なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
「で、そろそろ本題に戻っていいですか?」
疲れたように、溜息交じりに尋ねるフィリップ。
単純な疲労感というか、徒労感が強い。無駄に疲れた。
足元から熱気が立ち上ってくるハゲた山に、王都から何日もかけてえっちらおっちらやって来たのは、環境様直々に地球史の講義をしてもらうためではない。
……いや学術的には、そんなのは手間の内にも入らないような貴重な機会なのだろうが。
「ここに“山の神”は居る? いや、防壁が君の仕業ってことは聞いたけど、つまり──」
「神格を有するモノが居るかという意味なら、否だ」
モーンスは穏やかな笑顔を浮かべ、フィリップの肩を安心させるように力強く叩いた。
「神格?」と背後から面倒を予感させる疑問の声が上がったが、その疑問が質問として改めて言葉にされる前に、モーンスがより面倒なことを言った。
──しかし、と。
「あぁ……何かしらは居るんだね」
「儂があの防壁を張ったのは、二千年ほど前だ。この山に住んでおったドワーフに呼ばれてな」
面倒な──嫌な情報が更に上乗せされる。
ならばそいつは、最低でも二千年前から存在していることになる。
いや複数個体で世代交代している可能性もなくはないが、同一の単独個体だとしたら、二千年間生き永らえている、非神格だ。
老化せず成長する、プラスの変化しかしないという龍種は、二千年もあれば神格を持つだろう。
つまり王龍ではない。
ないが、そのレベルの存在歴だ。
しかも相手を買い被りも、侮りもしない、ただ在るがままを把握するヴィカリウス・システムが、聖痕者の攻撃を防ぐレベルの“壁”を用意していた。
嫌な情報が揃いすぎている。
イライザだけ連れて帰ろうかな、なんて、フィリップが現実逃避気味に考えるくらいに。
「おった、ってことは、今はいないの? ドワーフって」
「うむ。ここの宝石類は粗方掘り尽くしたからな。鉱山資源のあるところでしか、鍛冶の技術は磨けんだろう? あれらが去った後も壁を残しておったのは、まあ、愛着よな」
愛着? とフィリップは首を傾げる。
ドワーフに会えないことへの落胆もあるが、引っ掛かりの方が大きかった。
感情豊かな幼年期ならともかく、成熟したヴィカリウス・システムに、そんな機能があるだろうか、と。
だが一瞬考えて、すぐに分かった。
──違う。
彼が愛着を持っているのは、山を去ったドワーフたちや、彼らとの思い出ではない。
「ドワーフたちは賢く、優しく、そして愚かだった。自分たちの街を脅かすモノが何であって、どうやって対抗すべきかを知っていた。その棲み処に、自分たちが後から入って来たことを知り、排除ではなく共生を願った。そして、共生など不可能だと気付けなかった」
「……な、何が居るんですか?」
ゆったりとした深みのある声、穏やかな語り口調。なのに、フィリップも含め四人ともが不穏なものを感じる。
イライザが、堪えかねたように急かしたのも無理はない。
モーンスは人間相手に、焦らすなんて無駄な意地悪はしなかった。
しなかったが。
「
語られた内容は、フィリップを含めて誰もすぐには理解できないものだった。
「生物……群?」
全員が黙る中、ヘレナが辛うじて「分かりそうだけど分からない」ラインの疑問を口にする。
他は完全に未知の知識、常識を元に判断できない内容だから、気にするだけ無駄という判断だろう。五億年前とか言われても、フィリップだってピンと来ない。
或いは、同じく無限の寿命を持つ龍種を知っていて、そちらは学説によっては魔物とされることもあるから、殊更そこに引っかかったのかもしれない。
「そうだ。……おお、ちょうど顔を出すぞ。壁が無くなったことに気付いたようだ。見てみろ」
モーンスは変わらず陽気に、珍しい酒でも自慢するかのような口ぶりと共に山頂の方を示す。
一行は揃って、素直に彼の示す方を見上げ──確かに、山頂の方で何かが動いた。
地面からぴょこりと生えた、葉のない木のような、ちょっと曲がった棒。
まだ五百メートル以上離れている上に、地面から立ち上る陽炎のせいではっきりと見えないが、ちょっと動いている気もする。
四人が目を凝らしていると、ばらばら、ぱらぱら、と小さな音がした。
音は段々と大きく、近くなり、その源は山頂を見上げていれば自ずと分かった。
「なっ……!?」
「落石!」
「大丈夫よ、落ち着いて」
驚きつつも横向きに走り出そうとするイライザと、警告を発して魔力障壁を展開するノア、二人を宥めながら魔術を展開し、転がり落ちてくる岩や小石の全てを瞬時に風化させ、砂粒にして吹き飛ばしたヘレナ。
そんな三人を、フィリップは「流石にオーバー過ぎない?」なんて思いながら胡乱な目で見ている。
三人が正しい、というか、フィリップが無知だ。
斜面を転がり落ちる岩の終端速度。遠目には小さく見える岩の、人間大はある実際のサイズと重量。凹凸のある斜面で不規則になる軌道。何もかもが危険だ。
何なら岩は跳ねたり、砕けて増えたりする。
大きいものと小さいもの、重いものと軽いものでは転がる速度に差が生まれ、波状攻撃のように避けたところへ襲ってくることも。
石が転がってくるだけといえば、そうだ。
そして人間は、落ちてきた石に当たっただけで死ねる、脆くて弱い生き物だ。
「ありがとうございます、先輩」
「ええ。それより、あれ……」
二人は再び山頂を見上げる。
遠目では蛇かミミズか、そんな感じのシルエット。
サイズも判然としないが、この距離でも動きが分かる辺り、二十か三十メートルくらいはありそうだ。
転がり落ちてきた岩の中には、人間より大きいものもあった。それを掘り出した、或いは動かしたのだとしたら、かなりの筋力だ。
いや──だとしたら、なんて生温いことは言っていられない。二人が魔術の気配を感じなかった以上、先の落石は完全に物理的に引き起こされたものということ。
しかも。
「嘘。あれ、魔物じゃない」
ノアが慄いたように呟き、その言葉でイライザにも戦慄が伝播する。
遠目には巨木のようなサイズの、蛇だかミミズだか分からない生き物。──魔物と言われても「そんな魔物が」と驚くのに、魔物ではないと言われたら、「有り得ない」と思ってしまう。
実際に目にして、聖痕者に言われては、疑う余地などないのに。
「お主の連れは話を聞かんな。魔物ではないと言っておろうに」
「……もう頭がいっぱいで、新しい情報が入らないんじゃないかな」
斯く言うフィリップも、ちょっと頭が真っ白になりかけた。
一瞬だが、智慧が働きかけた。
地中に住む巨大なミミズのような蟲といえば、惑星喰らいのドールだ。
全長200メートル。幾つもの星々を内側から食い荒らし、残飯だけを残して去っていく癌のようなもの。星間航行能力か次元跳躍能力を有し、広い宇宙で食べ歩き旅をしている困りものだ。
過去には地球にも居たらしいが、今はいない。
どこかに召喚されたのか、味が気に入らなかったのか、はたまた邪魔でも入ったか。
一瞬、そいつかと思ってイライザに「逃げろ」と言いかけたが、智慧はすぐに沈黙した。
あれは今は地球にいないし、どう見てもサイズが足りていない。大地を喰らうものを、“山岳”の力では押さえ込めない。
そもそもヴィカリウス・システムが「違う」と、先に言っている。その正体を、既に説明しているのだから。
「あれからドワーフを守るための防壁だった、ってことか」
「お互いを、だ。あの希少な生き物を、ドワーフたちは傷つけたくないと言っていた」
「希少なんだ? まあ五億年前の生き物だしね」
話に聞く生命整理──地表の生き物の大部分を殺し尽くすほどの環境変動が、五億年の内に何度あっただろう。
多種多様な捕食者が台頭し、星の支配者が何度も入れ替わった。
たとえ寿命という自壊機能を持たない生命であっても、その他の死因が山のようにあるだろう。
高度な技術と文明を持っていた蛇人間が、恐竜とやらに負けたように。
……いや、負けたのではなく戦わなかったのだったか。まあそれはどうでもいいとして。
生命整理や支配シフト、環境の激変、多種多様な死因の全てを乗り越えて生きている。そんな生き物なのだ、アレは。
「山岳に棲んでおるのは、今やあれの他には二つだけだ。なにも食わず、なににも食われず、多様な生物と共生して、ただ永劫の時を在り続ける。あれはきっと、儂らに最も近しいものだろう」
モーンスはどこか懐かしむように、親近感を口にする。
やはりだ。
彼が“壁”を維持し続けた理由、愛着を持ち続けたのはこちらだ。
千年の付き合いがあったドワーフではない。
五億年前から知っている、そいつの方だ。
「環境に? 大きなミミズに見えたけど……生物群ってどういうこと?」
「大元は、そうさな。今でいうミミズやゴカイの祖先にあたる生き物だ。しかし表層や体内に数万種、数千京の微生物を宿し、あれはもはや一個の生命ではない」
幾つもの生命が同居して成立しているモノ、生物群。
しかし、人間やその他の生き物も、その生態は常在菌の存在を前提としている。
平時では病気を引き起こさず、むしろ有害な細菌の繁殖を抑制したり、身体の機能を調整したりと有益に働く細菌のことだ。
人間の場合、体内に存在する微生物細胞の総数は、体組織細胞の総数を優に上回る。
それでも、人間は人間だ。
“山岳”も“森林”も、人間や他の生き物を指して「生物群」とは呼ばなかった。
そこにどんな差異があるのか、フィリップは知らない。
そもそもフィリップは常在菌の存在も、その総数も知らない。
そしてモーンスにも、そこを1から説明するつもりはない。その必要も義理もない。
「窒素を用いた細胞呼吸能を持つだけでなく、地熱を利用して土中の栄養素をエネルギーに変換できる。森林よりも永続的で──他のどの生き物よりも“先”が無い。せめてもっと数があれば、一つの“環境”と言えたかもしれんが」
「ふうん……」
見つめる先で、「超世代生物群」とやらが地中に帰っていく。
うねうねと蠢く姿が完全に見えなくなると、フィリップは一つ、大きく伸びをした。
これにて一件落着だ。
謎の障壁の正体も、その発生源も、発生理由も、全て分かった。ついでに邪神がいないことまで確認できた。
死傷者ナシ。発狂者も勿論ナシ。
……まあ、王都に帰るまでや帰った後で、フィリップを質問責めにしそうなのが何人かいるけれど。
それでもまあ、「聖痕者が二人発狂しました」という報告を抱えて帰るよりマシだ。
少なくともステラに会いに行くのに憂鬱にならずに済む。
「……三人とも静かですけど、大丈夫ですか?」
さっきまでは「それなに」「なにそれ」「なんでおしえて」と面倒、もとい五月蠅かったのに、すっかり黙り込んでいる。
フィリップの感覚なんか当てにならないが、例のミミズは神格でも何でもない、正真正銘この星で生まれたこの星の生き物だとヴィカリウス・システムも証言してくれた。発狂なんかしないだろうとは思うが、ちょっと心配にはなった。
「はい! 問題ありません!」
「いや、全然」
「私も、正直ちょっとついていけないわ」
イライザは元気いっぱいだ。
が、お姉さん二人は本当にキャパオーバー寸前といった風情だった。
「勇者ちゃん、理解できたの?」と、ノアは怪訝そうに目を細める。
疑いの眼差しとは呼べないくらい、視線は絶対に分かってないという確信に満ちていた。
「いえ! 師匠のお話の九割は理解できていない自信があります!」
「ん……?」
「えぇ……?」
溌溂とした返事は、ノアとヘレナから困惑を引き出した。
「理解できないことを無理に理解するなと、王女殿下にご教授頂きましたので……何も分かっていませんが、まあいいかな、と」
恥ずかしいとは思うのか、イライザは照れ交じりの苦笑と共に弁解する。
「流石は殿下」とばかりフィリップがにっこり笑って頷くと、自信が付いたのか嬉しかったのか、表情に含まれる苦みの成分が薄まった。
「いやあ……そりゃ一兵卒なら最高だけど、分隊長以上には許されない思考だよ?」
「はい。でも、魔王討伐の指揮官……パーティーリーダーは、私ではなく王女殿下ですよね?」
「あー、確かに……?」
的確な反論──イライザには反論のつもりもない単なる事実なのだろうが──に、ノアの方が納得して黙る。
彼女の心中には言葉への納得と同じくらい、感心もあった。
十二歳の、ある日突然「キミ、今日から勇者ね」と莫大な力を与えられた子供にしては、いやに達観している。
普通は、魔王戦で最先鋒を務める勇者が──自分がリーダーなのだと思い込みそうなものなのに。
子供だから? いや、それにしてはしっかりしているし、責任感のようなものも見受けられる。
自分の役割を理解して、自分の力量を理解している。中々、その年で出来ることではない。
「……待って。ヴィカリウス・システムとか謎の大ミミズとか、色々と衝撃があり過ぎて忘れていたけれど……つまり侵入不可空間は貴方の仕業で、あの大ミミズへの防衛策だったのよね? ということは……目的はこれで達成?」
こんがらがった頭を整理すべく、ヘレナは疑問を一旦脇に置く。
防壁の突破。侵入不可空間の調査。原因の特定と、あれば問題の解決。
達成感が無いどころか、むしろ大量の疑問が湧いて出たが、とにかく任務目標は全てクリアのはず。
だったらもう、今日のところはテントに戻りたい。
テントに戻って、聞いた情報を纏めて、疑問点を単純化して質問を列挙して、明日また来たい。
今のこの脳の状態では、理解できるものも理解できないまま、頭蓋の上を滑っていきそうだ。
「ええと……内部の安全確認、安全確保までが任務ですので……一応、さっきのミミズを倒してから帰りましょう。ステラ先輩も、戦闘訓練でもして来いと仰っていましたし」
ノアの言葉に、イライザはしかつめらしく頷いてやる気を見せ、ヘレナは「なら、さっさと済ませましょう」と貫禄を見せる。
フィリップだけが、「えー……」と億劫そうに呻いた。