なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 王都二等地の投石教会。

 閑静な住宅地の更に奥まったところに位置しながら、世にも美しい神官が居るという噂と、噂以上の美に魅入られた信徒が列を為していることが多い、人気の教会。

 

 かと思えば、そんな噂は誰も聞いたことが無く、もっとアクセスしやすい好立地の教会を、普通は選ぶだろうと誰もが言う。

 

 人で溢れていたり、人気が無かったり。

 美形の神官が居たり、居なかったりする。

 

 小さなバシリカの最奥には、頭部の欠けた聖女像がある。

 なんか色々とありがたい逸話のある代物なのだが──そこには幾つもの弾痕が刻まれており、今もまた、重厚な破裂音と共に一つの弾丸が石を砕いて突き刺さった。

 

 「ちっ──!」

 

 舌打ちを一つ。それ以上の感情発散は許されない。

 フィリップは苛立ちを飲み込み、一度止めた足を再び動かして教会の中を走り始めた。

 

 いつもなら数秒で端から端まで駆け抜けられる、住宅街の片隅にある小さな教会。

 しかし今や壁から壁までは100メートル近く、玄関から祭壇までは更にその倍はあった。

 

 フィリップと、泥で出来た二足二腕のヒトガタがその中を駆け回っている。

 

 外観からは絶対に有り得ない空間の拡張は、勿論人の手によるものではない。

 

 新しい武器を手に入れた後の慣例通り習熟訓練に来たフィリップへの、ちょっとした歓迎であり、下されるはずだったオーダーへの完璧な対応でもあった。

 

 

 

 フィリップが投石教会を訪れたとき、玄関を入ったすぐ左にはナイ神父が控えていた。

 新品のショルダーホルスターと、腰に巻く弾帯を捧げ持って。

 

 そしてその横には、樽一杯に詰まった19ミリ規格の紙薬莢。

 下の方のやつは潰れていそうだなあ、なんて、フィリップは現実逃避気味に思った。

 

 玄関の右側で待っていたマザーにジャケットと荷物を預ければ、ナイ神父が見事な手際でホルスターを付けて弾帯を巻く。ご丁寧に、八発の紙薬莢がセットされていた。

 

 ホルスターは両脇にあった。

 右脇はこれまで通り、左手で扱うペッパーボックス・ピストル。クイックドロウやドロウレスに対応した仕様だ。

 

 ターゲット・ピストルは左脇。

 こちらは携行性を重視しているのか、収めた銃の重さがかなり軽減されているように感じる。しかしその分、抜き撃ちできない形状だ。

 

 わあ凄い、と遠い目をした直後、広々とした聖堂の中心に、泥で出来たヒトガタが現れる。

 いつもの標的人形──マザーが片手間に作った、走り回るし跳び回る的。そこらの旧支配者よりよほど強い神威を放っているだけあって、何万発撃っても壊れない。

 

 「では、どうぞ。君の性能を鑑みるのなら、狙撃とは言っても足を止めずに撃てるようになるべきでしょうね」

 「話が早いのもここまでくると考え物だ……」

 

 フィリップはターゲットピストルを抜き、金具を操作してバレルを展開する。

 弾帯から紙薬莢を取り、銃身内部へ直接装填し、バレルを戻す。ハンマーを起こし、弾帯に付いたバネ口のポーチからパーカッションキャップを取り、銃の後部へセット。

 

 装填完了を確認し、安全装置を外す。

 

 少し悩んで、両手で保持した銃を泥人形に向けた。

 片手で撃つかどうかを悩んだのではなく、隣の神父を撃つかどうか迷った結果、反動の具合も分からないのに変な撃ち方をすべきではないという結論に至って。

 

 照準を泥人形の胸に合わせ、引き金をゆっくりと絞っていく。

 引き金の遊びと重さは事前に空撃ちして確かめてあるとはいえ、身体に馴染むというほどではない。

 

 だが銃器は、機械だ。

 決められた操作に対して決められた機能を発揮するだけ。つまり、引き金をゆっくり操作しようが素早く操作しようが、一定まで引けば、あとは所定の速度でハンマーが動き、炸裂したパーカッションキャップが炸薬を起爆する。

 

 これまでの二つより重く低い、大きな銃声が聖堂に響く。

 腕に感じる反動もずっと強く、たった一発で腕がびりびりと痺れるほどだ。

 

 撃発のタイミングを完璧に把握していなかったのもあって、反動に備え切れていなかった。

 左手だけで持っていたら、すっぽ抜けるまではいかないにしても、顔面強襲は十分にあり得ただろう。

 

 「重た……うるさ……しかも外したし……」

 

 右手で耳を押さえながら、フィリップは左手で銃を差し出す。

 隣で、至近距離の銃声に何も感じていないかのように立っているナイ神父に。装填の面倒なペッパーボックス・ピストルの練習をしていたときのクセだ。

 

 少し待っても重みが無くならないと、フィリップは怪訝そうに──そして少し不快そうに、自分より高い位置にある顔を見上げる。

 返されたのは謝罪ではなく、無言のまま、しかしはっきりと分かる嘲笑だった。

 

 「……あ、そうか」

 

 ナイ神父に言われる前に、ギリギリ自分で思い出す。

 そういえばコレは、戦闘中の再装填(リロード)を想定して作られていたと。そのための弾帯まで付けていて忘れていては、そりゃあ嘲笑もされる。

 

 まあ、ナイアーラトテップが、まさかそんな分かりやすい理由だけで人間に嘲笑を向けるようなことはないだろうけれど──人間の思考では到底分からない無様さが、多量にあったのだろうけれど。

 

 ともかく、フィリップは金具を操作して銃身を展開し、まずは紙薬莢の外殻である紙状火薬が完全に燃え尽きて無くなっていることを確認した。

 それから弾帯から新しい弾を取り、装填してバレルを閉鎖。

 

 ハンマーを起こせば使用済みのパーカッションキャップが跳ねるように外れ、床で小さな音を立てた。

 新しいキャップを付け、再び泥人形に狙いをつける。

 

 「っ……!」

 

 再び引き金を引いた瞬間、理解した。

 「これは外れる」と、銃声と同時に。

 

 見るまでもなく案の定、弾丸は遥か後方の壁を穿った。

 

 「反動に備え過ぎですし、照準器に頼り過ぎです。君には身体で撃つ方法をお教えしたはずですが……もう一度お教えいたしましょうか?」

 「……」

 

 にっこりと笑うナイ神父に、フィリップもにっこりと笑い返す。

 そして再装填を済ませ──銃を胸の前で横向きに構え、ノールックでナイ神父の頭を吹き飛ばした。

 

 「……思い出したので大丈夫です」

 「残念です」

 

 返り血が掛からないよう、フィリップを庇う位置に立っていたナイ神父がにっこりと笑う。

 確かに頭部を吹き飛ばしたはずの彼は、自分の返り血と脳漿を浴びながら、しかしいつも通り人外の美貌に嘲笑を浮かべていた。

 

 「では、次は50メートル先の動目標に百発百中を目指しましょうね。銃口でなく、照準でなく、身体で狙うことをお忘れなきように」

 「頑張ってね、フィリップくん」

 「……はい」

 

 保護者たちの声援を背に受け、フィリップは深々と溜息を吐いた。

 

 別に不満があるわけではない。

 いや、“50メートル先の動目標”が人間サイズなことにはモノ申したい──仮想敵はドラゴンのはずなのだから、あまりにも小さすぎる──が、小さい的を狙えるに越したことはない。

 

 例えば眼球なんかを狙う必要に駆られたときなんかには、きっとそのレベルの精度が求められる。

 

 フィリップが苛立ち、呆れ返り、剰え失望にも近しい恥を感じたのは、自分自身に対してだった。

 

 マザーの声を、応援を受けて──なんてことのない声援一つでモチベーションが跳ね上がり、「頑張ろう」という気になった自分が、ものすごく恥ずかしかった。

 ほんの一瞬だけ、手にした銃を顎下に向けそうになるくらいには。

 

 

 ◇

 

 

 フィリップ同様、イライザもまた自己鍛錬には余念がない。

 まあ彼女の動機は「もっと強くなりたい」という向上心と義務感であり、「新しい武器で事故も自傷もしたくない痛いのヤダ」というネガティブな出発点を持つフィリップとは、同列に並べて語るべきではないかもしれないけれど。

 

 ともかく、イライザはフィリップが“カルト狩り”などでいない間も、同じく先代衛士団長の弟子である、つまり兄弟子にあたる衛士たちと訓練をしたり、一人で体力錬成などを重ねていた。

 

 だから「同年代の女の子と比べて」なんて但し書きが必要ない程度には、彼女は強い。

 基礎体力、運動神経、戦闘センスといった基礎も。剣術や体術といった技術も。

 

 国内トップどころか大陸最強とも言われる兵士である衛士団に混じると、まだヒヨッコもヒヨッコ、赤子の手をひねるが如くに伸されてしまうが、賊狩り程度では決して後れを取らない。

 

 メンタルの方も、フィリップという専門家にコーチングされて、かなり磨かれている。

 少なくとも戦場で人間を殺すことには、もう何の躊躇もしないだろう。

 

 それでも忠誠心に篤い師の影響か、兵士としての思想教育が根付いているのか、はたまた憧れ故か、フィリップとの模擬戦には僅かに躊躇いが残っている。

 

 アドレナリンが出始めれば麻痺する程度ではあるが、まだ。

 

 

 彼女は今日も今日とて、いつも通りに衛士団の訓練場にお邪魔して自己鍛錬に励むつもりでいた。

 ──訓練場に入るまでは。

 

 訓練場に入ったとき、土が剥き出しの地面には武装した衛士たちがごろごろと転がり、死屍累々といった様相を呈していた。

 奇しくも、いつぞやフィリップが遭遇したのと似たような状況ではあるが──イライザにとっては慣れたものだ。「師匠が王都に戻ってきたんだ」と思って、簡単に納得できる光景だった。

 

 挨拶しようと思い、四分の三ほど死んでいる兄弟子たちから目を上げ、改めて訓練場を見回す。

 

 しかし拘束具と魔術防御を兼ねた重装鎧姿は何処にもなく、その代わり、見慣れない人影が二つ。真冬だというのに、温かな日向ではなく塀の影で佇んでいる。

 

 一人は、真冬にしては温かな陽の差す快晴日でありながら畳んだ傘を携えた、長身の女性。

 遠目で容姿は判然としないが、モノクロームなメイド服に身を包んでいるのは分かる。

 

 もう一人は、喪服じみて黒一色でありながらフリルやレースで装飾された、シックなワンピース姿の女性。

 こちらも遠目で容姿は判然としないが、特徴的な髪色のおかげで、即座に誰なのかが分かった。

 

 「サークリス聖下……!?」

 

 イライザは慌てて走っていき、失礼にならない距離で止まって頭を下げる。

 しかし出来たのはそこまでで、突然の、そして予想だにしなかった相手との遭遇で頭が真っ白になって、碌な挨拶が出てこなかった。

 

 「あ、あの、えっと、ご、ご機嫌麗しく……?」

 「……硬くなる必要はないわ。一緒に“課題”を乗り越えた仲でしょう」

 

 ルキアは安心させるように静かに微笑みを浮かべる。

 

 課題──コカトリス討伐の折に巻き込まれた、謎の館でのあれこれは、フィリップ曰く『カルトを教導するカルト』による啓蒙活動だと説明を受けた。

 

 確かに同じ経験をして、同じ感情を共有するのは親近感に繋がるという。

 実際、イライザは年の離れた異性である兄弟子たちに、少しの隔意も感じない。同じ地獄を味わった仲間だと思っている。

 

 しかし、イライザはルキアとステラに対しては、全然そんな気持ちにはならなかった。

 二人の強さをまざまざと見せつけられて、むしろ憧れや、「守れるようにならなくては」という使命感が強くなったほどだ。

 

 それに、二人は兄弟子たちともフィリップとも違い、社会的地位の高い人物だ。育ちも良く、単純な容姿だけでなく立ち振る舞いの全てが美しい。

 迂闊に触れてはいけないような、横に並ぶだけで自分が情けなくなるような、覇気にも近しい存在感を放っている。

 

 故にルキアの言葉と微笑は、イライザの緊張を解くには至らなかった。

 

 「え、ええと……本日はどのようなご用向きで……? あ、もしかして、フィリップさん……師匠と戦闘訓練を? 私が居てはお邪魔でしょうか?」

 「いいえ。確かにフィリップに言われてのことではあるけれど、今日は貴女に会いに来たのよ。貴女に訓練をつけるよう言われているの」

 

 え、とイライザの口から意図せぬ声が漏れる。

 

 それが期待や喜びか、はたまた恐怖や忌避感かはどうでもいいことだ。

 イライザにとっても、ルキアにとっても。

 

 フィリップに頼まれたことなのだから、ルキアは全力で応える。

 オーダー通り、出来る限りのことをする。

 

 そして師が走れと言えば、ゲロを吐こうが血を吐こうが失神するまで走り続けるのがイライザの長所だ。

 

 勿論嫌ではある。

 しかし死ぬほど嫌でも、それが死なないためだと分かっているからやるしかない。

 

 やるしかないと割り切って、やり遂げられる精神性を持っていなければ、先代の弟子などやっていられないし──きっと、勇者にだって選ばれなかった。

 

 「後でステラも合流するから、私しかいないうちにアドレナリンを出しておくように。……フィリップからの言伝よ」

 

 え、と再び意図せぬ声が漏れた。

 

 なんなのだろうか。

 師匠は「二人に訓練をつけて貰うのはメンタル的にキツいだろうから、先に一人から慣らそうね」とか思っているのだろうか。一人でも余裕でパニックなのに。

 

 そんな内心が素直な表情筋に反映されるが、文句だけは吐かない。

 そこまでの無礼を許容できるほど、イライザの抱く崇敬や忠誠は安くない。

 

 「衛士に模擬戦を頼まれていたから、私のウォーミングアップは不要よ。準備運動をしなさい」

 

 優しげではあるが、どこか冷たく感じられる声。

 それは涼やかな声質ばかりが原因ではなく、無関心も理由の一つに思える。

 

 彼女はイライザを「フィリップの弟子」としか見ていない──本質的にはフィリップのことしか見ていない。

 確信があるわけではないが、イライザはなんとなくそう思った。

 

 だから何、という話ではあるけれど。

 

 「……はい」

 

 イライザにはその返事しか許されていないのだから。

 

 

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