なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
シナリオ27 『煩悩具足(仮題)』 開始です
必須技能はありません。
推奨技能は【言いくるめ】または【精神分析】か【心理学】です。
サブタイは例によって仮題です。もっといいのを思いついたら差し替えます
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天使とは唯一神の意思の代行者である。
そして唯一神とは全知全能なる、万物の創造主である。
全知全能の視座から下された命令を実行する、忠実な下僕。
それは天使とは無謬であることを意味する。
全知にして全能なるものは、自らの従僕に命令の完遂に必要十分な知識と力を与える。従僕が目的を達成し損なったように見えても、それすらも全知なるものは見通しており、全能なるものは不足ではなく意図を持ってそのように計らったのだ。
……というのが、一神教における一般的な天使の解釈だ。
まあ話によっては、人間を愛した果てに禁忌を犯し天より堕とされた天使、なんてものも出てくる。魔王も、古くは神に最も近しい天使だった、なんて逸話もあるくらいだ。
だからまあ、これも解釈の分かれる諸説ポイントでしかない。ないが、それでも。
「師匠は王国の魔術師全てを、いえ、王国そのものを救った英雄です! 悪人のはずがありません!」
「そうね。それに、彼はサークリスさんやステラ王女殿下からの信頼も篤い、我が国の英雄よ。きっと何かの間違いだわ」
イライザが悲鳴のように、ヘレナは硬い声で、天使の言葉をはっきりと否定する。
聖人二人による天使の正しさの否定は、遠巻きに状況を見守る帝国兵や使徒たちには衝撃的で、フィリップには愉快なものだった。
先の、ヘレナが無自覚に吐いた神の否定も面白かった。
ノアが、やはり無自覚とはいえ神に付けた──「神」という呼び方さえも批判した痛烈な渾名も、物凄くツボだったが……思い出し笑いをしている場合ではない。
フィリップは湧き上がった笑いの発作を溜息で散らす。
天使は強い。
咄嗟の防御程度とはいえヘレナの守りを貫通して軽傷を負わせた。当然ながらフィリップの説得に応じるような慈悲も柔軟性もない。
ミナよりは弱いはずだが、人間よりは格上だ。
剣は元より、聖痕者二人に勇者一人でどうにかなるかも不明。
今も、人間たちの言葉を聞いているようで聞いていない。
それの興味はフィリップの懺悔と改心、正確にはその可能性の有無にのみ向いている。
聖人たちの言葉など、命令元である神の意思に比べれば何の重みも無い。
フィリップが膝を折らないと──改心の余地無き、救いようのない罪人であると判断した瞬間、停滞は終わりだ。
考えるべきは撤退方法か、全員狂死した場合のステラへの言い訳で。
──フィリップは最早、どちらも考えていなかった。
「いいや。それは違うよ、イライザ」
「え……?」
軽い、自分の命が狙われているなんて微塵も感じていないような口ぶり。
ちょっとした計算ミスや、誤字でも見つけたような。
安穏とした声音はいつも通り過ぎて、張り詰めた空気の中では異質だった。
「善人だって悪事を働くことはある。悪人だって善行を為すことはある。そもそも善悪なんてのは絶対性のない、時や場合、立場なんかに応じてころころ変わるものだ」
平時に一人殺すのは罪だが、戦時に一万殺すのは功績、なんて言い回しは使い古されている。
人類という種を根絶した場合、それは最早善悪では語れない──天秤を傾けることもない些事だ。
“自然”や永くを生きる旧支配者たちにとって、種の絶滅など珍しくもなんともない。
そんな人外からの意見はさておくにしても、イライザの信頼──或いは妄信は、フィリップには危うく見えた。
「もしかしたら、これが最後になるかもしれないから教えておくよ。敵味方を善悪で区別したり、推し量ろうとするな。敵なら善人でも殺せ。悪性を持っているからという理由だけで、味方にすることを躊躇うな」
妄信はギリギリ許容できる。
フィリップが邪神を呼ぶにあたり必要な周囲へのケア、視覚と聴覚からの精神汚染を防ぐ『対爆防御』に従わせるには、妄信でなければ智慧が必要だ。
智慧を与えるよりは──こちら側に触れさせるよりは、妄信を利用する方がマシだろう。
だが悪だから敵だという単純な考え方でいると、彼女は早々に死ぬ。
ルキアとステラも根っからの善人というわけではない、というか、国家維持装置として悪性を許容している。
勿論、二人とも、ちょっと突っかかられた程度で、魔王討伐前に勇者を殺すほど短絡的ではない。
だが王都には、人間の都合など気にしない、人間の価値観では測れないモノがいる。
外神二柱はこの際措いておくとしても、イライザと接点があり、魔王討伐でフィリップに同行するだろうカノンとアンテノーラが。
二人とも敵対者には容赦がない上に、かなり嗜虐心が強い性質だ。
フィリップの命令が無い状態で
それに、そんな具体例を抜きにしても、敵味方を主観で決めるのは危険だ。
特に、彼女は自らを一兵卒と定義しているのだから。
「あは。なんかホントに師匠っぽいことしてんね?」
「うるさいですよ。折角師匠っぽい助言をしてたのに」
揶揄するような笑みを浮かべたノアの軽口に、フィリップも相応の笑みと共に応える。
二人の間には、安穏とした友人同士の空気が流れている。
そして二人とも、一片の躊躇もなく互いを殺せる精神性の持ち主だ。どちらかが敵意を露にすれば、その瞬間に戦端が開かれる。
説得より懐柔より、言葉より先に手が出るタイプの二人は、今のところ、互いを敵と見做していない。
「師しょ……フィリップさん? さ、最期って……」
「ん? あぁ、違う違う。僕は天使に「汝、罪ありき」と言われたからといって、「はいそうですか」と首を差し出しはしない」
フィリップは溜息交じりに、何もかもが面倒臭くて仕方がないと言わんばかりの口ぶりで語る。
「死にかねないのは君たちの方だよ。勿論殺すつもりはないけど、巻き込まれたらゴメンね?」
もういいだろう。
かったるい。目の前に敵が、それも天使という超級の相手が居るこの状況で「対爆防御」と合図したところで、従わないのは分かり切っている。
いやイライザだけは妄信的に従うかもしれないが、ノアとヘレナが従うビジョンは全くない。
だからといって警告だの説得だの示威だの、配慮を重ねるのも面倒だ。
死んだら、死んだだ。
ルキアやステラに負担をかける。ステラに怒られる。そういうのを全部ひっくるめて考えて、考えることさえ面倒になった結果が「まあ、いいか」という
「いあ──」
天使と鏡写しのように、フィリップも掌を向ける。
厳かさは無く、覇気も無く、気怠そうに。殺意も無く、敵意も無く、ゴミを捨てる程度の意識を以て。
しかし、邪神を呼びつける祝詞は、たった一節で遮られた。
「──ふぃりっぷ」
ぽす、と伸ばした手に僅かな重みが乗る。
腕に腰掛けた状態で現れたシルヴァは、翠玉色の目にはっきりとした呆れの感情を宿していた。
「っ、びっくりしたぁ。どうしたのシルヴァ」
腕を下ろすと、地面に降りたシルヴァはわざとらしく溜息を吐いた。
呼吸なんか必要ないはずだが、誰の仕草が移ったのだろうか。
「ぜんいんまもるっていってた。きのうは」
「あー……。言ったね、うん……。言ってたなあ……」
そういえば、と、しみじみ呟く。
声は跳ねず、冷えず、至って平坦。悪意も敵意もない心は、端から燃えてもいなければ冷えてもいない。至ってフラットなままだ。
天使を殺したいわけではない。
勿論、イライザたちを巻き込みたいわけでもない。
ただ──、
「でも、面倒臭くてさ」
ただ、面倒臭い。
天使、延いては唯一神の動機やスタンスを考えることも。
誰かを守るべきだという義務感も。
どうでもいいこと。どうでもいいもの。感情を揺るがすことのない些事。
そんなものが、さも自分は重要ですという顔で視界に入り、耳朶に触れ、思考させる。
鬱陶しい。
──だが、シルヴァは別だ。
彼女と一緒に居ることは、フィリップ自身が望んだこと。彼女の言葉まで些事と切り捨て、その意思をぞんざいに扱うことはない。
「……不味いかな? いや、シルヴァに聞くことじゃないとは思うけど」
人間らしさを尋ねて、「さあ?」と当然の冷たい返答を頂いたのは昨日だったか。
同じ答えを予想していたフィリップだったが、シルヴァは顎に手を遣り、考え込むように小さく唸った。
「んん……すてらにしかられそう」
「うっ……た、確かに……」
そもそも感情で動くこと自体、ステラの顰蹙を買うだろう。
それが憎悪のような確固たるものであれば、いい顔はしないが咎めもしない。咎められたところで、フィリップが折れることもない。
だが今回のこれは。
「……よし、ちょっと真面目に考えよう」
状況的に「最善を尽くしたが仕方なかった」と言えるなら、ステラは苦笑一つで済ませてくれる。
だが「メンドかったから殺しちゃった」とか言おうものなら、怒られる。超、怒られる。
「イライザと先生は、僕の味方ってことで良いんですよね。」
「はい!」
「えぇ、勿論」
フィリップを庇う位置で、振り返ることなく天使と対峙する王国組の返答には、確かな芯がある。
信じるフリをして後ろから──なんてことはなさそうだ。
イライザはともかくヘレナは何故、と思わなくもないが、特に王国の魔術師の間で猛威を振るった“眠り病”の被害に遭ったのは彼女も同じ。
つまり、『龍狩り』に救われた者の一人。信を置くには十分な理由だろう。
まだ「僕は冒涜なんかしていない」と一言も主張していない暫定冒涜者を、天使の言葉以上に信じるほどかは、フィリップには分からないが。
「でもシルヴァ、あっちは天使1の聖痕者1、こっちは聖痕者1の足手纏い2だよ。どうにもならなくない?」
「…………」
「カーター君……」
さらりと戦力外にカウントされ、イライザはしょんぼりと肩を落とす。
しかしフィリップが自分自身を同じ位置に置いている上、敵は天使だ。肯定はしたくないが、否定の言葉もない。
流石に可哀そうだと思ったのかヘレナが苦笑を浮かべるが、擁護の言葉までは出なかった。
年頃の子供を長く見てきた教師である彼女は何か考えていたかもしれないが、それより先に、ノアが口を開いたからだ。
「──いや、あたしも信じるよ」
軽い口調で言って、ノアはヘレナの横に並ぶ。
天使が撃ってこないことを分かっているかのように背を向け、フィリップを真っ直ぐに見据えて。
だが不意討ちの気配はない。
「天使より?」
「そ、天使より。まあ天使が嘘を吐いてるとまでは言わないけど、
誰かが息を呑んだ。
或いは、笑ったのかもしれない。
神の意思を代行する者を疑う。それはつまり、神の意思を疑うということだ。
「そうです! 師匠が冒涜者というのは……言いすぎだと思います!」
「ちょっと勇者ちゃん? 言い過ぎってなに? 多少は掠ってるみたいじゃん?」
至って真剣に主張するイライザに、ノアはけらけらと笑う。
フィリップに掛けられた冒涜の疑いは、荒唐無稽な根も葉もない冤罪──今はそう主張すべき場面だろうに。実際はともかくとして、天使相手には完全なる潔白を主張すべきだ。
「……そうですか。まあ、その、えーっと……」
何やら言い淀むフィリップ。
ノアはそれを照れと解釈し、続く、照れ交じりに絞り出される「ありがとう」を期待してニマニマしている。
だが、小さく嘆息したフィリップの表情に、照れや感謝の色は微塵も無かった。
「──残念です」
剣を抜く。
ミミズの耐性によって付与魔術を剥がされ、魔力ではなく龍の骸から錬成された特殊素材の輝きを取り戻した人造の魔剣。
鋭利化の魔術が解けてもなお、金属鎧も人骨も紙のように通す凶器。
その枷を取り払う意味は一つ。
「……うん、残念に思える程度には、いい友人でした。ノア聖下」
フィリップが口にしたのは期待された謝辞ではなく、弔辞だった。
寵児だけにね! \どっ/