なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 すぐ出よう今出ようと荷物を背負い直すフィリップとイライザだったが、ノアは動かなかった。

 

 「まあ落ち着きなって」

 

 フィリップとイライザは顔を見合わせ、胡乱な顔でノアを見つめ返す。

 荷物の上に座ったままの彼女は落ち着きすぎというか、「何をそんなに落ち着いているんだ」と言いたいところだが──ノアに言わせれば、むしろ二人が慌てすぎだ。

 

 「ここは常に空気中に微量の魔力が滞留してて、魔力視や探知術式をある程度妨害してくれる。勿論長々と滞在する気はないけど、先に行動方針くらい決めちゃおうよ」

 「……確かに、森を出てどっちに向かうかくらいは決めたいですね」

 

 方針を決めるくらい一瞬だろうし森の外でやればいいとも思うが、逆に、短い時間だからこそ、外から探知されない場所で腰を落ち着けて話し合うべきだという思いもある。

 

 両者を()()()、フィリップは荷物を下ろした。

 慌てて移動するのも、慌てて移動した結果「やっぱり反対側を目指そう」と引き返すのも面倒臭い。

 

 何より、プロの意見だ。ノアが「慌てる必要は無い」と言うのなら、本当に差し迫った危険は無いのだろう。

 ……が、対策くらいはしておくべきか。

 

 「トラップについては、気にしても仕方ない……何してんの?」

 

 大人しく荷物を置いたかと思えば、今度は徐に木に登り始めたフィリップ。

 するすると手際よく二メートルほど登って枝に腰掛けたのを見て、ノアは胡乱な視線で尋ねた。

 

 「木の上に居れば、ランダムで現れるとかいう傍迷惑なスイッチを避けられるかな、と」

 「そんなことだろうとは思ったけど、多分無理だよ。……まあいいや。普通に話せる高さに居なよ」

 

 魔法陣を踏んだら起動する、なんて一言も言っていないし、そもそも魔法陣の基本性質は『内外を区切るもの』。まあ記述内容で性質など幾らでも変えられるが、発動条件を緩くするなんて手心を、ダンジョンのギミックには期待できない。

 

 その辺り、フィリップは魔術学院で習っているはずなのだが。

 

 「わ、私も登っていいでしょうか? トラップに対処できる自信がないので……」

 「……好きにしなよ」

 

 律儀に断りを入れるイライザ。 

 ノアが何とも言えない顔で許可を出すと、彼女もフィリップとは別の木に登っていく。

 

 「警戒心が高くて結構だけど、とにかく方針を決めよう。取り敢えず、三つの案以外で何かある?」

 

 帝国軍に保護を求めるか、王国を目指すか、或いは場所を決めて天使を迎え撃つか。

 どれも大雑把な案だが、細部を変えたり詰めるにしても、概要は三種になる。

 

 なるべく早く保護して貰えるが、保護自体の強度が然程高くない帝国ルート。

 保護まで時間はかかるが、保護強度は単純に考えて帝国の三倍になる王国ルート。

 

 そして、保護なんか要らねえ、かかって来い……という対決ルート。

 

 「僕は特に。イライザは?」

 「ええと……現状ではマルケル聖下が王都に戻り、教皇庁経由で天使と使徒を止めるまで、どうにか逃げる、というのが前提ですよね?」

 

 天使が止まらない(制御不能)、教皇庁が止めようとしないなどのケースは考えない。

 というか、その場合は「殺す」一択だ。

 

 だから制限時間(ゴール)があるとして考える。

 逃げ切れば勝ち。捕まれば負け。簡単な鬼ごっこ、或いはかくれんぼのルール。

 

 子供の遊びと違うのは、見つかった後の駆け引きだ。

 

 「そうだね。それか、どうにかして殺すか」

 

 再度の逃走は不可能。

 殺すか殺されるか、選択肢が一つに固定される。……つまり、「対決」は他に選択肢がある状況で、態々選ぶものではない。

 

 それに。

 

 「……聖剣は効かないか効きが弱いと思いますが、ノア聖下の魔術と、師匠の召喚術には勝算があるのですか?」

 

 イライザの問いは真っ当なものだ。

 勝算の有無。勝率の概算。そういった情報無しには、第三の案は選べない。

 

 勝利の確信さえあるフィリップは頷きかけたが、先に疑問が重ねられた。

 

 「召喚術?」と、ノアが首を傾げる。

 彼女の目に映るフィリップの魔力情報では、天使を打倒し得るレベルの召喚物とは契約できない。ついでに言えば、ヴィカリウス・システムのような特殊事例が、まさか二つもあるとは思えない。

 

 例の最上位吸血鬼も、今は召喚出来ないという話だ。

 

 「暴走のリスクはあるものの、二等地の一角を更地にするほどの威力なんですよ。以前にはゴエティアの悪魔を打倒したこともあって、王女殿下も信を置く……って、私が言うことではなかったですね。出過ぎた真似を……失礼しました」

 「いや、いいけどね……」

 

 声を弾ませて早口で語ったかと思えば、赤面して頭を下げる。

 そんなイライザに、フィリップは引きそうになるのをぐっと堪えて苦笑を作った。

 

 たぶん自分も、ミナや衛士のことを語る時はこんな感じなんだろうな、気を付けよう……なんて思いながら。

 

 「ヴィカリウス・システム、今は喚べないんでしょ? 仮に召喚できたとして、純粋な森じゃないダンジョンでも能力を発揮できるの?」

 

 フィリップの切り札は召喚術。正確には、錬金術製建材を用いて高い耐久性を持つ王都の建造物を吹き飛ばすほどの召喚物。

 それを、ノアは当然ながらヴィカリウス・シルヴァだと考えて問う。

 

 聖痕者の攻撃でも突破できない防壁を築くヴィカリウス・モーンス。聖痕者二人を含め四人もの人間を同時に長距離転移させるヴィカリウス・シルヴァ。

 ヴィカリウス・システムの能力自体は、信用できる。

 

 しかしその言葉を信じるのなら、転移直前、シルヴァは「次に召喚する時には命の危険がある」と言っていた。神官が常駐する教会、つまり高度な治療魔術などを使える人間の側、万全の救護体制下で召喚しろと。

 今のフィリップに、ヴィカリウス・システムという手札は無いに等しい。

 

 ……まあ、誤認だが。

 二等地の一角を吹っ飛ばしたのはクトゥグア──を呼んだのに、なんか出てきたヤマンソだ。星系を焼く火力を携えて。

 

 あの時はヨグ=ソトースがゴエティアの悪魔を殺すのに十分な火力に制御してくれて……とまあ、それはさておき。

 

 ついでに言うと、フィリップはシルヴァを戦わせるつもりはない。

 モーンスに星の力を移譲されて全盛状態の能力を発揮できるにも拘らず、天使の撃破ではなくフィリップたちの移動を優先した理由の一つだ。

 

 ──などなど言いたいことは色々とあるが、言う必要もないし、言う気もない。

 

 「あー……いや、まあ、うん。僕は天使相手じゃ無力でしょうね。イライザも……さっきのミミズ相手のときくらいには役に立つかも?」

 「うっ……そうですね。ミミズより天使の魔術耐性が劣る、なんてことはないでしょうし」

 

 ちょっとダメージを受けつつも、イライザは彼我の戦力差を正しく認識して頷く。

 

 「逃げるにしても逃げないにしても、見つかった場合のリスクが高すぎるかと。潜伏に注力すべきではありませんか?」

 「一理ある。でもかくれんぼをするなら、終了条件を決めておかないと。鬼が降参したって分かんないし、門限も無い。親が探しに来て「もう終わり」って言ってくれるわけでもない。先輩たちの文句が通ったのか、あたしたちは安全なのかを判別できない以上、情報を求めて動く必要は出てくる」

 

 ノアの言葉に、イライザも「確かに」と頷く。

 そもそも天使の追跡能力や探知能力が定かではない以上、一か所に長く留まるのはかなりのリスクだ。

 

 それに、片が付くまで三日くらいというのは、フィリップの大まかな推測でしかない。

 ヘレナの帰還、王国の対応、抗議文書の輸送、教皇庁の対応、使徒への命令伝達。どこかで推測より遅れが生じれば、その分だけゴールも遠ざかる。

 

 「食料も、まあ数日分は登山セットに入ってるけど、その後は自給自足だ。少なくとも野生動物のいないこの森型ダンジョンは出て、別の潜伏場所を探さないといけない。そして──」

 「移動などの体力を消耗することは、体力が余っているうちに行う。サバイバルの基本ですね!」

 

 イライザが言うと、ノアは面白いものでも見たように口元を緩め、頷きを返した。

 

 「……でも、見つかった場合はどうするのですか?」

 

 移動するということは、この森林型ダンジョンの薄いヴェールさえ脱ぎ捨てるということ。見つかるリスクが高まる。

 

 だが、ダンジョン内に居れば確実に見つからないというわけではない。

 所詮は薄布一枚程度の壁。捜索者から身を隠すにも、弾幕から身を守るにも全く足りない。

 

 イライザの「見つかったらどうする」という問いには、「見つかったら駄目だからここにいよう」という意図は含まれていない。

 言葉通り、被発見時のプランを聞いている。

 

 フィリップとノアの答えは決まっていた。

 

 「戦う」

 「そんで殺す」

 

 枝に腰掛けたフィリップと、地面に置いたリュックに座ったノアは顔を見合わせ、小さく肩を竦める。

 気が合ったと笑うには、当然すぎる答えだ。

 

 「天使を……ですか?」

 

 しかし、イライザは問いを重ねる。

 フィリップとノアには疑問の余地はない。というか、一択だ。

 

 逃げても逃げ切れない敵なら、戦うしかない。戦う以上は殺す。でなければ殺されるのだから。

 

 「まあ勝算は低いよ。実質、あたしと天使の一対一だからね。でもなくはない。……ま、負けたら負けただ。あんたらも道連れだから、精々応援してよね」

 

 天使と戦って勝てるのか。

 イライザの問いをノアはそう解釈したが、実際の意図とは違っていた。

 

 「いえ、そういうことではなくて……! 説得、いえ、師匠の罪は誤りだったと取り下げて貰うことは出来ないのでしょうか?」

 

 イライザは確かに、天使との戦闘に消極的だ。

 だが、それは勝てない相手だからという理由ばかりではない。

 

 天使を──神の使いを相手取ることに、心理的な抵抗感を覚えるのは当然のことだ。

 ノアだけでなく、フィリップにも容易に想像できる。

 

 故の「説得」という平和的な案だが。

 

 「無理だね。下級の天使は人を見ているようで見ていない。神の指先は所詮、指先だ。頭じゃない」

 

 天使は個々の考えで敵を決めないし、敵と示されたものを個々の判断で赦しはしない。

 説得ないし弁明は、頭──意思決定者である唯一神に向けなければ。

 

 「まあ天使を通じて神を説得できるなら別だけど、聖人とかならいざ知らず、暫定冒涜者に神様が「ごめーん間違えたー」なんて頭を下げるとは思えないな」

 

 小馬鹿にしたような口ぶりに、イライザが何とも言えない微妙な顔になる。

 彼女とは別の理由で、フィリップも微妙な顔だ。「ごめーんまちがえたー」なんて言われたら、つい笑って許してしまいそうだと。

 

 「で、方針はどうすんの? 確かに大っぴらに動くのは不味いかもだけど、使徒の動向は探れるようにしておきたいよね」

 

 

 

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