『少女世界攻略記録』 作:100110110011(2)の民
戦闘が終わり、近寄って来るアリスに声をかける。
「アリス、最後までナイスアシスト」
最後の方はアリスがいなければ…うん、10回ぐらいは死んでたんじゃないかな?
そういう意味では今回のMVPは間違いなくアリスだ。
言葉は軽くなっちゃったけど最大級の感謝を送りたい。
「…自分でも…気を付けて…」
…何の話?
…ああ、最期の足掻きについてか。
私の目の前で止まった触手…
あれは偶々私の目の前で止まった訳じゃない。
アリスの電撃魔術で発射角度を数度ずらして、その結果ああなった。
だから本来、私が何もしてなければ丁度刺さる距離だった。
それに私も避けられる状況じゃなかった。
着地した瞬間に後ろから飛んでくる触手を認識して前に進む…なんて真似は出来ない。
私はagl自体は速いのかもしれないけど運動神経や反射神経は凡人並だからね。
更に言い訳を積み重ねるとしたら、『
それに、だ。
「まあ最悪刺さっても大丈夫だったし」
最悪刺されて魔銅に精神汚染されてもすぐにアリスに治して貰えるという確信があった。
それにアリスなら何とかしてくれるとも思ってたしね。
だから敢えて避けない…だったら格好が付くんだけど、まあ実際はさっき言った理由で何も
「…そういう問題じゃない…」
アリスは不満そうに顔を歪め、珍しく不快感を露にする。
そして私に注意する様に言う。
「…親友が貫かれる光景とか…見たくない…」
それは至極まっとうな意見です。
私も、私が何とか出来るとはいえアリスが無抵抗で精神汚染機能付き棘に刺されようとしてたら困惑するし嫌だ。
『親友』って、『友達』ってそんなものだよね。
普通は、死にそうになったら助けるし困る様なことはしないよね。
異世界に来て少し調子に乗ってたみたい。
私は自分の愚かともいえる行動を振り返り、自省しながら思い返す。
ごめん、と口に出してから念のための確認をする。
「そっちは終わった?」
勿論それはこの街に来た主目的でもある『人助け』…まあ反魔銅薬の散布についてだ。
それに対するアリスの返答もまた、決まりきったもの。
まあ私が終わってるんだしアリスも終わらせてるよね。
それに、そうでもなければ戦闘に参加したりはしないだろうし。
「…当たり前…」
そんな予想通りの返答に納得しながらも私としては気になったことがある。
アリスは戦闘中、色んな属性の槍を飛ばす魔術を使ってたけど、実際どれだけの魔術が使えるんだろうか。
『大賢者』なんて大層な職業についてるから…まあ20~30種類位かな?
まあ態々推測なんてしなくても直接聞けばいいか。
そう思った直後だった。
聞こえない筈の声が、失われた筈の物が戻る音がした。
それはつまり──
「ぐっ…がはっ…」
──セルグヌの呼吸音だった。
「まだ生きてたの!?」
まだ二択、選択肢がある。
まず一つ目としては『魔銅の化け物』としてまだ生きている可能性。
その場合は全力を尽くして倒す必要がある。
『
そして二つ目は魔銅による
この場合はなるべく助けたいし、出来る限りの助力はおしまないつもりだ。
私の神域の、アンチ魔法みたいな特性上後者の可能性が高いけど…
全身が爛れ、良くて致命傷かつ満身創痍、悪いと即死の状態のセルグヌに向かってアリスが注意を向ける。
「…待って…意識がある…」
アリスの魔術によるものか、それとも元々持っていた技術によるものか、そのどちらかを根拠にセルグヌに『意識』がある…つまり後者の選択肢であることが明かされる。
私は万一の助かる確率に縋るためにセルグヌ伯爵に近付く。
すると伯爵は途切れ途切れながらも言葉を発する。
「嗚呼…そうか、解決…したのか…」
その言葉には貴族らしい横柄さや一回目に戦った時の戦闘狂さ等は一切映らず、唯々領民の事を思い遣る高貴な人の安心が込められていた。
その言葉はまさしく『
もうその目は昔に魔銅に置き換えられ、そしてその魔銅が溶け落ちて使い物にならない沈黙の器官になっているというのに。
それなのに確かに私と目が合った。
そう思ってしまう。
それほどの執念…だと表現が悪いな。
それほどの熱意がその視線には込められていた。
「有り難う。君の名前、を聞いても、いいかな?」
その問いかけは何のためなのであろうか。
異世界に来てから精々2週間と少ししか経過してない私には決してわからない
領主として高貴に、そして領民の事を全力で案じる姿は、その高潔さは理解出来ないものだった。
それは勿論私が嫌いだから、等というわけではなく、単純に元の世界では人を率いる立場になったことがなかったからだろう。
でも私は異世界で宮廷魔術師になった。
だからこれからは人を率いる責任が、セルグヌの様な高潔さを求められることもあるだろう。
だから私は見本にすべき偉大な貴族の先輩に対してきちんと名乗る。
「ハナ…片瀬花奈です」
『名乗る』という動作にこれだけ意味を感じたのはこれが初めてだった。
それが単なる識別のための記号ではなく、その人自身を表す大事な物だと改めて実感する。
「覚えた、…カタセ…ハナ…か、良い名だ…」
名前を誉めて貰う。
それはどういう意味があるのだろうか。
その人から認めて貰う。そんな意味があるのだろうか。
そこまで考えた事で現状と、そして奇跡に望みを懸ける事を思い出す。
「く、薬を…」
これだけ意志疎通も出来てるし、意識もはっきりしてる。
ならアリスの魔術か、それとも薬を使えば…
「有り難う。だが…無理だ。自分の事は、自分が一番わかってる…」
だが、それを本人が断る。
それは己の体を一番に使う武人という職業故だろうか。
その『直感』という物で自分の死期を悟ったのだろう。
アリスの方をちらりと見ると、首を静かに横に振るという形での返答がもたらされる。
「最期に一つ…警告…させてくれ…」
警告。
自身が死にかけであり、遺された時間がほぼないという事を自覚している、この状況において態々話す必要のある話。
なら真剣に聞いて損は一切しない上にほぼ確実に何かの手掛かりになるだろう。
それにそんな合理的な理由だけではなく、私の感情としても聞き逃すわけにはいかない。
「魔銅は…まだ………」
命を賭した警告を言う最中に、ふと言葉が途切れる。
それはあまりにも呆気ない幕引きだった。
唯、暫く眠るだけ。
まさにそんな様子を見せながら言葉が途切れ、僅かに上がっていたぼろぼろの手が地面に触れる。
「セルグヌ伯爵!?…アリス!」
私では判断しきれないのでアリスに問いかけると、首をゆっくりと振りながら答える。
「…だめ…もう…手遅れ…」
人の命というものは、こんなにも呆気なく途切れる物なのだろうか。
伯爵の方を見れば徐々に音を立てて崩れて行く体が見える。
恐らく生きている間は執念か、それとも誇りを糧に纏めていたであろう魔銅が、皮膚が崩れる。
私はその異様としか思えない光景に対して、何も言えずに立ち尽くすことしか出来なかった。
その間は時間にして1分か、それとも10分か。
唯何も考えられずにその場に立ち尽くしていた私は意識を戻す。
既に人としての形は愚か、生命体としての原型を止めていない
命はこんなに簡単に散ってもいいものなのだろうか。
もっと演出…というと語弊があるけど、分かりやすい『何か』があるものではないのか。
何度も何度も似たような問いが頭の中を巡る。
されど目の前の現実は…
人の命は儚い物である、という一つの事実を除いてその全てを否定する。
それと同時に私の中で今までと違う形での『死への恐怖』が沸き上がるのを実感する。
あれだけ武勇を誇り、領民を思い、最期まで高潔であった
世間からは裏切り者の大罪人として恨まれ、これだけの努力を誰にも感謝されずに朽ちて忘れられていくのか。
『魔銅』というものがもたらす混乱を考えると民衆への公表は基本出来ないだろう。
私の努力が表に出ないのは私としては別に良い。
でも伯爵の努力が後世まで伝えられることなく、恨まれ続けるというのはあまりにも酷な話ではないのか。
いや、私が抱いたのはそんな綺麗な恐怖じゃない。
そんな他人のためを想う正義感に溢れた恐怖じゃない。
もっと汚く、醜いもの…
私が怖がったのは『忘却』についてだ。
呆気なく途切れる命脈から、今も風に飛ばされそうな死体とも言えない死体から。
私は忘れ去られる恐怖を抱く。
死んで、死んで……その後には何が残るの?
輪廻転生という『概念』はあれども、それが欺瞞であることは科学的見知により解明されている。
もしかしたら魔法のあるこの世界では実現するのかもしれないけれども、異世界出身の私にそれが適応されるかもわからない。
それに加え、仮に輪廻転生をしても記憶が引き継がれないだろうことは容易に想像出来る。
私と同じ性格で、私と同じ外見で…でも記憶だけがない。
それは果たして私なのだろうか。
違う。そんな訳ない。
人間元来の性格なんてそんな種類があるものでもない。
そこから経験を、記憶を、環境を通じて『成長』し、千差万別の存在になっていく。
だから記憶の伴わない輪廻転生は唯の再構成だ。
仮に、だ。
私を愛する人が、そして私が愛する人ができたとしよう。
この際にそれが有り得るかなんてことは些細な話。
そう、私に想い人が出来たとして。
自分と全く同じ、自分と酷似している私らしき何かが親しく、そして愛し合っていたらどう思うだろうか。
はっきり言おう、反吐が出る。
別に『恋人』である必要はない。
家族でも親族でも『親友』でも『友達』でもいい。
そんな人達が、私らしきナニカと親しく接していたらどう思うだろうか。
だから、記憶の伴わない輪廻転生も、私の『クローン』も私じゃない。
今、この世界を生きている私は今の私だけのもの。
だからこそ、私が死に、記憶が失くなった後はどうなるんだろうか。
誰からも忘れられ、長い長い歴史の中に埋もれて、誰からも認識されなくなる。
誰も『私という存在』が忘れ去られることにすら興味を持たない。
『私』という人間は長い歴史の中に埋もれ、永遠に光が射さない地下へと落ちていく。
それがどれだけ『怖い』ことなのかに気付く…気付いてしまった。
何故ここまで私が怖がるのかって?
そんなの決まっている。
この恐怖は、この感情は世界等一切関係ない、謂わば人間元来の物だから。
剣と魔法の蔓延る異世界だろうと発展に発展を積み重ねた近未来世界だろうと、それこそ『現実世界』だろうと人類が人類である内は逃れられない…
…つまり、元の世界にも波及する『恐怖』だからだ。
死への恐怖、勿論それもある。
『死』について
『死ぬ』という現象を客観的に見たことはあってもそれを主観で捉えた人はこの世には存在しない。
だから、そんなおぞましい未知に対して好奇心と共にそれ以上の恐怖を抱く。
そんな、ありふれた恐怖も勿論ある。だけどそれだけじゃない。
『死』という概念には『死ぬ』以外の恐怖が、それ以上の恐怖が潜んでいた。
嫌だ、嫌。忘れられたくない。
誰にも気付かれずに死にたくない。
私は最早無意識的に現実逃避をする様にその言葉を唱える。
それは誰かからの私の評価を上げ、忘れないでいてくれるために言われた、私利私欲にまみれた浅ましい
「セルグヌ伯爵…私が殺した様な物だけど…これだけは言わせて下さい。ご冥福をお祈り申し上げます…天国で安らかに眠って下さい…」
私は現実逃避に現実逃避を重ねる。
脳内で話題
何で私だけがこんな目に?
何で私だけがこんなことに気付いてしまったの?
わかっている。
こんなの私だけな筈がない。
今までも全く同じ苦悩を、恐怖を感じて…そしてそのまま忘れ去られた先人が幾千も幾万もいるんだろう。
私もその先人達と同じ様に埋もれていく。
「…それは?」
アリスの質問に心を救われる。
答えれば、アリスの知識的欲求に答えている間は『それ』について考えなくて済む。
『それ』について悩まなくて済む。
「私の世界の死者を労る言葉」
するとアリスは私に合わせる様にその言葉を復唱する。
私も重ねて言い直す。
「「…ご冥福を…お祈り申し上げます…」」
アリスが合わせてくれたので二人で暫く黙祷をしていた。
やっぱりアリスはすごいな。
私の言葉から『どこが』最重要であるかを見極めて、そして雰囲気から黙祷についても察せられたのか。
流石だな。
それはそうと、だ。
どうにかしたらセルグヌさんも助けられたのかな?
もう少し早く来ていたら、もう少し私に余力があったら…
…過ぎた事はしょうがない。これからに生かそう。
そうしないと、そうしないと…そうしなきゃ。
さもなければ忘れられる。
こんな事を黙祷の間にも考えて、本命の話題から気を逸らす。
本来なら悩みになる筈のそれらの話題を盾に本命から逃げ続ける。
それでも限界は来て、場は静寂に包まれ、逃げることは出来なくなる。
その途端に再び忘却の恐怖が私を襲う。
どうすれば逃れられる?
どうすれば私は
私は騎士達が後処理をするのを背景に恐怖で蹲る。
どうすれば………
不意に天啓が下る。
それは当に神よりもたらされた啓示だった。
──────なんだ、簡単じゃん。
凡庸だから忘れられる。
普通だから忘れられる。
正気だから忘れられる。
なら。
ならば、私はどうすればいいのか。
凡庸を辞め、普通から逸脱し、正気から外れればいい。
この世界には魔法がある。
この世界には呪法がある。
これらは所謂『超能力』だ。
元の世界ではあり得ないものだ。
私が帰ってもそれらの力を使えるとは限らない。
でもここで、この
私はこの世界において、忘れ去られることはなくなる。
つまり『英雄』になればいい。
単純なことだ。
それに万人に認められる
たった一人の『英雄』になれればいい。
そうすればその人からは忘れられない。
私の『生きた証』が出来る。
一人に覚えてもらえば、帰ろうが死のうが何の問題ない。
嗚呼、だから『愛する人』は、『恋人』は、必要なのか。
だから欲するのか。
万人が英雄に成れる訳じゃない。
だけれども、忘れられたくないから、覚えていてくれる人を欲する。
愛だの恋だの正体は『それ』か。
なんだ、単純なことじゃん。
結局は他人じゃない。私だ。
私が、自分が大事だから。
よく愛や恋は論理じゃない、論理では説明出来ないとか言われるけれども。
結局は『自己愛』が全てなのか。
私は悟り、ナニカが一周廻り、
望みを叶えるために、欲を満たすために、エゴを晴らす様に、何事もなかったかの様に、言葉を発する。
「帰ろっか」
私は立ち上がり、努めて明るい声でアリスに話かける。
「…いいの?…」
まあ今の今まで蹲ってたならそうなるよね。
でも大丈夫。
「もう大丈夫」
だって私は対策を見つけたから。
アリス、私が貴女の『英雄』になってあげる。
今は『親友』だけれども。
それじゃあダメだ。
いつか、いつか。
私が帰るまでには。
その『親友』を『英雄』に変えてあげる。