白花曼珠沙華の如く   作:かってぃー

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The future with blue rose

『楽しい時間も、そろそろ終わりね』

 

 テレビの中で今よりも少しだけ幼い顔立ちをした友希那が不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、彼女よりも手前に映っている観客たちから歓声が沸き上がった。Roseliaのパーソナルカラーである青紫色に輝くペンライトを掲げたその光景は、まるで世界がRoseliaに染め上げられたかのようでもある。

 次いで演奏が始まったのはRoseliaの曲のひとつである〝PASSIONATE ANTHEM〟。今や大人気曲となっているその曲は、このライブで初披露だったのだ。自然、ファンたちのボルテージが上がっていく。

 今櫻華が見ているのは()()()に行われたRoseliaとAfterglowの対バンライブの様子を記録した映像であった。櫻華にとっては人生の分岐点とも言えるあの一連の出来事の後に行われたそのライブは、成功の内に終わりを告げた。結局ふたつのバンドはどちらが優れているという訳ではなくライバルという関係性に落ち着いたのだが。

 4年。そう、4年だ。実感覚としてはさしたる時間ではないが、思い返してみると短いようで長い。或いは櫻華がそう考えてしまうのは他の同年代よりも忙しい生活を送ってきたからなのかも知れないが。

 ライブの映像を見ながら当時のことを思い返し、心地の良い感慨に耽る櫻華。だが玄関の扉が開いた音が聞こえると、一旦映像を止めて椅子から立ち上がった。そうしてそのまま、彼の最愛の女性がいるであろう玄関に向かっていく。

 

「おかえり、紗夜」

「ただいま、櫻華」

 

 自然と微笑みを浮かべて交わされる遣り取りは、ふたりが大学に通い共に暮らすようになってから何度も行われたものだ。だが何度繰り返しても変わらない温かい感情が湧いてくるのが分かる。

 だが今日は土曜日。大学の講義はない。紗夜が1日中家を空けていたのは大学の用事ではなく、仕事。結成から4年と少しという短い時間で、今やRoseliaは大人気ロックバンドとして一定の地位を得るまでに至っていた。歌番組が放送されれば見ない方が少ないし、ロックフェスなどでは会場は超満員となる。

 そして、それは何もRoseliaだけの話ではない。今日、櫻華が休みだったのも偶然で、普段は学業と音楽活動に追われている。他の同年代よりも忙しい、とはつまりそういうことなのである。

 4年前の一連の騒動――と言うのは少し大袈裟かも知れないが、彼にとっては間違いなく騒動と言うに相応しいだろう――の後、櫻華は理央のスカウトによってシンガーソングライターとしてデビューした。無論、自分こそが動画投稿者さっくんであると公表もして。

 元々が人気であっただけに滑り出しは好調であったが、しかし全てが順風満帆であった訳ではない。突然デビューして話題を攫っていく彼に妬み嫉みの類をぶつけてくる者もいたし、元が動画投稿者ということもあって、あからさまに見下してくる者もいたし、俗に言うアンチもいた。

 だがそれら全てに櫻華は真正面から対峙し、打倒してきた。流石にアンチはどうにもならないが、見下してくる者は実力で黙らせた。嫉妬を向けてくる者には自らぶつかって分かり合った。そんなことをしているうち、櫻華はその界隈でもかなりの実力者として認識されるようになっていた。

 更に彼の名声を不動のものとした出来事があったのがおよそ1年前。櫻華自身としては秘密にしておくつもりはなかったのだが結果的にサプライズとなってしまった()()を公表した時の反響ときたら、SNSのトレンド上位を数日間独占した程だった。

 現在、櫻華の肩書は大学生兼シンガーソングライター――ではない。大学生であることは間違いないのだが、後半が異なる。今の彼は大学生兼有名ロックバンドのギターボーカル。その名声の程はかのFuture World Fes.で準グランプリの経験を持つ、と言えば分かるだろう。残念ながらグランプリは僅差でRoseliaに取られてしまったが、公式的に彼女らからライバル認定されたということを加味すれば十分な結果であろう。

 

「夕飯と風呂の準備はできてるけど、どうする?」

「じゃあ夕飯を頂こうかしら。……悔しいけど櫻華の料理、私が作るものより美味しいのよね……」

「まあ、練習したからな」

 

 密かに行った紗夜の腕前を超えるための練習で消えていった偉人達や腹の膨れた仲間たちの姿を思い出しながら櫻華が答える。練習した分をそのまま実力に変えるという彼の天才性は料理においても発揮されていた。そのために犠牲になったものはあるが。主に偉人の肖像と仲間たちの胃である。

 ふたりが同棲を始めてからというもの、家事はふたりとも行うのが暗黙の了解であった。今日は紗夜が仕事であったため家事は全て櫻華が行い、櫻華が仕事の日は紗夜が家事をする。それが何も話し合いなどもなく決まったのは、ふたりが互いに超が付くほど多忙の身だからであろう。

 あのロックフェスがどうのあのバンドがどうのなどの話をしながらリビングに戻るふたり。そうして櫻華がダイニングで既に作り終えていた夕食を温めなおそうとした時、紗夜の視線が一時停止しているテレビを捉えた。

 

「これ……Afterglowとの対バンライブの映像かしら?」

「あぁ。ライブ映像の整理をしてたら、たまたま見つけてな」

 

 いくら多忙な身といえどふたりはまだ大学生。故にどれだけ人気でもライブなどそう頻繁にできる訳ではない。しかしだからとてライブをしていない訳ではない。今や街中の小さなライブハウスから有名会場へと場所を変えた彼らのライブの記録映像は全て捨てずに保管してある。

 ギターを始めてからずっと愛用しているギターケースを櫻華のそれの隣に置き、椅子に植わってリモコンを操作する。するとテレビの中で止まっていた時間が動き出し、曲の感想が流れ出した。

 自分が作った煮物を温めなおしている櫻華の視界の端では紗夜が画面に映る自分を睨むように見つめながら何事か呟いている。何を言っているのかまでは彼には聞こえないが、未熟な自分を見て反省点や今に至るまでに改善した点を探しているのだろう。

 だが現時点で紗夜の演奏技術は4年前のそれとは比べ物にならない程に向上している。彼女がつまらない音と称するそれは正確無比に譜面をなぞり、時に曲の魅力をさらに引き出すようなアレンジを入れ、聞く人を魅了する。客観的に見て今の紗夜に対して演奏に苦言を呈することができるのはただの思い上がり(ナルシスト)か余程頭でっかちの自称識者とやらだけだろう。

 しかし他ならぬ紗夜自身がまだ満足していない。Future World Fes.でグランプリを取り名実共にトップクラスのギタリストとなったところで、それは彼女らの目指す頂点ではないのだから。最も近くで紗夜を見てきた恋人であり好敵手でもある櫻華だからこそ、それが解る。

 尤も、一応ギターボーカルとしては実質的に日本一である櫻華もまた向上心を忘れたことなどなく傍から見ればどっこいどっこいであるのだが、当の本人たちは自分の努力を一切誇る気がないが故に気づくことはない。

 大人になっても生来の生真面目さが抜けない、それどころかさらに磨きがかかってきたようにも見える紗夜に櫻華は苦笑しつつも何も言わず、テーブルに料理を並べていく。そうして他愛のない会話をしながら食事を終えて、紗夜の姿が風呂に消えていく。風呂に入るのは基本、紗夜が先だ。その間に夕食の後片付けを済ませて、櫻華がソファに身体を沈める。

 

「……幸せ、っていうのかねぇ。こういうのを」

 

 特に誰に言う訳でもなく、自然と言葉が漏れる。その言葉は彼以外の誰かに届く訳でもなく部屋の中を漂い、虚空に溶けて消えていく。だがそれで良いのだろう。それはあくまでも彼の独り言でしかないのだから。

 多忙ではあっても夢を叶え、そのうえこうして愛する人と共に過ごすことができている。時折自分が置かれている状況を考えて少し怖くなってしまうくらいの幸せ。余人にとってはありふれていても、当人たちにとっては何物にも代えがたいもの。それがあの時紗夜を選んだ先に待っていたものだ。

 正直な所、あの選択に未練が全くなかったかと問われれば彼は首を横に振るだろう。人間、そう簡単に感情を器用に切り捨てることができるほど都合よくできていない。けれど確実に今の彼はこの生活に幸せを感じていて、紗夜が好きで、ならばそれで良いのではないか、とも思う。彼はかれまで自分の選択を悔いたことなど一度たりとてないのだから。

 ソファから立ち上がり、長年の付き合いになるギターを手に取って再び同じ位置に座る。そうして弾き始めたのは彼のデビュー曲。来月行われる彼のバンド単独ライブのセットリストで最後に入っている曲だ。半ば無心でそれを弾いていると、風呂から上がった紗夜がリビングに戻ってきた。どうやら櫻華が時間を忘れていたうちにそれなりに経っていたらしい。

 

「その曲……」

「あ、分かる?」

「当然じゃない。何度も聴いてきたし、それに、それは()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 言いながら、紗夜は櫻華の隣に腰掛ける。櫻華はそんな紗夜にひとつ笑みを向けると、一旦停止していた所から再び弾き始めた。それに合わせて紗夜が歌う。普段は単独で歌うことのない紗夜の、櫻華だけが知る歌声。

 紗夜に言う通り、櫻華のそれは紗夜のために作った曲だ。より正確に言えば、或いは身も蓋もない言い方をすれば、結果的にそうなった。櫻華の作詞のやり方の上で作られたが故に、それはそのようになった。

 そのように言うとどこか薄情なようでもあるが、しかし櫻華が紗夜への想いを曲として顕したものであるのだから結局の所違いはない。そもそも紗夜もそれを知ったうえでそう言っているのだ。

 防音設備が整った部屋の中に満ちる、櫻華のギターの音色と紗夜の歌声。だがやがてそれも終わり、世界を静寂が満たした。まるで残身でもするかのようにギターを構えたまま息を吐く櫻華。その肩に小さな重みがかかる。もたれかかって密着する紗夜の髪を、慣れた手つきで撫でる。

 

「どうした?」

「何でもないわ。ただ……」

「甘えたくなった、とか?」

 

 悪戯っぽく櫻華がそう問うや、紗夜が顔だけではなく耳まで紅くして首肯する。そんな紗夜に櫻華は笑みを漏らしつつ、優しく紗夜の肩を抱き寄せる。ギターをテーブルの上に置いて。

 この4年を通してふたりの間に起きた最も大きな変化といえば、それは互いにだけは甘えるようになったことであろう。普段は生真面目に自らを律しているふたりが、互いの前でのみ臆面もなく弱さを晒すのである。

 そうして弱さを晒し合って、ふたりが幻滅することはない。そもそもふたりはそれを望んでいたのだから。特に櫻華などは一度空回ってからもずっと心の片隅で望んでいた。ふたりの手はあの日に繋がれたまま、離れることはない。

 かつて自らにはギターしかないと言っていた少女の人生はもうギターのみに終始するのではなく、たった独りで走っていた青年の人生はもうひとりではない。互いの幸せにそれぞれに存在があるのがはっきりと分かる。だからこそ、時折恐怖してしまう。

 

「ねぇ、櫻華。永遠の愛ってあるのかしら」

「なんだ、突然。……永遠の愛、ねぇ」

 

 紗夜の孔雀青の髪を撫でながら、櫻華が思案する。永遠の愛。世間一般の恋人がよく口にすることがであり、結婚式では神前で誓うもの。人によっては容易く口にするそれを、ふたりは今まで口にすることはなかった。

 そもそもそれを論じるにはまず永遠などという曖昧な言葉を定義する所から始めなければならない。永遠とはつまり永劫不朽、恒久不滅であり久遠であるもの。容があるかないかは関係ない、謂わば概念のようなものだ。

 何と脆い概念だろうか、と櫻華は思う。何よりずっと変わらないものなどないと、彼らは4年前に思い知っている。変わったからこそ今があって、それでもなお人間というものは変わらないものを夢想する。少し考えて、櫻華は少し意地悪な答えを返すことにした。

 

「そうだな……例えば俺が愛してるって言った直後に何かの原因で突然死んだとする。そしたら俺が紗夜を愛したって事実は変わらずに残り続けるんじゃないか?」

「それは……悲しすぎるわ」

「そうだな。俺もそれは嫌だ」

 

 言いながら、櫻華は紗夜を更に強く抱き寄せる。自分自身で言っておいて奇妙な話だが、彼もそんな永続性の証明は願い下げなのである。そんな後ろ向きな永遠などは必要としていない。彼らが欲しているのはもっと前向きな永遠だ。

 だが、そんなものが本当にあるのかは未だ彼らには分からない。仮に彼らの思いとは裏腹に永遠なるものが存在するのだとしても、彼らはそれを見つけられる程生きてはいないのだから。

 しかし櫻華はそれでも悲観的ではなかった。後ろ向きな考え方をするのはもう止めた。4年前のあの日に前に進み続けると決めたのだから、今更後ろ向きに歩くような真似はしたくないのである。

 

「だから、今分からなくても良いんじゃねぇかな。ずっと一緒にいれば、いつか見つかる……そんな気がする」

「っ……櫻華、あの、それは」

「え? ……あっ」

 

 急に紗夜が先程よりも顔を紅くした理由にすぐには思い至らなかった櫻華だが、すぐ直前の自分の発言を省みて顔を紅くし、なんとも間の抜けた声を漏らした。だが、それも当然のことであろう。

 永遠だのなんだのと話した後に、ずっと一緒にいれば見つかるなどと言う。シチュエーションには情緒やロマンチックさの欠片もないが、言葉だけを抜き取ってみればまるでプロポーズのようである。

 或いは昔の櫻華のままであれば自分の発言を省みたところで気づかなかったかも知れない。しかし今の櫻華は鈍感でいる理由もなくなり、再び得た敏感さもこの数年の生活で研ぎ澄まされたときている。あのその、と情けなくもしどろもどろになる櫻華だが、ひとつ咳払いをして調子を戻す。

 

「ええと……そういうのは流れじゃなくてちゃんとやりたいから、もう少し待って、くれませんか?」

 

 気恥ずかしさのあまり何故か敬語になってしまう櫻華。そんな櫻華に紗夜は微笑んで、

 

「ええ。待ってるわ」

 

 とだけ返した。

 


 

「――えぇと、そういうのを何と言うのだったかしら。……そう、ヘタレね」

「もう少し手心を加えて言ってくれませんかね……」

 

 櫻華が犯してしまったうっかりプロポーズ誤爆事件――命名したのは櫻華や紗夜ではなく、その話を紗夜から聞いた日菜である――からしばらく経った某日。羽沢珈琲店にて友希那から容赦のない一言を浴びせられた櫻華ががっくりと項垂れる。

 この日、櫻華が友希那と出会ったのは全くの偶然であった。大学の講義が早めに終わり、その後は仲間たちと共に商店街にあるライブハウス〝Galaxy〟で落ち合って練習する時間までに課題を終わらせようと立ち寄ったところ作曲中に友希那と出会ったのである。

 何でもない商店街――有名バントを多数輩出している街という時点で普通でないかも知れないが――の喫茶店でふたつのバンドのリーダーが話している。それを目撃した人々はそこに怪しげな密会の雰囲気ではなく、ライブの打ち合わせなどを期待して勝手に聞き耳を立てている。

 友希那と櫻華はそれに気づいてはいるものの、どこ吹く風といった様子である。彼らは芸能界に身を置くようになって数年しか経っていないが、その数年だけでもそういう気配には慣れてしまった。自分たちに害がないのなら放っておこうと思っている。

 友希那と話しながら打ち込んでいたレポートを完成させ、保存してからシャットダウン。鞄にノートパソコンを仕舞ってからエスプレッソを啜る。そうして渇いた喉を潤してから、櫻華が口を開いた。

 

「というか、まさか友希那の口からヘタレとか聞くことになるとは思ってなかったんだが」

「以前リサが言っていたのよ。貴方はヘタレだって」

「あんの高スペックギャルめ……」

 

 悪戯っぽく笑うリサを想像しながら櫻華が恨みがましく呟きを漏らす。しかし自分がしていることを考えればヘタレと言われても仕方がないのも確かで。彼の胸中に紗夜への申し訳なさが去来する。

 先日のうっかりプロポーズ誤爆事件の時も、その気になれば言うことだってできた筈だ。それだけではない。思い返そうと思えばいくらでも思い出すことができる櫻華がヘタレと言われてしまう要因の数々。

 それではいけないのだと彼自身も分かっている。必要以上に大切にしようとすることは、無為に傷つけることと同義なのだと。人と関わるうえで傷つき傷つけることは避けられないと知っている櫻華だが、だからとて無為に傷つけるような趣味はない。

 つくづく誰かと生きるとは難しいものだ、と櫻華は思う。何もかも手探りで、時には手酷い間違いを犯してしまこともある。しかし同時に、まるで迷宮を地図なしで歩くようなそれを楽しいと思っている彼がいるのも確かだ。だからこそ、違和感にもすぐに気づくことができた。

 

「お前、反対しないのかよ。……いや、今だけじゃない。友希那、お前、()()()()()()()()()?」

「ええ。と言っても、気づいたのは私ではないのだけれど」

 

 一切悪びれることもなくそう言い、最早コーヒーではなくカフェオレにしか見えないそれに口を付ける友希那。その所作から友希那が櫻華の心配しているようなことは全く考えていないのだと悟り、彼がため息を吐く。

 彼の言う〝最初〟というのがいつであるのかは判然としない。だが少なくともリサと紗夜を伴って櫻華の実家で青薔薇を買ったあの日には友希那は紗夜の気持ちを知っていた。知っていたうえでそれを止めることなく、むしろ後押しすることさえしていた。

 櫻華のイメージでは友希那はそのようなことをすることはないと思っていた。実際、彼は友希那が〝好意を向けられるのは苦手〟と言っていたのを聞いたことがある。故に櫻華は友希那の態度が疑問でならなかった。その疑問が顔に出ていたのか、友希那がそれに答える。

 

「櫻華。貴方はRoselia(私たち)のスタンスを理解しているでしょう?」

「え? あぁ、まあそうだな」

「なら問題はないわ。それに、貴方の存在は紗夜の支えになっているから、反対するつもりもない」

「――」

 

 そういうものか、と櫻華の中にある冷静な部分が納得する。確かにRoseliaのスタンスを理解している櫻華ならば彼女らの邪魔をすることもないし、むしろライバルとして応援してすらいる。

 だが、それは決して友希那が他者にRoseliaを第一にすることを強いている訳ではない。もしも彼女がそんな性格であれば、Roseliaがここまで成長することはなかっただろう。彼女はRoseliaを第一にしつつも仲間のことを考えている。故に紗夜の気持ちに気づいても責めることをしなかった。それどころか後押しすることさえした。

 仮に彼女がRoselia結成時のままであれば、きっとそうはならなかっただろう。そのままであれば紗夜も変わらず、それ故に櫻華との間にあった誤解も解けないままで今を迎えていたかも知れない。そうなっていれば櫻華がバンドを組むことも、それどころかデビューすることもなかっただろう。

 奇妙なものだ、と櫻華は思う。一見すると大した繋がりを持たないようにも見えるひとつひとつの出来事が、思いもよらない部分で繋がっているのだから、やはり運命などというのはまやかしなのだろう。そんなことをひとりで考えてエスプレッソを啜り、対面の友希那がそれはそうと、と話を変える。

 

「貴方達、今年もFWFに出るのでしょう?」

「勿論。もうオーディションは通ってるさ。今年こそ、俺たちはお前たち(Roselia)よりも上に行く。俺たちの音で」

 

 櫻華の声に闘志が籠り、表情に獰猛な笑みが顕れる。昨年のFuture World Fes.において、櫻華率いるバンドはRoseliaにあと一歩及ばなかった。だが今年こそがより上に行くのだと、それは宣戦布告であった。

 昨今の〝ガールズバンド戦国時代〟とさえ称される、ガールズバンドの方が注目されやすい時代背景の中男だけのバンドでここまで伸し上がった櫻華たちは、傍目から見れば異常だ。或いは彼らのファンの中にはRoseliaよりも上だと考えている者もいるかも知れない。

 だが、そうではないのだ。そういう時代背景や諸々をひっくるめてライバルであるRoseliaを打倒する。今まで積み上げてきたもの全てを以て、壁を超える。それがライバルであるRoseliaへの礼儀というものであろう。

 無論、Roseliaも去年よりも技術を向上させ、結束を強め、自分たちにしか奏でられない音をより純粋化させていることは解っている。だからこそ櫻華は言おう。望むところだ、と。

 友希那と櫻華の間に言葉はなく視線のみが交わされ、見る者が見れば不可視の火花が散っているのが分かっただろう。その空気を維持したまま、腕時計を確認した友希那が席を立つ。どうやら予定があるらしい。だが別れの挨拶をして離れた直後、何かを思い出したように振り返った。

 

「ねぇ、櫻華。ひとつだけ答えなさい」

「何だ?」

「貴方は――R()o()s()e()l()i()a()()()()()()()()()()()()()?」

 

 突飛な問いであった。しかし櫻華は不思議と動揺せず、友希那も最初から答えなど分かっているかのように笑っている。そう。その問いの答えなど、問われる前から決まっていた。ずっと櫻華の胸の裡にあった。

 

「いや、ねぇよ。これでもひとつのバンドを預かるリーダーだからな。だけど……紗夜に全てを賭ける覚悟なら、ある」

「そう。……その答えで、十分だわ」

 


 

 そして羽沢珈琲店での友希那との遭遇から数か月後。彼らが話していた今年のFuture World Fes.の本番。櫻華たちの姿はそのステージ上にあった。既に何曲か歌い終え、スポットライトの光を反射して汗の玉が輝いている。

 既にRoseliaや他のバンドはパフォーマンスを終え、最後、トリを飾るのが彼らだ。会場のボルテージは最高潮を迎えており、慣れていない者ならば緊張感で膝が笑ってしまうかも知れない。

 だがそんな状況の中にあって櫻華たちの顔にあるのは笑みであった。虚勢を張っているのではない。純粋に、彼らはこの状況を楽しんでいるのだ。まるで童心にでも帰ったかのように。

 この会場に集った数千数万の人間に自分たちの音を、思いをぶつける。音に乗せて放った感情が全てを飲み込み、ひとつとなってその興奮を己の裡に取り込み、飲み干してしまうかのような感覚。方向性を間違えば絶頂してしまいそうな狂熱。それらが櫻華の身体を満たす。

 だがともすれば理性全てを吹き飛ばしかねないそれらの中に在って、櫻華にはひとつだけ決意があった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。全力で歌い続けたことで上がった息を整え、髪を掻き上げる。汗の飛沫が空中に飛ぶ。

 そうして櫻華は仲間たちを一度ぐるりと見渡した。この4年の間ずっと櫻華と共に同じ目標に向けて歩き続けてくれた、そしてこれからも歩き続けていくであろう彼ら。その思いはひとつだ。確認するまでもない。

 

「……次で最後だ。受け取れ、俺たちの全力」

 

 静かに低く抑えた声。しかしそこには一言で言い表すことができない程の熱量を持った感情が内包されている。それでも尚一言で表そうと思うのなら、最も適切なものは〝覚悟〟であろう。

 それを受け取って、会場が湧く。既に最高にまで達していたボルテージが限界を超えて上昇していく。それは音を通じて一つになっている櫻華の胸に届き、彼の覚悟を後押ししてくる。

 彼が最後に歌うのは彼のデビュー曲。彼がこれまで作ってきた曲の中で最も悩み、それ故に最も完成度が高く今でも一番人気を誇る曲。だが彼がそれを最後に持ってきたのは、そんな商業的な理由ではない。

 それは覚悟と決意の曲。この先の生でどれだけ傷つくのだとしても全てと向き合っていくのだと高らかに謳う宣誓にして、青薔薇の少女への自らの想いを込めた告白。つまりは自らがこれから歩むであろう未来への――希望の曲だ。

 

 

 

「――白花曼殊沙華の如く」

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