病室を退室したシエルは、ギル達と別れて、そのまま支部長室に向かった。
カズマの意識が戻った事を報告する為だ。
「榊支部長、シエル・アランソンです」
ドアのノックをして少し待つと入室の許可が下りた。
「失礼します」
一礼して入ると、部屋には執務用の席に着く榊とソファーに腰を下ろしたソーマが居た。
部屋には榊しかいないと思って居たので、ソーマの存在にシエルは少なからず驚く。
しかし、今は報告が先なので、シエルはすぐにソーマから視線を外した。
「神堂カズマ隊長の意識が戻った事を報告します」
シエルの報告に、榊は元々細い目を笑みで更に細めた。
「ほう、やっとカズマ君の目が醒めたのか」
榊の反応は当然のものだ、とシエルは誇るように頷いた。
と言うのも、現在のカズマは、極東支部の守護神である神薙ユウに勝るとも劣らぬ重要な戦力とされているからだ。感応種との戦闘に限定すれば、カズマは極東支部の切り札と呼ばれる事だってある。
しかし、榊の次の言葉にシエルは自分の耳を疑った。
「では、今から彼を呼んでくれないかい?」
「……は? 今、何と」
シエルの聞き返した声には、若干の苛立ちが含まれていた。
それはそうだろう。カズマは一週間という長い眠りからようやく醒めたばかりで、まだ本調子ではない。
そんな病み上がりの人間に何をさせようと言うのだ。事と次第によっては━━
シエルが感じていた苛立ちが殺気となって漏れ始めた時、ソーマはソファーから立ち上がって、背後からシエルの肩を叩いた。
「落ち着け」
不意に肩を叩かれて、シエルはビクリッと肩を震わせた。
我に帰ったシエルは、気まずそうに咳払いをした。
だが、それで気が治まった訳ではない。若干の非難の色を混ぜた眼で榊を見据える。
「カズマ隊長はまだ目覚めたばかりです。現場の復帰にはまだ時間がかかる筈ですが、それでもあの人をここに呼びますか?」
シエルに問いかけられた榊は、バツが悪そうに自分の頬を掻きながら答える。
「うん、カズマ君の状態は重々承知している。その上で彼に出頭命令を出すのだから罪悪感は凄く感じている。だがね、事態は急を要するんだ」
榊の言葉に引っ掛かりを覚えて、シエルは冷静に尋ねる。
「お言葉ですが榊支部長、騎士型アラガミは学術都市を占拠したこと以外にはまだ大きな活動を行っておりません。まだ事を急ぐ必要は無いのでは? 仮に急ぐ必要があったとしてもカズマ隊長ではなく、私達のみで事に当たる訳にはいかないのですか?」
シエルの言葉はもっともだ。
榊としても、カズマにはあまり無理をさせたくはない。できることなら今から長期の休暇を取らせて万全の状態に戻してから現場復帰をさせてやりたい。
だが、それができないのには訳があるのだ。
「訳は俺が説明する」
シエルの後方で静観していたソーマが口を開いた。
シエルはそちらに向き直る。
「先日、フェンリル本部からゴッドイーターの援軍の申し出があった」
「?」
シエルは意味が分からず、思わず首を傾げた。
本部から支援の申し出があるのなら、ますます事を急ぐ必要が無い。
ソーマは話を続ける。
「こいつがただの支援の申し出なら何も問題は無いんだがな、支援の代表者に問題がある」
「誰ですか?」
「グレゴリー・ド・グレムスロワだ」
「グレム元局長ですか!?」
シエルは思わず驚きの声をあげた。
グレゴリー・ド・グレムスロワ。かつてブラッド隊が所属していた、フェンリル極地化開発技術局局長である。
フライアにて発生したクーデターで、グレム元局長の管理能力が問われ査問会で厳しく追求されていた。その結果、彼の地位は剥奪され、返り咲く事は二度と無いだろうと言われていた。
だからシエルは、ここでグレムの名を聞くとは思わなかったのだ。
「な、何故、あの人が」
「さあな、大方賄賂だとかで返り咲いたんだろ。あのジジイは金だけはあるからな」
かつて、グレムの人命を無視した無謀な作戦のせいで死にそうになった事を思い出して、シエルは嫌な予感を感じていた。
「ヤツは支援の条件としてキュウビのコアを要求してきやがった。もしコアを渡したら、あの守銭奴の事だ、コアを独占して法外な値段を付けるだろう。それに、コアを用いた技術を開発したら間違いなく特許を取得する筈だ。そんなことしたら、研究するたびに莫大な費用がかかるし、開発が出来ても今度は特許料を払わなきゃならん。そうしたら、開発も普及も遅れてアラガミの犠牲者は増えるばかりだ」
自分の利益のためだけに人類全体の足を引っ張る。あまりにも馬鹿げた話にシエルは目眩を覚えた。
「そう言うわけだ」
シエルは目眩のため数歩よろめき、頭痛を堪えるように頭を押さえて俯いた。そして、ショルダーホルスターに仕舞ってある拳銃を抜いて、滅茶苦茶に乱射したい衝動に駆られる。
しかし、その衝動は今まで培ってきた鋼の理性でなんとか押さえ込んだ。
「あ、あのっ、あの人は……一体何なのですか」
「「金の亡者」」
怒りを抑えて、絞り出す様に出したシエルの言葉に、榊とソーマがハモりながら答えた。
(分かっています。ただ、私は別の言葉が欲しかっただけです)
シエルが目眩から立ち直ったのを見計らって、今度は榊が説明する。
「一応、本部からの申し出って事になっているから、無下に扱えないんだけど、本部はカズマ君の不在にかこつけて支援を申し出ているから、彼が戦線に復帰出来れば支援を断る理由にはなるんだ。私がカズマ君の復帰を急がせる理由を分かって貰えたかな?」
「はい」
「ならよかった。実を言うとね、援軍のゴッドイーターの中に不穏な名前があったから受け入れたくなかったと言うのも理由の一つなんだ」
「不穏な名前、ですか?」
榊の言葉に引っ掛かり、シエルは聞き返した。
それに対して、榊は一瞬話すかどうか迷ったが、話題を変える様に姿勢を正した。
「シエル君はゴッドイーターの頂点に立つのが誰だか分かるかな?」
「NO LIFEというコードネームの女性であるということだけは知っています」
NO LIFE。それは三年前にゴッドイーターとして入隊して以来、常に前線に立ち続け、単独でディアウス・ピター三体の同時討伐や新兵を率いてアマテラスを撃破させるなどの伝説的な功績を残し、ゴッドイーターとしては異例の准将まで登り詰めた女傑。
しかし、ここまで華々しい活躍をしていても性別以外の情報は一切不明である。そして、フェンリルの士官の不審死には必ずNO LIFEの名前が関わり、その空いた席には当然の様に彼女が就く。故に、神薙ユウや神堂カズマを陽の英雄とするならば、NOLIFEは陰の英雄。それも、黒い噂が絶えず、他のゴッドイーター達には最大級の厄ネタとして扱われる程の陰の英雄だ。
「そのNO LIFEが援軍の中に含まれていたんだ。正直な所、彼女をここに迎え入れるくらいならアラガミを迎え入れた方がましだと思っている」
「榊支部長は彼女について何かご存知なのですか?」
「知っているとも。私はこれでもフェンリルの幹部役員だからね」
言って、榊は狐みたいな細い目を閉じて、嫌な事を思い出す様に言った。
「歳は21歳。過去に偵察隊の非正規部隊に所属していた経歴を持っている。灰色の髪と隻眼が特徴で、名前は神堂アズサだ」
「!?」
シエルは、今日で一番の驚きを見せた。
それもその筈、神堂の姓はブラッドの隊長であるカズマの姓でもあるからだ。