なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 翌日、昼。

 夜更かしをしたフィリップとミナは深い眠りの中にいるが、多くの人は最も活発になる時間。

 

 普段は上品な静けさを保つ王都一等地も、この時間には活気に溢れる。

 大通りに多くの人が行きかうのは、使用人たちが買い出しに出かける今くらいのものだ。

 

 普段は静謐で上品な一等地。

 しかし建物の並ぶ街という構造に於いて、影となる場所は必ずある。人気のない路地、店屋の裏手、使用頻度の低い倉庫の傍などだ。

 

 日の当たらない人気のないそんな場所に散らばるように、数体のグールが潜伏していた。

 

 そこが衛士団の目を逃れる潜伏場所だった、というわけではない。それらは現在、目的達成のために動いている。

 

 目的──グールが信仰を捧げる神、モルディギアンより与えられた使命を全うするために。

 

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 受動態であり、過去形でもある。

 

 昨夜を最後に彼らの神との交信は途絶え、王都を守る結界魔術を通り抜けることも、防衛設備を一時的に無効化することも、標的の具体的な位置を知ることも出来なくなった。

 

 グールは最低限の知性を持ち、人間の町で潜伏しながら獲物を見繕い、人を喰うことが出来る。或いは夜中までじっと待ち、ひっそりと動き出して墓を荒らし、死体を持ち去ることもある。

 

 自分以上の存在、形而上学が語るべき存在を知り、信仰を捧げ恩恵を受け取る宗教体系を形作ることもある。

 

 しかし──そこ止まりだ。

 まさか“神”が、この町、この星、この宇宙、この世界で最も警戒すべき存在に接触し、その気紛れによって排除されたとは考えられない。

 

 故に、群れは突然の指揮官喪失に混乱し、概ね二分された。

 やめる奴と、続ける奴。命令は棄却されたと断じ、王都からの離脱を試みる一団と、命令を愚直に実行しようとする群れで分かれた。

 

 彼らは続ける方。

 モルディギアンの所有物であった死体を盗んだ愚か者、一人の人間を殺すために動く集団だ。

 

 大通りには、買い出しに出てきた貴族の使用人が沢山いる。誰も彼も身なりが良く、雇用者の“格”を見せつけるかのようだ。

 そんな中に、やや浮いた平服が二人。小銭のようなちゃりちゃりという音を立てて歩く、筋肉質な男だ。

 

 品のない装いだし、周囲から向けられる視線には好奇の色が多い。

 しかしそれらは「なんだこいつ」というよりは、「何やってるんだろう」というべきもの。その正体を、誰もがなんとなく察していた。

 

 「お? あれ、そうじゃないか?」

 「いやいや、一等地に居るわけ……居たわ。マジか。やっぱあれかな、魔術師でも魔物だって気付かないぐらい弱いのかな」

 「正確には魔物でもねえしな」

 

 男たちは一つの路地に目を留めると、薄暗いそこに平然と踏み入っていく。

 いや、陽光の差す大通りほどではないとはいえ、元より人を阻むほど暗いわけではないのだ。ただ、誰も見ようとしないだけ。

 

 誰も彼も、そんなところに目を向けるほど暇ではないし、そんなところが目に付かないくらい、大通りは絢爛だ。

 

 そんな意識の空隙に潜むように、人間大の何かが陰の中で動いた。

 

 「かもな。あとは時間帯もあるだろ。誰も彼も忙しそうだし、大通り以外に意識を向けることがないんじゃないか?」

 

 逃げるように動く影を、二人は散歩でもしているかのような歩調で──しかし一足で三歩分もの距離を進む特殊な歩法で追い詰める。

 

 影は逃げ切れないと判断したのか、壁を走って屋根に上った。

 その身体能力には追手二人も口笛を吹いて感嘆を示すが、直後、影──犬面の怪物、グールは頭を下にして落ちてきた。

 

 ぐちゃりと潰れるように落ちたきり動かないそれを、片方が蹴って確認する。

 グールの胸には拳大の縁の焦げた穴が開いており、しかも首が折れている。完膚なきまでに死んでいた。

 

 「……」

 

 空に向かってサムズアップすると、屋根上からも同じ合図が返ってくる。

 顔を覗かせたのは、二人の追跡者の同僚──同じく王都衛士団に所属する魔術師だ。

 

 「これで何匹目だ?」

 「一等地内じゃ五匹目だな。地下水道に入ろうとしたマヌケが十匹ほど居たらしいが」

 

 苦笑交じりの言葉に、地上の二人は顔を見合わせて乾いた笑いを零す。

 

 「……地下水道ってさぁ」

 「あぁ。今頃はマルケル聖下も交えて防衛設備の確認中だ。聖痕者様に突っ込んで行くとは、魔物ながら天晴だな」

 

 グールの侵入経路として可能性がある地下水道は現在、衛士と宮廷魔術師の責任者に加え、衛士団長と聖痕者ヘレナ・フォン・マルケルを現場指揮官として検査している最中だ。

 

 とんでもない戦力が集まっている。グールどころか吸血鬼が入り込んだとしても、生きて出られるはずがない。まあ吸血鬼(アンデッド)は端から生きていないけれど。

 

 「他の四匹の発見位置は? まだ居そうかとか、配置とか、割り出せたりしないか?」

 「いや。正直、あの子が襲われたのが不思議なぐらいガバガバな動きだ。統率も取れてないし、隠形も精々獣並み。このまま行けば、被害者は一人で済みそうだ。……優秀だな俺たち」

 

 屋根上の衛士が笑う。

 しかし愉快そうなのは言葉だけで、声も顔も不愉快そのものの内心を映していた。

 

 そりゃあそうだ。

 彼らの使命は王都の守護。王都内で誰かが魔物に襲われたとあっては、彼らの存在意義が問われる。

 

 ましてや、かつて王都を襲った悪魔を衛士団に代わって打倒し、“眠り病”の流行に際しては衛士を死なせたくないなんて理由で龍狩りの先陣を切った、王国人としても衛士団としても大恩ある少年が襲われたのだ。

 

 しかも、彼が王都内で襲われるのは、これで四度目だ。

 悪魔に、カルト狩りの“使徒”に、吸血鬼。そしてグール。……侵入阻止や抑止効果は誇りにくいとはいえ、いい加減、向けられる──向けてくれる尊敬と憧憬の眼差しが痛くなってくる。

 

 「皮肉も愚痴も反省会まで取っとけよ。というか、被害者が一人で済むの自体は良いことだろ」

 「まあ、そりゃそうだけどさ」

 「っていうか、なんでピンポイントでフィリップ君が襲われたんだ?」

 「詳しくは分からないが、フレデリカ・フォン・レオンハルト様が狙われたっぽいが、そこに偶々あの子も居合わせたらしいぞ」

 

 答えると、屋根上からは重い溜息が降ってきた。

 

 「聞かなきゃ良かった。ホントに優秀な組織だな、俺ら」

 

 フィリップが恩人その1だとしたら、フレデリカはその2である。

 何か襲われる理由があったのだとしても、王都内で襲われることなどあってはならなかったのに。

 

 「おい、もうネガるな。こっちのモチベーションまで下がるだろ」

 「そうそう。団長とか先代に聞かれたら、皮肉どころか声自体が出なくなるまで訓練させられるぞ」

 

 地上の二人に抗議されて、屋根上の衛士も自分が良くないゾーンに入っていたことを、遅ればせながら自覚する。

 肩を竦めて口を閉じ、深呼吸を一つ。そして謝罪を口にしようとして。

 

 「そうそう。特に俺の機嫌が悪い時にはな」

 

 ──第四の声。

 あまりにも自然で、しかも耳慣れたその声に、衛士たちは咄嗟に反応できなかった。

 

 「悪い、確かに──って、先代!? いつの間に!? っていうか何してるんです!?」

 

 いつの間にそこに居たのか、屋根上の衛士を見下ろすように立っていた、彼らのかつての上司。

 

 現役を退いて弟子の育成に注力していると自ら語る、中年の男。しかし今なお実戦的に鍛えられた筋肉や眼光の鋭さは健在であり、並の衛士とは一線を画す戦闘力を誇る。

 

 そんな人が不機嫌そうに三人を見下ろしていれば、無意識に背筋を正してしまうのも仕方ない。

 

 「あ? 王都にクソが紛れ込んでて、元部下が、まあ混乱を避けるためなんだろうがコソコソ動いてるもんだから、いっちょ手伝ってやるかと近づいてみたら、お前らだけじゃねえ、国王陛下でさえ恩義を感じていらっしゃる二人の英雄が襲われたとか聞こえてきて、どうするか考えてんだよ」

 

 あっやばい、と衛士たちの心が一つになる。

 先代の声は明らかに不機嫌で、衛士たちには警報か、終末の喇叭にも聞こえるほどだ。

 

 先代の訓練はただでさえ苛烈で、しかも精密だ。人間の殺し方を正確に把握している彼は、衛士たちが死ぬ寸前まで追い込む。何度も何度も、繰り返し。

 そうして“死の閾値”を押し上げて、死ににくい兵士を作り上げる。

 

 しかし──不機嫌な時の訓練は、戦場の理不尽さを感じさせるほど苛烈になる。

 加減が効かなくなることを自覚しているからか、“閾値”を押し上げると言うよりは、そのギリギリに触れさせるような訓練だ。

 

 強くはなれる。戦場からの生還率も上がる。

 だが、自己研鑽の意識と使命感を強く持つ衛士たちでさえ、なるべくやりたくない。そのレベル。

 

 「そ、そういえば先代、最近よく王都に来られてますけど、何のご用事で?」

 

 話題を逸らそうと試みる元部下に、先代は重い溜息をつく。

 しかし、最終的にはその思惑に乗ることにした。ここで怒ったって何にもならない。そんなのはただの憂さ晴らしで、衛士たちの戦力向上や生還率上昇には繋がらないのだから。

 

 「……近衛再編に当たって、教官を仰せつかってな。本当は弟子の育成に専念したいんだが、王女殿下のご下命とあっちゃ断れん」 

 「え゛!? 近衛は質より量と儀礼の方が大事なんで、お手柔らかにしてやってくださいね……?」

 

 衛士たちは顔を引きつらせる。

 旧近衛は親衛隊などの一部を除き、家督相続権のない貴族庶子などを集めた、名誉職的なものだった。衛士たちも王宮も、彼らを有用な戦力と見做してはいなかっただろう。だから解体されたのだ。

 

 だが、彼らには衛士たちにはない、半ば生得的な礼儀作法が備わっていた。

 武力的な強さではなく、所作の美しさや洗練された動きによって威圧するような場面──例えばパレードや謁見なんかでは、ものすごく有用な舞台装置だった。

 

 「んな甘いこと言ってたから、王女殿下がお心を痛められるほど腐っちまって、解体だ再編だと、お手を煩わせる羽目になったんだろうが。まあ才能ありきで経験もあるお前らほど強くはなれんだろうが、最低でも「死ね」と言ったら死ぬくらいには心構えを叩き込んでやらんとな」

 

 さも「それが基本だが?」みたいな顔で言う先代。

 だが衛士たちでさえ徒死は御免だと反発するので、それは兵士の心構えとしては最奥の部類だ。

 

 物言いたげな元部下たちに気付き、先代は肩を竦める。

 

 「お前らだって、自分たちの後ろに居るのが、よく分からん名ばかりの武装集団より、せめて武器を持った愛国者たちの方が戦いやすいだろ?」

 「場合によりけりですねぇ……」

 

 黙っていてくれるなら、そして自分たちが負けた後にも必死に戦ってくれるなら、それでいい。

 

 だが素人が戦いに混ざろうとしたり、変に口を出してくるなら話は別だ。

 旧近衛の騎士団長──衛士団の強さを信じ切るあまり、色々と無茶を言ってきた馬鹿野郎を思い出す。

 

 聞けば龍狩りに際して、衛士団長が「無理だ」と言っているのに、正面から「いや衛士団なら出来る」と、何の裏も無く子供のような純真さで言い切ったらしい。

 

 衛士たちとしても、好意に悪意を返すのは難しい。が、とても好意を返す気にはなれない相手だ。

 

 近衛騎士団全部がアレになったりしたら、いよいよ鬱陶しすぎて手が出るかもしれない。

 

 「……まあ、おしゃべりはこの辺りにしておこう。一等地は魔術師や兵士が多いから、のんびりしてると、路地裏のゴミに目を留める者が出てくるぞ」

 「うす……」

 

 先代に示され、衛士たちは速やかに路地を出て捜索を再開する。

 グールの死体は魔術によって跡形も無く焼却され、肉の焼ける臭いは風に乗って消えていく。

 

 そんなことが王都のあちこちで起こり、たった一日で、王都の掃除は完了した。

 

 

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