見渡せば、歴史を見直せば自分以上の頭脳の持ち主を見つけられる。
そしてその自分以上の人を見て凡人としての悩みを知る。
頭脳に自信のない凡人も世間を知り、周りを見れば自身よりも理解のない人を見つけられるだろう。そうした時に天才としての悩みを知る。
どちらも本質的には『天才』と『凡人』の悩みに突き当たっている訳ではない。
されどそのほんの一部だけでも『悩み』を抱く心情を理解できればお互いがお互いを認めることができる。
天才と凡人、そのどちらもが自分なりの方法で歩み寄れるのだろう。
だとしたら世界で一番の天才は?
だとしたら世界で一番の無才は?
一番上も一番下も本来はわからない。
誰が一番優れているか、誰が一番理解が遅いか、
そんな事は『神のみぞ知る』秘められた事実だ。
───だがこの世界はその『神』が干渉する。
残酷にも『一番上』は発覚し自覚させられる。
それが【大賢者】という職業だ。
そして他人には明かしていなくともその職業の存在自体が自身の存在を蝕む。
そして天才は万能ではない。
それは世界一の天才であろうと例外では決してない。
周りと比べて幾ら秀でた頭脳を持っていても、それは全てが出来ることを意味しない。
だからこそ、『一番上』は『凡人』を理解できない。
そう、前提が崩れるからだ。
『上には上がいる』
その前提は無慈悲な神により覆される。
万能の天才は真の万能ではない。
それは存在している人類の中で最も万能に近いだけ。
それは万に届かず千かもしれなく、下手をしたら百にも十にも届かない。
そして神の宣告が相対的なモノである以上自分がどの位置に存在するのかは『万には届かない』という形でしかわからない。
そして前人未到の叡知に至り─されども万能には程遠い『アリス』は世間の重圧に、人類の期待に、そして何よりも【大賢者】という職業に押し潰されて自我を消した。
──アリスはそういう人生を送って来たんだろう。
私は生憎『世界一の天才』ではない。
だからこそ『天才の悩み』が一部ならわかる。
アリスが私の悩みを理解できなくてもいい。
それでも私はアリスを手助けしよう。
私がアリスの悩みを凡人なりに理解しよう。
それが例え偽善だったとしても、
私はやらない善よりやる偽善を選ぶ。
それが例え何時かは消える私だとしても、
天才の人生のほんの僅かな時間で在ったとしても、
せめてその『僅かな時間』だけは天才に安寧が訪れる。
そんな風に私はこれからこの未知の世界で過ごして──
────『親友』の助けになろう。
「私はアリスに天才であることを求めない。
アリスは一人の人間、『アリス・フォン・トラウィス』としての個性がある。
私は『アリス』の親友であって【大賢者】の親友じゃない」
つまり───
「だからアリスはアリスのままでいいんだよ」
孤独であった少女は最早孤独の称号を脱ぎ去った。
『天涯孤独の賢者』は『永年団欒の知恵者』へと姿を変える。
これは誰にも知られず秘されていた事実──
そしてこの瞬間を以てその事実が知られる。
特殊職業は条件を満たし姿を変える。
【勇者】は【◼️◼️◼️】へと。
【大賢者】は【理断友】へと。
【救聖女】は【◼️◼️◼️】へと。
【占宙者】は【◼️◼️◼️】へと。
【教皇】は【◼️◼️◼️】へと。
【魔王】は【◼️◼️◼️】へと。
その職業達は何者からかの本来なら成し遂げられぬ願いを叶える代物。
つまり『寄り道』こそが近道である。
非効率こそが効率である。
反駁こそが──
勇者は平和に生き
大賢者は親友を作り
救聖女はその限界を見定め
占宙者は世界を観察せず
教皇は神に離反し
魔王は己が役割を果たす
職業とは──────────である。
「ありがと、う。わたしを…アリスを…認め、て…くれて」
それは賢者にしてはたどたどしい。
それは天才にしてはバラバラな言葉。
でもそんな些細な事はどうだっていい。
だってそれが『アリス』なんだから。
アリスは涙を流して話す。
「ハナはやっぱり強い…」
「私なんかよりハナの方がよっぽど強い…」
「
そこでアリスは一度区切る。
「私は尊敬するよ、花奈」
「私は表面上は優しくできるかもしれない。…
でもそれは心に響く優しさじゃない」
「だからこそ私は…む」
「それ以上卑下するのは止めて!」
続きの言葉を予測した私は居ても立っても居られなくなりアリスの独白に口を挟む。
「アリスはアリスの個性がある。私は私の個性がある。万能じゃないんだから誰かに劣っている所があるのは当たり前。でもそれで自分が無能だ、無才だ、無力だなんて思うのは私が許さない」
「そんなのはこの世界に生きる人達にとって失礼でしょ?」
「…ありがとう。でも違う」
「え?」
「だからこそ…ハナの優しさがあるからこそ私は無限に演じられる」
「他者の…私が天才であることを期待してくれている人に『天才である私』を見せられる」
「だからその代わり……ハナには私を見せる」
もう言葉なんていらないでしょ。
私は黙って頷き『それ』を受け入れる。
…アリスも優しいじゃん。
普通はここまで追い詰められても期待してくれる人のために演じるなんて出来ないよ。
でもそれを言うのは無粋なのでその想いは心中に秘することにする。
人生で初めて素を晒すアリスを見守りながら、私はふと考える。
有限であるアリスの時間。
その更に一部、ほんの僅かだけでも私が占められたら……なんてね。
そんな考えを消し去りながら、今、私の目の前にいるアリスに思考を戻す。