新種のアラガミ出現の報告を受けた翌日の朝、ギルとナナはミーティングルームに集まっていた。
カズマが隊長になってから、ブラッドではその日の各自の予定や業務連絡をするために一度集合するのが通例となっているのだ。
その日も例に漏れず、ナナとギルは椅子に座ってカズマとシエルが来るのを待つ。
「カズマ達遅いね、ギル」
退屈そうに上体をユラユラと揺らしながらナナが訊いた。
対して、ギルは椅子に背中を預けて泰然とした様子で答える。
「俺の経験上、隊長格の人間を朝から見ない場合は、女関係のトラブルで雲隠れしているか、査問会に呼ばれたか、懲罰房に入れられたかのどれかだと思うんだけどな」
「え~、それってハルさんの場合でしょ? カズマは違うよ」
「分からないぞ。最近のあいつもハルさんに毒されてきてるからな」
「うっ……」
何か思い当たる節があるのか、ナナは押し黙る。
やがて何か良い考えが思い付いたのか、ナナ明るい表情にパッと変わり、勢いよく立ち上がった。
「よしっ! 殴ろう!」
「あ?」
ナナのブッ飛んだ言葉に、ギルはずっこけそうになるのを堪え、珍獣を見る目でナナを見る。
「おい、何でそうなるんだよ」
「だってコウタ隊長から借りたバガラリーで見たもん。間違った方向に進んだ仲間をぶん殴って元に戻すのを!」
だから大丈夫! そう言い切ったナナは直ぐに行動を起こし、ミーティングルームの入り口の壁に張り付き、カズマが来るのを待ち構える。
止めろバカ。ギルがそう言い掛けた時、タイミング悪くと言うか、タイミング良くと言うか、ドアが開いてカズマとシエルが入って来た。
「もらったあああぁぁぁ!」
カズマが入って来たのと同時に、ナナの渾身の右ストレートがカズマの顔面を襲う。
が、カズマはそれを上体を反らすだけで避けると、ナナに足払いをかけた。
バランスを崩したナナは倒れそうになるが、シエルに抱き止められる。
しかし、シエルはナナを助ける為に抱き止めたのではなかった。
シエルはナナの頭を脇に堅め、一気に絞め上げる。
ヘッドロックだ。ナナは堪らずタップするが、シエルはどこ吹く風、力を更に加えて絞めるのを止めない。
「ふぎゃああああぁぁぁぁ! シエルちゃんギブ! ギブギブギブ!!」
「聴こえません。知りません。私は隊長に殴りかかった不届き者に制裁を加えてるだけです」
制裁を加えるシエルを横目に見ながら、カズマはギルに事のあらましを訊ねた。
「なるほどな」
説明を受けたカズマは納得がいったように頷いて、シエルに向き直る。
ようやく開放か? ギルはそう思ったが━━
「シエル。今度はタワーブリッジだ」
「了解しました」
そう甘くはなかった。
シエルはカズマの命令に忠実に従い、制裁はまだまだ続く。
しばらくして制裁も終わり、ようやく朝の定時連絡が始められた。
「約一名、馬鹿な事をしてくれたお陰で遅くなったが、朝の定時連絡を始める」
「ぶう、私はただ隊長を正しい道に戻そうとしただけなのに」
「ああ゛? 何か言ったかナナ」
「隊長は格好良いね、って言ったの♪」
カズマに睨まれてナナはとびっきり笑顔で誤魔化す。
これ以上は流石に時間の無駄になるので、カズマはさっさと本題に入る。
「昨日、新種のアラガミの出現が確認された」
カズマの言葉でさっきまでのおちゃらけた空気は消え、ギルとナナは瞬時に仕事の状態に切り替わった。
普段、どんなにふざけていても流石はプロ。公私の区別がきっちりしている。
カズマは説明を続ける。
「件のアラガミはゴッドイーターを二人殺したが、そのまま行方を眩ました。情報が少ないため、調査隊が結成され、俺達の仕事は彼等の護衛だ。詳しい作戦の説明は、━━シエル、頼む」
「はい」
説明をシエルに頼み、話しは滞りなく進む。
やがて説明も質問も終わり、出撃の準備に取り掛かった。
シエルとギルは同行する調査隊との挨拶に行き、ナナは携行アイテムの調達に向かっていた。
カズマは一人で神機の整備場に来ていた。
ドリルやリベット銃の音で満ちた作業場は鼓膜が破れそうな程にうるさいが、カズマは大して気にも留めず、ある人物を探していた。
「カズマー! どうしたのー!」
オーバーオールを着崩した女性に呼び止められた。
彼女の名は楠リッカ。21歳ながらも整備班の副班長を務める人物であり、カズマが探していた人物でもある。
「リッカー! 話があるからちょっと来てくれー!」
ジェスチャーを交えながらカズマが言うと、リッカは頷きで返してくれた。
二人は整備場から休憩室に移った。
「久しぶりだね、君から整備場に来るのも。どうしたの?」
「いや、そう大した用じゃない。ただ俺の神機の装備の換装を依頼したくてな」
そう言って、カズマは一枚の紙をリッカに手渡した。
リッカは受け取った紙に目を通して、口に出して読み上げる。
「えーっと、シロガネ長刀極型にMKファランクス、クロガネ大盾剛鱗ね。分かった、このパーツに換えとけば良いんだね?」
「ああ、頼む」
「オッケー、今から取り掛かるよ。でもさあ」
「何だ?」
「これ、メールでも良くない?」
リッカの疑問はもっともだが、これにはカズマなりの理由がある。
「まあ、リッカの言う通りなんだけど。癖みたいなもんだ」
「癖?」
「そうだ。大仕事の前にはメールとかを使わないで直接話す事にしてんだ」
「それって、最期になるかも知れないから?」
「そうだな。我ながら情けない理由だが」
なるほどね、と言いながらリッカはニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「カズマの事情はよーく分かったけど、あんまり女の子にその話ししちゃあ駄目だよ。勘違いしちゃうから」
「何だよ、勘違いって。それにリッカはもう女の子って年齢でもないだろ」
「アハハ、脳天にドライバーぶちこむぞ♪ まあ、とにかくパーツの付け換えはやっとくからカズマはさっさと行きなよ。邪魔だから」
額に青筋を浮かべながらもリッカは笑顔でカズマを休憩室から蹴り出す。その途中、カズマが何か言っていたが、リッカは聞こえない振りをして無視した。
そして、休憩室に一人残ったリッカは途端に寂しげな表情を浮かべてポツリと溢した。
「ほんと、気を付けてよね。勘違いしちゃうから……」
リッカはカズマに惹かれていた。だが、彼女は知っている。カズマがこの世で一番に想っているのがシエルだということを。
少しの間、リッカはその場に立ち尽くしていたが、両手で自分の頬を叩いて気持ちを切り替えた。
「さてと、仕事に戻りますか!」
さっきまでの寂しげな表情はどこえやら、リッカは晴れ晴れとした顔で元気よく言って休憩室から出ていった。
彼女もまたプロだった。己の感情で腕を鈍らせずに常に100%の仕事をする。そして、それが彼女の矜持でもある。
こうして各々の準備が整い、ブラッド隊と調査隊がアナグラを出発したのは今から二時間後のことだった。