なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 カイナは心中の疑問に急かされるようにアンテノーラを探し、二階の客室で見つけた。

 四つある客室のうち、誰も使っていなかった場所。フィリップに言われた通りの場所だ。

 

 正直、カイナには少し意外だった。

 人間の指示通りの場所で、指示通りのことをしているなんて。自室に戻って寛いでいた方が「らしい」だろうに。

 

 「貴女、どうして人間の子供に付いて回っているの?」

 「付いて回る、とは、また随分な言いようですわね」

 

 一人用とはいえ重厚な高級木材が使われたベッドを片手で持ち上げ、その下を検めていたアンテノーラは、前触れもない背後からの声に驚くことなく応じた。

 

 魔法陣も隠し扉もない、僅かに埃が舞う板張りの床。

 それを一瞥して、アンテノーラは部屋で一番大きく重い家具を静かに元通りに戻す。

 

 「なにか理由や目的があって利用している風ではないし、イニシアチブを握っているようにも見えないもの。言われるがまま、真面目にお化け探しをしているようだし?」

 「これに関しては、私も用途外だと訴えたいところではありますわ。けれど、怖がる子を放置するのも気が引けますもの」

 

 揶揄うような口ぶりに溜息が返される。

 

 存外面倒見のいい──いや、特段意外でもないか。

 人魚属は群れ単位で行動することが多いというし、子供や幼体に対する愛情が深いのだろう。

 

 勝手に納得して、カイナはもう一つの疑問に意識を傾けた。

 「用途外」という、不思議な言い回しに。

 

 「さっきも言っていたけれど……言いたかったのは「無関係」とか「不本意」かしら?」

 「あら、失礼。人語は一年目なもので」

 

 言って、アンテノーラはベッドに腰掛けて足を組んだ。

 同格相手に()()()で話すのは礼を失すると思ったのか、或いは休憩する理由にしたのかは分からない。

 

 まあ、フィリップのように片手間でどうでも良さそうに話されるよりは、ずっといい。

 

 「それで、どうして領地を離れてこんな場所に居るの? 魔王様……魔王軍(私たち)はどう動けばいいのかしら?」

 「さあ? 私と貴女では能力も役割も違いますし、命令も異なるでしょう。帰ってウィルヘルミナにお尋ねくださいな」

 

 ずっと聞くべきだと思っていた、今のカイナが最優先すべき問題。

 アンテノーラに向けて自身の旗幟を鮮明にする──自分()魔王の意向で動くと示すための問いでもあったが、返された答えは冷たいものだった。

 

 ただ、突き放すようではあるが、正しくもある。

 

 「……そう、ね。その通りだわ」

 

 魔王軍とは言っても、各種族間で綿密な連携が取られているわけではない。

 生息地も性能も、価値観も文化も違う多様な種族を一つの軍として扱うのは至難だ。

 

 魔王にその器量が無いわけではない。

 むしろ、その絶対的な力の下で、多種多様な魔族を統率することなど容易だろう。だが、それでは各種族の強みが活かせないし、何より魔王の意に沿わない。

 

 魔王は魔族を率いて人類を滅ぼしたい()()()()()()のだから。

 カイナも含め、隷下へ与えられる使命は「なるべく多くの人間を殺せ」なんて、単純で明快なものではない。

 

 同格のアンテノーラと同じように動けばいい、とは限らないのだった。

 

 「貴女から見て、ミナはどうだった?」

 

 問うと、「またそれか」と言いたげな溜息を零される。

 だがペットの人間から得られる情報と、同格の同僚が持っている情報は別だろう。距離もそうだし、見え方も異なるはずだ。

 

 それに、同じく魔王陣営で同格の地位にある者とはいえ、鬱陶しがられたところで困りはしない。

 むしろ、今のミナを知らないでいるほうが困る。感情的に嫌だし、ペットの話を聞く限り本当に困ったことになりそうだ。

 

 「別に仲が良いわけではないのですが……、強いて言うのなら、やはり“強い”という印象がありますわね。能力的にも、我が強いという意味でも」

 「我が強い……」

 

 ともすれば『化け物』以上にいい意味で使われることの少ない言葉に、カイナは苦みの強い苦笑を浮かべる。

 

 そんな反応は、アンテノーラにはどうでもいいことだ。

 

 「彼女は“ウィルヘルミナ”。自意識の第一、行動原理の第一はそれですわね。次点で“ペットの飼い主”……だいぶ差が開いて“吸血鬼の女王”と“剣士”、その次にやっと“鍵守護者”が来るくらいでしょうか」

 「なるほど……? つまり、個人の感情や思想で動くタイプなのね?」

 

 アンテノーラの言わんとするところを、カイナは正しく理解した。

 それはいい。それはいいが、どこか不満そうに眉根を寄せているのは頂けない。

 

 「……善し悪しはともかく、矯正しようとは思わないことですわね。貴女は彼女にとって見知らぬ他人……いえ、家畜か料理だということをお忘れなく」

 「っ……!」

 

 アンテノーラは至極面倒臭そうに溜息交じりで、しかし明確に警告した。

 

 別に、カイナが死のうがミナが母親を殺そうが、どうでもいい。

 魔王軍の戦力低下も、今の彼女には何ら関係のないことだ。

 

 とはいえ、フィリップが「そうならないように」と、僅かとはいえ気を配ったことでもある。

 主人の意を、道具が無意味にすることなどあってはならない。

 

 だから、まあ、警告くらいはしよう。

 これで駄目ならこいつが馬鹿だっただけのこと。

 

 そんな内心を映す冷たい視線を受けて、カイナは深く頷いた。

 

 「……ご忠告感謝するわ」

 

 一番大きな関心事に答えを得て、カイナの意識は最初の疑問に戻る。

 

 「それで、貴女はどうして人類領域に居るの? 必要なら手を貸すわよ」

 

 人魚が人の姿になっている。

 自らの領地である封鎖海峡どころか、海からも遠く離れた場所に居る。

 

 それも意外だが、何より、単騎でのスペックがそこまで高いわけではない種族だ。

 人魚属の強みは重複する強化魔術である“歌”と、幼少期から群れで活動することで身に付いた統制。多重強化と高い連携能力による集団戦闘。

 

 単騎で敵陣に突っ込ませる鏃運用は、人魚より吸血鬼の方が向いている。

 破壊工作や諜報を旨とした浸透作戦だって、もっと適したモノが居る。

 

 彼女がどんな任務を帯びてここに居るのかは分からないが、あまり良い運用方法ではないはずだ。

 

 そう考えたカイナだったが、返ってきた答えは意外なものだった。

 

 「私には私の使命があるというだけのことですわ。能力を見込まれ、そう在ることを望まれ、私もまたそれを望んでここにいる」

 

 どうしても何もありません、とアンテノーラはきっぱりと言い切った。

 その顔には誇らしげな微笑みが浮かび、自身の能力への自負と、忠を捧げる者に認められたことへの歓喜が見て取れる。

 

 ならば、とカイナはそれ以上何も言わないことにした。

 どちらかと言えば「傅かれる側」の彼女だが、「傅く側」の心理も、忠誠の形が多々あることも知っている。

 

 カイナから見て不適切な運用方法だとしても、当人が納得しているのなら口出しは不要だ。望んでのことなら尚更に。

 

 その心が伝わったのか、アンテノーラの笑みの質が変わった。

 自身の内側から湧き上がるようなものから、相手に向けるためのものへ。作られた──友好を示すためのものへ。

 

 「……ですが、手を貸して頂けるのなら、是非に」

 「ええ、構わないわ。何をすればいいの?」

 

 人魚が適性とされる任務に、エルフがどれだけ貢献できるかは分からないが。

 それでも同じ陣営の仲間であり、カイナが帰還するまでは同道する相手でもある。

 

 100年失踪していた自分が魔王への忠誠心を示す意味でも、彼女への礼という意味でも、助力は惜しまないつもりだ。

 

 ──と、意気込んでいたカイナだったが、アンテノーラの答えは拍子抜けするものだった。

 

 「勿論、お化け探しですわ」

 「……えっ?」

 

 呆けた声を漏らすカイナに、アンテノーラは小さく笑った。

 

 「あら、言ったでしょう? この状況は用途外……不本意なものだと。こんなことをしている暇があれば、発声練習でもしていた方が幾分有意義。ですから、このような茶番は速やかに終わらせてしまいたいのです」

 「……分かったわ」

 「ご助力、感謝いたします」

 

 ベッドに腰掛けたまま頭も下げず、心の籠らない礼を口にするアンテノーラ。

 しかし、それが両者の関係や距離を思えば正しいものだと分かっているカイナは、特に不快感を覚えることなく頷きを返した。

 

 「……あぁ、そうだ。人間の子とはどういう関係なの?」

 「やけに気に掛けますわね」

 

 可笑しそうな微笑みを浮かべながら、アンテノーラは内心舌打ちする。

 「どうして人間の子供に付いて回っているのか」という初めの疑問に帰ってきてしまった──というか、誤魔化し切れなかった。

 

 いや、誤魔化すのが面倒になってきた、が正しい。

 

 “生きた楽器”がどうのトルネンブラがどうのと話したところで、正気を疑われるか、逆に正気を吹っ飛ばすか。どちらにしても、フィリップの意に沿わない結果になるだろう。

 

 ただの好奇心にしては、やけに拘っているようなのが殊更に面倒だ。

 その理由を知るべく──本腰を入れて意識を誘導すべく、アンテノーラは僅かに“声”の質を変えた。

 

 脳の奥、意識の深い部分に染み入るように。

 支配魔術のような強制力はない。ただ、意識が一瞬染まるだけ。それも本当に一瞬のことだ。

 

 「何故?」

 

 そう問えば、意識の全てが「何故?」と考える。

 嘘を吐こうと考える余地も、嘘の内容を考える余裕も吹っ飛ぶ。

 

 結果として、カイナは半ば反射的に、何も考えずに本音で答えた。

 

 「ミナが大切にしている子だというのなら、傷付けるわけにはいかないもの。貴女に与えられた命令や使命を妨害するつもりはないけれど、ミナが悲しむような方法になるなら、私も手を加えさせて貰うわ。勿論、魔王様の命令達成を前提として」

 

 ──何とも可笑しなことに。

 彼女は、アンテノーラの方がフィリップを殺すことを危惧しているのだと、そう言った。

 

 昨日会ったばかりのカイナが。

 自らの存在意義をフィリップに定めた、アンテノーラを疑っている。

 

 勿論、カイナの知識や価値観からすれば何ら不思議はない思考なのだが──アンテノーラがフィリップを害するとすれば、それは裏切りではない。

 

 ()()()だ。

 “楽器”に「裏切り」なんて機能はない。調律者にして指揮者であるトルネンブラは、そんな無駄を付けていないのだから。

 

 絶対に有り得ない──お化けや死者蘇生以上に有り得ない可能性を大真面目に検討しているカイナに、アンテノーラは思わず本気で笑ってしまった。

 

 「ふふふ……。では、一先ず王都までご同行を。人類側の情勢を詳しく把握して頂きませんと、説明するのも難しい話ですから」

 「分かったわ。……記憶障害が治った時にすぐ近くに同胞がいるなんて、やっぱり幸運と不運は縄目のように交互に来るのね」

 

 カイナの言葉にまた笑い、アンテノーラはベッドから立ち上がった。

 用途外ではあるが、存在意義に抵触するような命令でも無し、道具として従うことに否やはない。

 

 それでも、さっきよりは幾らか上機嫌に取り組めそうだった。

 

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