なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
「倒す……」
フィリップは億劫そうに呟く。
ただのデカいミミズなんか、放っておいていいだろうに。
別に、希少生物に心が躍るとか、自然保護の使命感が芽生えたわけではない。
敵対しているわけでも、襲われたわけでもないのに、わざわざ戦う意味を感じないだけだ。
バトルジャンキーでもないし、依頼があるわけでも無い。戦う動機がまるでない。
地面から上ってくる熱気で何もしていなくても疲れるのに、無駄な戦闘なんか御免被る。
「そもそも五億年生きてるってことは、要は五億年もの間、誰にも何にも殺されずに生き残って来たんでしょ、アレ? 勝てるの?」
「はは……。まあ、無理とは言わんが難しかろうよ」
人間の魔術が、この五億年で最も火力のある攻撃だとは思わない。
地表から大部分の生物を一掃する生命整理、その域には無くとも複数の種が絶滅する規模の広域環境変動、数千年に一度レベルの災害ですら何度もあったはず。
死因も危険も山ほどあって、五億年の間に幾度となく直面しただろう。なのに、そいつはまだ生きている。
その全てを跳ね除け、潜り抜けて、生き永らえている。
戦闘能力は知らないが、生存能力に関しては、いま語られた情報だけでお腹いっぱいだ。
案の定、モーンスも苦笑を浮かべていた。
「生物種としての程度は、既に語った通りだ。原始、原生、知性もなければ悪意もない、ただ永くを生き続けるだけのモノ。だが、魔王なぞより余程旧い生き物だ。隕石も、大寒波も、噴火も、あれを殺すことは叶わなかった」
魔王龍サタンの存在歴は定かではないが、同じ王龍である剣師龍ヘラクレスに教えを受けたミナは、数十万年と言っていた。
ミミズと龍では種の基礎性能が段違いだろうが、存在歴は桁が違う。
情報不足故にではあるが、最終的にどちらが強いのか、その評価を下せないくらいに。
ミミズと龍を、無知故とはいえ横並びにするだけの時間だ。具体的に五億年と言われても、森より古いと比較されても、まだピンと来ないほど。
まあミミズがドラゴンブレスだの神域級魔術だのを撃ってくることはないにしても、こちらの火力が足りなければ、どちらも決着手段を持たない泥沼だ。
「人間には荷が重そうな話だね」
「それは、やってみなきゃ分かんないでしょ?」
ノアは自信ありげに不敵な笑みを浮かべる。
彼女もやはり「五億年」とか「森より古い」とか言われてもピンと来なくて、最終的に「まあデカくて長生きのミミズだ」という結論を出したのだろう。
実際、聖痕者の火力でも無理という確証があるわけではない。
指向性のない災害からは逃げ延びられる相手でも、明確に殺意を持った、かつ災害級の威力を持った攻撃なら、或いは仕留めきれるかもしれない。
「……じゃあ、僕は出番もなさそうなので、後ろで見てますね」
頑張れ、とばかりサムズアップするフィリップに、ノアの胡乱な視線が刺さる。
「え? まあ、確かに剣一本でどうにかなりそうなサイズ感じゃなかったけど……。弟子っ子の顔を見てみなよ」
言われて振り返ると、イライザも胡乱な顔になっていた。
冗談ですよね? まさか怪物を前にして傍観したりしませんよね? と顔に書いてある。
だが正直、フィリップもそんな顔になりそうなのを堪えている状態だ。
「僕に何をしろって……というか、君も似たようなものじゃないの? 聖剣の攻撃変化がある分マシだろうけど」
聖剣の攻撃変化は、もう剣技や剣戟とは呼べない域にまで火力を伸ばせる。
戦闘魔術師が切り札に据える上級魔術ぐらいの火力はあるので、普通の相手なら十分な威力だ。しかし、そうは言っても、聖痕者の魔術攻撃には劣る。
聖痕者の火力で足りるかどうかという話をしている今、シェイプシフトした聖剣の火力が、高い評価を得ることは無い。
「……ねぇ、アレに神罰術式とか聖剣って効くの?」
「お主も苦労しておるな……。否だ。木石に善悪の概念は無く、当然、罰を下す余地もない」
予想通りの答えに、フィリップは小さく溜息を吐いた。
人間を殺すとか、並の魔物を倒すだけなら、聖剣は十分な威力を持っている。
「人」「家」「街」の三段階で言えば、「家」くらいは破壊できるだろう。
だが相手は、幾つもの生物種が絶滅するような大災害を、幾度となく乗り越えてきた超世代生物。ヴィカリウス・システムの成立要件である生命整理の突破すら果たした存在だ。
要求火力は「街」とか「地形」レベルのはず。
「まあ邪悪特攻とかを抜きにして、隕石とか噴火くらいの純火力をぶつければいいだけの話です」
流石に隕石が直撃したわけではないだろうし、噴火中に火口にいたわけでもないだろう。
……たぶん。いくら何でも、そんなことは無いはずだ。
だったら今度は直撃を試す。
それそのものは用意できないにしても、同等の破壊力を。
そして、それが可能な魔術師が二人もいる。
フィリップ個人としては面倒だし放っておいて帰りたいが、「どうしてもやる」と言うのなら、強く止める理由はない。
モーンスは愛着を持っているらしいが、それでも完成した“自然”だ。感情は動機にならない。
理性を以て制御するでもなく、感情の量が足りないのでもなく、そもそも感情と行動を繋ぐ経路が無い。
好きも嫌いも、老齢も若輩も、何も関係ない。
或いは強弱さえも。弱肉強食が自然の摂理だが、下剋上だって自然の範疇だ。
五億年の付き合いがあるモノも、ふらりとやって来た新興種も、“自然”は何ら区別せず、肩入れもしない。
だから、ノアがやりたいならやればいい。やれるだろう。たぶん。
ヴィカリウス・システムは関与しないし、フィリップも邪神を呼ぶ必要性を見出さない。ノアが勝とうが負けようが、どちらにしろ“自然”だ。
「聖痕者が二人もいるなら余裕ですよ。頑張ってください」
本当に余裕かどうかは知らないが。
そんな適当さで再びサムズアップしたフィリップだったが、ノアから返って来たのは呆れ混じりの苦笑だった。
「いや……お忘れかもしれないけど、ここ、まだ生きてる火山なんだわ。そんな大規模な魔術を使ったら、もう安全確保とか言ってる場合じゃなくなるんだけど」
噴火とまではいかずとも、ガスや溶岩が漏出するだけで、後から来る調査隊に危険が及ぶ。
「そのくらいどうにかしろよ」で済む程度だとしても、皇帝がノアに下した命令は「安全確保」。後続が対処しなくてはならない危険を、ノア自身が作ったのでは本末転倒だ。
戦闘の余波で仕方なくと言えば怒られはしないだろうが、ノアのプライドは傷付く。
龍や悪魔ならいざ知らず──ミミズ一匹のせいで、命令の完璧な達成にケチが付くなど。
「じゃあチマチマ削り殺すしかないんじゃ?」
削れるかどうかはともかく。
隕石や噴火で全く無傷だったとは考えにくいが、即死を免れる耐久力があるのは間違いない。
熱と衝撃には相当な耐性があると考えるのが妥当だ。高い再生能力もあるというのは、流石に通常のミミズに寄せて考えすぎか。
完全に傍観者気分で話しているフィリップに、ノアは思わず拳を握った。
言っていることは分かるし一分の理があることも認めるが、他人事のように言われると腹が立つ。
そんな彼女を、ヘレナは片手で制した。
「とにかく情報が無さ過ぎるわ。地中に居るなら、それこそ迂闊な攻撃で火山を刺激したくはないし、まずはどうにか引き摺り出さないと。何か方法はない?」
尋ねた先はフィリップ、ではなくモーンスだ。
ヴィカリウス・システム云々は脇に置いても、彼が深く広範な知識を持っていることは間違いないと判断したらしい。
「地上に出すだけなら簡単だ。あれは水中でも多少の呼吸は可能だが、全身の細胞にエネルギーを行き渡らせるには足りない。トンネルが水で満たされると、いずれ地上に──水面上に顔を出す。呼吸効率から、体表の六割か七割が露出するだろう」
思ったよりミミズだな、とフィリップとイライザは揃って苦笑した。
通常のミミズも、雨の日にトンネルが水没すると地上に出てくることが多い。まあ普通のミミズは20メートルも30メートルもないし、硬い火山岩の地面を掘り進むこともないが。
「じゃ、雨が降るまで待ちましょうか」
「……それは流石にジョークだよね?」
ノアに正気を疑うような目を向けられ、フィリップも胡乱な目で見つめ返す。
当たり前だ。
というか、もし本当に雨が降るまで待つとか言い出したら帰らせてもらう。
そう思ったフィリップだったが、彼女の胸元に刻まれた聖痕を見て、同じ趣味の体幹激つよお姉さんが何者であるかを思い出した。
「……そういえば貴女、水属性の聖痕者でしたね」
いや、強い魔術師であることは覚えていた。水属性最強という追加情報が抜け落ちていただけで、その攻撃能力に関しては正しく評価していた。
フィリップはそう、誰にともなく心の中で言い訳した。