なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
「アルシェの提案した訓練計画によれば、最終試験が“グスタフ”との戦闘だからだ。聖痕者との連携訓練も兼ねて、私たち全員でな」
ステラは淡々と疑問に答えた。
だがフィリップとしては、なるほどとすんなり納得できるものではない。
確かに、これなら王龍殺しが問題になることはない。
そもそも魔王征伐の最終段階が魔王龍──十万年規模とされる王龍の討伐である以上、ここで予行演習を済ませて問題視するような人間は、国家の上層部にはいない。
王国も帝国も、そこまで馬鹿の集まりではない。
それに戦力的に、最終的に殺すのが邪神になったとしても誤魔化しがきく。
辺り一帯が消し飛んだとしても、「王龍と聖痕者が戦った跡だ」と言えば、余人には比較検証する術がない。
しかしそもそも、勝ちの目が見えない。
少なくともフィリップの視点からでは、あのドラゴンが一撃で全員殺す光景の方が容易に想像がつく。
「あー……? うーん、まあ、イライザが一番槍で初撃を当てて、後は『明けの明星』を連打とかなら、まあ勝てそうではありますけど」
王龍は神格を有することもあるというが、幸い、フィリップが遠目に見た“グスタフ”からは神威を──神に特有の気配を感じなかった。
まあフィリップの感覚は当てにならないといえばその通りだが、どれだけ強くても、所詮はこんなド田舎惑星の頂点にも立てないような劣等種。
そこまで考えて、フィリップは「ん?」と視線を彷徨わせた。
「……あぁいや、計算できてないな」
王龍の戦力評価はゼロ。脅威判定も、存在価値もゼロだ。
ルキアの戦力評価もゼロ。脅威判定も存在価値も、やはり同じく。
その視座で計算したせいで、二者が等価で並んでいる。
「展開次第でどちらが勝ってもおかしくない」という計算結果になっている。
だが、それは外神スケールでの話だ。
普通に、人間のスケールで考えるのなら──。
「王龍の魔術耐性や物理的な防御力次第じゃ、ヴォイドキャリアを当てて存在格を落としたとしても、何も変わらず一方的に虐殺されますね」
「その辺りを確かめるためのテストだが……どうにもならない差があった場合はお前の出番だ。本番同様にな」
その他力本願のような言葉に、フィリップは笑わなかった。
フィリップを挟んでの他力、他力もいいところな他力を当てにするなんて、と眉を顰めそうなのはルキアくらいだ。
目的達成のためならどのような手段でも喜んで使うのはステラの性質であり美点だし、フィリップとしても、変に意地を張って──或いは怯えて、出来ることの幅を狭められては困る。
まあ邪神の手を借りて生き延びるくらいなら死を選ぶと言われると、ついうっかり賛同してしまいそうではあるけれども。
「もう一つは?」
「あ、すみません、やっぱりあと二つです」
初めから三つだったのではなく、ステラの話を聞いて一つ増えた。
疑問という意味では、実のところもう一つあるが、質問はしない。
──馬鹿なのか、なんて聞けるはずもないのだから。
「ええと──」
ず、と温い紅茶を啜る。
唇を湿らせるためでなく──緊張を和らげようという意図など無く、なんとなく。
「僕は前に、魔王討伐
したと思う、なんて言い方だが、そんな曖昧な記憶ではない。確かにした。
「僕はそのリスクを許容しない。貴女が王族としての使命感でそれを許容するというのなら、この国を滅ぼす」
──と、確かにそう言った。
いやニュアンスはちょっと違ったかもしれないが。
そして、この件に関しては話が付いている。というか、端からフィリップの早とちりだったことが分かっている。
だから、馬鹿なのかと聞く必要は無い。
意味のない質問をすれば、それこそ彼女の不興を買うだけだ。
「……まあ、殿下は僕のこともルキアのことも大好きですし、何か考えがあるんですよね?」
揶揄でも何でもなく、フィリップは殆ど真顔で尋ねた。
フィリップがルキアやステラの正常性や人間性を重視するように、ステラもまた他の二人を大切に思っている。
それは分かっているし、いつぞやのように「やめろ」と強く主張する必要は無い。
主張するまでもなく、ステラがそのリスクを冒さないことを分かっているからだ。
フィリップの意図を汲んで──フィリップが自分の意図を汲んでいることを汲んで、ステラは満足げに頷いた。
「今回の予行演習、王龍は
「……倒さない?」
オウム返ししたフィリップに、ステラは頷きを返す。
「主目的はあくまで程度の確認と連携の訓練。アルシェも端からそのつもりだ。手応えの有無に関係なく、確認が済めば逃げる」
逃げる──とは言っても、そう簡単に逃げ切れるとは思えないけれど。
まあそれでも、倒すよりは実現可能性の高そうな話ではある。
フィリップが王龍の立場なら、なんて例え話は正常な人間なら視座も思考も価値観も違いすぎて成立し得ないのだが、幸いにしてフィリップは正常ではない。
だからこそ、なんとなくだが想像がついた。
人間がちょっかいを掛けてきて、ちょっと脅かしたら逃げていった。
それを執拗に追いかけてまでブチ殺そうとは思わない。部屋の中ならともかく、外を歩いていて羽虫の音を聞いたからといって、態々殺虫剤を持ち出さないのと同じだ。
適当に払って、それで終わり。
問題は、その「適当に追い払う」程度の攻撃でも、人間は容易に死ねるということくらいだ。
半径三キロ圏内を吹き飛ばした広範囲攻撃は使ってこないにしても、人間を殺すくらい造作もないだろう。
具体的にどんなものかは、実際に対峙してみないと分からないが。
まあ、それを確かめるためのテストだ。
イライザには荷が重そうだなあ、とか、聖痕者四人でどうにかなるのかなあ、とか、色々と思うところはあるが──やはり恐怖や脅威は、フィリップは全く感じていなかった。
「じゃあ、それが終わったら殺していいってことですか?」
「そうだな。その期間は龍貶しは無いが、ヴォイドキャリアを持つか、宝物庫から適当な魔剣を見繕うなりして最低限度の武装はしろ。ただの魔物相手に邪神を使われてはかなわんからな」
逃げ切れないと思ったら、ルキアかステラに全員の目を塞いでもらって、フィリップが邪神を呼んで殺せばいい。
どうせ殺す相手、殺して素材を剥ぎ取る相手──
直接殺すわけでもなし、“呪い”のことは気にしなくていい。
ノアとヘレナへの言い訳は……ステラが何とかしてくれると信じよう。
「国庫。いいんですか?」
「気に入るものがあるかは知らないぞ。ウルミだの蛇腹剣だの、お前の好みは特殊だからな」
好みではなく戦形に合わせた、必要性に適応した結果の選択なのだが──フィリップだってどちらかといえば、対の魔剣とか即死攻撃とか防御貫通のような、カッコ良さとか分かりやすい強さの方が好きなのだが。
「好き」というだけで、それを持ったとしても特に強いわけではないのが悲しいところだ。
まあ人間の範疇における強さに価値はないが、手加減できる相手の幅が減るということは、邪神を呼ぶ機会が増えるということ。それはあまり好ましくない。
「それで、もう一つは?」
問われて、フィリップはちょっと忘れかけていた、もう一つの質問を思い出した。
「あぁ、ええと……剣師龍の訓練って、ミナが一週間で100回以上死ぬレベルらしいですけど」
イライザは付いていけるのか。
……いや無理だろう。だから「加減は期待できるのか」という意図だったが、ステラは僅かに瞠目したあと、苦みの強い笑みを浮かべた。
「…………初耳だ。アルシェに確認を取ろう」
帝国が剣師龍に渡りをつけられることも、実は結構驚きではあったが──フィリップはそれを口にせず、冷めた紅茶と共に飲み込んだ。
剣師龍ヘラクレスが人間と交渉するような存在だとしたら、少しだけ残念だと思いながら。