なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
話が一段落したあと、フィリップたちは改めて兵士に扮していた連中の死体を検分することにした。
先刻アベルが持っていた、犬とも猿ともつかない異形──ヴーアミ族が混ざっていた時点で、本物の侯爵領兵という線は消えた。
件の『不審な集団』の偽装であることは確定として、もっとヒントが欲しい。
「こいつはヴーアミ族で、コレは……うん、分かんないな」
アンテノーラがバラバラにした個体は、発達した鉤爪の断片くらいしかガワが残っていない。
外皮は千々に飛散し、内臓すら原型を留めていないくらいだ。
構造上、頭や四肢は残りやすいはずだが、血で染まった雪の上には臓腑と肉と骨が散乱しており、部位の判別にじっと見つめることすら躊躇われた。
不謹慎だから……とかではなく、シンプルに臭いし気色が悪い。
あとは瀕死だった──もう死んでいるだろう個体と、カノンが頭部を針団子に変えたやつ。
「これは人間……?」
「ガワはそうですけど、たぶんイスの精神寄生体か何かが入ってましたね」
知らない名前が出てきた。
いつぞやヴィカリウス・モーンスの話に「イス族」なるものが出てきた記憶が薄っすらとあるが、同じものかも分からない。
同じものだとしたら、過去にこの星の表層を統べていたという意味での旧支配者。この星に居ること自体が不思議な存在ではないが。
「そういえば、さっきバリアがどうとか言ってたよね。蛇人間じゃないの? あいつらは人間に擬態できるし」
バリア──魔力障壁ではない謎の防御には覚えがある。
フリントロック・ピストルの原型と同じ、蛇人間の産物だ。一万年前の蛇人間王朝で使われていたもので、現代の技術力では再現できない代物。
だが、あれも“道具”だ。
既に殺したあの宣教師だけが持っていた特別な技術ではなく、蛇人間の間に普及していたものだろう。
そう考えて、フィリップの脳内では「バリア=蛇人間」という安直な等式が成立していた。
「フィリップ様。バリアなんて科学や魔術がある程度進んだ文明なら、当然に発明するツールですよ? 強力な遠距離攻撃武器と、それを防ぐ強力な防御装備。この二つはセットです」
やれやれこれだから文明未開の猿は、とでも言いたげに、カノンは心底呆れたような声を出す。
妙に腹の立つ、両掌を空に向けるジェスチャー付きで。
しかし、人類以上の技術と知識を持つミ=ゴに作られた兵器の言葉だ。
その道のプロ──ではないにしても、フィリップより詳しいことは間違いない。
「銃器とバリアってこと? ミ=ゴも……そういえば、君もフリントロック・ピストルのことを知ってたよね」
「まあ、大体? 電磁バリアとか流体装甲レベルになると、火薬とか液化ガスとか水蒸気を使って物体を飛ばす原始的な銃器よりは、電気銃とか荷電粒子砲なんかのエネルギー系銃器への対策としてですけど。
淡々と語るカノン。
彼女にとっては誇らしげにするような知識でも、相手を慮らなければならない難しい話でもないのだろうが、フィリップには話の半分も分からなかった。
強いて言えば、「そういえばノフ=ケーにも効かなかったなあ」と思い出した程度。
「話の半分ぐらい分かんなかったけど……鉛かあ。弾丸に鉄より重い金属を使うってのは良い発想だね。帰ったら先輩に相談してみよう」
「あっ……」
フィリップの言葉に、カノンは何故か「しまった」とでも言うように呻いた。
「え、何?」
ミ=ゴの兵器は口角に覆われた両手で頭を抱え、ガスマスクの下でギチギチと大顎を咬んでいる。
なんというか、ものすごく効いている感じだ。
初対面の時のことを持ち出したときほどではないが、まあまあなダメージが見て取れる。
「文明のネタバレが……つい……」
「文明のネタバレ?」
可笑しそうに繰り返し、フィリップは自分が撃った兵士を確認する。
呼吸は既に止まっていた。
弾痕は胸の中央付近、心臓辺りに残っている。
「上手いな僕」なんて自画自賛を口の中に残し、代わりのように溜息を吐いた。
擬態が解ける気配はない。
外見上は人間の死体だが、ミ=ゴを知っていたし、人間以上の肉体性能だった。
なのに正体を吐かせる前に、永遠に口を閉ざしてしまった。
「あれ? お嫌いなのでは? だから私やナイアーラトテップに、もっと強い銃の作り方をお尋ねにならないのかと」
「別に、この銃に命を預けるってわけじゃないしね。先輩はああ言ってたけど」
フィリップは肩を竦めた。
そもそも、フィリップの命は何かに託すような価値があるものではない。
銃をメインに戦うとなると、見た者は全員殺すという前提上、手加減が出来なくなる。
それでは本末転倒だ。フィリップが手にした戦闘能力の全ては、邪神召喚という切り札を使わないためのもの。手加減のためなのだから。
「それに、これは先輩に貰った玩具だしね」
フリントロック・ピストルはともかく、ペッパーボックス・ピストルは、フレデリカ自身がフィリップの戦形を考え、フィリップのために設計や材料レベルで組んでくれたもの。
邪神の手を加えるなど、とんでもない。
「なんだかんだ、気に入ってますねえ。銃じゃなくて、その“先輩”とやらの方ですよ?」
「なんだかんだ、長い付き合いだからねえ。殿下と同じくらいだよ」
「……そうですかー」
時間なんかを語った時点で、それほどでもないのが丸わかりだった。
とはいえわざわざそれを指摘する意味もなく、カノンは適当な相槌で会話を終わらせる。
ちょうど、死体の検分を終えたアベルが近くに戻ってきたのも理由の一つだ。
『駄目だな。手掛かりになりそうなものは何も持ってない。先に進まないか?』
「えぇ、そうしましょう」
意思を統一し、一行は樹氷が疎らに屹立する雪原を歩き始めた。
「ここに兵士が居るってこと、ご存知でしたか?」
YES/NOの簡単な二元の質問。
首を縦に振るか、横に振るかの二択。そのはずだが、アベルは空の両手を示すようなジェスチャーを見せた。
『どちらとも言えない。兵士だったり、魔物だったり、色々なんだ。獣とか、荒れた川とか、とにかく接近を妨害するモノが現れるから』
「……そういう話を聞きたかったですね。集落で」
ちくりと刺すような棘を潜ませた声だったが、長く生きたエルフには効かなかった。
『一緒に行くつもりだったから、出てきたときに言えばいいと思ったんだよ』
よりはっきりとした棘のある返し。
怒られの気配に敏感なフィリップには突き刺さる……かと思われたが、それどころではないことに気が付いて、トゲトゲしい声色に気を払う余裕が無くなった。
「……? さっき、あの辺に湖があったよね? 高台から見たときも」
フィリップは進行方向の雪原を指す。
ほんの数秒前まで、視界にあったはずのものが消えている。真っ白な雪原の中で浮いた銀灰色の、凍てついた湖が。
蜃気楼の類──ではないだろう。
曇り空だし、風もある。なにより、どこもかしこも冷え切った雪景色では。
『あったりなかったりする湖だな。でも待て、おかしい。遠目に見て“ある”時は、近付いても“ある”。水も汲めるし、泳いだり潜ったりもできる』
アベルが先導するように、或いは焦ったように歩調を速める。
フィリップたちも後に続くが、高台から湖を見た辺りまで歩いても一向に見つからない。
足元も、積もった雪の下は硬い地面の感触だ。知らぬうちに凍り付いた湖に踏み入っていた、なんてこともない。
『この辺りに近付かせないようにする仕掛けの一つだ。魔術だと思うんだが……そういう魔術とか、解除方法を知ってるか?』
「さあ? 僕は聞いたことないし、解き方も分かんないけど……“不思議な魔術”か、なるほど」
記憶機能の破壊といい、あやふやな湖といい、説明の難しい魔術だ。
特に後者は。
記憶能力の破壊に関しては、「見られると不味いもの」を見られた場合の最終手段だろうと推察できる。
しかし湖が日時によって出現と消失を繰り返すとなると、ものすごく気になる。
他者の接近や接触を拒むカルトが人除けに使うとは思えない、派手で、目も興味も強く惹き付ける魔術。それも無駄に大掛かりな。
人除け目的ではない?
いや、それならさっきの兵士に扮した四人は何だったのかという話だ。彼らは拉致や拘束ではなく、接近する者を見つけて追い返すことを目的としていたはず。
人を呼びたい勢力と隠れたい勢力の二つある?
いや、可能性は低い。500年もの間、互いが互いを排斥せずにいる理由も、移動しない理由も分からない。
ぱっと思いつくのは、ミスディレクション──認識の誘導だ。
なにか移動できないほど巨大なものや、土地自体を隠したい場合。そして、そういったものを完璧に隠す能力がない場合に、その近くに目立つものを置くことで、本命のものから注意を逸らす。
『目立ち過ぎてるし陽動って線も考えたが、この周囲にある異常はそれぐらいだ』
「……エルフの感覚は知ってるし、信用も出来る。とはいえ、他に手掛かりが──」
風が吹き抜け、言葉を切った。
──否。
風など一抹も無い。
空気はむしろ、死体のように静かだ。
肌を打ち、口を噤ませ、膝を折らせるような圧力は、音も温度も無く、雪の一片も揺るがすことはなく。しかし確かに、フィリップにもはっきりと感じられた。
「っ!?」
足を止めたのは三人。
アベルは恐れを露に立ち竦み、アンテノーラは自らの抜けるように白い喉元に触れる。
そしてフィリップは、至って平静な精神とは乖離した反応をする、自分の身体を愉快そうに見下ろしていた。
震える手足、加速する脈拍と呼吸。不随意の反射を客観視する経験は、何度やっても慣れないものだ。
「神威か? ……でも智慧には引っかかんないな。カノン、出番だよ」
「えっ? い、いえ、私は何も感じませんでしたよ? 正直な話、フィリップ様に感知できて私ができないっていうのは、ちょっと考えにくいです」
「……確かに」
珍しく真っ当なことを言う。
フィリップが初めて浴びた神威はヨグ=ソトースのもの。次いで、全外神。
あれ以来、神の存在や気配に対して鈍感になっているフィリップでは、程度の低い神なら目の前に立たれてもそうと分からない。
カノンが分からないレベルのものを、フィリップが判別できるはずが無かった。
しかし、「じゃあ気のせいか」と納得するには、あまりにもはっきりとした感覚で。
「いいえ、貴方様。私も、なにか寒々しいものを感じましたわ」
『今の気配、感じたか? 何かヤバい魔物が居るのは間違いなさそうだな』
アンテノーラとアベルがそう重ねては、疑わしいのはフィリップの感性ではなく、むしろカノンの方だった。
「……」
「な、なんですか?」
胡乱な目で見つめられ、カノンはたじろぐ。
「君がポンコツで見逃したって仮説が、僕の中で信憑性を帯びてきた」
「ひどい!? っていうかポンコツって言わないでください!」
そうは言っても三対一だ。
フィリップだけでなくアベルも、アンテノーラさえも身震いし、足を竦ませるような気配。膨大な魔力が撒き散らされているというわけでもなく、なにか不吉な臭いや音がしたわけでもない。
空間は凪いでいる。
さながら
『……なあ、楽しそうにしているところ悪いんだが、本当に嫌な予感がする。これまで一度も感じたことが無いような、冷たい気配だ』
「いえ、今まさに……、?」
ふと、視界が煙る。
また吹雪が始まるのかと思ったが、銀世界を遮るように立ち込めた霧は、淀んだ灰色だ。
炎の気配はなく、何かが燃えているような臭いも無い。
あまりにも自然に、そして唐突に辺りを埋め尽くした霧を、フィリップは無警戒に吸い込んでしまった。
だが何もない。
煙のような刺激感も、毒の気配もしない。湿っぽくもなく、乾いてもいない。重くもなく、軽くもない。
どこからともなく現れたそれは、一行を呑み込むように滞留していた。
生理的には全くの無害だ。
ただ、互いが手を伸ばせば指先が触れる程度の距離に居たはずの四人が四人とも、互いの姿を完全に見失うほどに濃い。
灰色に染まった視界のなか、カノンが呼ぶ声と、アベルの悲鳴を聞く。
絶望に染まり、恐怖に塗れた悲鳴は、霧の中で反響して四方八方から同時に聞こえた。どこか焦ったようなカノンの声も、同じく。
事ここに至り、フィリップは漸く、自分の感覚に確信が持てた。
「サイサロスか……。カノンが反応しないわけだ」
死の恐怖に震える人体を見下ろして、フィリップは面倒臭そうな溜息を吐いた。