この日に投稿出来た時点で僕のクリスマスはお察しである。
それは一瞬の出来事だった。
アーサーが両肘を地面に叩きつけて、その反動で一息で立ち上がり、捕食形態になっていたカズマの神機に噛み付いたのは。
「なっ━━」
カズマに油断は無かった。彼はアーサーが立ち上がる事は想定していた。ただ、アーサーの回復速度、立ち上がる早さ、そして神機の捕食、それら全てがカズマの予想を上回ったのだ。
不測の出来事に常人ならば驚愕で動きを止めてしまうが、カズマはすぐに反応して、押し退けるような前蹴りを放ってアーサーを引き離そうとした。
しかし、相手はアラガミ。カズマの蹴りにビクともせず、再生しつつある真っ赤な複眼を向けてきた。
この時、カズマはすぐに神機から手を離してアーサーから距離を取らなければならなかったが、蛇に睨まれた蛙の様に体が思うように動かず、動作が遅れてしまった。
アラガミとの近接戦闘において、その一瞬の隙は致命的なミスだった。
カズマはアーサーの必殺の反撃を覚悟して歯を喰い縛った。だが、この窮地を助ける者がいた。それは、ナナだ。
「うぉりゃあああああ!!」
彼女は気合いの入った掛け声と共に、ナナがブースターを吹かせたハンマー型の神機をアーサーに横殴りに叩きつけた。
未だに再生途中であるアーサーに大質量のハンマーの衝撃を受け止める事は出来ず、彼の身る体はトラックに撥ね飛ばされたかの様に五メートルも飛び、木の幹に叩き付けられた。その際に噛みついたカズマの神機を離さなかったのは、これだけの衝撃を与えてもアーサーにダメージを与えるに至らなかったと言うことだ。
結果としてカズマはアーサーに神機を取られたが、必殺の反撃を受けるという最悪の事態は避けられた。
「助かった、ナナ」
「ううん、気にしないで。それよりどうするの? 隊長の神機が盗られちゃったけど……取り返す?」
「いや、無理だな。神機は惜しいが命があってこそだ、ここは退くぞ」
そう言いながら、カズマは懐からスタングレネードを取り出してアーサーの方に放り投げた。
緩やかな弧を描いて投げられたスタングレネードがアーサーの足元に落ちるまでにカズマとナナは逃げの体勢に入った。そして、スタングレネードが地に落ち、大きな爆発音と眩い閃光が炸裂した瞬間に走り出した。
カズマとナナが撤退を始めたのを見て、シエルとギルもすぐに撤退のフォーメーションを組んだ。
シエルはカズマ達の撤退を援護する為にスナイパー型の神機でアーサーを狙撃し、ギルは先行して退路の確保に向かった。
カズマの与えたダメージとシエルの援護により、撤退はスムーズに行われ、カズマ達は風のようにアーサーの前から逃げ去った。
後は先行しているギルと合流してアナグラに帰還すれば本日のミッションは終了となる。森の中を駆け抜けながらカズマは心の中でそう考えていた。
だが、それは何事も無ければ、と言うのが大前提の話で、そして眼前の敵をみすみす逃すほどアーサーは甘くない。
回復の途中であるアーサーは、再生しかけの目で、カズマ達が逃げた方向と太陽を睨み、あらかじめ仕掛けていた罠の発動に取り掛かった。
一方その頃、退路の確保に向かっていたギルは森の中で足を止めていた。
後、百mも走れば森を抜けてジープの停車位置に到達するというのに、ギルは足を止めて見えない何かに警戒するようにしきりに辺りを見回している。
ギルは何か確信があって足を止めているわけではない。ただ、嵐の前の静けさに似た言い様のない予感が彼の足を止めさせていた。
ギルが足を止めてから数分後、カズマ達が合流した。
「どうしたんだ、何か異常があったのか?」
「いや、俺にもよく分からないが、ここから先は進まない方が良い気がしたんだ」
「つまりギルは、勘で足を止めてということか?」
「……すまない」
頭を下げて陳謝するギルを見て、カズマは慌て訂正した。
「あっ、いや、言い方が悪かった。別に責めている訳じゃなくて、ギルが勘で行動したのが珍しかったからな」
確かにギルは経験を元に行動するが、それは自信や根拠があっての事だ。今みたいに勘で動く事は無かった。それ故に、カズマはギルの勘を注視して、それを裏付ける何かが無いかと辺りを探り出した。
「シエル、索敵範囲内にアラガミか何かの反応は無いか?」
「いえ、何もありません」
「……そうか。フラン、無人機やレーダーで何か異常を観測したか?」
『いいえ、レーダー・無人機共に何も異常を観測していません。また、学術都市のアラガミにも何も動きがありませんので、今の内の迅速な撤退を提案します』
フランの報告を聞いた時、カズマはギルが感じていた予感の片鱗に触れ、冷水を頭から被ったかのような悪寒が全身を駆け巡った。
(待て、何で学術都市のアラガミが動いていない。俺達が撤退をしたら普通は追撃だろ? なのに何で動かない。いや、そもそも交戦中に何でアーサーは学術都市のアラガミを動かさなかった。今いる森への侵入は無理でも包囲は可能な筈だぞ。それを警戒していたからこそ俺はフランにアラガミの動向を注視させていた。そこまで頭が回らなかった? バカな! そんな訳あるか! 陣形を組む程の知能を持つ奴がその考えに至らない訳がないだろ! ……まさか、奴は俺達にバレない方法で既に包囲網を完成させている?)
答えに至ったカズマは素早く身を伏せて地面に耳を当てた。
「カ、カズマ? どうしっ━━」
カズマの突拍子の無い行動に面を食らったナナが訊ねようとしたが、それをシエルが素早く手で塞ぎ、もう一方の手の人差し指を自身の口に当てて『静かにして下さい』とゼスチャーで伝えた。
地に伏せたカズマは全神経を耳に集中させていた。そして、僅かだが、何かが地下を蠢く音を聞き取った。
「……くそっ、そう言うことか」
苦々しく呟きながら、カズマは体を起こした。
『カズマ隊長? アラガミが動かない内に急ぎ撤退を━━』
「無理だ。奴らの方が速い」
『えっ?』
諦観混じりのカズマの返答とほぼ同時に、遠くから爆発音に似た轟音が響き、頭上を覆う木々の隙間から土煙の柱が僅かに見えた。
『ア、アラガミ……出現? そんな、どうして!? 兆候なんて何も無かったのに!』
急なアラガミの出現にフランが明らかに狼狽える。しかし、それとは全く対照的に落ち着き払った様子のシエルは、静かにカズマに歩み寄って冷静に状況を告げる。
「隊長、複数の大型アラガミが出現しました」
「ああ、……数は分かるか?」
「私の索敵では十匹捉えましたが、距離が有りすぎるため、全貌は掴めません」
緊急事態であるというのに、シエルはどこまでも冷静に状況を報告する。彼女のこの冷静さは人間味が欠如しているように見えて、人によっては忌避や嫌悪の対象となるが、カズマからすれば非常にありがたいものだ。
と言うのも、非常時において人間の感情というのは伝播しやすく、誰かが恐慌状態に陥れば周りの人間も恐慌状態になる。そうして壊滅状態になった部隊をカズマは偵察班時代にいくつも見てきた。だが、一人でも冷静な人間がいれば、その冷静さは伝播して部隊全体も混乱することは無い。特に階級の高い人間が冷静である方が良い。
シエルは臨機応変さが無かったり、融通が利かなかったりと頭の固さがネックだが、どんな時でも冷静であると言うのは、部隊の副隊長として最も優れた特性なのだ。
シエルの冷静さに感化されるように、カズマも冷静さを保ち、状況の確認を続ける。
「俺達を捕捉したアラガミはいるか? 分かる範囲で構わない」
「捕捉されてはいませんが、全てのアラガミが警戒状態にあり、退路を絶つようにその場から動きません」
「そうか、だったら移動するぞ。今回の撤退戦は援軍と共同で包囲の薄い所を狙って、内外から突き崩して戦域から離脱ってのが基本的な作戦になるからな」
「そうですね、私もそう思います。ただ、突破に時間を掛けすぎるとアラガミが殺到してきて援軍共々包囲される危険があるため、電撃戦となるのは必定、敵を間に挟んで援軍との連繋が大前提となります」
「ああ、その為にも今回はフランの働きが鍵となる……と、言う訳だ。援軍の要請を頼むぞ。それと包囲の完成していない場所へのナビゲートをしてくれ」
『……』
「フラン? おい、どうした」
カズマが問いかけるも、フランからの返事は無く、代わりに切羽詰まった荒い呼吸音が返ってくる。
まさか。
嫌な予感がして、カズマは若干の焦りを感じた。
「おい、フラン応答しろ。どうした!」
『……ほっ、包囲網は、既に完成して、います。退路は……完全に絶たれました』
震える声で絞り出すように出された言葉は、絶望的な状況にあることを伝えるものだった。
カズマはそれを聞いた時、心の中で大きな舌打ちをした。
カズマにとってフランの報告内容は確かに絶望的な物だが、それ以上に恐慌状態になりつつある彼女の声音の方が問題だった。
オペレーターは部隊の目であり、今回の撤退戦においては責任の比重が今までの比ではない。そのため、冷静さを欠いたオペレーターは部隊からすれば目を封じられたも同然である。
だからカズマは、フランに冷静さを取り戻させようと言葉を掛けようと口を開いて━━食い縛るように閉じた。
フランの混乱に引っ張られる形でカズマも焦りつつある事を自覚したからだ。
ここで焦って声を掛ければ、それを聞いたフランは勿論、傍にいるシエル達にまで焦りが伝播してしまう。
だからカズマは歯噛みしながらも口を閉じた。
『カズマ隊長、聴こえますか!?』
「っ!? その声、ヒバリさんか!」
『はい! ここからはフランさんに代わり、私がナビゲートします! まずは森の外周近くを沿うようにして南西に向かってください。逆の方角から小型のアラガミが多数接近しています』
「了解!」
カズマはシエル達に目配せしてすぐに指示された方向に走り出した。それにナナ、ギル、シエルの順に追従して互いをカバーし合えるようにフォーメーションを組んだ。
『カズマ隊長。時間が無いので移動しながら聞いて下さい。現在、ブラッド隊がいる森は完全に包囲されて付け入る隙がありません。一時間以内に援軍を派遣する事は可能ですが、戦域に到着する頃には包囲網はより厚く強固な物となって突破は不可能となります』
「独力でどうにか出来そうな所はないか?」
『……ありません。包囲しているアラガミはクアドリガ等を中心としたタフなアラガミが殆どで、いくらブラッド隊とはいえ突破には時間が掛かります。そして、時間を掛ければその間にアラガミが集結して高確率で全滅します。そこにアーサーまでもが来てしまったら……』
「成す術無しか。時間を掛ければ不利になるというのに、短時間でどうにか出来る状況でもないか」
カズマは自分の右手に視線を落とす。本来ならば神機を握っている筈だが、その神機はアーサーに奪われ、今頃は彼の胃袋に収まっているだろう。
今のカズマは手ぶらで、戦力としてカウント出来ない。つまり、ブラッド隊は実質、三人だけと言うことになる。
短時間でアラガミの壁を突破し、尚且つアーサーからも逃げ切る。ただし戦力は万全ではない状態で。
無茶苦茶な条件に絶望しそうになるが、これはあくまでも戦闘を行った場合での話だ。森の中で隠れてやり過ごせば事態が好転するかもしれない。
楽観的な考えだが、今出来ることはそれぐらいしかない。
この件は取り敢えず頭の隅に置いておいて、カズマはフランの様子を訊ねることにした。
「……フランの様子はどうだ?」
『不測の事態に大分混乱していて、すぐには復帰出来そうにありません』
ヒバリの報告に、カズマは走りながら思わず自嘲の笑みを溢した。
フランは元々優秀なオペレーターだ。経験さえあればどんな状況下でも最大効率で仕事が出来る。それ故にカズマはフランを信頼していたし、重要な作戦では必ず彼女をオペレーターに指名していた。
しかし、カズマが率いるブラッド隊は強すぎた。そして、強すぎるが故に不測の事態に陥ることが無くてフランは逆境に弱くなった。
「強すぎるが故の脆さか」
アーサーの弱点として突いた物がまさか自身の弱点だったのだからとんだ皮肉だ。カズマが自嘲するのも無理はない。
「カズマ? どうしたの?」
隣を並走するナナが不思議そうな顔でカズマを見ている。それにカズマは頭を降って答えた。
「何でも無い」
前方を遮るように倒れてる木を飛び越えながら、カズマは今後の方針をヒバリに伝える。
「取り敢えず、現状で出来る事は森の中のアーサーと小型アラガミから逃げる事と、無策のまま森の中から出ない事だ。よって、俺達ブラッド隊は一先ず身を隠す」
『はい、了解しました。アーサーと小型アラガミの動向はこちらで監視していますので、ブラッド隊は索敵行動を最小限にして、体力の消耗は最小限に留めてください。それと━━』
「ん?」
『フランさんの事、怒らないであげて下さいね』
「ああ、善処しよう」
━━生きて戻れたらな。と言う言葉は飲み込んで、カズマは取り敢えず頷く。それにヒバリは胸を撫で下ろす様に息を吐いた。
「あっ、隊長!」
「どうしたナナ」
ナナが声を上げで急に立ち止まったので、カズマ達も足を止めた。
「ねね、あそこに洞窟があるよ」
そう言って、ナナが指差す先には確かに洞窟があった。
森の中にポッカリと開いている洞窟は、幅は三m程で高さは二mくらいあった。
「……テント代わりにはちょうど良いか。よく見つたなナナ」
「えへへ、褒めて褒めて。ついでに惚れても良いよ」
カズマに褒められてナナは得意気に笑う。心無しか、猫耳みたいに立っている髪が踊る様にパタパタと揺れているのは見間違いだろうか。
得意気になっているナナは、カズマに頭を撫でてもらおうと、頭を差し出してくる。その顔は期待に満ちており、まだかまだかと上目遣いでチラチラとカズマの顔を見上げる。
カズマとしては頭を撫でるくらいは構わないが、ナナの要望に素直に応えるのはなんとなく面白くないので、どうしたものかと考える。
しかし、それ以上に面白く思っていない人間がいた。それは、シエルだ。
ナナが拠点となり得る洞窟を発見したのは確かに褒められたものだが、彼女はシエルからしたらカズマを取り合う恋敵であるので、想い人に頭を撫でてもらうのは看過出来ない事だ。
シエルはナナの背後にコッソリと近付いて、自身の小指の先端をナナの耳にくすぐる様に入れた。
「ぅわひゃぁっ!!」
突然の耳の異物感にナナは驚きで体を跳ねさせて、力が抜けた様にヘナヘナと膝から崩れ落ちた。
「あまり
「シっ、シエルちゃん!? むー、良いところで……。て言うか、耳は弱いからやめてよぉ」
「そうですか、ナナさんは耳が弱いのですか。それは良い事を聞きました」
ナナの弱点を聞き、シエルはサディスティックに微笑んだ。
「げっ、シエルちゃんが悪い顔になってる。こうなったら……、仕返し!!」
そう言うやいなや、ナナは素早く立ち上がってシエルの背後に回り込むと、彼女の脇の下に両手を差し込んだ。
反射的にシエルの体がビクリと跳ねた。そして、嫌な予感がして、シエルは慌てて体を捩って逃げようとしたが、ナナはガッチリと掴んで離さない。
「へっ? ちょっ、ナナさん!? そっそこ、脇はっ!!」
「問答ぉ~無用ぉ~。ほらほら、こちょこちょ~」
ナナの両手の指が一斉にわしゃわしゃと動いて、シエルの脇の下をくすぐり出した。
「あはっ、あははははは! 本当にっ! そこは弱いんです! あははははははは!」
「参ったか! 参ったか!」
「は、はい!参りました! 参りましたからっ!」
くすぐりで顔を真っ赤にしたシエルは呆気なく降参して、ナナから解放された。
解放されたシエルは息も絶え絶えにその場に崩れ、それを足元にナナは拳を高々と掲げて勝鬨を上げた。
「ふっ、勝った。……っで、私達って何してたっけ?」
じゃれ合いですっかり今の状況を忘れたナナに、カズマはずっこけそうになったが、それを堪えて、代わりに拳骨を彼女の頭に落とした。割りと強めに。
「あたぁっ!? なにすんのよう」
「やかましい! 今日は良い仕事をしたと思ったらとんでもないボケをかましやがって」
「ううぅ、だってぇ……」
涙目で自分の頭を擦りながら、ナナは抗議の声を出すが、カズマはそれを無視してシエルに手を差し出した。
「立てるか?」
「す、すみません隊長。醜態をお見せしてしまいました」
「いや、まあ、醜態って言うほどでもなかったが、寧ろ可愛かったと思うぞ?」
「え? か、可愛かったですか?」
思わぬ好評価にシエルは顔を赤らめて頬に手を当てる。
「いや、可愛かったって、どう考えても言うタイミングおかしいだろ。シエルもシエルで、満更でもない顔をするな。んで、ナナは羨ましそうにすんな!」
一人冷静だったギルは今の部隊の状況にツッコンでいた。
アラガミに包囲されている危機的状況は変わらないが、さっきの悪ふざけで部隊の空気は解れ、誰も悲壮感を漂わせていなかった。
「ナナ」
「ん~? どしたの隊長」
「よくやった」
「へっ?」
急に誉められたナナは訳もわからずポカンとする。その様子にカズマは微笑みをこぼした。
「さてっ、シエル、ギル、ナナ、今の状況ははっきり言ってヤバい。ラケル博士が起こした終末捕食並の危機的状況だ。いや、あの時は対応策があっただけまだマシか」
「そう言う割には随分と余裕そうな面じゃねえか」
「ギル、隊長には何か考えがあるのでしょう」
「いやいや、シエルちゃん。案外吹っ切れただけかもしれないよ?」
皆して、カズマに対して勝手な事を言う。だが、それらは全て当たらずも遠からずで、的外れな事を言っていない。
カズマは今の状況を深刻に考えるのを止めている。深刻に考えても事態は好転しないし、余計に頭が固くなって足下を掬われるかも知れないからだ。だからナナには吹っ切れた様に見えた。
そして、アラガミの包囲からアーサーにも見付からずすり抜ける方法も無いことは無い。しかし、これは確証を得てからではないと行動に移す事が出来ないので、シエルの言ったことはあながち間違いではない。
カズマの顔が余裕そうに見えるのは、信頼出来る仲間がいるからだ。
カズマは信じている。ブラッド隊こそが最高で最強な部隊であると。
「お前ら、ここにはシエルがいる。ギルがいる。ナナがいる。そして、手ぶらだが俺がいる。これで一体どこに
つい、この間アーサーに殺されかけた事を棚に上げて、カズマは胸を張って言い切った。それに対して皆目を点にして呆気にとられていたが、カズマが本気なのを悟ると、一斉に吹き出した。
「ハハハッ! 違いねえ! 俺らが揃ってたらそれだけで勝ちだな!」
「流石隊長です。このような事、凡人には言えません。だからこそ、私達は君に付いていくのです」
「隊長ってさ、お気楽さでは結構私に負けてないよね」
皆で口々に言って、落ち着いた時、全員が顔を引き締めてカズマの前に整列した。
別にそうするように強制されたわけでない。この世で最も信頼している隊長であるカズマが、絶対の信頼を寄せてくれているのだ。ならば隊員である自分達はそれに応えない訳にはいかない。そう思っての行動だった。
客観的に見れば状況は最悪。最早、絶望的ですらあるのに、ここに至って、ブラッド隊の士気は最高潮に達していた。
一方、極東支部の支部長である榊は、ブラッド隊のおかれている状況をレーダーで見て、愕然としていた。
「これは……!」
ブラッド隊のいる森は既に厚いアラガミの壁に完全に囲まれており、極東に残る戦力を全て投入したとしても、突破は難しい状態だ。さらに森の中には数匹の小型アラガミが索敵のために侵入してきている。
森のお陰で大型アラガミが入って来ることはないが、小型アラガミに見付かってしまえば、ブラッド隊はアーサーともう一度戦う事になる。その時には、神機を奪われたカズマは戦闘に参加できない。つまり、ブラッド隊は三人で戦わなければならないのだ。唯一、アーサーに対抗できたカズマを抜いて。
榊は眼鏡外して目頭を押さえた。
普段、糸のように細められた目を完全に閉じて、榊は考える。今の絶望的な状況からいかにしてブラッド隊を無傷で助け出すか。
榊が熟考していると、来客を告げる部屋のブザーが鳴った。
『榊のおっさん、ソーマだ。入るぞ』
そう言って入ってきたのはかつての友人であるヨハネス・フォン・シックザールの息子、ソーマだった。
(ヨハン。君ならこの状況をどうしていたのだろうか)
榊はソーマを見て、今は亡き友人に語りかけていた。
しかし、死人が口を利く事はなく、榊の語りかけは空しい物となった。
「? どうしたんだ」
なにも言わずに、見詰めてくる榊の様子にソーマは怪訝な表情を浮かべるが、榊は何でもないと言って、取り繕う様に首を横に振って、眼鏡をかけ直した。
「で、何の用かな? ソーマ博士」
「博士は止めろと……いや、今はそんな事よりも緊急の連絡だ」
「緊急?」
「本部から一部隊がこっちに向かっている。何でも、榊のおっさんにゴッドイーターの違法運用の疑いがあるとかで」
「違法運用に関しては全くの潔白と言い切れないのが私の不徳だが、アポも無しに部隊を送ってくるのは穏やかじゃないねぇ……その部隊の名前は?」
「
このタイミングでか。榊はそう思って、思わず舌打ちをしてしまった。
(これしか無いのか)
榊は手を組んでそこに自分の額を乗せた。その様はまるで全ての人間に対して懺悔しているようだった。
「ソーマ君。私はこれから最低な事をする。だから君は私を軽蔑してくれて構わない。君がそうするだけの理由と権利が今出来る」
「おい、榊のおっさん?」
榊のただならぬ雰囲気に圧され、ソーマは戸惑ったように声を掛けるが榊は構わず、話し続ける。
「ただ、どうか後の事を頼む。極東を、ブラッドの彼らをどうか、どうか……」
「おっさん……」
ソーマが始めて見る榊の必死の懇願で何も言えずに、重い空気がその場を支配するばかりだった。