なんか一人だけ世界観が違う   作:志生野柱

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 2キロって長いな、とフィリップはぼんやりと思った。

 

 治癒もあって深手とは決して言えないまでも、手傷を負わされた王龍はかなり苛立っている。

 人間相手とは思えないほど明らかな敵意を宿した双眸は、主にルキアに、時折フィリップに向けられるが、魔術の照準は視線上だけに限らない。

 

 敵意の具現は七割が地上の聖痕者たちに、二割がフィリップとアンテノーラに、一割が上空のヘレナとイライザに向く。

 本気度としては当然ルキアたちが最上で、フィリップは逃げているぶんマシというか後回し、飛行チームは相変わらず鬱陶しい羽虫くらいの対応だ。

 

 人間をバラバラにするどころか、石造りの城壁だってバラバラにしそうな攻撃が弾幕となって押し寄せ、漆黒の球体に弾かれたり、概念の炎に燃やされて消える。

 火力本隊の方はずっとそんな有様で、フィリップはかなり安(・)堵(・)していた。

 

 破裂音と爆発音、熱気や突風が入り混じって背中を押すが、フィリップはちらりと振り返ってすぐに視線を前方へ戻す。

 それらは全て、ルキアたちがいまだ健在である報せに過ぎない。

 

 聖痕者たちの反撃は辛うじて龍の自己治癒を遅らせ、特に翼膜に集中させることで飛行を阻止しているが、しかし、それ以上のダメージはなさそうだ。

 恐らく一日中続けたところで王龍は殺せないだろう。

 

 だったら早く逃げなければ。

 

 今回の目的は王龍の討伐ではない。

 これはあくまでテストであって、「ヴォイドキャリアは効く、存在格の隔絶を剥がせば聖痕者の魔術もある程度通じる」と判明した時点でクリアだ。

 

 まあ確認項目が幾つか抜けてはいるが、欲張っていい相手ではない。

 イライザには聖剣への完全な習熟が求められるが、それは後だ。

 

 「──、──!」

 

 前だけを見て走るフィリップの頭上から、何やら声が降ってくる。

 距離と、人外の速度帯ゆえに耳元で吹き荒ぶ風のせいで判然としないが、どうも「逃げて」のようなことを言っている風に聞こえたフィリップは、呆れた溜息を吐きたい気分だった。そんな余分な空気はないが。

 

 そりゃあ上空からは遅く見えるだろうけれども、これでも“歌”で魔力欠乏を誤魔化しながらの全速力で、今まさに逃げている最中だ、と空を睨み──もはや慣れ始めた爆音と爆風が背中を打った。

 

 「やば──っ!」

 

 聖痕者に注力している王龍の片手間の魔術攻撃が、どうやらフィリップたちの100メートルほど後ろに着弾したらしい。

 地表がめくれ上がり、人間よりも大きな岩の塊になって吹っ飛んでくるのが見えた。

 

 「くっ──!」

 

 フィリップは身を投げ出して伏せ、とにかく頭を守った。

 

 頭部が無事なら即死はない。

 そして即死でさえ無ければ、アンテノーラの“単独七重唱(ぜんりょく)”でどうにかできる。

 

 だが。

 

 頭どころじゃあない。

 全身がぺしゃんこになるサイズ、重量だ。着弾の衝撃で身体が破裂しそうなほど。いやまあ頭蓋さえ破裂しなければギリギリどうにかなるのかもしれないけれども。

 

 とにかく即死級の攻撃であることは間違いない。

 

 死んだなあ、と思った。

 ルキアたちは王龍の敵意が集中していて防御で手一杯、援護には期待できない。かと言って自力でどうにかしようにも、どうにか出来そうなヴォイドキャリアは魔力が無ければ鋭利な剣でしかない。

 

 流石のアンテノーラも、1トンくらいありそうな岩塊の、雨のような掃射の間を縫ってフィリップを助け出すのは不可能だろう。

 

 強烈な衝撃を浴び、フィリップは派手に吹き飛んで転がった。

 

 「ぐぇっ……」

 

 地面を転がると、ごつごつした土や岩で肌が傷付いていくのが分かる。

 背中を打って肺から空気が押し出される感覚には慣れていたが、それでも反射的に息を吸うと、乾いた砂煙が喉に引っ掛かった。

 

 ……どうやら生きているらしい。

 フィリップを吹き飛ばしたのは硬い岩ではなく、それよりちょっとだけマシな空気の壁だった。

 

 「──、──!」

 

 頭を打ったのか甲高い耳鳴りが幕のように聴覚を妨害する。

 その向こうに叫び声が聞こえたが、内容までは分からなかった。

 

 よろよろと立ち上がったフィリップは、再び襲い掛かってきた爆風に煽られて吹き飛ぶ。

 また地面をごろごろと転がりながら、湧き上がった「もういいかな」という苛立ち混じりの諦観を頑張って吞み込んだ。

 

 “歌”のおかげで、浅い擦り傷以上の怪我はない。

 回転する視界の中で、王龍の攻撃に能力解放した聖剣をブチ当てて防ぎ止めるイライザと、その鈍重な一撃ではカバーしきれない弾幕を防いだり逸らしたりするヘレナが見えた。

 

 流石にちょっと、「もういいか」と全部丸ごと焼き尽くすのは躊躇われる。

 

 フィリップはのそのそと起き上がり、また起き攻めがこないことを確認して──王龍の敵意の大きさからして、さっきのは狙ってのことではないだろうけれど──再び走り出した。

 

 あと十数秒でクレーターの縁だ。

 ちらと視線を遣れば、漆黒の球体もかなり外縁部に近い位置にある。攻防の隙を見て後退出来ているのは流石、聖痕者が三人も居るだけはある。

 

 砂礫混じりの風に押されるようにしてクレーターを転がり出ると、ちょうどルキアたちも陥没跡を脱したところだった。

 最後にイライザとヘレナがフィリップたちの側に舞い降り、全員が王龍から三キロは離れたことになる。

 

 追撃は──ない。

 

 ルキアたちの攻撃が止まったことで王龍の自己治癒は加速し、既に完了しているようだが、飛び立つ様子はなかった。

 再び身体を丸め、眠る姿勢を見せている。

 

 そのことに安堵や納得を覚えたのはフィリップだけで、イライザとヘレナはむしろ戦慄していた。

 

 「……あんなに攻撃したのに、まさか追っても来ないなんてね」

 「私たちは……追いかけて殺すまでもない、脅威として認められていない、ということですよね……」

 

 小さな点になった王龍をじっと見つめ、声を震わせる二人。

 フィリップはその背に冷めた視線を送りながら、そっとアンテノーラに身を寄せて囁いた。

 

 「あいつ、僕と君に反応してたよね」

 「所有者様の“臭い”は御自覚の通りですし、私にも魔王の加護や契約による魔力残滓はありますから、当然の反応ではありませんこと?」

 「いやそうなんだけど、反応した上で──僕らが何者か分かった上で、それでも「追って殺すまでもない」って判断したってことなのかな?」

 

 所有者の疑問に、生きた楽器は小さく首を傾げた。

 

 「私はともかくとして、所有者様の素性を悟ったのなら妥当な反応では? いえ、普通なら逃げ出すか、絶望して死を乞うのでしょうけれど」

 「…………まあ強くは否定できないね」

 

 言いたいことは色々あったが、上手く言語化出来なかったフィリップは呑み込まざるを得なかった。

 もう少し頭が回っていれば、文句の一つでも思い浮かんだ──反論は思いつかなかった──だろうけれど、残念ながら魔力欠乏は未だ治らない。魔力の生産能力が低いせいだ。

 

 戦域を離脱したことで“歌”も終わり、誤魔化していた脱力と倦怠感が全身に圧し掛かった。

 

 どっこいせとばかり地面に座り込んで待つこと数分。

 クレーターの縁をぐるりと回り込んで、ルキアたちが合流した。

 

 「あっ! も、申し訳ありません! 私たちがそちらに移動すべきでした!」

 

 慌てて頭を下げるイライザに、ステラが鷹揚に手を振る。

 

 「構わない。私たちはだいぶ余力があるからな」

 「フィリップ、大丈夫? 途中転がっていたけれど、怪我は?」

 「全然平気ですよ。“歌”のおかげで軽傷でしたし、すぐに治りましたから」

 

 膝をついて心配そうに目を細めるルキアに、フィリップは努めて笑顔を作ってみせた。

 “歌”が無かったら全身がバキバキに折れているくらいには吹き飛んで転がったから、彼女に心配をかけたことは理解できた。

 

 まあその後で普通に立って普通に走っていたのだから大丈夫なのは分かっていただろうと思わなくもないが、かなり距離があったし、彼女たちも王龍の攻撃の七割を防ぎながら後退していたのだ。

 遠くの遊撃隊の状況をつぶさに把握できていなくても無理もない。

 

 「そう、よね。……無事で良かったわ」

 

 ルキアの腕が伸び、フィリップを胸に抱き寄せる。

 掻き抱いて存在を確かめるような手つきだったが、浅い呼吸と早鐘を打つ心臓に気付いたフィリップには、むしろ縋るような抱擁に思えて、そっと背中を撫でた。

 

 抱きしめる力が少し強くなったが、呼吸は深くゆっくりと落ち着いていき、鼓動は聴き心地の良いものへと変わっていく。

 

 甘い匂いに思考を鈍らせるフィリップの背を、誰かがばしばしと叩いた。

 抱擁を止めようというよりは、背中についていた土や砂を払っているようだ。手つきからしてノアらしい。

 

 「あたしは正直、あんたが何回か死んだかと思ったよ。けど、いやあ……どうにかなるもんだね。なんにもしてないけど」

 「まあ、ちょっとちょっかいをかけて、慌てて逃げ出した格好だからな」

 「ぐえ……。はいはい、先輩にお譲りします」

 

 どっこいせとばかりの疲れた動きでフィリップの後ろに腰を下ろし、背中合わせに凭れかかったノアだったが、ステラに蹴られてのそのそと場所を譲る。

 

 彼女もまた背中合わせに座って体重を預けたが、それきり何も言わず、目を瞑って静かに息をしていた。

 

 「接近途中でぴたって止まったの、なんで? いや、王龍があんたを警戒してたみたいだから正解だったわけだけど、よく気付けたね?」

 「……こいつはどうも、野生動物の類に嫌われやすいんだ」

 

 ルキアに抱きしめられたままモゴモゴと言い返したフィリップの言葉を、ステラが苦笑交じりに伝言する。変わらず目は閉じたまま。

 

 ノアは「あぁ、それでデコイ」と思い出したように頷いた後、しばらく思案してから再び口を開いた。

 

 「直掩に誰か付けますか? それか勇者ちゃんとマルケル先輩のチームと一緒に行動させるとか? この際、聖剣をメインプランに据えるのは止めた方がいいと思うんですよね」

 「今(・)の(・)聖剣は、そうだな」

 

 ステラの声は静かだった。

 後輩の懸念と案を理解して受け止め、その上での却下であることが伝わる。

 

 彼女の言わんとするところはノアも分かっている。

 今の聖剣はイライザではなく、その外付け補助装置が勝手に使っているようなもので、最大の威力を発揮できていない。……少なくとも剣師龍はそう言っていた。

 

 だからまだまだ発展途上で、これから強くなるという期待は持てるけれど、期待込みのプランニングが通用するような相手ではない。

 そんな生温い相手ではないことが、今回分かった。

 

 「……先輩、なんか聖剣に拘ってません? いやまあ確かに、使ったらこんなになる武器に頼るのはアレですけど」

 

 ぎゅうぎゅうとルキアに抱き着いている──正確にはルキアに抱きしめられているのだが──様を揶揄うようなノアだが、実際のところ、彼女が見ているのはフィリップの魔力だった。

 

 大幅に減った上に、回復速度が物凄く遅い。

 ルキアの傍にいると殊更にそう感じる。最上級魔術を連発しつつ王龍の攻撃を防いでいた彼女は、既に完全回復しているのだから。

 

 「じきに分かるだろう。……恐らく一週間以内には」

 

 だろう。恐らく。

 曖昧な言葉のはずなのにやけに断定的な口ぶりに、ノアは怪訝そうに眉根を寄せた。

 

 

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