なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 「そういえば、イライザを剣師龍ヘラクレスに師事させるという話だけれど」

 

 いつものように三人でステラの私室に集まり、いつものようにティータイムを楽しんでいると、話がいち段落したとき、ルキアが徐に新しい話題を提示した。

 

 「……反対か?」

 「どちらとも言い難いわね。確かにノアの──貴女たちの言う通り、彼女には飛躍が必要よ。けれど地を這う蛇を空に放ったところで、あとは地面に叩き付けられて潰れるだけでしょう」

 「とはいえ、せめて空くらい飛べないと、ただの蛇では七つ頭のクソデカトカゲには勝てない。悩みどころですね」

 

 ルキアもステラも、ノアもヘレナも、イライザとの実戦経験はある。

 同じ相手ではないが、同じ経験をして、同じ結論を出している。

 

 今のままでは駄目だ、と。

 

 イライザが弱い。それは前提としてある。

 しかし他の四人も、老体故に長旅に堪えられず不参加となった土属性聖痕者の不在と、勇者の力不足をカバーしきれるほど強くはない。

 

 だからイライザを責めるつもりはない。

 ないが、ここから聖痕者たちが更に強くなったところで、チームとは結局足引きだ。一番弱い奴が、チーム全体の強さを決める。

 

 ステラの頭には「ならば切り捨てる」という選択肢も当然にあるが、最適解ではない。

 イライザを切るということは、聖剣の一撃から始まる聖痕者による魔王討伐を諦め、端からフィリップの邪神召喚を使うということ。

 

 デメリットが──リスクがあまりにも大きい。

 なんせ最悪の場合は邪神同士の戦争が始まり、「星が砕ける」という可能性が“最悪の場合”どころではなく、まあまあ起こり得るというのだから。

 

 だから、イライザの強化は必須だ。

 

 だが──だからといって、ミナが一週間で100回死ぬほど高強度の訓練を課したところで、イライザがそれに耐えられるかは別の問題だ。

 

 剣師龍への師事で劇的に強化されるというのは、現段階では「かもしれない」程度の話。

 もしかしたら、イライザが魔王戦で使い物になるかもしれない。それはまあ、利と言えば利ではある。

 

 本番前に死ぬリスクを負って、強化の可能性を得つつ予行演習をするか。

 或いはそのリスクを厭い、ぶっつけ本番か。

 

 イライザが王龍の程度さえ知らない現状はとても不味いが、王龍に挑める程度には強いのかと言われると全然そんなことはない。

 

 だからこそ“飛躍”が──真っ当な鍛錬による地道な成長とは一線を画す、戦闘能力を跳ね上げるような強化が必要だ。

 

 王国にはその当てが無く、帝国にはあった。

 

 それだけといえばそれだけの話だし、「イライザは訓練に耐えられるだろうか」という心配は、情報の少ない──不安になる情報しか持っていないフィリップたちの杞憂に過ぎない可能性だって十分にある。

 

 今がどういう状況かといえば、「取り敢えずやってみるしかない」状況だ。

 

 「想定として、イライザはどのくらい強くなれば王龍を殺せると思う?」

 「え、イライザが単騎でってことですか? ……存在格ガードを想定せずに、まあ……100倍くらい?」

 

 イライザが100人いようが100万人いようが、あの驚異的な攻撃範囲を持つブレス一発で全員蒸発するだろうけれど──しかし肉体強度が100倍になれば、もしかしたら耐えられるかもしれない。

 

 ただまあ、アンテノーラの単独七重奏(アリア・セプテット)の強化幅が、仮に二倍の七乗だとすると、最終倍率は128倍ということになるが……それでも全然足りず、フィリップは脳の八割が死んだ炭ボールになったので、100倍でも足りない可能性は大いにあるけれど。

 

 端から「あれは無理」「撃たれたら終わり」と定めて、溜息一つ許さない猛攻を仕掛ける?

 

 一案だが──その案を実行に移すにしても、案として抱えておくにしても、どちらにしても存在格の隔絶による干渉無効化をブチ破らないことには話にならない。

 破れなければ相手は無敵。無敵のまま、こちらを嘲笑い、そしてブレスを撃つ。

 

 必要なのは攻撃能力と、速度ないし射程距離だ。

 

 ヴォイドキャリアで存在格ガードを剥がすにしても、暫定的に聖痕者七人分の魔術能力を持つと考えられる魔王真体を前に、まさかふよふよ飛んでいくわけにはいかない。

 今のイライザにも飛行能力はあるが、速度も機動力も心許ないのだ。

 

 ルキアとステラによる訓練で、対遠距離、対弾幕、対広範囲攻撃などなど、王龍に対峙した場合に要求される防御や回避能力を伸ばそうとはしているが、要求ラインに全く届かないのが実情だった。

 

 「瞬間的にでもそのレベルの性能を発揮する、必殺技みたいなものがあるといいわね」

 「剣からビームが出るとかな」

 

 ステラが言うと、フィリップとルキアは顔を見合わせ、同時に笑みを浮かべた。

 

 「あれを詠唱無し予備動作無しのゼロアクションで撃てるようになって、かつ射程が四キロ──地上からの視界くらいになれば、結構いい感じなんですけどね」

 「空中から撃つことを考えると、もう少し欲しいかもしれないわね。それにしても、聖剣を強化しようと考えた勇者や聖痕者は、過去に居なかったのかしら?」

 

 聖剣の強化を試みたという記録は、少なくとも王国には残っていない。

 

 記録が無いというのは地味に困る。

 「思いつきもしなかった」のか「思いついたがやらない理由があった」のか「やって失敗した」のか「成功したが秘匿する理由があった」のか、判断が出来ない。

 

 やらない理由があったとしたら、なにかリスクや重いコストが伴う場合だろう。

 強化は出来るが制御できなくなる、とかなら、警告のために情報を残すはずだ。だからもっと重いなにか──例えば「人を殺したら殺した分だけ魂を啜って強くなる」とか。

 

 まあそれはちょっと魔剣っぽすぎるし悲観的すぎるにしても、過去の勇者たちが意図的に隠しているのだとしたら、頑張って記録を探したところで無駄に終わりそうだ。

 

 「あの“飛ぶ斬撃”。あれに特攻が乗るなら、あれ一つ覚えたら色々とクリアなんだがな」

 「ミナはあれを特別な“技”だと思ってなかったので、あれでも簡単な部類っていう可能性が結構あるんですけどね……」

 

 簡単ならラッキー……という話ではない。

 

 斬撃とは鋭利な刃、つまり狭小面への圧力集中により、標的の限界を上回る剪断応力を発生させることで破壊を生む攻撃。

 剣の刃部を当て、かつ適切な方向に適切な圧力を加えなければ破壊は起こらない。

 

 ──という常識を無視しているのが、あの“飛ぶ斬撃”だ。

 

 超音速による衝撃波という風でもなく、真空発生と是正による高速の気流や、減圧による破裂でもない。斬撃線(圧力面)が刃を離れているとしか考えられない、物理法則に背いた攻撃。

 

 それでいて、ミナにとってはジャンプやダッシュと同じ、単なる、そして簡単な身体操作の部類だった。

 

 あの()()()()()で、あれが剣師龍の技の中で簡単な部類だとしたら、もう何を教わっても会得出来そうにない。

 

 「……ミナといえば、吸血鬼の始祖は王龍を殺し、ディアボリカは始祖を殺し、ミナはディアボリカより強いんだったか? これまでは1000年以上生きている龍種は王龍と一括りにしていたが、改定すべきだろうな」

 

 今ある情報から何も考えずに強さを順に並べると、まず一位は魔王龍サタン。ミナが挑まないほどに強い。

 次点ないし同列に剣師龍ヘラクレス。理屈の上ではミナが10000戦して2,3回勝てるらしいが、相手も10000戦分の経験を積むことを考えると、実際はもう少し母数が増えそうな気もする。

 

 その下に、恐らくかなり差が開いてミナ。

 主な戦闘能力は十万以上の命のストック、聖痕者並みの魔術能力、物理法則を無視した剣技、そして邪悪特攻に防御無視と邪悪特性付与の魔剣二振り。

 

 人類で彼女に勝てるとすれば、神罰術式を使える聖痕者か、聖剣を持ったイライザか。

 イライザに関しては聖剣の能力解放に時間がかかり過ぎるわりに魔術耐性や魔術戦能力が低く、剣のレンジ外でも血の槍で串刺しにされそうだけれど。

 

 ともかく、次が“始祖殺し”のディアボリカ。

 その次に“王龍殺し”の吸血鬼の始祖。

 

 その下に、王龍。かなり強さが曖昧な位置というか、情報が錯綜気味だ。

 

 ……古龍はその更に下のはずだが、存在格ガードを持っていた。

 だからまあ、このランキングには間違いがあるか、もしくは()()()()()()()()()を人類が知らないか。どちらも同じくらいの可能性だ。

 

 「……そういえば、龍の年齢ってどうやって調べるんですか? 文献とか?」

 「それもある。あとは龍種の成長曲線を推定し、体格と魔力規模からの類推だな」

 

 それは──なんというか、かなり信頼性の低そうな話だ。

 

 人類側に文献などのデータがあり年齢を把握できている龍種は、恐らく上限で5000年程度。

 それ以下のものを順に並べ、その差から成長曲線を算出。そこまでは分かる。そこまでなら、そこそこの確度で類推も出来るだろう。

 

 だが、その範囲外にある龍種が、そのままの成長曲線を維持しているかどうかは分からない。

 

 10000年ごとに成長ボーナス! みたいなふざけたシステムはないにしても、基礎課程における体力づくりの一年間と、その基礎能力を前提として技術を身に付ける一年間では、戦闘能力の向上率は全く違う。

 

 それに人間には、成長曲線の傾きが跳ね上がる期間が、成長期が存在する。

 まあ勿論、推測データではなく実測データに於いて既にそれが観測済みで、それを想定した上で算出されているかもしれないけれど。

 

 「……魔王って数十万年単位らしいですけど、その場合はどれくらいに?」

 「そのレベルだとあまり確度は高くないが……全長1000メートル超、魔力規模は最低でも私の500倍。まあ出力限界は魔力規模ではなく演算能力で決まるから、単純に魔術の威力が500倍というわけではないが」

 

 500倍。

 ……と言われても、ステラの能力上限を知らないので、あんまりピンと来ない。

 

 いや魔術師なら対峙しただけでステラの凄さが分かるのだろうけれど、魔術適性のないフィリップには「へぇ」としか言えなかった。

 

 むしろ興味を惹かれるのは、全長1000メートルという馬鹿げた規模(サイズ)だ。

 

 「……龍って何食ってるんです? 冒険譚だと人食いだったりしますけど」

 

 そんなはずはない。

 そもそも暗黒大陸は人類未踏領域とされ、調査目的で一時的に侵入している冒険者を除き、人間は殆どいない。

 

 “牧場”の家畜と、悪魔崇拝なんかのカルティストを人間とカウントしないなら、本当にゼロだろう。

 

 それに、それほどの体格なら、人間なんか幾ら食っても肉体の維持すら難しいはず。

 各部位の重量とそれを動かすのに必要なエネルギーを考えると、食事という行為自体の消費カロリーが人間一匹から摂取できる熱量を上回る可能性だってある。

 

 食わなければゼロ。食えばマイナス。

 全長1000メートルの巨大生物の主食が人間なら、そうなる。

 

 「種類によるが、概ね幼体時には肉食。それ以降は体内で生成される魔力をエネルギーとして活動する」

 

 良かった。食べても食べても太らないハードゲイナーのヒョロガリ巨龍は居なかった。

 

 ……いやまあ、場合によっては邪神を使って踏み潰す相手に、少年心的なロマンを求めるのはナンセンスだろうけれども。

 

 「あの“グスタフ”は何歳ぐらいなんですか?」

 「一万年かそこらと言われている。が、そもそも推定される成長曲線が正しいとは限らない。もっと若いかもしれないし、もっと古いかもしれない。誤差の確度すら不鮮明だ」

 

 あれで一万年。

 ……仮に成長曲線が一次関数的な単純な比例で、龍の成長には上限が無いという通説が正しく、演算能力による魔術性能の打ち止めもないとすると。

 

 魔王の一撃はあれの数十倍。それを七連射してくる。

 

 ……まあ、このどうしようもなさ過ぎる想定は、一旦措いておこう。

 

 「吸血鬼の始祖が殺した──人類が唯一殺したっていう、その王龍は?」

 「帝国には現在位置不明の王龍が幾つか居るが、そのどれか。そしてそのどれもが推定一万年級」

 「……じゃあ概ねアレを殺したってことですよね? ……僕がビビリ過ぎてるだけだったりします?」

 

 殺した前例はある。

 聖剣が魔王以外に効くかどうかは不明だが、ヴォイドキャリアという極めて特殊だが()()()()()()()武器もある。

 

 理屈の上では、王龍殺しは可能だ。

 

 しかしあのブレスを見て──跡地と、凄惨に破壊された龍貶しと、九割九分死んでいたという話があって、その上で人間があれを殺すビジョンは見えない。

 

 「正面戦闘で殺したとは限らないでしょう。王龍同士の戦闘で弱っていたとか、罠を仕掛けたとか」

 「あぁ、それは確かに……」

 

 何なら王龍同士の戦闘に限らず、一般通過神格とか、ヴィカリウス・システムとか、王龍と戦えそうな存在は思いつく。沢山ではないにしても、希少でもない程度には。

 

 少なくともフィリップが漠然と想像していた、空を飛ぶ王龍VS地面をトコトコ走る剣士──みたいな構図ではなかった可能性は高い。

 

 衛士たちと古龍を殺したときだって、地面で寝ているところに奇襲をかけ、初撃のヴォイドキャリアで翼を斬り落とした。

 

 直前ではなくとも、そういうハンデを、癒えきらぬ古傷を持った個体を狙ったのだとしたら、“王龍殺し”にある程度の現実味は生まれる。

 

 「……あぁそうだ。そういえば──ミナといえば、この前、ミナのお母さんに会いました」

 

 王都に帰ってきてから十日目。

 依頼報告はとうに終え、帰路で遭った王龍についてあーだこーだと話していたが、フィリップはそれを()()()()()()()

 

 というか、本当にいま「そういえば」程度の温度感で思い出した。

 

 「……死んだと聞いていたけど?」

 「あぁ、ええ、まあ死んだと言えば死んだんですけど、生きてはいたんですよ」

 「……殺したのか?」

 「いや僕じゃなくて、王龍のブレスで」

 

 ミナの想像とそれに基づく情報とは違って、100年前に死んではいなかったけれど。

 王龍のブレスに巻き込まれて蒸発したから、最終的には情報通りになった。

 

 だからどうせ死んだのだし言わなくていいや、という判断をしたとかではなく──シンプルに忘れていた。

 いやまあどうして忘れていたのかといえば、やっぱり「どうでもいいから」という理由が強いけれども。

 

 「……」

 

 ステラが何事か考えこんで黙った直後、扉が小さくノックされる。

 偶々誰も話していないタイミングだったから耳に届いたが、会話中だったら声に掻き消されていただろう。

 

 だが、それで問題はない。

 扉の側に控えていた侍女が相手と用件を確認し、扉を閉めてから寄ってくる。それから三人に一礼し、内容を告げた。

 

 「聖痕者ノア・アルシェ聖下がお見えでございます」

 

 ──と。

 

 「少し待て。いまこいつに説教すべきかどうか悩んでいるところだ」

 「えっ……」

 

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