なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 「はい?」

 

 何言ってんだコイツと言わんばかりの胡乱な視線に、普段の彼女なら多少の不快感を覚えただろう。

 しかし今は、それ以上に驚きが心中を占める。

 

 「ここに線があるでしょ? 元々はここに障壁があったんだけど」

 

 ノアが一度挑み、貫けなかった──破れた「壁」は、硬かった。

 こんな、ちょっと離れているうちにあっさり消えてしまうような、そんな儚い手応えではなかった。城壁や、それこそ山を彷彿とさせる頑健さだったのに。

 

 彼女が足元の火山岩に刻み込んだ線は、壁に対して斜めに撃った跡。

 岩を難なく徹して浸透した水の刃さえも完全に防ぎ止め、意図せず印のようになったもの。

 

 意図した破壊を齎せなかった、失敗の痕跡だ。

 

 なのにフィリップは線を踏んで、踏み越えて、その先に居る。

 

 「いや、もっとはっきり描いてくださいよ。壁が無かったからいいものの、あったらぶつかってたじゃないですか」

 

 なんて、気の抜ける文句を垂れながら。

 

 「この地面でどうやって。っていうか、結構ちゃんと不自然でしょうが」

 

 ノアが言うと、フィリップはトコトコ戻ってきて線を見る。

 黒々とした亀裂を、その内側と呼ぶべきだったはずの場所から眺めて、微妙な表情になった。

 

 確かに、岩に自然に出来た罅割れにしては、ちょっと真っ直ぐすぎる気がしなくもない。

 

 「た、確かに。すみません……」

 「いや、謝る必要はないけどさ。っていうか、障壁はホントに無くなったのかな? それとも移動したとか?」

 

 ノアにしてみれば、どちらも同じくらい考えにくいことだ。

 体感は城壁か地形()か、そのレベルだった。そんなものがふと消えるとか、ふらふら動くというのは直感に反する。

 

 「移動……ですか?」

 

 イライザが不思議そうに呟く。

 神域──侵入不可空間を、彼女はルキアの『黒眩聖堂』のような、空中から地下までを切り取る球形で想像していた。

 

 それが動いたのなら、地面には大きな破壊痕が残るはずだし、そもそも動くところを想像出来ない。

 

 しかし、まさか文字通りの「壁」ではないだろう。

 それなら帝国の部隊は、穴を掘って下を潜るという方法か、騎竜魔導士の最大の特徴であるワイバーンの翼を借り、上空から侵入しているはずだ。

 

 誰も、ノアが真正面からブチ抜く以外に入り方を思いつかない。そういう完璧な遮断のはず。

 そして彼女がイメージする「完璧な遮断」は、ルキアの魔術か、あの“黒山羊の館”を守っていた鉄壁の防御の二つ。

 

 やはり、移動も消失もしそうにないものだ。

 

 「そんな話はサムロア族から聞いてないけどね? 仮にあれが何か自然の現象じゃなく、龍やゴエティアみたいな超ヤバ存在の魔術だった場合、そいつが動くことはあるでしょ?」

 

 場合、なんて言っているが、ノアはほぼ確実に人外が絡んでいると見ている。

 

 強度だけなら、人間でも何百人もの魔術師を用意して大掛かりな儀式をすれば、ノアにも突破できない防壁を生成できるかもしれない。

 

 だが儀式魔術は、魔法陣だの祭壇だの触媒だの、そもそも特殊な土地や環境の選定だのと、様々な制約がある。祭壇や陣の類は別だが、触媒や贄は大概の場合で一回使い切りだ。

 「陣地を攻撃されたから、ちょっと移動して再展開しよう」みたいな、お手軽でフッ軽な技術ではない。

 

 だから帝国軍の戦略では、防御用の儀式魔術は突破されるまでは絶対に解除しない。

 解除や変更をしない前提で、干渉に強い魔術式を組み、複雑な工程や高価な触媒を用いて儀式を行う。

 

 しかし、障壁は消失ないし移動した。

 ならば煩雑な儀式ではなく、突出した個による単体の魔術と見る方が自然だ。

 

 可能性が高いのは、やはり。

 

 「龍や、七十二柱の大悪魔……」

 「じゃあ、そういう伝承がサムロア族に伝わってそうですけどね。というか、それにしたって、何百年もここにいたのに、いきなり移動しますか?」

 

 イライザが慄いたように、しかし僅かな興奮も滲む声を震わせる。

 龍もゴエティアの悪魔も、フィリップがかつて対峙したものだ。彼女の興奮の何割かは、それに由来するものだろう。

 

 フィリップは向けられる熱い視線から逃げるように、思い浮かんだ疑問を投げた。

 

 「安全だと思って居着いてたところに、ある日いきなり聖痕者が魔術をブチ込んで来たら、あたしなら逃げるよ」

 

 ノアは当然のように言う。

 実際、相手が成龍や悪魔なら「当然のこと」と言える内容だ。

 

 しかし古龍以上なら、聖痕者の魔術程度で逃げ出すほど怯えるとは考えにくい。

 

 「ここで考えていても仕方ないわ。本来の目的だったわけだし、()を調べましょう」

 「っと、そうですね」

 「中……」

 

 ヘレナの声に、ノアは思い出したように再び歩き出す。

 もはや障壁はなく、山を「外」と「中」に切り分けるものは何もないが、まあ、言わんとすることは分かる。

 

 森の神の存在歴から考えると、恐らくは千年弱。

 サムロア族の先祖がこの地に流れ着いて以来、誰も踏み入ったことのない場所。少なくともそう思われている、なんの情報もない場所。

 

 神域かどうかはともかく、ある種の聖域とは呼べそうな場所へ、一行は続々と足を踏み入れた。

 

 ……まあ、さっきからずっと見えていた場所なのだが。

 

 「と言っても、見渡す限り木の一本もないハゲ山ですけど、具体的に何を……ん?」

 

 流れで先頭を歩いていたフィリップが、ふと足を止める。

 合図も何もなかったが、後続の三人はぶつかることなく止まるだけでなく、周囲に警戒の視線を向けることまで出来た。

 

 「なんか、ここの土が異様に柔らかいんですけど」

 「え? あ、ほんとだ」

 

 どれどれと近寄ったノアをはじめ、皆で足元を踏みしめる奇妙な空間が生まれる。

 

 周囲の地面は硬い岩肌なのに、一部分だけ森の腐葉土のようになっていた。

 流砂のように沈み込むことはないが、火山岩が靴の爪先で掘れるほど脆くなっているうえに、空気や水を含んだように柔らかい。

 

 厚く硬い岩の革で出来た、ボールや風船の感触だ。

 範囲は直径約5メートルの円形。境界線ははっきりしないが、通常の地面とは有意な差がある。

 

 「なんですか、これ?」

 「さあ? 先輩、ご存知ですか?」

 「なんとも言い難いわね。空洞化と液状化で無理やり説明することは出来るかもしれないけれど、それが正しいと自信を持って言うことは出来ないわ」

 

 地下水の動きや、火山ならば溶岩やガス、地震などの影響で岩石の地下部分だけが崩壊し、潜在的に空洞化することはある。

 大抵は基礎を失った地表部分が時間経過で崩落して穴が出来るが、その前に地下空間に土砂などが流入し、再び地震などの影響で地下部分だけが液状化。

 

 足元の感触だけで生成過程を想像すると、そんな感じの推論は立つ。

 しかし、そんなのは「何の根拠もない」と言っていい、仮説とも呼べない妄想だ。実際に成立するかどうかさえ定かではない。

 

 土属性に特化した魔術師なら知見を持っているかもしれないが、ヘレナには無かった。

 

 「そうですか……。勇者ちゃんは?」

 「私も、初めて見ました。土地に特有のものとか、例の「壁」の影響ではないでしょうか?」

 

 水を向けられ、独特の感触がクセになりつつあったのか足踏みして遊んでいたイライザは、すっと姿勢を正した。

 

 「……掘ってみますか?」

 「ここ火山だよ? 溶岩……は無いにしても、ガスとか出てきたら嫌だし、やるなら後回しかな」

 

 溶岩はもっと地下深くにあるもの。

 そんなイメージから出たノアの言葉だが、二メートル程度の穴を掘ったら溶岩が出てくるケースもある。

 

 とはいえその場合は地熱がもっと大きくなるので、彼女の言葉自体は間違っていない。警戒すべきは溶岩ではなく、硫化水素や二酸化炭素といった火山ガスだ。どちらも濃度次第では即死する。

 

 「……なんで山の専門家を連れて来なかったんです? これが自然現象なのか、不自然なことなのかさえ分からないじゃないですか」

 「いやいやいや! だって今回は突破が主目的で、調査の本命は宮廷連中なんだって! っていうか無くなってるとか想定出来ないでしょ!」

 

 ぽつりと呟くようなフィリップの言葉は、本人としては冗談半分だった。

 だが大声で反論するノアを見るに、彼女には非難の部分が強く刺さったのだろう。

 

 「壁」の原因を龍や悪魔と仮定していたのだから、戦闘要員以外は枷でしかない。連れて来ない判断は至極当然だし、フィリップでもそうする。

 

 「あんたこそ、「異常現象の専門家」なんでしょ? なら判別してよ」

 「ははは。この世の異常の全てを知ってるとでも?」

 

 何を馬鹿なことをと言わんばかり鼻で笑いながら、フィリップはノアの反撃を跳ね除ける。

 

 今度は冗談だと分かったようで、ノアは愉快そうに口角を吊り上げて反撃の言葉を探す。

 しかし反論を見つけるより先に、ヘレナがぱんぱんと手を叩いて二人の視線を集めた。

 

 「はいはい、そこまで。アルシェ、年下相手にムキにならないで頂戴。カーター君も、年上には敬意を払いなさい。年齢や地位を超えた友情もあるでしょうけど、今は部隊指揮官と外部協力者。お互いに敬意と尊重が必要よ」

 

 間に入ったヘレナの表情には、やんちゃな子供を見る年長者の、呆れと疲れが滲んでいた。

 

 溜息交じりの叱責に、明確な怒気はない。

 しかし怒られの気配に敏感なフィリップも、先輩聖痕者には尊敬も畏怖もあるノアも、どちらも萎縮させる「重み」があった。

 

 これも年の功と言うのだろうか、なんて、ステラが居たら思ったかもしれない。

 

 「はい、先生……」

 「失礼いたしました、先輩。ついでに専門家殿も」

 「いえ、僕こそ冗談が過ぎました」

 

 軍人らしく踵を合わせ、気を付けの姿勢ではっきりと謝罪を口にするノア。

 対して、フィリップは身体の前で手を合わせ、丁重に頭を下げた。宿屋の従業員時代の作法だ。

 

 「と、取り敢えずメモしておいて、先に進んでみませんか?」

 

 気まずくなりかけた空気を切り替えるように、イライザが少し慌てながら提案する。

 

 最年少の彼女に気を遣わせたことを、フィリップは少なからず恥じた。

 まあ、そうは言っても二歳しか離れていないし、ノアは十個くらい上だろうが。

 

 「そう……ん? 誰か来ます」

 

 視線を前に戻した途端、フィリップは怪訝そうに目を細めた。

 

 遠く、山頂から斜面を駆け降りてくる影がある。

 それに真っ先に気付いたのは、ヘレナでもノアでもなくフィリップだった。

 

 かなり距離があって判然としないが、動きは二足二腕、人間のように見える。

 速度はそこそこだが、躊躇なく斜面を駆け降りる人間なら、まあそんなものだろうと思える程度だ。

 

 ──いや、そんなわけはない。

 ここは“神域”──聖痕者をして突破できなかった壁の内側だ。中に人間が居たとしたら、そいつは千年弱、この木の一本もないハゲ山で生きていたことになる。

 

 フィリップは腰の剣に手を掛け、一瞬遅れてイライザも手中に聖剣を顕す。

 

 「はぁ? ……いや、あれ蜃気楼だね。魔力情報が無い──あそこには誰もいないよ」

 「え? そんな感じはしませんけど……」

 

 人影はどんどん近付いてくるし、手まで振っている。

 まだ遠く顔の造形は判然としないが、明らかにこっちを見ている。蜃気楼というには、存在感がありすぎるだろう。

 

 というか蜃気楼なら、目視圏外だとしても実体が──虚像の元となる実像がある。

 どちらにしても、蜃気楼が「手を振りながら走ってくる人」をピンポイントで、しかも動いているものを持続的に映し出すとは考えにくい。

 

 「──! ──!」

 

 挙句、声まで聞こえた。

 呼びかけるような大声だったが、内容は判然としなかった。

 

 というか──共通語では無かったような。

 

 ただ、敵意や害意がないことはなんとなく伝わった。

 フィリップは剣に手を掛けたままだが、イライザは聖痕を活性化させていないし、聖痕者二人も魔術を展開していない。

 

 とはいえ。

 

 「おいおい喋ったよ。蜃気楼じゃなさそうだね」

 「……それはそれで不思議な話だわ」

 

 蜃気楼という現象は起こる環境が限られていることもあって広く知られているわけではないし、未解明の部分も多い。

 

 しかし実体のない虚像であることは間違いないし、それが喋るなら鏡の中の自分だって喋る。

 流石にそれは無い。蜃気楼の可能性は無くなった。

 

 「……いまなんて言った?」

 「聞き取れ……いえ、聞き取れなかったというか、意味のある言葉じゃなかったような……」

 

 フィリップの問いに、イライザが困惑しつつも答える。

 しかし、ややあって人影の姿がはっきり見えてくると、二人は目を瞠り、顔を輝かせた。

 

 それは、一見すると老人のようだった。

 小太りの、帽子を被った、長く豊かな白い髭を蓄えたお爺さん。かなり背丈が低く、イライザと──十二歳の少女と同じくらいだ。

 

 手足はかなり太く、脂肪ではなく一目で分かる頑健な筋肉に覆われている。

 身に付けているのは土に汚れた、しかし頑丈な縫製の作業衣。そして厚い耐火手袋とエプロン。

 

 その特徴に当てはまるモノを、フィリップも、そしてイライザも知っていた。

 

 「ん? ねえねえねえアレ!! ドワーフじゃないですか!? 実物初めてです!!」

 「わ、私もです!! まさかこの目で見られるなんて!!」

 

 ドワーフ。

 児童書、特に冒険譚ではお馴染みの登場人物だが、現実にはかなり珍しい。

 

 鍛冶や彫金に極めて優れ、山岳や峡谷といった鉱物資源が手に入りやすい土地に暮らす、希少種族。

 

 居住域ゆえに人間との交流は少なく、「頑固で気難しい」とか、逆に「明るく陽気」と言われることもあるくらいだが、どの作品でも、特徴的な外見と鍛冶への深い造詣は一貫している。龍殺しの魔剣を鍛える逸話まであるくらいだ。

 

 本の中の登場人物に、子供組は大興奮だ。

 対して、大人組は二人して怪訝そうな顔をしていた。

 

 「へぇ、まだ居たんだ。大昔はこの辺に居たって聞いたことあるけど……ドワーフって魔力無いの?」

 

 ノアの言葉は疑問形ではあるが、裏には「そんなわけなくない?」という強い疑念がある。

 植物や鉱物のレベルで人間とかけ離れたモノなら、或いは、魔力視の精度次第では映らないこともあるかもしれない。

 

 だがドワーフやエルフは、魔力の情報が人間に近い。

 人間の魔力を視覚的に把握できるノアやヘレナなら、魔力視界に映るはずだ。

 

 「──、──!」

 「あは。何を言ってるのかまるで分かんないけど、友好的なようで何より。先輩、ドワーフ語が喋れたりしませんか?」

 

 ニコニコと人好きのする陽気な笑みを浮かべ、ドワーフは身振り手振りを交えて何事か話す。

 しかし、恐らくドワーフ語なのだろう言葉の内容は、誰にも理解できなかった。

 

 「昔、会ったことはあるけど、普通に共通語で喋っていたから……。種族的に魔力は少ないことが多いけど、ゼロではないはずよ。まあ特殊な鍛冶技術を持った種族だし、魔力を隠すオーパーツとかが作れても不思議はないけれど……?」

 

 いや、聖痕者の目を欺くレベルのオーパーツは、だいぶ不思議だが。

 しかし「ドワーフ製」と言われると、そういうこともあるのかと、驚きはするが受け入れられる。

 

 人類とドワーフとエルフは、それぞれ生活圏が違い、文化が違う。当然、技術や知識にも乖離がある。

 

 人類は魔術と錬金術に長けているが、ドワーフは鉱石採掘と加工に優れ、エルフは薬学や生物学に於いて他の追随を許さない。

 

 三者はそれぞれ親交のあった時代もあるが、魔王との戦争や、価値観のずれによる摩擦によって失われて久しい。

 

 だから古い文献や伝承などを信じるなら、という但し書きは付くが──人類以上の技術力を持つ彼らに、何が可能で何が不可能かを判じることは出来ないのだった。

 

 「どうしましょう師匠! サインを貰えたりするでしょうか!?」

 「分かんない! と、取り敢えず握手……いやでも、なにが失礼にあたるか分からないから、取り敢えず向こうに倣って手を振ってみよう!」

 

 警戒を解かない大人組に対して、子供組は安穏としたものだ。

 

 駆け寄ってくるドワーフに手を振り返し、興奮の笑みを浮かべている。

 ちなみに、フィリップはそれが最も穏当な行動だと思っているが、ドワーフにとっては威嚇の意味があるかもしれないので、確実に安全な反応というわけではない。

 

 両者の距離はぐんぐんと縮まり、互いに少し声を張れば会話できる位置まで来た時だった。

 

 「……もーんす」

 「ん? え、シルヴァ?」

 

 意思ではなく、明確に音の情報を持った「声」に、フィリップは傍らに視線を落とす。

 森の中でもなく、遊び相手がいるわけでもないタイミングで出てくることは珍しい。

 

 いきなり現れたドライアドの少女に、隣のイライザも、背後の大人組も驚いた様子だ。通常は人前に姿を見せることもなく、森の管理人である精霊が、木の一本もない山に現れたのだから。

 しかし、ドワーフはいっそうニコニコと笑顔を深めている。

 

 その反応、魔力情報の欠落、そしてシルヴァの言葉を合わせて考えれば、答えは簡単に導き出せた。

 出せたが──あまり嬉しくはない。

 

 「……シルヴァ、もしかして」

 「んー……。びかりうすしすてむ」

 

 残念、と言わんばかりに、シルヴァはフィリップの腰辺りをぽんぽんと叩いた。

 

 「またか……」と、フィリップは思わず膝を折った。

 前回は心鏡の湖でのことだった。湖の、或いは水の精霊の声を聞いたと思ったら、違ったのだ。あの時も、冒険譚の登場人物に会えたと思って、蓋を開けてみればヴィカリウス・システムだった。

 

 「びかりうす・もーんす。さんがくのかんきょうだいりにん」

 「はぁ……」

 「? ええと……ドワーフではないんですか?」

 

 フィリップの反応や会話から明言されずとも分かったのだろう、イライザの問いには確認の色が濃い。

 「違うよ」と、フィリップは溜息交じりに力なく答えた。

 

 ヴィカリウス・システムの方が、ドワーフより珍しいといえばそうかもしれない。

 実際に会ったことがある人間どころか、その存在を知っている人間が稀有なレベルだろう。

 

 だがヴィカリウス・システムとは()()だ。

 山中で山岳の環境代理人に遭遇することは、言うなれば「山に行ったら山があった」というだけのこと。当然のことでしかない。

 

 「……まあ、こうして実体を象るのは珍しいんだっけ。湖の代理人は声……意思しか感じられなかったし。シルヴァも元々は精霊と同じ非物理的な空間に居たって話だし」

 「──、──。」

 

 すっかり意気消沈したフィリップに、ドワーフの姿を模した環境の代理人は、また理解できない言葉で何事か言う。

 たぶんドワーフ語なのだろうとは思うし、場合によっては興味を惹かれたかもしれないが、今のフィリップには響かなかった。

 

 「人語……共通語で話してくれる?」

 「おぉ、すまんすまん。長くドワーフと一緒に居たもんで、癖になっておった! はっはっは!」

 

 ドワーフ──ヴィカリウス・モーンスは身体を揺らして豪快に笑った。

 言葉を解す前から態度で分かっていたが、随分と陽気な性質らしい。

 

 「シルヴァは随分と小さくなったなあ! その姿、またドライアドに呼び出されたのか」

 

 陽気なドワーフの姿をした“山岳”は、ドライアドの幼女の姿をした“森林”の頭をわしわしと撫でまわす。

 

 環境同士に仲の良し悪しがあるのかとフィリップは苦笑しかけたが、砂漠や高山以外なら、森は割と何処にでもある環境だ。

 山の表面が森に覆われていることも珍しくないし、環境同士の相性はいいのだろう。

 

 フィリップがそんなことを考えながらヴィカリウス・システム同士が話しているのを眺めていると、ぽん、と後ろから肩を叩かれた。

 

 「ねぇ、三人で盛り上がってないで説明してくれない? その二匹は何? どっちも魔力が無い……魔力的には“存在していない”。そんな生き物は存在しないのに、ね」

 

 棘のある険の籠った声に振り向くと、にっこりと危険な笑顔を浮かべたノアと視線が合う。

 

 ヴィカリウス・システム云々の説明をするのは大層面倒臭いが、「面倒臭いな」なんて言おうものなら魔術が飛んで来る。

 魔力の流れを読めないフィリップだが、不思議と、その確信があった。

 

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