なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 「カルトってものをそこそこ見てきたけど、結構タイプがあるよね」

 

 見てきた──なんて言い方だが、要は“殺してきた”という意味だろう。

 

 ノアは語調を変えて言外に匂わせたりせず、あくまで淡々と言う。

 彼女にとって、カルトだの犯罪者だのはトロフィーにならない。何人殺そうが何億人殺そうが、趣味を同じくする者に誇るようなものではなかった。

 

 「タイプ?」

 「神の存在を否定する奴。もっと偉大な神の存在を主張する奴。偉大さはともかく別の神や魔王、悪魔なんかの、分かりやすく恩恵があるものを信仰する奴。ホントに色々」

 「あぁ……そうですね」

 

 端的なものではあったが、フィリップの同意はノアの微笑を買うだけの価値はあったようだ。

 彼女は親しみを感じさせる微笑みを浮かべ、先を続ける。

 

 「話を聞いてる限り、あたしたちは同じだ。神の存在は知っていても、その絶対性や全能性までは信じていない」

 

 ──いいや違う。

 フィリップは内心で切り捨てた。

 

 彼女はまだ、一歩足りない。

 「それは違う」と聖典や司祭の言葉を否定するだけでは、まだ。

 

 1+1=1(一神教の主張)が正しくないことは分かっている。だがそれでは不足だ。

 

 正しい答えを見つけて、漸く“一歩目”と言える。

 

 惜しい。もどかしい。可愛らしく、愛おしくすらある。

 だが、手を差し伸べるのは駄目だ。

 

 「……今、僕のことカルトって言いましたか?」

 「言ってな──いやそう聞こえたのならゴメン。そんなつもりは無かった」

 

 フィリップは眉を顰めつつ、わざとらしく怒った声を出す。

 本気で引っかかったわけではないし、気に障ってもいない。

 

 話を逸らしたかったのだが、残念ながら、ノアは誘導にもならないような茶々を咳払いで無効化した。

 

 「んんっ。話を戻すけど、天使にしろ使徒にしろ、一神教の連中は言葉がデカいというか、一々大仰なんだよね。疑うことなく信じろ、どれほどの矛盾があろうがとにかく信じろ。さもなくば背教であり冒涜である……ってさ」

 

 揶揄と嘲弄、軽蔑と嫌厭があった。

 聖人が、自らを聖なるものと定めた宗教を語るには、そぐわない感情ばかりが見える。

 

 そればかりが理由ではないが、フィリップもつい笑みを浮かべて先を聞いてしまった。

 

 「馬鹿な話だよね。そもそも神について記された聖典ってのは昔の聖人が書いたもの、要は字を間違えるような人間、が──」

 

 楽しげな、小馬鹿にしたような声がぴたりと途切れる。

 

 色素の薄い水色の瞳は愕然と見開かれ、僅かに震えながらフィリップを見つめていた。

 “分かっている者”同士の、悪くて楽しい秘密の会話──そんな気配は完全に消え去った。

 

 「──え? ねえ、待って、そういうこと? さっき言ってた神の発生の話……信仰から生まれた疑似神格、信仰をなぞるように存在するもの……」

 

 女の声が震え、尻すぼみになる。

 完全に消えることはなく、彼女自身にしか聞こえない呟きが続く。

 

 ほんの数秒、彼女はフィリップの溜息にも気付かないほど思考に没頭した。

 常人を遥かに上回る聖痕者の思考速度、思考深度。それで数秒。きっとフィリップがノートを使いながら熟考する数分に匹敵する量の思索が、素晴らしい頭脳の内を駆け巡ったことだろう。

 

 ──これだから、賢い人間は怖いのだ。

 

 剣に手を添える。

 目を開いたのなら、あとは二択だ。

 

 目の当たりにした真実を飲み干すか、呑まれるか。

 

 「……ねえ。もし、あんたとヴィカリウス・システムの言ってることが全部正しくて、世界が何億年も前から在って、人類はその中の、たった数万年しか存在していなかったとしてさ──」

 

 もしも何も、情報を視覚や聴覚を介さず、解釈すら交えずそのまま取得するヴィカリウス・システムに、間違いや勘違いなんて起こりようがない。

 

 そして外神由来の知識とヴィカリウス・システムの言葉が一致している以上、やはり間違いではない。

 

 が、まあ聖典という大前提を疑うノアにしてみれば、他の何もかもが疑うべき対象なのだろう。

 フィリップも、ヴィカリウス・システムも、一神教も、勿論、自分の思考も。

 

 盲目的であるよりはずっといい。

 

 常識を疑い、思考を疑い、仮説と批判を何度も繰り返す数秒。

 そして、ノアは一つの答えに至った。

 

 「……あん? いや……別に、だから何って話……か」

 

 気の抜けたような呟き。

 それを聞いて、フィリップは剣に添えていた手を下ろした。

 

 彼女は“飲み干した”。

 

 「だったとして……それが今で、それが何億年も続いてるわけで。あたしが何かを知ったところで、何かがどうにかなるわけじゃない」

 

 情報は所詮情報でしかなく、彼女が掴んだ真理でさえも、その枠を逸脱することはない。

 本来、それはなにかを傷つけ、害するものではない。人間の解釈、既存の知識や盤石な常識との齟齬がダメージになるだけ。

 

 言ってしまえば、人間が勝手に傷付いているだけだ。

 

 そこにあるものを、在るがままに受け入れるだけでいい。

 いや、受け入れる必要さえない。拒絶しようと、反論しようと、世界の在り方が変わるわけではないのだから。

 

 そこまで分かったのなら、もう大丈夫だ。

 フィリップはにっこりと笑った。

 

 「──っ! あの憐みはそういうことか!」

 

 フィリップの笑みは一瞬で引っ込んだ。

 確かに火山で「唯一神がどういうものかも知らないまま、確実に唯一神以上の存在歴を持つ魔王に挑むなんて。可哀そうだし、ちょっとくらい教えてやるか」とか思った記憶はあるが、バレていたとは。

 

 今度は「やべ」と書かれた顔で目を逸らすフィリップに、尋問の訓練も受けている女軍人は頬を引きつらせるように笑った。

 

 「うわぁ……超むかつく。むかつく……けど、まあ、理解はできる。知ったところでどうにもなんないし、ショックを受けるだけなら言わない方がマシだ。でも、気付くチャンスすらないまま死地に赴くのは、うん、()()()()だ」

 

 それは、彼女にとって笑えるほどに懐かしい感情だった。

 

 誰かに憐みを抱いたことも、憐みを向けられることも、無くなって久しい。

 聖痕者になってからというもの、凄惨な過去の話を誰かにしたことはないし、したところで美談にされるのがオチだ。「そんな経験があって、今はそれほど強くなったんだね」と、どこか羨望すら滲ませて。

 

 純粋な憐憫など、ただの戦災孤児だった頃にしか向けられなかった。

 

 懐かしいし、居心地は悪いが不愉快ではなくて。……いや、やっぱりちょっと気に障る。

 

 「でもなんか腹に据えかねるな。やっぱり一発殴らせてくんない? 優しくするから」

 「クソみたいな八つ当たりじゃないですか。殴り返した上で殿下にチクりますよ」

 

 ぐぅ、とノアは痛打を貰ったように、おどけて呻いた。

 実際、格闘戦でフィリップを下すくらい訳ないことだが、先輩二人からの報復は怖い。ノアがちょっと懐かしの“新兵への愛撫(掌底ビンタ)”をしたくらいでも、普通に肘から先を吹っ飛ばされそうだ。

 

 軽口を交わして笑い合ったあと、フィリップは小さく溜息を吐いた。

 

 「……まあ、でも。()()()()()()()()()()

 

 言祝ごう。

 その“一歩”は、とても小さなものだ。けれど初めて立った赤子のそれと同じように、とても重要な“一歩”だ。

 

 邪神や、人類圏外のものを知ったわけではない。

 しかし確かに、彼女は目を開き、自ら真理に辿り着いた。間違った知識を正し、己が無知であったことを知った。

 

 蒙は啓かれたのだ。

 

 「……ここでの会話、全部内緒ね。先輩たちはともかく、広めるには色々問題のある“気付き”だし」

 

 フィリップの賛辞に大きな溜息を吐いたあと、めでたくも一歩目を刻んだ赤子は、見守っていた先人の期待を上回る洞察を見せた。

 

 ほう、と、ノアのそれとは違う単純な感情が籠った溜息が、フィリップの口から零れた。

 

 「……ノア聖下、意外と賢いですね」

 「あ、この程度で感心されたのはホントにむかついた。あたしのこと相当バカだと思ってたでしょ」

 「いや、そういうわけじゃ……そうなのかな」

 

 頭の回転が悪いとは思っていなかったし、むしろ彼女の思考速度や深度は危険視していたくらいだ。しかし馬鹿というか、無知だとは思っていたし、事実として彼女は無知だった。

 

 YESともNOとも言いかね、真剣に悩む様子を見せたフィリップに、ノアはにっこりと笑った。

 危険な──獰猛な笑顔だ。ルキアと模擬戦をしている時のステラのような。

 

 「よし、やっぱ一発殴る。ここまでコケにされたんだから、ステラ先輩だって許してくれる──、っ!?」

 

 息を呑む音が一つ。

 それは、人類最高の魔術師からの称賛だった。

 

 やばい、と思うのと同じくらい、言いようのない感動が湧き上がる。

 

 完璧なタイミング。

 完全な気配遮断。

 

 以て──その奇襲は、成功裏に完了した。

 

 「ッ!?」

 

 どん、と重い衝撃がフィリップの身体に加わる。

 フィリップより背が高く、強い体幹を持ちながらも女性的なしなやかさを持つ肉体が押し付けられた。

 

 靡く髪の石鹸の匂い、どこか甘い汗の匂いに、鼻を突く鉄錆の臭いが混ざっている。

 

 ノアが展開した魔力障壁はガラスが割れるような澄んだ音を立てて砕け、二人の口から苦悶と血反吐が零れ落ちた。

 

 二人の胸に空いた、綺麗に通った穴の向こう。

 木立の中に立つ、一対の翼を持つ人影があった。

 

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