なんか一人だけ世界観が違う 作:志生野柱
護衛部隊が待機している町に辿り着くと、勇者一行は盛大に歓迎された。
ボコボコにされて帰ってきた──いや一撃でも喰らったら終わりだったので、ギリギリ「ボコボコにされて」はいないけれど──追い払われる虫のように何もできないまま帰ってきたという認識のフィリップとしては、困惑してしまうほど盛大に。
護衛部隊が待っていたのはそこそこ大きな街で、まあまあ立派な石の防壁が聳えている。
街道を真っ直ぐに歩いてきた一行を城壁上の衛兵が見つけて報告したらしく、様子が分かるくらい接近した時には、既に勇者と聖痕者と、ついでに“龍狩りの英雄”を一目見ようと押し掛けた住人たちが、衛兵や護衛部隊に整理されているところだった。
街の入り口に詰めかけた住民は、遠目だが200人くらいはいる。
近づくほどに歓声が大きくなり、フィリップの目は胡乱になっていく。
「……僕たち、実はもう魔王を倒してたりします?」
「王龍に挑んで一人も欠けずに、というか、負傷者ゼロで帰ってきたんだよ? あれが正しい反応なんだって」
「ちなみに、魔王を倒したときはこの100倍は凄いわよ」
ノアの正論に、ヘレナが懐かしむように言い添える。
経験者は語る──という奴だろうか。
魔王真体がたぶんとんでもなく強いことは今回のテストで察しが付くが、その化身は如何ほどなのか。
いやそもそも、経験者が生きていること自体が凄いけれど。
「ふむ……なるほど?」
歓声をよくよく聞いてみれば、なるほど、勇者や聖痕者や英雄の力を讃えると同時に、魔王討伐への期待が込められている。
魔王を倒してくれとか、きっと出来るとか、死なないでとか、色々。
それはそれで、今から魔王征伐に旅立つような気分になるが──まだちょっと気が早い。
「…………」
兵士が群衆を押さえて開けた道は、方々から視線と歓声が飛んできて居心地が悪い。……なんて思っているのは、カチコチに固まった歩き姿を晒すイライザだけだろう。
先頭を歩くステラは堂々としていて、特に意識していないだろうが、群衆を睥睨する様には上位者としての威厳が滲んでいる。
ルキアも似たようなものだが、彼女は群衆にほとんど意識を向けていない。ただ歩いているだけの姿にも気品があって美しいが、他者への興味が微塵も感じられなかった。
逆にヘレナとノアは気さくな様子で、時折歓声に応えるように手を振ったり笑顔を向けたりしている。
フィリップはにこにこと柔らかで友好的な笑みを浮かべるノアを、奇妙そうな半笑いで見つめていた。
「治安維持ってのは威嚇だけじゃ務まらないの」
「予防的戦力は大変ですねえ」
「ね。敵も“敵予備軍”も、全部殺しゃあいいのにさ」
「ねー」
市民に好かれるお巡りさんのように親しみやすい笑顔のまま、殲滅用戦力は物騒に囁く。
フィリップは「これだよこれこれ」とばかりに笑顔を浮かべるが、漏れ聞こえていたステラは呆れ顔だった。
「あいつとお前を組ませて領地経営なんて出来るのかという心配が、私の中で濃くなっているんだが」
「宰相の次女の教育をお疑いかしら」
ルキアの返しに、宰相の優秀さをよく知る第一王女はうーん、と少し悩み。
「……人格?」
結構強めの暴言が飛び出た。
「殺さないであげるから、その疑いは捨てられるわね」
「疑いではなくなったかもな」
花道のように賑わう大通りを歩き、目的地である今夜の宿を目指していると、ふとステラが足を緩めてフィリップを呼んだ。
ノアとヘレナと喋っていたフィリップはトコトコと歩調を速めて寄っていき、彼女が視線で示す先を見遣る。
と、群衆のなかに一際目立つ、黒い二人組がいた。
片や長身痩躯を簡素なカソックで包む、珍しい浅黒い肌と漆黒の髪を持つ神父。
静かな微笑を湛える美貌は、周囲の女性ばかりではなく男までもを魅了し視線を集めている。
片や女性的魅力に溢れた肢体をゴシックな喪服で彩った、黄金とも白銀ともつかない月光色の髪の美女。
顔はレースのヴェールに隠されて判然としないものの、喪服越しにも分かる妖艶な肢体と気品のある立ち姿で、こちらも男性ばかりではなく女性の視線をも絡め取っていた。
群衆の中で埋没せず、むしろ聖痕者たちと同じかそれ以上に視線を集めている──二柱の人外。
「おぉ、あの神父めちゃくちゃカッコいいね」
「あ、師匠の知り合いの方です! 王都の教会にお勤めで、女性の方もものすごくお綺麗なんですよ!」
「うわホント。先輩方も飛び抜けてるけど、更にその上ってホントに人間かって感じだよね」
声を弾ませるノアとイライザの会話を背後に聞きながら、フィリップは顔を引き攣らせた。
「⋯⋯お前が呼んだわけではなさそうだな」
「勿論。……ちょっと行ってきます」
相手次第では「僕が呼ぶわけないだろ」とでも吐き捨てていそうなフィリップだが、マザーが居る時点で、あの二人は確実にフィリップを理由に動いている。
ナイ神父だけなら、或いはなにか面白いこと──人類が面白いことになるとか、地球が面白いことになるとか──を理由に行動している可能性もあったけれど。
つまり、呼んだにしろ呼んでいないにしろ、原因の一つとしてフィリップの存在ないし行動があることは間違いないのだ。
ステラは二柱の性格の違いなど知らないので、邪神の化身がいる=フィリップ絡みの何かしらという等式が、彼女の中では確たるものになっていた。
「……後で話がある。今日中に私の部屋に来るように」
「はーい……」
怒られを確信したフィリップはとぼとぼと肩を落として列を離れる。
特に怒るつもりのなかったステラは呼び止めてまで解くべき誤解か暫し勘案したが、マザーに抱きしめられて顔を蕩けさせているフィリップに眉を上げ、放っておくことにした。
◇
その日の夜。
王龍戦──と言えるほど立派なものではなかったというのが、変わらずフィリップの認識ではあるのだが──とにかく昼間の疲れを仮眠で誤魔化したフィリップは、言いつけ通りにステラの部屋を訪れた。
挨拶もそこそこに対面のソファに掛け、ステラは堂々と背を預けて長い脚を組み、どうやら怒られないらしいと空気感で悟ったフィリップも気楽に姿勢を崩した。
「⋯⋯酷い戦いだったな」
「戦いだったという意識があるのは、たぶん聖痕者組だけですけどね」
少なくとも僕には無い、とフィリップは肩を竦める。
イライザにもあるかもしれないが、師として言わせれば、あれで「戦った」つもりになっているのなら、“指導”に値する。ルキアかノアに現実というものを見せつけて貰うことになるだろう。
あれは「殺されかけた」だけだった。
アンテノーラはまあ、端から戦うつもりなんかなかっただろうから例外だ。
彼女が一番気にしていたのは演奏中に竪琴の調律が狂わないかとか、そんなことだろう。たぶん。
茶々を苦笑で流し、ステラは美貌を凛と引き締める。
つられるように、フィリップも真剣な顔を取り繕った。
「これをされたら終わり、こう出来なければ終わり、こうなったら詰み──そういう状況、分岐点が、事前の戦術構築段階で無数にあった」
「ですね」
まず以て──初手。
人類サイド最強の防御である空間隔離魔術が間に合わない“間”で、つまり先制の一撃として、空間隔離以外で防げない高威力の攻撃が飛んできたら終わりだった。
聖痕者の手元を離れたフィリップの守りは薄く、王龍にとって最上でない片手間の攻撃でも十分に殺せただろう。
飛び上がってブレスを撃てば、以前の破壊範囲に巻き込まれただけの時とは違い、今度こそ“歌”が間に合わないうちに蒸発していたに違いない。
ルキアかステラかノアか、三人のうち二人が──彼女たちの防御、もしくはフィリップの援護を担う誰かが少しでも判断を遅らせれば、王龍の蠅を払うような魔術がベタ足の剣士一匹を焼却していた。
あれくらいなら大丈夫だろうという過信でも、王龍の咆哮に耳を塞ぐ数秒でも、強大な生き物の殺気への恐怖でも。
誰だって陥るような小さな過誤一つが、誰かを殺していた。自分自身か、もしくは仲間を。
聖痕者ほど重要な要素ではなかったフィリップだって、勢い任せに、或いは銃のテストをするためにと突っ込んでいたら、外神の臭いを嫌った王龍を本気にさせていたかもしれない。
「そして我々は、それら
ノーミスだった。
初めから最後まで。
これは無理だと、やめようという判断のタイミングまで完璧だった。
決して王龍を本気にすることなく、しかし本気の片鱗くらいは見た上で──ある程度の情報は掴んだうえでの、無傷での撤退が叶った。
人間を片手間に殺せる化け物は、その片手間を厭って追撃を掛けなかった。
あれはとても──都合が良かった。
良すぎるほどに。不自然なほどに。
ステラは僅かに首を傾げ、眼前の友人に疑うような目つきを向けた。
「お前が何かしたのか? 或いは異常な存在の介入に心当たりは?」
問われたフィリップはぴくりと肩を上げ、ふるふると頭を振る。
あるわけないじゃんと言わんばかりの否定っぷりだが、その自信は何処から来るのかとステラは眉根を寄せた。
今回の結果は、相当な低確率の下で実現している。
幸運と、幸運と、幸運と──いや、たった一つの不運すらも介在しない、好都合すぎる結果だ。
「秘密裏の介入、時空間や運命の操作、そういったものも何一つなかったと? まあ、あったからなんだという話ではあるが」
ステラは馴染み深い諦観を滲ませて頭を振る。
落ち込んだように落とされた肩には無力感が窺えた。
対して、フィリップは「まあそうですねえ」とのんびりと頷いている。
実際、外神による運命干渉の類があったところで、それは人間にはどうしようもないことだ。その上での“現実”を受け入れることしか出来ない。
認知すらできない。
書き換えられた文字がそれを厭うことも、書き手に反発することもありはしないのだから。
しかし、だ。
フィリップにはその蔑視と諦観以上に、もっと大きな確信があった。
「でも──僕は
なんでもない事のように言い切るフィリップの自信満々さに、ステラはちょっとこれは良くないのではと眉を顰める。
やや親近感を覚えるような、命じる側としての心構えは
命令無しに最悪なことをするとびきりの無能と、命令無しに最高の結果を持ってくるとびきり優秀な者とを。
後者をどれだけうまく使いこなせるかは支配者の器としてかなり重要な──いやまあこれは追々教育しようと、ステラは一瞬の思考を打ち切った。
「命令なしに、或いはお前の意に反して動く存在もいるだろう? お前の敵になる邪神だっているのだから」
「いやまあ居ることは居るんですけど。何なら僕が完全に制御してるのは……、……?」
いち、にい、と脳裏に数えて、「あれ?」とフィリップは首を傾げた。
クトゥグアは別に制御しているわけではないし、何なら召喚術式の時点でヤマンソが出てくる危険がある。
ハスターは普通に賢くて話が通じるから命令に従うが、特に魔術的な制御下に置いているわけではない。
外神に関しては、そもそも好き勝手に動いている。
命じれば従うのかと言えば、まあ内容と場合によるといったところか。
大抵のことは外神にとってどうでもいいことで、取るに足らないことだから、抵抗も呵責もなく従うだろう。
ただトルネンブラに「音楽をやめろ」とか、ナイアーラトテップに「僕を煽るな」とか言ったところで聞き入れるとは思えない。
ゼロかもな、とフィリップは思い至り、何とも言えない気持ちになった。
まあ“魔王の寵児”に牙を剥くような馬鹿が早々居るとも思えないので、取り敢えずヨシとして。
「ともかく、今回のはただ運が良かっただけですよ」
諦めたように緩く笑いながら、フィリップは静かにそう言った。
……そしてまた、自分の言葉に引っ掛かった。
「イヤ運が良かったから生き残っただけなのは不味いんですけどね! 実力で生き残れないと!」
「そうだな。まだまだ課題点は多い」
まさか魔王真体を前にして「どうにかなりますように!」なんて神頼みは通用しまい。
それが通じるなら何千年と魔王戦役をやっていないだろう、人類は──というか、
それからなんやかんやと雑談をすること約半刻。
話が一段落したところで、フィリップはどっこいせとばかり億劫そうに腰を上げた。
「……じゃ、僕ちょっと行ってきますね」
「ん、ああ。十分気を付けるように」
出し抜けに挨拶を落とせば、苦も無く意図を解してくれる。
普段なら流石と笑うところだが、今回ばかりは、フィリップはただ可笑しくて息を漏らした。
「はは。はい、殿下」
手を振って部屋を後にするフィリップは、廊下に出てもまだ薄く笑っている。
気を付けろ、とは。
二人がここにいるのなら、気を付けることなんて何もないだろう。
王龍