なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 泥人形と剣師龍真体から一度離れた一行は、川にほど近く、氾濫しても安全な程度の位置にキャンプを置くことにした。

 

 取り敢えずテントを立てて荷物を確認し、ほっと一息つく。

 剣師龍が降ってきたときの衝撃で荷物が吹き飛んだのではという懸念は、幸いにして外れてくれた。

 

 思ったよりも山が衝撃を吸収してくれたようで、被害らしい被害は、ちょっと土を被ったことと、携帯糧食の硬いパンが砕けていたことくらいだ。

 

 ゴソゴソとテントから這い出ると、他の人も設営を終えていた。

 特に早く終わったらしいノアは、もう石を積んで簡易的な竈を作り始めている。

 

 「カーター君、凄いわね。あれと、あんなに平然と会話できるなんて」

 「……そうなんですか?」

 

 薪を集めていたらしいヘレナは両手に沢山の枝を抱えて現れると、テントから出てきたフィリップを見て言った。

 

 確かにフィリップは、あの巨体を前にしても、何も変わらず泥人形と話していたが──それを言うならヘレナだって、他の誰だって、剣師龍真体が起き上がった時でさえ取り乱さなかった。

 フィリップが代表したように喋っていたのは、泥人形がフィリップに、というか、ヴォイドキャリアの持ち主に話しかけていたからだ。

 

 それに皆、誰かが話しているときに横から口を挟むほど無作法ではない。

 

 だから単に、一般的な礼儀として黙っているものだとばかり思っていたが──違ったのか。

 

 「うん、ホントに凄いよ。あれが数十万年規模の王龍……目の前に居るだけで、自分が虫になったみたいな感覚になる」

 「まるで天使降臨に立ち会ったみたいな威圧感と存在感だったわ」

 

 話を聞いていたらしいノアも乗ってくる。

 フィリップは剣師龍の真体から多少の神威を感じた程度で、あとは巨大生物を前にした本能的な恐怖心くらい。

 

 不随意な反応をする人体に苦笑を浮かべる程度のものだったのだが、そうなると、ルキアとステラが気がかりだ。

 

 二人を探して視線を彷徨わせると、近くの藪ががさがさと揺れ、イライザが現れた。

 心なしか顔色が悪く猫背気味で、近寄るとツンと饐えた臭いがした。

 

 「……もしかして吐いてた?」

 「はい……。師匠は、何ともないんですか……? あんな圧力を受けて……」

 

 圧力……と言われても全然ピンと来ない。

 神威のことなのだろうかと一瞬思ったが、すぐに違うだろうと考え直す。

 

 あんな()使()()()()()()()()()()()で、吐くほど疲弊するとは思えない。

 結局、フィリップは「全然大丈夫」と一言で話題を終わらせた。 

 

 「ルキアと殿下は? 何処に居るか知ってる?」

 「さっき、周囲の安全確認に……お二人も平気そうで……うっ!」

 

 どうやら長引くタイプの吐き気らしく、イライザは慌てたように頭を下げ、再び藪の中に姿を消した。 

 彼女も剣師龍の訓練対象というか、フィリップのヴォイドキャリア習熟はあくまでオマケということを忘れていなければいいが。

 

 いや、忘れていないからこそプレッシャーが負荷を掛けているのかもしれない。

 彼女も気に掛けておくべきだとは思ったが、フィリップの最優先は決まっている。

 

 少し歩き回ると、目当ての二人はすぐに見つかった。

 

 「二人とも、大丈夫ですか?」

 

 周囲の安全確保と言っていただけあって、二人はフィリップが声を掛ける前から存在に気付き、振り向いて近づいてくるのを待っていた。

 

 心配していたほどの心理的負荷は無いようで、二人とも「あぁ」と思い出したかのように声を漏らし、顔を見合わせる。

 

 「まあな。多少の恐怖や威圧感はあったが、アレらよりは遥かにマシだ」

 「私もそうね。もっと強くて恐ろしい存在を知っているし、フィリップが傍に居るもの」

 

 ステラは草臥れたように、ルキアは淑やかに笑う。

 二人とも不調や不安を隠そうとしている様子はないし──まあ本気で隠されたら、フィリップには彼女たちの演技を見抜けないけれど──大丈夫そうだ。

 

 「それは良かった」

 

 フィリップの冗談に、二人はまた顔を見合わせて笑った。

 センスの無さに呆れるような、ちょっと引いたような笑い方ではあるが。

 

 だって良くはない。何も。

 ステラがクトゥグアやハスターを知っていたことも。ルキアがシュブ=ニグラスを知っていたことも。フィリップが二人に安心感を与えられることも。

 

 何も──何一つとして良いことはない。

 

 「私たちは設置型魔術を撒いてくるが、お前はどうする?」

 「少しシルヴァと話して、キャンプに戻ります。イライザが落ち着いたら山頂に行きますね」

 

 そうか、とステラは言って、ルキアと共に木立のなかに消えた。

 

 と、完璧なタイミングで、足元からするりとシルヴァが現れる。

 

 「ねえシルヴァ。ヴォイドキャリアについてなんだけど、これって何なの?」

 

 ぽん、と腰に佩いた剣の柄を叩く。

 剣の柄──というか、剣の柄のように見える部位を。

 

 鞘こそ刃部に触れないよう設計された人工物、フレデリカの作品だが、剣自体は人類どころか王龍ですら知らない代物だった。

 

 しかし、あちらは所詮は数十万年。

 対して“森林”は四億年だ。知識もそうだが、環境内部の完全掌握能力からして、持っている情報の量は段違いだろう。

 

 これで解決、という確信すらあったフィリップだったが、意外にも、シルヴァは若葉色の髪を揺らして首を傾げた。

 

 「んー……。あな?」

 「……穴?」

 「そう。あな」

 「……?」

 

 シルヴァ自身が自信なさげに──いや、情報を解釈というプロセスなくそのまま把握できるヴィカリウス・システムに『不理解』などあろうはずもない。

 

 だからそれは、ヴィカリウス・システムの無能や未熟ゆえではなく、会話相手の方に問題があった。

 或いは、その出力方法に、と言った方が正確かもしれない。

 

 「もりのなかでだれがもってたかとか、どうつかったかはわかる。でも、それじたいをせつめいするなら、あな。じんごではそういうしかない」

 

 人語には存在しない語彙。

 つまり──人間が知らず、少なくとも広く共有するための単語を作る必要がない程度には、広く知られていない概念。

 

 「はっせいもそんざいもない。ただそこにあながあるだけ」

 「他の魔剣と違うってのは、そういう意味でもある」

 

 シルヴァの言葉に続けたのは、いつの間にか側に現れていた泥人形だった。

 

 唐突に掛けられた第三者の声に驚いて振り返ると、泥人形は愉快そうに肩を揺らす。

 

 「他の魔剣は“剣”なんだ。龍や神や人間や精霊、混ざりもの、色々なやつが色々なものを使い、最終的には“剣”という形を象らせたもの──“剣”を知っているモノが、“剣”を模して作ったもの。必然、その発生は人類が剣を発明して以降になる」

 

 ふむ、とフィリップは小さく頷く。

 それは単なる相槌であって、納得を示すものではなかった。

 

 人類がヴォイドキャリアを通じて切断という現象を発見し、その再現の過程で刃を、剣を発明したというのは納得出来る。

 

 しかしそれは、人類以前に“剣”が無かったことを意味しない。

 

 蛇人間や古のもの、イス人といった、この星にかつて栄えていた異種族たち。

 彼らが──火薬、銃器、バリア装置までも作り出した高度な文明が、剣の一本も発明しなかったとは思えない。

 

 尤も、さっき言われた通り、ヴォイドキャリアの形状には工学的な設計意図が見て取れず、故に高度科学文明の産物ではないという話には同意するところだけれど。

 

 「だがそいつは違う。誰が何をどうやって、どうしてその形にしたのか、或いは偶然なったのか。そういう情報がまるでねえ。読み取れもしねえ」

 

 聖剣は唯一神が作ったもの。

 悪徳の来歴は聞いていないが、美徳は天使から奪い取ったものだという。

 

 ヴォイドキャリアにはそれがない。

 ルーツが判然としていない。誰が持っていたか、誰が使ったかという情報はあっても、最初に与えたのは誰か、どのように作られたのかという、根本が。

 

 「だが他の魔剣同様、能力解放によって秘められた力を引き出せる。正直なところ、それが魔剣だってのは、その一点から来たものだ」

 「まだ聞いてなかったけど、その能力って?」

 

 フィリップはヴォイドキャリアのルーツに関する思考を止め、本題へと移す。

 

 ヴォイドキャリアが『何』であるかは、実のところ、大きな問題ではない。

 興味は惹かれるが、必要な情報ではない。

 

 蛇人間の産物だろうと、もっと高次の邪神由来だろうと、周囲の人間に害が及ばないのなら、どうでもいい。

 

 「この俺が初めて目にした技さ。そして初めて模倣して作った剣技でもある。間合いの伸展──斬撃飛ばしだ」

 

 それは、図らずも。そして幸いにも。

 

 最も求めていた能力(わざ)だった。

 

 「……へぇ。それはなんというか、僕にしては珍しくラッキーな話だね」

 「いやあ、再現には長く費やしたぜ。この俺が、同じ技に何年費やしたか──何年なんて概念は、当時は無かったがな」

 

 泥人形は腕を組んでうんうんと頷きながら、懐かしそうに昔を語る。

 

 やや懐疑的な──自分がカードゲーム以外で幸運を発揮できるとは思ってもいなかったフィリップは、少なくとも手放しで喜ぶ気にはなれなかった。

 

 「それは、何千メートルも届くものなの? 空を飛ぶ王龍を斬り殺せるくらい」

 「そりゃあな。そもそも圧力集中による剪断破壊じゃあねえんだ。接触は前提どころか必要でさえない」

 

 それはまあ、そうだろう。

 ……いや、そうだろうか?

 

 確かにヴォイドキャリアの“切断”は、通常の刃による剪断破壊とはわけが違う。

 しかしそれでも、刃部──そう呼ぶしかない、切断現象を引き起こす剣身外縁部への接触無くしては、恐るべき次元断も発生しない。

 

 だからこそ、間合いの伸展が必要なのではないのか?

 

 分からない。

 分からないから、フィリップは黙って続きを待った。

 

 「俺がヴォイドキャリアを本気で使ったのは一回。しこたま怒られて取り上げられたんでそれきりだが──あの時は()()()()()()

 「怒られた?」

 

 誰にだろう、と考えて真っ先に思い浮かんだのは、斬られた本人──“海洋”の環境代理人だった。

 

 だがよく考えれば、何十億年単位で存在し続ける“海洋”が、この星の7割を占める環境が、一部をちょっと切られたくらいで怒るとは思えない。

 

 ついでに言えば、「海峡」を作ったということは、斬ったのはどちらかといえば陸地だ。

 陸地を切って──一部を()()()()()、その間に海が流れ込むことで海峡が出来るわけだし。

 

 「他の龍にな。寄って集って、酷いよな?」

 「はは……」

 

 フィリップは適当な愛想笑いを返す。

 

 昔話より今の話を──ヴォイドキャリアの能力解放の話をしてほしいのだが。

 

 「でもまあ、それはつまり、()()()()()()()()()()()()ってことだよね? ヴォイドキャリアの能力解放が出来たら」

 「……そう言わなかったか?」

 

 泥人形は怪訝そうに首を傾げた。

 

 

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