なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 村に帰り着いたときには、既に西の空が赤く染まり始めていた。

 

 馬もエルフも夜目が利くとはいえ、夜になると動きが活発になる獣や魔物が多いことから、フィリップたちも大多数の旅人の例に漏れず夜間の移動は避けている。

 もう一晩だけ泊ってもいいかと尋ねると、船を係留して軽く掃除していたオスメロイはちょっと考えて頷いた。

 

 「まあ、この時間から出てけってのも酷な話だし、いいけどよ。あんたらの分までご馳走があるかは分かんねぇぞ?」

 「ご馳走?」

 「そこで止まんないで!!」

 

 リリウムがオウム返しに尋ねると、フィリップが悲鳴に近い怒声を上げる。

 二人はオスメロイがセイレーン出没海域からの帰路で何度か投げた網にかかった、それなりの数の獲物が入った水槽を船から桟橋に移している最中で、彼女が興味を惹かれて止まったのはフィリップに重量の大半が乗るタイミングだった。

 

 「……あぁ、言ってなかったか。今日から感謝祭なんだよ。えっと……」

 

 オスメロイは一瞬だけ言葉を切り、腕が痛いと手を振っているフィリップに目を向ける。

 その視線に恐怖にも近しい色が乗っていたことに、フィリップたちは誰も気が付かなかった。

 

 「まあ、あれだ。大漁感謝、みたいな」

 

 端的に言った後、オスメロイは言葉が少なかったと思ったのか、追加で説明をくれる。

 今日と明日がその「大漁感謝祭」の日で、今夜は所謂前夜祭、本番は明日らしい。エレナは興味深そうにしていたが、リリウムがあまり乗り気ではないことと、オスメロイが「村の伝統で、明日の本祭に参加できるのは村の人間だけなんだ」と言ったことで、「ボクたちも見てっていい?」と聞くのはやめた。

 

 説明を聞きながら、フィリップは脳内で祭りのクライマックスであろう生贄を用いた交信儀式のことを考えていた。

 より正確には、それを台無しにすることを。

 

 村人たちが生贄として確保している人魚。

 その解放は即ち、儀式の失敗を意味する。神殿の見張りやルティの言葉から推察するに、それなりの罰が下されることだろう。

 

 だが、そんなのはフィリップが知ったことではない。

 世話になったオスメロイや色々と情報をくれたルティが死んだとしても、それが性格どころか名前さえ知らない、ただ声と顔が良いマーメイドのお姉さんを助けたせいだとしても、どうでもいい。

 

 勿論、本当にいいのかという躊躇はある。

 トルネンブラ──人類も含め“音楽”という文化を持つ種族の中から特に優れた個体を選び、その魂をアザトースの宮殿へと拐かす外神。それに認められてしまったあの人魚は、もう無知ではいられない。

 

 彼が提示した人魚の末路は三つ。

 一つはここでダゴンとハイドラへの供物として死ぬこと。しかし、それを厭い助けたところで、平穏無事に過ごすことは出来ない。

 

 残る二つ。

 一つはアザトースの無聊を慰めるトルネンブラの楽団、「生きた楽器」の一員として無為な音楽を奏で続けること。

 

 もう一つ──トルネンブラがフィリップへ持ち掛けた、謎の提案。()()()()()()()()()「生きた楽器」にするという未来。

 

 宮廷楽団の指揮者にして筆頭演奏家、兼、最上の楽器であるトルネンブラの寵愛の形は、かなりプロ気質だ。最上の音楽を捧げることを第一にしている。

 

 彼が生きた楽器に相応しいと決めた以上、逃れるには死しかない。助けたのなら、あとはフィリップが「要る」と言うか否か。フィリップが「逃がしてやれ」と命じたところで、それは彼のプロフェッショナルを曲げる理由足り得ない。

 

 あの聞いているだけで快楽物質が出るような声は、確かに、盲目白痴にやるには惜しい。だがフィリップが「生きた楽器」を求めているかと言うと、そういうわけではない。

 

 「助けて、助けなかった場合より酷い未来を見せるか。助けず、クソみたいな死で終わらせるか。……僕がここで殺してあげるのが一番優しい答えなのかな」

 

 獲物が入った水槽を言われた通りの場所に置いたフィリップは、神殿のある森の方を眺めながら呟く。

 

 もしもトルネンブラに見初められたのがルキアやステラだったら、ある程度まで事情を明かして本人の意思を尊重しただろう。

 しかしあの人魚に、フィリップはそこまでの重きを置かない──そこまでの価値を感じない。彼女の考える幸せな死ではなく、フィリップが考える幸せな死を押し付けることに拒否感を覚えない。

 

 そんなことを考えながら佇んでいると、村中心の広場の方から喜色満面のルティが走ってきた。

 

 「フィリップ! お祭りの料理、村長が食べても良いって!」

 「そうなの? ……じゃあ、頂こうかな」

 

 何の因果か祭りに遭遇する頻度が多いと笑いながら、フィリップはルティに手を引かれて広場へ向かう。

 

 広場の真ん中あたりには長いテーブルが幾つか連なった食卓があり、そこに様々な料理が乗っている。既に村人たちは手を付け始めているようで、あちこちで乾杯の音頭が上がっていた。

 

 「わーい! わ、フィリップ君、見てよコレ! すっごく大きな魚だよ!」

 

 エレナのはしゃぎ声に引かれてそちらに向かうと、確かに、とても大きな──二メートル以上ある魚の丸焼きがあった。

 というか、それだけはテーブルに載らなかったらしく、今の今まで原始的なオーブンになっていただろう炭が散らばった地面の上に置きっぱなしだ。

 

 「キハダですねぇ。これ、私は食べちゃ駄目なんですよね?」

 

 ガスマスクの中でじゅるりと涎を啜る音を立てながら、カノンが物欲しそうな目で魚を見下ろす。

 

 「あー……、まあ、いいよ。でも誰にも顔を見られないようにね」

 「やったー!!」

 

 言うが早いか、カノンは二重構造の化け物然とした口を露にして、数百キロはありそうな肉塊を持ち上げてかぶりついた。

 

 「兵器のくせに食い意地張ってるなあ……」

 「何言ってるんですか。運動する全てのものはエネルギー補給が大前提ですよ。もぐもぐ……」

 

 喋りながらでもみるみるうちに減っていく肉を見ていると、フィリップとエレナの腹の虫が同時に羨望を訴えた。

 

 マグロ一匹を一人で平らげる勢いのカノンを殴るべきかと考え出したフィリップだったが、折よく、後ろからリリウムが声を掛ける。

 

 「ねぇ二人とも、こっちのソテー食べた!? 滅茶苦茶美味しいわよ!」

 

 フィリップとエレナは顔を見合わせ、肩を竦めて声のした方に向かった。

 

 それから暫く色々な料理を食べ、その殆どが魚料理だったせいで飽きを感じ始めた頃。

 村人の女性が、小ぶりな深皿を持ってフィリップの肩を叩いた。

 

 「冒険者くん、これ、もし良かったら」

 

 笑顔で差し出されたのは、どうやら魚介系のスープだ。キノコと少しの野菜も入っているが魚の肉は入っていないようで、質素というか、病人食のような印象を受けた。

 

 「あ、どうも。頂きます」

 

 愛想笑いで皿を受け取り、なんとなく視線をテーブルの方に向ける。

 少し離れたところでリリウムが同じものを勧められていて、村長の「スープが出来たぞー」という声で村人たちが鍋の方にぞろぞろと集まっている。驚いたことに、そのすぐ後ろでカノンがテーブル上の料理を吟味していた。さっきの大きな魚は骨も残さず平らげたようだ。

 

 そして、スープ鍋の列に並んでいたエレナがニコニコ笑顔を凍り付かせたかと思うと、思いっきり眉根を寄せながら肩を怒らせてフィリップの方へ向かってきた。

 ぬるめのスープを啜っていたフィリップは、なんとも言えない味のせいで寄っていた眉根を更に怪訝そうに寄せ、何故か滅茶苦茶怒っているように見えるエレナに「何?」と目線で尋ねる。

 

 しかし、彼女は何も言わずにフィリップが持っていたスープ皿を叩き落とした。

 

 「ちょっ──!?」

 「──吐いてッ!」

 

 エレナの掌が鳩尾に触れたかと思うと、踏みつけられたかのような強烈な圧迫感が加えられる。

 既にそこそこお腹いっぱいになるまで料理を食べていたフィリップは、堪らず膝を突いて胃の内容物を砂の地面に吐きだした。

 

 リリウムと村人たちが悲鳴を上げたことに、ゲロを吐くのに忙しかったフィリップは気が付かなかった。

 

 「おえぇっ……」

 

 ただ腹を殴られて反射で吐いたのとは違う内臓が痙攣するような感覚に襲われ、胃の中身を完全に吐き戻す。

 鼻を突く臭いと口の周りに跳ねた胃液と、嘔吐そのものの不快感が殺意さえ励起する。こんなに食べただろうかと疑問を覚えるほど大量の吐瀉物を見下ろし、フィリップはエレナの方に向き直った。

 

 何が何やら分かっていないのはフィリップだけでなく村人たちも、リリウムもそうだ。

 逆に、おろおろと狼狽えていないエレナとカノンの二人は、二人ともが村人を締め上げていた。

 

 エレナはフィリップにスープを渡した女性の胸倉を掴んでいるだけだが、カノンはリリウムにスープを渡していた男性の首を片手で掴み、持ち上げている。彼がじたばたとばたつかせている足は、ぎりぎり地面に届いていない。

 

 「カノンちゃん、止めて。どういうつもりか聞き出すまでは殺さないで」

 「……如何なさいますか、フィリップ様」

 

 拳を握り、男の顔面を吹き飛ばそうとしていたカノンが一応止まる。

 しかしそれは一時的なもので、フィリップが一言許すだけで攻撃を終えることが出来る体勢のままだった。

 

 「まずは僕にゲロを吐かせた理由と、お前がそいつを締め上げてる理由を説明して貰える? 毒とかだったらそいつらを殺す。エレナの勘違いだったら同じだけ吐いて貰う」

 

 あんな風に痛みなく吐かせる技をフィリップは持っていないので、腹を思いっきり殴ることになるけれど。と、そんなことを考えていると、突然の惨事に呆然としていた村長が慌ててフィリップたちの方に──エレナの方にやってきて、「落ち着け」という身振りをする。

 

 「お、お待ちください。これは何か、不幸なすれ違いです!」

 

 悲鳴も上げられずにいる掴まれた女性の代わりに、村長が弁明を試みる。

 

 しかし、エレナの目はフィリップがこれまでに見たことも無いほど冷たかった。

 

 「さっきまでずっと嗅いでて慣れちゃったから気付くのが遅れたけど、これ、セイレーンの血が入ってるでしょ。いや、それだけじゃない。セイレーンの血は上手く使えば滋養強壮に効く薬になるけど、これはそんな生易しいものじゃない。……もう一度訊くよ、どういうつもり?」

 

 こつ、とエレナの靴が地面に転がったスープ皿を蹴飛ばす。

 

 「ボクは立場上、エルフの中でも秘中の秘に類する薬を知らされてる。知ってる? 薬は製法や材料が違っても、最終的な生成物の成分次第では同一の薬と見做すんだ。当然、成分が同じなら形態や服用方法が違っても作用機序も効能も同じだからね」

 

 フィリップがこれまで聞いたことも無いような、冷たく、それでいて苛烈なほどの怒りが込められた声でエレナは語る。

 その気迫たるや、何が起こっているのか分かっていないリリウムだけでなく、無理矢理に嘔吐させられて不機嫌の絶頂だったフィリップでさえ口を挟めないほどだ。

 

 「気色の悪い……。ボクがこの世で嫌いな薬のトップ5がみっつも入ってる」

 

 彼女自身は舐めてさえいないというのに、エレナは断定形で語る。

 

 「勃起剤、排卵誘発剤、アンフェタミン系のエクスタシードラッグ、シロシビン系の共感トリップドラッグ、それと──」

 「短期的に遺伝子を変容させ異種間交配を可能にするクソみたいな薬。ボクたちのご先祖様が学術的意義とやらで知的好奇心を飾って作った、自然を愚弄し生命を冒涜する最悪の薬剤だよ」

 

 混入している薬品を羅列するカノンから引き取ったエレナの言葉は、彼女らしくなく荒れていた。

 

 二人の言葉の意味が殆ど分からなかったフィリップは、ミ=ゴの──地球圏外の知性体に匹敵する薬学知識を持つエレナが凄いのか、薬学の専門家であるエルフ並の知識を「環境整備用兵器」に搭載する基礎知識としてインプットしたミ=ゴが凄いのかなんて、益体のないことを考える。

 

 「そもそもこの手の無理矢理に快楽物質を爆発させる薬は嫌いなんだ。脳機能が慢性的に低下するし、依存性も高い。他人が使ってるだけでも気分が悪いのに、ボクの仲間に盛るなんて」

 

 ぶつぶつと苛立ちを呟くエレナ。

 そんな姿を初めて目にしたフィリップとリリウムは、知らず同じ位置──エレナの死角で身を寄せ合っていた。

 

 「え、エレナさん……?」

 「……凄いな。僕が狙われてるわけじゃないのに、この前よりずっと怖いや」

 

 慄いたように呼び掛けるリリウムと、口ではそう言いつつもへらへらしているフィリップは対照的だ。

 とはいえ、フィリップの態度は半分わざとだ。エレナが本気になり過ぎないように、そして自分がエレナに当てられて怒りや殺意を錯覚しないように、敢えて軽薄に振舞っている。

 

 それが出来るくらいフィリップを冷静にさせるほど、エレナの憤怒は激しかった。

 

 「ち、違います、これは──」

 

 言い募ろうとした村長が気迫に呑まれ、言葉が尻すぼみに消える。

 

 エレナは温厚だ。

 平和主義で安穏としていて、フィリップやミナのように最短最速の解(面倒だしブチ殺そう)を選ばず、迂遠で平和的な解決策を模索する。

 

 ……一見すると、そう見える。

 

 だがエレナは自然の中で生きる種族、エルフだ。

 会話に応じる知性は無く、しかし相手を殺すに足る野性を持った獣を普段から相手取っているだけあって、敵と判断した時には容赦がない。殺さなければ殺される──そういう状況が、その摂理が、生きる中で身体に染みついている。

 

 また、エルフは同族意識や縄張り意識が強い。

 エレナは無謀にもドラゴンに挑んで壊走しかかった人間の群れをエルフの首都に招く程度には縄張り意識が希薄だが、一度仲間と認めたものに対する情の厚さは、彼女自身の気質だけでなく種族的なものも相俟ってかなりのものだ。

 

 そして今、エレナが最も嫌う──殺すことを目的に作られた、ただ殺すだけの効果しかない毒より、一層の嫌悪感を催す類の薬物を仲間に盛られて、彼女はスープを持ってきた二人と庇い立てする村長を“敵”と認識しつつあった。

 

 フィリップもミナも、或いはルキアやステラでも、毒を盛った敵だと確定した直後には殺していることを考えると、エレナはまだ温和な方だ。

 ……単純に殺傷能力の問題で、ノータイムで塩の柱に変えたり磔にしたりするだけの、桁外れの攻撃性能を持ち合わせていないからかもしれないけれど。

 

 「どういう調合? 聞く限り、僕とパーカーさんにソドミーを……ああいや、間抜けなことを聞いた。今のナシ」

 

 カノンを呼び寄せて訊こうとしたフィリップは、半笑いで質問を取り下げる。

 

 ()()()()()()()()()()()()なんて、使用目的は、そりゃあ一つしかないだろうに。

 

 「僕とパーカーさんをお前たちと交わらせようとしたってことか。うーん……気色悪いなあ……」

 

 殺すか、とフィリップは腰の剣に手を添える。

 しかし、その柄頭はエレナの手で押さえられた。

 

 「違うよ、フィリップ君。よく考えて。二人を襲うだけなら、適当な媚薬でも盛ればそれでことは足りるでしょ」

 「は? ……あぁ、そうか、そうだね、うん」

 

 エレナの制止に「何言ってんだコイツ」と言わんばかりに冷たい声を出したフィリップだったが、そう言えばと思い出す。

 そう言えば、エレナは彼らを人間だと思っていて、フィリップがそれを望んで情報を隠していたのだったと。

 

 まあ、それももうどうでもいい。

 

 彼らが人間か人外かなんて関係ない。

 

 「ま、待ってくれ、二人とも。何か勘違いをしてる」

 

 オスメロイがエレナとフィリップから村長を庇う位置に立ち、両手を挙げて敵意が無いことを示しながら弁明を試みる。

 フィリップが五メートル上空のセイレーンを一撃で両断する攻撃範囲を持っていることを知っている彼は、ちらちらとフィリップの剣を気にしていた。

 

 「……どいてよ。あなたには船を貸して貰った借りがあるから一度だけ警告するけど、まだ庇うならあなたもグル──敵だと判断するよ」

 「まだるっこしいこと言わないでよエレナ……」

 

 エレナの手が柄頭に掛かっているのを見て、彼は少しだけ肩の力を抜く。その状態なら、少なくともエレナが許すまでは剣を抜けないと思ったのだろう。

 

 だが──それは間違いだ。

 

 

 

 

 

 


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