なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
判定はセーフだった。
と言っても、手放しで許されたわけではない。
フィリップの価値認識から「普通に忘れてた」という言い訳はすんなりと通ったし、カイナから特に重要な情報を得ていたということも無かったので、カイナが結局死んだこともあって、どうにか。
「魔王討伐に際して“鍵守護者”の情報は最重要と言っていい。全ての“鍵”が無ければ、そもそも魔王真体に接触できないという話だからな」
「はい……」
確かに、今は「イライザは王龍に勝てるか」「聖痕者含め通常戦力で王龍に勝てるか」という話をしているが、そもそも魔王龍サタンがいるという特殊な空間に出入りするのには、“鍵”と呼ばれる四つのアーティファクトが必要だとミナが言っていた。
現状、人類はそれを一つたりとも手にしていない。
まずは在り処の判明している吸血鬼の古城、人魚属のテリトリーである封鎖海峡へ行き、残り二つを探すところから始まる。
足りていないのは魔王龍サタンの強さに関する情報ばかりではない、ということだ。
手掛かりになりうる情報源は、フィリップが怒られを気にする必要が無い程度には重要だった。
まあミナやアンテノーラが余所の陣営に殆ど無関心で、人類に対して協力的というわけではないので、カイナが生きていれば有用な情報が沢山手に入ったという確証はないけれど。
「第一の鍵は、今はミナかディアボリカないしその両方が守っている。カイナというエルフの重要度は低い。……とはいえ、敵重要戦力の情報をついうっかり忘れていましたでは困る」
「はい……」
もしもカイナが龍のブレスで蒸発していなかったとしたら──流石にそんなことは有り得ないが、そもそも龍のブレスに巻き込まれることもなく、何か思惑があってフィリップたちとは別行動をしていたら。
その時は、魔王の加護によって神罰術式の効かない、人間を上回る身体スペックを持った、人類の敵がその辺をうろうろしていたわけだ。
まあ邪悪特攻による即死が効かないというだけで、通常の攻撃魔術で容易に殺せる相手だったから、そこまで大きな脅威になったとは思えないけれど──良いか悪いかで言えば、悪い状況になっていたことは間違いない。
利害で言えば害であり、損益で言えば損になっていた。
「……分かったのならいい。アルシェを呼べ」
ステラが命じると、メイドが一礼して部屋を出る。
扉の外で待っているものと思っていたフィリップの予想に反し、ノアは五分ほど経ってから現れた。
「ご無沙汰しております、ステラ先輩、サークリス先輩」
流石に他国の王城に入るとあっては正装するのか、はたまた単なる防寒か。厚手の軍服をきっちりと着込んだ帝国の軍人は、装いに負けないきっちりとした敬礼を送った。
軍属でない二人は薄く苦笑し、頷きと目礼を返す。
よく訓練され洗練された所作を見せたかと思えば、ノアはへらりと笑って「や、おひさ」などとフィリップに手を振った。
「お久しぶりです、ノア聖下。イライザを剣師龍に師事させた挙句、王龍に挑ませようなんて、ギャンブル好きが悪化したんじゃないですか?」
「言い出しっぺはあたしじゃないよ。宮廷のお偉方」
あれ? とフィリップは同じテーブルのステラを見遣る。
確か彼女は「ノアからの提案」だと言っていた気がするが──まあステラの話は割と真面目に聞くとはいえ、記憶違いをする可能性は大いにある。
記憶違いでないとしても、帝国側がノアに確認して同意を得たからと、敢えてそういう言い回しをした可能性も。
まあ事ここに至っては、どちらでも大差はない。
ノアがこうしてここに来たということは、彼女は言い出しっぺではないだけで、賛同者ではあるのだから。賛同者であり、当事者でもある。
自分がそこに加わり同行することを受け入れて、ここにいる。
フィリップからすると、そう易々と受け入れられる話ではなかったのだが。
イライザがどうこうではなく──勿論、ノアがどうこうでもなく。
「その偉い人、剣師龍に交渉できるくらい“偉い”んですか?」
人間と王龍の間にある存在格差を思えば、
いやまあ剣師龍に限って言えば、疑わしいという直感に反することは分かっている。
ミナは吸血鬼だから例外にしても、剣師龍がその名で呼ばれていること自体が、その性質の証明だ。
だが、それでもやはり、人間側にイニシアティブがあるかのような──渡りをつけられるかのような物言いは、どうしても疑わしい。
「偉い」という単語にアクセントを置いたフィリップの意図を汲み、ノアは愉快そうに笑って肩を竦めた。
「知らないけど、事ここに至って適当抜かすような馬鹿じゃないでしょ。そんな奴の意見なら、皇帝陛下に行く前に誰かが叩き潰してるって」
「そりゃそうか……」
帝国の上層部だって馬鹿ではない。
王龍の激発によって王国北部にドデカいクレーターが出来たことで震えあがったとしても、魔王征伐という一大事を前に適当なことはしないだろう。
「実際、帝国には剣師龍を祖とする相伝の剣術流派が幾つかあるよ。あんたの使う“拍奪”も、その手の流派の技じゃなかったっけ?」
「あぁいや、僕のこれは先輩に教わったもので、ちゃんと誰かに弟子入りしたとかではないんですよね」
先輩──と言っても、別の学校の上級生で、直接の先輩というわけではないけれど。
まあ初めに見様見真似をするきっかけになったオリジナルは、同じ学校の同級生だが年上の相手だった。そう考えれば間違いではない。
「そうなんだ?」とノアは軽く頷くが、フィリップこそ「そうだったんだ」と言いたいところだ。
そうだったのかと──
自分が何も考えずに使っていた技術の思わぬルーツに瞠目するところだ。
「では帝国は、ウィレットは剣師龍の訓練に堪え得ると判断するわけだな?」
「はい。反対意見もありますが、訓練は訓練。そこで死ぬようなら、むしろ本番に堪え得るものではなかったということでしょう」
ステラの問いに、ノアははきはきと明瞭に、しかし冷徹な答えを返す。
訓練に堪えられなければ本番にも当然堪えられない。
だから──駄目だった、残念だったとすっぱり諦めて、次の勇者が選定されるのを待とうという話だ。
それは中々、「じゃあそれで」と受け入れられる話ではないが──現実的な話ではある。
「……どう思う?」
「ここで死ぬリスクを取らないということは、本番で死ぬリスクを取る──いえ、
ステラに水を向けられ、ルキアは淡々と返す。
最先鋒を務め、開戦と同時に確実に一撃を入れる──否、大前提の一撃を入れて、そこから戦闘が始まる。
鏃運用の究極特化。
開戦の鏑矢のような使い方だ。
イライザを死なせないようにしよう、なんて
恐らくステラも、イライザがフィリップの弟子でなければ──彼女を守るという行動がフィリップの人間性の補強になると考えていなければ、同じように考えている。
というか、一度は考えて、フィリップの人間性を思って棄却しただろう。
ともすれば魔王を殺し損ねること以上に、フィリップの人間性が払底することのほうが不味いのだから。
ルキアとしても、「フィリップの弟子」を使い捨てる真似は美意識に障る。
「捨て身でも刺し違えでも一発当てられたらそれでいい、では困る。それはそうなんですが……訓練で死んだらどうするんです?」
フィリップはテーブルから菓子を取り、ノアに差し出しながら尋ねた。
彼女は一度「投げろ」とでも言うように手を挙げたが、ここがどこかを思い出して、いそいそと近寄ってフィリップの手から食べた。
「例のめちゃつよ吸血鬼が滅茶苦茶死ぬレベルって話だよね。普通に、相手に合わせて強度を変えてるんじゃない? でないと、そもそも人間に剣を教えたりできないでしょ。……美味しいねコレ」
一応は口元を隠しているものの咀嚼しながら言うノアに、ルキアの冷たい視線が刺さる。
「ドラゴンが人間に剣術を教えるってこと自体が、かなり眉唾なんですけどね……」
ミナくらい強いのならともかく、人間相手にアレが目を向け、ご丁寧に指導する光景は思い浮かばない。
しかしまあ、行ってみるしか──やってみるしかないのが現状だ。
やってみて駄目だったらその時はその時。
イライザが死にそうになったら、剣師龍を殺せばいい。
「そこに関しては前例もあるし信じていいでしょ」
「まあ、そうですね。疑わしいだけで、疑う必要はないって感じで……」
帝国の剣師龍相伝という剣術流派の話や、王国にも伝わっている剣師龍が人間に剣術を教えてくれるという逸話が本当なら、確かに、この疑問は無意味だ。
王龍のブレスを喰らった──いや喰らった自覚はないにしても、巨大な破壊痕を目の当たりにしたフィリップの直感、王龍観には反するけれど。
アレが、人間の尺度で物を考えられるようには思えないけれど。
「……剣師龍に突っぱねられたり、イライザの強化に失敗した場合はどうするの? 縁起の悪い話だけれど、想定しないわけにもいかないでしょう」
縁起の悪い、というのは確かにそうだが、決して悲観的ではない。むしろ現実的な想定だ。
強化出来ない可能性ばかりでなく、強化が要求水準に満たない可能性だってある。
いや、フィリップの持つ情報からでは、それが一番大きな可能性に見える。
イライザの何をどう強化したところで、あのブレスは突破できない。あのブレスを撃つ空中砲台を攻略できない。
「その時はぶっつけ本番……と言いたいところだが、私たちで訓練しつつ、遠征道中での成長に期待しよう」
ルキアの問いに返された答えは、ステラらしからぬ不確実性と希望的観測──問題の先送りのようなものだった。
しかしまあ、それしかないのも事実だ。
「まあ、あたしも訓練つけてあげるし……いや待って? 最終目標の想定って、最低限あたしたちを殺せるレベルだっけ?」
「え? あー、まあ……そうですね」
呆けた声を上げたフィリップだったが、僅かな思考の後に頷きを返す。
そういう考え方はしていなかったが、聖痕者七人分の能力を持つと予想される魔王相手に一発入れると考えると、聖痕者一人に会心の一撃を入れるくらいできないと話にならないだろう。
「じゃあ……まあ、勇者ちゃんの才能次第だね。勇者ちゃんは努力できるタイプだし、環境は十分、だったら残りは……ねえ?」
「……」
環境は土、努力は水──そして才能は種。
魔術分野ではよく使われる喩えだ。至極の環境と不断の努力があったとて、才能が無ければ決して結実しないという、残酷な意味で。
剣術は魔術ほどには才能に依存しないが、天性のセンスというものも確かにある。
一般的な戦士の領域を超え、衛士たちのような一握りの強者の域を超え、ミナや剣師龍と言った化け物たちに迫るには、きっとそれが必要になるだろう。
「不安要素は一旦無視して、目標は二つ。剣師龍による勇者の強化。そして王国北部に生息する王龍“グスタフ”による、王龍との実戦。ただし王龍の呪いのことを鑑みて、上手くいっても倒さない。……ところで勇者ちゃんは?」
「ボード先生……治療魔術師のところだ。さっきルキアとの訓練で肋骨と鎖骨にヒビが入った」
ノアの問いはフィリップに宛てたものだったが、答えたのはステラだった。
ミナやエレナと訓練することの多かったフィリップにしてみれば、骨の亀裂くらい大した怪我ではない。ステラもそれは同じだ。
王国最高の治療魔術師と名高いステファン先生に掛かれば、一時間もせず治せるのだから。
ルキアもそれは知っていたが、自分が手加減し損ねた──加減を誤ったことに思うところはあるものの、イライザの怪我を「訓練内での半ば必然的な負傷」以上には重く捉えていなかった。
そしてノアはと言うと、
「へぇ。まあ、大した怪我じゃなくて良かったですね」
彼女もまた、その程度の怪我には慣れていた。
幸いにして、これでイライザが「道中の訓練も過酷だ」と落ち込んだりすることはない。
彼女が先代衛士団長の下で重ねていた鍛錬を思えば、この程度、むしろ優しいくらいなのだから。