なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 ヴェルム・オブスキュラ、或いはレテの守り人、或いは目を閉ざすもの。

 彼らの在り方を、フィリップは認められる。

 

 異種族が異種族に興味を持ち、観察し、或いは尊重しようとする。その思想を否定することはない。

 

 「カルト……ではないんだろう。少なくとも僕はそう思う。……でも敵なら殺す。当然のことながらね」

 

 だが、撃ってきた以上は敵だ。

 人間だろうとカルトだろうと化け物だろうと、敵なら殺す。当たり前のことだ。

 

 剣を、銃を、魔術を、悪意を向けたのならば、それは敵だ。

 思想も文化も関係ない。種族も所属も関係ない。

 

 そして事ここに至り、敵を殺すのに、自分の足で走って自分の手で剣を振るう必要はない。

 

 「どうする? ハスター対ヴォルヴァドスを見届けて、その後で愉快な惨殺タイムと洒落込むか。ハスター対ヴォルヴァドスwith寄せ集め文化人のマッチアップか」

 

 頼みの綱がぷっつりと切れてる様を直視して、絶望に浸るか。神の死という珍しいものを見て、興奮するかは知らない。

 カルトではない()()()()なら、死の間際に何を思っていようとどうでもいい。

 

 だが、さっきの話は面白かった。

 星外の研究者や異種族の文化人たちの話。文明を正しい進歩と成長、そして正しい滅びの道に進ませる組織。その思想、その構造。

 

 「選んでいいよ。いい話を聞かせて貰ったし、外神を知りながら僕に喧嘩を売ってきた、その度胸に免じて」

 「いや、知ってたら手を出してねえよ。……というか、その魔王の寵愛を受けてるって話さえも、神の口から出た言葉じゃなきゃ信じられんが」

 

 まじまじと観察するような目が多数向けられる。

 

 見た目はただの人間。

 ミ=ゴの作った玩具を連れ歩いているのは異常と言えば異常だが、一見して分かるのはその程度。

 

 特別なところは何もない。

 

 だが、その何の変哲もない人間(ヒト)の幼体が腰掛けているのは、紛れもなく黄衣の王であり。

 率先して降伏したヴォルヴァドスは、一星を監獄として扱う旧支配者の一柱。

 

 謎の子供が神々の目を欺いていると考えるよりは、自分たちの目が節穴だと考える方が腑に落ちる。

 

 「俺たちは単に、お前がサイサロスの断片を狙ってるのかとか、知らずに接触しようとしてるのかとか、色々考えてだな……! とにかく、お前とも黄衣の王とも、勿論外なる神々とも事を構える気はねえ!」

 

 言って、代表者らしき蛇人間は、先刻ヴォルヴァドスがそうしたように両手を挙げた。

 それに他の異形たちも続く。外套に触手を詰め込んだ姿の異形も、服の袖を持ち上げた。

 

 人間の文化に倣った、人間に向けた降服のサインだ。

 

 「ふむ? “宣教師”は僕に会う前から僕を知ってたけど……」

 

 普通に考えるなら、会ったことのない相手を知っている方が不思議ではある。

 一神教のように大陸中に教会を置き、聖典を通じて読み書きを教えることで、幼少期の道徳教育レベルでその存在を広めているわけでもないのだし。

 

 しかし“宣教師”やヴィカリウス・モーンス、ハスターにクトゥグアにクトゥルフ、誰も彼もが当たり前のようにフィリップのことを知っていた。

 植え付けられた外神の視座と智慧も、それが当然だと語っている。

 

 知っていて当然。平伏して当たり前。敵対するなど愚の骨頂だ、と。

 

 「まあ、あいつらって神格が混じってるだろうし。君たちより物知りでも不思議はないか」

 「“宣教師”のことも知ってるのか。あいつらは俺たちより更に古くて、行動範囲も広い。俺たちは星外の組織や個体から支援や指導を受けてるが、この星に根付いた奴らの、この星の組織だ。中には星外から来た研究者もいるが、ほぼ全員、この星で生まれ育った」

 

 両手を広げて仲間を示す蛇人間に、フィリップも異形の顔ぶれを改めて見回す。

 

 人間に寄生している奴もいれば、擬態しているだけの奴もいる。怪物本来の姿を晒している奴も。

 率直な話、その全てが地球産の生物──犬や猫や、人間と同じルーツと言われると、得も言われぬ拒絶感が湧き上がる。

 

 そんな異形と一緒にするな、と。

 

 だが、それも小さなものだ。

 「そういうものだ」と言われたら、「ふーん、そうなんだ」と軽く納得できる。

 

 アベルが起きていたら猛反発があっただろうが、幸いにして、或いはフィリップの先見の明によって、彼は昏倒していた。

 

 「対して、奴らはもっと宇宙的な組織だ。イス、ユゴス、アルデバラン、フォーマルハウト、どこにでも行くし、どこからでもやって来る。今は“宣教師会”なんて名乗ってるが、当然、これは人類向けの名前でしかない」

 「まあ、そりゃあね」

 

 この星に於ける現行最大の文明が人類だから、人間の言語を使う。人間の論理で作られた単語や文法を使う。

 

 ミ=ゴの兵器であるカノンもそうなのだ。

 積極的に教えを広めようという集団が、その程度の工夫をしないわけがない。

 

 古のものの時代には彼らの言語を使い、飛行するポリプの時代にはそれらの、蛇人間の時代にはそれらの言語を駆使していただろう。

 

 そして複数の言語を使えるということは、それだけ集められる情報の幅が広いということ。

 A言語話者が持っていない情報を、B言語話者は持っているかもしれない。B言語では表現できないものを、A言語ではうまく表現できるかもしれない。

 

 言語ではなく、声に乗せられた情報を直接的に解するヴィカリウス・システムは、ウボ=サスラの言葉すら聞いていた。

 

 長く在り、数多の星々を巡り、雑多な種族を寄せ集めた『啓蒙宣教師会』の情報収集能力は、たった二言語しか使えぬフィリップでは計り知れない。

 

 「何より、俺たちは基本、“オブジェクト”……その“死の断片”みたいな異常物品を隔離するために、一点に長く留まる。広範囲に情報収集の手を伸ばしてるのは、俺たち隔離要員とは別のチームだ」

 「なるほどねぇ……」

 

 納得も納得だ。

 「なるほど」というか、「やっぱりな」と言いたいくらいに。……いや、それはちょっと言い過ぎかもしれないが。

 

 『宣教師(広めるやつ)』が居るにしては、世界は未だ蒙昧に溢れすぎている。

 

 星は旧支配者の牢獄となり、過去様々な異形たちが栄華を誇り、生命の発生からして外神の影響を受けていて。宇宙には更に多くの邪神や異種族たちが犇めいていて。

 シュブ=ニグラスの落胤、ハスターの断片、ゾス星系の支配種なんかが飛来して。

 

 なのに、人類は未だ目を開くこともなく、世界の姿を知ることも無く、無知の安寧の中で生きている。

 

 どうしてそんなことが可能だったのか。

 人間は見たいものしか見ない生き物だが、それだけではない。

 

 勿論、邪神や神話生物たちの生活圏は、人類の生活圏からは遠い。

 それは単に快適に感じる環境の差や、必要とする物資の違いもある。そして古い人類の「この辺りは怪物がいて危険だから離れよう」という判断の結果として、彼らから遠い場所に文明の基盤が築かれたという歴史的な理由もある。

 

 だが、そればかりではないのだ。

 

 『啓蒙宣教師会(広めるやつ)』に対抗する、『ヴェルム・オブスキュラ(抑えるやつ)』が居るからだ。

 

 それらは人間に化けて人間を誘導する。

 魔物に化けて人間を遠ざける。

 不思議で目を惹く現象を使って視線を逸らす。

 

 人間はそうと気付かないまま、シャーレの中で生きている。

 文明が他の文明に影響されたり、星独自の生態系が他の星のそれに汚染されないように守られながら。

 

 異種族の文化人や、研究者たちによって。

 

 「保護された自然は自然なのかって話はあるけれど……まあ、いいや。一先ずは、お前たちの生存を認めよう」

 

 人間は人間を自然の範疇外に置くが、“自然”にしてみれば、人間だって自然の一部だ。

 

 そもそも人間のやることなんか、それほど影響の大きいものでもない。

 過去、微生物が引き起こした大絶滅──大酸化イベントに比べれば、人間が狩りや開拓で引き起こした環境変化など微々たるものだ。

 

 ひと月ほど前、ヴィカリウス・モーンスやノアたちとした、そんな話を思い出す。

 

 だが一先ず、フィリップの中から、ヴェルム・オブスキュラに対する殺意は無くなった。

 

 「利害の一致、ということかな? 率直に言って、これらの文明に対する影響は殆ど無い。利害を問わず、だ。ヴォルヴァドスさえ残しておけば、戯れに殺してもいいと思うがね」

 「利害? ああ、いえ、そうじゃなくて。……確かに現行の文明、人類社会を守ってくれるのは僕の利になると言えるけれど……異種族や神格が、各々の興味や使命感で動くことそれ自体を否定するつもりはないんですよ」

 

 白い仮面を付けた顔が骨格のない動きで下がり、冷笑と共にフィリップを見つめる。

 

 しかしフィリップの答えを聞くと、つまらなさそうに顔を上げ、そのままふっと霧のように消えた。もはや自分の出番はないと感じたのだろう。

 

 座っていた椅子がいきなり消えたフィリップは、尻餅をつく寸前でどうにか手を突いて立ち上がった。

 

 「ふぅ……」

 「はあぁぁぁ……。怖かったぁ……」

 

 彼らの長い歴史上でも遭ったことのない上位神格が居なくなり、ヴェルム・オブスキュラの面々は安堵の息を漏らす。中にはへたり込む奴まで居た。

 

 代表して話していた蛇人間も緊張の糸が切れたようで、雪に膝を突いているし、擬態が解けて蛇人間本来の姿になっていた。

 

 二足二腕の人間と、爬虫類の外見を併せ持つ異形の姿。

 顔などは完全に蛇のそれだ。細長い頭部に、頬のない口、表皮を覆う鱗。

 

 爬虫類の表情など読みようもないが、なんとなく、冷や汗をかいているような気がした。

 

 「これは単なる興味なんだけど、君たち、サイサロスの断片を監視してるだけ? 壊さないの?」

 「概念的死──俺たち生物は“死”としか捉えられない終端の具現化だぜ? 迂闊なことは出来ねえよ」

 

 膝と手をついたまま、蛇人間は浅い息をしながら返す。

 ハスターの、いや神二柱の前で息すら満足に出来ていなかったのだろうか。

 

 蛇人間が四つ足をついていると、どちらかというとトカゲだな、なんて、くだらない感想が脳裏を過った。

 

 「ふーん。それで隔離か。……そういえば、初めは僕らを遠ざけようとしていたね」

 「あぁ。お前はそいつらをぶっ殺したがな」

 

 蛇人間と、へたり込んでいた異形たちも、漸く気が落ち着いたのか立ち上がり始める。

 声にも段々と覇気と芯が入り始めるが、敵意は戻らなかった。

 

 「そうだね。それで……ん? 覚えてろって意味?」

 「そんなわけあるか! 外なる神の寵愛を受けてる謎の生き物に、態々手出ししねぇよ!」

 

 もうハスターは居ないし、彼らの前にはヴォルヴァドスが居る。

 にもかかわらず、酷い慌てようだった。ほんの冗談のつもりだったのだけれど。

 

 「謎の生き物……。まあいいや。それで、それって僕以外にもやってるよね?」

 「そりゃあな。近くにエルフの集落があるから、専らそこの住人だ。まあ連中、魔術にゴリゴリ耐性がある種族ってわけでもないし、適当な暗示とか誘導で片付くんだが」

 

 語られた内容に、フィリップは小さく眉根を寄せる。

 

 言っていることは正しい。

 エルフの魔術耐性は種族的にそれほど高くなく、それはミナのお墨付きだから間違いない。

 

 だがそれを言うなら、フィリップの魔術耐性だって大したことはないはずだ。むしろクソ雑魚と言っていい。

 しかし、暗示の類を喰らった覚えはない。どうしてだ──なんて。

 

 暫し考えて、フィリップは気にしないことにした。

 偶々術者が居なかったとか、そんなところだろうと勝手に納得する。

 

 なお正解は「暗示を使う前に銃をぶっこ抜かれた」だ。

 

 「君たち、どのくらいここに居る?」

 

 フィリップが問うと、異形たちは顔を──或いは顔のように見える部位を見合わせる。

 

 「えーっと、あの自殺志願者共を追っ払ったのって何年前だ?」

 「多分、300年ぐらいじゃないか?」

 

 ふむ、とフィリップは軽く頷く。

 彼ら以前にはサイサロスの信奉者がこの辺りに居たようだが、ヴェルム・オブスキュラはその信念に則り、隔離と秘匿を実行したらしい。

 

 それが300年前。

 ということは、エルフが知っている「500年くらい前からいる謎の集団」は、その実、「500年前から300年前くらいにいた奴」と、「300年前からいる奴」の2種類だったわけだ。

 

 そして、それなら。

 

 「じゃあさ、エルフの女性が隔離線を抜けてサイサロスに接触したことはない? 100年くらい前に」

 

 答え合わせが出来る。

 

 サイサロスに接触して、果たして『記憶機能の部分的死』なんて生温い結末で済むのか。

 或いは単に、ヴェルム・オブスキュラが隔離作戦の一環として、接触した対象の記憶機能を破壊しただけなのか。

 

 「……どうしてそんなことを?」

 

 尋ねる声は背後からのもの。

 異形たちは再び顔を見合わせ、「あったか?」「さあ?」と記憶と情報の擦り合わせをしている。

 

 振り向けば、ガスマスクを着けた間抜け顔が見上げていた。

 

 「……いま君が絞めてるのは何?」

 「あっ……ありましたねえ、そんな話」

 

 覚醒しては絞め落され、また目覚めては絞め落されを繰り返し、エルフの瑞々しく透き通るようだった顔は土気色になっている。

 

 ハスターはもう居ないし起こしてもいいかな、と思いつつ、一応やめておく。

 ヴォルヴァドスの姿はハスターほど禍々しくはないものの、フィリップにも感じられる程度には神威が強い。

 

 精神を揺さぶられた挙句、恐慌状態になって暴れ散らかす……なんてことになられても、死体を持ち帰るのも面倒だ。

 

 フィリップがカノンに胡乱な目を向けているうちに、隔離組織内での情報も纏まる。

 

 しかし蛇人間の答えは、フィリップの予想とは違っていた。

 

 「悪いが、誰も心当たりはないっぽいな」

 「んん……?」

 

 サイサロスとの接触ではなく、ヴェルム・オブスキュラの魔術によるものでもない。

 

 もし本当にそうだとしたら──まだ誰も知らない、第三の要素が存在することになる。

 

 

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