GOD EATER ー人外の王ー   作:継文

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二十話

カズマ達を乗せた輸送ヘリは、無事にアナグラのヘリポートへ着いた。

 

「とうっちゃ~く。あー、疲れたー!」

 

最初にヘリから降りたナナは、大きく伸びをして体を解す。

 

固い床の上に寝転がっていたからか、伸びをした時に背骨がポキポキと音を立てた。

 

それに続く形で、ギルが降りて固まった体を解し、次に降りたシエルは端末で帰還の報告をする。

 

最後に降りたカズマは、ヘリの操縦士に礼を言ってからシエル達に合流した。

 

それからエレベーターに乗り込んだところで、カズマもようやく緊張が解けて、大きく息を吐く。

 

「ふぅ~~~~……、ようやく帰って来れたな。今回は流石に疲れた」

 

「お疲れ様ですカズマ」

 

カズマの疲れた顔を見て、シエルが微笑みながら労いの言葉を掛けてくる。

 

シエルが名前で呼んでくる事から察するに、彼女の中では今回の任務は終了しているのだろう。それにはカズマも同意なので、咎めずに頷きで応えた。

 

下降していくエレベーターの中、ブラッド隊は雑談に興じる。

 

「ねー、報告が終わったら皆でご飯食べようよ」

 

「ナナ、早速飯の相談かよ。俺は飯よりもまずシャワーを浴びてえよ」

 

「ああ、俺もギルに同意。まずは風呂だ、風呂」

 

「カズマ、お風呂も良いですが、まずは報告書を提出しましょう。それに、今回の戦利品の扱いも決めなければなりません」

 

シエルの真面目な言葉に全員苦い顔をしたが、彼女の言い分はもっともなので、誰も反論しなかった。

 

「確かに報告書の提出は大事だ。何たって情報は鮮度が命、現場で止めて腐らせたらせっかくの情報が意味無くなるからな」

 

「ああ、そうだな。だからカズマは報告書の作成頑張れよ」

 

ギルが他人事の様に言ってくるものだから、カズマは恨みがましい目で彼を睨むが、当の本人はどこ吹く風。涼しい顔でカズマの視線を避けた。

 

「……まあ良い、とりあえず俺とシエルは報告書の作成だ。アーサーの対処法の草案作成も平行してやるから結構時間が掛かるな。いけるか? シエル」

 

「大丈夫です。協力して早く仕上げてしまいましょう」

 

「スマンな」

 

とりあえず話が纏まりかけた時、ナナが心配そうな顔をしてカズマの服の裾を引っ張った。

 

「ご飯には間に合いそう?」

 

「朝飯と昼飯は無理だが、夕飯には間に合わせるから皆で食うのはその時だな」

 

カズマの答えを聞いてナナの顔が弾けるような笑顔に変わった。

 

「やった! 絶対に間に合わせてよ? 遅れちゃあダメだよ!」

 

「分かってるよ。間に合わせるから大人しくしろ」

 

はしゃぐナナを宥めながら、カズマは仕方なさそうに笑った。その光景は、まるで父と幼い娘の様で、シエルとギルも優しく微笑んで辺りの空気は暖かなものになる。

 

「っと、一つ言っておくがあった」

 

急に思い出したようにカズマが声を上げた。それに全員怪訝な表情を浮かべた。

 

「……一体、何でしょうか?」

 

「戦利品の扱いだ。あの二つの内、一つは研究用にソーマ博士に預ける。そして、もう一つは神機の強化用にリッカに渡す」

 

カズマが言った事は至極真っ当なもので、改めて言うような事ではないように思える。だが、もしも敢えて言ったのだとしたら? ならば、これには続きがある筈だ。

 

何となく嫌な予感がして、シエルは唾を飲み込んで、恐る恐ると言った感じで続きを促す。

 

「それは、当然の事と思えますが。何か思惑があるのですか?」

 

「思惑なんて、そんな大層なものじゃないさ。ただ、上に報告するのを少しだけ遅らせるだけさ」

 

カズマが言った事に、シエルとギルとナナは耳を疑った。

 

「えっ!? ちょっ! 本気!?」

 

「本気だぞ?」

 

ナナの問いにカズマはケロリと答える。

 

「おいっ! それって横領じゃねえか!!」

 

「横領じゃねえよ。極東支部に提供しているんだから」

 

ギルのツッコミにカズマはシレッと答える。

 

「とは言っても、やはり支部長には先に連絡を入れてからでないと……」

 

「大丈夫だ、気にすんなよ。今日作成した戦利品に関する報告書が何らかの手違い(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)で、支部長の手に届くのが少し遅れるだけだ」

 

だから問題は無いと、シエルの進言に対して、カズマはあっけらかんと答えた。

 

皆の言葉に対して、詭弁を使ってかわすカズマを見て、シエル達は何を言っても無駄であることを悟った。

 

ならば隊員としてやることは一つ。

 

シエルとギルとナナは互いの顔を見合わせて、覚悟を決めた様に頷いた。

 

「カズマの気持ちが固まってるんだったら私達から言うことは無いよね」

 

「だな、カズマの無茶が今に始まったことじゃないし、ウチ(ブラッド隊)ではこれが平常運転だ」

 

「はい。私達はカズマに付いていき、フォローをするだけです。ただ、発覚しても処罰されないよう、工作しておく必要がありますね。面倒ではありますが、やりましょう」

 

三人それぞれが自分の言葉で細工にのる事を告げたのを確認して、カズマは当然のように笑った。

 

「うん、お前たちならそう言ってくれると思ってたよ。まあ、百パー私利私欲の為じゃないと言い切れるからそこは安心してくれ」

 

「そんな馬鹿な心配は元からしてねえよ」

 

「カズマがそんな人だったら私達は付いていかないって」

 

「今回の横領……もとい、報告には何か考えがあっての事だと言うのは分かっています」

 

満場一致でカズマの不正に目を瞑る事になった時、ちょうどエントランスの階に到着した。

 

エレベーターの扉が開いたその時━━

 

「よくぞ戻ってきてくれた!!!!」

 

━━エミールのどアップがカズマを出迎えた。

 

これにカズマは驚いて、後ずさりしながら「ぉ、ぉぅ」と声を漏らす。

 

完全に引いている訳だが、エミールはお構いなしに語り始める。

 

「騎士型アラガミに敗れた話は聞いていた。君が病院のベッドで眠る姿を見て僕はいたたまれなくなって毎日胸が苦しかった━━」

 

握り拳を作り、エミールはその端正な顔に苦悶の表情を浮かべて苦しげに体を捩る。

 

その様子からすると本気で心配していたのだろう。カズマとしてはその心配は嫌じゃないのだが、疲れているところに至近距離で暑苦しく演説されるのはなかなか来るものがある(主に疲労の類いが)。

 

だからカズマは、こっそりとエレベーターの端に寄って、エミールの横の隙間からすり抜ける。

 

それに倣ってシエル達もエレベーターから脱出した。

 

「━━いけないと分かっていても僕は考えてしまった。もしかしたら君はこのまま目覚めないのだろうか……目覚めても二度と戦えないのだろうか━━」

 

誰もいないエレベーターに向かってエミールの演説は尚も続く。それを背中に聞きながら、カズマは受け付けにいるヒバリに帰還の報告をする。

 

「ヒバリさん。ブラッド隊帰還しました」

 

「はい、お疲れさまでした。今日は早めに休んで下さいね」

 

エミールの存在を別世界の事にして、カズマとヒバリは和やかに話し合っていた。

 

『━━僕は怒りに震えた。我が友を倒した悪逆の輩を倒すのは騎士たる僕の役目だと復讐の炎をたぎるらせ━━』

 

「……あの馬鹿、まだやってんぞ。っつーか誰もいない事に気付けよ」

 

エミールの方を見ながらギルが呆れたように呟いた。

 

その一方、カズマはエミールを見て苦笑を漏らす。

 

「まあ、本人は満足しているようだし、水を差すのもアレだから好きにさせておこう」

 

実のところ、カズマはエミールの事を気に入っている。

 

エミールは周囲の眼などを気にも留めず、自分の信念や矜持の為にひた向きに邁進する。

 

そういう実直さが眩しく感じるから、カズマはエミールに対して好感を持っているのだ。

 

そして、今度こそカズマは背を向けてその場を後にしようとしたが━━

 

「だがしかぁし!!!!」

 

━━一瞬で回り込まれて再び捕まってしまった。

 

「え、ちょっ……」

 

あまりの事に頭が追い付かず、言葉を詰まらせるカズマ。そして、エミールが高速で動いて回り込んだのを見たシエル達は目を白黒させていた。

 

「君は帰ってきた!! あの戦場へ!! 騎士の正義を世に示さんと君は帰ってきたのだ!!!! おぉ、なんという正義。なんという精神力。君こそが正に騎士の中の騎士。不屈の勇者よ!! 君が再び戦場に立ったのを見て、僕とポラーシュターンは感動にうち震えた。さあ、行こう! 我が友カズマよ!! さあ、極めよう不屈の騎士カズマよ!! 僕達の戦いはこれからだ!!!!」

 

演説で興奮の極みに達したエミールがカズマの手を掴んでエレベーターの方に歩き出した。

 

「はっ? ちょっ、行こうって何処に!? て言うか、不屈の騎士って俺の事か!? いや、それよりも最後の言葉は色々と終わりそうだから言っちゃマズイヤツだろ!」

 

引っ張られるのに抵抗するカズマだが、トップギアに入ったエミールは意に介さず、ズンズンと歩いていく。

 

このままエレベーターに戻されるのかと、軽く絶望しかけた時、何者かがエミールを殴り飛ばした。

 

「ぶぐわああぁぁぁぁ!!!!」

 

その者は腰に手を当てて、吹っ飛んだエミールを睨むと、よく通る声で怒鳴り付けた。

 

「エミールうっさい!!」

 

エリナだ。

 

彼女は一仕事したかの様に手を叩くとカズマの方に振り向いた。

 

「先輩、大丈夫!? 怪我とかしてない!?」

 

先程までの勝ち気な態度はどこへやら。エリナは今にも泣き出しそうな顔をしてカズマに詰め寄ってきた。

 

同僚を殴り飛ばしておいて、その切り替えの早さはいかがなものかと思うが、退院してからまだ顔を合わせていなかったから彼女の反応は無理のない事なのかも知れない。

 

とりあえず、カズマは胸の高さにあるエリナの頭に手を乗せて、安心させるように撫でてやる。

 

「大丈夫だ。どこも怪我はない」

 

「あ、ちょっと、撫でないでよ!」

 

「ん? 嫌だったか」

 

「べっ、別に嫌じゃない! ……けど、子供扱いしないでよ!」

 

カズマに撫でられて、エリナは顔を赤くして怒ったが、どこか満更でもなさそうだった。

 

だからこのまま撫で続けていても問題はなさそうだが、彼女の言う通りエリナはもう一人前の戦力だからこれは不当の扱いとなるのかも知れない。

 

そう思い至ったカズマはエリナの頭から手を離した。

 

「あっ……」

 

「ん? どうした。残念そうな声を出して」

 

カズマに訊かれて、エリナは慌てそっぽ向く。

 

「ざ、残念そうな声なんて出してません!! 先輩の勘違いです!」

 

そう言ったエリナは、ただ強がっている様で微笑ましく、もう少し話していたいと思った。しかし、やるべき事が残っているからカズマはここで会話を切り上げる事にする。

 

「エリナ、まだ仕事が残っているから先に行くな」

 

「えっ! 先輩、もう行っちゃうの!?」

 

「ああ、アーサーに関する報告書を今日中に仕上げないといけないからな」

 

アーサーの名前を聞いて、エリナは顔を暗くした。

 

「先輩、またアイツと闘うの?」

 

エリナは不安だった。

 

カズマはついこの間アーサーに殺されかけたばかりである。それなのに彼は立ち向かうことをやめないのだ。だからエリナは不安に思う、いつか近い内に本当に死んでしまうのではないのかと。

 

「ああ、当然だ」

 

カズマは簡潔に答えた。

 

アーサーは間違いなく過去最強の敵だ。今のままでは、刺し違える覚悟で挑んでも勝率は一割にも満たないだろう。

 

だからと言って、逃げる訳にはいかない。何故ならばカズマはゴッドイーターであり、全てのアラガミを駆逐するのがゴッドイーターの存在意義だからだ。故に逃げない。例え、勝機がゼロであっても後ろに守るべき人間がいる限り戦う。

 

無情とも言えるカズマの受け答えに、エリナは胸を抉られる想いで押し黙った。

 

実を言うと、エリナは知っていた。先程の問いに対してカズマがなんと答えるのかを。

 

使命や大切なものがある限り、命を賭けて戦う。カズマはそういう人間なのだ。

 

ただの憧れの感情を持っているだけならば、その心構えは称賛されるだろう。たが、エリナはそれ以上の感情を抱いてしまっている為、カズマの答えは剣となって残酷に胸を抉る。

 

エリナが押し黙り、カズマも何も言わない。

 

後ろに控えているシエル達も口を挟まず、静観する。これは口出しして良いような話ではないと判断した為である。

 

沈黙で重い雰囲気になりかけた時、エリナの背後で一つの影が両手を広げて立ち上がった。

 

「案ずるなエリナよ!!」

 

いつの間にか復活したエミールだ。彼の大声でエリナはビックリして飛び上がった。

 

そんな事はお構い無しにエミールはまた演説を始める。

 

「英雄の名を騙るあの悪魔(アラガミ)の力は確かに脅威だ。しかぁし!! ヤツは所詮独り、対して我が友には固い絆で結ばれた多くの仲間がいる!! 故に負ける筈がない! カズマは必ず勝利を手にして帰還するのだ!!」

 

エミールのまるで空気を読む気の無い行動に、全員呆気にとられる。だが、そのお陰でさっきまでの重い雰囲気は完全に霧散してしまった。

 

「くくっ……」

 

堪えようとしたが、カズマの口から笑い声が洩れる。

 

そして、ついには吹き出してしまった。

 

「ハハハハハ! まいった。やっぱりエミールには敵わないな!」

 

「せ、先輩?」

 

突然、盛大に笑い出したカズマ。それを見て気が触れてしまったのかとエリナが心配そうにする。

 

若干、可哀想な人を見る目になっているが、カズマは気にせずにエリナに歩み寄って、彼女の頭を乱暴に撫でた。

 

「わっ、わっ!?」

 

「エミールの言った通りだ。俺だけでは奴に勝てないから、ピンチになったらエリナが助けてくれよ!」

 

愉快そうに言って、カズマはしばらくエリナの頭を乱暴に撫で回す。それは先程の子供扱いするようなものではなく、戦友とじゃれ合う友愛のスキンシップだった。

 

カズマは失念していた。信頼できる仲間はブラッド隊だけではない。その事をエミールが思い出させてくたのだ。

 

出来ればエミールに礼を言いたかったが、言ったら言ったで面倒そうなのでカズマは黙っておく。

 

 

ひとしきり撫でて去っていったカズマを見送ったエリナは、彼の期待に応えるべく、一人決意を新たにしていた。

 

カズマは自分が守る、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エリナ達と別れ、ナナとギルとも別れたカズマとシエルは、いつものようにカズマの自室で報告書と対処マニュアルの作成をする━━前に来客を出迎えるためのゲートで待機していた。

 

彼らは別にサボっている訳ではない。ここに来た目的は、援軍の派遣の礼を述べるためだ。

 

グレムとアズサに一体どんな思惑があるにしろ、感謝の一つも言わないでいると何かしらの因縁を付けられるかもしれないからだ。故に、気が進まなくとも感謝の言葉を送らなくてはならない。

 

カズマは思う。この援軍が下心ありきのグレム主導のものでなく、クレイドルの絶対的エースである神薙ユウだったらどれ程心強かっただろうか、と。

 

もしも、彼が援軍として来てくれていたら、カズマは両手を上げて歓迎していたし、エースの帰還で支部全体の士気も上がっていただろうから、その方が良いこと尽くめだった。

 

だが、生憎彼はヨーロッパで作戦行動中であり、呼び戻すことは出来ない。それに、戦力に限定して言えばアズサ程頼りになる人間を他に知らないのも事実だ。

 

結局のところ、カズマは今回の援軍を刺激しない様に歓待するのがベターなのである。

 

(まあ、グレムは奴の自尊心を傷付けない程度に適当に接して置けば良いだろ。問題は━━)

 

「あの、カズマ少しよろしいですか?」

 

カズマが援軍に対する扱いを思案していたところ、隣で黙って控えていたシエルが話しかけてきた。

 

「どうした?」

 

考え事をしていたのを邪魔された形だが、カズマは気分を害した様子もなくシエルの声に耳を傾ける。

 

しかし、彼女は少し俯いていてどこか遠慮しているようだ。その事を不思議に思いつつ、話し出すのを待った。

 

やがて、シエルは言葉を選ぶように話し出す。

 

「NO LIFE……いえ、神堂アズサ……君のお姉さんはどんな方なのですか?」

 

「どんなのって言ってもなぁ、シエルが訊いているのは性格とか人となりの事だよな?」

 

「はい。君からは、どんな企みも実現させる恐ろしい方と聞きましたが、恐れる理由が分からないのです。ゴッドイーターである以上、敵意は私達人間ではなく、アラガミに向いて然るべきです。よって恐れる必要など無いはずでは? それどころか、優秀な方だから頼もしいのではないですか?」

 

「頼もしいねぇ……、まあ、確かに頼もしいよ。純粋に戦闘能力と指揮能力だけを見れば、アイツ程の強さを持った奴なんて他にいないしな」

 

頼もしい、と語るカズマの口調は、何やら引っ掛かる言い方で、シエルは疑問で小首を傾げた。

 

「彼女に対して何か問題があるのですか?」

 

「ああ、致命的な問題がある」

 

「致命的? どういうことですか。差し支えがなければ教えてください」

 

「……さっき、シエルはゴッドイーターであれば敵意はアラガミに向くべきだ、と言ったな」

 

「はい、人々をアラガミの脅威から守る。これは私達(ゴッドイーター)の存在意義だと思ってます」

 

「うん。その認識は正しいし、俺もそう思う。けどな、本来ならアラガミに向けるべき敵意が人間に向いているんだよ、アイツの場合はな」

 

「え?」

 

カズマの説明を聞いて、シエルは自分の耳を疑った。

 

先程シエルが言った通り、ゴッドイーターは人間を守る為に存在している。それなのに人間に敵意を向ける事は、ゴッドイーターの前提そのものを覆すものである。

 

だから、人間に対して敵意を向けるゴッドイーターなんて存在しない。いや、存在してはいけない。

 

ゲートの扉の向こう側から、昇降機の駆動音が聞こえてきた。

 

ついに来たのだ。最悪の援軍が。

 

「……アズサが人間に敵意を向ける理由は大体想像はつく。けどな、説得や交流でどうにかなるようなヤツじゃない」

 

カズマは扉の向こうにいるであろうアズサを睨みながら語る。

 

「シエル、これだけは心掛けてくれ。アズサとまともに交渉しようとするな。無理に分かり合おうとするな。アイツは劇薬だ。敵でないだけマシだが、味方ではない。接し方を間違えれば火傷では済まされないし、上手く利用しようとしても逆に自分がいい様に使われる。コミュニケーションは最低限に止めておけ」

 

まるで危険人物に対する警戒の言葉に圧され、シエルは緊張から唾を飲み込んで、ゴクリと喉を鳴らした。

 

そして、カズマの言葉の終わりとほぼ同時に来客用のゲートの扉が重い音を立てて開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゲートの奥からまずやって来たのは、相変わらず横柄な態度のグレゴリー・ド・グレムスロワと黒のタクティカルスーツで身を固めた数人の兵士だ。

 

グレムは、カズマの姿に気が付くと忌々しげに顔をしかめて、大きな舌打ちをした。その様子から察するに、フライアのクーデターの一件でブラッド隊に対して良い心証は持っていないようだ。

 

だが、それは無理の無いことかもしれない。あのクーデターでグレム自身は査問会で管理能力を厳しく追及され、社会的信用を大きく失墜させた。それに対してブラッド隊は、クーデターの主犯であるラケル博士の子供(研究成果)でありながらも、芦原ユノと共に極東を救った英雄として名声を欲しいままにしていた。

 

だから、グレムがブラッド隊を憎むのは無理のない事かもしれない。カズマに言わせれば逆恨みも甚だしいが。

 

出会い頭に舌打ちをされたが、カズマは気にした様子もなく、深々と頭を下げて最敬礼で応じた。シエルも同様に頭を下げてカズマに合わせる。

 

下げた頭を戻すと、カズマは満面の愛想笑いを浮かべてグレムの方へ歩み寄った。

 

「この度は援軍要請に応じて頂き、ありがとうございます」

 

「ふんっ、小僧めが気色の悪い笑みを浮かべおって、貴様の感謝など聞く価値も無い。こんな所で油を売っている暇があったら、とっととアラガミの一匹でも倒してこい!」

 

グレムは、カズマの感謝の言葉を無価値と断じて、不愉快そうに言い捨てた。

 

あまりにも理不尽な言葉だが、カズマとシエルは特に気にした様子もなく、もう一度頭を深々と下げる。

 

「援軍だけではなく、激励のお言葉も頂けるとは、望外の至り。感謝の言葉もございません」

 

横柄なグレムに対して、カズマは慇懃無礼に応じた。

 

それが面白くないグレムは、また大きな舌打ちをして不快感を顕にする。

 

この時グレムは、期待していた。カズマが怒って殴りかかってくるのを。そうすれば士官に暴力行為を働いたとして、合法的に処罰できるのだから。

 

だが、彼は見誤っていた。カズマとシエルの懐の深さを。カズマ達からすればこの程度の煽りは挨拶のようなもので、一々腹を立てるような事ではないのだ。

 

「ワシはここの支部長に用があって来たのだ、貴様なんぞに構っている暇は無い!」

 

そう言い捨てて、グレムは兵士を引き連れて去っていった。

 

「おー、おー、あんなに荒々しい足取りで歩いちゃってまあ」

 

「怒り心頭と言ったところですね。しかし、君はワザと挑発しましたね?」

 

「さあね、俺はただ礼節に則って応対したつもりだぞ。それで怒るのは本人が狭量なだけだろ」

 

あくまでも自分は悪くない、とカズマはとぼける。

 

「まあ、君がどういうつもりだったにしろ、ギルとナナさんを連れてこなくて正解でしたね」

 

「うん、グレムが嫌味の一つでも言ってくるのは分かってたからな。ギルがいたら多分キレていた」

 

去っていくグレムの背中を見送りながら、カズマとシエルは小声で話し合った。

 

少しの間だけそうしていたら、後ろからカツカツと規則的なリズムを刻む足音が聞こえてきた。

 

ついに本命が来たか。そう思いながらカズマは、気を落ち着かせる為に一度深呼吸をして、足音のする方に向き直った。

 

振り向いた先には、ゲートの奥から歩いて来る一組の男女がいた。

 

二人共、血で染め上げたかの様な深紅のロングコートに身を包み、女の方は黒のショートパンツと膝まであるゴツいブーツを履いている。男の方は白のスラックスと普通の革靴で、コート以外は女とは対照的だった。

 

「……アズサ」

 

女の方を見て、カズマはその名前を呟いた。

 

肩で切り揃えた灰色の髪に、自身の完璧な容姿を損なう治療用の眼帯。それは、三年前に別れた時と全く同じ姿であった。

 

昔と変わらない姿のアズサを見て、カズマの脳裏に彼女との思いでがフラッシュバックする。

 

━━カズマ、今日からは私がお前の姉だ。

 

━━辛い時くらいは私に頼れ、何があっても私だけは最後までお前の味方なのだから。

 

━━ゴッドイーターになった。お前を養うくらいの報酬は十分に貰える。だから、危険な偵察任務なんか辞めて私と共に来い。カズマ。

 

「……チッ」

 

さっきグレムがしたように、今度はカズマから舌打ちが洩れた。

 

それにシエルは驚いて、一瞬ギョッとしたが、アズサがいる為、いつものポーカーフェイスで取り繕った。

 

この時、カズマは軽い自己嫌悪に陥っていた。

 

過去に家族関係だったのは確かだが、アズサとは既に決別した仲であり、今は極東にやって来た邪な援軍でしかないのだ。だから彼女の姿を見た時、警戒を持たなければならなかった。それなのに、脳裏には彼女との嬉しかった思い出が甦ってしまい、あろうことか一瞬アズサとの再会を喜んでしまった。

 

それではまるで歓迎しているかのようで、極東支部を裏切っているみたいではないか。そう思えたからカズマは舌打ちしてしまった。

 

しかし、カズマの舌打ちは聞こえていなかったのか、アズサは嬉しそうに微笑みながらカズマの目の前にやって来た。

 

「……」

 

カズマは無言のまま頭を下げようとしたが、アズサは肩に手を置いてそれを優しく止めた。

 

「せっかくの家族の再会だと言うのに、水臭い真似をするな」

 

そう言ってアズサは笑って見せた。

 

その笑顔には喜びが含まれていて、カズマとの再会を純粋に喜んでいる様である。

 

アズサはカズマに身を寄せると、彼の体をグッと抱き締めた。

 

「三年振りだなカズマ。お前の活躍は聞いている。随分と立派になったじゃないか」

 

「……俺もあんたの活躍は聞いた。随分と好き放題にやってるな。三年前から何も変わっていない」

 

姉と弟の再会を喜ぶ抱擁。それは本来であれば仲睦まじい光景だが、どこか腹の探り合いをしているような不穏な空気がある。少なくとも傍にいるシエルにはそう見えた。

 

この時シエルは漠然と感じた。カズマとアズサの関係は、ただの家族や戦友などというものではなく、親愛や敵意等の愛憎が入り交じった複雑怪奇なものではないのかと。

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