なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 泥人形は言葉を切り、溜息でも吐くような間を置いた。

 勿論、肺も口もない泥の塊にそんな機能はないけれど。

 

 二人はその一瞬の沈黙が、自分自身への呆れのように感じられた。

 

 教えるべき相手が寝ているのに、無駄なことを語った──とでも言うような。

 

 「そういえば、お前たちの連携も大概酷かったが、あれはわざとか? 本番じゃ勇者を突っ込ませて一撃入れて、あとは勇者ごと魔術砲撃で消し飛ばそうってハラなら納得はいくが」

 

 先の剣師龍戦──戦闘というほどの拮抗はなく、対峙という距離感でもなく、ただ高みから見下されただけの一幕。

 

 あの数分間、ルキアたち地上組は何も出来なかった。

 

 いや、何もしなかった、が正しい。

 

 「⋯⋯概ねその通りだが、勇者ごとというつもりはない」

 

 撃とうと思えば撃てた。

 視界がそのまま射程となる高度な魔術を以てすれば、遥か高空を舞う剣師龍まで十分に届いただろう。

 

 それをしなかったのは、声の届かない高さにいたイライザを巻き込む危険があったからだ。

 

 「そうか。だが上級魔術程度じゃあ王龍の魔術耐性は貫けねえぞ」

 

 泥人形は薄く呆れを滲ませる。

 

 王龍の防御は、なにも存在格差による超常的なものだけではない。

 人間以上の魔力による魔術耐性、単なる金属加工品の武器では傷一つ付かない硬度を誇る厚い鱗。

 

 内臓を守る強靭な骨格、巨躯を駆動させる大量の筋肉、魔術的・生体的な再生能力。

 

 火力の目盛りは、「人」や「家」程度では全く足りない。

 痛手を負わせたければ「街」レベルが必要だ。

 

 耐性や防御力を加味すれば、攻撃範囲も貫通力も極めて高い神域級魔術を使う必要がある。

 

 「俺たちの翼。俺たちの鱗。心臓の拍動が生み出し呼気が吹き散らす魔力。聖剣一発でどれだけ削る目算だ? 人間の魔術が、どれほどの傷になる目論見だ?」

 「基本は私たちが火力役に──」

 

 ステラが答えようとすると、問いかけたはずの泥人形が手を振って制した。

 

 「あぁいや、いい。言うな。言われるとアラが見つかる、アラを見つけると指摘したくなる。だが俺は魔術には口を出さねえって決めてるんでな」

 

 二人は顔を見合わせ、どちらともなく頭を振り、頷き合う。

 

 正直なところを言えば、剣師龍のアドバイスは欲しい。

 魔王戦の戦術は魔術の専門家が集まって組み立てたものだが、だから完璧だ、とは誰にも言えない。ルキアもステラも、ここに関しては完璧主義を貫けない。

 

 なんせ情報が不足し過ぎている。

 魔王龍サタン、或いはプロメテウスがどういう存在でどのくらい強いのか──推測は立つが確定ではない。

 

 それを思えば、アラ探しは大いに結構。むしろありがたい話ではある。

 

 しかし、二人は言い募ろうとはしなかった。

 互いに頷き、それで終わりだ。

 

 「そうか。残念だ」とだけ言って、話を終える。

 

 「取り敢えず、そいつが目を覚まして立ち上がれるようなら継続だ。無理なら飯を食わせて寝かせろ。明日は日の出から始めると伝えておけ」

 

 剣師龍の方にも話を続ける理由はなく、それだけ言うと、泥人形はどろりと溶けて地面に広がった。

 

 二人が感じていた莫大な魔力、圧迫感も消える。

 

 「⋯⋯フィリップをテントに運んでくるわ」

 「任せる。私はウィレットの様子も見てこよう」

 

 ルキアが手を翳すと、気を失って脱力しているフィリップの身体がふわりと浮き上がる。

 

 フィリップはそれから5分ほどで目を覚ましたものの、泥人形の見立て通り碌に歩くこともできない有様で、訓練は翌朝からの再開となった。

 

 

 「で、昨日僕はなんで投げ飛ばされたわけ?」

 

 翌日早朝。

 

 魔術学院の学生寮や公爵邸の客室とはかけ離れたクオリティのテントと寝袋とはいえ、きちんと睡眠を取って回復したフィリップは、昨日と同じ“山の切り株”にいた。

 

 「こっちの小僧はなぜなに期か? 教え甲斐あるぜ、全く」

 

 泥人形は大袈裟に肩を竦める。

 遠くで形態変化した聖剣を輝かせているイライザは、フィリップに比べたら、それは素直なことだろう。 

 

 「“外”のことは知っているな?」

 「なんで? いや、どのレベルの話?」

 

 智慧を感じさせる問いに、フィリップは然程驚くこともなく応じる。

 ()()()()()()()()()()()()()()とは思ったが、指導者が必要な情報と判じたのならと、生来の真面目さで自分の疑問を脇に置く。

 

 数十万年生き、ヴィカリウス・システムや蛇人間と交流があったのなら、そりゃあ多少の智慧はあるだろう。

 

 そんな背景から来る納得もあり──相手を化け物と見て、自分と対等程度には“話せる”ものと無意識に思っているところもあった。

 

 「お前が昨日斬ろうとした『次元』の外の話だよ」

 「は⋯⋯? えーっと……?」

 

 次元を斬ろうとした……次元の外を斬ろうとした?

 

 正直、魔力欠乏からくる意識障害で、当時何を考えていたかは殆ど覚えていない。

 次元断の魔剣という認識だから、次元を斬ろうとしたのは確かなのだろうけれども。

 

 だが次元と──そう一口に言っても、実際には複数ある。

 というか、一口で言うから含意が広くなる。

 

 真っ先に思いついたのは、外神の智慧にある“次元”の概念。

 この世界の構造──世界を外から見た場合の話だ。

 

 しかしそれにしたって、同じく“次元”という言葉で括られる概念は多い。

 外神の智慧の中に限ってなお──人類が物理学や魔術理論などで扱う“次元”という言葉、その意味するところを排してなお。

 

 外神の視点からすると。

 同一時間軸上の層的別次元の話なのか、多時間軸の話なのか、全く別の世界の話なのか、それらの更に“外”の話なのか。その判別がつかない。

 

 層的別次元は、謂わば同じ本の中の重なった紙。

 紙一枚に記されているのは“宇宙”だ。無数の星、無数の生物種、無数の文化を内包している。

 

 それぞれが交わることはなく、しかし稀に、その間を行き来できる存在がいる。次元を彷徨うもの辺りがそうだ。

 アトラク=ナクアの次元超越糸は、ページ間を渡る力を持つ。などなど。

 

 

 多時間軸は、本で例えるなら同じ作品の版違い。

 物によっては誤字修整程度の差異しか無く、物によっては内容が全く違うこともある。

 

 平行世界、なんて言われることもある。

 旧支配上位、ハスター辺りなら、ここまでは干渉出来るかもしれない。作り出したり、消し去ることも。

 

 

 別世界は、シリーズからして違う別作品。

 登場人物も展開も世界観もまるで違う。書かれている言葉、用いられる論理、本自体の形状や形態に至るまでが異なって当然。

 

 ティンダロスの猟犬が棲まう尖鋭な時間はここだ。

 基本的に別作品同士での行き来はあり得ないが、ごく稀に、別の時間や古い時間──つまり「版違い」や「同じページの前の行」に行く過程で、その端に触れることがある。

 

 移動方法が間違っていたり、移動をしくじると、不必要な接触をしてしまうわけだ。

 

 本同士は必ずしも整然と並んで隔離されているわけではないのだろう。

 何をしても触れ合わない世界同士もあれば、ちょっとした魔術で触れてしまうこともあるほどに混然としている。

 

 摩擦の実験の如く、ページ同士を互い違いに噛み合わせた本同士もあるかもしれない。

 

 そして、その更に“外”。

 本を取り、ページを繰り、時に内容を書き換えることもあるのが“外なる神々”である。

 

 宇宙の外。

 次元の外。

 時間の外。

 

 世界の外に、彼らは居る。

 

 フィリップの視座もまた、そこに在る。

 

 無数の本と閲覧者たちのいる図書館の夢を見ているモノの話は、まあ、いいだろう。

 本であり図書館であり閲覧者たちそのものである、全にして一なるモノの話も。

 

 ──こんな話を剣師龍にしたところで、「何言ってんだコイツ」と片付けられそうではあるし、そもそも答えが得られるか、得られたところで正しいかは微妙なところだ。

 

 だから自分で考えるしかないが──ヴォイドキャリアは一応、三次元世界(本の中)に収まっている。

 外神真体のように、現れた瞬間に世界が崩壊するということがない。

 

 つまり本の中に記述されているだけの代物であり、シルヴァの言葉のまま文字通り“穴”のようなモノだとしても、破壊上限は本一冊だろう。

 

 ページに空いた穴。最大でも本に空いた穴。

 ⋯⋯だとすると。

 

 「⋯⋯」

 

 フィリップはじっと、宝石のような剣を見つめる。

 薄い刃の更に縁、黒い線を、じっと。

 

 ()()()()()で、ゆらり、となにかが動いた気がした。

 剣の向こうでなく、泥人形の動きでなく、刃を縁取る黒い線の中に。なにかが揺らいだような。

 

 「⋯⋯⋯⋯」

 

 フィリップは深々と溜息を吐いた。

 

 刃は、刃だ。

 宝石のような剣とはいえ、琥珀のように内側になにかが閉じ込められているなんてことはない。それは見れば分かる。

 

 極めて細い黒いライン。

 刃を真っ直ぐに見ても、見えるのはそれだけだ。「奥」も「向こう」もありはしない。

 

 「⋯⋯どうした?」

 

 手にした魔剣の刃をじっと見つめて黙り込んだフィリップに、泥人形は不審そうに声を掛ける。

 

 存在しない表情が読み取れそうな、感情のよく乗った声だ。

 

 「⋯⋯いや。今日は僕を気絶させるなって言い含めてた」

 「アホ。知性はねえと⋯⋯ああいや、お前がぶっ倒れた後に話したんだったか」

 

 フィリップの誤魔化しは、泥人形には簡単に通じた。

 元より相手は化け物だ。人間の思考や行動を疑う必要がないのだろう。

 

 互いが互いに分からない話をするという不毛な展開には、幸いにしてならなかった。

 

 「まあいい。今のお前に必要なのは理屈じゃねえ。取り敢えずは励起の安定化と魔力制御から。そいつを手に馴染ませ、手をそいつに馴染ませるところからだ。──構えろ」

 

 泥人形は手にしていた木の枝を中段に構える。──フィリップの顔へ突きつけるように。

 

 「取り敢えずの目標は()()に一撃、即時戦闘不能級のいいやつを当てること。お前の成長曲線次第だが、まあ、二年もあれば足りるだろう」

 「そこまでの猶予はないんだけど……」

 

 フィリップたち、というか、王国と帝国、延いては人類陣営が魔王征伐開始までに設定した猶予期間は三カ月。

 それまでにイライザを強化し、王国北部の“グスタフ”を相手に対王龍の感触を確かめる必要がある。

 

 二年もの時間はない。

 

 というか──二年?

 

 剣師龍本体ではなくそのパペット相手とはいえ、ミナより上手の剣士相手に、フィリップが会心の一撃を入れるのに、()()()()()

 

 なんとも過大な評価をされたものだ。

 

 「ちなみに、ヴォイドキャリアの能力解放が上手く行ったら?」

 「ふむ。まあそれ目的だしな。詠唱は待ってやるが、ぶっ倒れた後のケアは手前らでやれよ」

 

 フィリップは背後を振り返り、遠くで見守っているルキアとステラを見遣る。

 

 声を張らなければ届かない距離だが、二人が安心させるようにしっかりと頷いたのは見えた。

 

 「⋯⋯なんか出てきた時の対処は任せてもいいってこと?」

 「あ? あぁ⋯⋯まあ、お前が変なところを斬りそうになったら、昨日と同じく投げ飛ばして止めてやるよ」

 

 泥人形の言葉に少しばかり怯みつつ、フィリップは宝石のような直剣を──直剣のような宝石を正眼に構えた。

 

 ヴォイドキャリアの限界が何処かは、取り敢えず後で考えればいい。

 目の前の泥人形を斬り伏せるのに、次元ごと切り裂く必要は無いのだから。

 

 

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