『少女世界攻略記録』 作:100110110011(2)の民
私は振り返り、その部屋を見渡す。
その部屋を形容する言葉として一番適切なものは『整備室』だろう。
用途不明の工具があたりに散らばり、用途不明の機械があらゆる壁に張り付くように安置されている。
そして工具があり、整備用機械があるならばその整備対象がある筈である。
その部屋の最奥には一人の少女が壁に横たわる形で……
彼女は誰?……いや、違う。適切じゃない。
正確には……あれは何?
その肌からは機械要素は見出だせず、その顔はまるで眠っている人の様だ。
しかし、ここは放射線の渦巻く環境。
ここに生身の人間がいる筈がない。
それとこの部屋の状態を合わせて考えると自然と正体は判明する。
「アンドロイド…」
アンドロイド、人型ロボット、様々な表現があるがそれらはこの近未来的工具と合致している。
つまり、彼女は太古の昔に壊れた、もしくは捨てられたアンドロイドだということだ。
私は自分の置かれている状況をしばし忘れて考える。
さて、どうしたものか。
パッと見損傷はなく壊れた機械らしく電気が飛び散るといったこともない。
……まさか…?
私の頭の中で電気が走る。
アンドロイド、太古……『AI』…
もしかして?
まさか?
これがかの科学文明を滅ぼした…?
なら起動しない内に破壊したほうが……
当然だ。
科学文明の時に人口が何人いたかは知らないがどう少な目に見積もっても100万は固いだろう。
なら、だとしたら…だ。
この可憐な少女型機械は100万以上の人類を殺した歴史的…いや、未曾有の大量殺人犯だ。
……一人殺したら犯罪者だが千人殺せば英雄という言葉を小説でみたことがある。
あれはあくまで結果…つまり未来の勝者から見た視点であり敗者からすれば千人殺した英雄は英雄ではなく大量殺人犯だ。
そして科学文明の際は人類vsAIだったのだろう。
…つまり、私は敗者側だ。
ならこの機械はどうみても大戦犯であり憎むべき敵だ。
それに余り関係がなかったとはいえ天整統…自分の親族の敵でもあるし間接的にではあるがセリアの家族を殺した相手でもある。
そう考えると真っ先に破壊したほうがいいのだろう。
しかし、一つだけ問題がある。
もしこれがそのAIだとするならば科学文明の粋を集めても、魔法文明の粋を集めても傷一つ付けられなかったことになる。
そんな相手を私ごときが壊せるのだろうか。
でも本当にそのAIなら…
私はそのAIが知らない未知の攻撃方法を一つだけ持っている。
それは…呪祟濃度。
呪祟濃度というのはつい
だから太古の昔にしか存在していなかったこのAIは知らないはずだ。
なら……
私は初めての詠唱をする。
それは私が限りなく親しみ深く思う……
文字通り、この世界に生きるどんな人よりも詳しいであろう世界への思いを言葉に乗せながら。
「太古より築き上げた物を見よ…」
太古も太古。
遥か46億年から積み上げてきた歴史の足跡へと思いを巡らす。
星誕と共に荒れ狂う母なる星を鎮めた父たり得る海を。
生物の祖先であり、命の源泉でもある水棲生物達を。
進化し、変化し、対応し、過酷なる試練を乗り越えてきた万を優に越える生物種を。
そして、霊の長の名を冠し、類い稀なる繁殖力と確かな叡知で地上に巣食う人類を。
「あらゆる場所での発展を見よ…」
太古のローマでは、微少な高低差を意図的に作り出し、水道が作られた。
太古の中国では税や登用制度が整備され、それを元に栄華を極めた国があった。
太古の
時間は流れ、世界は廻る。
海を乗り越え、地を踏みしめ、世界は一つへと纏まる。
文明という財産が共有され、世界は更なる一歩へと歩みを進めた。
「現代にも残る才能を見よ…」
科学文明が、情報文明が、軍事的文明が。
人類が辿り、そして進歩する要因となったそれら文明が一斉に、そして急速に発展し始める。
止まりかけていた文明の歯車が世界の一体化により、音を立てて動き始める。
それらの軌跡は…そしてそれらの奇跡は現代にも根深く残り、私達を支えてくれている。
「それら全ては『人類』の残してきた足跡であり…」
地球46億年、宇宙137億年、そんな永遠に等しい時間と比べると塵芥の様な人類の数千年。
されど、その数千年は確かに存在し、足跡を地に、そして宇宙という空間に残している。
それを無為に還すことはできない。
「現代に生きる私達が敬うべき物である…」
先人達が無念を、希望を、諦感を、絶望を、興奮を、期待を、万感を込めて現代の支配者たる私達に託した文明という名の叡知のほんの一欠片をこの胸に抱く。
「原初の世界より眠りし未知よ…」
舞台は変わり、世界は変わり、摂理が変わり、既知と無知と未知が混在する世界へと変貌する。
魔法世界に潜む数多の未知の結晶を本棚へと詰めていく。
「過去の偉人により解明されし既知よ…」
この世界において、その姿を魔法の布の裏に隠した科学。
隠れ、潜み、暴かれなんとしていたそれらを見事看破し、表舞台へと引きずり出した彼らの偉業を本棚へと積んでいく。
「今を以て此処こそが知識の披露宴の舞台である…」
今、秘匿された本棚を、私の中に蓄積されてきたその叡知の図書を解放する時である。
「無知蒙昧たる愚か者よ…」
「偉大なる歴史と無限の未知に溺れて沈め…」
「『
私は支配可能呪祟濃度を1引き上げる。
だが、それだけで私の本棚はおわらない。
「地にて蠢く呪いよ…」
「天にて渦巻く呪いよ…」
「愚か者へと降りかかる災いよ…」
「代償を捧げ今、この世に顕現せし邪悪を見る…」
「『
私は更に支配可能呪祟濃度を1あげる。
これで私の支配可能呪祟濃度は6だ。
私はその少女の上に呪祟をあつめる。
やり方は至極簡単だ。
少し意識を集中させて呪域を使うみたいに念じるだけ。
それだけで黒く呪われた空間が出来る。
後はそれを真下に振り下ろすだけ。
そうすれば終わる。
太古からの因縁も、人類の復讐も。
そう、全てが……終わる筈だ。
なのに…そんな簡単なことが私には出来ない。
誰かに命令されてる訳でも阻害されてる訳でもない。
でも何故か…いや、自分自身の感情が原因で出来ない。
だって外見はどうみても普通の可憐な少女だ。
もし彼女がAIじゃなかったら?
もし彼女がここについさっき迷い混んだ一般人だとしたら?
もし彼女が科学文明や魔法文明の生き残りだとしたら?
論理はそれを否定する。
この厳重な扉の中にいるんだ。
鍵を持ってる訳じゃない。
普通に考えればあのAIである可能性が一番高い。
…なら彼女はAIじゃなくてアンガラ・ジーンルットである可能性も…
そんな可能性は万に一つもない。
論理と感情がせめぎ会う。
これがもし、昔だったら。
アリスやセリアと出会う前だったら何の迷いもなく壊すだろう。
「もしAIじゃなかったとしても損失は少ないから」
なんて付け加えて。
これがもし、遠い未来だったら。
魔術や魔法、科学が発達して例えそのAIであっても容易に取り押さえられる環境だったとしたら私は何の迷いもなく助けるだろう。
「もしAIじゃなかったら人殺しになっちゃう」
なんて付け加えて。
これが今だから。
これがアリス達と出会い、かつ魔術も科学も未発達なこの世界だからこそ私は大いに悩む。
私は論理と感情を天秤にかける。
その心の中を反映する様に呪祟の塊は上下に揺れ動く。
論理と感情、それは太古の昔から対義に扱われることもある2つの概念。
論理的に動く人は安定した、期待値に添った行動をし利益をきっちりと挙げるが一方で『冷たい』『冷酷』『人の心がない』と評される傾向にある。
感情的に動く人はその気分や考えにより行動方針を根本から覆す。人から好かれやすい傾向にあるが一方で生活や行動が不安定なので『友達にはなりたくない』『テレビかなんかで見るだけでいい』と評されることもまちまちである。
勿論世の中には論理と感情、どちらも使いこなせる人はいる。
しかし、それが極少数であることもまた、事実である。
私はどちらなのだろうか。
論理?感情?どちらの手を取ればいい?
自分の記憶を、記録を、心を思いだし探る。
──異世界脳内会議──まず、手掛かりとして──①、②より結論は───
──アリスはアリスだよ──願いが、想いが──
私は自分自身を見つめる。
この瞬間ばかりはAIも環境も元の世界も全て忘れて自分自身という箱をひっくり返す。
中から溢れてくる経験や記憶といった玩具を弄り、遊び…そして片付けていく。
そして一つのおもちゃに突き当たる。
私は何者か?
それは──ついこのあいだ問われたばかりじゃないか。
私は思い出す。
『試練に問われ、世界は花開く』
『問いは返され、劇は花開き、残るはあなたのみ!』
『春風に乗せられ、友を救い、怨念を解放し、世界を見る』
『わたしはなにもの?』
『答えはその手の中に…』
『あとはその手を開くだけ……』
…そうだ。私は──
私は腕を振り降ろす。
呪祟がその華奢な体に染み込み黒ずむ。
あと数秒でもこのままにしておけば彼女は物言わぬ残骸になるだろう。
そこら辺に転がる工具や機械と共にこの工房を墓に眠るのだろう。
だから私は…わたしはその手を開く。
そして集まった呪祟を霧散させ…
「起きて、夜明けだよ」
一つだけある小さな窓からゆっくりと朝日が差し込む。
私は……どちらも選ばない。
感情でもない、論理でもない。
どちらも自在に使いこなせる人がいるならば、どちらも使いこなせない人がいてもいいだろう。
都合の良い時に両者に踊らされる、それがわたしだ。
それが──片瀬花奈という人間だ。
「起きて、夜明けだよ」
私は再び声をかける。