GOD EATER ー人外の王ー   作:継文

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二十一話

少しの間だけ抱き締めていたアズサがカズマから離れた。

 

「さて、名残惜しくはあるが時間は有限だ。簡単にだが、自己紹介を済ませておこうか。私はフェンリル保安課実働部隊、グレイプニール隊隊長神堂アズサだ。カール、お前も挨拶をしろ」

 

カールと呼ばれた男が、アズサの呼び掛けに応じて一歩前に出る。

 

「同じくグレイプニール所属のカール・フォン・グスタフよ。一応副隊長を務めているわ、よろしくね」

 

そう言って、カールは人懐っこい笑みを浮かべながら右手を差し出してきた。ソレだけを見れば友好的な関係を築こうとしているようで好感が持てるが、油断してはいけない。この女性的な男はあの(・ ・)アズサの副官なのだ。並の人間であるはずがない。

 

取り敢えず握手に応じるカズマだが、アズサ達が名乗った部隊名に眉をひそめた。

 

「グレイプニール? そんな曰くありげな名前の部隊は聞いたことも無いが」

 

━━グレイプニール。それは『貪り喰うもの』という意味であり、北欧神話において魔狼フェンリルを封じた魔法の紐の事である。

 

意味だけを見れば、ゴッドイーターの部隊の名前としてある意味適切なのかもしれない。だが、その役割はフェンリルを自由を奪うための枷だ。故にフェンリルの牙であり、爪であるゴッドイーターの部隊名として相応しいものではない。

 

そういう事からアズサの部隊名は、本来ならばあり得ないものなのだ。しかし、当の本人は伊達や酔狂で曰く付きの名前を名乗っているわけではない。

 

アズサはカズマの疑問に答えるために説明を始める。

 

「聞いたことが無いのは当然だろう? つい最近出来たばかりの部隊なのだからな。名前については、グレイプニール隊の仕事内容を聞いてくれれば納得できるはずだ」

 

「通常の部隊とは任務内容が異なるのか?」

 

「ああ、私の部隊はフェンリルの規則に違反した職員の逮捕や、反乱・テロを企てる不穏分子の粛清が主な任務だ」

 

「つまり、フェンリルの自由(横行)を許さない為の鎖と言うわけか」

 

規則という名の鎖でフェンリルを御する為の部隊。

 

それならば、グレイプニールと名付けられのも納得がいく。

 

カズマは合点がいったように頷き、それを見たアズサは嬉しそうに笑う。

 

「だが、人間を逮捕するのに、わざわざゴッドイーターなんか必要ないだろ。しかも━━」

 

話しながら、カズマはアズサとカールの右手首をチラリと見た。

 

「━━隊員は稀少な第三世代の神機使い。鎖を気取るには少々大袈裟すぎじゃないか?」

 

そう、人間相手にゴッドイーターを用いるのは極めて非効率だ。しかも、アズサとカールの右手首に着いている腕輪は、第三世代であることを示す黒い腕輪だった。

 

「……大袈裟と言われるのは仕方ない事だが、これには理由がある」

 

「なに?」

 

「私達グレイプニールは、フェンリルの人間を逮捕・拘禁する。そうすると、当然その支部では穴ができる。それを私達が埋めるから、どんな所でも戦えるように全員腕利きの第三世代で構成されている訳だ」

 

つまり、グレイプニールは違反者などの逮捕を行った後は、補充要員が来るまでその支部に留まってゴッドイーターとして討伐任務に当たると言う訳だ。その為、感応種や接触禁忌種が相手でも問題なく戦えるように第三世代の精鋭部隊となっている。

 

「ふうん、そう考えたなら戦力も過剰とは言えないな。それに、その口振りからすると、まだ他にも隊員が居そうだな 」

 

「ああ、あともう三人居るんだが、生憎今は別の任務で欧州に行っていてな。今回の応援は私とカールのみだ」

 

カズマとアズサが話し込む一方、後ろで控えているシエルはずっと違和感を感じていた。

 

その違和感とは、カズマの会話の余裕の無さ。

 

グレムと対面した時、カズマは皮肉を言う余裕があった。だが、アズサと話している時は皮肉はおろか、愛想笑いすら浮かべていない。

 

━━カズマはアズサとの再会を実は喜んでいる?

 

━━否、喜んでいるのならば歓迎の言葉の一つでもあって然るべきだ。

 

━━なら、カズマは本当にアズサを危険人物として見ている?

 

━━それも違うように思える。カズマが本当に危険人物として見ているのならば、愛想笑いを浮かべて早々に会話を打ち切っている筈である。

 

歓迎する訳でもなく、避ける訳でもない中途半端な応対。それがカズマの余裕の無さの原因なのだろうか。

 

シエルがそう考察していると、話していたアズサがふと思い付いたように手を叩いた。

 

「そうだ。私達はしばらく極東支部でやっかいになるから、客室に案内してくれないか? ええ、と━━」

 

「申し遅れてすみません。私は極東支部支部所属のブラッド隊副隊長シエル・アランソンです。よろしくお願いいたします」

 

急にアズサから会話を振られても、シエルは動じず、完璧な礼節に則って挨拶をした。

 

シエルは、カズマの様子やアズサの得体の知れなさなど思うところは色々あるが、その事は一旦置いといて、ひとまず礼儀を尽くすつもりでいた。

 

「……シエル・アランソンね。なら、シエル。カールを客室まで案内をしてくれないか? 私とカズマはまだしばらく話しがあるのでな」

 

そう言われてシエルは、カズマの方に視線を送って様子を伺う。その視線に心配の色が混ざっているのは、今の状態のカズマをアズサと二人っきりにして良いものかと思った故である。

 

その案じる視線に対して、カズマは頷きだけで応えた。

 

いつもと違う最低限のリアクション。それはシエルの不安を余計に煽り、彼女は危機感を感じずにはいられなかった。

 

しかし、カズマに『頼む』と言われてしまった為、シエルは後ろ髪を引かれる思いを感じつつも、カールを客室まで案内するのだった。

 

 

 

シエル達が去った後、カズマとアズサは会議室に移動した。

 

「ふむ、最前線と聞いていたから、どんなボロい支部かと思っていたが、なかなか良い所じゃないか」

 

カズマと机を挟んで椅子に座るアズサが、背もたれに体重を掛けながら感心したように呟いている。

 

「あんたは設備のケチでも付けに来たのか? さっさと用件を言え」

 

「せっかちな奴だなあ。三年振りの再会なのだから少しは家族らしい会話があっても良いんじゃないか? 会話の無さは家庭崩壊の第一歩だぞ」

 

真剣な面持ちで話すカズマに対して、アズサはからかう様な笑みを浮かべて話す。

 

この温度差は両者の余裕の差であり、器量の差でもあった。

 

対話において勝敗を決める物が有るとするならば、それは余裕の有無であろう。そう考えたならば、カズマは既に負けていると言える。

 

その事を分かっているアズサは、顔に浮かべた笑みを一層濃くした。

 

「いけないなあ、あまり余裕が無いとつけ込まれるぞ? 私みたいな輩にな」

 

「……良いから用件を言え」

 

「まったく、人がせっかく忠告してやっているのに、しょうがない奴だ。大体、さっきから用件と言っているが、私は応援に来たのだぞ。そんな言い方されれば、まるで下心があるみたいではないか」

 

「じゃあ、あんたは純粋な心で応援に来たって言うのか?」

 

「ああ、さっきからそう言っているではないか。愛しの弟の危機に居ても立ってもいられず、本部から参上した訳だ」

 

「ふざけるなっ!!」

 

机に拳を叩き付けながらカズマが怒号をあげた。

 

「愛しの弟だと? 何よりも人間を嫌悪するあんたがよくも言えたもんだな!」

 

「……」

 

「大体、アラガミの討伐に何故グレムがいる! 何故綱紀粛正の部隊が応援に来る! 答えろ!!」

 

カズマは今にも噛み付かんばかりの勢いで怒鳴る。この時、彼は完全に冷静さを欠いていた。アズサの存在がそうさせたのだ。

 

もしもこの場にシエルが居れば、すぐに宥めてここまで怒りをあらわにしなかっただろう。そもそも怒りすらしなかったかもしれない。

 

しかし、当の彼女はここにはいない。

 

「ふふっ、やっと素直になってくれたな。それでこそアイツと引き離した甲斐があるというものだ」

 

アズサの言葉に、カズマの怒号がピタリと止まった。

 

「なあ、カズマ。こう思わないか? 対話する時、表情が変わらず何を考えているか分からない奴より、感情を剥き出しにして吠える素直な奴の方が遥かに扱い易い、ってな」

 

この時、カズマは悟った。自分がアズサの手の平で踊らされていた事を。

 

アズサは知っていたのだ。自分とカズマが二人きりで話し合えば、彼は冷静でいられない事を。そして、カズマにとっての精神安定剤がシエルである事を。

 

彼女に言わせれば一目瞭然だった。

 

シエルは挨拶をするまでカズマの後ろに控えていたが、その視線は常に彼に注がれていて好意を寄せているのは明らかなのが分かる。そして、シエルが案内の為に離れる時、彼女の案じる視線に対してカズマは頷きだけで応えた。それは心配を掛けまいとするカズマなりの気遣いであると同時に、彼女の前では完璧な隊長でいようとする心の表れだった。

 

そして、わざとカズマを怒らせ、真意を伝えたのは、話しの主導権を握って力関係を明確にする為である。

 

椅子に体を預けて敗北にうちひしがれるカズマを見て、アズサは嗜虐的な笑みで目を細めた。

 

「カズマ、お前の言う通り応援が目的ではない。ペイラー・榊支部長に逮捕状が出たからだ」

 

「なに?」

 

「罪状はゴッドイーター運用法の違反。簡単に説明をすると、ゴッドイーターに無茶な作戦を強要した疑いが掛けられている」

 

アズサに言われて、カズマは全てを理解した。

 

彼女の狙いは応援の対価としてキュウビのコアが欲しかったのではなく、違反者の逮捕という大義名分が欲しかったのだ。

 

「俺が復帰直後にアーサーと一戦を交えたのは狙い通りだった訳か」

 

「正解だ。悪名高い私とグレムの名前と貴重な物資と研究データの要求をする援軍。そんなの誰だって断りたくなる。で、結果的に榊支部長は援軍が不要である事を示すために、退院直後のカズマに無茶な出撃をさせてゴッドイーター運用法に抵触する事になった」

 

「そして、逮捕される榊支部長の後釜にグレムが就くわけか」

 

「ああ、だが安心すると良い。それはペイラー・榊支部長の判決が明らかになるまでの事だ」

 

そう言われて安心できるものではない。一時的とは言え、あのグレム(アズサの息が掛かった人間)が極東支部支部の長となるのだ。おそらく極東支部は彼の私物と化するだろう。それはキュウビのコア等を差し出す事よりも大きな損害と言える。

 

カズマはダメ元で聞いてみる。

 

「俺が自ら志願して出撃した、と言っても違反になるのか?」

 

「それならば、ペイラー・榊支部長は止めるべき立場にある筈だ。どちらにしても違反には変わりはない。……まあ、それはそれとして、一つ忠告しておく。あまり奴を庇うような発言をするなよ? 重要参考人としてお前まで査問会に連れていかなければならなくなる。そうすれば極東支部の状況はさらに悪くなるぞ」

 

榊がカズマに相談もせずに援軍を受け入れたのはこの為だったのだろう。わざと不誠実な対応をする事で、自分に対する不信感を抱かせて弁護する気を起こさせず、極東支部に残させるように。

 

それならば、もっとやりようはあるだろうとカズマは思うが、榊は悩み、自分の及ぶの範囲でベストを尽くしたのだ。その事は何者にも非難されることではない。

 

「さて、こうして極東に入り込み、キュウビより大きなもの手に入れたが、それはあくまでもついでのついで。私の真の目的は別にある」

 

これ以上何があると言うのか。カズマは黙って耳を傾ける。

 

「私の真の目的は極東での種蒔きと収穫だ」

 

「どういう━━」

 

カズマが言葉の真意を尋ねるよりも先に、アズサは机に身を乗り出して手を差し出してきた。

 

「これから忙しくなる。ブラッドを辞めてグレイプニールに入れ。お前が必要だ」

 

意味が分からず、カズマは困惑する。アズサの顔を見れば、嗜虐的な笑みもからかう様な笑みも消えていて、真剣な表情を浮かべていた。

 

「カズマ。お前が私を信用していないのは十分に知っている。そして、嘘が多い事も自覚している。だがな、お前の事を愛しの弟と言ったのは、嘘偽りの無い本心から出た言葉だ」

 

アズサは何処までも真剣に語る。その顔はカズマが慕っていた姉のものだった。

 

知らず知らずの内にカズマの右手がアズサへと伸びていく。

 

目の前にいるのは、恐ろしいアズサではない。自分がかつて慕っていた優しい姉なのだ。

 

誘蛾灯に誘われ様に、カズマの右手は差し出されたアズサの手へ近付いていく。

 

その様子を見て、アズサは内心でほくそ笑む。

 

━━さあ、来い。こっちの水は甘いぞ。

 

━━ここは二人きりだ。邪魔者(シ エ ル)はいない。遠慮なくこの手を掴め。

 

アズサは、カズマが自分の手を掴むと確信して会心の笑みを浮かべようとした。

 

だが、カズマが差し出された手を掴む事はなかった。

 

何故なら、他の手がカズマの右手を掴んだからである。

 

その他の手の持ち主はカズマだった。アズサへと伸ばした右手は彼の左手によって阻止されたのだ。

 

「……何故だ?」

 

今度はアズサが困惑する番だった。

 

「……俺はあんたの手を掴むことは出来ない。俺には仲間がいる。託された意志がある。だからあんたの手を掴まない」

 

「……」

 

カズマに余裕の笑みは無かった。ただ、事を成そうとする強固な意志だけがその目に宿っていた。

 

未だにカズマに余裕は見られない。まだ、アズサが有利な筈だ。だが、今のカズマを口説く事は不可能だとアズサは悟った。

 

差し出した手を戻して、アズサは椅子に体を預ける。

 

「ふぅ~~、……忘れていた。カズマはテコでも動かない頑固者だったな。そんなお前だからこそ、今まで折れずに戦って来れたのだろうが……今はその頑固さが憎たらしいな」

 

脱力してアズサが語る。カズマはそれに応じず、黙って席を立ち、そのまま会議室から出ていった。

 

残されたアズサは、しばらくぼんやりと天井を見上げていたが、唐突に童女のような無垢な笑みを溢した。

 

「ふふふ、やはり簡単にはいかないか。流石、私の弟だ。カズマを手に入れるためにはやはり“熊の腱”が必要だな」

 

椅子から立ち上がって、アズサは策謀を巡らす。

 

「さてさて、植える種の名前は“不信”と“愛憎”。ここではどんな果実(結 果)を実らせるのかな?」

 

アズサの呟きは誰にも届かない。その事が彼女にとって幸運な事であり、人類にとっては不幸な事であった。

 

 

 

 

 

 

深夜0時、ほとんどの職員が眠りに就いたアナグラのラウンジにて、カズマは一人でグラスを煽っていた。

 

消灯時間をとっくに過ぎている為、カズマは光源としてキャンドルを持ち込み、その明かりに照らされながらグラスに入った炭酸水を飲み干す。

 

キャンドルの頼りない明かりに照らされるラウンジは、どこか落ち着いたムードに溢れ、心を落ち着かせるのにはもってこいの雰囲気に包まれている。しかし、それを裏切るかのように、この空間を作った人間の心中は陰鬱としていてた。

 

「はあ……」

 

カズマの口から苛立ちと疲労が混ざった溜め息が洩れる。

 

普段の毅然とした彼らしからぬ様子であるが、その原因はアズサにある。

 

(いいように打ちのめされたな)

 

アズサとの対話でカズマは圧倒的敗北感じていた。終始会話の主導権を握られ、彼女の思うように踊らされ、そして危うく取り込まれるところだったのだ。これを圧倒的敗北と言わずになんだと言うのか。

 

あの対話の後、予定通りにアーサーに関する報告書と対応マニュアルの草案の作成は出来たが、仲間との夕食の時は気分が最悪だった。シエル達に悟られないように何とかいつも通りに振る舞ったが、所詮は空元気。シエルが何度か気遣うような視線を送ってきていた。

 

「……はあ」

 

もう一度、さっきと同じ溜め息が出る。

 

「なーに、たそがれてるの?」

 

不意に、背後から声を掛けられると同時に首筋に冷たい物を押し当てられた。

 

一瞬カズマは驚いたが、顔には出ず、極めて冷静な様子で声の主に応えた。

 

「リッカか……どうした?」

 

そう言いながら振り向いた先には、カレードリンクの缶と皿を持ったリッカが立っていた。

 

「うわぁ、反応薄いね。て言うか、“どうした”っていうのは私の台詞なんだけど」

 

望んだリアクションが返ってこなかった事に若干拗ねた様子で話しながら、リッカがカズマの隣に座ってきた。

 

「さっきまで仕事してたのか?」

 

「まあね」

 

席に着いたリッカは、コーンフレークが盛られた皿をテーブルに置くと、カレードリンクの缶のプルタブを開けてその中身を皿の中にぶちまけた。

 

カレードリンクが掛かったフレークをスプーンでかき混ぜる様を見て、カズマはつい顔をしかめる。

 

「美味いのか? それ」

 

「美味しいよ。サクサクとした食感のカレーライスを食べてるみたいで。それよりも、カズマこそ美味しいの? それ。だって、ただの炭酸水でしょ?」

 

「案外イケるぞ。ハーブとかがあれば文句なしだ」

 

「へー、味覚死んでるんじゃない?」

 

「リッカに人の事が言えるのかよ。それ(カレードリンク)、飲んでる奴他に見た事ないぞ」

 

「私とカズマが知らないだけで、他にも飲んでいる人はいるよ。……多分」

 

フレークを食べながら、リッカとカズマの雑談は続いていくが、やはりその様子はどこかぎこちなかった。

 

「……ねえ、ちょっと聞きたいんだけど。良いかな?」

 

食事を終えて、リッカがそう切り出してきた。

 

「なんだ?」

 

「ヘコんでる様に見えるけど何かあったの?」

 

「……そう見えるのか」

 

「違った?」

 

リッカはグッと体を寄せてカズマの顔を覗き見る。

 

「私が見たところ、カズマは誰かにコテンパンにされてヘコんでいる。って、感じだけど。どう、間違ってるかな?」

 

リッカの推察は正鵠を得ていた。これにはカズマも驚きを隠せなかった。

 

「……よく分かったな」

 

「ふふん、これでも君より三年長く生きてるんだから、このくらい簡単簡単」

 

驚きで目を見開くカズマを見て、リッカは得意気に笑いながら体を元の位置に戻す。

 

この時、彼女は小さな嘘を吐いた。それは、カズマの気持ちを読み取った観察眼についてだ。

 

少し年上だから分かったと言ったが、本当はずっとカズマを見てきたから分かったのだ。リッカはそれを口にする事は出来なかった。言ってしまったら今まで築いてきたカズマとの関係が終わってしまうと思ったからである。

 

「で! 私にはバレバレなんだから君はサッサと悩みを吐き出しちゃいなよ! お姉さんが聞いてあげるから」

 

リッカはわざと語気を強めて話す。明るい空気を作って話しやすい環境を整える為ではなく、嘘を吐いた罪悪感を紛らわせるという利己的な理由から。

 

しかし、カズマには話しやすい環境を作るためにワザと明るく振る舞ってくれている、と伝わった為、思わず安堵の笑みが零れた。

 

「ありがとな、リッカ」

 

「……お礼なんかいいよ。照れ臭いから」

 

カズマは空になっているグラスに新たな炭酸水を注いで、それを一口飲んで唇を濡らした。

 

「俺の姉が援軍として極東支部にやって来た」

 

「えっ!? 君にお姉さんがいたの?」

 

初めて知った事実にリッカが驚きの声を上げる。

 

「ああ、血は繋がってないがな。歳はちょうどリッカと同じくらいで、灰色の髪と右目を覆う眼帯が特徴だ」

 

「ふうん。取り敢えず、君にお姉さんがいたのは分かったけど、それでなんでヘコむ話しになるのかな。普通、身内の援軍とかは心強いものなんじゃないの?」

 

リッカはあくまで一般論を言ったつもりだったが、それにカズマは表情を曇らせた。

 

「……アイツは味方ではないんだ」

 

「え?」

 

「アイツは過去に何人もの人間を殺している。それも自ら手を下さずに、周りからは事故死したように見せかけて」

 

カズマは顔を俯かせて語る。カウンターに置かれた彼の手を見れば微かに震えているのが分かった。

 

「……カズマはお姉さんの事が怖いの?」

 

「ああ、怖い。アイツは、人間にとってアーサー以上に厄介な敵だ。……敵なんだ。それなのに、俺はアイツと向き合ったら姉として慕っていた時を思い出す。そして、気が付いたらアイツの思うがままに動いている自分がいる。それが何よりも怖いんだよ」

 

「そっか、……君はお姉さんの言う通りになるのが嫌なんだね」

 

恐らくシエル達ですら見た事が無いカズマの弱音。不謹慎であるが、リッカは僅かな優越感と幸福感を感じずにいられなかった。

 

と言うのも、カズマはシエル達も含めて、周囲の人間に対して弱音は吐かない。いや、吐けないのだ。

 

その理由は、自分がブラッド隊の隊長だからである。

 

隊長は戦場にて隊員を率いる立場にある。故に頼れる存在でなくてはならないし、そうなるためには弱みは見せずに常に毅然としていなくてはならない。

 

だからカズマはシエル達を信頼していても、弱音を吐いたり甘えたりする事が出来ない。

 

リッカは思う。他人に甘えるのは決して悪いことではない。その人の感じるストレスを和らげる必要な措置だと。けど、カズマはそれが出来る立場にいない。

 

(まったく、カズマを隊長に指名した人は何を考えていたんだか)

 

リッカは心の中でぼやく。

 

(いくらカズマが強いからって、なんで隊長をさせんのよ。彼はまだ18歳、未成年なんだよ? 他人の命を預けさせるのには早すぎるでしょうが)

 

カズマを隊長に任命した人間に対して、文句が3ダースくらい出てきそうだったが、リッカはなんとか堪える。今大事なのはここに居ない誰かではなく、目の前で落ち込んでいる一人の少年なのだから。

 

「力を抜きなよ、カズマ」

 

そう言いながらリッカは手を伸ばしてカズマの頭をクシャッと撫でた。

 

「君は強いし大抵の事は出来るけど、最強でなければ完璧でもない。だから思い通りにいかない事なんて幾らでもあるでしょ」

 

「そんな事は分かっている。だが、アイツの思い通りに動いてしまったら、その先にあるのは破滅なんだ。だから抗わなければいけないんだ」

 

頭を撫でられながら、カズマは絞り出すように不安を口にする。それをリッカは、快活に笑い飛ばした。

 

「分かってないなぁ。私は、君が大した人間じゃないから変に気負うな、って言ってるの。君は戦場に立たなかったら18そこそこのただの少年だよ? そんな子が大人に手玉に取られるのは当たり前、自分でどうにも出来ない事があったら誰かに頼るのも当たり前」

 

つまりね。と言って、リッカはカズマの頭から手を離して、自身の胸に添えた。まるで、折れそうになったらいつでも胸を貸すと言わんばかりに。

 

「君は何でも自分でしようとし過ぎ。もっと他人を巻き込みなよ」

 

他人を巻き込め。それはカズマが人生で初めて言われた言葉だった。

 

施設にいた時も偵察班にいた時も、常に周囲に迷惑を掛けるな、自分一人で被害を被れ。と教え続けられていた。だからブラッド隊に入った時からは、真の意味で人に頼る事が出来なかった。

 

リッカの言った、他人を巻き込めと言うのは、どんな困難でも遠慮無く他人に頼れ、と言うことだ。

 

巻き込んで(頼 っ て)良いのか?」

 

「勿論。極東支部の皆は君が好きだからね。喜んで手を貸すよ」

 

そう言われて、カズマは自負の肩が軽くなったのを実感し、笑みが浮かんできた。

 

「そうか、なら今度からそうさせて貰うかな」

 

カズマは立ち上がる。それを見届けながら、リッカは笑う。

 

「また折れそうになったらいつでも連絡してね。胸を貸してあげるから」

 

「その貧相なモノで?」

 

リッカの言葉に、カズマは彼女の胸を見ながら挑発的に笑った。

 

「あ、今カチンときた。ちょっとそこに座りなよ。スパナかハンマーか選ばせてあげるから」

 

「貧乳ー(笑)」

 

カズマは笑いながら挑発して、そのままラウンジの出口に向かう。

 

その途中で、彼は立ち止まって背中越しに礼を述べる。

 

「リッカ、ありがとうな」

 

「うん、どういたしまして。おやすみ」

 

「ああ、おやすみ」

 

互いに夜の挨拶をしてから、カズマは今度こそ本当にラウンジから出て行った。

 

もう心配はいらない。彼は立ち直ったのだ。

 

これで良いのだ。好いた人の悩みを聞き、元気付けてあげる。これ程の充足感が他にあるのだろうか。

 

だと言うのに、リッカは何か致命的な間違いを犯してしまったかの様な居心地の悪さを感じていた。

 

そもそも、リッカ自身は彼には笑っていてほしいと思う反面、傷ついてほしくないとも思っている。そして、傷付かない為には戦わないようにしなければならない。だが、周囲の期待と彼自身の気質がそれを許さない。

 

ならば、どうするべきか?

 

答えは簡単。戦うための手段を奪ってしまえば良い。彼の心が折れて立てなくなってしまったら、そのまま自分の胸の中で寝かしつけてやれば良い。

 

けれども、それは出来ない。する訳にはいかない。やってしまったら最後。カズマとの心地良い空間を永遠に失いかねないからだ。

 

「本っ当、私は最低な人間だなぁ」

 

好きな人を守るための手段も方法も持っているというのに、我が身の可愛さからそれを実行することが出来ない。それが情けなくて、リッカはつい自虐の言葉を吐いた。

 

彼女はカズマが残していったグラスを手に取る。

 

グラスの中には気泡を放つ炭酸水がまだ多く残っている。それにソッと口を付け、炭酸水を口に含んだ。

 

ただの炭酸水に味なんて無い。だが、この時リッカは僅かな甘みと胸を締め付ける切ない痛み、それと下腹部の疼きを確かに感じていた。これらがもしも味覚から来る感覚ならば、きっとこういう名前が付いているだろう。背徳の味と。

 

それからしばらく、リッカはカズマが使っていたグラスを肴に、悶々とした夜を過ごしていくのだった。

 

 

 




部隊説明

グレイプニール

神堂 アズサによって設立された綱紀粛正の部隊。隊員は全員第三世代の神機使いによって構成され、個々の能力は非常に高い。

また、フェンリルの組織内の不穏分子等を粛正するという性質上、独自の捜査権と逮捕権を有する。

以上の事から、フェンリルの役員達からは権限の与えすぎで部隊が暴走しかねない。という反発の声が当初は上がっていたが、反対派の人間のほとんどが不慮の事故でこの世を去ったり、汚職事件で投獄された為、反対派は瓦解して設立に至った。

つまり、グレイプニールは設立する段階から曰く付き部隊となったのだった。
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