なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
シナリオ31 『試闘、王龍グスタフ』 開始です
必須技能は各種戦闘系技能です。
【回避】必須の即死攻撃、【回避】不可能な広範囲攻撃への対策が必要となります。
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勇者強化計画の中断は、剣師龍というバケモノの気分で成立していた計画が、バケモノの気分によって破綻したという、ある意味当然のものだった。
誰もそれを責めはしない。
むしろ、今まで見えていなかった目的地への道筋が見えた分、有意義な一週間だったと評せる。
一週間前までは、誰もがそう思っていた。
「いや三週間フルでやって、王龍をブチ殺して山を下りた方が良かったね。僕のこの感じだと」
一行は帝国を離れ、王国北部の“グスタフ”生息域を目指している道中だった。
日が大きく傾き、今は道程の六割あたりの地点で野営中だ。小高い丘の頂上付近にキャンプを置いている。
フィリップは日課となっているヴォイドキャリアの能力解放を撃ち、的にした丘の斜面を確認して嘆息した。
「浅いし狭いし……。アンテノーラ、ちょっと普通に斬ってみてよ」
丘の高さは4メートルほどで、的にしたのは中でも急斜面な殆ど壁のようになった部分だ。
過去に地すべりがあったようで、縞模様の粘土質が露出している。
そこに刻まれた横一文字の斬線は、とても綺麗なものだったが──確かに浅く、狭い。
両端が浅く中心部が深い弧状の爪痕、その幅およそ1メートル。最も深い部分が、表面から約60センチ。
壁面に対する破壊率が何パーセントか、計算する気にもならない浅い傷だった。
「はい、所有者様」
「……っと」
傍で奏でられていた補助魔術が止み、フィリップは自分の体重を支えられなくなって座り込んだ。
脱力感を筋力強化で誤魔化し、眩暈や吐き気を疲労をも癒す上位回復で補ったとしても、魔力自体が補充されるわけではない。
魔力欠乏は依然としてあり、補助が無くなれば症状は覿面に現れる。
アンテノーラは心配そうに──と素直に評するには引っかかる程度に期待を滲ませて寄ってくるが、フィリップは期待には応えず、ヴォイドキャリアの柄を差し出した。
「歌はもういいよ。今日分の時間は使い切ったし、これ以上は殿下に叱られる」
「……はい」
“楽器”は不満そうに竪琴を魔力へ解いて消し去り、代わりに主人の剣を恭しく受け取る。
そして言われた通り、未だ残る斬撃痕の少し上あたりを斬った。
所有者の意図を完璧に汲んだ一撃は、フィリップとよく似たフォームで、よく似た斬撃線を刻んでいる。
体格や身体性能が違う分、全く同じとは行かないが──同じ武器を使ったのだろうと、初見でも分かりそうなくらいには似ていた。
「……終わったか?」
「あぁ、はい、ちょうど」
座り込んだまま二つの斬撃痕をぼーっと見つめていると、いつからか背後に居たステラに声を掛けられる。
身体を傾けて空を仰ぐように後ろを見ると、ステラだけでなくヘレナもいた。
「学院長?」
珍しいな、とフィリップは意外そうに眉を上げる。
ヘレナはあまりフィリップに近付かない──というと語弊があるか。仲が悪いわけでも互いに隔意があるわけでもないが、この数週間、フィリップとルキアとステラ、イライザとノアとヘレナというグループがなんとなく出来上がっていたから、久々に話したような感覚だ。
「私も、いいかしら?」
「え? あぁ、はい」
何がとも言わなかったが、フィリップは簡単に意図を察してアンテノーラに目配せする。
楽器は当然のように意図を汲み、持ったままだった魔剣をヘレナに差し出した。
「無刃にて無尽を断つ、魔剣ヴォイドキャリア……」
詠唱と共に魔力が流し込まれるのを、ステラとアンテノーラは魔力視界で見ていた。
フィリップはかったるそうな顔で──というか事実、先の一発で魔力欠乏になっているので、脱力感や倦怠感に襲われながら、魔剣を持ったヘレナをぼーっと眺めている。
ややあって、怪訝そうな顔をしたのはアンテノーラ一人。
ステラは「まあそうだろうな」と頷き、フィリップはぼけっとした顔のままだ。
「……駄目ね、やっぱり」
ヘレナの手には、依然として濃紺色の宝石のような直剣があった。
能力解放状態の“無”でなく、通常時の──詠唱前と何ら変わりない実体のまま。
「……カーター君の方も、相変わらず?」
「相変わらずどころか……ああいや、相変わらずといえばまあそうかもですね」
誤魔化すような照れ笑いを浮かべたヘレナは、魔剣をアンテノーラに返しながら尋ねる。
問われたのは傍にいるアンテノーラだったが、答えたのはフィリップだった。
「えっと……?」
「相変わらずどころか下がってると言いたかったんですけど、「相変わらず下がり続けている」という意味なら、まあそうかなって」
剣師龍の山を下りて以来、フィリップは一つの問題を抱えていた。
フィリップはというか、ヴォイドキャリアがというか。
下がっているのだ。
この超常の魔剣の性能が──厳密には、能力解放攻撃時の破壊範囲が。
剣師龍の山に居た時の次元云々は一旦無視するにしても、下山の翌日は範囲も深度も十メートルくらいあった。
勿論、それは対1000メートル級の王龍に於いては掠り傷程度のものであることは承知の上で、これから手に馴染ませて拡大していこうと思っていた。
しかし日を経るごとに範囲も深度も小さくなっていき、一週間後、つまり今日は、もはや通常の斬撃レベルまで落ち込んだ。
「成功率は?」
「そっちはホントに変わらず、ちゃんと振れるラインでちゃんと振れば、失敗はしませんね」
この一週間で分かったことは他にもある。
攻撃が必ず成功するとは限らない──能力解放して振ったところで、何も斬れないことがあるのは剣師龍の山で判明している。斬り方を知らないものは斬れないと、その時に教わった。
しかし、ただの木や斜面なんかの物理的で普通の標的相手でも失敗することがあり、それは既に、聖痕者たちの観察と検証によって理由まで判明している。
斬り方を知らないわけでもないのに失敗する──空振りに終わる場合でも、問題点は変わらない。
ヴォイドキャリアの能力解放は、大まかに二段階に分けられる。
斬線の設定と、斬線のトレースだ。
斬る位置を定め、斬るように虚無を振るう。
感覚的には、剣一本分の細い隙間に刃を通し、壁にぶつからないよう素振りをするようなもの。
途中で剣が寝たりして刃が立たなければ、その部分には斬撃が生じない。“隙間”から外れた分も同じく。
実体のない、殆どイメージだけの剣で素振りをして刃を立て続けるのは難しいが、蛇腹剣という精密な身体操作を要する武器を使っていただけあって、フィリップには素養があった。
時折ミス──不発もあるが、その場合でも「今のはズレたな」と感覚的に分かる。
非実体化した剣をきちんと振れた場合で、攻撃自体が不発することはない。
問題はやはり、威力の低下にあった。
「恐らくだけど、慣れとイメージの問題じゃないかしら。新しい魔術を組み上げるとき、偶に似たようなことがあるわ」
ヘレナの推論に、フィリップだけでなくステラも目を向けて先を待つ。
「カーター君は魔剣に魔力を流して起動した時点で、細かいことを考えられなくなるでしょう? その状態でも慣れた通りに剣を振れるだけの訓練が、逆に照準に制限をかけている⋯⋯慣れた通りに攻撃しようとしているんじゃないかと思うのよ」
「⋯⋯つまり、無意識に通常の剣で可能な攻撃範囲を設定していると?」
魔力欠乏でぼんやりしているフィリップに代わり、ステラが端的に換言して確認する。
ヘレナは首肯し、更に続けた。
「魔剣は見えなくなって伸びたわけではなく、消えている──剣の振り方、身体の動かし方だけが参照されて攻撃に反映される。まあこれも仮定だけど⋯⋯検証として一度、蛇腹剣を持っているつもりで振ってみたらどうかしら?」
「⋯⋯いい案だが、試すのは明日だな」
本当ならこういう話を、
ステラは極めて真っ当にそう憂い、そして極めて真っ当に、その感情を心中から消し去った。後悔したところで何の利にもならないのだからと。
殆ど思考の回っていないフィリップは「なんか難しい話してるなあ」と、二人の話をぼんやり聞き流している。
全てではない。
最低限度、最も重要な部分はきちんと理解している。
つまり──威力の低下はこの辺りが下限ということだ。
最も恐れるべき、避けるべきは最終的に能力解放ができなくなることだったが、どうやらそれはないと。
だったら別に構わない。
剣師龍のように一閃で100メートルの斬線を刻むなんてことは出来ずとも、目的は達成できる。
王龍の存在格を落とすのに必要なのは深手ではなく、「人間に傷付けられた」という事実。一撃で翼を斬り落とす必要はなく、爪先を整える程度の傷で事足りるのだ。
⋯⋯いやまあ、欲を言うなら、やっぱり飛行能力は奪っておきたいけれど。
剣師龍に会った時の、あの「どうしようもなさ」は未だに覚えている。
逆を返せば、ヴォイドキャリアの能力解放を抜きにすれば、人間は王龍の爪を欠けさせることさえ出来ないのだから。
能力解放した聖剣は半分魔術。故に王龍の圧倒的な耐性に阻まれて霧散する。
聖痕者の魔術も同じだ。工夫して直接的な攻撃を避けたとしても、やはり耐性や鱗に守られた王龍に傷をつけるのは難しい。
王龍が棒立ち──ただ飛んでいるだけでも、かなり厳しい戦いになる。
ましてや敵と見做され、攻撃などされたら。
「……最近見れてなかったですけど、イライザの方はどうですか?」
フィリップは沈みそうになった思考を切り替えるべく、話題を変えることにした。
「順調といえば順調だ。魔力操作の精度はお前と同じくらいか、少し下くらいにはなったな」
語るステラに不満の色は見えない。満足そうということもないが、現状で不満や不安があるほどではないようだ。
ノアは「ゴミカスがゴミかカスぐらいにはなったね」とか言っていたが──当然ヘレナに叱られていたが──要求水準にはまだまだ足りない。
だが訓練期間を考えれば素晴らしい成長率だ。
あとは成長上限が要求水準を上回っていることを願うばかりと言ったところ。
「取り敢えず、今日のところはどちらも終わりだ。アルシェが呼んでいたぞ」
「ノア聖下が? あー、今日の食事係ってノア聖下と僕でしたね、そういえば」
どっこいせとばかりの鈍重な動きで立ち上がり、アンテノーラから受け取った魔剣を鞘に納めると、フィリップは重い荷物でも背負っているような足取りで歩き出した。
「ルキアが代わろうかと言っていたが」
「大丈夫です。順化訓練の一環ですよ」
順化、つまり慣れるための負荷だ。
魔剣使用後の絶不調状態で剣師龍のパペットと打ち合っていた──ボコボコに転がされていた頃を思えば、かなり生ぬるい適応訓練ではあるけれど。
そう思って苦笑したフィリップに、ステラは揶揄うような笑みを向けた。
「そう言って、塩を袋半分も鍋に流し込んだのは何日前だ?」
「あー、じゃあ下処理担当に回ります」
「刃物を持つ気か?」
「魔剣よりは危なくないはずですし」
のそのそと歩くフィリップにステラが歩調を合わせ、二人は談笑しながらキャンプの方へ戻っていく。
アンテノーラはすぐに続き、ヘレナはのんびりと続いた。
「あと三日もすれば“グスタフ”の生息域だっていうのに、全く、心強いわね」
一応は独り言ではなく話しかけたつもりだったのだが、アンテノーラはヘレナの言に応えないどころか一瞥もせずフィリップの後を追う。
いいパーティーね、という独り言もアンテノーラの耳には届いたが、やはり返事はなかった。