なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
『待ってくれ!』
フィリップたちがエルフの集落を出ようとすると、背後から呼び止められた。
聞き覚えのある声に振り向くと、防寒着に剣を携えた格好のアベルが駆け寄ってくる。
余所行きの服、というか、戦闘装束だ。
手袋は滑り止め加工のされた革製、前腕と脛は服の下に装甲があるのだろう、不自然に角張っている。
『俺も連れて行ってくれないか?』
「え、嫌ですけど」
『……えっ?』
彼が何を言い出すのか、恰好を見た時点で分かっていたフィリップは即答する。
対して、その返事はアベルには予想外だった。
『……ほら、道案内とか必要だろ?』
準備万端のエルフは、困惑しつつも言葉を続ける。
どうして断られたのか分からなかった、というか、断られる可能性など微塵も考えていなかったのだろう。内心の困惑がはっきりと顔に出ている。
「あの丘を越えた向こうなんですよね? そんなに複雑な道なんですか?」
『いや……。でも、助っ人に頼り切りって言うのもさ。それにまだ子供だし、流石に気が引けるっていうか』
「……ふむ」
フィリップはアベルをじっと見つめる。
表情から内心を洞察する方も、魔術的に思考を読み取る方も、およそ読心術と呼ばれる技術とは無縁の身だが、そんなものが必要ないくらいあからさまだ。
口にした責任感と気後れは、彼の行動理由の100パーセントではない。
フィリップなんかに見抜かれるくらい、嘘を吐き慣れていない感じだ。
およそ500年、よほど誠実に生きてきたのだろう。
素晴らしいことだが、数少ない機会をここに持ってきたのは不正解だ。
それも、致命的な。
『うぉ……。驚いた。蛇みたいに静かなのに、狼と同じくらい鋭利な殺意だな』
「……」
半歩、アベルが身を引く。
フィリップが剣を抜いたとしても問題なく攻撃範囲外へ下がるための、エルフにとっては十分な準備姿勢だ。
動きを見て取り、フィリップは微妙な顔になった。
殺気を放った覚えなど無い、というか殺気を意図して放つなんて達人じみたことは出来ない。
確かに「カルトと通じてるとか?」という可能性は脳裏を過ったし、もしそうなら殺そうとは思った。
だが威圧もしていなければ、攻撃準備もしていない。ジャケットの前も留めたままだ。
フィリップの感情制御や隠蔽がド下手くそなのか、アベルの危機察知能力がずば抜けて高いのか。
……取り敢えず後者ということにしておこう。
『分かった、話すよ。ジェーンの記憶機能のことなんだが、今ある情報だけだと手詰まりなんだ。だから同じ魔術を見たい、とまでは言わないが、記憶機能に刺激を与えられるような何かとか、当時のことを思い出せるようなものとか、とにかく手掛かりが欲しい』
「えぇー……」
フィリップの呻きの意味は、シルヴァの通訳が無くともアベルに伝わる。顔を見れば一発だ。
『ど、どうして嫌なんだ? これでもエルフの戦士だ、人間に後れは取らない。勿論、君の邪魔だってしない。王女殿下の認めた専門家だって言うなら、指示にも従う』
「邪魔をしない、っていうか、僕の切り札って召喚物を意図的に暴走させて周囲一帯を吹き飛ばす、みたいな感じなんだよね。だから、うん、居るだけで邪魔かも」
フィリップの態度から辛うじて取り繕っていた慇懃さが消える。
じわじわと不快感が募り、眼前の存在に対する価値認識が下落していく。
ややあってシルヴァが通訳を終えると、アベルは大声を上げた。
『なんだって!? それは困る! 全部吹っ飛ばしたんじゃ何の情報も──』
「……カノン」
シルヴァの通訳を最後まで聞くことはない。
その必要を、フィリップは感じなかった。
「はぁい」
愉しそうに笑いながら、カノンが跳ねるように進み出る。
が、その直後。
「と思ったけど、君、エレナと互角程度だったっけ。アンテノーラ?」
酷い肩透かしを食らって、大仰にずっこけた。
「はい、貴方様」
「貴重な出番なのに!」
カノンの恨み言をBGMに、アンテノーラがふわりと舞う。
単なる跳躍。されど人間を遥かに超える脚力によるそれは、カノンの頭上を難なく跳び越す高さと、白鳥の如き優雅さと雄大さを見せる。
歌で眠らせることを想定していたのだが、なんで跳んでいるだろう……なんて、ぼけっとした顔で見送るフィリップ。
そして一瞬の後。
「うっ!?」
「え……」
見事なフォームの飛び蹴りが、アベルの
小さな、本当に小さな呻き声を最後に残し、エルフの長身が雪の上に頽れる。
「……死んだ?」
「……だいじょうぶ」
フィリップとシルヴァは驚愕に満ちた顔を見合わせ、小さな声で安否を確認する。
蹴りを喰らったときの声は、苦悶や悲鳴ではなく、ただの「音」のようだった。痛みでなく、驚きでもなく、衝撃によって漏れたもの。太鼓を叩けばなるのと同じ、物理的な「音」。
被弾したのが人間なら良くて心臓震盪、最悪、胸腔が破裂しているだろう威力だ。
「おぉう……思ってたのとだいぶ違うけど、ま、まあいいや。さっさと行って、ぱぱっと見つけて、全部殺そう。じっくりとね」
カノンとアンテノーラが喧嘩しているのを背後に聞きながら、昏倒したアベルを置いて集落を出る。
高原を超えると、今度は当然のように下り坂があり、その先は長く続く平地だった。
高台からは、遠くに凍り付いた湖が見える。より手前には点々と木々があるが、森と呼ぶには疎らだ。
今は雪が積もった一面銀世界、吹き抜ける風は刺すように冷たい。
だが、春にはきっと心地良い草原だろう。鮮やかな緑が広がり、温かな日差しと穏やかな涼風に満ちている。
もしそうなら、イライザを連れて訓練に──というには、馬車で一週間以上は遠いか。
「寒いですねぇ。……よいしょ」
「冷たっ!?」
何を思ったか、いやきっと「
ひんやり冷えた──どころではなく、甲殻に覆われた腕は氷のようだった。
「……次やったらお前をソリにして……いや、真っ二つにしてスキー代わりにこの斜面を滑り降りるからね」
「ソリはともかく、スキーは絵面がグロテスク過ぎませんか……!?」
「私は少し怖いので、ソリから試してみたいですわね」
「「から」!? これだから獲物で遊ぶタイプの捕食者は……」
やいのやいのと賑やかに高原を降りていくと、次第に雪が強くなる。
完全に丘を下りた頃には、殆ど吹雪になりかけていた。
白む視界の中に、ぼんやりと三つの人影が浮かぶ。
フィリップたち──ではなく、その正面から近づいてくるものが、三つ。
「おい、そこのお前たち! 止まりなさい!」
風の音に邪魔をされながらも、その声はしっかりとフィリップたちに届いた。
ややあって、ざくざくと雪を踏みしめながら近づいてきたのは、防寒着の上から急所を守るプレートを付けた格好の兵士だ。
全身をすっぽりと金属で覆うフルプレートメイルと比べると簡素な格好だが、雪原に居ることもあって機動性重視なのだろう。
プレートにはデカデカと家紋が刻まれているが、フィリップにはそれが誰のものか、この辺りを守っている兵士として正当なものかの判別が付かない。
「ここは侯爵様の直轄地で、許可なく入ることは出来ない。通行手形は持っているのか?」
防寒用の
オープンフェイスのヘルム。
首元には笛を下げ、主武装は槍。
見るからに巡回中の分隊、といった風情だ。不用意な動きをすれば笛が吹かれ、吹雪に掻き消されにくい甲高い音が増援を呼ぶ。
一人はフィリップの正面に、残り二人はカノンとアンテノーラの背後へ、三人を取り囲むように回り込む。
怪しい。
とても怪しい。
格好にも動きにも不自然さは無いが、ここに兵士が居ること自体が不自然だ。
いくらエルフと人間の交流が途絶えて久しいとはいえ、ここまであからさまに武装していれば「不審な集団」ではなく「兵士」と分かるし、どれだけ間抜けでも「武装勢力」みたいな言い方をするはず。
となれば、エルフが言っているのは彼らのことではない。
にも拘らず、エルフから彼らの情報は出なかった。少なくともアベルとリック翁からは。
だが怪しいだけだ。
カルトの変装、或いはカルトに与している兵士という疑念を証明するものは、何もない。
カルト狩りを前提に動いているから気が立っているのは自覚するところだし、カルト発見の通報があって、本当に侯爵が動いた可能性はある。
もしそうなら、一般人を遠ざけるために「侯爵の許可なく通過できない」という言い分を使っているのかもしれない。
五分、と言ったところか。
ブチ殺していい、いやブチ殺すべき相手である可能性が五分。守るべき、職務に忠実な兵士である可能性が五分。
なら、選択肢は一つだ。
「僕はカール第一王子殿下の命令……ではないのか、今回は。まあとにかく、カルト発見の報を受けて来ました。貴方たちの職務には敬意を払いますが、どうか通して頂きたい。苦情は書面で王宮宛てにお願いします」
フィリップは笑顔を作り、なるべく丁寧に話しかけた。
丁寧に──というか、内心の疑念が殺意に変わって表出しないよう、慎重に。
ただし、防寒着と冬物のジャケットの前を開けながら。
「僕の身元と行動は第一王子殿下が保証してくださいます。疑うなら、どうぞ侯爵様にご報告なさってください。ただ……取り敢えず前提として、僕らを通し、追わず、この場から離れてください」
出来る限り穏当に、効果を考えて言った。
そのつもりだったが、背後からは呆れたように鼻で笑う声が、正面からは溜息が返る。
……背後の笑い声はカノンのものだ。あとで詰める、とフィリップは心のメモ帳に書き込んだ。
「ふざけるな。
兵士は手にした槍を軽く持ち上げ、攻撃に最適な場所をこれ見よがしに握り直す。
しかし、それ以上のアクションはない。王族の命を騙るのは重罪だが、それを疑う素振りは無く。かといって信じた風でもない。
取り敢えず丁重に拘束して侯爵の指示を仰ぐ、というのが、穏当で妥当な判断のはずだが。
とはいえ、殺すほど不自然な──?
「……? 僕のこと知ってる?」
「知らねえよ。お前、王国に冒険者が何千人居ると思ってんだ。お前こそ、侯爵様の厳しさを──ッ!!」
苛立ち混じりの声は、息を呑む音で途切れる。
兵士の目は驚愕に見開かれ、同じ感情によって同じ形になったフィリップの目と視線が合う。
フィリップの手には、抜き放たれたペッパーボックス・ピストル。
しかし兵士の脳幹を指し示すはずだった銃口は、虚空へと逸れている。
正面の兵士がクイックドロウの動きに反応し、一気に距離を詰め、手を外に払っていた。
「っ──!?」
フィリップと兵士の心情が揃う。
なんだこいつ、と。
ペッパーボックス・ピストルとクイックドロウに反応して、銃口を逸らすという最も適切な防御を選んだ。
ジャケットの内から何かを取り出す動作に対して槍を捨て、距離を詰めた。
普通に考えて有り得ない選択だ。
そもそも彼我の距離は、フィリップが剣を抜いても届かない程度に開いていた。ちょうど、槍の
そこから動かず、踏み込む素振りも見せずにジャケットの内に手を入れた時点で、考えられる攻撃は手裏剣術──短剣、針、毒や刺激物の投擲だ。
槍を持ち軽装とはいえアーマーのある兵士としては、無理に距離を詰めたい相手ではない。
投擲を躱し、防ぎ、払い除けながら、槍の距離を保ちつつ致命の一撃を繰り出す隙を窺っていればいい。三人居るのだから尚更に。
それをせず、雪を蹴立てながら無理矢理に距離を詰めてきた。
判断ミス? そうかもしれない。
だが、最適解だ。
超音速の弾丸を躱し、防ぎ、払い除けることは不可能だ。ミナのような化け物を除き。
しかし直線兵器だ。銃口から伸びる直線上に居なければ、弾丸に当たることはない。
真後ろに下がるのは愚策、横への回避も修正が容易。
ならば自分ではなく、銃口の方を線上から退けてしまえばいい。
至近距離での銃器に対する最適解。
だが──何故、それを選択できた?
銃器は人類が未だ知らない武器。
0.1秒以下で繰り出されるクイックドロウでは、外観をはっきりと見た瞬間には死んでいる。
二択、いや三択だ。
一、人間以上の動体視力、反射速度、運動能力を持ったモノ。例えば吸血鬼のような怪物か。
二、端から銃器も、クイックドロウすらも知っていて、フィリップの恰好や動きを見て警戒していたか。
「やはり、ミ=ゴの縁者か!」
「やっぱり、ミ=ゴを知ってるのか!」
やはり、と言わんばかりの声が連なる。
兵士のものと、フィリップのものと。
どうやら最悪の答えだ。
三、銃器とクイックドロウを知っている化け物。