なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
一夜明けて、一行は広大な平野を横目に、長い街道をとぼとぼと歩いていた。
ただ最寄りの駅宿まで一時間くらい歩くというだけで、大した問題があるわけではない。
変わり映えのしない景色と、あとは。
「……」
フィリップに背後から突き刺さる、観察するような、そして隠す気配の全くない視線くらいのものだ。
「あの、師匠……」
「昨日は前からだったけど、今日は背中から穴が開きそうだ」
なにか言いたげな弟子に、師は苦笑を向けた。
それは質問を封じるためではなく、むしろ言い出しにくそうにしている少女を気遣ったものだ。
これが昨日なら違った対応になっていたが、ご飯も食べたし十分寝たし、心に余裕がある。
「昨日……天使に撃たれたんですよね」
「うん」
あまりにもあっさりとした肯定を返され、イライザは思わずフィリップの横顔を見上げる。
進行方向や変化のない周囲の景色をなんとなく眺める師の顔には、警戒心も無ければ、イライザを揶揄ってやろうという加虐心や悪戯心も無い。
撃たれたことも、天使に攻撃されたことも、なんでもないことのように。
「でも、気付いたら傷が治っていて、辺りの様子が一変していた……ですよね」
「うん」
フィリップはまた、適当な肯定を返した。
易々と受け入れられる話ではないのは分かるが、「気を失っていて何も覚えていない」と言えば、強く追及することも出来ないだろう。
それは、なにもイライザの疑問を突っぱねるためだけの言い訳ではない。
「サークリス聖下に仰せつかっていますし、なにもお聞きしませんが……そんな言い分、誰にも通らないと思います」
「いいや、通るね。ルキアと殿下には言い訳も要らないだろうけど」
弟子の言は、今度は真っ向から否定された。相変わらず適当な口ぶりではあるが、きっぱりと。
「ですが……天使を倒したのなら、やはり“使徒”や教皇庁から追及があるのでは?」
イライザは鎌をかけたわけではなく、むしろ何も考えずに「天使を倒した」と言った。
フィリップとノアが殆ど無警戒で、サムロア族の集落に向かう道中よりも余裕たっぷりなところを見れば、誰でも自然とそう思う。
そしてフィリップの中で、天使の襲撃は既に終わった話だ。
襲撃者の生死は定かではないが、フィリップを撃って、外神が介入してきて、まだ無事であるはずがない。
関心はもう、“その後”に移っている。
だからフィリップはイライザの言葉に引っ掛かりは感じなかったし、イライザも、自分の言葉が「フィリップとノアが天使を倒した」という認識と前提から出ていることを自覚していなかった。
「今頃は殿下が激詰めしているだろうけど、僕に突っかかって来る余裕があるかな……?」
いや、案外ルキアを抑えながらになって、強く詰められない可能性もある。
一神教は人間の道徳、人間社会の前提となっている。
つまり一神教の否定とは道徳と社会通念の否定であり、一神教の破壊とはそれらの破壊と同義。
フィリップもステラも、現在の社会の変容は望まない。
人間の社会が変化するのなら、それは人間の手によって為されるべき。その意識を、二人は共有できている。
ただ、ルキアの出方が分からないのが少し怖い。
フィリップとて愛されている自覚はある。
それに逆の立場になれば、フィリップは後々の面倒臭さを呑み込んで一神教を滅ぼすだろう。
が、その場合でも、やっぱりステラに止められる気がする。些か感情的過ぎる、と。
フィリップが止まるかどうかは別として。
「ルキア次第だね。僕が撃たれたことまでは知らないはずだし、そこまで荒れないとは思うけど」
いや、単に「攻撃された」という意味でなら、ヘレナから話が行っているはずだ。
だがヘレナと別れてから、被弾したという意味で「撃たれた」ことは、二人とも知らない。
だから、教皇庁の対応次第だ。
「冒涜の罪は何かの間違い」「鋭意調査中」みたいなヌルい言い訳でも、現状を詳しく把握できていないステラは止まらざるを得ない。
最終的に王国やフィリップたちが利を得るのなら、ステラは感情を捨て置ける。
しかし、あくまで一神教側に過誤は無く、「フィリップ・カーターは神敵、人類社会の敵だ」という主張をするなら──教皇領は早晩ソドムとゴモラの如く灰燼に帰すだろう。
或いは二人の手を煩わせることもなく、ひっそりと地図から消えるかだ。
「まあ、一神教側が問い詰めてくる分には、答えは簡単だよ。言葉さえ要らない。中指一本立てるだけで十分だからね」
「何があったんですか?」という疑問なら、「僕が知るか。説明責任があるのはそっちだろ」と言い返す。中指付きで。
「天使を殺すなんて!」とか「天使と戦うなんて!」と非難されたら、「敵対してきたんだから殺すに決まってるだろ」と言い返す。中指付きで。
まあ後者の場合「敵の味方だしお前も敵だな」と、剣を抜いている可能性もあるけれど。
「……私なんかがこんなことを言うのは失礼かもしれませんが、王女殿下のご心労の一端が垣間見えた気がします」
どこか批判的な目をして、イライザは師匠を見つめる。
血気盛んに吠え立て飛び掛かろうとする二匹の猛犬を、どうにかリードを引いて押さえるステラ──そんなイメージが脳裏に浮かんだ。
◇
街道に沿って先を行く、仲の良い師弟。
その片割れである友人の背を見ながら、ノアは思索に耽っていた。
撃たれた感覚は、まだ胸元に残っている。
攻撃に反応こそ出来たものの、最適な対応をし損ねた。自分の耐性と障壁だけでは防げないと分かっていたのに、つい咄嗟に、最速の防御であるそれらを選んでしまった。
本来の軌道を逸れた魔術の光が胸に吸い込まれ、皮膚を、肉を、骨を、内臓を、焼きながら破壊していく感覚は、そうそう忘れられるものではない。
背に空いた穴から流れ出ていく体温も。
背に感じた、自分同様に体温を失っていく身体も。
守りたくて、守ろうとして、守れなかった友人に“死”が迫ってくる気配も。
なにも、忘れることは出来ない。
だというのに、前を歩く友人は、死にかけたことなど忘れたように笑っている。
正直気色が悪いし、普通に引く。
いや、撃たれたことや死にかけたことに無頓着なのは、既にそういう経験があるからだろう。だからそれはいいとしても──
昨夜の会話からしても、二人を死の縁から救い出し、天使を殺し、森を変容させた「何か」を、フィリップは間違いなく知っている。「気絶していて何も分からない」なんて嘘っぱちだ。
あの時、ノアは心臓を破壊されていた。
通常の治癒魔術では間に合わない重傷。天使召喚レベルの回復魔術でないと間に合わなかった。少なくとも人間業ではない。
しかし、ノアが気を失う直前に感じたのは、天使とは違う気配だった。
そもそも“敵”が天使だったのだ。別の天使が“味方”だったというのは、少し不自然な思考になる。
となると悪魔。
それも一般的な魔物ではなく本物の、ゴエティア級。
──フィリップは魔王陣営に与している?
その思考は、自ら一笑に付した。
それならノアまで治療するのは無意味を通り越して愚行だ。
腐っても……一番才能に欠ける身ではあるが、それでも聖痕者の末席。特に面制圧能力では誰より勝る自信がある。
フィリップが魔王に与しているのなら、ここで殺しておくべきだった。
善性を見せるため?
いいや、それも微妙だ。ノアからの信用は買えるが、ここで聖痕者一人を殺す以上のメリットではないだろう。
実際に天使に撃たれ、ノア自身の意思で庇った以上、尋問で支配魔術を使われても言い逃れできるレベルの状況だった。
では逆に、フィリップは唯一神側の存在かと言うと、それもない。
昨日のあれは確実に心臓をブチ抜く攻撃だった。ノアが庇っていなければ、心臓と肺と気管支が一撃で吹き飛び、末期の言葉すら吐けずに死んでいた。
発端となった冒涜の罪といい、魂の真っ白な聖人様ということもない。
では何か──。
ノアが知る限り、有り得そうな可能性は二つ。
龍種か、ヴィカリウス・システム絡みだ。
そもそもヴィカリウス・システムとかいう初耳の常識外存在が居る時点で、考えるだけ無駄というか、未知を検討するとかいう“無理”が挟まる。
そうなると推理や考察ではなく、妄想だ。
そこまで考えて、ノアはすっぱりと諦めた。
「まあ、どうでもいいや。敵になるなら殺すだけだし、それまでは趣味の合う友人ってことで」
あっさりと。
しかし独白を伴って──自分に言い聞かせるようにして、友人の素性に対する思索を打ち切った。
「なんか言いました?」
フィリップは足を止めず、肩越しに軽く振り返って尋ねる。
独白が僅かに届いたのだろうが、聖痕者相手にびっくりするぐらい雑な対応だ。
必要なら追い付くなり呼び止めるなりすれば? という、或いは当然の。
その“当然”が、心地良かった。
「このまま道なりに行けば駐屯地があるから。兵隊使って情報集めて、先輩たちと連絡を取ろう」
聞いただけで分かるくらいに上機嫌な声と共に、ノアは軽快な一歩を踏み出した。
先を歩く友人に並ぶために。
◇
その後は、何ら滞りなく終わった。
帝国兵はノアの命令に素直に、速やかに従ったし、フィリップのことは何も知らなかった。
予定通り三日ほど待ってから王都に現状を問うと、「事は済んだから帰ってきていいぞ」と、少なくとも文面からは何の緊張感も無いように思える手紙が返ってきたし、王都に戻ったら、本当に片が付いていた。
曰く、今回の“試練”について教皇庁は関知していないが、王国の英雄に対して悪感情は持っていない。
天使が動いたのならそれはきっと神が課した試練であり、乗り越えた英雄はその強さと勇気を神に認められたということ。魔王討伐という大事に赴く資格と能力、信仰と人間性を神に示したのだ。
──と、一神教から弁解があったそうだ。
フィリップが王都に戻った後には、枢機卿数名が『菓子折り』を持って説明に来た。食べられるヤツと、食べられないヤツを。
王都に帰りつくころには、フィリップは痛みに対する恨みも報復心も忘れ、どうでもよくなっていた。
撃たれたことも、謝罪も、弁解も、全て。
失ったものはなく、得たものもない。
奪われたものも、与えられたものも。
そういう意味では、天使は神の在り方を正しく映していた。
キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』
シナリオ27 『煩悩具足(仮題)』 グッドエンド
技能成長:使用技能に妥当な量の成長を与える
特記事項:なし
また仮題のまま終わってしまった()
次章が難産気味なのでちょっと空きます。たぶん。空かないかもしれません()