なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
エルフからの救援要請を受けた翌日、フィリップはフレデリカの下を訪ねていた。
用事が無くても、ティータイムにでも来て欲しいと言われているし、実際におやつ片手に駄弁りに行く日もあるが、今日は違う。
例のバカデカミミズの魔術耐性によって付与魔術を剥がされ、その上で不毛な穴掘りに使われた『
坩堝で混ぜられ貶められたとはいえ、素材の大部分は古龍のもの。ハスターの残骸によって一部を削られたときより、遥かに簡単な修繕で済む。
今日はその、預けた武器の受け取りに来たのだった。
おやつ片手に、ではあるが。
受け取った武器はソファーの上に置かれ、フィリップとフレデリカはティーテーブルで紅茶とお菓子を囲んでいるが。あくまで主目的は武器の受け取りだった。
「そういえば、勇者様の師匠になったんだってね。大抜擢……いや、妥当な人選か」
「救国の賢者様に言われると、悪い気はしませんが……僕はただのメンタル指導で、技術を教えてるのは先代の衛士団長ですよ」
フレデリカの口ぶりは揶揄い交じりだったが、八割は本音だ。
使徒とのいざこざ、龍狩り、グール騒動。これまでの蓄積があるといえばあるが、何とも面映ゆい過大評価だ。
「心労とか大丈夫かい? メンタルケアは専門外だけど、愚痴くらいなら聞いてあげられるよ」
「心労? どうしてですか?」
フィリップは可笑しそうに尋ね返す。
そりゃあ生きていく上でストレスが全く無いわけではないが、たかが知れている。
本から栞が抜け落ちたり、食事中に水の入ったコップを倒したり。
パーティーメンバーが目の届かないところで死んでいたり、弟子を庇って腹を刺されたり。
どれも、大したことではない。
王都の美味しい料理とふかふかのベッドがあれば、数日以上頭に残ることもない。
そんなフィリップに心労など。
「ああ、流石にキミにまで面と向かって言うほどではないのかな。でも聞いたことくらいはあるだろう? 魔王復活の影響が各地の魔物に波及して、じわじわと被害が出始めているのに、まだ勇者は出発しないのか、って」
「あぁ……」
具体的に言われて漸く、フィリップは心当たりがあることに気付いた。
厳密には、フィリップと一緒に居たイライザが乞われるという形ではあったが、似たようなことは言われた。
とはいえ、それも心労に繋がるほどのものではない。
「何度か言われましたけど、「僕にもイライザにも決定権はないし、殿下だって一人じゃ決められない。国王陛下とか帝国皇帝に訊いて」って言ったら分かってくれますよ」
そもそも、今のイライザの実力では魔王どころか、その前座であるミナやディアボリカにも挑めない。
挑んだところで、面倒そうな溜息と共に血の槍で磔刑となるか、適当に遊ばれるか。
視界外からの攻撃が出来ない以上、『拘束の魔眼』をどうにかして突破する必要もある。
イライザが今すぐに魔王討伐に赴くということは、無駄死にを意味する。
彼女だけでなく、同行者であるルキアとステラと、ついでにノアとフィリップも、無駄に危険に晒される。
それは許容できない。
もし国王が「今行けすぐ行け」と命じたところで、フィリップは猛反発するだろう。意味があるかどうかは別として。
「ははっ、キミらしい豪胆な躱し方だね」
杞憂だったと分かったらしく、フレデリカは楽しそうに、そしてほっとしたように笑った。
「っと、そうだ。キミがいない間に、ちょっとした発明があってね……ちょっと待ってて」
一度席を立って部屋を出たフレデリカは、両手に収まるサイズの木箱を持って戻ってきた。
卓上に置くと、そっとフィリップの前に差し出す。
その動きは、貴重品を扱う時の慎重なものだ。
「はい、開けてみて」
宝石でも入っている、にしては木箱の外観がシンプルだ。
装飾性はなく、防水・防湿・防火性能を兼ね備えた塗料独特の光沢があるくらい。
言われた通り開けてみると、小さな、小指の爪ほどの丸いタブレットが沢山入っていた。
「これは……薬ですか?」
「残念、不正解。まあ薬品ではあるけれど、所謂“お薬”ではないよ」
普通に手に取ろうとしていたフィリップは、薬と言われて手を止めた。
が、皮膚から浸透したりといった危険性は無いようで、躊躇いを見透かしたフレデリカは「手に取っていいよ」と促した。
よく見ると滑らかな金属皮膜のものと、表面がざらざらしたものがある。
色味が違うものもあり、複数の種類があるようだ。
「ヒント1。中身は火薬だ」
「……反応性は?」
大きなヒントだと、フィリップは小さく笑って訊いた。
「流石、鋭いね。答えは“高い”」
「サイズがちょうど、ペッパーボックス・ピストルの点火口と同じくらいですから。フリントロックと違って、ペッパーボックスは導火薬を使ってないですしね」
以前使っていたフリントロック・ピストルは、動作に二種類の火薬を使っていた。
燃焼ガスが多く弾丸を押し出す力が強い火薬を、銃身に込める炸薬に。
爆発威力は低くとも、小さな火種からでも確実に燃焼する火薬を、火打石の火種を銃身へ運ぶ導火薬に。
フリントロック・ピストルはそういう構造だった。
ペッパーボックス・ピストルは連射速度を求める上でその過程を無くし、銃身の炸薬へ直接着火する設計だ。
動作の安定性を担保するため、威力も反応性も高い火薬をそのまま銃身に込めている。
ただ、それでも燧石式銃器の宿命として、不発はある。
うまく火種が作られなかったとか、火薬が湿気ていたとか、理由は様々──様々な理由で不具合を生じる。メンテナンス直後はまだマシだが、燧石の質次第では早々に不発が起こる。
導火薬の導入は、安定性の向上に大きく寄与するだろう。
だが、この形状はどうなのだろうか。
「いやでも、金属で覆ったりしたら、火打石の火種が火薬に触れないんじゃ? 紙状火薬のカートリッジと組み合わせたら、装填はかなり素早く済みそうですけど、安定性が減るのは困りますよ」
炸薬を入れて棒でトントン、弾を入れて棒でトントン、暴発防止に銃口にグリスをひと塗り……というのが、基本の装填方式。
装填時間は長いが、ほぼ確実に発射できる。
カートリッジ方式だと、カートリッジを入れて棒でトントン、グリスをぺたり、の二工程で済む。
紙状火薬と燧石の組み合わせは不発のリスクを高めるが、フリントロック・ピストルの倍近い速さで装填が完了する。
どちらが嬉しいかと言うと、前者だ。
ペッパーボックス・ピストルは奇襲用の位置づけで、フィリップの主武装ではない。一度の戦闘で六発撃つことも稀だ。戦闘中の再装填など、端から想定していない。
六発。意図した通りに、引き金を引けば確実に、ラグなく発射される。
重要なのは
しかし、フィリップは困惑顔だったが、フレデリカは使用者の求めるところを十分に理解していた。
「まさにその、安定性向上のためのパーツだよ。ペッパーボックス・ピストルは燧石で火種を作り、銃身上部の穴から炸薬に点火する仕組みだ。湿気に強く反応性の高い火薬を使っているとはいえ、構造が不発のリスクを生んでいるし、燃焼ガスの放出部が二つあるわけだから、威力も落ちる。火薬が漏れないよう部品同士の噛み合わせもすごくタイトで、長期遠征には向いていない」
フィリップは頷く。
ペッパーボックス・ピストルのメンテナンス、火薬と弾丸の供給は全てフレデリカ頼りだ。自分でも簡単な整備くらいは出来るが、戦闘中に部品が欠けたりしたらどうしようもない。
それが致命的な事故に繋がる破損かどうかの判断も出来ないくらいに。
「大丈夫そうだし使おう」よりは「なんか怖いしやめとこう」という判断をするとは思うが、興が乗っている時の楽観主義、というか、思考放棄癖を考えると怖いところだ。
「そもそも火打石を使う構造が良くないんだ。摩耗は避けようがないのに、摩耗すると信頼性が落ちる」
うんうんと、フィリップはまた頷く。
街道沿いなら火打石の欠片は割と落ちているし、そもそも旅具の中に火打石は必ずあるが、種類や形状、サイズが適していないと、容易に不発を引き起こすのだ。
「だから、やめる」
人類唯一の銃器設計者は当然のように、淡々と言い切った。
「このキャップに入っている火薬は、衝撃に強く反応する。これを、今まで燧石が付いていた撃鉄で叩くんだ。それだけで、導火薬としての効果を発揮する」
言葉の意味を理解するのに、一秒掛かった。
つまり、これまで前提だった「火薬に着火する」というプロセスが無くなる。
着火道具としてほぼ唯一の選択肢でありながら、最も摩耗に弱く、最も動作の不安定なパーツだった燧石への依存が解消される。
「衝撃で反応する火薬。銃身に被せるキャップ。名付けるなら、そうだな……
発明者の命名に、使用者は頷いて異議がないことを示した。
やや直接的ではあるが、フィリップとフレデリカの間でだけ使われる名前だ。直球でも問題ないだろう。
「まあ、例の如く試作段階なんだけどね。火薬を包む金属選びが特に難しくて、種類によって厚さや形を微妙に変えないといけないんだ」
改めて見てみると、確かにタブレット表面の加工材は様々だ。
鉄、銅、紙状火薬と思しきものもあれば、粘土質の何か分からないものもある。中にはガラスまでも。
「撃つ時の衝撃で火口から外れても困るし、撃ったあと外れなくなるのも困る。撃鉄に反応しないほど厚いのも困るし、運搬中に暴発するほど薄いのも困る。火薬の変質なんか最悪だね」
撃つ時に外れる分には、むしろ再装填が楽でいいのでは? なんて、フィリップは安穏と考える。
しかし、通常射撃やクイックドロウならともかく、脇下のホルスター内で撃つドロウレス時に、過熱された金属片がそこそこの勢いで自分に当たるリスクに気が付くと、静かに口を噤んだ。
「一先ず安全性と安定性が数値上保証できる規格で、素材ごとに試作してみたんだ。試してみて、フィードバックをくれるかい? うまくいけば、今使っている炸薬を反応性より威力を優先したものに変えて、攻撃の威力を上げられる」
「すごい……ですね。ありがとうございます……」
今の性能でも殆ど不満は無かったユーザーには、製作者の熱意が予想外だった。
また「研究者の性」だろうか、なんて、ちょっと胡乱な目をしてしまうくらい。
対して、フレデリカの青い双眸は学術的興味ではなく、使命感に満ちていた。
「気にしないで。魔王征伐までに、『龍貶し』と同じくらい不安点のない武器にしておきたいんだ。私の大切な友人が、命を預ける武器だからね。だから正直、まだ出発しないでくれて嬉しいくらいさ」
冗談めかした口ぶり。信頼と友情に溢れた台詞。
悪戯っぽく、しかし気遣いを感じさせる笑み。貴公子然とした、舞台俳優のように整った顔立ちと仕草。
相変わらず、全てが絵になる人だ。
「……ありがとうございます。先輩」
魔王遠征に行ったら、お土産に魔王の心臓でも持ち帰ろうとフィリップは思った。