なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 翌日──訓練開始から五日目の午後に、待ち侘びた助っ人がやってきた。

 或いは、注文した荷物が漸く届いた、と言ってもいい。

 

 荷物サイドとしても、やっとか、という思いだ。

 風属性聖痕者に捕まって──もとい、掴まって、いくら海面から高く跳ねるシャチとはいえど未経験の高度を飛行するのは、あまり長々と浸りたい体験ではないし。

 

 何より、所有者の側を離れ続けるのは、存在意義を果たせないことと同義。“生きた楽器”としては、それだけで望ましくない状況だ。

 剰え()()()()()()()()発声を制限された状態でとあっては、自己研鑽すら出来ないのだから。

 

 やっとだ、と小さくない解放感に包まれながら山を登り、持ち前の身体性能で風属性聖痕者を遠く置き去りにして登頂したアンテノーラだったが、出迎えたのはフィリップではなかった。

 呼び出した本人にして彼女の所有者であるフィリップではなく──顔のない泥の人形だった。

 

 「プロメテウスの配下じゃねえか。謀反を許すとは、相変わらず甘っちょろい奴だ。その上、制裁すら追い付かんとは」

 

 愉快気な声に反して、泥人形は無造作な棒立ちだ。

 人形遣いは魔術的な感覚でアンテノーラを観察し、声の通りの反応をしているのだろうが、その通りにパペットを操ることまではしないらしい。

 

 「声を縛られた人魚が足を生やして山に、ねえ」

 

 揶揄うような声に、無感動な、しかし冷たい視線が返される。

 発話制限の首輪を千切れば──アンテノーラの膂力なら簡単だ──言い返すことも出来るが、その必要は感じなかった。

 

 別に、後々なにか困るとかではない。

 剣師龍のパペットと対峙して身の危険を感じたとでも言えば、アンテノーラという魔物の書類上の監督責任者であるフィリップが、監督の不備で叱られるようなこともないだろう。

 

 ただ、彼女は自らの存在意義を妨げる首輪を、ある一点で気に入っていた。

 

 それは──外す瞬間だ。

 正確には、フィリップの手で外される瞬間。

 

 袖から舞台に出たときの、期待と興奮を込めた津波のような拍手を思い出す。或いは、一度幕を下ろした後の、アンコールを望むスタンディングオベーションを。

 

 楽器としての自分を、自分の音楽を必要とされる実感。

 存在を許され、望まれ、求められる──世界に言祝がれ、抱きしめられているような安心感と高揚を覚える。

 

 満足感、充足感と言ってもいい。

 「歌え」とただ命じられるのもいいが、これはこれで味があるのだ。

 

 「何故、人類に味方する? 基本、お前たちは陸のことには無関心だろう?」

 

 無関心──というか、無関係だ。

 単純な面積比で7:3、深度も考えれば何十倍という空間比。陸地の争いなど──地上の覇者が誰かなど、海生生物たちには微塵の興味も齎さない。

 

 だからまあ、剣師龍の問い自体──疑問自体は尤もなものだ。

 人魚の中でも邪法、というか、御伽噺の悪役が使う「黒魔術」の類による人化。内陸部での活動。発話制限の首輪を受け入れてまで人間に寄る。剣師龍とて初めて目にする人魚の挙動だった。

 

 アンテノーラは答えない。

 答える必要もないし、物理的に答えられない。彼女がもう少し優しければ、或いは数十万年生きた王龍に対して敬意を持っていれば、どうにか意思疎通を試みたかもしれないが、その手立てを考えることすらしない。

 

 そして剣師龍も、彼女に友好的というわけではなかった。

 

 「俺は自己強化魔術ありきの強さを、そいつの強さとは思わない。自己強化魔術自体は、一つの能力であり一つの強さなんだろうが──(こす)い、という感情が強い」

 

 嫌悪──とまでは行かないが、表情のない泥の塊越しにでも、剣師龍の否定的なスタンスははっきりと感じられる。

 

 対して、アンテノーラは言葉にも悪感情にも、何ら反応を示さない。

 外面的にも、内心に於いても。

 

 剣師龍の批評などどうでもいいし、彼女の本領──本分は、魔術による後方支援などではない。

 強化魔術によるフィリップの強化は、あくまで副次的なものだ。主目的は歌を、至上の音楽を捧げること。

 

 魔術による強化は邪道だ、と言われても、「あっそう。で、その意見と私に何の関係が?」と首を捻るくらいには、彼女は自身の存在意義に忠実だった。

 

 「あいつがヴォイドキャリアの反動を強化で押さえ込むのなら、まあ、それは好きにすればいい。それなら俺から教えることは何もねえし、何より興醒めだ。あいつへの師事はここで終わりとする」

 

 言うだけ言って、泥人形の輪郭はどろりと溶けた。

 「お前から小僧に伝えておけ」と、最後に言い残して。

 

 「──と、このように言われましたわ。如何いたしましょう、所有者様」

 「うーん、どう、と言われてもねえ」

 

 取り敢えずは一行と合流したアンテノーラは、皆の揃ったタイミングで剣師龍との会話を共有した。

 

 「あ、あの、それって私はどうなるのでしょうか……?」

 「さあ?」

 

 二人目の、或いは一人目と言ってもいい当事者であるイライザは、当然の疑問を投げる。

 しかしアンテノーラの答えはにべもない。

 

 泥人形との会話中、彼女は所有者の弟子のことなど一度も思い出さなかった。というか、視界には入っていたものの、今ようやく彼女の存在を認知したレベルだ。

 

 所有者様、という呼び方に興味を持ったのか、ノアの顔に好奇心が浮かび、視線がフィリップに向く。

 それを何ら気にすることなく、楽器の所有者は別の方に視線を向けた。

 

 「どうしましょう、殿下」

 

 ふむ、とステラは顎に手を遣って黙考する。

 剣師龍を説得してもう一度指導を乞う、という選択肢もないではない。アンテノーラの“歌”という、決してメリットばかりではないドーピングを使わない選択肢は、それなりに有意だ。

 

 逆に、剣師龍の言う通り、ここで切り上げる選択肢もある。

 

 一応、現段階でもどうすればいいかの道筋は立っている。

 フィリップはヴォイドキャリアの能力解放後に最低限度の戦闘行動が可能なように。イライザは疑似熾翼による魔術補助の割合を下げ、聖剣をオートメーションでなくマニュアルで使えるように。

 

 剣師龍が初めに、訓練の指針として挙げたものだ。

 

 何が課題でどうすればいいのかが分かっているのなら、師匠はもう用済み──とはならない。

 そんなことになるのなら、この世から指導者という存在は絶滅するだろう。

 

 フィリップもイライザも、一を聞けば十を知り、ついでに四則演算から微積分まで理解するような天才ではない。

 一から十を教わり、四則演算から微積分を丁寧に教わってなお、個々の問題で常に全問正解することだって出来はしない、ただの凡人だ。

 

 目的地は見えている。指針もある。しかし、どこかで必ず躓く。

 それが鍛錬の蓄積でどうにかなるものであれば、或いは魔王戦までにクリアできるかもしれない。しかし熟練者の助言なしに突破できないような“壁”であったのなら、そこで詰みだ。

 

 リスクはある。

 だが──リミットもある。

 

 タイムリミット。差し当たっては二週間で“グスタフ”を倒し、あとはなるべく早く、魔王真体へ辿り着くこと。

 

 剣師龍の訓練は確かに、たった一日どころか、ほんの数秒で課題と解決策を提示するほどに高度な知見に基づいていて、時間を重ねるほどに強くなれるのは間違いない。

 

 魔王征伐遠征の道程を思えば、この場に於ける最適解とは──剣師龍に頼ることではない。

 

 「結局のところ、道中──それなりに長い暗黒大陸の道中、私たちは互いで互いを鍛えるしかない。そう考えると、私たちが二人を鍛えられるようになっておくべきだろう」

 「ですね。魔剣使用後の魔力欠乏を補助魔術で誤魔化すなら、あとの問題は勇者ちゃんの聖剣コントロールだけですし」

 

 ステラの言に、ノアがあっさりと頷く。

 他の面々はそう簡単に決めていいのか悩んではいるものの、即座に口を衝くほどの否定や反論もないようだ。

 

 厳密にはフィリップは魔剣使用後に召喚術を使える状態で待機したいので、まだクリアではないのだが──それに関しては、剣師龍の下で訓練しようが、開き直って王都でゴロゴロしていようが、どうせ達成できない。魔力量や生成能力は、訓練でどうにかなるものではない。

 

 それでもヴォイドキャリアの機能を──機序を考えるのなら、魔力欠乏下でも剣筋が鈍らない程度にはなっておくべきだ。

 剣師龍が言ったように──既に指針を示してくれたように、絶不調に慣れるという方法で。

 

 加えて、アンテノーラが何らかの理由で傍にいない場合も想定しておくべきだろう。

 それでもやはり、剣師龍の存在は必須ではない。

 

 「僕はまあ、一人でも訓練自体は出来ます。結局、あとは反復だけですから」

 

 それはイライザの方も同じだ。

 本人も勿論のことながら、先生役もそれは理解している。

 

 「ここに居ようが居まいが、勇者ちゃんに魔力操作を教えるのってあたしですしねー」

 「お、お手数をおかけします⋯⋯」

 

 億劫そうなノアに、イライザは恐縮して頭を下げた。

 聖痕者レベルの魔力操作精度と、他人に流しても即座に神経系に重篤な問題を引き起こさない魔力性質を兼ね備えるのは彼女だけだ。

 

 イライザの成長は必要不可欠であり、つまり彼女の指導も必要なことなのだからグチグチ言うなと思わなくもない。

 ルキアはそれを美しからぬ行いだと思うし、ステラは単なる無駄口である上にイライザを畏縮させる不毛な行為だと判じ、ヘレナも指導者として不適切な振る舞いだと見做す。

 

 その上で、三人は彼女に同情的だった。

 しんどいだろうね、わかる。でもがんばれ、君しか適切な人員が居ないんだ、と。

 

 「すみません。僕が逆鱗に触れたみたいになっちゃって……」

 「謝る必要は無いわ。逆鱗の位置なんて、誰にも分からなかったもの」

 

 神妙に頭を下げるフィリップ。

 剣師龍の性癖──もとい、思考は読みようがなかったにしても、自分の行動で今後の行動プランを大きく修正することになったわけだ。流石のフィリップも申し訳ないという思いはある。

 

 ルキアは慰めるように微笑みかけたが、アンテノーラは不満そうに溜息を吐いた。

 「適当にボコって言うことを聞かせればいいのに」とでも言いたげだが、口にはしない辺り、フィリップの意思を尊重してくれるらしい。今回のところは。

 

 「っていうか、言ってなかったっけ? 言って……ないか。一応は戦術のことだもんね」

 「どうでしたっけねえ……。というかイライザの疑似熾翼だって補助といえば補助だと思うんですけど」

 

 面倒臭そうに言うノアに、フィリップも溜息交じりに返す。

 実際面倒臭いといえば面倒臭いし、ボコって言うことを聞かせてしまえと思わなくもないが、いま邪神を使おうものなら勇者パーティー全滅だ。

 

 流石にそれは無い選択肢だし──化け物の決めたことだ。

 フィリップはそれを覆そうと思わないし、ステラもそうだ。そしてステラの判断はつまり、この場に居る全員の判断だった。

 

 「……そういえば、王龍にも逆鱗はあるのかしら?」

 

 場を和ませようというヘレナの心遣いに、幾人かがくすりと小さな笑いを零した。

 

 「んんっ」

 

 弛緩した空気を、控えめな咳払いが適度に引き締める。

 一同の注目を集めたステラは、全員の顔を見てから口を開いた。

 

 「我々はこれより下山し、二週間後を予定として王国北部の王龍“グスタフ”生息域へ向かう」

 

 静かながら厳かな声に、各々は気を引き締めて頷く。

 

 ただフィリップだけは、一瞬だが眉根を寄せていた。

 「誰それ?」とか「何故?」とでも言いそうな顔に、幸い、気付いた者はいない。ルキアやアンテノーラも含めて。

 

 皆がステラの方を見ていたからというのもあるが、すぐに「あぁ」と納得した表情になったのもある。そういえば、と納得したように。

 

 誰だっけ、だし、なんで、でもある。

 挙句のそういえば、だ。

 

 そういえばそいつは──自分を九割九分殺した挙句に持ち物を全損させた王龍は、ブチ殺してバラバラにすると決めていた。

 怒りや復讐心などとうに忘れたが、龍貶しの代替品を作る素材にするために必要なことだ。

 

 「目的はあくまで力量と戦術の確認だ。仮にヴォイドキャリアと聖剣が抜群の効果を発揮したとしても、絶対にとどめは刺さないように」

 

 そもそもそんなことが可能なのだろうかと各々薄っすらと考えつつも、揃って頷く。

 約一名、「一旦帰って再出撃するの面倒臭いなあ。ハスター辺りを適当に派遣しちゃダメかなあ」とか舐めたことを考えながら、「はーい」と気の抜けた返事をしたのもいる。

 

 それから一行は荷物を纏め、野営の跡を出来る限り消して山を下りはじめた。

 昼食前まで訓練をしていたフィリップとイライザの足取りは重く、ついさっきアンテノーラを連れて帰ってきたばかりのヘレナはもう限界といった風情で、行軍速度は来た時よりもずっと遅い。

 

 肉体的な疲労だけでなく、精神的に落ち込んでいるのもあるだろう。

 誰もが無言で、神妙な顔を俯けて山道を歩いている。

 

 じき山麓、木立を抜ければ街が見えるところまで下りた時だった。

 ふとノアが足を止め、隊列が止まる。ひいこら言いながら後ろをついていたフィリップは、最後尾のアンテノーラにリュックを引かれて止まった。

 

 未だに魔力が回復しきっていないフィリップは、前を歩くルキアが足を止めたことに気付いておらず、激突する寸前だった。

 後ろから荷物を持ち上げて負担を減らしつつ転倒や滑落を防いでいた便利な“楽器”が居なければ、そのままぶつかっていただろう。

 

 フィリップが何事かと振り返ると、アンテノーラより先に、地面から立ち上がった歪なヒトガタの方が目に付いた。

 

 「……なに?」

 「見送りだよ」

 

 肩で息をしながらの問いに、愉快そうな笑いの成分を含んだ端的な答えが返る。

 

 「気が変わったら戻って来い。お前には多少の興味があるし、教えの途中で放り出すのは微妙に引っ掛かるからな」

 「変わんないよ。“歌”無しで王龍と対面するのは、それはイコール自殺だからね」

 

 僅かに息を荒らげ、フィリップは草臥れた口ぶりで返す。

 剣師龍の意外な面倒見の良さ、或いは責任感の強さに微塵も興味が湧かない程度には、体力の消耗が激しかった。

 

 「最近の人間は臆病になったな。生身で龍と対峙するのは勇士の常だったんだが」

 

 泥人形は揶揄でなく、本当に残念そうに言う。

 ブレス一発で九割方死んだフィリップにしてみれば「何を馬鹿な」と言いたいところだが──実際、生身で龍に挑んだ人間は知っている。

 

 先代もそうだし、今代の衛士団長も、衛士たちもそうだ。

 彼らに比べれば、フィリップは本当に臆病だろう。勿論、フィリップは彼らより肉体的に弱く、錬金術製の防具を身に付けてもいないけれど──そんなのは誤差だ。

 

 生身の人間など、王龍は一息で蒸発させられる。

 肉体の強弱、防具の有無、年齢や研鑽歴、才能と努力。そんな人間というカテゴリ内での醜い争いは、王龍と比した時には何の意味も無くなる。

 

 「大陸北部に棲んでる灰色の王龍。あれに僕らは勝てると思う?」

 「あん? 大陸の北……そいつのことは知らんが、俺が知らんってことは大した個体じゃあない。ヴォイドキャリアの真髄を解放した上で負けたら、呆れを通り越して笑えるな」

 

 射程無限、無条件の絶対切断攻撃。

 そりゃあ確かに、まず負けはしないだろう強力な攻撃手段ではあるけれど──フィリップはそれを使いこなしているとは言えない状態だった。

 

 フィリップは疲れの見える溜息のような苦笑を零し、泥人形に背を向けて歩き出した。

 アンテノーラが再びリュックを持ち上げて後ろをついていく。

 

 泥人形はどろりと溶けて消え、一行はフィリップに後ろから促されるようにして再び行軍を始めた。

 

 しかしすぐに半ばが止まり、列からはみ出したイライザが後ろを──山頂の方を振り返った。

 

 「ありがとうございました! 短い間でしたが有意義な時間でした!」

 

 ノアの魔力を流し込まれ続けたイライザの体内は酷く傷つき、顔は土気色で声も掠れている。

 しかし荷物を置いて深々と頭を下げる姿勢は、弱々しくも折り目正しかった。

 

 泥人形はもう現れなかったが、きっと声は届いただろう。

 後ろのステラに促されるように荷物を背負い、イライザもまた歩き始める。

 

 斯くして──勇者強化計画は中途半端に終わった。

 

 しかし、怒りや無念を抱いている者は、実のところアンテノーラだけだった。

 

 勇者強化計画の中断は、剣師龍というバケモノの気分で成立していた計画が、バケモノの気分によって破綻したという、ある意味当然の帰結だ。

 

 皆がそれを理解している。

 今まで見えていなかった目的地への道筋が見えた分、有意義な一週間だったと評せる。

 

 何なら二週間後にあった、「期限だから山を下りる」と言い張るフィリップと、「まだヴォイドキャリアを使いこなせていないから下ろさない」と立ちはだかる剣師龍の争いが無くなった分、穏当な終わりだ。

 

 剣師龍の拘り、或いは逆鱗は、王龍自身を含めた皆を守ることとなった。

 

 




 キャンペーンシナリオ『なんか一人だけ世界観が違う』
 シナリオ30 『勇者強化計画』 達成率20%

 技能成長:使用技能に妥当な量の成長を与える。剣師龍に直接指導を受けた技能は倍の成長率となる。

 特記事項:これ以降、魔剣『ヴォイドキャリア』の能力解放が可能。


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