なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 グスタフと呼ばれる王龍は、新たな寝床の中で静かに眠っていた。

 

 半径3キロ、最深600メートルという極大の破壊痕の中で身体を丸め、静かに寝息を立てている。

 クレーターの外縁からその様を見れば、全長50メートルを超す翼ある爬虫類も、なんだか可愛らしく思えてくるのが面白い。

 

 遠目に見る分には可愛いですね、とのほほんと内心を口にしたフィリップに同意してくれたのはイライザだけで、他は何とも言えない表情で沈黙していたけれど。

 頼もしいと好意的に解釈したルキアは微笑しているが、ノアは「こいつ目ェ腐ってるよ」とばかり眉根を寄せ、ややあって納得したように溜息を吐いた。

 

 魔力が見えないフィリップは、ノアにしてみれば本当に目が腐っているに等しい──視力が無いに等しい。

 

 「……魔力が見えないことを羨ましいと思ったのは、剣師龍の時に次いで二度目だわ」

 

 ヘレナの草臥れたような口ぶりからは、言葉通りの羨ましさは感じられない。

 しかし元とはいえ生徒に皮肉を言うタイプでもないので、本当にそういう思いはあるのだろう。少なくとも心の片隅か、一瞬過った程度には。

 

 「龍の周囲……いえ、クレーターのほぼ全域に莫大な魔力が渦巻いている。並の魔術師なら傍にいるだけで酔うでしょうね。フィリップ、乗り物酔いをしたことは?」

 「前はありましたね。あんな感じかあ……ルキアたちは平気なんですか?」

 

 ルキアに問われ、フィリップは逆に心配そうに訊き返す。

 極端なまでの前傾姿勢で走る拍奪を使う中で、フィリップの三半規管やバランス感覚は相当に強靭になっている。

 

 今はもう馬でも馬車でも船でもアンテノーラでも酔うことは無いが、不調を来した記憶は薄ぼんやりとあった。

 

 「今のところは、って感じかな。クレーターに降りても大丈夫かは不明だけど」

 

 魔力視を使って検分していたノアが先んじて答えると、ルキアも同意するように頷く。 

 

 「ここから撃ってみますか? ヴォイドキャリアなり、『明けの明星』なり」

 「ヴォイドキャリアは分からんが、『明けの明星』は微妙だろうな。この魔力密度に魔力量、渦を貫くのは可能だろうが、王龍の耐性と物理防御まで貫けるかどうか。相当に減衰するのは間違いない」

 

 うーん、と揃って首を捻る中、果敢にもイライザがすっと手を挙げて発言の許可を乞う。

 ステラが頷けば、はい、と行儀のよい返事の後。

 

 「私とマルケル聖下が飛んで、上から撃ってみるのは如何でしょうか?」

 「魔力はクレーターに沿うように溜まっているから、確かに上下には薄い。一案ではあるな」

 「問題は火力不足ね。私もウィレットさんも……?」

 

 問題点を語るヘレナの前にすっと差し出されたのは、濃紺色の宝石のような棒。

 フレデリカ製の鞘に納められた魔剣の柄である。

 

 怪訝そうに向けられた視線に、フィリップは自信ありげな頷きを返した。

 

 「これを魔術で撃ち出しましょう」

 

 さも名案でしょうと言わんばかりの表情と声色に、ステラは胡乱な視線を向ける。

 

 「……ヴォイドキャリアによる間接的な攻撃で存在格の隔絶が剝がれるかどうかは試していないが、まあ、検証すべきかもしれないな。ただ問題は、それをやったあと、その重要無比な武器をどうやって回収するのかだ」

 「あぁ……」

 

 存在格ガードを剥がしたら、次は聖痕者たちによる最上級魔術の絨毯爆撃だ。

 ヴォイドキャリアは万物溶解液(アルカエスト)にすら耐える不可思議なまでの耐久性を誇るが、重量は2キロくらいしかない。

 

 魔術砲撃に巻き込まれて粉々に、とはならないだろうけれど、十中八九どっか行く。

 どこまで吹っ飛ぶか分かったものではないし、後から大捜索するのも面倒だ。万一見つからなかったらと思うと苦笑しか浮かばなかった。

 

 「取り敢えず“渦”を歩いて突破できるかどうか試してみますか?」

 「酔うって、歩けないほど酷いんですか?」

 

 魔力は基本的に、そのままの状態で物理的な影響力は持たない。

 どれほど激しく渦巻いていようと、どれほど大量に溜まっていようと、人間の侵入を物理的に押し留める力はない。

 

 だから酔うにしても、根性でどうにかなる程度であれば、じゃあ我慢して突っ切ろうという選択肢がある。

 

 聖痕者相手に「じゃあ根性見せて」と言えるかといえば、フィリップは全然余裕で言えるタイプだ。ノア相手なら何なら煽りまで入れるだろう。

 

 実際、フィリップは魔力酔いの症状が嘔吐程度で済むのなら「ふーん、まあ我慢してください」と流すつもりだったが、しかし。

 

 「今あたしたちは王龍を刺激しないよう、体内の魔力活動を制限してる。この状態で入ったらまあ酔う……最悪、魔術を使えないところまで弱る」

 

 ノアの答えにはフィリップも唸るしかない。

 

 流石にそれは許容できない弱体化だ。

 フィリップがというか、普通に戦術的に在り得ない選択肢。ステラだけでなく、誰も選ばない。

 

 腹を据えて根性で押し通るという道は、だから、無くなったわけだが──。

 

 「……問題ないくらいまで魔力を活性化させると?」

 「群れてる魔物に目くじら立てて辺り一帯吹き飛ばすような奴が、どの辺までは許してくれるかの賭けが始まる」

 

 ちょっと楽しそうなノアに苦笑しつつ、あぁそうか、とフィリップは眉根を寄せて考え込んだ。

 

 王龍は強い。恐らくこの星で生まれた生物の中では最強の種だ。

 人間なんか歯牙にもかけない、目を留めることすら稀なほどに、両者の戦力は隔絶している。

 

 サイズ感だって全然違う。

 50メートル規模の“グスタフ”にしてみれば、人間なんか手のひらに乗る虫みたいなものだ。蟻とまでは言わないが、叩き落して踏み潰すのに何ら苦労はないサイズ。

 

 一息で周囲三キロを抉り飛ばす、怪物の中の怪物。

 

 記憶がないとはいえ巻き込まれて死にかけたフィリップは、殆ど前提のように、自分たちを取るに足らないモノだと認識していた。

 フィリップにとってそうであるように、王龍もまた同じように認識するだろうと認識していた。

 

 フィリップの“臭い”に反応されない限り、のこのこ歩いて近寄って行っても、何なら素手でぺちぺち殴るくらいまでやっても敵対されないのではないか、と。

 勿論、敵対に至らない、ハエを払う程度の動作が人間には十二分に即死域の攻撃になるけれど。

 

 しかし、そういえば、だ。

 

 そういえば王龍は、魔物の群れにそこそこ本気で当たっていた。

 周囲一帯消し飛ばすブレスをぶっ放す程度には。

 

 魔力を全開にした聖痕者四人と、魔物の群れ。果たしてどちらの魔力規模が上か──どちらの方が王龍の気に障るか。

 

 中々分の悪い賭けになりそうな気がする。

 

 「ヴォイドキャリアがピンポイントじゃなく、直線攻撃だったら“道”を作れたかもしれないんですけど……いや、そういう風に斬線を設定すれば或いは……?」

 

 設定すればと言っても、じゃあ、と出来るものではないけれど。

 少なくとも今のフィリップに、そんな非常識的なイメージは出来ない。

 

 いや非常識的なモノは山のように知っているのだが、人間の弱さや限界というものもまた痛いほどに知っている弱者としては、斬撃が100メートル向こうに届くイメージをするのも相当厳しかった。

 

 剣師龍に斬撃飛ばしを教わっていれば或いはと言ったところだが、時既に遅し。

 自力で習得するにしても、「魔剣を持っている」という認識込みで、「剣の一振りが3キロぐらい真っ直ぐ切り裂く」というイメージを固め、その通りに剣を振る必要がある。

 

 まあ無理だ。

 要は剣師龍の斬撃飛ばしを、理論と動きの習得自体はするようなものなのだから。フィジカルが足りず再現は出来ないにしても。

 

 或いは“歌”で上位吸血鬼レベルの能力を獲得し、ミナの馬鹿げた剣術をイメージして想像力の枷を取り払うにしても、やはり、やり方が分からないことはやりようがない。

 

 「流石に待てないぞ」とステラは一応言っておく程度の口ぶりで釘を刺す。

 「ですよね」と頷くフィリップも、勿論それは分かっていた。

 

 「ま、いいじゃないですか。取り敢えず一旦様子見がてら、一発賭けをしてみましょう」

 「賭けはともかく、確かに、程度を見てみない事には机上論にしかならないものね」

 

 言い出しっぺのノアに、意外にもルキアが続いてクレーターの縁へ近寄る。

 かなり広範囲を抉った破壊痕だけあって傾斜は緩く、崩落していない場所なら長い坂道のように難なく歩いて降りられそうだ。

 

 遠くで丸くなっているドラゴンは豆粒のようだが、全長50メートル超の巨大生物だけあって、動きは大雑把にだが把握できる。

 

 その一挙一動を注視する。

 あれが翼を広げたら、顔がこちらに向いたら、それとも視線が向いたら? どうなったら不味いのだろうか。

 

 危険を示す動きは今一つ判然としないが、予備動作があるのなら防御を間に合わせる自信が二人にはある。

 

 淀みのように滞留した魔力を、二人は体内の魔力を活性化して押し退けながら、一歩、クレーターへと踏み入った。

 

 「……」

 

 ……反応はない。

 一行は顔を見合わせ、それぞれ荷物を確認して二人に続く。荷物と言っても、フィリップのヴォイドキャリアと、あとは救急キットくらいのものだが。

 

 トコトコと歩を進めること数分。

 どさどさ、と重い音が連続して、先頭を歩いていた二人は振り返った。

 

 「え、ちょっと、大丈夫?」

 「フィリップ?」

 

 ノアとルキアが目にしたのは、倒れ伏すフィリップとイライザ、そして二人に駆け寄るステラとヘレナの姿だった。

 

 地面を抉った荒い坂道に躓いて転んだのかと思ったが、どうもそういう風情ではない。明らかに受け身が無く、顔、というか、胸から倒れているような恰好だ。

 腕はだらりと体の横に流れている。普通に、咄嗟に手をつこうとすればそうはならないはず。

 

 何より、二人とも起き上がらない。

 ステラとヘレナが抱き起して猶、ぐったりと脱力している。駆け寄ると、二人とも顔を土気色にして失神しており、イライザは転倒した時にぶつけたのか鼻血まで流していた。

 

 ルキアがはっと息を呑み、ヘレナは咄嗟にステラの顔を窺う。

 そして一瞬の後、有無を言わせぬ命令が下った。

 

 「撤退! クレーターの外に出ろ!」

 

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