なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 目に付いた魔物という魔物を片端から殺して回り、フィリップたちがノアと合流したのは、別れてから一時間ほど後のことだった。

 

 ノアは地面に降りて、広げた地図と睨めっこ中だ。

 「戻りました」と声を掛けても、「んー」と適当な返事しか得られない。

 

 フィリップとイライザが水を飲んだりして体を休めていると、数分後、ノアが「よし」と声を上げた。

 

 「よし、分かった。現在位置は多分、ここ」

 

 地形や小規模な集落までが詳細に記された地図。

 恐らく他国の人間に見せてはいけない軍事機密に分類されるそれを広げ、ノアは一点を示した。

 

 「すごい。こんな短時間で分かるんですね」

 

 イライザは感動と尊敬の眼差しを向ける。

 

 周辺の地形と、時間と太陽の位置。土地勘と詳細な地図。

 それらの情報から、現在位置を正確に割り出す。歩き回ったとしても簡単に出来ることではない。過去に上空を飛んだ経験があっても、だ。

 

 「サムロア山からは100キロぐらい離れてるし、天使があたしたちを追いかけてきても、即座に追いつかれはしないと思う。でも、敵もまだ健在だ」

 

 易々と追い付かれはしない。

 だが追ってくる。──ノアはそう読んでいる。

 

 フィリップもイライザも、確信こそ無いが同意見だ。

 

 天使には「会ったら殺せ」という命令が下されているらしいが、それが「逃げたら追って殺せ」と同義かは不明だ。

 もしかしたら転移した時点で天使は標的(フィリップ)を見失い、今はもう安全かもしれない。

 

 だが、流石にそれは希望的観測だ。楽観的と言っていい。

 今は最悪を想定して動くべき場面。つまり──天使はフィリップの位置を把握しており、追撃を企図していると。

 

 「差し当たり、作戦プランが三つある。一つ、ここから20キロ地点にある帝国の軍駐屯地まで逃げ、皇帝陛下に連絡して正式に保護してもらう。つまり、皇帝陛下経由で教皇庁を牽制する」

 

 先輩たちとは別でね、と結ばれる第一の案。

 なるべく早く、公的機関の庇護下に入る方針だ。直感的には悪くないように思えるが、「天使が公権力に負けるか?」とか、「そもそも『冒涜者』は公共の敵(パブリックエネミー)では?」とか、色々と問題もある。

 

 「一つ、潜伏しつつ王国領を目指して移動する。教皇庁の思惑が今一つ分かんないからアレだけど、万が一、先輩たちの抗議が()()()()()()場合でも、先輩たち直々の庇護を得られるまでが短い」

 

 最悪を想定するのなら、その後の対応に大きく寄与する第二の案が良い。

 最速の魔物であるスティンガーイーグルを利用した超長距離高速通信とはいえ、王都から教皇庁まで手紙を届けるには約一日かかる。

 

 そして、ヘレナが王都に帰るまで何日かかるのかが判然としない。

 飛行速度と距離もそうだが、集中力や魔力量、演算負荷などを加味した飛行魔術の連続行使可能時間など、色々と考えることが多い。

 

 だがまあ、ディアボリカが王都から暗黒領北部まで半日弱くらいだった。

 空気の薄い高空を飛んで速度を最大限に上げつつ、一時間おきに五から十分ほど魔力回復(休憩)を挟んで、そのくらい。

 

 魔力の総量も回復速度も、飛行術式の出力自体も、ディアボリカ(人外)の方が上だろう。

 

 なんとなく倍で考えて一日くらい……だろうか。

 帰ってすぐに報告して手紙を認めて、何事もなく手紙を送れたとして、教皇庁に着くまで一日。

 

 教皇庁が“使徒”や天使に攻撃中止命令を届けるのに、更に一日くらい見るとして。

 

 ……合計三日。()()三日だ。 

 72時間。天使が本気になったら、逃げ切るのはまず不可能だろう。

 

 今度はヴィカリウス・シルヴァによる長距離転移も無い。次に見つかったら終わりだ。

 

 「もう一つ。分かる人いる?」

 「戦って殺す、ですか?」

 

 答えたのはフィリップではなく、イライザだった。

 僅かに目を瞠ったフィリップも、「そうだけど、まさか勇者ちゃんから出るとはね」と小さく笑ったノアも、表情には意外感と感心が滲んでいる。

 

 だが彼女の師匠を思い出せば、そう意外なことでもない。

 「敵なら殺す」なんて大前提を、彼が教えないことがあるだろうか。

 

 「天使は滅茶苦茶強いけど、あの感じなら勝てなくもない。こっちにはデコイもあるし、あたしが最大火力を不意討ちで当てる。……まあ倒し切れる確証はないけど、絶対無理って気もしないね」

 「デコイはともかく、もう「ある」って言いましたね。「いる」じゃなくて」

 

 けらけらと笑うフィリップに、ノアもにやりと笑い返す。

 だが二人とも冗談のつもりはない。特に、ノアには勝算がある。

 

 二時間、謎のバカデカミミズの注意を引き続けたこと。古龍相手でさえ一定時間のタンクを務め、魔剣を持った衛士団長の戦線復帰まで耐えたという話。

 彼女にとっては、どちらも信頼に足る情報だ。

 

 そして現状、天使の関心はフィリップを中心としている。

 

 ()()()()()

 

 戦線を支える優秀な前衛(タンク)に、敵が攻撃を躊躇う火力源(アタッカー)も揃っている。

 ついでに言えば、相手は天使とはいえ、序列最下位の下級天使。魔術による召喚が可能で、神話に於いては悪魔との戦いで死んだ個体も数多い。

 

 つまり、殺せば死ぬ。殺せるモノ。

 なら簡単だ。殺せばいい。

 

 フィリップとノアは、それを言葉も無く共通の認識としていた。

 

 「……お二人とも、すごく余裕なんですね」

 「ん? 気に障った?」

 

 揶揄の笑みを向けられて、イライザは慌てて激しく頭を振った。

 

 「い、いえ! そう言う意味ではなくて! すごいと思っただけです!」

 

 慌てぶりがお気に召したのか、ノアは声を上げて笑う。

 それで冗談だと分かったイライザは、困り笑いに安堵を混ぜた。

 

 「あの……ノア聖下は、どうして師匠を信じようと思われたのですか?」

 「え? 別に信じちゃいないけど?」

 「……えっ?」

 

 ぴり、と、空気が僅かに熱を持ったようにイライザは感じた。

 先天的才能も後天的努力も欠けた彼女の魔術感覚が、僅かに漏れ出たノアの魔力を「熱感」という形で感じ取ったのだ。

 

 だが魔力の漏出は、ノアとしても意図したことでは無い。

 反射だ。彼女も彼女で、背筋が冷えるような敵意を無意識下で感じ取り、身体が反射的に戦闘準備を整えた。

 

 その元凶、敵意の源はフィリップだ。

 そして、フィリップもまた意識してのものではない。イライザと異口同音に「え?」と困惑の声を漏らし、とぼけ顔でノアを見ている。

 

 敵だったら面倒だし先手必勝で殺した方がいいのかなあ、とか、物騒なことを考えながら。

 

 ノアはその小さな意識に、同等のスケールで反応した。足元を這う虫が無害なのか毒虫か分からないから、取り敢えず踏んでおこうか考える。その程度の敵意に。

 

 もしもフィリップが剣を抜けば魔術を照準し、斬りかかれば撃つ。相手と同じだけの敵意、相手と同じだけの殺意──それは治安維持を担う中で深層意識に染みついた、癖のようなものだ。

 敵意を向けられたから殺す、では、平和の守り人にはなり得ない。

 

 ノアは無意識の反応を自覚し、表層意識で一瞬の思考を巡らせる。

 そして、あは、と小さく笑った。

 

 「……あたしは別に、あんたが信仰に篤い模範的一神教徒だなんて思っちゃいない。そういう連中は天使相手に持論を語ったりしないだろうしね」

 

 何事も無かったかのような口ぶり。

 実際、何事も無かったのだから当たり前だ。

 

 敵になったらダルいし殺すか?

 その思考は、理解も納得も出来る当然のもの。なんでもない、当たり前の検討なのだから。

 

 「でも、あんたを即時抹殺レベルの罪人だとは思わない。……それに、あんたが死んだらあたしも死ぬ。ルキア先輩とステラ先輩に殺される。だから、少なくともあたしの保護責任下にあるうちは死なせない」

 

 フィリップが冒涜者かどうか──基本的な道徳すら共有できない公共の敵(パブリックエネミー)であるかどうかは関係ない。

 ただ死なれると不都合だから死なせないだけ。

 

 ノアはそう言って笑う。

 「欲しかった答えでしょ?」と言わんばかり、挑発的に。

 

 フィリップは笑顔の意味を正しく汲み取って、しかし何も言わずに静かに笑い返す。

 よく分からないがなんか通じ合ってる風の二人を、イライザは不思議そうに見ていた。

 

 「……それより、目下の問題はこの森だよ」

 「一応、目に付いた限りの魔物は狩り尽くしましたよ? まあ魔物の発生条件は未解明ですし、今すぐ目の前にポンと現れる可能性も無くはないですけど」

 

 問題と言われてすぐに思いつくのは、やはり魔物だ。

 だが、ここの魔物は大した強さではないし、数もそれほど多くない。大きな群れや巣を作る種もいないようだし、何より大半は駆除した。

 

 あとは人里離れた場所ということで、犯罪者やカルトなどが潜伏している──なんてことも無かった。人間も、人間が居た痕跡も見当たらなかった。

 

 熊や狼といった危険な獣もだ。

 

 ……いや。

 

 「魔物じゃない普通の獣を見た? もしくは痕跡でもいいけど」

 「いえ……」

 「確かに、言われてみれば……。地図だと人里に近いわけでも無いのに、野生動物が居ないような?」

 

 人間に狩り尽くされたわけではなく、人間を恐れて逃げ出したのでもない。

 なのに、獣の一匹もいない。いや、鳥の鳴き声も、虫の羽音すら、この森に入ってから一度も聞いていない。

 

 耳を欹てても、耳朶を擽るのは風にそよぐ梢の音ばかりだ。

 

 「──ここ、ダンジョンなんだ」

 

 ノアはあっさりと、違和感のタネを明かした。

 

 「……え?」

 「まあ()()()()()()()()んだけど、意味は伝わるでしょ? 冒険者が言う所謂「ダンジョン」、通常の環境とは違う魔物の発生確率、非人為的な人工的トラップ、オーパーツの出土などが確認された特殊エリア」

 「人によっては違う? 森林型ダンジョンってことじゃないんですか? 別に、珍しいものじゃないと思いますけど」

 

 まあ一部「閉鎖的な地上遺構型しかダンジョンとは呼ばない」という過激派もいるらしいが、王国の地理院や冒険者ギルドなどでは、概ねノアが言った通りの定義だ。

 

 通常環境とは明らかに異なる形態や、有意に高い魔物の発生確率などを以て、構造あるいはエリアを「ダンジョン」と指定する。

 

 「ダンジョンではあるんだけど、通常のものより圧倒的に規模が小さいというか……いや、なんて言えばいいのかな、全体的にこう、ショボいんだよ。発生する魔物の強さも頻度も大したことないし、オーパーツの出土も確認されてない」

 

 ノアの言葉に、フィリップは小さく苦笑を浮かべた。

 

 冒険者がダンジョンに挑む最大の理由は、出土するオーパーツや貴金属類だ。

 中には高い魔物の発生率を利用して、戦闘訓練目的でダンジョンに潜る層もいるそうだが、大抵は命を懸けるに値するリターンを求める。

 

 そういう大多数にしてみれば、物次第では一攫千金も狙えるオーパーツが出土しないダンジョンなんか、「ダンジョンではない」と吐き捨てたくなるものだろう。

 

 だが国や軍隊は、冒険者の感情論で定義を決めたりしない。

 

 「……でもダンジョンと認めるだけの何かはある?」

 「トラップはあるんだ。間違いなくダンジョン産の、人類には再現不可能な不思議なギミックがね。……まあ、それが一個だけってのがショボいんだけど」

 

 平然と言われて、フィリップとイライザは思わずといった風情で顔を見合わせる。

 

 今さっき、森の中を一時間ばかり、めちゃくちゃ無警戒に歩き回ってきたところだ。

 いや魔物への警戒はしていたが、罠に関しては全く無警戒と言っていい。幸い、一度もトラップには引っかからなかったが……無邪気に幸運を喜ぶ気分にはなれなかった。

 

 「先に言えよ!」と言いたいところではあるが、ノアが現在位置を特定したのはフィリップたちが森を散々練り歩いた後のことだし、流石に難癖になる。

 

 まあ小規模とはいえ全周500メートルの森林だ。

 その中に一つだけなら、むしろ踏む方がラッキーと言うか、レアケースなのかもしれないけれど。

 

 「ちなみに、特にトラップを突破しないと出られないとかはない。閉鎖型のダンジョンとかならいざ知らず、「定義上はダンジョンかも?」みたいな、こんな場所じゃあね」

 

 じゃあ早く出ようよ、と、フィリップとイライザの内心が揃う。

 

 「更にちなみに。……トラップのスイッチは森の中を不定期かつランダムに移動する魔法陣です。なので、いまこの瞬間にもあたしたちの足元に現れる可能性はゼロじゃない」

 

 「じゃあ早く出ましょう」と、今度は声が揃った。

 

 

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