なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
「何故、あいつを殺す」
泥人形の問いは静かだった。
あいつ、という呼び方には親しみのようなものが感じられる。
泥人形の表情など読み取りようもないが、もしも顔があれば懐かしむように緩んでいたかもしれない。
それが逆に不思議だった。
あるのは話題に挙がった旧友への懐かしさだけだ。
そいつを殺すと言われ、剰えその為の技を教えてくれと言われているにしては、反応が随分と穏当な気がする。
勿論、二人──二匹の関係性が友人同士と決まったわけではないけれど。
「合理性や使命感、美意識や憧れ……。色んな理由があるんじゃない?」
「お前の理由を訊いてるんだぜ、駆け出しの小僧」
駆け出しの小僧、という呼び名が自分を指したものだと、フィリップは即座に察せられなかった。
一拍おいて、いま泥人形と会話しているのは自分しかいないという事実から、「まあ僕のことだよな?」と仮定して受け止める。
「いや、僕は……僕の主目的は魔王の殺害じゃなく、守りたい人を守ることだ。その人たちが王龍に挑むというから、その人たちが死なないために動く。それだけだよ」
他はともかく、魔王討伐に思い入れのありそうなヘレナと、魔王討伐への使命感があるだろうイライザの前で言うには、さしものフィリップも若干の抵抗があった。
かと言って、嘘や誤魔化しが通じる気はしない。
そもそもの演技力不足もあるが、直感的にそう思う程度には、泥人形の纏う気配は浮世離れしていた。
「では最後だ。何故、剣を振るう?」
質問の意図が汲み取れず、フィリップは暫し考え込んだ。
「何故戦うのか」という問いなら、たったいま答えたはずだ。魔王を殺すためでなく、人類を守るためでもなく、ごく少数の守りたい相手を守るためだと。
そういう遠い話、本質的で有意義な話ではなく、もっと近い、短絡的で無意味な──それこそ「貴方は誰?」「人間!」といったような、ふざけているほどに直接的な問いだとしたら。
それは、まあ。
「……趣味?」
そういうことになる。
それ以上の高尚な理由は、初めて剣を持った時にも、今この瞬間にも持っていない。
剣は道具だ。
人間を殺すために人間が作り出した、殺人用ツール。
そしてフィリップにとって──ではなく、もっと誰しもに同意される純然たる事実として、人間を殺すのに、剣や剣術は必須ではない。
フィリップにとってという話をするのなら、側に敵しかいないのなら、フィリップが自分の足で走り、自分の手で殴る必要はない。
自ら剣を振り、敵の首を斬り落とす必要も。
それは逆説的に──条件が揃っていなければ、剣を振り回す必要性が生じるということでもある。
「剣を使わず敵を殺すとしたら、僕の手札は召喚術しかなかった。でもちょっと……使い勝手が悪くてね。別に剣じゃなくて、槍でも何でも良かったし……実際、僕の主武器は剣って言うより鞭だしね」
「蛇腹剣だな。そんなのは見りゃ分かる」
初めて戦闘技術を教わったとき、側には多種多様な武器に通じた先生がいた。
ウォードは槍も使えると言っていたし、ウルミやショーテルを使いこなすマリーが、まさか槍というオーソドックスな武器を使えないはずはないだろう。
フィリップが望みさえすれば、そして彼らが適性を認めていれば、槍を教わっていた。
それでも剣を選んだのは、やはり趣味だ。
本で読んでカッコよかったから。
物語の英雄たちが魔剣や聖剣を使っていて、それがカッコよかったから──武器といえば剣という、強固なイメージがあったからだ。
まあ紆余曲折あって鉄鞭を教わることになって、今や立派なムチ使いになったけれども。
「……そいつに教えるにあたって、二つ条件がある」
泥人形の手がうごうごと動き、二本指のような形を取る。
ただの泥の塊から生えたにしては、いやに精巧な人間の手の形をしていた。
「聞くだけ聞こうかな。応じるかどうかは皆で協議して決めるけど」
剣師龍と話しているのはフィリップだが、この魔王征伐パーティーの意思決定者はフィリップではない。
最終的には全員の意思を問うにしても、一番発言力があるのはステラだろう。
ある意味先延ばしのような言葉に、泥人形は特に反応を見せず、ただ先を続ける。
「一つ、お前はヴォイドキャリアの能力解放を使えるようになってもらう。出来るまでこの山を下りる事は出来ないと思え」
「能力解放? あぁ……え、僕が?」
能力解放と言われて何のことかと思ったフィリップだが、すぐにそれらしいものに思い至る。
ミナの魔剣『美徳』で言えば、剣が光の柱のような形態になる、あれのことだろう。
どうやって使うのかという疑問もあるが──それ以上に、ヴォイドキャリアにもあるのかという驚きがあった。
疑問ではない。
剣師龍はヴォイドキャリアを知っているようだし、それに重きを置いているような節もある。
所詮はエルフから譲り受けただけのフィリップ以上に詳しいとしても、特に不思議はない。
ただ、「なんで僕が?」という疑問はあるが。
これを魔王戦で使うなら、持つのは機動力のあるイライザだろう。ベタ足のフィリップが持ったところで、直撃は見込めないというか、のこのこ走っているうちに何度死ねるか。
「一つ、勇者を教えるなら、お前も一緒にだ」
「……え、僕が?」
「おい、冗談のつもりか?」
図らずも先ほどと同じ反応をしてしまったフィリップに、泥人形は大袈裟に両手を広げてみせる。
呆れを表すジェスチャー……なのだろうか。ボディ・ランゲージは、表情が無いと意外と伝わらないらしい。
勿論、フィリップには冗談のつもりはない。
冗談でも誤魔化しでもなく、半ば思考停止の結果だった。
「いや……ちょっと皆と相談するから、待っててくれる?」
「おう。まあゆっくり話し合えよ、短命種」
でろりと溶けるように、泥人形が近くの木にもたれかかる。
それを見て──だから安全だろうという判断をしたというわけでは、特にないが、ともかく今はこれ以上の会話はないとみて、フィリップは背後を振り返った。
「なんかそういうことらしいんですが……、え? これなに? どういう状況?」
「……いや、あたしらが聞きたいんだけど?」
困惑一色のフィリップに、同じ表情をしたノアが辛うじて返した。
「それが条件だって言うんなら、呑むしかなくない?」
「帝国側に交渉の手立てがあると聞いていたのだけれど?」
半ば投げやりにも思えるノアの言葉に、ルキアが冷たい声で尋ねる。
冷徹なる弾劾、とまでは言わないまでも、責め立てるとは言わないまでも、険のある声になるのは抑えきれていない。
彼女曰く大先輩の怒気を感じ、ノアはびくりと肩を震わせた。
「まあ一応、過去のケースを色々と聞いてきてはいますけど……これは“無い”事例ですね」
「聞く限り、こちらに害はない条件のようだけど……」
ヘレナが悩ましげに言いつつ、顎に手を遣って考え込む。
確かに、本来はイライザだけを強化するはずのところを、ついでに──剣師龍サイドはイライザの方こそついでのような言い方だったが、とにかく、ついでにもう一人強化してくれるという。
直感的に考えるに、望外のオマケだ。メリットでしかなさそうに思える。
しかし相手は王龍で、その訓練は化け物の中の化け物だったミナが、100や200は死ぬほどだという。
最終的にどうなるにしろ、どうするにしろ、安直に短絡的に「わーいやったー」で受けていい話ではない。
「まあでも、イライザにはやらせるけど僕はヤダ、じゃあ通らないっていうのは、一つの人間的な道義としてありますよね」
「必要性とリスクの判断に、そんなものは持ち込まなくていい」
珍しく「人間的道義」なんてものを気にしたフィリップだったが、即座に叩き落としたステラの反応からすると、どうやら余分だったらしい。
余分──というか、アプローチとしてはミスというか。
まあ確かに、そんなことをいちいち気にしていたら、それは最終的に「12歳の少女に剣を持たせてドラゴンに突っ込ませるのは非道徳的だ」という結論になる。
「でも必要性というなら、もしヴォイドキャリアの能力解放が射程の延長──魔剣『美徳』みたいなものだったら、相当なメリット、相当な強化にはなりますよね?」
「リスクを必要論で無視して──まあ正確には無視ではないが──ともかく必要性を重視した結果が、今のここだ。ヴォイドキャリアの能力解放の性能次第だろうな」
ステラの言葉に、フィリップは背後の泥人形を振り返る。
特に声量を絞っていたわけではない会話は聞こえていただろうが、泥の塊はその外見通り、黙りこくっている。
今はまだ何も教えるつもりはない、ということだろうか。
それとも何か別の理由があるのか。
「イライザはどう思う?」
「私は……」
水を向けられて、或いはこの勇者強化計画の中心人物でありながらもここまで殆ど意思を問われず、ようやく思い出されたような扱いを受けて、イライザは思考することを思い出したように視線を彷徨わせた。
「ええと……剣師龍の方から師事を言い渡されるというのは、私の知る限りでは、帝国の"剣聖"のような伝説的剣客にしか無かったことですよ? それを蹴るという選択肢は……私からすると考えられません」
「ふむ……」
「……フィリップの剣の才能を見出した、という感じではなかったけれど」
ステラの疑わしげな視線と、それをフォローするようなルキアの言葉が刺さる。
フィリップの剣術の才は、剣士の内では、まあいいとこ中の中くらい。
運動神経は並だが、人間相手、単純な剣相手への恐怖心が麻痺しており、通常は訓練と実戦で緩慢に適応していく反射抑制が必要ない。
その強みがあってなお、まあ中の中レベル。
勿論、「剣士の中で」という括りだけあって、一般人なら容易く斬り殺せる実力は備えているけれど。
それでもやはり、才能も蓄積も足りていないのが実情だ。
衛士のような上位層には、まだまだ遥かに届かない。
そして剣師龍の“基準”は、衛士たちですら届かない──先代ですら届かなかったというのだから。
ならば彼、いやソレの関心事は、フィリップではない可能性が高い。
「ヴォイドキャリア……。初めからアレは、これに反応していたわよね?」
「まあ、えーとなんでしたっけ、次元断? の、超すごい魔剣なんですよね?」
ヘレナとノアの意見も、概ね一致する。
泥人形はフィリップにあれこれ質問していたが──フィリップという個人には、あまり興味を持っていなかったように思う。
アレはイライザを一目見て「勇者か」とその素性を看破して興味を失ったが、フィリップの素性には、そもそも微塵の興味も示していなかった。
名前を聞かなかったどころの話ではない。
アレが聞いていたのは、フィリップ個人ではなく「ヴォイドキャリアを持った剣士の話」であって、或いはそこに「魔王龍を殺そうとしている身の程知らず」くらいの追加情報はあるかもしれないまでも、「フィリップ・カーター」という個人への興味や疑問は無かった。
いやまあ、「お前、外神の寵児だな?」とか言われたら、それはそれでどころではなく、そちらのほうが大いに困るけれども。
「今回の主目的から言えば、剣師龍の申し出は──条件は、我々にとってデメリットではない。リスクでないとは言わないが、すでに受け入れたリスクとは言える」
言って、ステラはフィリップに問うような一瞥を呉れた。
フィリップは肩を竦め、一応の形式として、全員に順番に目を向けた。
ルキア、イライザ、ノア、ヘレナ──反対意見ナシ。
振り返ると、泥人形はどろりと流れるように木の幹から起き上がる。
「腹は決まったか?」
「いや、僕は全然。でも採決は出来た──ディールだ。君の興味と好奇心に付き合う代わりに、イライザを鍛えてほしい」
泥人形は表情を変えず、しかし明らかに笑っているのが分かるような、弾んだ声で言った。
「
握手は、ちょっと出来そうになかった。