なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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カクヨムで取り消し線こういうのを使う方法をご存知の方、やり方教えてください……


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 泥人形と──延いてはそれを操る剣師龍との取引が成立すると、泥人形は嬉々として、弾むような足取りでフィリップたちの前を進み、先導を始めた。

 

 ちなみに、これは比喩だ。

 泥人形にも二股に分かれた脚はあり、股関節と膝、そして足首が可動なようだが、足裏は地面にべったりとへばりついている。

 

 上半身の動きは傍目にもうきうきとしているが、その実、足は一度も、一瞬たりとも地面から離れていない。弾むような足取りではあっても、実態として弾んではいない。

 

 「……で? どうしてそこまでヴォイドキャリアに拘るの?」

 「さて、どうしてだと思う?」

 

 振り返りもせず──まあ振り返ったところで目が合うわけでも、目があるわけでもないので、振り返る行為になにか意味があるかと言われると困るけれど。

 

 ともかく、泥人形は頭部を動かさないままに、韜晦じみた答えを返した。

 

 「ふむ?」

 「……」

 

 ステラとルキアが意外そうな反応を見せる。

 実際、意外だ。意外と、泥人形──剣師龍は、フィリップや人間に興味があるらしい。

 

 興味というか、関心だろうか。

 そして意外というよりは、やはり、と言った方が正しいかもしれない。

 

 ヴォイドキャリアとその所有者にしか興味がない、関心を払わないのなら、質問は無視するか、素直に端的に答えればいい。

 それがスマートで、無駄のない、積極的ないし消極的な無視──労力の無駄遣いを避ける方法だ。

 

 それをしないということは──揶揄じみた会話を展開するということは、少なくとも会話を広げる程度の労力は割くつもりがあるらしい。

 

 その性格予測は今遭遇してからの印象には反するが、事前情報には即している。

 人間に剣技を教える王龍──その情報には。

 

 「……君を殺し得る武器だから、とか?」

 「俺を殺し得るから、俺にとってそれは“武器”なんじゃねえのか? ……言葉合ってるか?」

 「言葉は合ってるけど、僕とは捉え方が違ったね。でも、うん、理解した」

 

 流石に共通語──いや、下手をすれば人語が成立する前から生きているだけあって、言語への理解が深い。

 

 言葉の意味が変遷することや失われることを、当然のように考えている。

 

 「そうじゃないとしたら……君にとっても特殊な存在だから」

 「そりゃそうだな。で、どこがどう、なぜ特殊だ?」

 

 言われて、フィリップは言葉に詰まった。

 

 フィリップにとってヴォイドキャリアが特別な武器なのは、それが王龍や古龍──隔絶した存在格を有し、格下からの干渉を無効化できる存在に対しても有効な、ジャイアントキリングの可能な武器だからだ。

 

 しかし剣師龍にとって、“武器”とは須らく自らを傷つけられるものであるという。

 

 つまり、人類にとってヴォイドキャリアが特別なのは「王龍を殺せるから」ではあるが、剣師龍にしてみれば、“武器”であるなら、それは当然の条件なのだ。

 

 となると、ここでフィリップと剣師龍の価値観は一致しない。まあフィリップと価値観が一致する存在がいたら驚きだが。

 

 剣師龍が見出したヴォイドキャリアの特別性は、フィリップにとっては微塵の興味も惹かれない些事かもしれない。

 

 推理が難しくなった。

 いやまあ、推理と言うほど真面目なものではないけれど。

 

 「……元は君の持ち物だった。或いは君の知り合いが持っていた」

 「悪くない。どちらも正しいが、正解ではないな」

 

 どちらも正しい。

 しかし──正解ではない。

 

 ヴォイドキャリアは元は剣師龍の所持品であり、その知人の所持品であったこともあり、しかしそれは、特別視には関係しない。

 

 「ここらで勘違いを正しておいてやるが──俺はヴォイドキャリア自体に、もうそこまで興味はねえよ。それは既に調べ尽くして遊び尽くした」

 

 それはそれは。

 まあ数十万年も生きていれば、そういうこともあるだろう。

 

 何ならヴォイドキャリアはフィリップには唯一無二の、類例さえ挙げられないほどの逸品だが、剣師龍は類似品を幾つも知っているかもしれない。

 

 「気に入らねえのはお前だよ。目に障ると言うと言い過ぎにしても、目に留まる。気に障ると言うと言い過ぎにしても、気にはなる。小刀で木を伐ろうとするな、槍で飾りを彫ろうとするな──こういうの、なんて言った?」

 

 道具を用途以外で使うな、みたいなことだろうか。

 適材適所だか宝の持ち腐れだか猫に小判だか、剣師龍がなにを言いたいのかは知らないが、言いたいことはなんとなく分かった。

 

 「それを持って龍を殺そうと考えるなら、俺のところに技を教わりにくるはずはないんだよ。あぁいや、それを持っていて、使えているなら──だ」

 「……能力解放って、そんなに強いの?」

 「これだ」

 

 フィリップが問うと、剣師龍は呆れたように言った。

 

 「無知ってのはこれだから怖い。剣って斬れるの? そりゃそうだ、斬るためのもの、斬れるものを剣って呼んでんだろうが」

 

 それは比喩として正しいのだろうか。

 いやまあ、人類よりもヴォイドキャリアに詳しいだろう剣師龍の言葉であれば、フィリップの直感など当てにならないだろうけれど。

 

 「ヴォイドキャリアの能力解放を、そもそも僕らは知らないんだよ。どういうもの?」

 「魔剣の能力はその剣を十全に使えた者に自ずと明かされる。ヒントは既に与えたぜ?」

 「王龍を殺せるほどの何か、って? そんなのヒントのうちに入らないよ」

 

 流石にちょっと大雑把すぎるだろう。

 勿論、それが本当なら嬉しい情報ではあるけれど。

 

 例えば聖剣の能力解放レベルにでも射程が伸びれば、ヴォイドキャリアは、或いは一撃で王龍の首を切断できる。

 

 「そうか。だがモチベーションにはなるだろう? さ、着いたぜ──はじめまして、だ」

 

 泥人形の先導で歩くこと、ほんの数分。

 いつしか木々の密度は薄れ、傾斜は緩やかになり、拓けた場所に辿り着いていた。

 

 いつしか、というか、いつの間にか、と言っていい唐突さだった。

 本のページを捲ったような、絵画のキャンバスが変わったような、そんな違和感がある。

 

 しかし聖痕者たちが何も言わないということは、それはなにか魔術的な効果や現象ではなく、単に話に集中するあまり──泥人形の動きを注視するあまり、周囲の観察が疎かになっていただけなのだろう。

 

 山の頂上に至るまでが広く見渡せる、下草の一房もない広大な岩肌。

 森林限界にはまだ遠いはずだから、きっと噴火か何かの跡だろう。

 

 泥人形に促されてそこに足を踏み入れようとしたフィリップは、直後、リュックを掴んで強引に連れ戻された。

 

 振り向くと、ノアとステラが険しい顔でフィリップのリュックを掴んでいる。

 他二人の聖痕者に目を向ければ、同じく険しい顔で頭を振る。

 

 不思議そうな顔をしているのはフィリップとイライザだけだった。

 

 「魔力を感じられないって、あたしたちからすると五感が四感になるみたいなもので、ものすごく不便ではあるんだけど──今この瞬間だけはめちゃくちゃ羨ましいよ。ホントにさ」

 

 ノアが声を震わせる。

 大抵のことには動じない、これまでの常識が覆った時でさえも、数秒後には笑っていた、飄々とした猫のような女軍人が、明らかに怯えている。

 

 「カーター君。あなたが踏みつけようとしたそこ、あなたが──私たちが見ているそこ。そこは──()()()、ドラゴンよ」

 「……はい?」 

 

 声を震わせるヘレナに、フィリップは怪訝そうに聞き返した。

 言葉ははっきりと聞こえたが、内容はすんなりと理解できなかった。

 

 フィリップたちがいるのは、山の中腹あたりだ。

 

 胡乱な声で聞き返したフィリップの眼前にて──その()()()が、()()()()()()

 丸めていた身体を伸ばし、後足で立ち上がる。元より山頂を見上げていたフィリップたちの視線は、更に大きく天を仰ぐことになった。

 

 立ち上がったシルエットは、現存の爬虫類とは一致しない。

 直立ではなく、しかし確りとした二足歩行。

 

 土を被って隠れていた、真紅の鱗。

 日の光を浴びて輝くその光沢は、金属とも宝石とも違う独特の、それらを凌駕する美しさを纏っていた。

 

 その全長は──一見して定かではないほどに巨大だ。

 身体を丸めて眠った状態で、1000メートル級の山岳の()()()だったのだから。

 

 雄々しくも悠々と広げられた翼長は、以前にステラが話していたように、1000メートルくらいありそうに見える。

 全長も概ね同じくらいとすると、1000メートル。

 

 目の前にある前足の爪一つが、既に一つの邸宅程の規格(サイズ)──規格外。

 超が幾つ付けば正当かも分からない、圧倒的なまでの巨大生物。

 

 人間など、その極大なる体躯の一部でしかない洪大な頭蓋に収まった巨大な眼球の、更にごく一部でしかない瞳孔程度のサイズ感だ。

 

 「────!!」

 

 咆哮。

 それはきっと威嚇などではなく、欠伸程度のものだろう。このサイズ、この規模の生き物は、人間なんかを相手に威圧をしない。

 

 しかし、頭蓋だけで数百メートルある巨大生物の咆哮は、たとえ欠伸でも音響兵器だ。

 ほぼ全員が耳を塞ぎ、口を開けて鼓膜や内臓を守る。誰かが指示したわけではなく、その程度の知識は皆持っていた。

 

 振動する空気が肌を打ち、物理的な圧力すら伴って踏鞴を踏ませる。

 平然としているのは、トルネンブラに守られているフィリップくらいだ。木々が震えて折れ、地響きが土を跳ねさせる。

 

 その中で、泥人形は愉快そうに語った。

 

 「俺の中のルールでね。魔王に挑むためという理由でここに来た奴は、まずは俺がその本体で以て、この身体と魔力で以て、身の程を教えてやるってな」

 

 巨躯の龍は身を屈め、遥か上空にあった頭部が下がる。

 細長い頭部の先には、剣のように鋭利な角があった。

 

 「安心しろよ劣等生物。殺す気はねえ。ブレスなし魔術なしでやってやる」

 

 山の上半分を占めていた巨躯が翼を羽搏かせ、木々を薙ぎ倒しながら上空へと浮かび上がる。

 そのただの移動で、ほぼ真下にいるフィリップたちが全滅しかねない暴力的な風圧が生じるが、それはヘレナの魔術によって完璧に打ち消された。

 

 さながら嵐を窓を隔てて見ているように、フィリップたちの周囲は平静そのものだが、数メートル離れた場所の木々が根こそぎに飛んでいくのが少し面白い。

 

 「殿下!」

 「本番同様、聖剣かヴォイドキャリアで一撃当てることを第一に考えろ! 三人ずつ分かれる! ルキフェリア、カーター、私と来い!」

 

 指示を問うと同時、ステラの判断が下る。

 指揮系統の統一と共有は既に済ませており、彼女の命令に従わない者はいない。

 

 ──が、彼女は剣師龍と戦うことを想定していたのだろうか。

 真偽は定かではないが、きっとそうだろうと思えるほど、指示は素早く淀みのないものだった。

 

 

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