今回の話は賽の川原で石を積むような感じでした
訳:千文字書いたら五百文字消して、一万書いたら六千消して何とか書きました。
読んでくれている方々には本当にお待たせしました。
高度一万m。アラガミすら存在しない静寂の空に一機の黒く巨大な輸送機が飛んでいた。
機体にフェンリルのエンブレムが貼り付けられている事から、それがフェンリル所有の物である事が分かる。もっとも、アラガミによって荒廃したこの世界で飛行機を飛ばせるのはフェンリルだけなので、そのような推察は無意味であるが。
この黒い輸送機は要人を運ぶ事を目的としている為、内部は居住スペースが完備されており、アラガミの襲撃から護衛する為のゴッドイーター用の扉が機体の上下左右、いたるところに設けられている。
現在この輸送機は、三人の人間と数名の人員を運んでいる。
一人は、グレゴリー・ド・グレムスロワ。もう二人は本部の直轄部隊、グレイプニールの隊員だ。
「~~♪」
輸送機の居住区、白を基調とした簡素な客室で一人の女性が髪を切っていた。
その女性は上機嫌な様子で口笛を吹きながら、シャキシャキと小気味の良い音を立てて自分の灰色の髪を切っている。
ハサミの刃が閉じる度に灰色の長い髪が白い床に散らばって、床を汚していくが、彼女は全く気にせずに、どんどん髪を切っていく。
『アズサぁ、ちょっと良いかしら? 緊急の連絡よぉ』
不意にドアが叩かれ、女口調の男の声が聞こえてきた。
「ど~ぞ~♪」
突然の来訪者に気分を害した様子も無く、アズサと呼ばれた女性は歌いながら入室を許可した。
入室の許可を得てから一拍置いて、一人の男が入ってきた。
入ってきたのは長身の若い男で、中性的な美しい顔立ちに癖ッ毛の茶髪と整えられた顎髭、そして泣きボクロが特徴的な男だった。彼の歩く姿はどこか女性らしさが目立ち、男性的な見た目とのギャップから女々しい印象を与えがちだが、自信に満ちた表情と細いながらも、シッカリとした体幹のお陰で彼を見た者は皆、美丈夫と評するだろ。
「あらあら、随分と機嫌が良いわねえ」
「まあな。で、何の用事だ? カール」
アズサは入ってきた美丈夫をカールと呼んだ。
彼の名は、カール・フォン・グスタフ。今年で28歳になるゴッドイーターであり、グレイプニールの副隊長でもある。
アズサはカールには眼もくれず、自分の髪を切り続ける。
まるで他人を無視するかのような無礼な振る舞いだが、カールは気にせずに報告を始める。
「飛行機の進路が極東の学術都市に変わったわ」
「ふぅ~ん。学術都市にねぇ」
カールの報告に大した興味も示さず、アズサは髪を切り、少し横を向いて鏡に移る自分の顔の角度を変えてカットの出来を確認をする。
「なあ、カール。私達グレイプニールは何の部隊だったかな?」
「それは色々よぉ。アラガミの討伐と組織の内部監査、違反者の逮捕に不穏分子の粛清。他にもあるけど大体はこんなとこよね」
「そうだ。で、私達の今回の任務は?」
「ゴッドイーター運用法違反の疑いがあるペイラー・榊支部長の逮捕よ」
「なんだ、分かっているじゃないか。今回の私達はあくまでも監査目的だ、アラガミの討伐ではない」
後ろ髪を切っていたアズサは今度は前髪を切り始める。
「だから学術都市なんかに寄らなくても極東支部に直行すれば良い。まあ、榊支部長が本部の支援を受けると申し出たのなら話は別だがな」
「ふふふ、分かってるくせに。さっき極東支部から連絡があって、本部の支援を正式に受けるから、学術都市で孤立している部隊の救援に急いで向かってくれ、と言っていたわ。それを聞いたグレムさんのしたり顔、あなたに見せたかったわぁ」
愉快に話すカールを完全に無視して、アズサは慎重に前髪を切る。
数ミリ単位で切って納得のいく形になり、アズサは満足気に頷いてハサミを化粧台に置いた。
「よし! こんなものだな」
「あら、なかなか可愛らしくなったじゃない」
髪を切ったアズサの姿を見て、カールは感心した様に言った。
染み一つない透き通るような白い肌に、女性的な曲線を描きながらも無駄が無く猫科の動物の様にしなやかな体つき、そして歳不相応の可愛らしさがある黒い瞳を持つ猫目。全体的に猫のような印象を与える彼女は、誰もが羨むような美貌を持っているが、ただ、それだけに、本当に残念な事に、右目に付けられた医療用の白い眼帯が痛々しく、彼女の美を台無しにしていた。
アズサは肩の高さで綺麗に切り揃えられた後ろ髪と目の上で切り揃えられた前髪を鏡の前で何度も確認して嬉しそうに笑顔を浮かべる。この時は、まるで少女のように無垢で見惚れてしまうが、それに騙されてはいけない。
彼女の本名は、神堂 アズサ。コードネームはNO LIFE。そして、通称 疫病神。グレイプニールの隊長であり、最強のゴッドイーターであり、カズマの姉である。
「さて、カズマ。三年ぶりの再会だ。どんな顔をするかな?」
アズサは弟との再開を待ちわびるように、楽しそうに言った。
本部からの応援を榊支部長が受け入れた事を知らず、カズマは洞窟の中で脱出の策の一端をシエル達に話していた。
「まず、先にお前達に言っておくが、アラガミの包囲網を突破するのは無理だ。極東支部の戦力を全て投入しても生還するには奇跡に頼るしかない程だ」
「なんだかいきなり気が滅入る様なことを言うよね、隊長は」
「ナナさん、言いたい事は分かりますが、隊長は士気が下がるような事を無闇に言いません」
「だな、わざわざ“詰んでるぞ”と言うからには何かしら考えがあるんだろ」
ギルの言う通り、普通、指揮官は士気が上がっているときにやる気が無くすような事は言わない。しかし、例外の場合がある。それは、指揮官が諦めた時と対抗策がある時だ。
では、今回のカズマはどちらなのかと言うと、無論後者である。
「まあ、あんまり無駄に時間を掛けるのも勿体ないから簡潔に言う。俺達は下水道、または地下鉄を使って脱出する」
「良い考えじゃねえか、何でさっさと脱出しないんだ?」
その通りであるが、そうできない理由がある。
それは━━
「ギル、脱出する前にアーサーが地下鉄と下水道のどちらを使用して包囲網を完成させたのかを解明する必要があります。これを知らないままとどちらかの道を使用した場合、アラガミと遭遇してその後にアーサーが合流してきて全滅してしまいます」
シエルの言葉にカズマは満足気に頷いた。
「そう、シエルが言ったことが俺の懸念の全てだ」
「なるほどな。なら、まずはヒバリに━━」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
カズマとシエルとギルの間でトントン拍子で話が進んでいく中、話に付いていく事が出来ずに置いてきぼりを食らっていたナナが慌てて話を止めた。
「なんか皆分かっているみたいだけど、私は分かってない! だから私にも分かるように誰か教えてよ!」
「あー、分かんなかったか?」
「うん! だから教えて隊長!」
私を仲間外れにするな! と言わんばかりに、むくれた顔でナナはカズマを見る。
「まあ、説明しとくか。知ってしまえば大した事じゃないから拍子抜けするけどな」
「そうなの? 誰にも気付かれないで、あっという間に私達を包囲するなんて凄いことだと思うけど」
カズマの言葉にナナは不思議そうな顔をする。
確かにアラガミの動きを察知出来ずにいきなり包囲されたのは不思議な事だが、最初の轟音と砂煙の柱を見れば単純な方法であることが分かる。
「俺達に悟られずにアラガミを動かすのは簡単だ。まず、俺達はレーダーと無人機でアラガミの動向を監視しているが、視ているのはあくまで地表での動きだ。地下の事なんか分かるはずも無い。だから、気付かれずに動くとしたら地下しか無いだろ? そして、最初の轟音と砂煙は奴らが地上に出てきた時のものだとしたら辻褄が合う」
「あー、なるほどね。でも、なんで皆は地下鉄か下水道を使った事が前提なの? アラガミが自分達で地下道を造ったかも知れないじゃん」
確かにナナの言う通り、アラガミが地下道を造る可能性があった。
本来アラガミに穴を掘るという習性は無いが、アーサーの感応能力は領域内のアラガミを意のままに操る事だから、アーサーがアラガミ達に穴を掘らせる事は可能だが、カズマはそれをキッパリと否定する。
「ナナの言うことはもっともだが、それは無い」
「え、なんで?」
「理由は、単純に時間が掛かるからだ。奴が学術都市に陣取ったのは約一週間前の事、という事は、俺達が来るまでに、学術都市からこの森の外周までの地下道を最悪でも168時間で完成させなければならない。どう頑張っても間に合わない。だが、地下鉄や下水道等の既存の物を使えば穴を掘る必要は無い。だから俺達は地下鉄か下水道のどちらかだと推測している」
「でもさあ、疲れ知らずのアラガミなら、不眠不休で穴を掘ればいけるんじゃないの?」
「甘いな、ただ単純に穴を掘れば良いって訳じゃない。地下道ってのは補強をしておかないと崩落する危険があるから、補強しながら掘らなければならない。それに元々アラガミは穴を掘る習性が無いから、穴掘りに適した骨格を持っていない。だからアーサーが無理矢理穴を掘らせても、穴掘りだけで膨大な時間が掛かる。効率の悪い穴掘りに、地下道の補強作業もしなければならないんだから、とても一週間程度で出来ることじゃない。どうだ、納得したか?」
これで説明は終わり。と言うように締めくくって、カズマは確認する。
すると、ナナは困ったように眉尻を下げて頷いた。その様子から察するに、納得出来た訳ではないが、取り敢えず理解はしたと言ったところだろう。
「うーん。でも、よく都合良く地下に道があったよね」
「まあ、ここはアラガミが出現するまでは都会だったからな、地下鉄も下水道も蜘蛛の巣みたいに張り巡らされてたんだろ」
ナナへの説明が終わって、カズマは一息吐く。そのタイミングを見計らったかのように隣にいたシエルがカズマの肩を叩いた。
「隊長、ヒバリさんからアラガミの出現箇所を記したマップと2050年度版の地下鉄と下水道の地図が送られてきました」
「分かった、ちょっと見せてくれ」
「はい、どうぞ」
そう言って、カズマとシエルは肩を寄せあって、地図が送られた携帯端末を覗き込んだ。
アラガミの出現箇所を記したマップ、地下鉄の地図、そして下水道の地図と順にスライドして見ていくと、アラガミの出現箇所と地下鉄の位置が一致したのが分かった。
「決まりだな」
「はい。アーサーは地下鉄を利用して私達を包囲していました。よって、私達は下水道を使って脱出するのが最善と思われます」
「そうだな。ギル、ナナ、脱出に取り掛かるぞ」
カズマは携帯端末で下水道の位置を確認しながら指示を飛ばしていく。
「ギルは前衛、ナナは俺の護衛、シエルは後衛だ」
シエル達はカズマの指示に従って素早く隊列を組み、カズマが携帯端末をしまう頃には出発の準備が整っていた。
これから脱出作戦を開始する訳だから全員顔を引き締めて、程よい緊張感を纏う。
そして、いざ作戦開始というところで無線にヒバリから連絡が入った。
『ブラッド隊。榊支部長から指示が出ました。全ての作戦行動を中断して待機してください。繰り返します。全ての作戦行動を中断して待機してください。以上です』
突然の中断命令。理不尽なそれはカズマの出鼻を挫き、ブラッド隊を困惑させた。
「ヒバリさん、俺達は今から脱出作戦を開始しよとしていた。それをいきなり中断せよと言うんだから、納得のいく説明があるんだろうな」
批難と僅かな怒りを込めて、カズマは低い声でヒバリに説明を求める。
『そ、それは━━』
『私の方から説明しよう』
ヒバリが慌てて説明しようした時に、通信に榊が割って入って来た。
『カズマ君、今置かれている状況はわかっているね?』
「ああ、分かっていますよ」
だからこそ早く脱出しなければならないんだ。という言葉を呑み込んで、カズマはそれから黙って榊の話を聞く。
『君達がそこから脱出できるのは不可能と判断した為、私は本部からの援軍を受け入れる事にした。よって、君達は明日の朝に本部の部隊と連携して学術都市から離脱してもらう。なお、明日の作戦まで通信を切り、体力の温存に努めてくれたまえ』
以上だ、という言葉と共に通信は切られて話は終わってしまった。
榊の一方的な話を聞いて、カズマは憤りを感じずにはいられなかった。
今のブラッド隊の状況を見れば、本部の救援を受け入れるのは確かに悪いことではない。むしろ英断だとカズマは思う。だが、今回の任務は一定の戦果を上げて、カズマが健在であることを本部にアピールして救援を断るというのが主な目的なのだ。その為にカズマは今回の任務を受け入れたし、榊も最大限に協力すると言ってくれた。なのに、事前の相談も無しに本部からの援軍を受け入れるのはあんまりではないだろうか。
味方に裏切られたような憤りと虚無感を吐き出すように、カズマはゆっくりと、そして重く深呼吸をした。
「はぁ~~~~……」
普段の彼らしからぬ行動に、シエル達が何事かと心配そうに見詰めてくるが、カズマはそれに応えず、指示を出した。
「支部長からの指示により明日の朝まで作戦行動を一時中断」
「ちゅっ、中断ですか?」
「そうだシエル。支部長は本部からの救援を正式に受け入れると言った。だから、俺達は明朝に本部の部隊と連携して脱出しろとのことだ」
「そんな……」
カズマからの報告にシエルは戸惑いを隠せず、所在なさげに視線をさ迷せ、ナナは不安気にカズマやシエルやギルを見回している。
一方、ギルはイラ立たしげに唾を吐き捨てて、怒りを
「くそっ! 結局本部の救援を受けるんなら
「落ち着けギル」
「落ち着いてられるかよ! せっかく隊長が脱出作戦を練ったのに、それを無駄にされちまったんだぞ!? いや、それだけじゃない。上の都合で無茶をさせておいて、いきなり中断なんて勝手すぎるだろ!」
「ああ、ギルの気持ちは分かっている。だけど、今は落ち着いてくれ」
そう言って、カズマはギルに歩み寄って、宥めるように彼の肩を叩いた。
「今ここで喚いても状況はなにも変わらない。だったら、一先ずは落ち着いて明日の脱出作戦に備えるべきだ。な?」
カズマに諭すように言われ、ギルは堪える様に歯を食い縛って、帽子を深く被り直した。
「分かった。隊長が耐えると言うのなら俺も耐える。悪かったな、騒いじまって」
とりあえず、と言った感じでギルは落ち着き、口を閉ざした。
幸いにもそれ以上の混乱は無く、キャンプの準備が粛々と進められた。
だが、榊からの突然の中断命令がブラッド隊に衝撃を与えたのは事実であり、カズマも含め、全員表情が固かった。
翌日。日が昇りかけてまだ辺りが薄暗い頃から、カズマ達はヒバリに指示された合流地点へと向かっていた。
『カズマ隊長、合流地点に到達しました。次の指示があるまでその場で待機してください』
「……了解」
ヒバリの指示に応えるカズマの声音は固かった。聞きようによっては怒っているようである。
それで何か察したのか、ヒバリが気遣うように話しかけてきた。
『あの、カズマ隊長。昨日の榊支部長の対応は確かに酷いものでしたが、あの人の事だから何かの理由があったのかもしれません。だから━━』
「我慢しろと?」
ヒバリの言葉を遮って、カズマは話し出した。
「ヒバリさん。アンタにこんな事を言うのはお門違いかもしれないが、あえて言わせてもらう。昨日の件で問題なのは理由の有無じゃなくて、説明の有無だ。例えば、いきなり親に裏切られたとする。その裏切りにはやむを得ない理由があったから堪えてくれと第三者に言われてヒバリさんは納得が出来るのか?」
『い、いえ』
初めて聞くカズマの責める言葉に、ヒバリは畏縮した様子で返事をした。
そして、カズマはこのまま怒りを爆発させるのか身構えたが、その予想に反して、カズマは諭すかの様な穏やかな声音に変わった。
「……現場で一番必要なのは説明、つまりは言葉だ。余程固い絆で結ばれていれば言葉が不要になる場合があるが、大体において無言は組織の不信・分裂・瓦解の種だ。だから榊支部長に伝えてほしい。
『はい、必ず伝えます』
「よしっ! ならこの話はここまでだ。目的地までのナビゲートをよろしく頼むぞ」
いつもの調子のカズマに戻ったのを感じて、ヒバリは胸を撫で下ろすと共に気持ちを入れ替えた。
『任せてください!』
気を取り直したヒバリのナビゲートを聞きつつ歩いていると、後ろを歩いていたシエルが隣について小さな声で話してきた。
(隊長、良かったのですか?)
(さっきの事か?)
(はい。君の言い分は正しい事だと私は思います。ですが、支部長の不興を買うのではないでしょうか?)
(まあ、その懸念はもっともだが、大丈夫だろ。榊支部長は人間が出来てるし、発散の目的も含んでるからな)
(発散ですか?)
(ああ、俺とギルのな)
(ギルのも? 一体どういう事ですか)
(昨日の件で一番腹を立てたのはギルだ。それを俺が無理に抑え付けたもんだから、不満は感じている筈だ。本人が自覚してなくてもな。……本人が直接不満をぶちまけるのが一番だが、俺が抑えたせいで、言えなくなってしまった。だから俺が代わりに不満を言ったわけだ)
(なるほど、そういう事ですか)
(効果は薄いかもしれないし、無意味だったかもしれないけど、やらないよりは良い。それにさっき言った通り俺自身の憂さ晴らしも含んでるからな。榊支部長の人の良さに付け込んで好きに言わせてもらった)
(フフッ、それは何だかズルいやり方ですね)
そういう割にはシエルは愉しそうに微笑んだ。
多分だが、彼女も知らない内に榊に対して不満を溜めていたのだろう。だから、カズマを非難しなかったのだ。
(シエル、不満も言えない組織ってのは健全とは言えない。だから、改善してほしい事や、不満はちゃんと言えよ)
(なら、早速君に言わせて貰います)
(お、なんだ?)
(無茶な戦い方は控えて下さい。いいですね?)
シエルにたしなめる様に言われてカズマは思わず渋面をつくる。
(……善処する)
カズマは苦々しい表情を浮かべたまま、シエルから視線を外して短く答えた。
その様子は、まるで母親に叱られて拗ねた子供のようだった。それが可笑しかったシエルは口元を綻ばして笑ってしまった。
(はい、期待しています)
ヒバリのナビゲートに従って歩くこと三十分。カズマ達は森の外周の一角に到着していた。ここで援軍の到着を待つことになるのだが、全員緊張で顔を強張らせていた。
それもその筈、彼らの視線の先、すなわち森の切れた先にはアラガミの大群が陣取っていたからだ。その様は正にアラガミの壁と言った風情だ。
「壮観だなぁ」
ギルがアラガミの大群を見ながら何でもないように呟いた。無論、強がりである。
「うわぁ、こんなアラガミの大群なんて始めてみたよ。それはそうと、見た目がお菓子の神機があるらしいよ。スゴくない?」
ナナが全く関係の無いこと良い始める。無論、現実逃避である。
「クアドリガ系にボルグ・カムラン系、デミウルゴスもいますね。ここにウロボロス系が居れば壁としては完璧でしたのに」
シエルが恐ろしい事をサラリと言う。所謂、KYである。
皆の精神状態が現在シリアスなのかギャグなのか、いまいち判別がつかないが、カズマはヒバリと連絡を取って作戦の確認を行う。
「ヒバリさん、待機ポイントに到達した。作戦の説明をしてくれ」
『はい。ブラッド隊はそこから直進して敵の包囲網を突破してください。突入のタイミングはこちらで出します。突破後、回収班のヘリと合流して作戦領域から離脱する運びとなっています』
「はあ?」
ヒバリの報告にカズマは思わず疑問の声を上げた。
現在、目の前にはアラガミの壁がある。それは百戦錬磨のブラッド隊をもってしても軽く正気を無くす程に絶望的なものだ。しかし、作戦ではアラガミの壁の突破をしなければならない。つまり、この脱出作戦は━━
「犠牲が前提になっているのか? アーサーが作った包囲網は無傷で突破できるような甘い物じゃないぞ」
『それは私も思うのですが、援軍の隊長が“絶対に犠牲は出さない”と言い張りますので……』
「ふぅん、随分と自信があるみたいだな、その隊長とやらは。一体どんなヤツだ?」
『女性の方で、声しか聞いていませんけど、何だかカズマ隊長に似ていました』
「俺に似ている?」
ヒバリの言葉を反芻して、カズマは少し黙った後、彼女の言う人物がアズサだと思い至り、援軍の出した無茶な作戦に妙に納得してしまった。
(そうか、アズサの作戦か……)
カズマはアズサの事を誰よりも恐れているが、それと同時に彼女の力は何よりも信頼している。そして、認めたくはないが、自分と似ている人間はアズサしかいないと思っている。
極東の面々は神薙ユウに似ていると言うが、カズマ自身はアズサにこそ似ていると思っている。
「……先方が大丈夫と言い張るんだから大丈夫だろ。分かった、こっちは指示通りに動くから細かい事はそっちに任せた、と援軍の方に伝えてくれ」
『了解しました。ご武運を』
急に納得したカズマを不思議に思いつつも、ヒバリは追求せずに交信を終えた。
「さてと」
交信を終え、カズマは恐慌状態から立ち直りつつあるシエル達に作戦を伝えた。
ヒバリとの交信から四十分後、突入の準備が完了したブラッド隊は現在指示待ちの状態で待機している。
昇りかけていた日は今や完全に顔を出して、薄暗かった周囲は朝陽に照らされてその全貌をブラッド隊にまざまざと見せ付ける。
目の前には視界を埋め尽くさんばかりのアラガミの壁が立ちはだかる。その威圧感は尋常ではなく、並のゴッドイーターならとっくに森の中に引き返していたことだろう。
しかし、ブラッド隊は並みではない、初めの方こそ軽い恐慌状態に陥っていたものの、今はアラガミの壁を前にしても私語も無く静かに待機している。
時間を確認しながら、随分と待たせるな、とカズマが思っていた時、シエルが声を上げた。
「隊長、輸送機を確認しました」
「輸送機だと? どこだ」
「前方です、距離は約十㎞です」
シエルに言われてカズマは目を凝らして前方の空を見ると確かに黒い輸送機がこちらに飛んでくるのが見えた。
「あれが援軍か? だとする指示が来るのもすぐだな。総員戦闘準備!」
カズマの鋭い声に呼応して、シエル達は一斉に神機を構えた。
それとほぼ同時にヒバリから通信がはいる。
『突入の指示が出ました! 皆さん作戦行動を開始してください!』
その声に従い、ブラッド隊は臆すること無くアラガミの壁に向けて走り出した。
彼らが森から飛び出して来たのを確認したアラガミ達は我先にと殺到してくる。
群れの先頭を走る蠍型のアラガミ、ボルグ・カムランとの距離があっという間に縮まり、交戦距離に入った時、変化が起きた。
真っ直ぐこちらに走ってきていたボルグ・カムランが急に苦しみだして、後ろに続いていたアラガミに襲いかかったのだ。
変化があったのはその一匹だけではなかった。辺りを見回して見れば、デミウルゴスが近くのアラガミに突進したり、クアドリガがミサイルを乱射して同士討ちしたりなど、無秩序な光景が広がっていた。
アラガミの急な同士討ち、長い間アラガミを見てきたカズマやギルにとって初めての事で、思わず足が止まってしまう。
「これは、まさか……血の力?」
後衛のシエルが困惑しながら言った。
たしかにアラガミの異常行動の大抵の原因は血の力だ。それを裏付けるようにヒバリから報告が入ってきた。
『血の力の発動を確認! アラガミの活性化及び、偏食場パルスに大きな乱れを観測しました! こんなの、見たことがありません』
やはり、アラガミの同士討ちは血の力によるモノだった。そして、その能力は十中八九、本部からの援軍とやらのモノだろう。
何にせよ、敵の連携が乱れた今が脱出の好機だ。カズマ達は気を取り直して、行動を再開した。
「隊長ー! これって、やっぱり援軍の人が何かしたのかなぁ!?」
「そうだろうな! だが、余計な詮索は後にして今は突破する事だけに集中しろ、ナナ!!」
混乱するアラガミの群れの中をブラッド隊は駆けていく。
一匹のグボロ・グボロが正面から突っ込んできた。
魚のアラガミであるそれは、短いヒレを必死にバタつかせて涎を撒き散らしながらブラッド隊を目指す。
このまま進めば直撃するが、ギルがチャージスピアの突きでグボロ・グボロの歯を砕いて、それを阻止した。
動きが止まったグボロ・グボロにとどめと言わんばかりに、ナナがブーストを吹かせたハンマーを打ち上げて相手の額にある砲身を砕く。そして、シエルがその砕けた砲身の穴に狙撃弾を撃ち込んで、完全にとどめを刺した。
ブラッド隊はそのまま脇目も振らずに駆け抜けていき、結果グボロ・グボロ以外ろくな戦闘を行わずに脱出用のヘリと合流して、戦場を離脱した。
ヘリの中、ブラッド隊の息も絶え絶えの様子で、散々な光景を広げていた。
シエルは頭を項垂れながら両手を床に着けて荒い呼吸を上げていて、ギルは壁に寄りかかって天井を見上げながら深呼吸している。ナナに至っては、仰向けで大の字で寝そべっている。
いくらろくな戦闘が無かったとは言え、戦場を全速力で走っていたのだから、こうなるのは当然だった。
カズマも腰を下ろして壁に寄りかかりながら体を休めている。
緊急で用意出来たのが物資輸送用のヘリだけだったのか、今乗っているヘリは通常よりも中はとても広くてちょっとした倉庫のようだ。ただ、あくまで物質を運ぶ為のヘリだから搭乗者用の椅子は無く、ブラッド隊は硬くて冷たい床の上で体を休めることになる。その為、体力の完全な回復には時間が掛かりそうだった。
「うあー、途中までは良かったけど、完敗しちゃったよね」
大の字で寝っ転がっているナナが悔しさを滲ませながら言った。
それに対してシエルが何か言い返そうと顔を上げるが、まだ呼吸が整っていないせいで上手く喋る事が出来ずに、ゼーゼーと言うばかりである。
たしかに、ナナの言うことはもっともで、周りから見れば今回の出撃は、アーサーにいいように遊ばれただけに見えるのだろう。
しかし、カズマは今回の出撃で十分すぎる戦果を得ていた。
彼は、ジャケットの胸ポケットに入れていた戦果を取り出してほくそ笑んだ。
「あ? 隊長、何だそれ。ルビーか?」
カズマが取り出した物を見て、ギルが不思議そうに訪ねてくる。
今、カズマが手にしているのは、ピンポン玉くらいの大きさの二つの紅い玉だ。それは、半透明の紅い色に美しい光沢を放っている為、ルビーに見えるのも無理はない。
けれども、実際はそうではない。
「いや、こいつはアーサーの眼球だ」
「それがか? どう見ても宝石だろ」
「ハハッ、まあそう見えるよな。あんな悪魔みたいなアラガミの一部がこんな綺麗な物だなんて言っても誰も信じられないだろうな」
宝石、という言葉に反応してナナが起きて、興味津々と言った体でカズマに近寄ってくる。カズマは躊躇わずにナナにアーサーの眼球を手渡す。
受け取ったナナは、目を輝かせてそれを眺めた。
「おおー、きれー。シエルちゃんも見る? すっごく綺麗だよ」
「い、いえっ……、私は、あとで見ます……」
「あり、シエルちゃんはまだ呼吸が整わない?」
「……そう、です。戻ったら……持久力、向上のトレーニングを……中心にメニューを組みます」
シエルとナナのやり取りを眺めつつ、カズマは今回の出撃について語る。
「ナナの言った通り、今回も俺達の敗けだ。少なくとも周りからはそう見られるだろうな。だが、俺達はただ負けた訳じゃない。アーサーとの戦闘で対処法が見えてきた。そして、何よりも奴の身体の一部を獲れたのがでかい。あれを元に奴の事が更に分かるし、神機の強化にも使える。これだけでも充分な戦果だと言えるだろ?」
「……確かにな」
カズマの言葉にギルは頷いた。
「つまり、今回の敗北で俺達は勝利に近付いた訳だな」
「ああ、そうだギル。最後に勝つのは俺達だ」
確信を込めてそう言ったカズマは、歯を見せて獰猛な笑みを浮かべていた。
森の中、ブラッド隊が逃げた方角を見ながらアーサーは佇んでいた。
彼はブラッド隊を追い詰めたが逃がしてしまった。原因は、不用意に戦闘をしてしまったことによる敗北とその後に慎重になりすぎたことだった。
前回戦いで、自分には圧倒的な力があるのが分かったから、自分の領域に誘い込んで直接戦えば勝てると踏んでいた。だが、実際は灰色の男にのせられて、手痛い反撃を受けた。
万が一に備えて伏せていたアラガミ達で包囲した後、手を出さなかったのもいけなかった。いくら先の戦闘で灰色の男が罠を張るような人間だというのが分かったからとは言え、直接戦わずとも小型アラガミを使ってプレッシャーを与える事は出来た筈だ。それをしなかったのは、灰色の男の罠を恐れて慎重になりすぎていたからだ。結果、時間を掛けすぎて逃げられてしまった。
完敗だ。
アーサーはそう思わずにいれない。だが、同時にこうも思っていた。
最終的に勝つのは自分だ、と。
今回の戦闘では、アーサーにも収穫があった。それは、測量の実験の成功とある物質の採集。
アーサーは、地下鉄にアラガミを配置した時に試験的に測量をしていた。果たしてそれは成功し、効率的にブラッド隊を包囲出来た。
そして━━。アーサーは、傍にいるグボロ・グボロを見た。
「クク、クカカカカカ━━!」
アーサーは、甲冑の下で獰猛に笑った。
それは奇しくもカズマと同じ、勝利を確信した笑みだった。
「アズサ、ブラッド隊は無事に戦域を離脱した様よ」
輸送機の一室で、カールがアズサに報告した。
「そうか」
「あら? 興味無いかしら。あなたの愛しい弟くんが心配じゃないのかしらね」
「心配? バカを言うな。カズマがあの程度でどうかなる訳がない。私達が来なくとも、アイツなら自力脱出しただろうさ」
アズサは当たり前の様に言って笑った。
これは盲信ではなく、カズマにとって一番辛い時期に共に過ごしたアズサだからこその言葉である。実際、カズマは既に脱出作戦を立てていた。
「ふうん、あなたがそこまで言うのなら、彼はよっぽどの傑物なのね。私も会うのが楽しみになってきたわ」
「ふふん、姉の私が言うのも何だが、カズマはいい男だ。━━言っておくが、お前にはやらんぞ」
「あら残念。まあ、それはそうと、ブラッド隊とアーサー。一体どっちが勝ったのかしらね?」
「さあな。多分どっちも勝ったとは思ってはないだろうし、敗けたとも思ってはないだろうから断言は出来ないな」
「試合に勝って勝負に負ける、てところかしら。まあ、どちらにしろ最初から最後まで笑っているのは
「……機長に言って進路を極東支部に変えさせろ。もう、ここに用はない」
「はいはぁ~い」
手をヒラヒラと振りながらカールは部屋から出ていった。
一人、部屋に残ったアズサはカズマの顔を思い出して童女の様に笑った。