『少女世界攻略記録』 作:100110110011(2)の民
「はぁ…そんなことないって言ってるのに」
ハナさんが突き放すように言い放ちます。
何があったのでしょうか……気のせいじゃなければアリスさんも、どことなく不機嫌そうな感じがします。
「…私はハナを心配して───
「うるさいな」
ハナさんは怒るように……いや、怒りながらそう言います。
私は出ていくタイミングを逃して木の影から見守ることしか出来ません。本当はここから出て、二人をたしなめられればいいのでしょうけれど、私にはできません…
「いつもいっつもアリスは私を気にかけてくれるよね。本当にありがとうね」
ハナさんはここまでの口調と表情とは真逆の、でも誠心誠意、感謝の意が含まれた言葉を言います。
「でも」
そう前置きして、ハナさんの雰囲気が一転します。
「それが迷惑なの。少しは私のことを考えてくれない?私の自由を考えてくれない?」
ハナさんのその発言に場が凍り付きます。
…私も、思い当たる節があります。
ハナさんだって完璧な人ではありません。だからストレスだって感じますし、不快感だって悪感情だって抱くでしょう。
例えば私とハナさんが初めて会ったあの時。
見たこともない世界に来て、戸惑っているハナさんを強引に案内させてしまいました。
思い返してみれば、当時のハナさんは貴族ではなく、平民。貴族令嬢である私に逆らえる筈がなかったのです。それが幾ら悪感情を心に溜めることになろうとも。
それに父上もハナさんを言いくるめるような形で学校に入学されてますし…やっぱり私は───
「それに比べてセリアは優しいし私のことを考えてくれるからいいよね」
……ハナさんのその言葉に救われました。
それはハナさんの偽りない本音で、私は救われました、が……この場面ではその話題は、いえ、他の人を出すのは懸命ではありません。
「…ごめん、謝るから…」
アリスさんはあそこまで言われても感情を荒立てず、理性的に対応しようとしますが……ハナさんからしたら逆効果でしょう。
「そうやってアリスは───」
「ハナさん!それぐらいにして下さい!」
思わず乱入してしまいますが……私は悪くないと思います。
「ハナさん、少し落ち着いてみましょう」
何があったかはわかりませんが、今のハナさんの精神状態は普通ではありません。
だから私が出来ることは側仕えとして、ハナさんの状態を元に戻すことだけです。
「そういえば今日は──」
ヘスティアさんとテレスさんと三人でお茶会をしてきました、と続けようと思いましたが、寸前の所で思い留まります。
それを言うと『アリスのせいで自由がなかったから、私には友達が出来ない!』みたいなことを言い出すかもしれません……もし言われたら、かなり悲しいですけれど。
なので急いで言い直します。
「今日の、学院の授業で判らないところがあったんですよ。少し教えてくれませんか?」
ひとまず話題を変えます。この雰囲気を断ち切らないと話が進みません。
「……了解、どこがいい?」
「ハナさんの部屋でお願いします」
「ん、わかった」
少しは調子が戻ってきたのでしょうか。
口調を少しだけ明るく変えてハナさんは了承の意を示します。
よし、この調子です、私…!
このまま元に戻して、ハナさんとアリスさんの不仲を解消しますよ…!
ちらりとアリスさんの様子を伺います。
すると、私の方を見て
なので私も返答として目で
任せて下さい…!
◇
アリスさんとはその場で別れて──と言っても
「そういえば、セリアはどこから見てたの?」
すっかり元に戻った、かのような声のトーンでハナさんは問いかけます。
「そう?割といつも通りだと思うけど?…っていうところからですね」
「セリアが私の言葉遣いをするなんて新鮮…というか…」
ハナさんは私の口調について何やら呟いていますが、良いのでしょうか。
「ところでセリアがわからなかったのってどんなの?」
「そうですね、数学の問題なんですけれど…」
そう言って私は問題の説明をします。
話を転換するために始めた話題ですけれど、学院の
『y=x^3-3x上のある点Pに関する法線を引き、その法線とy=x^3-3xの点P以外の共有点を点Q、点Rとする。点Q、点Rにおいてのy=x^3-3xとの接線の傾きが等しい時、点Pの座標を求めよ。但し、点Pのx座標の絶対値は1ではない。』
「あの問題ね…やり方自体はそんなに難しいないよね?点Pにおける法線をlとか置いてごりごり計算すればいけるやつ」
ハナさんは鞄の中から紙とペンを取り出して書きながら説明してくれます。
────
(x^3-3x)'=3x^2-3より、法線をlとすると、
l:(x-p)+(3p^2-3)(y-p^3-3p)=0なのでこれとy=x^3-3xの共有点のx座標は、xに関する三次方程式
(x-p)(x^2+px+p^2-3+1/(3p^2-3))=0
の実数解である。
また、
x^2+px+p^2-3+1/(3p^2-3)=0
はx=pを解に持たず十分である。
ここでx^2+px+p^2-3+1/(3p^2-3)=0の判別式をDとすると、
D=-3p^2+12-4/(3p^2-3)
なので、
D>0⇔0≦p^2<1、(15-√(65))/6<p^2<(15+√(65))/6 …①
となり、①が必要。
この条件下で、x^2+px+p^2-3+1/(3p^2-3)=0の2解をα、β (α<β)と置く。
解と係数の関係よりα+β=-p、αβ=p^2-3+1/(3p^2-3)…②である。
また、α、βをそれぞれ点Q、点Rのx座標としても問題ないので、点Qのx座標をα、点Rのx座標をβとする。
よって、点Q、点Rにおける接線は以下。
点Q:y=(3α^2-3)x-2α^3
点R:y=(3β^2-3)x-2β^3
これらの接線の傾きは等しいので、
3α^2-3=3β^2-3⇔(α+β)(α-β)=0
点Qと点Rは異なる点なので、αとβは相異なる実数。
よって、α+β=0
②より、α+β=-pなので、
p=0
またこれは①を満たしているので十分。
よって、点Pの座標は(0,0)である
────
「こんな感じ?」
ハナさんは気軽にそう言いますが、それが出来る人がどれだけいるのでしょうか…
それにこの問題は問題集の発展から持ってきたものです。
そんな片手間でやるようなものではないと思います。
……飛び級するにはこれぐらいは出来ないといけないのですかね?
だとしたら、私はまだまだ頑張らなくてはいけません。
「それでどこがわからないの?」
「このx=pを解に持たないという……」
◇
「というわけでこの解法になるわけ。わかった?」
「ありがとうございます」
ハナさんによる数学講義を受けている内にハナさんの部屋に着いてしまいました。
…そろそろ聞いても大丈夫でしょうか。
「ハナさん、何があったのですか?」
「……あんなこと、言うつもりじゃなかった」
ハナさんはぽつぽつと、絞り出すようにそう言います。
「アリスが、私を気遣ってくれる、でもそんな…ってごめんね、こんなのセリアに話す話じゃないよね」
「誤魔化さないで下さい。でもそんな…の続きはなんですか?」
「……私にそこまでの価値があるんだろうか、って。偶々異世界転移してきたから優しくしてくれるだけじゃないのかって」
……普段は私なんかよりもよっぽど頭が良いのに、どうしてこういうところは気が回らないのでしょうか。
ハナさんみたいな人ならあちらの世界でも友達や親友と呼べる人が沢山いたでしょうに……
「そんなことありません!ハナさんは私と付き合いたくないのですか?」
「何を言ってるの?そんなわけ──」
「それと同じですよ。最初は私が貴族令嬢で、ハナさんが平民。ハナさんからしたら私と付き合うことで得が生まれる筈です。
でも宮廷魔術師になった以上、その得はなくなりました。だからといってハナさんは私を突き放しますか?
ならアリスさんも同じですよ。その人を称号や境遇だけで見ているわけじゃない。ハナさん自身を見て付き合ってくれているんです」
自分で言ってて恥ずかしくなってきますが、ここはきちんと言わなければいけないところです。
私もハナさんが宮廷魔術師になったから友達になったわけではありません。ハナさんが『ハナさん』だから、友達になったんです。
そもそも私としては、利害関係だけで結ばれた関係を『友達』や『親友』と呼びたくはないですね。
「私は……」
「この王宮では立場というものは何よりも大きい壁かもしれません。でも、親友と立場は関係ありませんよね?」
「セリア……本当にありがとね。それじゃあちょっと言ってくる」
そう言ってハナさんはアリスさんの部屋へと向かいます。
私も着いていこうか悩みますが……こういうのは二人だけの方が良いですよね。
というかあんなことを言ってしまいましたが大丈夫でしょうか。
幾ら親友という関係と権威や立場が関係ないとしても、ここは王宮です。もし連絡なしで尋ねた、とか言われたら……ま、まあアリスさんのことです。
きっと理解してくれるはずです。
……筈ですよね?