なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
冒険者や戦闘魔術師の中で、魔物の調教と使役を主とするモンスターテイマーは稀だが、居ないわけではない。
だから、あからさまに人間ではない外見のカノンや、それを連れたフィリップに大きく反応しなかったのは、さほど不自然なことではない。
しかし、彼はカノンを指して「
フィリップが彼の立場なら「魔物を連れて」とか、揶揄にしても「ペットを連れて」と言う。
敢えて「玩具」という表現をするのは、少し不思議だ。勿論、言葉選びのセンスがフィリップとは違うだけかもしれない。
……或いは。
ミ=ゴを知っていて、奴らが人間や他の生物を改造して遊ぶ──もとい、実験することを知っているのかもしれない。
その産物であることを容易に見抜き、当然のものとして気にも留めていなかったから、ついポロリと出てしまった、とか。
それでちょっと鎌をかけてみようと思ったら、コレだ。
「──ッ!」
「っと──!」
銃を持った手を掴まれそうになり、右手で龍貶しを引き抜く。
兵士の恰好をした何者かは雪を大きく蹴立てながら飛び退いた。居合の訓練もしようか、なんて考えてしまう素早い動きだ。
「速っ。人間じゃなさそうだな……」
蹴り上げられた雪と、ますます強くなってきた吹雪がスクリーンになり、射撃の邪魔をする。
闇雲にでも撃つべきか一瞬悩み、フィリップは銃口を向けて牽制するだけに留めた。
白く煙る雪に紛れ、兵士の姿が曖昧にぼやけるが、動きはなんとなく分かる。
そいつは腰を屈め、落とした槍を拾い上げて構えた。
「カノン!」
背後にいる二人の兵士は、カノンとアンテノーラが抑えている。
給仕と楽器の働きを振り向かずとも気配と音で把握したフィリップは、取り敢えず弱い方から安否を問うた。
「申し訳ございません、フィリップ様。バリアが厄介で、心臓をお持ちするには今少しお時間を頂きたく」
カノンの声は機械的な無機質さだった。
「負けたら殺す。アンテノーラ!」
正面の敵に銃と視線を向けたまま、吹雪に掻き消されないよう怒鳴る。
カノンが死のうが、アンテノーラが死のうが、「あーあ」の一言で済ませるかもしれない。ルキアやステラやイライザが死ぬよりは高い確度でそう思う。
しかし──自分の所有物がカルトに壊されることは許容できない。
まだ奴らがカルトと決まったわけではなく、
声を荒らげたフィリップの隣で、ざく、と雪を踏む音がした。
「はい、貴方様。この天候ではございますが、是非、歌を捧げさせてくださいませ」
「あ、もう勝ってる……強っ……」
アンテノーラは魔力で編んだ竪琴を持ち、嬉しそうに笑っている。
振り返ると、真っ白な地面の一部が派手に赤く染まっていた。
そういえば、吹雪の音と自分の怒鳴り声であまり聞こえなかったが、水袋が弾けるような音がしたような気もする。
「っと……!」
迂闊にも視線を切ったフィリップを見て、正面の兵士が一気に距離を詰めてくる。
戦闘中に安穏と後ろを向いた馬鹿は慌てて引き金を引くが、銃弾が発射された時には、兵士は銃口から伸びる直線上から飛び退いている。
発射された銃弾を避けているのではない。
そこまで馬鹿げた、上位吸血鬼じみた速度ではない。動体視力を振り切ることもなく、気付いたら目の前に居るなんてこともない。
だが当たらない。
撃つ寸前に射線上から逃れられ、フィリップが虚空に向けて無駄弾を撃っている。
銃器の性質を知っている者の動きだ。
「はぁっ!」
裂帛の気合いを込め、槍が振り下ろされる。
穂先で突くのではなく鉄の柄でぶん殴る使い方は、馬鹿馬鹿しく思えるが実戦的だ。
長く、重く、硬い棒で殴るだけといえば、だけ。
だが四メートルある、パイプではない中の詰まった鉄の棒だ。
ヘルム越しに頭蓋を砕き、プレートメイル越しに鎖骨を、手甲越しに尺骨を折る威力がある。
それを、フィリップは真っ向から受け止めた。
剣を置いて素手で。そして片手で。掴んで、受けて、止めた。
「クソ、やっぱり人間じゃないな!」
兵士が吼え、焦ったように槍を手放して再び下がる。
再び撃ってみたが、兵士の姿は雪煙に紛れて当たったかどうかは分からない。
吹雪の中でも温かい旋律と歌声が、身体を包み込むような感覚だけがある。
痛みはなく、衝撃も無い。強いて言えば。
「いい声なのに、吹雪が邪魔だな」
耳元で低く鈍い音を立てる風も、顔に吹き付ける雪も、全てが気に障る。
耳朶を打ち、内耳を這い、鼓膜から頭蓋へ浸透して脳髄を溶かす、この歌声の、邪魔だ。
内心の苛立ちを吐いた瞬間だった。
ふ、と吹雪が止む。
まるでフィリップの心情を汲んだかのような、都合の良いタイミング。
雪と風は弱まるのではなく、部屋の中に入ったかのように、ぴたりと止んだ。
自然現象ではなさそう。というか、あからさまに不自然だ。
「トルネンブラ……?」
あれが“音楽”のために干渉したのなら、フィリップは「吹雪が邪魔だ」なんて思わなかっただろう。ただの一音も邪魔されることなく、最初から最後まで、綺麗に聞こえたはずだ。
トルネンブラが干渉したのか、なんて余分な思考を挟む余地もないほど、完璧に。
そもそも、そのレベルの干渉をフィリップは望まない。
トルネンブラがそれを理解して汲み取るかどうかは知らないが、ヨグ=ソトースは理解しているし、汲むだろう。
「……いや、違うな」
呟いた直後、正面の兵士が動く。
加えて、背後からも雪を踏む激しい音が耳に届いた。
カノンはまだ戦っているし、負けた様子もない。となれば。
「伏兵か……!」
吹雪は魔術によるもの。
フィリップが想像以上の戦闘能力を見せたことで、天候操作という大掛かりな魔術の行使を諦め、単純な数の暴力に方針を変えたようだ。
溜息を一つ。
フィリップは銃をジャケットの内へ仕舞い、地面に刺した剣を再び握って調子を確かめるようにぷらぷらと振る。
正面の兵士はクイックドロウを警戒して、真っ直ぐ進むことに躊躇いが感じられる。後ろが下り坂ということもあり、接近は伏兵の方が早い。
後ろが気を引き、前が仕留める布陣──好都合だ。
「ふ、──ッ!」
振り向きざま、右手を振り抜く。
剣と鞭の動きを兼ね備えた身体操作、そして“歌”によって引き上げられた基礎能力によって、伸長された蛇腹剣は容易に音速を超えた。
「──」
「──ぐ、ッ!?」
二つの超音速が齎したのは、無音と、苦悶。
背後に潜んでいた伏兵は、絶対に届くはずのない剣によって首を刎ねられた。
遠目に見えた刃渡りは一メートル程度。その射程には入っていなかったはずなのに。
正面の兵士は、高威力の炸薬によって撃ち出された鉄礫にアーマーごと胸を撃ち抜かれ、小口径ながら確かにある
銃を隠し、銃口を隠し、引き金を隠し──銃弾避けのトリックなど、とうに知っていると言わんばかりのコンシールド・ファイア。
それも振り向きすらせず、視線さえ隠して。空間把握力頼りでの射撃など、相当な訓練を積まなければ実戦使用域にはならないだろうに。
人間が知らないはずの武器を、ただ拾っただけでは有り得ない高度技術を以て使いこなしている。
何者か──そんな疑問を抱きながら起き上がろうとして、再び崩れ落ちた。
「お見事でございます、所有者様。美しい技ですわね」
「……練習の成果だよ。アンテノーラもいい歌だったし、相変わらず綺麗な声だ」
「お褒めに与り光栄ですわ。ますます練習に熱が入ります」
フィリップは照れ臭そうに、アンテノーラは嬉しそうにしつつも優雅さを失わずに、お互いに笑い合う。
が、そう安穏としてもいられない。
「さて……」
辺りにはじき死体になる死に体が一つと、完膚なきまでに死んでいる死体が三つ。
アンテノーラがバラバラにしたやつ、蛇腹剣で首と胴体を泣き別れさせたやつ。
そして、頭部から無数の黒い棘を生やし、腐敗したどす黒い液体を垂らしているやつ。
「カノン?」
「申し訳ございません、フィリップ様。殺してしまいました」
カノンは神妙に頭を下げる。
しかし、彼女がそれを殺したのは、フィリップが残り二人を殺す直前のことだ。
「一人くらい残しておかないと情報が取れないじゃん!」と責められるべきは、最後まで手こずっていたフィリップだった。
「いや、仕方ないよ。タイミング的には僕が加減すべきだったんだけど……。それより、さっき──」
戦闘開始直後、かなり気になることを言っていた気がする。
兵士に扮した何者かの正体に繋がるような。
それを思い出し、尋ねようとした時だった。
『おーい!』
背後からの声に、三人は揃って振り向く。
誰も臨戦態勢にならないのは、強さへの自負や危機感の無さばかりが原因ではない。
呼びかけるような大声があまりにも穏当で、一片の敵意も感じられなかったのだ。
見ると、さっき通ってきた丘の上で、見覚えのある金髪の男が手を振っていた。
遠くて顔まではっきりとは見えないが、背格好と声で分かる。……アベルだ。
「……アンテノーラの蹴りをまともに喰らって、もう復帰できるのか。エルフも大概化け物だよね」
「そうですわね。脚の扱いに不慣れなせいもありますが」
恐ろしい話だ。
人間なら死んでもおかしくない威力の蹴りを喰らって、三十分もせず復帰して平然と動き回っているのも。
そんな蹴りを、二足歩行歴一年未満の楚々とした美女が打ったことも。
最近ようやくズボンというものに慣れてきた、なんて言っていた、すらりと長く美しい曲線を描く脚。
見た目には分からないし、膝枕された時にも感じないが、実は本気で力を入れたら鉄のようにバキバキだったりするのだろうか。
と、そんな現実逃避じみた思索に沈んでいると、アベルは丘を駆け降りてフィリップたちのところまで来ていた。
『ふぅ……。酷いじゃないか、気絶させて置いていくなんて!』
「シルヴァ……は、ここじゃ無理か。仕方ない、カノン」
声と表情で文句を言われているのは分かるが、フィリップはエルフ語を解せない。
言語ではなく“音声”に乗せられた“意味”を解すシルヴァも、森林外ではただの幼女だ。記憶と知識である程度は理解できるし通訳も可能だろうが、精度も速度も大きく落ちる。
仕方なく、フィリップは第二の選択肢を選んだ。
またふざけそうでちょっと嫌だが、どうせ、ちょっと話したらまた気絶させる。今度は拘束も追加だ。
「ふっふっふ、仕方ありませんねえ!」
「貴方様。“音”であれば、声に乗せられた意思を抽出できるのではありませんか?」
「ちょっと、余計なこと言わないでくれます!?」
アンテノーラが言うと、フィリップより先にカノンが反応する。
またしても出番を取られそうな従者は否定的だが、フィリップとしても「無い寄り」の提案だ。
邪神を軽率に介入させると碌なことにならない。
それは帝都の一件で学習している。
……しかし、よくよく考えてみれば。
そもそも“音”はそこらじゅうにあるし、フィリップ自身も声を発し、音を立てる。個々の音、音が鳴るという現象、音という概念そのものがトルネンブラだ。
それに、彼の神は過去にも失神するレベルの大音響や、支配魔術の媒介となった音を遮断している。干渉を厭うのも今更な話だ。
「……そうしようか」
「なんでですか! 自我を出す通訳は要らないって言うんですか!」
「そうだよ! というかさっきのは通訳じゃない! 求められていないことをするのはサービスじゃないってナイアーラトテップに教わらなかった!?」
アベルはぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を微笑ましそうに見ていたが、ふと近くに転がっている死体に目を留め、検分を始めた。
頭と胴が分離しているやつだ。
身体の方を調べたあと、エルフは何の躊躇もなく転がっていた頭部を拾い上げた。
『こいつ、ヒトじゃなく魔物……でもないな。初めて見る。人狼ってやつか?』
彼の手中にあったのは、人間の頭部ではなかった。
暗褐色の毛に覆われ、鼻梁が潰れている。頬のない大口には尖鋭な歯ばかりが並び、まるきり肉食獣のそれだ。
猿とも獅子とも犬ともつかない、獣じみた顔面。
智慧は沈黙している。
しかし記憶には、確かに引っかかるものがあった。
ヴーアミ族、だったか。
前に一瞬だけ遭った個体はツァトゥグアに仕え、それを示す印が額に刻まれていた。
しかし、こいつには無い。顔の区別はつかないが、別の個体と考えるべきだろう。
「……」
で。
記憶も推測も正しいとして──それで、こいつはここで何をしていたのかという話に関して、フィリップにはまるで見当がつかなかった。