『少女世界攻略記録』 作:100110110011(2)の民
『折角の場だから試練をしよう』
突然思い付いたかの様にウィズダレール様はそう言い放ち、指を鳴らすと同時に世界が塗り変わる。
権能は本のみと言っていた筈だけど、その発言は何処に…違う。
これ位は能力ですらないのか。
私達が酸素を吸入するために呼吸し、動くために手足を動かし、考えるために脳をはたらかす。
それと全く同じ様に歪んだ空間を整えるために『何か』をした。
何をしたのかは判らない上、現時点で判るという様な慢心もしてない。
『不安定な空間だと危ないからね…あた、安心してもいいよ。『
そうして目の前に何の前触れもなく出現したのは手のひらサイズの『箱』だった。
これは……
『それは魔術や神力は一切関わってない、原初から存在している法則のみで成り立っていてかつ君に関係ある物体だ。見事その深奥を解き明かした暁にはもう1つ『細工』をしようじゃないか。ああ、勿論だけど他者に助けを求めるのは駄目だよ』
どうやって他の人に助けを求めるのだろうか。
…そもそもウィズダレール様、つまりは最上級神がこんなまどろっこしいことをする必要があるのだろうか。
そんなことをせずとも強引に、それこそ拒否権なしで押し付ければ…
そういえば最初も、謝罪を理由にしていた…もしかして、何か理由がないと干渉出来ないのか。
なら…
『御明察の通り。僕達は気の赴くままに行動出来ないんだよ』
さて、折角その理由付けの機会を貰ったんだ。精一杯活用するために仕組みを考えていこう。
裏表上下左右から観察して見ると、まず前面だけ材質が異なり、そして両側面にボタンの様な物があるのがわかる。
選択肢としては押すか押さないかだが…
私は迷わず右側面のボタンを押す。
『ほう、迷わずに押したね』
私はそれによって起こる変化を見逃さない様にしながら一応答えておく。
恐らく私の思考回路なんて等の昔にバレているだろうけど。
「…他に何もなかったから。それに左のは右より広かったから…そして何よりも『直感』が押してもいいと言っていた」
ボタンを押したことによる大幅な変化は……
注視するまでもない。構成素材の違う前面が光り、何かが映し出される。
映し出された画面には長方形が三つ組み合わさった様なマーク、そして南京錠が円で囲まれた記号、そして封筒の様な形をした表示がなされている。
『ふむ、良いね。『直感』というのは君が今まで生きて積み重ねてきたその軌跡から養われる君だけの物だ。そんな経験や叡知を最大の理由にするなんてやっぱり見込んだ通りだね』
ウィズダレール様の話を聞きつつも目の前の3つの表示に頭を悩ませる。
この表示を触ることで何かが起こるのだろうが…
今、私には複数の選択肢が提示されている。
まずは先程押さなかった左側面のボタンを押すこと。
そしてここに表示されている3つの表示を触ること。
どれでも即破損になる様な物ではないだろうけど…それでも慎重に考えるべきだろう。
まずは封筒の表示について。
封筒といえば手紙を送る時や連絡を取る時に使う物だ。
他の使用用途としては…まあないと言い切ってもいいだろう。
ならばそんな『封筒』が象徴するものはなんだろうか。
妥当な所でいうなら情報伝達手段、というところ。
ならこれを押すことによって何者かと情報伝達を計れる?
いや、試練内と現実世界では仕組みはわからないが、時間の経過速度が一致しない。
なら仮に情報伝達を図れた所で伝えられるかわからない。
それに手紙や封書というのは相手側に受けとる用意があって始めて成立するものだ。
もしその『受けとる用意』が『この箱』の所持だった場合誰にも伝わらない…よくて時間の経過速度の差異を考慮せずに済む、
そして試練開始時に『他者に助けを求めるのは駄目』とはそういう意味なのだろう。
そこから総合的に考えると、この封筒型ボタンに触ると他者と連絡を取ることになって、試練のルールに抵触して失格になる、といったところか。
それじゃあ次に行こう。
次は…表しているもの自体はわかる南京錠の方にしよう。
南京錠は言うまでもなく何かを封じるための物だ。
ならばその封じられた物に触らないためにも触れない方がいいのだろうか。
違う。南京錠は封印するためのものではない。
正確に言うならば『封印を人為的に管理するための物』だ。
単純に封印したいのならば魔術的凍結でも何でもすればいい。
そうでなくても態々南京錠なんていう『解錠の手段がある方法』を使う必要もないだろう。
従ってこの表示は何かの封印を人為的に管理するための表示。
そしてここにおける『封印された物』は恐らくこの箱の機能のことだと推測できる。
恐らく正解は判ったが万全を期すためと保険に最後の一つも考える。
長方形が3つ組み合わさった形。
それは3つの表示の中で唯一それが何を表すのかがわからない表示でもある。
だから知恵を求め、叡知を求め、知識欲を満たすために触れるのが正解かとも一瞬考えるが、ウィズダレール様の言葉とそれに対する自分の考察を思い返してみよう。
──面白い…面白いじゃん、君。前言撤回だ。やっぱり僕の担当で間違ってなかった。
そう言ったのは私が次の様な事を考えてから発言したとき。
ウィズダレール様に訊くということは知るという過程やその道中にある全てを無視して答えに辿り着く様な物だ。
つまり、未知を何の努力も感慨もなく満たすことをウィズダレール様は是としていない。
つまり、この表示に触れるのはそれを犯す訳だから不正解だと考えられる。
故に正解は南京錠の表示に触れることである。
私はそれに触れ、次の変化を観察する。
そして画面に表示されたのはある一文だった。
『パスコードを入力して下さい』
そんな表記と共に0~9までの数字が画面に並ぶ。
まずは『パスコード』とやらの意味の推測から。
…といっても唯の『古語』の組み合わせだろう。
まあ最近はハナがよく話してるお蔭で古語の印象は薄れているけれど…
ハナが使ってることから本当に古語なのだろうか、みたいな疑問は尽きないけど今はそれどころじゃない。
『パス』は通過や通過するみたいな意味。
『コード』は暗号や表記。
だからそのまま繋げて『パスコード』で『通過するための暗号』。
恐らくこれは正しいのだろうけど…まだ確信が出来ない。
…いや、南京錠だ。
南京錠は人為的に封印を解除するための物なのだから、制御するための仕組みが必要な筈。
それが
…なら問題は次だ。
その肝心の『パスコード』は何なのだろうか。
桁数はわからないが、最悪の場合全て試せば…
そこまで考えて単純な可能性に思い至る。
これが人為的に管理するための物なら外部の人からの侵入を拒む方法がある筈だ。
そして侵入者はこの状態までは簡単に辿り着き…そして全網羅を試そうとする。
なら複数回間違えると一次的封印から永久的封印になる可能性も十分ある。
だから迂闊には試せない。
少なめに見積もれば間違えられる回数は2回か3回だろう。
ならばきちんと推測して試す必要がある。
そもそもこれは知恵の神たるウィズダレール様監修の試練だ。
そんな知恵の神の試練で幸運を要求されることなんてないだろう。
だから何処かに手掛かりがあるはず。
思い返そう。ウィズダレール様はなんて言っていた?
──それは魔術や神力は一切関わってない、原初から存在している法則のみで成り立っていてかつ君に関係ある物体だ。
この発言は今私が手で弄んでいる物体の説明だ。
気になる箇所は…1つ、2つか。
魔術や神力に関係ない…神力が何かはわからないけど、まあこれが示すのは『物理法則』という物に
そして次、これが私と関係あるということ。
待って。
物理法則しか使われてないならハナの世界でも…いや、ハナの世界だからこそ作れる可能性がある。
つまり、ハナの世界の物品である可能性がある。
それに私と関係があるのだから、ハナの世界関係…というよりハナ関係の物なのだろう。
そしてこの場に持ち出すということはこれはハナにとっての『元の世界』での持ち物?
なら『パスコード』もそれに準じた物になる。
ハナは何を鍵にする?
あっち関係の物を鍵にしていたら…
…それはない。
ハナは大事な部分を他人に委ねる人ではないし、そもそもあっちでは余り『友達』がいなかったことを聞いている。
だからむしろあり得るとするならハナ自身関連かあの時の話題に出てきた『T』になる。
『T』関係だと詰みだから一度ハナ関係だと仮定して考えよう。
…ハナについての情報整理…こちらでのの情報は含まないという但し書きは付くけれど。
本名は片瀬花奈。
まずは15歳、誕生日は…知らない。
誕生日を知らないのは致命的な気がするけれど、流石にそんな単純な物を『鍵』にしないと信じるしかない。
そして得意科目は数学…ああ、確か『点数の取れる科目』だった筈。
『友達』はいなく、『T』以外は欺瞞の関係性すらも築けなかった。
…まあ予想通り情報が少ない。
でもそれは逆に強みになる。
ウィズダレール様は私が何を知っていて何を知らないのかを知っているだろうから、見落とした条件がない限りこれを整理していけば答え…もとい鍵が見つかることになる。
…違う。
長すぎる。こんなの終わらない。だから…
必要条件から絞り混む、そしてその後に十分かを確かめよう。
この場所かつ環境だ。
折角だし神頼みの一つや二つでもしてみよう。
───叡知の神よ、思考の神よ、我が推察に天啓を与え給え。
そんなことを思いながら目を閉じると直感的に3つの数字が脳内に浮かぶ。
───2465、6284、4663。
これのどれかだろうか?
…違う。左から順に『片瀬花奈』『数学』『得意』に関係ありそうな数字ではあるが、数字や得意は構成要素としては弱……
そこまで考えた瞬間、私の脳裏に強い衝撃が走る。
私は思った通りの数値を入力し────
南京錠はその鍵を悠然と開く。
そして次に映し出されたのはこれまた複数の表示。
一つは灰色の歯車、一つはこの星の
ここに来て二択…?
違うな、横にずらせば沢山の表示がある。
でも最初に出てきたこの二つが主な機能だろう。
歯車はともかく星は…世界の情報収集機能だろうか。
ここまでにあった封筒型の表示からもわかるようにこの箱は情報伝達に特化している様な気がする。
そうするとこれの意味は世界何処でも情報伝達ができる、ということを意味することとなり、さっきの封筒型表示が情報送信だと考えるとこちらは対義的に情報収集ということになる。
なら歯車は…それこそこの箱を支える根幹の意だろう。
私は歯車の表示を触り、次の変化を待つ。
接続、サウンド、通知、ディスプレイ…
大量の表示が並ぶ。
それらの表記に見向きもせず、取り敢えず選択肢を確認しようと下へ下へと向かっていく。
一番に存在していたのは『端末情報』の表示。
直感に頼るまでもない、ここがこの端末を司る根幹情報の置き場。
私はそれを触ろうと手を伸ばし────
『それ以上は流石にダメかな』
手の中からその箱が消える。
間違っていた?違う、そういう感じではない。
『本人のいない所で
肩をすぼめながらウィズダレール様はそういう。
…なら、あれがハナの物だったことがほぼ確定した。
『試練は勿論合格だ。褒美を与えなきゃね…ふむ、これは影響が…』
何か不穏なことを話しているが私に介入出来る余地はないので静観する。
『おっと、試練の空間に限界が来てしまう。自壊プログラムかな?まあいいか。それじゃあまた良い叡知を期待してるよ』
突然切り上げる様に
《──『劣等の試練』完遂》
劣等の試練…ある意味では『劣等』を感じさせられる試練だった。
勿論それはこの試練自体の思惑からは全く外れたものだったのだろうけど。
そう思いながら意識を手放す。