なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 「詳しく聞かせてくれる?」というカイナのリクエストに応じて、フィリップは暫し、ミナに出会った時のことを話した。

 

 「で、ミナ──吸血鬼としては、家畜やらパンやらと結婚するなんてのは狂人の戯言ですからね。それで……ちょっと理由は覚えてないですけど、なんやかんやでペットになりました」

 

 いや覚えていないことはない。

 ないが、「吸血鬼と人間の関係性として正しいから」くらいならともかく、「マザーと似た雰囲気を感じたから」と言われても、カイナには何のことやら分からないだろうし、意図的に省いた。

 

 「そ、そう……。ええと……そうね……」

 

 理解不能な情報を延々と連ねられ、カイナは頭痛すら覚えたかのように眉間を揉んでいる。

 気になることを片端から訊いたら大変なことになる。それは分かっていても、なにから訊くべきかの判断が付かない程度には混乱していた。

 

 「仲は……良かったのね?」

 「まあ、そうですね。というか、ミナに嫌われたら死んじゃいますよ」

 「あら、そんなに?」

 

 随分と可愛いことを言うのだな、とカイナは微笑ましそうに相好を崩す。

 

 しかし当然ながら、フィリップは自分の感情やメンタル的な話はしていない。

 これはもっと物理的で直接的な、戦闘能力の話だ。

 

 「そりゃあ……ディアボリカなんか、同じ部屋に入るだけで心臓目掛けて血の槍を撃たれるくらいですよ?」

 

 なんかニコニコしてるけど、と釘を刺す。

 彼女は夫より幾分、いやかなりマトモというか常識的に見えるが、それでもアレの妻だ。

 

 100年ぶりに再会した娘に「結婚相手を連れて来たわよん」と家畜をお出しする輩の、妻なのだ。

 同じことはしないまでも、似たような()()()()()をして惨殺される可能性は十分に考えられる。

 

 しかし幸い、彼女はフィリップの印象通りに常識的だった。

 

 「それは……当然よね。100年も放っておいて、今更、どんな顔をして親だと言えばいいのか」

 「というか、ディアボリカが父親だって実感が無いみたいです。勿論、魔力や血で血縁関係は分かるらしいですけど……メイドさんたちの口添えもあって、ギリギリ生存って感じでしたね」

 

 なるべく帰ってきてほしくないし、同じ部屋には入らせないという徹底した嫌い方をしていたミナだったが、それでもディアボリカは死んでいなかった。

 

 だがそれは別に、ミナが情報上は父親らしき存在を尊重したからではない。

 同格相手では本気の殺し合いが面倒というのもあり、古参のメイドたちの喜びを無碍にするのも気が引けると言っていたが、殺そうとはしていた。

 

 ディアボリカがまだ生きているのは、アレが不死身の化け物だからだ。

 

 そして、その強みはエルフには無い。

 

 「怒ってもいないって言ってたので、再会しても、変に謝ったり「お母さんです!」って感じで接したりしないほうがいいですよ。鬱陶しいとか思われたら終わりです」

 「……そう、ね」

 

 ペットと母親、人間とエルフ。

 価値観が合うはずもない二者間で、しかも話の焦点は吸血鬼だ。「終わり」という言葉の意味も、フィリップの意図と、カイナの認識ではかなり違っていた。

 

 フィリップは勿論、「そこで死ぬ」という意味で言っている。

 しかしカイナは精々「ものすごく傷つく」とか、「関係性が修復できないほど嫌われる」くらいにしか受け取っていない。

 

 二者間の齟齬を察したのは、傍で聞いているカノンとアンテノーラの二人だけだ。

 そして二人とも、所有者の会話に割り込むような無作法は働かない。……己の存在意義に係わることでなければ。

 

 「僕のオススメは、魔王の召集を受けて帰還した前任者として対等に接しつつ、当代のミナを尊重する……って感じですね。これなら多分、敵とも面倒な奴とも思われずに……いや待てよ?」

 

 フィリップは言葉を切り、暫し考え込む素振りを見せた。

 

 「……僕らと一緒に行きますか?」

 「え?」

 

 思わぬ申し出に、カイナは困惑を通り越して疑わし気な表情を浮かべた。

 

 あの古城は遥か南方、魔王領域内だ。

 「迷子なの? じゃあ一緒に行こうか」で行ける距離ではないし、そんな気軽さが許される安全な場所でもない。

 

 疑わしげな──冗談をか、はたまた正気をかはともかく──視線に気付き、フィリップは弁解するように言葉を重ねる。

 

 「あぁ、ええと……今すぐってわけじゃないんですけど、近いうち、勇者と聖痕者による魔王征伐が行われる予定なんです。その時に一緒に来れば、僕からミナに紹介できると思います。そうすれば多分、出合頭にブチ殺されることはないかと」

 

 まあ別に、彼女が100年ぶりに再会した娘にブチ殺されたところで、フィリップの心は特に痛まない。

 

 それでも穏当で平和な再会になるよう色々と警告して、同行まで申し出るのは、偏にミナのためだ。

 

 生き別れの母親に再会させてあげたい、という意味ではない。

 涙ながらの再会になんてなりはしない以上、予想される展開は二つだ。

 

 「あっそう」と軽く流されるか、「鬱陶しいな殺すか」と羽虫を払うような殺意を向けられるかの二択。

 

 それなら、ミナが面倒に感じない方がいいというだけのこと。

 いま会ったばかりの女性の生死よりは、()()()()の感情の方が重要だった。

 

 「…………待って頂戴。出合頭に殺されるかもしれないの?」

 「面倒だと思われたら、そうですね。あと、先に「偉い人」に相談する必要もあります。ダメって言われたらそれまでです」

 

 流石に、そのくらいの分別はフィリップにもある。

 

 一応、魔王陣営についてアンテノーラより多くの情報を持っているだろうし、連れ帰ったらボコボコに怒られる、なんてことはないはずだ。

 しかし討伐遠征に敵軍の将を連れ回すとなると、それは獅子身中の虫という奴だろう。

 

 ミナに会う前に寝首を掻かれて全滅するリスクを、ステラがどう評価するかだ。

 魔王討伐部隊の指揮官はステラであって、フィリップではない。彼女が駄目と言えばそれまでだし、危険だから殺せと言われれば殺す。

 

 「僕が居れば、少なくとも、遠目に存在を認知された瞬間に槍が飛んできて即死──みたいなことにはなりませんよ」

 

 たぶん。

 自分なら、はぐれてしまったシルヴァと一緒に訪ねて来た人間を、何も聞かずに殺すことはない。

 

 敵なら殺すが、善意の一般人なら礼もする。

 まあシルヴァがはぐれるなんてことは無いので、仮定に過ぎないが。

 

 「そんな……」

 

 呆然と呟く声に力はない。

 

 それほど驚くようなことを言ったつもりのないフィリップは、「何がそんなに刺さったんだろう」と首を傾げる。

 

 「ミナは……ミナは、そんなにも荒んでいるの……!?」

 

 口元を覆って声を震わせていたカイナは、堪え切れないというように涙を流し始めた。

 決壊したきり声も無く、ただ制御できない感情のままにすすり泣く。

 

 荒んでいるというか、フィリップにとってはそれがミナの素なのだが、これが泣くほど荒んでいると言われると、むしろ五歳の時のミナが気になった。

 

 「……フィリップ様、慰めないんですか? それはちょっと紳士的じゃないですよ?」

 

 揶揄混じりではあるが、やや鬱陶しそうにカノンが促す。

 彼女だけでなく背後からも「どうにかしてくださいませ」と言いたげな圧を感じるが、一応は紳士の何たるかを知っているフィリップが即座に動かないのには理由があった。

 

 「いま脳内ディアボリカが「女が泣いてるんだからハンカチくらい渡しなさい! 寄り添いなさい! 黙って抱きしめなさい!」って言ったその口で「アタシの奥さんに指一本でも触ったら殺すわよん」って言ってる。どうしよう」

 「えぇ……なんですかその珍妙な寄生虫は……」

 

 ついでに言うと、シンプルにどうでもいい相手に心を砕けない。

 脳内ディアボリカの言う通り黙って抱きしめるのに抵抗は無いが、同じくらい、首を刎ねて黙らせることにも抵抗が無いほどに。

 

 ややあって、カイナはひとりでに泣き止んだ。

 目元は赤く腫れているし、まだ鼻をすすっているが、涙は止まっている。僅かに荒れていた呼吸も、すぐに平常のものへと戻った。

 

 「ごめんなさい、取り乱して。さっきも泣いたから、涙腺が緩んでいて……」

 

 涙の跡が残っているが、安心させるような笑みを浮かべた顔は、エレナによく似て美しかった。

 ミナよりエレナに似ているという印象なのは血筋の不思議か、或いは血色のせいかもしれない。病的に白いミナよりは、きちんと血の通った、健康的に整えられた肌のエレナの方が近い。

 

 「一先ず、貴方たちに同行させて貰うわ。その「偉い人」の了承が得られなければ、一人で行く」

 「……そうですか。じゃあそれで」

 

 フィリップは愛想笑いを浮かべ、適当に頷いた。

 

 ──その時は多分、殺すことになる。

 

 どうして敵が仲間と合流するまで待たなければいけないのか。殺しやすい孤立しているタイミングで殺すに決まっている。

 ステラならそう言うだろう、きっと。

 

 「よろしく。ねえ、もっとミナの話を聞かせて頂戴」

 「それはいいんですけど──」

 

 握手を交わし、ずっと気になっていたことを聞こうとしたフィリップだったが、その前に、新たな来客があった。

 

 先刻同様、扉がノックされる。

 しかし先刻と違うのは、駅宿の管理人による来客の報せが続かないことだ。

 

 大抵の宿では防犯策の一つとして、宿泊客を訪ねて来たと言われても、客以外を宿泊部屋のある区画には入らせない。

 つまりノックの主は他の宿泊客なのだろうが、特に大きな音を立てたわけでもないし、呼ばれる理由が思いつかなかった。

 

 「はーい……?」

 

 動きかけたカノンを制し、フィリップは自ら扉に向かう。

 さっきは気が抜けていたが、一見して魔物でしかないカノンは初対面の相手の応対には向いていない。

 

 なんだろう、と扉を開けると、来客は年若い──外見的にはカイナと同じくらいの、妙齢の女性だった。

 

 王国人にありがちな金髪と碧眼。顔立ちは平凡なものだし、耳が尖っていたりもしない、ただの人間だ。外見に不自然なところはない。

 

 強いて言えば、旅装がそのままなところか。

 もこもこした防寒具に身を包み、大きな旅行鞄を引いた格好は、宿に着いたばかりといった風情だ。コートに付いた雪も払いきれていない。

 

 取り敢えず、フィリップは当たり障りのない愛想笑いを作った。

 

 「部屋、間違ってますよ」

 

 ここで誰かと待ち合わせでもしているのだろう。

 ごく自然な考察の果てに導き出された結論から、ごく自然なことを言ったつもりのフィリップは、女性の反応まで予想していた。

 

 まあ、そう難しいことではないけれど。

 「あれ?」と困惑するか「あっ!」と慌てるか、恥ずかしがって照れるかのあと、「失礼しました」と去っていくだろう。

 

 ものすごく、ごく稀なケースとして、本当に宿側のミスで部屋番号を間違って伝えられていたり、自分のミスを認めずに客や宿側にまで突っかかってくることもあるが。

 

 結果としては──それよりもっと稀なケースだった。

 

 「い、いえ、そうじゃなくて! あのう……もしよかったら、部屋を交換しませんか?」

 「……はい?」

 

 

 

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