白花曼珠沙華の如く   作:かってぃー

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第7話 yellow mimosa

 RoseliaとAfterglowの2マンライブの開催が決定されてから少し経ったある日、紗夜と櫻華はCiRCLEのスタジオにて何度目かの合同練習を行っていた。この所、紗夜はRoseliaの練習がない日でも殆ど毎日欠かさずに個人練習を入れている。それは合同ライブを前にしていつになくやる気を出しているということもあるが、つい先日完成した新曲の存在故でもある。

 Afterglowとの対バンライブを前にして友希那が完成させたRoseliaの新曲〝PASSIONATE ANTHEM〟。流石高みを目指し続ける友希那の作った曲だけあって弾きこなすには高いレベルを要求されるそれを、紗夜は嘗てない程の早さで修得してしまった。

 それは紗夜だけでなく、その練習に付き合っている櫻華も同じことだ。そもそも櫻華は普段人前に晒さないだけでRoseliaの曲のギターパートなら大半の譜面を暗記している。新曲だけ弾けないということはあるまい。

 だが今櫻華が弾いているのは愛用の白いエレキギターではなく、CiRCLEで貸し出しているベースであった。当然、ギターパートではなくベースパートである。その腕前はリサには及ばないものの、紗夜の目から見ても十分実用に耐え得るレベルではあった。

 その音は決して自己主張はせず、紗夜の邪魔にならないように櫻華に可能な限り〝リサの音〟に近づけられていた。それでいて櫻華本人の色を失わず、徹底して紗夜の音を支える形で演奏されている。

 それは紗夜の性格や演奏の癖を把握しているRoseiaではない人間だからこそできる演奏だった。Roseliaは全員固有の音が合わさってこそのものだが、これは個人練習であるのだから紗夜自身の音を完成させるものでなければならない。

 演奏中にふたりの間に言葉はない。代わりに音でふたりは交感していた。明確に言語化されていないために〝何となくそう感じているような気がした〟程度の認識でしかないものの、ふたりは互いに向けて発している意志を殆ど正確に汲み取っていた。

 やがて演奏が終わり、どちらからともなく楽器を置いて休憩に入った。演奏中に流れた汗をタオルで拭い、ペットボトルに入ったスポーツドリンクを喉に流し込む。そうして一息吐いた時、紗夜が口を開いた。

 

「櫻華。貴方いつの間にベースを弾けるようになっていたの?」

「あぁ、自分で作詞作曲をやるようになった時にギター以外もある程度はできるようにしたんだよ」

 

 櫻華が別にバンドを組んでいる訳ではないのだから、ギター以外の譜面を作る必要はないのだろう。曲を作るだけなら今の時代はパソコンのソフトウェアで打ち込めば事足りる。ましてやそれぞれの楽器を演奏するスキルなど、ギターをメインにするなら大した意味はない。

 しかし妙にストイックな性格をしている櫻華は自分で作詞作曲をするようになった際に思ったのだ。それでは不足だ、と。ギタリストの気持ちはギタリストにしか理解し得ないように、それぞれの楽器をやってみて初めて分かることもあると考えたのである。

 結局、それが意味のある行為であったのかは櫻華には分からない。彼はギター以外弾けない状態で作曲することがなかったのだから、比較するべきものもない。ただ自己満足が満たされただけだ。

 無論、すぐにできるようになった訳でも、見ただけでできるようになった訳でもない。スタジオミュージシャンや知り合いのそれぞれの楽器担当――例えばAfterglowのひまりや巴、つぐみなど――に教えてもらい、自分なりに努力して修得したのだ。尤も、修得までの時間は早めではあったが。

 

「……そう」

 

 紗夜が呟く。彼女にとって以外だったのは櫻華がベースを弾けることもそうだが、何よりその音であった。櫻華のベースの腕前は本人が〝弾けるだけ〟としている通り、特筆するほど高くはない。しかしその性質はギターと同じであった。

 つまりギターであろうが、ベースであろうが、恐らく他の楽器でも櫻華の音には強く彼の内心が表れる。それはたとえ紗夜の音を支えるように演奏していても変わらないだろう、と紗夜はそう考えていた。

 しかしいざ始めてみれば、櫻華の音は紗夜が考えていたそれとは些か異なっていた。まるで遠くから紗夜を俯瞰していながら決して近づいてこないかのような。そんな遠慮めいた感触を、紗夜は櫻華の音の中に視ていた。

 それは相手が相手ならばその人のために極力干渉しないようにしつつ協力しているだけのようにも見えるだろう。だがこと紗夜に対して櫻華はそういう態度を取らないことは彼女自身がよく知っていた。

 紗夜の演奏で気になった点があれば指摘するが、ただそれだけ。音そのものは櫻華の色を残しつつもリサの音に近づけているのに、どちらにも感じるものがない。そんなどこか他人行儀な音であった。

 

(櫻華……どうしてなの? どうして、貴方がこんなのにも遠く感じてしまうの……?)

 

 態度がよそよそしい訳ではなく、ふたりの間には今まで通りの空気がある。それなのに、何故か音だけが遠い。紗夜にとってはそれが何よりも不安を掻き立てる要素であった。それはそうだろう。櫻華の音は彼の内心を表すのだから、それはつまり櫻華が紗夜に何か隔絶を感じているということに他ならない。

 ここの所の練習で紗夜が今までになくやる気を出しているのは新曲やAfterglowとのライブを前にして猛っているということもあるが、それ以外に櫻華の様子も原因であった。全てを忘れ去る程に熱中していれば、いつかはそのよそよそしさも無くなるのではないか、と。

 或いは日菜へのコンプレックスに悩み、彼女を遠ざけていた頃の自分は日菜にこのような思いを抱かせていたのだろうか、と紗夜は思う。仲が良かった筈の相手が自分を遠ざける感覚には堪え難い不安感があった。

 櫻華は紗夜の表情から彼女が不安に思っていることは解るものの、その理由まで全てを悟っている訳ではない。何故なら、櫻華は意図して他人行儀めいた音を出している訳ではないために。

 

「――夜? 紗夜?」

「っ!? ち、近いわよ……!」

 

 考え込んでいる様子の紗夜の顔を覗き込むように見ていた櫻華だが、少し顔を紅くしながら放たれた抗議に、はにかみながら離れた。しかしその内心にはいつまでも慣れない罪悪感が突き刺さっている。

 櫻華はただ鈍感であるのではない。櫻華は自分が他者の思いに気づけないことに気づいていながらも、それが治らない。治せない。そもそもその原因である事項が取り除かれていないのだから、治すことなどどだい無理な話なのだ。

 今こうして手を伸ばすことを求められ、その手を取っているのだとしても頭の中で冷徹な自分が言うのだ。下らない、と。それはまるで底知れぬ飢えのように、櫻華を胸中から責め苛む。

 だがそれは余人に晒すべき感情ではない。まして紗夜に知られれば、彼女はきっとその源泉にまで辿り着いてしまうだろう。それでは駄目だ。この感情は櫻華が自分自身で解決するべき問題であるのだから。

 スタジオの壁に掛かっている時計を見れば、時刻はそろそろ12時になろうとしていた。紗夜は13時からRoseliaのメンバーとの練習があるため、昼食を摂るならばそろそろ練習を切り上げなければならない。貸し出されたベースではなく愛用の白いギターを持ち上げ、言う。

 

「時間も時間だし、最後に一回通して終わろうぜ。その後は……そうだな、ポテトでも食うか?」

 


 

 紗夜との練習に付き合っている間はなるべくそれ以外は考えないようにしている櫻華だが、しかし彼は自分がするべきことを忘れた訳ではなかった。練習の時でも常に持ち歩いている鞄には作詞用のノートが入っている。

 しかしその進捗はというと、全く芳しいものではなかった。というよりも、全く進んでいない。ノートには文字を消した跡ばかりが残っていて、ただ黒い靄がかかっていくばかりである。

 それに比例するようにして、櫻華の脳裏にもより深く靄がかかっていく。考えれば考えるだけ、より分からなくなっていく。そもそもとして、まず時に理性に反した事象を起こす感情を理性で理解するというのが無理なのだ。

 いつもは感情に任せて歌詞を作っている櫻華だが、その反面分からない感情は書けないという部分があった。その気になればそれらしくでっち上げることもできるが、それでは中身のない嘘になってしまう。それは許容できない。

 嘘の言葉で作られた曲など歌っていても楽しくないし、何より聞いている人の心にも届かないだろう。特に櫻華の場合、他人よりも音に感情が乗りやすい。彼自身が楽しんでいなければ、それは観客にも伝わってしまうだろう。

 嘘の曲は作りたくない。しかし知らない――否、()()()()()()()()()()()()()ものは歌詞が書きたくても書きようがない。それでも諦めきれなくて、ギターと花に相対している時以外櫻華にはそのことがあった。

 CiRCLEにて紗夜と別れた後にも櫻華は考えを巡らせつつ、商店街まで歩いてきていた。そうして家に帰る前に少し集中して考えようとして羽沢珈琲店の扉を開け、櫻華は見知った人物と目が合った。

 

「あっ、さっくん! やっほー!」

「あら、櫻華」

「よう。日菜、白鷺」

 

 挨拶を投げてきたふたりに軽く挨拶を返し、櫻華はふたりから少し離れた位置に座ろうとする。最早親しげに言葉を交わしている時点で今更かもしれないが、一応の言い訳めいた配慮である。

 しかし日菜はそんな櫻華の配慮などお構いなしで――恐らく櫻華の配慮に気づいてはいるのだろうが――櫻華の手を引いて千聖と座っているふたり席の隣の席に座らせる。こうなってはもう逃れる術はない。大人しく日菜に従うことを選び、櫻華は腰を下ろした。

 すぐに現れたつぐみの父であるこの店のマスターにエスプレッソを注文し、大きく息を吐く。つぐみの姿が見当たらないが、恐らくAfterglowの面々とライブに向けて練習をしているのだろう。

 

「さっくん、ギター持ってるけど練習の帰り?」

「あぁ。ちょっと紗夜に練習に付き合うように頼まれてさ」

「おねーちゃんに!? ほほーう。それはそれは……」

 

 まるで悪戯を思いついた悪童のような笑みを浮かべ、ふっふっふとまるで漫画の登場人物めいた台詞を口にする日菜。それを見ても、櫻華は特に何も思わない。ただ日菜はそういう子供っぽい一面のある少女なのだと、櫻華は知っている。

 日菜が櫻華の言葉に対してこのように反応しているのは何もそこに恋愛(ラブコメ)の気配を感じ取ったからだとか、そういう理由ではない。日菜は櫻華の本心を知る数少ない人物であるが故に、そこに櫻華の心境の変化めいたものを感じ取ったのである。

 しかし悲しいかな、櫻華の心に根付いた鬱屈としたものはそう簡単に変わるものではなかった。あれこれと話を聞き出しているうちに日菜は自分が期待した通りにはなっていないと解ったのか、唇を尖らせた。

 

「うーん。やっぱりさっくんって鈍いよねぇ」

「そうね。櫻華は鈍いわ。この上なく」

「自覚してるよ。けどこれは性分みたいなモンだからどうにもなぁ。てか、日菜にだけは言われたくねー」

 

 少し機嫌を損ねたように櫻華が言うと、日菜はそれもそうなんだけどね! と言って笑った。だが同じように他人の機微に疎くとも、日菜と櫻華では受け止め方が違うが故に意味合いもまた異なる。

 日菜は自らの天才性故の疎さを前向きに捉えているのに対して、櫻華は過去のこともあってか自らの鈍さを前向きに受け止められていない。基本的に飄々としている櫻華は、その点においてのみどこまでも後ろ向きであった。

 だがそのことについて櫻華は自覚している。いつものように後ろ向きになりかけた思考を、運ばれてきたエスプレッソと共に胃の中に流し込み話題を変えようとして、櫻華は千聖が何か読んでいることに気づいた。

 

「白鷺。それ、台本か?」

「えぇ。次に撮影する映画の台本なの」

 

 そう答えつつ台本の表紙に描かれた映画のタイトルロゴを櫻華に見せる千聖。そのタイトルは基本的に純文学かライトノベルしか読まない櫻華でも知っている程有名な恋愛小説のものであった。

 或いはそれを見たのがパスパレ結成前であったのなら、櫻華は驚くだけだったのかも知れない。だがパスパレが結成され、デビューイベントでの事件を経た今そのような有名タイトルの役を任されたことに櫻華は感動していた。

 事務所が行った余計で的外れな気回しとその失敗により一時は仕事量が激減した千聖が今、大役を任されている。主人公か脇役かは関係ない。ただ千聖や日菜、パスパレの面々の努力が報われつつあるという事実が、櫻華には我が身のことのように嬉しかった。

 だが駿河櫻華は素直ではないのが特質の男だ。例えば、そう、よくある恋愛映画の男キャラクターのように感情表現が素直で、異性に対してもすぐに壁を取り払って接することができるような人間ではない。できるのは精々、満面ではないにせよ微笑んで「よかったな」と言うくらいだ。

 

「……っ!?」

「白鷺? なんか顔紅いがどうした? ……あぁ、もしかして照れてるとか?」

「て、照れてなんかないわよっ!?」

「ええー? ほんとにござるかぁ?」

 

 某作品に登場するとある剣士の台詞を真似して千聖をからかう櫻華。いつも千聖にからかわれてばかりの櫻華にとって、これは千聖をからかい返すまたとない好機(チャンス)であったのである。

 案の定、千聖は平時の鉄面皮を維持しようとしつつも頬や耳は赤いままであった。憤っているのではない。単純に照れているのだ。他の誰でもない、櫻華が向けた純粋な賛辞に千聖は照れている。

 櫻華は何故そうなっているかまでは察せていないものの千聖が照れていることは解っている。その何でもないごく普通の遣り取りが、友人と過ごすこの何気ない時間が、ひとつの幸せだと感じられた。

 そんな幸せに笑みを見せながら、櫻華は鞄からノートと筆記用具を取り出した。黒く靄がかかってよれてしまったページを放棄し、次のページに移る。真新しい白が櫻華の視界に飛び込んでくる。そうしてペンをくるくると回していると、日菜が口を開いた。

 

「千聖ちゃんとさっくん、やっぱり仲良しだよね!」

「そう!?」

「なんでテンパってんだよ、白鷺。一応、中学からの付き合いなんだし、仲が良いのも当然だろ?」

 

 至って普通の当たり障りのない解答であった。瞬間、ジト目とでも言うべき視線が櫻華に注がれた。全く予期していなかった反応に狼狽する櫻華。明らかに何のことか分かっていないその様子に、千聖が大きくため息を吐いた。日菜は苦笑いをしている。

 やはりまた何か間違ったのだろう、と櫻華は思う。しかし不思議と今回のそれは不快ではなかった。まるで〝駿河櫻華とはそういう男だ〟と受け入れられているようで。――諦められている、とも言うが。

 櫻華が千聖に対して苦手意識を持っているのは妙に揶揄ってくる部分に対してであって、白鷺千聖という総体に対してはむしろ好印象を持っている。そうでなければ友人などやっていない。

 

「ね、ねぇ。櫻華? 仲良しついでに、私のこと〝白鷺〟じゃなくて〝千聖〟って呼んでみる気はない?」

「……? 何故今更? 何か支障でもあったか?」

「支障は……ないけど! ホラ、貴方、紗夜ちゃんや日菜ちゃんは名前で呼んでるじゃない?」

 

 千聖の言葉を受け、櫻華がふむと唸る。確かに千聖の言う通り、櫻華は幼馴染である氷川姉妹や商店街青年部の面々、更に昔からのやまぶきベーカリーの常連であるモカや実家である花屋の常連の蘭を名前で呼んでいる。

 だがそれは昔からそうだったからだ。年齢が上がったからといって苗字で呼ぶように変える理由もないし、そうする意味もない。中学入学以降に出会った相手を苗字で呼んでいるのも、何となくだ。

 わざわざ名前で呼ぶ理由もない。とはいえ、名前で呼んだからといって何か変わるという訳でもない。櫻華にとって名前とはその程度の認識であった。故に何の衒いもなく名前で呼ぶこともできる。

 

「じゃあ……千聖」

「っ……!!」

 

 先のものと同じ微笑みを覗かせて千聖の名前を呼ぶ櫻華。それによって更に顔を紅くする千聖。それは普段見せている女優兼アイドルたる白鷺千聖ではなく、ただの少女としての千聖の顔であった。

 仮にパスパレのファンがそんな千聖の顔を見ればその後ろにある感情を察して千聖を応援するか、或いは櫻華を消そうとするだろう。どちらにせよ、櫻華のそれはひとりのファンとしての領分を完全に逸脱していた。

 しかし櫻華はパスパレや千聖のファンである以前に、千聖の友人である。友人であるが故に、ファンの領分など知ったことではない。そもそも千聖の方からその領分を越えようとしているのだから、今更であろう。

 ふと、櫻華が視線をノートに落とす。全く進まない歌詞。ハーレムや悲恋など様々な種類があれど、ラブソングも恋愛映画も愛や恋を題材としていることに違いはない。ただそれを表す形が違うだけで。

 余談だが、櫻華はあまり恋愛モノの映画や漫画が好きではない。ニュースやネットで広告を見ていると、どれもタイトルが違うだけで同じものに見えてしまうのだ。所謂食わず嫌いである。

 けれど千聖にオファーが来た作品の原作はそういう量産型のラブコメとは少し気色が違うと記憶していた。そもそもタイトルを記憶していたのもそれが理由だ。尤も、櫻華はテンプレート云々以前に全く書けていないのだが。

 

「……凄いよなぁ。俺にはまだできないよ」

「何が?」

「愛だとか、恋だとか、そういうのを表現することが、だよ。……俺自身、誰にも恋してないのかって訊かれて、否って答えるのも嘘だと思うが、他ならない俺自身が分かっていない以上、それはしてないのと同じじゃねぇかって思うんだ」

 

 愛やら恋が櫻華の内にあるのか、それともないのか。彼はそれすらも明確な答えを出すことができない。何故ならそれすらも自覚していないから。いや、自覚しないようにしている、と言うべきか。

 以前はあったような気もする。けれど、櫻華は他者から見て変わってしまった時期に、その認識を喪失した。()()()。そう判断したのかは彼の無意識以外の知る所ではないが、現在の櫻華が自分の内側さえ分かっていないという事実に変わりはない。

 より簡潔に言えば、今の櫻華がラブソングを作るにはその骨格と成り得るものがないのである。正確に言えば、あるのかも知れないが用意できない。かなり違うようにも聞こえるが、結果が同じである以上その違いに対した意味はない。

 半ば癖として染み付いている通りにシャーペンを回しながら、白紙のノートに緯線を落として唸る。その顔はひどく考えすぎていた頃よりは大分良いものの、決して快調と言えるものではない。そんな櫻華を見せ、千聖が紅さの引かない顔で咳払いをした。

 

「櫻華? じゃあ、こういうのはどうかしら」

「……? 何だよ」

 

 櫻華の声音に混ざったのは警戒。彼は少し紅いままの千聖の表情の中に、いつもの千聖を見たのである。それでも発言させない権限も理由もない櫻華は、そのまま千聖の言葉の続きを待ち――そして、呆気にとられた。

 

「私と、デートしましょう?」

「……はい?」

 


 

 

 

 紗夜が以前組んでいたバンドのメンバーと仲違いしたあの日、手を取ったのは友希那だった。

 紗夜が自分の音を見失いそうになった秋雨の日、傘を差し出したのは日菜だった。

 いつもそうだ。紗夜の転機となる瞬間、そこに自分の姿はない。であれば、この先の未来も自分と彼女の行く先が交わることは、永久にないのであろうか──?

 

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