なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 「すみません、いきなりこんなことを言って」

 「はあ……?」

 

 他より幾分豪勢な造りをした駅宿の、通常グレードの二人部屋。

 扉を開けてすぐにクローゼットがあり、一人用のベッドが二つと、ちょっとした書き物机が二つ、あとはカノンのベッドになる予定の三人掛けサイズのソファ。

 

 内装や家具こそ、他の駅宿より高いグレードのものではある。

 しかし、他と比べて特別広いとか豪華だとか、そんなことはないスタンダードな部屋だ。この部屋を殊更に希望する理由は見当たらない。

 

 自分の部屋に荷物も置かず、いきなり訪ねてきて「部屋を交換しよう」と言うのは不自然極まる。

 

 「ええと、もっと言うと……えっ? 魔物?」

 

 不審そうなフィリップの視線に気付き、女性は身を傾げるようにして部屋の中を覗く。

 その動きもかなり不審ではあるし、彼女の腰には護身用らしき短剣も見えたが、フィリップの不信感は警戒心には繋がらない。

 

 「なんだこいつ」とは思ったが、「敵か」とか、「危険か」とは思わなかった。

 扉の近くに居たカノンを見て硬直しているのを見ると、脅威判定機能が壊れているフィリップでなくても同じ判断をするかもしれない。

 

 「……あ、冒険者の方ですか! モンスターテイマーなんて珍しい、貴重な能力をお持ちなんですね。すごいです!」

 「……」

 

 フィリップを含め、部屋の中にいる全員の視線が──化け物たちの視線が、たった一人の人間に集まる。

 

 「……貴方は?」

 「申し遅れました。私、商人ギルドで徒弟をしています、イザベラと申します。ギルドでは冒険者の方にお勧めの商材を専門とする商人のご紹介、交渉仲介、代理購入など──」

 「──あ、うん、王都の商人ギルドでお世話になってるので、結構です」

 

 ぱたん、と小さく虚しい音を立てて、部屋の扉が謎の来客を締め出した。

 

 外からは「待ってください!」と慌てた声が聞こえてくるが、特に鍵を掛けたわけでも無い扉を開けたりはしない辺り、最低限の常識はあるらしい。

 

 「そうだったんですか?」

 「いや知らない。でも服とか靴とかは公爵家経由というか、お抱えのテーラーからだから、多分?」

 

 カノンの問いに、フィリップは適当に頭を振った。

 

 少なくともフィリップと王都の商人ギルドとの間に、直接の関係性は無い。

 しかしまあ、王都の一等地に土地を持ち、公爵邸に出入りするような店であれば、商人ギルドにも属しているだろう。たぶん。公爵家のお抱えというか、専属のような形だったら違うかもしれないが。

 

 思えば装備類はフレデリカから買ったり貰ったりで、自分で店に出向くという行為をしなくなって久しい。

 一等地の店は敷居も物価も高いし、かと言ってちょっとした買い物に二等地まで出るのも面倒だし。

 

 「……着実に貴族教育が進んでいるようで」

 「え? なんて?」

 

 カノンの声色から揶揄の色を感じたフィリップは、やや語気を強めて聞き返す。

 廊下で騒いでいる自称ギルド徒弟の声のせいもあり、ガスマスク越しの呆れたような呟きの内容は、はっきりと聞き取れなかった。

 

 「審美眼の無い金持ちはカモですね、と」

 「自覚があるから公爵家経由にしてるんだよ」

 

 フィリップは小さく肩を竦め、扉から離れて再びベッドに腰掛ける。

 やはりカノンの言葉は揶揄ではあったが、今回に関しては、悪口ではないただの事実だ。腹が立つわけでも無し、折檻の必要は無い、と。

 

 同時にアンテノーラが立ち上がり、カノンは素早くファイティングポーズを取った。

 

 「なんですかやるんですか」

 「私は所有者様が貴族になろうと王になろうと、特に思うところは無いのですが……主人に嘘を吐くのは、同じ道具として看過いたしかねますわ」

 「え、嘘?」

 

 流石によく通るアンテノーラの声は聞き逃さず、フィリップの目が怪訝そうに細められる。

 同時に「道具?」とカイナも首を傾げていたが、しかし、フィリップたちの興味は扉の外からの声によって、一瞬でそちらに向いた。

 

 「──貴方たちが死ぬかもしれないんです!」

 

 切羽詰まったような、真剣な声。

 穏やかならぬ言葉に、カイナも含めた四人は顔を見合わせ──カノンが速やかに動いた。

 

 「面白い冗談ですねぇ。そのセンス、是非ともご教授頂きたいところではあるんですけどぉ」

 「ひっ……」

 

 勢いよく扉を開け、驚いて下がる商人の胸倉を掴み上げる。

 

 彼女──商人ギルド徒弟のイザベラは、どうやら荒事に慣れていないらしい。

 防寒具がぎちぎちと軋み、踵が僅かに浮き上がるほどの力を前に、護身用の短剣に手を伸ばす素振りも無い。小さく悲鳴を漏らし、怯えるばかりだ。

 

 「詳しく聞かせてください」

 

 フィリップは努めて笑顔を作り、にこやかに問いかけた。

 

 威嚇のつもりはなく、むしろカノンが脅かした分のフォローという気持ちさえあったが、蒼褪めた顔の女性を見るに効果は薄い。

 

 「あ、あの、実は、この宿には……お化けが出るという噂があるんです」

 

 数秒、沈黙があった。

 アンテノーラとカイナの大人組は怪訝そうにしているだけで、特に声を上げたりはしない。勿論、手も。

 

 いきなり「部屋を交換しよう」と言い出す理由にしては、あまりにも突拍子で説得力がない。

 しかし、だからこそ不思議だ。何か危害を加えるつもりで一行を分断しようと企てているにしては、作戦が稚拙すぎる。

 

 「はぁ?」

 「えっ……」

 

 心底馬鹿にしたような疑問の声と、硬く強張った声。

 カノンのものと、フィリップのものだ。

 

 「……詳しくお願いします」

 

 カノンの胡乱な視線とアンテノーラの生温かい視線を感じたフィリップだったが、どちらも意識外に追いやる。

 

 後で煽られようが揶揄されようが、いま重要なのはお化けの話だ。

 怖さ如何によっては辺り一帯の焼却まで視野に入る。

 

 「なんでも、この宿は元々、さる貴族の嫡子が婚約者との挙式のために建てたものだそうです」

 

 カノンに胸倉を掴まれたまま放してくれと言うことも出来ず、イザベラは声を震わせながら語る。

 

 確かに、ここはただの駅宿にしては大きく立派な建物だ。

 調度品類は駅宿として使うに当たって取り替えたようだが、内装も豪華だし、造りもしっかりとしている。

 

 部屋数も普通より多いし、住み込みの使用人のものだろう。

 宿ではなく別荘と言われても、特に引っかかるところはない。

 

 それに、その手の流用は珍しいものではない。

 街道沿いの駅宿の大部分は王国か領主の管理下にあり、設置間隔など色々と決まりがある。

 

 老朽化で取り壊しになったり、或いは街道新設で新たに必要になったりしたとき、ありものを使った方がコストがかからない場合はそうすることが多い。

 既に使えそうな建物があるのに、領主が面子にかけて新築を用意するケースも同じくらいあるそうだが。

 

 ……と、まあ、それはともかくとして。

 

 「ですがその貴族は婚約者を裏切り、揉めた末に殺してしまったとか。花嫁は強い恨みを持って亡霊となり、復讐のために血塗れのドレスで彷徨い歩いていて……この宿に男女で泊まった者は、たとえ恋人同士でなくても酷い死に方をするそうです……!」

 「…………」

 

 抑揚も何もない、暴力の気配に怯え切った語り口調。

 それは怪談話と言うより、情報を明かすから見逃してくれという懇願にも見えた。

 

 残念ながら、震える小動物に憐みを感じて慈悲をくれるような優しい化け物は、ここには居ないのだが。

 

 「つまり部屋を替えるって言うのは、僕と貴女が交代する、ってことですね?」

 「そうです! 怪しいことを言っているのは分かりますし、単純に、お連れの方と部屋を分けるだけでも……とにかく、男女で同じ部屋に泊まるのは避けた方がいいと思います!」

 「……カノン、放せ」

 

 命令に従い、カノンがぱっと手を離すと、つま先立ちになっていたイザベラは尻もちをついて倒れた。

 フィリップは助け起こそうとしたものの、哀れな女性は重そうな旅行鞄を引っ掴むと、隣の部屋に駆け込んで消えた。

 

 がたがたと壁に物がぶつかる音は、バリケードでも作っているのだろうか。

 

 獲って食いやしないのにね、と苦笑を浮かべかけたフィリップだったが、何とも言えない顔で口を噤む。

 こちらに危害を加える気ならブチ殺すし、殺した後でカノンが死体を食う可能性に思い至ったからだ。場合によっては獲って食う。

 

 だが、イザベラの怯えようや慌てようを見るに、どうもそういう手合いではなさそうに思える。

 

 フィリップを孤立させようとか、そういう狙いはなさそうだ。

 少なくとも彼女自身は本気で、そして善意で、あんな話をしたのだろう。

 

 扉をぱたりと閉じ、珍しい生き物でも見たような顔のカイナと、微笑ましげに生温かい目を向けてくるアンテノーラと、目だけで「殺しておきますか?」と尋ねてくるカノンに向き直る。

 まずは深呼吸を一つ。そして。

 

 「……え、お化け出るの? ヤなんだけど。宿を変えよう」

 

 フィリップにしては珍しく、絶望と諦観に淀んでいない──雨に濡れ寒さに震える仔犬のような目をして言った。

 

 「え、フィリップ様、お化けなんかが怖いんですか? ぷーすす! 流石にちょっとおこちゃま過ぎませんかぁ?」

 

 指を差して笑うカノン。

 いつもなら拳を握るなり剣を抜くなりするフィリップだが、今日は少し違った。

 

 憐憫の籠った眼差しを向け、肩を叩いて言い聞かせるように言葉を紡ぐ。

 

 「正体不明と対策不明が怖くないのは精神的な欠陥だよ?」

 「おお、精神欠陥の擬人化が言うと説得力ありますね」

 

 精神欠陥の擬人化? とフィリップが首を傾げるのと同時に、カノンも首を──いや上体を傾げる。それは彼女の意思によるものではなく、肩を組むような形で脇に入り込んだアンテノーラのせいだ。

 

 道化の演目として、主人を馬鹿にするようなものがあるのは分かる。

 主人がそれを笑っているうちは、同じ演技者として出しゃばった真似はしない。

 

 しかし主人に指を差す不敬、そして度を越した暴言は、道具という自意識を持つ彼女の逆鱗と美意識に抵触する。

 

 結果──炸裂したコブラツイストがカノンの絶叫を齎した。

 

 「なにその技……。いや、それよりさっさと荷物を纏めて──うわ」

 

 太陽の位置を確認しようと窓を開けると、いつのまにか、外は真っ白いスクリーンのような大雪になっていた。

 

 強風を伴う吹雪ではなく、凪いだ空気の中を音もなく降りしきる。

 それでいて、まだ沈んでいないはずの太陽どころか、五メートル先も見えないほどに視界が白い。

 

 「この感じだと、早々に吹雪になるわね。遭難したくないのなら今日はここで我慢すべきよ、人間くん」

 「……雰囲気出てきましたねってイタタタタ! ギブギブ!」

 

 地元民(カイナ)の意見に従うべき。

 理性ではそう分かっているが、カノンの言葉で一気に強行したい気持ちが強くなった。

 

 技を強められて悲鳴を上げているカノンには、おまけでボディブローを一発。

 

 アンテノーラの“歌”で低温には耐えられても、前が見えないのでは進みようがない。

 この分では街道の雪かきも早々に意味を失い、太陽も星も見えない状態で運頼りの行軍になる。迷子……いや遭難確定だ。

 

 「今夜はここに泊まるしかないか……」

 「……もう一部屋取る、なんて仰らないでくださいね? あの自称商人も怪しいですし、本当にお化けが出るにしても、貴方様をお一人には出来ませんわ」

 

 釘を刺すようなアンテノーラの言葉に、フィリップは苦笑を浮かべた。

 敵が人間ならいざ知らず、お化けが出るなら警戒できる。恐怖することすら。

 

 いつものような、正当な嘲笑と正常な油断による舐め腐った動きはしない。

 

 「そりゃ言わな……いや、僕とカノンの二人部屋ならいいんじゃない?」

 

 無いとは思うがイザベラが賊だったときの防備と、怪談の内容に即したお化けの回避。どちらの条件も満たせる良いアイディアだ。

 

 若干のドヤ顔で提示された案に、アンテノーラは微苦笑しつつも「それなら」と頷く。

 逆に、カノンの方が不満そうだった。

 

 「……え、もしかして私、“女性”としてカウントされてないんですか?」

 「そもそも()()()()()()んだから性別も何もないでしょ」

 

 何言ってんだコイツと言わんばかりの冷たい視線を受け、カノンは目から鱗といった顔で指を弾いた。

 ちなみに古龍ベースの肉体を持つカノンとはいえど、眼球に鱗はない。

 

 「た、確かに! そうと決まれば、もう一部屋借りてきます! あ、ついでに夕飯もお持ちしますね!」

 「いや、食事は宿の人が持ってくるっていうか、勝手に持ってきたら駄目だよ? カノン? 聞こえた? 厨房も勝手に使っちゃ駄目だからね!?」

 

 部屋を出てぱたぱたと駆けていくカノン。

 その背中に叫ぶが、返ってきたのは「はーい」という気の抜けた、本当に分かっているのか心配になる返事だった。

 

 まあ、そうは言ってもナイアーラトテップが認めた従者だ。フィリップの言葉に背くことは無いだろうと、追いかけまではしなかった。

 

 しばらくするとカノンは戻ってきたが、なんだか不思議な表情を──不思議そうな表情をしている。扉を小さく開け、「あの……」と気まずそうに覗いて。

 

 「なんか居ないんですけど。宿の人」

 「そんなわけ……いや、馬小屋の方じゃない? もしくは食材とか薪が心許ないとかで調達か」

 

 駅宿に管理人がいない状況なんか有り得ない──とは言い切れない。

 設置場所や建物の規格は王国の法である程度定められているが、管理人は最低一人という決まりだけだ。

 

 馬の世話で母屋を空けることもあれば、外出して不在のこともあるだろう。

 

 どちらにしても、外は大雪だ。

 そう遠くないうちに帰ってくるはず。三人はそう思ったが、しかし。

 

 「食事の用意をしてたみたいで、竈には火が入ってて……こんな状態で出掛けます、普通?」

 「……雰囲気出てきたねえ! 最悪だ!」

 

 

 

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