なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 走って近づいて。斬って、余裕があればもうちょっと斬って。ミミズが頭を向けようとしたら、不規則に蠕動する五メートルの壁から走って逃げて。また近づく。そして斬る。逃げる。

 

 斬る、と言っても、相手は縦に五メートル、横に三十メートル弱、厚さも五メートルある大岩だ。

 比喩ではなく、本当に岩石並みの外皮強度がある。

 

 古龍素材を錬金術で再構築した『龍貶し(ドラゴルード)』は、付与魔術の鋭利化や強靭化を剥がされても問題なく外皮を徹す。

 

 当初は再生の勢いに押し負けて五センチくらいしか刺さらなかったが、何度も何度も繰り返したお陰か、先刻の落下で損傷した内臓の修復にリソースを回しているのか、かなり刃の通りが良くなった。

 

 剣が深々と刺さって抜けなくなり、回避が遅れて焦ることもあったくらいに。

 

 斬って、逃げて、また斬って。

 

 途中、ミミズを挟んだ反対側から「あっ!? 最悪! 私物なのに! 高かったのに!」という悲鳴が聞こえてきたときは、ちょっと笑った。

 十中八九、マチェットが折れたのだろう。魔術を纏わせて強化しても、魔術の持続時間は、この距離では二秒かそこらだ。

 

 結局、フィリップとノアがチマチマ掘り、イライザが聖剣解放で広範囲を削り、ヘレナはフィリップが逃げ遅れた場合のフォローをしつつ、岩を飛ばして内臓に衝撃を通せないか試し──二時間が経過した。

 

 二時間。

 掘った端から崩れて埋まる砂浜に、延々と穴を掘り続けるような時間だった。

 

 実際の足場は、雨に濡れて所々滑りやすくなっている上に、そこそこ傾斜のある火山岩だが。砂地より若干マシか。

 

 「はぁ……ふぅ……オエ……きっつ……」

 「──、」

 

 フィリップとノアは息を荒らげ、パンツまで汗に濡らしてはいるが、まだ立っている。

 上空のヘレナは依然として健在、余裕も余裕だが、ダメージ面での貢献度は一番低い。フィリップが疲労するにつれて、フォローに注力していたのもあるが。

 

 そして、一番消耗しているのはイライザだった。

 聖剣強化や疑似熾翼による飛行は、彼女自身の魔力を消費するものではない。しかし、その発動や維持には、脳の色々な部分を複雑に使う。

 

 連続飛行は概ね五分、聖剣の形態変化の持続時間もそのくらいだ。

 

 限界が来ると地面に降り、フィリップたちに混じって穴掘り──もとい、直剣形態の聖剣によりミミズ削りに加わり、再び飛べるようになると離脱して飛行。

 そんなことを繰り返していれば、いずれ脳にダメージが入り始め、無理に続ければ後遺症を呈する可能性もあった。

 

 だが幸い、ノアもヘレナも魔力情報から体調や消耗具合を大まかに察せられる、極めて優れた魔術師だ。限界が来る前に休ませ、イライザが「もう行けます」と言っても、無理をしている時には見抜いて休ませる。

 

 飛んで撃って、走って斬って、ちょっと休憩。また飛んで撃って──()()()()という、ミミズの耐性に阻まれにくく高威力な聖剣解放によって、そこそこの火力を出す。

 

 しんどい。

 ヘレナ以外の全員がしんどい。いやヘレナに関しては、並の魔術師なら既に何十回と死んでいるレベルの魔力消費、魔術行使だが、才能と研鑽で平然としているだけだ。

 

 初めの三十分は「もうやめません?」「帰りましょうよ。山で死ぬ人間なんか山ほど居るんですから、調査員が死のうがどうでもいいでしょう」とか、不満の声があった。主にフィリップから。

 

 倫理や道徳や軍務を理由に説得され続けて諦め、ついでに無駄口を叩くだけ酸素と体力を無駄にすることに思い至り、後は殆ど無言だった。

 

 そしてフィリップを説き伏せた手前、誰も「もうやめない?」とは言い出せなくなった結果、二時間。

 

 「は、──ッ!!」

 

 動きを見て接近し、複数回の斬撃を加える。

 訓練も実戦も合わせて何千何万回と繰り返したはずの基本動作ですら、細部どころか軸からブレる。動きが精彩を欠いていることが、フィリップ自身にもはっきりと分かった。

 

 ミミズは依然として健在で、フィリップを執拗に狙っている。というか、フィリップの纏う外神の気配の残滓以外を認識しているかが怪しい挙動だ。相も変わらず。

 

 「危ない!」

 「っと……!」

 

 疲労のせいで回避が遅れ、ヘレナの魔術がフィリップを浮かせて危険範囲外へ吹き飛ばす。

 持ち上げて運ぶような繊細で時間のかかる魔術は、耐性のせいで使えない。必然的に、緊急回避は一瞬の暴風で無理やり移動させる形になる。

 

 身体への負荷はそこそこあるが、何十トンあるかも分からないバカデカミミズに踏まれるよりは遥かにマシだ。

 

 ミミズの動きを見つつ、再び距離を詰め──あ、と、声が二つ、同時に上がった。

 フィリップと、ミミズの反対側を掘っていたノアのもの。

 

 驚きでも、ましてや絶望でもない。

 本来なら希望や歓喜に満ちているべき──疲労によって感情が抜け落ちた抜け殻の「あ」。

 

 一音の宛先は、それぞれの見据える先。

 ミミズの外皮に刻まれた、先のローテーションでフィリップとノアがそれぞれ刻み込んだ、斬撃の痕だ。

 

 傷跡が残っている。──再生していない。

 

 「再生が止まった……?」

 

 掘った端から埋まる砂浜を、全て掘り尽くした。

 フィリップたちの足掻きは無駄ではなく、チマチマとした穴掘りは、ミミズの外皮からの栄養吸収速度を上回っていたのだ。

 

 「……」

 

 フィリップは溜息を吐くことも出来ず、肩で息をしている。

 

 これは、勝ちだ。

 あとは掘れば掘るだけ、削れば削るだけ、ダメージを通せる。魔術は無理でも聖剣なら、数発でケリを付けられる。

 

 そんな状況だ。そんな状況まで、どうにか漕ぎ着けた。

 

 なのに、達成感や解放感が殆どない。

 代わりにあるのは徒労感だ。

 

 「勇者ちゃん! 止めを!」

 「は、はい! 師匠、離れてください!」

 

 地上に降りて休んでいたイライザが三対の翼を広げ、空へと舞い上がる。

 聖剣を高々と掲げ、眼下の巨大なミミズを真っ直ぐに見据え、凛然と詠い上げる。

 

 「万物を還す時の風よ、塵より出でしを塵へ返せ──聖剣プロヴィデンス、《攻撃変化・風(シェイプシフト・ブラスト)》!!」

 

 空には暗雲が立ち込め、雷雨を孕む螺旋となって降りてくる。

 風が吹き荒れ、ノアと上空にいるヘレナは魔力障壁を張って身を守る。自分の周囲だけでなく、フィリップにも。

 

 そうして身を守らなければ、50キロ程度の人間は地面を離れてしまうほどの風速だ。

 

 掲げられた聖剣は輪郭を失い、空となった手に、漏斗雲は竜巻となって垂れ下がる。

 ほんの数秒の後、地を目指す天の指先は彼女の手中に握られた。

 

 瞬間、全ての暗雲が吹き散らされたように掻き消え、視界が一気に晴れる。

 全ての風、大気のうねりは、今やイライザの掌中。圧縮された空気、その流れと運動、雷、熱。竜巻一つが作り出す全てのエネルギーを剣の形に収めたモノが、彼女の手の中にあった。

 

 「ふ、ッ──!!」

 

 鋭い気迫と共に振り抜かれた風の剣の一撃は、全長30メートルのミミズを完全に飲み込む。

 

 およそ斬撃に付随したとは思えない爆発的な衝撃が撒き散らされ、フィリップとノアは魔力障壁に守られているにも拘らず、思わず手で顔を庇った。

 粉々に砕け散った火山岩が土煙となり、瞬時に吹き散らされる。もしもガス類が漏出していたとしても、この周囲に滞留することはないだろう。

 

 一瞬の後、ざあ、と雨のような音がした。

 視界に過った落下物は、抉り飛ばされて砕けた火山岩とミミズの混合物だ。

 

 「一撃。流石は聖剣……というか、もしかして魔術耐性も下がってた?」

 「でしょうね」

 

 フィリップとノアは円を描くようにぐるぐると回って歩きながら、荒れた呼吸を整える。

 本当は今すぐ座り込んで水をガブ飲みしたいところだが、それは心臓に過剰な負荷を掛ける危険な行為だと、二人とも訓練を通じて知っていた。

 

 ヘレナとイライザが地面に降り、達成感に満ちた顔で二人の側まで来ると、漸く地面に腰を下ろした。

 

 「キッツい! 二度とやりたくない相手だわ!」

 「もしまたこいつを狩れって任務が来たら……その時は皇帝を殺しましょう」

 

 フィリップの呪詛に、ノアは声を上げて笑った。が、すぐに「イテテ」と脇腹を押さえて呻く。

 

 「すーごいコト言うじゃん。たぶんそっちの方が面倒臭いことになるよ」

 「追手を全員ブチ殺すのに、こんな穴掘りシャトルランみたいなコトはしなくていいでしょう?」

 「あは。それは確かに」

 

 会話が途切れる。

 二人とも喉はカラカラで、口の中に粘度の高い唾液がへばりついている。頭の先からパンツや靴下の中まで汗びっしょりで、濡れた地面に座り込んでいても気にならないくらいだ。

 

 「二人ともお疲れ様。よく削り切ってくれたわ」

 「先輩と勇者ちゃんの支援あってこそですよ」 

 

 一番元気なヘレナが二人の荷物を取ってきて、それぞれに水筒を差し出す。

 口を濯いでから一口飲み、頭から水を被ろうとしたところで、ノアの魔術が降ってきた。冷たい、しかし冷たすぎない、ちょうど適温。溺水の危険を感じさせない量と勢い。いいサービスだ。

 

 ノア自身はもっと豪快に、バスタブをひっくり返したような水量を浴びていた。

 

 「あー、さっぱりした! 勇者ちゃんにもやったげよっか?」

 「えっ? じゃあ、お願いします!」

 

 溌溂とした返答に、ノアは眩しそうに目を細めて「若い子は元気だねえ。おばあちゃんがお水をあげようねえ」なんて、老婆を真似ているのだろう細い声を出す。

 

 「二十歳そこそこでおばあちゃんなんて、人間は短命ですねえ」

 「誰がおばあちゃんだブチ殺すぞ」

 「自分で言ったのに。年を取ると物忘れが激しくなる。ヤですねえ老化って」

 

 軽口を交わし、けらけらと笑い合うフィリップとノア。

 

 それから十五分ほど休憩して、濡れた服も乾いた頃、ノアが跳ねるような軽快な所作で立ち上がった。

 

 「さて……初めは首でも持ち帰ろうかと思ってたけど、細切れだね。……どうする? 破片の全部が再生したら」

 「五億年後の支配種がどうにかするでしょう」

 

 少なくともノアは死んでいるだろう。ヘレナもイライザも。

 

 フィリップが投げやりに言うと、すぐ横、誰もいなかったはずの場所から豪快な笑い声が上がった。

 全員がびくりと肩を跳ねさせ、豊かな髭をしごきながら笑う小柄な老人の姿を見て、ヘレナとノアは攻撃姿勢を解いた。

 

 「死んだよ。完膚なきまでにな」

 「モーンス。また出てきたの……って言い方は変か。山はずっとあるしね」

 「うむ。だが、こうして言葉を交わしたのだ。別れの挨拶くらいはする。もう山を下りるのだろう?」

 

 意外と律儀──いや、意外ではあるが、律義さではないか。

 ヴィカリウス・モーンス、“山岳”の環境代理人が、人間の義理や礼儀に則って動くことはない。

 

 まあ動機が何にせよ、いいタイミングで出てきてくれた。

 

 「そっか。ちなみに、他にはもういない? アレ以外に危険なものは」

 「あとは小さな虫くらいだ。見ての通り、碌な食物もない火山だからな」

 

 よし、とフィリップは深く安堵した。

 これにて任務は完全達成。安全化もしたし、安全確認までした。

 

 帰ろう。

 テントにではなく、王都に。

 

 疲れた。とても疲れた。肉体的にも、精神的にも。

 ここから更に「で、ヴィカリウス・システムについて詳しく」「先史について詳しく」とか──いや、それはいい。それはいいが、「でもそれって一神教の教義と違うよね?」「カルティズム的な思想じゃない?」とか言われそうなのが嫌だ。

 

 「よし、じゃあ安全確認して帰ろう……と言いたいところだけど、疲れてそうだし、今日のところは一旦戻ろうか」

 

 いま安全確認したじゃん、と辟易したフィリップの視線を、ノアは疲労感からのものだと誤解した。或いは誤解したフリをした。

 

 まあヴィカリウス・システム云々を信用し切れていない彼女にしてみれば、「モーンスが安全だって言ったのでヨシ」とはならない。それは当然だ。

 

 「いえ、まだまだ行けます!」と、イライザはやる気を見せる。

 しかし、聖痕者二人は揃って頭を振った。

 

 「そりゃ勇者ちゃんはね。でもほら、ここに濡れた岩の坂道を全力疾走しつつ、穴掘りじみた攻撃をしてた子がいるでしょ?」

 「ウィレットさんも脳の疲労は蓄積しているはずだし、無理はよくないわ。今日のところは切り上げましょう」

 

 今のうちに「明日は僕パスで」と言うべきか、それとも明日に「今日は僕パスで」と言うべきか。どちらの方が通りやすいだろうか、なんて、フィリップはらしくもなくサボるために頭を悩ませた。

 

 

 

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